種間交雑や自然/人為選抜を伴ったウメの栽培化・品種分化過程の解明

種間交雑や自然/人為選抜を伴ったウメの栽培化・品種分化過程の解明
ーゲノムに刻まれたウメの知られざる進化の歴史ー

 うめ研究所は岡山大学および神戸大学と共同で、ウメ、アンズ、スモモおよびモモの計208品種における遺伝的多様性を解析し、ウメが種間交雑や選抜を経験しながらたどった複雑な栽培化・品種分化の過程を解明しました。成果は今後、ウメの起源の解明や品種改良の加速化に寄与することが期待されます。

 本研究成果は2020年10月13日付で英国の科学雑誌『The Plant Journal』に掲載されました。

研究成果のポイント


●ウメを中心とした208品種の遺伝資源において、ゲノム中の約15,000個の遺伝子を標的として塩基配列を解読しました。

●ウメでは地理的グループ(特に中国と日本)や人々の用途(観賞用、食用など)に応じた遺伝的分化が進行していました。

●ウメはその進化の過程で生育環境や人々の好みに応じた選抜を経験していました。

●現存するウメの大部分は過去にアンズやスモモとの種間交雑を経験していました。その際導入された遺伝領域は選抜を受けていることもあり、何らかの重要形質が種間交雑によりウメに導入された可能性が示されました。

1.背景

 私たちが今日利用する農作物は、もともと野生の植物であったものから改良されてきたものです。その痕跡は現存する栽培品種のゲノムに残っており、これまでにイネなど一年生の草本作物では、栽培化や品種分化の過程が盛んに議論されてきました。一方、果樹のような多年生(木本)作物では、一世代あたりの年数が長く、他殖性(自分の花粉では実をつけることができない性質)であることが多い上、頻繁に栄養繁殖(挿し木や接ぎ木など)が行われるなど、草本作物とは生態が大きく異なります。そのため、栽培化の過程やそれに伴う遺伝的な変化の様相も大きく異なっていると考えられます。
 

 本研究では、日本人にとって馴染み深く、和歌山県特産のウメについて、栽培化・品種分化過程の解明を試みました。ウメはバラ科サクラ属に属する落葉果樹の一種であり、同じ属にはモモ、アーモンド、スモモ、アンズなどが分類されています。ウメは特にアンズやスモモと遺伝的に近縁であると言われており、これら3種は交雑により後代をつくることが可能です。実際に‘豊後’などの「アンズウメ」、‘露茜’に代表される「スモモウメ」が育成され、栽培されています。
 

 日本人にはお馴染みのウメですが、初めて言及が確認されるのは751年の『懐風藻』という詩集であり、イネなどと比べると意外にも歴史は浅い作物です。しかし、現在のウメを見ると、観賞用の「花ウメ」や食用の「実ウメ」など、多様な形質をもつ品種が分化しています。ウメは日本での利用が開始されてからの短期間にどのようにして多様な形質を獲得していったのでしょうか?また、ウメは中国原産であると言われていますが、現在日本や台湾など東アジアで栽培されているウメは、どのようにして広がってきたのでしょうか?このようなことを遺伝学的に検証した例は、これまでほとんどありませんでした。

2.研究成果の内容

 そこで私たちはウメの進化の歴史を遺伝学的に検証するため、ウメを中心とした208品種のバラ科サクラ属果樹の遺伝資源から、およそ15,000個の遺伝子にターゲットを絞って遺伝情報を取り出し、多様性を詳細に調べました。結果を図示したところ、ウメには地理的分布(特に中国と日本)に応じたはっきりとした遺伝的分化が確認されました(図1)。従来、日本のウメは中国から伝来したものと考えられてきましたが、それにしては中国と日本のウメは遠縁であるように思われ、日本のウメが原生である(あるいは、中国から人為的に伝わるよりもはるか昔から日本にあった)可能性も残りました。過去に日本で野生のウメを採取したという記録https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/3030041889)が残っており、今後このようなサンプルを詳細に解析することが、日本のウメの起源に迫る糸口になるかも知れません。一方、日本のウメでは、観賞用の「花ウメ」や食用の「実ウメ」、実ウメの中でも果実が大変小さい「小ウメ」と呼ばれる品種群がそれぞれグループをつくる傾向にあり、人々の好みに応じた遺伝的な分化が進行中であるものと考えられました(図1)。
 

図1 ウメを中心としたバラ科サクラ属果樹遺伝資源における主成分分析

図1 ウメを中心としたバラ科サクラ属果樹遺伝資源における主成分分析

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 人々は、好ましい形質をもつ個体同士を「交配」し、子孫の中からより良い個体を「選抜」することで農作物を改良してきました。その過程で、人々にとって好ましい形質をもたらす「遺伝子」は選抜を受け、特異的に多様性を失ってきた(好ましい変異の割合が多くなった)と考えられています。この理論を用いて、現存する栽培品種のゲノムを調べることで、どのような遺伝子が作物の栽培化や品種分化において重要な役割を果たしたのかを知ることができます。私たちは上記で明らかにしたウメのグループ(日本、中国、台湾、花ウメ、実ウメおよび小ウメ)の形成において、どのような遺伝領域が重要な役割を果たしたのかを推定しました(図2)。その結果、全グループに共通して重要であったと推定される遺伝領域(図2赤枠)が見いだされるとともに、地理的集団、用途別集団の形成において重要な役割を果たしたと考えられる遺伝領域が多数明らかとなりました。これらの領域にある遺伝子群がウメにどのような形質変化をもたらしたのか、今後の研究が期待されます。
 

図2 現存するウメがグループを形成する際に選抜を受けた遺伝領域の探索

図2 現存するウメが地理的/用途別グループを形成する際に選抜を受けた遺伝領域の探索

注)赤枠はすべてのウメが共通して強い選抜を受けたと考えられる遺伝領域(ピーク)を示す
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 作物の栽培化や品種分化が起こるためには、例えば、果実がたくさんとれる、大きくなるなどといった、人類にとって都合のよい形質の獲得が必要です。そうした変化は突然変異によって偶然起こることもありますが、別の作物から、種間交雑によって導入されることもあり、このことを「種間遺伝子流動」と呼びます。ウメの多様な品種分化において、近縁種であるアンズやスモモからの種間遺伝子流動が重要な役割を果たしてきた可能性は古くから指摘されていました。そこで私たちはそのことを遺伝学的に検証するため、今回の研究で収集したウメのゲノム情報をアンズやスモモのゲノム情報と比較し、ウメとアンズまたはスモモ間で「よく似た配列をもつ遺伝領域」を探索しました。その結果、現存するウメの大部分は、過去にアンズやスモモからの遺伝子流動を経験していることがわかりました(図3)。特に日本のウメでは、アンズやスモモからの遺伝子流動がかなり大規模に認められ、現在の多様な品種分化の原動力となっている可能性が示されました(図3上中段)。興味深いことに、このような領域はしばしば選抜にさらされていました(図3下段)。この結果は、ウメがアンズやスモモから有用な遺伝子を取り込みながら改良されてきた証拠であると考えられました。
 

図3 日本のウメにおけるアンズおよびスモモからの遺伝子流動とそれらに対する選抜

図3 日本のウメにおけるアンズ(上段:赤色)およびスモモ(中段:青色)からの遺伝子流動とそれらに対する自然/人為選抜(下段)

注)緑枠は中国、日本および台湾のウメ(実線)および日本のウメ(点線)において種間遺伝子流動と選抜が同時に検出された領域を示す
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 先行研究および本研究で明らかになった知識をもとに、現存するウメの進化の過程を考えました(図4)。ウメ、アンズおよびスモモは、ある共通の祖先から分岐したと考えられています。これらは互いに遺伝的に近縁であるため頻繁に交雑したものと推察されます。そのうち、ウメとしての進化に重要な形質を有する個体が選抜され、ウメの祖先となりました。ウメの祖先はその後中国から日本、台湾などに広がり、それぞれの地域に適応しながら遺伝的分化を進めていきました。その過程でもまた、アンズやスモモとの交雑が起こり、好ましい形質をもつ個体の選抜が進んでいったものと推察されます。日本のウメはさらに、人々の好みによって選抜を受け、現在の花ウメ、実ウメ、小ウメなどに分化していったものと考えられます。
 

図4 現時点で考えられるウメの進化過程

図4 現時点で考えられるウメの進化過程
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3.成果の意義

 本成果は果樹では初めて、種間遺伝子流動が起こっている具体的な遺伝領域を特定するとともに、種間交雑によって導入された遺伝子(形質)が生育環境や人々による利用の歴史の中で選抜を受けてきた可能性を示したものです。多様なウメが種間交雑によって導入された遺伝子によって改良されてきたという知見は、今後のウメ育種において大いに参考になると考えられます。また、本研究で得られた多数の遺伝資源におけるゲノムデータは、今後ウメの有用形質を選抜するための遺伝マーカー(有用な形質の有無を確認できるDNA配列)として利用が期待されます。
 

■論文情報

 論文名:Interspecific introgression and natural selection in the evolution of Japanese apricot (Prunus mume)

 掲載誌:The Plant Journal

 著 者:Koji Numaguchi, Takashi Akagi, Yuto Kitamura, Ryo Ishikawa, Takashige Ishii

 巻(号)、頁:104(6)、1551–1567

 DO I  :https://doi.org/10.1111/tpj.15020
 

■研究資金

 本研究は若手研究「ウメ葉縁えそ病を題材とした果樹ウイルス病害抵抗性に関与する遺伝的因子の同定」(18K14449)、新学術領域「植物新種誕生の原理」における「植物における性表現の揺らぎを成立させる進化機構(19H04862)の支援を受けて実施しました。
 

<お問い合わせ>

和歌山県果樹試験場うめ研究所

副主査研究員 沼口 孝司

(TEL)0739-74-3780

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