一本釣りの様子

右手に釣り糸、左手にはアクセルレバーと小さなダイヤル状コントローラーを操る。漁と操縦の両方の技術が必要になるが、魚の反応が竿より速くわかるという。

和 vol.54 【特集】
和歌山 海の恵み -2-
WAKAYAMA 海の恵み/加太・一本釣りの真鯛

この広い海に一本の糸
まるで魔法のような
漁法の系譜

 まだ夜も明けやらぬ早朝、加太港から船が出る。漁場までは近く5分程で到着する。漁師である加美誠さんは、海を見渡し遠くの景色を確認する。船にはGPSも備わっているが目視で自船の位置を確かめているという。加太の伝統漁法・一本釣りで狙うのはもちろん“真鯛”だ。月の満ち欠けで潮流を読み、定めたポイントには十隻ほどの船がひしめき合っている。「それでは集まった船の間で真鯛を奪い合うことに。だからあえて離れた場所で漁をすることもあります。ポイント選びは数十年にも及ぶ経験とデータ、天候などから判断していますが、答えはひとつではありません。それが漁の難しいところです」。

釣り上げられた真鯛

釣り上げられた真鯛はすぐにデッキ下の生簀に。

加太沖の狭いポイントに集まった多くの漁船

加太沖には、船同士がぶつかりそうなぐらい狭いポイントに多くの漁船が集まる。

 「加太は豊かな自然に恵まれています。山には緑があり、雨が降ると腐葉土に蓄えられた栄養分が川や海に流れ込みます。その栄養がプランクトンを育み、魚たちも集まる。山、川、海、そして魚と漁師、全部が繋がっています。この広い海に垂らした一本の釣り糸。それだけで魚が釣れるのは魔法のようなモノ」と加美さんは語る。潮の流れが速い加太沖で育った真鯛はよく身が引き締まっている。しかし、美味しさの要は千年以上続く漁師の技にもある。一本の糸の先に自作の疑似餌をつけて、一匹ずつ丁寧に水揚げするため、傷もほとんどない。また、生きたまま出荷されるので、鮮度を保つことができる。

加美さんの右手人差し指にかけられた釣り糸に当たりが来た瞬間

一本釣りといっても竿は使わないことが多い。加美さんの右手人差し指にかけられた釣り糸に当たりが来た瞬間、左手で操縦を行いながら、糸を手繰り寄せる。

漁師それぞれが自作した仕掛けや疑似餌

仕掛けや疑似餌は漁師それぞれが自作する。環境問題も考慮し、加太では撒き餌は禁止。

 担い手不足といった課題がある中で、近年は積極的に県内外から若者を受け入れ、県や市のサポートを受けながら研修を実施。「漁師を目指す人を育てるには、受け入れ側の心構えも大事。一対一で向き合うので難しい面もあるが、今後も試行錯誤しながら取り組んでいきたい」と加美さん。また、収入安定化を図るため、加太ではひじきやわかめなどの海藻類の出荷にも取り組んでいる。
 伝統的な漁法を受け継ぎながら、休漁日など独自のルールを築き、それらを守ることで自然に寄り添ってきた、この地域の持続可能な取り組みは昔から変わることなく引き継がれている。

加美さんと研修中の泊里充浩さん(右)

この春から研修中の泊里充浩さん(右)。「体力も必要だが、自分の努力次第で結果が変わる」と語る。

天然の海藻類を獲る様子

ひじきなど天然の海藻類は豊富に獲れるが、資源保護のため収穫時間や収穫量もみんなで決めている。

収穫後すぐに行うひじきの加工の様子

収穫後すぐに行うひじきの加工も、阿吽の呼吸で次々と進められていく。

加太漁業協同組合

住所/和歌山市加太1271-2
電話/073-459-0062
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アジサイの植樹で“魚つき林”を守り
こどもたちの郷土愛を育む取り組み

「もともと3つの山がありました」と語るのは加太観光協会の会長・稲野雅則さん。海の環境を保全するためには、森と山の自然を守らなければならないと2007年に“海と山と加太プロジェクト”を開始。森林公園でアジサイの植樹祭を企画すると、多くの賛同が得られ、18回目を迎えた今年、植えた紫陽花は10800本にも達した。地元小学生にも故郷の自然の大切さを伝えるとともに、受光間伐なども行い、加太の森はあるべき姿を取り戻しつつある。加太の自然は、漁師さんたちだけでなくそこに住む人々にとってもかけがえのないものとなっている。

植樹祭で植えられた森林公園のアジサイ

加太観光協会

住所/和歌山市加太1067
電話/073-459-0003
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