知事対談/全日本空輸株式会社 代表取締役社長 井上慎一/和歌山県知事岸本周平
井上慎一と岸本周平
協力:蓮華定院
和 vol.51

知事対談

全日本空輸株式会社
代表取締役社長
井上慎一

和歌山県知事
岸本周平

れずに挑戦!
価値ある失敗をしよう。

弘法大師ご誕生1250年を迎えた高野山にANAの井上社長を迎え魅力発信のアイデアと、価値ある失敗をしようというチャレンジ精神の真意を聞いた。

PROFILE

井上慎一氏
井上慎一

1958年神奈川県生まれ。1982年早稲田大学法学部卒業。1990年全日本空輸株式会社(ANA)入社、北京支店ダイレクター、アジア戦略室長等を歴任。2011年Peach Aviation株式会社CEOに就任し、日本初のLCCを立ち上げる。2022年ANA代表取締役社長に就任。

岸本知事(以下岸本) 今日は、日本初のLCCを立ち上げられ、ANAグループを率いておられる井上さんに、地域活性化のアイデアなど色々とお聞きしたいと思います。

井上慎一(以下井上) ANAは、地域の皆様にもっと深く広く貢献したいという思いで、2021年、ANAセールス株式会社を“ANAあきんど株式会社”に改称し、地域のニーズに対応できる体制にしました。ANAあきんどを窓口に、後ろにグループ各社が並ぶといったイメージです。

岸本地域の活性化に向けて、具体的にどのようなことをされていますか。

井上 まずは地域の皆様が何を求めているのかを把握することが出発点です。例えば、 ここ高野山には客室乗務員が移住し、“高野山デジタルミュージアム”のお手伝いをさせていただきました。地域密着がANAグループのやり方です。

岸本 2022年からは、県庁でも客室乗務員の方々に情報発信を手伝っていただいています。

井上 コロナのパンデミックで、航空業界は低迷を余儀なくされました。そんな状況下で受け入れていただき感謝しています。民間企業にも受け入れていただいていますが、社員が地域に寄り添って働くことで、多くの“気づき”を頂戴します。それを我々にフィードバックすることで情報が蓄積されます。そうすると今、求められているのは何かということがわかってきます。

岸本 県庁に派遣していただいている方々は、県内に移住してくださっています。移住施策を推進する和歌山県からすると、その心意気がありがたいというか、そこまでしてくださるのかと思いました。

井上 会社として移住しなさいと言ったことはありません。全て自分たちの意思なんです。素晴らしいと思います。

岸本 和歌山県民は、情報発信があまり上手くありません。素晴らしい自然など色々といいところがあるのですが、県民の皆さんにとっては、当たり前で素晴らしいとも思わないものですから“和歌山って何があるんですか”と聞かれても“いや〜。何もないですよ”みたいなことを言うんですよね。でも私は県民に誇りを持ってもらって、いいものをたくさん発信してもらいたいと思っています。高野山や熊野のスピリチュアリティは、非常に深いところで自然と融合しています。これからはそういう素晴らしい精神性も売り出していきたいと考えています。

井上 各地にいる社員たちの情報を凝縮して和歌山県の魅力を考えてみました。高野山は開創1200年を超え現代に至っていますが、このような長い歴史は、かなりのインパクトがあり、サステナブルそのものです。特に外国の方には、この神秘的で高い精神性が魅力あるものに映ります。金剛峯寺で特別なご開帳があると聞いて拝観させていただきましたが、弘法大師様とご縁が結ばれたように感じました。こちらの宿坊(蓮華定院)も素晴らしいですね。そして2025年に“大阪・関西万博”さらに2027年に“ワールドマスターズゲームズ関西”が開催されますが、国内外からたくさんの人が訪れますので色々な仕掛けができると思います。

蓮華定院の中庭

樹齢500年を超える松や楓が美しい蓮華定院の中庭。山寺ならではの自然の移り変わりを感じる。

岸本 大阪・関西万博では、和歌山県も主役の一人だと思っています。関西パビリオンに設ける和歌山ゾーンのテーマは“和歌山百景―霊性の大地―”で、“上質のつまった和歌山”がコンセプトです。本県は山が8割を占めますが、山々に生える巨木をイメージした映像のタワー“トーテム”を十数本立て、神聖な空間を演出します。中央の広場では様々なパフォーマンスを行い、和歌山の食を楽しんでもらえるスペースも設けます。

井上 それは面白そうですね。また来年迎える日本トルコ外交関係樹立100周年も気になります。明治時代、串本町沖でトルコ軍艦エルトゥールル号遭難事件がありましたね。つい先日までトルコに出張していたのですが、トルコの方々は今もこの“エルトゥールル号の話”を大事にしているんです。また和歌山県には日本一の農産物が多数あります。これを“日本一農産物シリーズ”とかいってブランド化すると、観光客の体験ツアーに結び付くかもしれません。シラス漁やマグロ養殖の体験というのも面白いと思います。グループ会社のANAXが、全国の美味しいものだけを並べたブランドショップ“TOCHI-DOCHI(とちどち)”を八重洲で運営しているのですが、そこで試食体験し美味しいなと思ったら“和歌山に行きませんか、行ったらもっと美味しいものを食べられますよ”みたいなことをすればツーリズムにも結びつきます。ぜひ活用いただきたいと思います。

岸本 ありがたいお話です。和歌山県もぜひエントリーしたいですね。

全日本空輸株式会社 代表取締役社長 井上慎一氏

キーワードは“発祥の地”

井上今回、日本の味のルーツが和歌山県にあったということを発見しました。醤油をはじめ、金山寺味噌や鰹節、そして南高梅。いずれも和歌山県が発祥ですね。そこで“日本の味のルーツを巡る旅”といったツーリズムも面白いのではと思います。

岸本それらは日本文化の原点だと感じています。しかも発酵食品なんですね。発酵とは、微生物を利用して時間をかけて熟成させ、品質をよくしていくプロセスです。まさに自然そのもので、循環型社会の根っこというか、哲学そのものなんですよ。これからのSDGsの社会の中で注目されるだろうと考えています。

井上その微生物がっていうストーリーは刺さると思います。単に味噌や醤油というのではなくて、和歌山県が“発祥の地”で、なぜこれらができたのかっていうストーリーを望む方は多いはずです。また和歌山県は、ワーケーションの先進地ですよね。施設が充実していて、企業のサテライトオフィスもすでに多くあると聞いています。これをプロモートすることで、観光だけでなくビジネスの流動も生まれ、交流人口の増加が期待できるのではないでしょうか。

岸本実はワーケーションも和歌山県が発祥なんです。県庁職員がイギリスで学んできて、日本で初めて導入しました。それら全てを合わせて“発祥の地”というキーワードはいいですね。タイの方が言ってくださったのですが、和歌山県の観光にはスピリチュアリティ、サステナビリティ、セレニティの“3つのS”があると言うのです。熊野は昔から女人禁制でない数少ない霊場で、まさにジェンダーフリーの発祥の地です。さらに小栗判官と照手姫の物語があります。歩けない小栗判官を乗せた車を、街道沿いの人々が引いて行って、最後は熊野で蘇って照手姫と結ばれるというユニバーサルツーリズムの発祥ともいえるお話です。

井上トルコとの交流も和歌山から始まりましたし、キーワードはやはり“発祥の地”ですね。

真田昌幸信繁の父、昌幸公が座したと伝わる上段の間にて対談中の井上慎一氏と知事。

鎌倉時代に開創された蓮華定院は、関ヶ原の戦いの後、真田昌幸信繁親子が仮寓したことでも有名。対談が行われたのは父、昌幸公が座したと伝わる上段の間(1860年再建)。

失敗してもかまわない
価値ある失敗をしよう

岸本井上さんは、国内初のLCCであるピーチ・アビエーション株式会社を立ち上げた優秀な経営者です。その時のご経験などをお聞かせいただけますか。

井上日本ではLCCなんて不可能だというのが当時の定説になっていました。そこで“どうせ失敗するのだったら、前向きに失敗しよう” “思い切ってイノベーティブなことをやってみよう”という気持ちで挑戦しました。

岸本失敗する可能性が高いからこそ、挑戦的にというのが井上さんの原点だったわけですね。

井上そうです。“価値ある失敗をしよう”ということです。未だによく整理できていないのですが、世のため人のためにやろうって考えたのです。それまで飛行機というのは、限られた層の方しか利用できなかった。それをLCCで誰でも利用できるようにすれば社会的な意義があるだろうと考えて、色々と仕掛けました。

和歌山県知事 岸本周平

和歌山県知事 岸本周平

岸本“価値ある失敗”という言葉を聞いて、思い出したのですが、私がアメリカの大学にいた90年代後半は、シリコンバレーでベンチャー企業が雨後の筍のように出てくる時代でした。シリコンバレーでの起業は100に1つが成功するかどうかだろうと思って、起業したばかりの若い経営者に「素晴らしい挑戦ですが、ハイリスク・ハイリターンですね」って聞くと、怪訝な顔をして「いやいや、ローリスク・ハイリターンです」と言うのです。なぜかと尋ねると「これは1回目なので、多分失敗します。でも失敗しても給料は倍になって元の会社に戻れます」と。失敗することで価値がつくと言うんですね。そして2~3年後にまた新しいアイデアを思いついてシリコンバレーに戻るとファンディングの金額が一桁増えるそうです。アメリカは失敗することに価値がつく国なんですね。日本とは真逆でこれには私も参りました。井上さんの“価値ある失敗をしよう”と似た発想ですね。

井上私は星の数ほど“価値ある失敗”をしてきました。でも最終的には成功に繋がっているのです。失敗同士をくっつけると、予期もしなかったことができるということが結構あって、大きな学びになりました。

岸本私は2005年の衆議院議員総選挙で落選し、それから4年間無職の浪人時代を過ごしましたが、落選したからこそ見えた景色がありました。その後、国会議員そして知事として働けているのは、あの時に失敗を経験したからで、失敗というのは何でも価値があるという気がしています。県庁の若い職員には“失敗を恐れずに挑戦して欲しい”と言い続けています。挑戦しての失敗はいいけど、逃げて或いは怠けて失敗するのは良くないと。では最後に若い人たちに向けて何かメッセージをいただけますか。

井上地域にいらっしゃる若い方には、チャンスはもうすぐ来るぞっていうことを伝えたいですね。インバウンドのお客様はこれまで大都市圏に集中していましたが、日本が好きな彼らはリピーター化していて、これからは地方に行こうとしています。彼らはストーリーを求めますので“発祥の地”である和歌山県には大きなチャンスが訪れます。発祥ってことはいの一番にやったということですから、先人は大変な苦労をされたはずです。そのDNAを和歌山県の皆さんは持っているのですから、今こそそれを思い起こして大胆に行動されるといいと思います。