知事対談 株式会社 IGPIグループ会長 株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長 冨山和彦/和歌山県知事 岸本周平
横に並んで立つ株式会社 IGPIグループ会長 株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長 冨山和彦氏と岸本周平知事

岸本知事が亡くなる直前の4月11日に、和歌山県出身で、企業再生のプロとして知られる冨山和彦さんと東京都で対談された内容を掲載しています。

和 vol.57

知事対談

株式会社 IGPIグループ会長
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長

冨山和彦

和歌山県知事
岸本周平

グローバルとローカルを合わせた
グローカルな視点で、
和歌山県の産業を
活性化させていく

和歌山県のローカル産業の一つである観光産業を世界に発信し、グローバルに人を呼び込むためには。経営戦略のプロフェッショナルに和歌山県のさまざまな可能性を聞いた。

PROFILE

株式会社 IGPIグループ会長 株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長 冨山 和彦氏の顔写真
冨山 和彦

1960(昭和35)年和歌山県生まれ。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。 ボストンコンサルティンググループ、コーポレートディレクション代表取締役 を経て、2003(平成15)に(株)産業再生機構設立時に参画し COO に就任。 2007(平成19)年株式会社経営共創基盤(IGPI)を設立。2020(令和2)年株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立し投資・企業経営に携わる。

岸本知事(以下岸本) 冨山さんはグローバルとローカルを合わせた、グローカルな視点が大切だとおっしゃられていますね。

冨山和彦(以下冨山) 自動車産業のようなグローバル産業と、観光・交通などローカル産業を比較すると、日本を含めた多くの先進国ではローカル産業の方が高い割合を占めています。一方で、経済・産業の発展に向けた議論では、規模が大きくて派手なグローバル産業に焦点を当てることが圧倒的に多く、ローカル産業は割と見落とされます。大きな流れでみると、実際にはグローバリゼーション(国境を越えたつな繋がり)が進むほど立地が海外に進出していき、ますます先進国の国内におけるグローバル産業の比率が小さくなっていくと考えられます。日本全体の生活を豊かにするためには、むしろローカル産業が大事になるという構造に、ある時気づいたわけです。同時にグローバルな産業とローカルな産業は格差があって、どう埋めていくかということを考えました。ひとつはローカルの産業は頑張ること、もうひとつは両者がうまく繋がっていくこと。観光業などはグローバルの豊かさがローカルに持ち込まれる典型です。このメカニズムに気づいた15年ほど前から、私は自分の立ち位置を、グローバルな世界からローカルに移して、グローカルな視点を追いかけていこうと思い始めました。

対談が行われた「六義園」(東京都文京区)の庭「八十八境」

対談が行われた「六義園」(東京都文京区)には万葉集や古今和歌集などに基づいて作られた「八十八境」がある。和歌の浦の景勝が映し出され、「六義園」を通じて和歌山を感じることができる。

岸本 お話を聞いた当時の私は、財務省で国際金融の仕事をしたり、国会議員の時も東京に滞在したりすることがほとんどでした。知事として和歌山県内をくまなく歩き始めて、ようやく冨山さんがおっしゃっていたローカルの大切さを実感しています。

冨山 和歌山にも地元の方が気づいていないグローバルコンテンツは数多く存在すると思います。普段何気なく前を通っている古い建物が、海外の観光客にとっては歴史あるお宝だったというように、価値の訴求の仕方によって非常に高い価値を生み、地域の豊かさに展開されるわけです。今はインバウンドで日本が注目されていますが、大勢の方に来てもらうよりも、和歌山の持つ魅力や価値の高さをアピールすることで、結局一人ひとりの労働生産性向上にも繋がると思います。

和歌山県知事 岸本周平

和歌山県知事 岸本周平

観光産業は数より質を追求していきたい

岸本 和歌山のローカル産業としては観光業が主な産業のひとつとなっています。以前ホテルの誘致で東南アジアに赴いた際、観光には3つのSが大切だと教わりました。まずは精神性、スピリチュアリティ。次に持続可能性、サステナビリティ。そして最後は静けさ、セレニティなのだそうです。高野山や熊野古道はまさに3Sが揃っている場所であり、海外からの観光客を呼び込んでいくというところに、色んなチャンスがあると思うのですが、どうでしょうか。

冨山 仕事柄、熊野古道にはよく行くのですが、バックパッカーの方に会い、少し会話したら、なんと共通の友達がスタンフォードで習った先生だったというエピソードがあります。

岸本 それは驚きますね。

冨山 そういう観光客が集まるその場が、スピリチュアリティの雰囲気を作りますよね。

岸本 熊野古道は「ユニバーサル・ツーリズム」の発祥の地とされています。聖地は女人禁制でしたが、熊野詣は性別の他、身分や宗教も問わず、神仏の前では全ての人は平等であるという考えを1300年前から掲げていました。そういった物語も合わせて発信していけたらと思っているところです。

冨山 日本人の精神性は八百万の神ですから、包摂力を代表しているような場所ですよね。日本は文化的包摂性を持っている国なので、世界中の色々な人がきても居心地が良いということですね。

対談中の冨山和彦氏と岸本和歌山県知事

和歌山の地域の再生

岸本 コンセッション(公共施設や事業の運営を民間企業に任せる仕組み)による運営改革で、冨山さんが代表取締役会長を務める日本共創プラットフォームの子会社である南紀白浜エアポートが手掛けた熊野白浜リゾート空港は、この10年で利用者が10万人から20万人に倍増したと伺いました。本当に素晴らしいことです。成功されたポイントはどこでしょうか。

冨山 グローカルのお話でも触れたとおり、今の日本は大規模な事業にばかり目を向けてしまう傾向があります。ローカル産業を活性化したい、和歌山地域のポテンシャルをもっと観光に生かしたいという思いからコンセッションへの参画を決めました。熊野白浜リゾート空港にも確かなポテンシャルがあると認識していて、地域の魅力的なコンテンツ、県からの支援、そして岡田信一郎社長をはじめとする意欲と能力にあふれた人財が揃ったことで、今回の成果に繋がったのだと考えています。

岸本 現在、和歌山県と南紀白浜エアポートは二人三脚で空港振興を推進しているところですが、串本町には、日本初の民間ロケット発射場「スペースポート紀伊」があります。小型衛星の打ち上げ需要の高まりを背景に、民間企業による小型ロケット開発が進められており、去年行った2回目のチャレンジでは宇宙空間まで飛びました。このまま開発を続ければ、2030年代には年間30機程度の小型ロケット打ち上げが見込まれるとのこと。ロケット産業に伴う海外からの観光客増加に合わせて、観光面においてもうまく相乗効果がでることを期待する中で、日本共創プラットフォームには浦島観光ホテルも譲り受けていただき、まさに鬼に金棒です。

冨山 那智勝浦や熊野本宮に近く、これから串本のロケット発射場が盛り上がるということで、浦島観光ホテルにもやはりポテンシャルの高さは感じていました。和歌山県内の奥まった位置にある観光地と観光客の窓口である空港。それぞれの点と点が線で繋がっていくイメージが浮かび、これはぜひ推進すべき取り組みだと考えました。事業を通じて那智の滝や海鮮の美味しさといった地域の魅力を知るたびに、私自身も和歌山の素晴らしさに()かれています。

岸本 和歌山県は南北に長く、南の方は人口減少のスピードも速いし、産業も少ない。県でも冨山さんと同じ構想を持ちました。

冨山 なんとしてでも人口を増やして、わいわいとにぎ賑やかな雰囲気をめざしたくなる人も多いかと思いますが、セレニティという部分が観光地では非常に重要なポイントです。たくさん人がいることではなく、人口はそこまで多くないとしても一人ひとり豊かに暮らしていることが、地域全体の価値に繋がると考えます。結果的には住民が豊かに暮らせる街に惹かれる人が現れて、自然と人口が増えていくと思っていて、そのような循環のきっかけ作りをサポートできればベストだと我々は思っています。

2024(令和6)年度利用者数が過去最高を更新した熊野白浜リゾート空港。

2024(令和6)年度利用者数が過去最高を更新した熊野白浜リゾート空港。

世界に発信する絶好の機会

岸本 今年は万博の年でもあり、私も事前に行ったのですが、大屋根リングはすごいし、パビリオンもわくわくしました。私たちは、関西広域連合が設置する関西パピリオン内に「和歌山ゾーン」を設けていて、和歌山県出身の国際デザイナーの吉本氏を総合ディレクターに選びました。彼は紀州漆器の美しい塗りが施された、高さ4メートルの映像タワー「トーテム」を8本作りました。そこに動画を流すのですが、国際的な動画作家であるムラカミ氏が制作しました。それから和歌山のスイーツ。アジア№1のパティシエである加藤氏が県産の上質な食材を使用し、県内の老舗店が提携して上質なスイーツを作り上げています。和歌山の魅力が凝縮された空間「和歌山ゾーン」にぜひ一度おいでいただきたい。グローバルな視点とローカルな視点でグローバルな人たちを呼び込んで、日本の良さをもう一度知っていただきたいですね。

冨山 大阪・関西万博には日本全国から観光客が集まるほか、インバウンドも大幅に増加することが期待されます。グローバルな会場で地域の魅力を知っていただき、和歌山へ足を運んでもらう。グローカルな流れを作るには絶好の機会ですね。

紀伊山地の巨木をイメージした、高さ4mの映像タワー「トーテム」

紀伊山地の巨木をイメージした、高さ4mの映像タワー「トーテム」。紀州漆器の技術が使用されている。