【探訪】有吉佐和子が描いた「有田川」の舞台
日本一のみかん作りと水害の脅威
たゆまず流れる川のように強く生きる人々
和歌山市出身の小説家・有吉佐和子の代表作で“川もの”と呼ばれる紀州三部作の一つ「有田川」。洪水に暮らしを奪われながらも、みかん作りを心の支えに力強く生きていく女性・千代の人生を描いた物語だ。有田市文化協会会長の御前明良さんは「物語はフィクションですが、緻密な取材に基づいており、水害の様子やみかんの栽培、方言など現実に忠実で驚きました」と話す。
これまで有田川流域の集落は、何度も川の氾濫による大水害に見舞われてきた。記録されている中で特に大きな被害をもたらしたのは、小説のモチーフになった明治22年、そして昭和28年の大水害だ。いずれも多くの死者や行方不明者を出し、何年もの間、人々の生活に甚大な影響を与えた。
有田川の豊かな水は、大きな災害をもたらす一方で、多くの人々に恵みをもたらしてきた。その代表的な存在が有田みかんだ。江戸時代、山が多く、平地が少なかったことから、米作りだけでは貧しさから抜け出せなかった農民たちが、望みをかけたのが“みかん”だった。硬い山肌を削り、先人たちが何代にもわたり築き上げた石積み階段園は、現在もみかん作りに活かされている。自然の厳しさと恵みを同時に受ける有田で、先人の思いを受け継ぎながら、過去の災害や復興に学び、人々は千代のように強くたくましく生きている。
- 有吉佐和子【ありよしさわこ】
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1931年、和歌山市生まれ。東京女子大短期大学を卒業後、25歳のときに発表した「地唄」が「文学界」新人賞候補、芥川賞候補となる。その後、和歌山を舞台にした女性の年代記「紀ノ川」「有田川」「日高川」の川三部作、「華岡青洲の妻」など多数の名作を生み出す。1970年代には、認知症の高齢者介護をいち早く取り上げた「恍惚の人」、環境問題にスポットを当てた「複合汚染」などで、社会派のイメージを確立。旺盛な好奇心と理知的な視点、緻密な取材に基づいた作品が魅力。現代の課題にも通じる「非色」等、今また若者を中心に再注目されている。