地域で自然に広がりゆく
和歌山の発酵食品と
守り継ぐ人々
和歌山にゆかりある発酵食品に魅せられ、
より広く届けたいと地域に根ざして活動を続ける人たちがいる。
熊野から発信する、
コラボレーションの形
チーズケーキ
(パティスリー ラール)
店主の嶋本有希さんが、「丸正酢醸造元」(那智勝浦町)を訪れたのは、2016(平成28)年にパティシエとしてフランス修業などを経てUターンした後のこと。紀南地方の食材を取材するため、蔵を偶然訪れたのが出会いだった。地元・熊野地方の豊富な食材を地域で使って守り継ぎたいと思い、持ち帰った酢を自身のチーズケーキのレシピに取り入れる発案をした。試作の末、もち米の玄米を500日熟成させる醸造法を用いる「那智黒米寿」の活用を決定。「レモン果汁の代わりに酢を加えると、酸味にキレが生まれ、奥行きある味わいになりました」。SNS等で知り、購入に訪れる人もいるという。
「食材や料理人のネットワークを作り、地元で消費する循環を作りたい」と嶋本さん。
「発酵は見えない微生物の働きが、素材にない新しい香りや旨味を生み出します。時間が味を育てる点にも魅力を感じます」と嶋本さん。今後も「丸正酢醸造元」の酢からインスピレーションを得た商品開発に力を入れる。その原動力は、食材との出会いの楽しさ、そして地産地消を守りたい強い気持ちだ。熊野の風土が育てた食材に敬意を持ち、地域で繋ぐ。「未来へ繋がる価値ある消費に力を注ぎたい」と将来を見据える。
➀試作や工夫を重ね、「丸正酢醸造元」の商品の中からケーキに合う酢を選び抜いた。➁レモン果汁の代わりに「丸正酢醸造元」の酢を加えてチーズケーキを作る。
醤油を味わい尽くすため、
搾り粕から調味料を開発
醤油粕パウダー(麺や たけだ)
和歌山市のラーメン店・店主の竹田達矢さんは、湯浅町の醤油蔵「角長」の化学調味料や添加物を使用せずに伝統の製法を守り続ける姿勢に共感し、長年醤油を仕入れている。醤油の製造過程でもろみを搾る際に出る副産物・搾り粕も食べられること、搾り粕は廃棄処理され食品ロスとなることを聞き、搾り粕の活用方法を模索し始めた。「香ばしく、旨味が詰まった味」の搾り粕をメニューに取り入れたが、店で使う量は非常に少ない。廃棄費用がかかる現状も知り、一念発起して商品開発に着手。県内の企業等に打診し、2年がかりで醤油粕パウダー「粕の詩」を完成させた。
「醤油を乾燥させたパウダーは塩を含みますが、醤油粕パウダーは搾る工程で塩が抜けています」(竹田さん)。
「搾り粕も『角長』ならではの香りや味が残り、独自の風味が出ています」と竹田さん。水に溶けないパウダー状だから和食以外にも活用できる。今後は商談会等に出展し、認知度アップを目指していく。
➀細かい粉末状で「柔らかいスイーツとも相性が良い」という。➁醤油粕パウダーを練り込んだ自家製麺など、自店でもさまざまな形で提供する。
料理教室から広がる、
発酵食品への想いの輪
発酵未来塾/丸富味噌
後継者不足で2024(令和6)年に閉業を決めた「丸富味噌」(海南市)を継承した山本規久子さん。その背中を押したのは、山本さんが通っていた「発酵未来塾」を運営する津村千賀さんだった。津村さんが「丸富味噌」の麹を料理教室の材料に使うことから繋がった出会いだった。
「発酵食品の味は使用する素材で決まります。中でも麹が重要だと思っています」と津村さん(左)。
二人は食事や栄養の取り方、自身の健康を見直したいとの思いから発酵食品に関心を持ち、長く受け継がれてきた伝統的な発酵文化を次の世代にも繋げていきたいとの思いも共通。発酵食品に結ばれた出会いを縁に、協力しながら伝統的な食文化や魅力を広める活動を続けている。「丹精込めて作られた農産物を長く楽しめるのが発酵食品。微生物が生み出す、甘味と旨味のある宝物」と津村さんは語る。
➀津村さんは料理教室をオンラインでも実施し、全国へ発酵の魅力を広めている ➁「丸富味噌」から受け継いだ麹は、「ほのかに甘くて栗のような味がします」と山本さん。
探究心は尽きることがない二人。「和歌山だからこそ残っている発酵食文化があります。それを絶やしたくない」と山本さん。和歌山には麹屋も多くあり、発酵食品を楽しむ人も多いという。今後も発酵食品に関心を持つ人を増やし、食卓で親しまれる取り組みを続けていく。