知事対談/世代・トレンド評論家マーケティングライター 牛窪恵/和歌山県知事 岸本周平
牛窪恵氏と岸本周平知事
協力:ザ・プリンスギャラリー 東京紀尾井町
和 vol.52

知事対談

世代・トレンド評論家
マーケティングライター
牛窪 恵

和歌山県知事
岸本周平

多様化する若者たちと
しい時代を築く

今の若者たちの多様化する価値観に対して、行政や企業はどのように発想を転換していくべきなのか。新著「恋愛結婚の終焉」を発表した牛窪恵さんと少子化対策や世代間ギャップについて語り合った。

PROFILE

牛窪 恵氏
牛窪 恵

世代・トレンド評論家 マーケティングライター 立教大学大学院ビジネスデザイン研究科客員教授 修士(MBA/経営管理学) 東京生まれ。1991年日本大学芸術学部卒業後、大手出版社入社。2001年マーケティングを中心に行うインフィニティ設立。トレンド・マーケティング関連の著書で「おひとりさま」「草食系」を世に広めたほか、テレビのコメンテーターとしても活躍。和歌山未来創造プラットフォーム・アドバイザリーボードメンバー。

岸本知事(以下岸本) 私は少子化自体はある程度しかたがないと思っています。というのも、女性が高学歴化し社会的地位が上がると自然と出生率は下がる傾向にあるからです。日本は結婚しないと子供をつくらないという先進国の中では少し変わった国なので、結婚する人が減っていることが少子化の原因ではないでしょうか。結婚しない理由は様々ですが、男女とも所得が低い、あるいは非正規の雇用形態であるため経済的な面からも結婚がしづらい。牛窪さんの新しい著書「恋愛結婚の終焉(光文社新書)」では、恋愛と結婚を一緒に考えるから駄目なんだと分析されていますね。

牛窪恵(以下牛窪) 多くの人は当たり前のように“結婚には恋愛が必要”だと思っているかもしれませんが、今の若い人たちは、結婚が“贅沢品”で、恋愛が“嗜好品”だと考えているようです。2020年公開の東京大学の研究を見ても、恋愛意欲の高さは、正規・非正規という雇用形態で異なるほか、年収が低い人ほど恋愛をする意欲も低いという調査結果が出ています。さらに驚いたのは、これまで言われていた男性だけでなく女性についても似た傾向がみられたという部分です。

対談中の牛窪恵氏と岸本周平知事

若者の多様化と世代間ギャップ

牛窪 16~17年前に「草食系男子」の取材をしていたときのことですが、当時の若い男子に“ビールって飲んで何になるんですか”と聞かれて衝撃を受けました。今40代前半位になる彼らは、“自己責任”という言葉を重くとらえ、飲んで周りに迷惑をかけたり、次の日の仕事に差し障ったりしないよう、責任を負うリスクを避けていたんです。私たちの青春時代は、日本が経済成長していて、終身雇用が前提で、頑張ればその先にいいことが待っていると思えましたし、一つの船に乗っている安心感もありましたが、今の時代は多様化し、船が進む方向も一つでなく、世代間ギャップも顕著です。

岸本 私の場合、草の根で選挙運動をしてきましたので、これまで若い人たちと触れ合う機会がたくさんありました。一番若い友人たちは今、30代になっていますが、ともかく家族思いで真面目なんですね。様々な職業の方がいるので一般化はできないですが、地元で家業であるスーパーマーケットや鉄工所を継いで割と早い年齢で結婚され、お子さんが3〜4人いるような方々です。中には高校を中退して家出をしている人もいるんですね。そして何年かして詫びを入れて戻ってきて家業を継いでいます。ところがそんなに大きい会社ではありませんから、町に元気がないと商売がうまくいかない。そうすると愛する家族が養えない。だから彼らは自発的に集まって“町おこしをやろうぜ、町を元気にしようよ”ってことになるんです。高度成長期のちょっと後を追いかけた私たち団塊の下の世代にとっては、出世や金儲けが優先順位の一番にきて、家族はその次、コミュニティはさらにその次にくるわけです。しかし今の和歌山の若者たちは、自分の仕事も家族もコミュニティも一緒。あるいは家族が一番で、家族を養うためにコミュニティがある。それは私たちにとってすごく新鮮なことだし、そんな若者たちが町づくりを考えてくれているというのは良い意味での世代間ギャップだと言えますね。

牛窪 今の39歳位より若い世代にとっては、まず生活や家族が大切で、地元志向も非常に強いという調査結果が出ています。イオンが全国に進出し始め、ネットショッピングもできるようになり、わざわざ都会に行かなくても買い物ができる環境が整い、地元志向が強くなったのだという経済学者もいますが、私は、知事が言われるように、家族や自分たちの足元をもっと大事にしようという意識のほうが大きいのではないかと感じます。

岸本 和歌山県内にも商店街がありますが、やっぱりシャッター通りになっています。おじさん世代は、これらを何とかしなければならないという発想で補助金を何年も注ぎ込んできましたが、シャッター通りはどんどん増えています。しかしその若者たちは“周平さん、なぜ商店街を活性化しなくてはならないのですか。僕らが子供の頃からもう閉まってましたよ”と言うんですね。“商店街じゃなくてロードサイドかもしれないけど、自分たちが商売するのには十分な商圏があるので、それでいいじゃないですか。昔は良かったというおじさんたちのノスタルジーに付き合う気はサラサラありませんよ”と。また彼らに言われたのは“人口を増やすとか減らさないとか何考えているんですか。日本全体の人口が減る中で和歌山だけキープするってことはよそから取るってことじゃないですか。よそから取ってまで増やす必要はないですよ”“人口が減ったって、和歌山が好きな人が集まって、わいわいガヤガヤやって楽しけりゃいいじゃないですか”と。教えられることはたくさんありますね。今では“減るのはしょうがない”と私も言えるようになりました。いまさら“産めよ増やせよ”なんていう時代でもないし、人口は自然に減るので、減った人口で何をするか、という方向に発想を転換していかなきゃいけないと思っています。

牛窪恵氏

幸福追求の権利はみんなに平等にある

井上 一方でLGBTQも重要な課題です。米国ではZ世代(※)の5人に1人が、自分はLGBTQではないかと感じているとの調査結果もあります。日本も前回の衆院選直前に行われた調査では、若者が政治に求めることの第1位が“ジェンダー平等”でした。日本では現状、同性同士だと、結婚に似た生活形式をとっても、子供はどちらかの籍にしか入れません。養子縁組などを含めて制度を見直す時期であろうと思います。

※同調査におけるZ世代の定義は1997~2003年生まれ

岸本 日本には基本的人権の尊重をうたった憲法第13条がありますが、私は憲法で一番大事なのはこの条文で、とても素敵な条文だと思っています。全ての人に“幸福追求の権利”が保障されているんです。そうするとLGBTQの方々にとっても幸福追求の権利が憲法で保障されているので、それに反するなら法律を変えるべきで、制度は全て平等にすべきだということになります。和歌山県庁では、私が知事になる前から制度運用上の同性パートナーシップは認められていましたが、いわゆるパートナーシップ宣誓制度にはなっていなかったので、今制度を作ろうとしている最中です。いろんな考え方を持った方にも“幸福を追求する権利はみんなに平等にあるんだ”って説得すればわかっていただけると信じています。

恋愛と結婚は“混ぜるなキケン”

岸本 高度経済成長期やバブル期までは、女性は家庭を守り、働く男性をサポートするとの認識が根ざしていました。ですが、今は共働きが7割で、女性は未来の夫に家事や育児の能力を、男性は未来の妻に経済力を求めるようになりました。今も恋愛では、男性に“力強くエスコートしてほしい”とか、女性に“子供が好きで料理が趣味です”と言ってほしいなどとイメージしているのに、もはや恋愛と結婚で異性に求めるものが180度違うんですね。結婚となれば、男性は妻に昭和の男子力のようなものを、女性は夫に昭和の女子力のようなものを求める。恋愛の延長に結婚がないのです。調べると恋愛と結婚、出産を三位一体として考える“ロマンチック・ラブ・イデオロギー”の概念は、日本ではたった半世紀程度の歴史しかないことがわかってきました。それどころか脳科学的にも、恋愛と結婚は元来“混ぜるなキケン”だそうなのです。

井上 若者が考えている恋愛と結婚のギャップに制度が追いついていないという問題もありますね。以前は和歌山県庁でも婚活事業を行っていたのですが、私が知事になってからやめることにしました。結婚するかしないかは個人の自由な意思なので、公の機関が結婚を勧めることは小さな親切、大きなお世話なんですね。我々行政がやるべき仕事は、結婚したい人や結婚した人たちにとって便利な仕組みを作り、子供が生まれてからも働きやすい環境を整備することだと考えています。

和歌山県知事 岸本周平

和歌山県知事 岸本周平

等身大の関係性を築く

牛窪 団塊世代全員が後期高齢者になることで起きるとされる、介護の“2025年問題”に危機感を持っています。団塊世代の親の介護に関わる団塊ジュニアが今40代後半位ですが、この世代は就職しようという時にバブルがはじけ、就職氷河期が訪れたこともあって、今も結婚せずに親と同居している比率が非常に高いんです。2025年には団塊世代全員が75歳以上になりますが、このままでは介護や医療の現場での人手不足から、誰がお世話をするんだと社会問題が起きます。これまでは親にご飯を作ってもらい、家賃代わりに月数万円を家に入れれば許され、経済効率がいいと感じる独身者も多かった。ですが、これから一人で親を介護しなければならなくなると、仕事との両立が難しくなる。私は結婚という制度は、お互いに支え合えるパートナーを得る意味でも、非常に有効だと思っています。逆に、結婚に恋愛力は必要ないのだから、恋愛が特技だと胸を張る人より、恋愛が苦手でも信頼できるパートナーの存在を探すほうが理に適っているのではと考えます。

岸本 私もそうなんですが、年配の人間には、今、現実に起きている現象や若い人たちの気持ちがわからないことがあります。おじさんやおばさん世代が作った古い制度を改めて、ギャップを早く解消する以外に解決策はないですね。

牛窪 バブル世代は今50代から60代前半になっていますが、特にこの世代までの男性は恥ずかしいところを見せたくない方が多いうえ、“部下に信頼を得たいのだが”と悩むケースが増えています。私が研修などでお伝えするのは、“わからないことは恥ずかしがらず、若い世代に聞いてください”ということです。今若い人たちも、自己肯定感が低い傾向があるのですが、上司から“教えてくれる?”と聞かれると、部下は役に立てたとむしろ喜んでくれる可能性が高い。そういうことを積み重ねていくことで、お互いに等身大の関係性を築くことができるのではないでしょうか。