知事対談/福岡ソフトバンクホークス監督 小久保裕紀/和歌山県知事 岸本周平
小久保氏と岸本周平知事
和 vol.53

知事対談

福岡ソフトバンクホークス監督
小久保 裕紀

和歌山県知事
岸本周平

節目節目に得られた
珠玉の言葉に触れる

プロ野球という厳しい勝負の世界の一線で戦い続ける。そこには人を育てる理論と不屈の精神、そして心揺さぶる言葉があった。

PROFILE

小久保 裕紀氏
小久保 裕紀

福岡ソフトバンクホークス 監督。和歌山市生まれ。和歌山県立星林高等学校から青山学院大学へ進学し、1992年バルセロナオリンピック銅メダル、1993年主将として青山学院史上初の大学野球日本一に貢献。プロ現役時代、福岡ダイエーホークス・福岡ソフトバンクホークス、読売ジャイアンツに所属。2013~2017年侍ジャパン監督。2022年シーズンからは福岡ソフトバンクホークス2軍監督を務め、2024年シーズンより一軍監督。

岸本知事(以下岸本) 福岡ソフトバンクホークスの監督就任、おめでとうございます。小久保さんは和歌山市出身で、プロ野球選手として大活躍されました。一方、和歌山の少年野球のために“小久保杯”という大会を開催されており、今年で20年目になりますね。こども達が目を輝かせながら小久保さんからノックを受けている様子を見ていると、こども達が誇りに思える地元出身の方がいるのはいいことだなといつも思います。

小久保裕紀(以下小久保) ありがとうございます。小学校1年生から野球を始め、硬式に移り、プロに入ったわけですが、何か恩返しをしたいと思い“小久保杯”を始めました。こども達のために始めた大会ですが、ずっとやっているから僕の現役時代を知らなくても、こども達の中に僕の名前が残っているようで、嬉しく思っています。

岸本 ホークスの2軍監督を2年され、今シーズンからは1軍の采配を振るうことになりました。チームを育て戦っていくうえで一番大事にされていることは何でしょうか。

小久保 チームプレーが成り立つためには、チームとして守るべきルールを設定する必要があります。選手はそれぞれ育った環境も価値観もバラバラで、教わってきた野球も異なります。だからホークスの野球はこういう野球なのだというルールづくりを最初にしました。例えば、寮には選手100名以上が生活していますが、自分1人ぐらいだったら良いだろうとスリッパを脱ぎっ放しにすると、スリッパ200個が並びます。そして清掃の方が、一旦それを片付けて掃除し、また元へ戻す。目の前に下駄箱があるのに迷惑なことです。2軍監督になったときに最初に作ったルールが“スリッパは下駄箱にしまいなさい”ですよ(笑)。

岸本 小久保さんの指示はとても具体的だと聞きました。

小久保 例えば“甲子園に行かれたことがありますか?”と聞くとします。高校球児として行ったのか、阪神巨人戦を見に行ったのかわからないですよね。“高校球児として甲子園に出場されたことがありますか?”と質問しなければならないのです。相手が選手であれば“ウォーミングアップをきっちりしなさい”といった指示ではダメなんです。100人いたら100人なりのきっちりがあるので、“置かれたマーカーまで必ず走る”とか“フライングしない”といった具体的な指示が必要です。チームとしてのルールを決めておかないとこれはまとまりません。

岸本 私もそれは反省しなければなりません。どうしても指示が曖昧になるんですよね。自分はわかっているから、相手もわかっているだろうと。わかっているわけないんですよ。

和歌山県知事 岸本周平

和歌山県知事 岸本周平

チャレンジしないことが一番成長を妨げる

岸本 もう一つ共感したのが“トライアル・アンド・エラー”という言葉です。実は私も知事に就任した直後、職員の皆さんに“失敗してもいいからまず挑戦しよう”という意味で同じ言葉を使いました。小久保さんの場合はどういう趣旨でしょうか。

小久保 まずやってみる。そして上手くいかなかったら、その原因を考えて、またチャレンジすればいい”ということです。失敗したら恥ずかしいとか、怒られるとか、そんなことはありません。もちろんボーンヘッドや全力を出さなかったことに対しては叱ります。しかし打てなかったことや打たれたことでは怒りません。選手には“チャレンジしないことが一番成長を妨げることになるので、心配せずにチャレンジしなさい”と話しています。

岸本 国会議員になる前にトヨタ自動車で2年間働いていましたが、トヨタといえば“カイゼン”です。工場で働く皆がどんどん提案するんですね。それを現場で実践していくのですが、思いつきですからほとんどが上手くいきません。ところが100に1つが当たるだけでものすごく改善するのです。それが積み重なると大きな成果が得られます。そして小久保さんも言われるように、上手くいかなかったからといって叱らないんですよ。“残念、ナイストライ”って。誤ったやり方で“カイゼン”を導入した会社では上司が怒るんです。そうすると提案しなくなりますよね。そういうのを学んで、県庁でも取り入れています。

最後は歯を食いしばって踏ん張る反復練習

岸本 言わなくてもできる人っているじゃないですか。一方、言ってもなかなか届かない人達もいるのですが、必要なのはやっぱり総合的な戦力ですから、一人ひとりに輝いてもらわなければなりません。その辺はどのように指導されているのでしょうか。

小久保 実力のある選手は自分で考えて勝手にやれるので邪魔をしないようにしています。でも実力の足りない選手には、ある程度指導しなければならないわけです。今の選手達には数字で示すのが一番で、昔のように経験や感覚で指導するのはタブーになっています。感覚って人に教えられないんですよね。現在では打球の角度や速度、バットの軌道、スイングスピードなど全てを数値として見ることができます。だから測定結果を見せて“この数字を上げるためにはこの練習が必要だ”といった指導をします。“バットを振りなさい。ダッシュしなさい”では選手は動かない時代になりました。

岸本 小学生の頃から柔道をやっていたのですが、練習中は水を飲むなとか昭和の根性論でやっていました。しかし今の若い人にはそのような科学的で合理的な方法を取ったほうがやる気を出してもらえるのでしょうね。

小久保 ただ、最後は歯を食いしばって踏ん張ることができない選手は伸びません。緊張した試合の緊迫した場面で打席やマウンドに立った時に、自分が持っている悪い癖を消すのには“反復練習”しかないんですよ。反復練習を抜きにして“型”は手に入りませんし、反復練習を嫌う選手はトップには上がってこれません。

岸本 やはり最後は頑張って練習しなければならないってことですね。

小久保 そうです。投手がボールを投げて打者が打つまで0.4秒ぐらいと言われていますが、スイングに0.2秒かかるので、0.2秒しか判断する時間はありません。人間は見て認識するまで0.5秒かかるって言われていますから、見てから打つのは不可能なんです。だからある程度予測してバットを振るのですが、そのためには反射を鍛えなければならず、反復練習が必要なんです。目標までの最短距離はわかっていても練習の回数をこなさないと一流にはなれません。

岸本 体験と経験が違うっていうのはそういうことですね。

小久保 “体験”って思い出で終わるじゃないですか。一方、“こういうところが良かった”“ここを改善しましょう”といった第三者によるフィードバックが入るのが“経験”です。独りよがりの“やりました”というのは、本を読んだだけで行動しなかったり、YouTubeで理論だけ頭に入れて反復練習をしないのと一緒です。成長するためには“経験”が必要ですよ。

対談中の小久保氏

人生で起こることは必然で必要なんだ

岸本 小久保さんは2000本安打にベストナイン、ゴールデングラブ賞など輝かしい経歴をお持ちですが、むしろ守備位置から全力疾走でベンチに帰る姿やガッツのあるプレーが印象に残っています。怪我や故障も多くて苦労されましたが、何度も這い上がってこられました。

小久保 最初の頃は、調子のいい時に限って怪我をしていたので“どうして自分だけこんな目に遭わないといけないんだ”と思ったこともありました。しかしリハビリ中に学んだことはすごく生きていますし、離脱の回数が多ければ復帰の回数も多いので、復帰を拍手で迎えてくれたファンやリハビリを支えてくれたスタッフ、ドクターのことは今もよく思い出します。そういった経験をして“人生で自分に降りかかることは必然で必要なんだ”と思えるようになりました。

岸本 8回骨折して8回手術されたと聞きました。

小久保 練習のし過ぎだったんですよ。靭帯が耐えられなくなって切れてしまって。右バッターって首を左に向けて打つので、首の骨が成長して神経を圧迫するんです。大きな手術だったので、麻酔から覚めて体が動いたときはほっとしました。

行を終えたら行を捨てよ

岸本 そんな経験をすると精神的にもタフになるでしょうし、宗教的な悟りにも似ていますね。

小久保 そう思わない限り、前には進めなかったと思います。千日回峰行という過酷な修行をされた大阿闍梨の塩沼亮潤さんとご縁があり親しくさせてもらっていますが、引退した時に“行を終えたら行を捨てよ”という言葉をもらいました。“修行から感じたことが一番大事で、成し遂げたこと自体が素晴らしいことではない”という意味です。2000本打って名球会に入ったから偉いのではない、実績を振りかざしながらこの先の人生を歩んだら間違いますよって。有頂天だった気持ちをポンと折ってもらえたようでした。

岸本 人生に無駄なことってないですよね。私も高校生の時、数学の先生に“良いことがあれば必ず悪いことがある。だけど悪いことがあれば必ず良いことがある。だから悪い時にはくよくよしなくていいし、逆に良い時は調子に乗ってはダメだ”と言われたことが心に残っています。

小久保 小学1年生だった時の監督にいただいた手紙が最近出てきて“晴れの日ばかりは続かない。雨の日もある。でも雨の日ばかりも続かない、その後にまた晴れる。人生とはそういうものなんだ”と書かれていました。母がずっと取ってくれていたのですが、今振り返ると、人生の真理みたいなものをその時に伝えてくれていたんだなあと思えます。

岸本 たくさんの本も読み、多くの方のお話を聞かれているようですが、やはりインプットを大切にされているのでしょうか。

小久保 はい。そこは意識しています。同時にアウトプットも大事にしていて、学んだことはすぐにやるし、人に伝えるようにしています。人に上手く伝えることができて初めて自分の言葉として理解できます。立場が下の人に教えたらその人がすぐに伸びるからもったいないって言う人は、すぐに抜かれてしまうと思うんですよね。教えることによって、自分がもう一段上がれますし、新しいことを学ぶスペースもできます。難しいですけど“欲しけりゃ捨てろ”ということなんですね。実は人としての器というのは決まっていて、その器にいっぱいになった水を捨てる勇気があるかどうかだということなのです。高校の大先輩である松井優典さんには“スポンジになれ”と言われました。次に進むにはカラカラのスポンジにならなければならない。水がヒタヒタなら何も染み込まないという意味でした。節目節目に素晴らしい言葉をいただけて、とても感謝しています。

岸本 本日はすごく勉強になりました。ありがとうございました。

対談中の小久保氏と岸本和歌山県知事