ポリジメチルシロキサン製マイクロウェルを用いて作製したウシ体外受精胚の移植による子ウシの誕生

ポリジメチルシロキサン製マイクロウェルを用いて作製したウシ体外受精胚の移植による子ウシの誕生

はじめに

ウシなどの哺乳動物胚の体外培養では、培地ドロップ内で単一あるいは少数個で培養すると非常に培養効率が低く、胚を効率的に培養するためには多数個を培地ドロップ内で培養(集合培養)する必要があります。しかし、クローン胚や顕微授精胚など多数の胚の作製が困難な胚を効率的に培養するために少数あるいは単一胚でも効率的に培養できる方法の開発が望まれています。近年、培養ディッシュの底にマチ針の先端で作製した微小な凹み(Well of the well:WOW)の中で単一胚を効率的に培養できる方法がVajtaらによって開発されました。しかし、WOWは微小な凹みを手作業で作製するため同一形状の凹みを安定的に作製することが困難です。我々はこれまでに、微細加工が容易でコンタクトレンズなどの医用素材に広く用いられているシリコーン樹脂の一種であるポリジメチルシロキサン(PDMS)を用いて、WOWと同様な微小な凹み(マイクロウェル:MW)をもつプレートを試作しました(図1)。
マイクロウェル(直径300μm、深さ200μm)
この中に胚を1個ずつ入れて培養する

図1PDMS製MWプレートの図
図1 PDMS製MWプレート

我々が試作したPDMS製MWプレートは、鋳型を用いて作製するため同一形状のMWを安定的に作製することが可能でした。さらに、このPDMS製MWプレートを用いるとウシ胚を単一であっても効率的に培養できることができました(図2)。

図2PDMS製MW内でのウシ胚の培養の図
図2 PDMS製MW内でのウシ胚の培養

そこで、今回、我々はこのMWプレートによるウシ胚の培養系が、臨床現場で実用的に利用できることを実証するために、経膣採卵卵子の体外受精胚の培養に利用しました。発生したウシ体外受精胚は、受胚雌ウシに移植し、それら胚の受胎能および個体発生能についても検討しました。

材料および方法

体外受精に用いる卵子は、黒毛和種経産雌牛から超音波妊娠診断装置および採卵針を用いて経膣的に採取しました。採取した未成熟卵子は、10% FBS加TCM-199を用いて20時間から22時間成熟培養(38.5度、5% CO2、95% 空気)しました。これら卵子を黒毛和種牛凍結精液を用いて体外受精し6時間培養しました。作製された体外受精胚は、5% FBS加CR1aaを用いてPDMS製MW(直径300μm、深さ200μmの円柱状)内で1胚を1つのMWに導入して培養する単一培養あるいはミネラルオイル下に作製した培地ドロップ内での集合培養(対照)をおこないました(38.5度、5% CO2、5% O2、90% N2)。受精2日目に卵割率を、受精7日から8日目に胚盤胞期胚への発生率を調べました。発生胚を、自然あるいは性周期同期化処理による発情後7日目から8日目の受胚雌ウシの黄体側子宮内に新鮮あるいはcryotopによるガラス化保存後に移植しました。妊娠鑑定は、胎齢40日から45日に超音波妊娠診断装置を用いておこないました。

結果

のべ25頭の黒毛和種雌牛より合計279個の未成熟卵子を採取し、成熟培養および体外受精に供しました。体外受精胚をMWプレートでの単一培養あるいは培地ドロップ内で集合培養したところ、受精2日目における卵割率はそれぞれ41%(79の中の32)、44%(186の中の81)、受精7日目から8日目における胚盤胞期胚への発生率(卵割胚数分の発生胚数)はそれぞれ15%(79の中の12)、18%(186の中の34)であり、MWプレートでの発生率は、集合培養と同等(P>0.05)でした(表1)。さらに、MWプレートおよび集合培養で得られた胚盤胞期胚を受胚雌ウシに移植したところ、それぞれ57%(7の中の4)、42%(12の中の5)の受胚雌ウシで受胎を確認しました(表2)。

表1 PDMS製MW培養によるウシ体外受精胚の初期発生
実験区 卵子吸引頭数 吸引卵子数 IVF卵子数 卵割数(パーセント) 発生胚数(パーセント)

集合培養(対照区)

18 208 186 81(44)% 34(18)%
PDMS製MW培養 7 86 79 32(41)% 12(15)%
表2 PDMS製MW培養により得られたウシ体外受精杯の移植成績
実験区 移植頭数 受胎頭数(パーセント)
集合培養(対照区) 12 5(42)%
PDMS製MW培養 7 4(57)%

さらに、MWプレートにより培養した胚盤胞期胚を妊娠した受胚雌ウシ4頭は、平成21年8月から9月に全て正常な産子(雄3頭、雌1頭)を分娩しました。それぞれの妊娠期間は281日から298日、生時体重は雄では34.7キログラムから36.0キログラム、雌は18.9キログラムでした(表3および図3)。現時点で、誕生した子ウシは健康であり、特に異常はみられていません。

表3 PDMS製MW培養により得られたウシ体外受精胚由来産子の分娩状況
子ウシ 在胎日数 分娩状況 分娩誘起 性別 生時体重
A 291日 安産 なし 34.7キログラム
B 292日 安産 なし 18.9キログラム
C 281日 介助 なし 36.0キログラム
D 298日 安産 なし 35.8キログラム
図3PDMS製培養により得られたウシ対外受精胚由来産子の図
図3 PDMS製MW培養により得られたウシ体外受精胚由来産子

以上の結果より、PDMS製MW内で培養された単一のウシ体外受精胚は従来の集合培養法で発育した胚と同等の受胎能および個体発生能を有することが示されました。今後の課題としては、今回誕生したウシの発育能を検討する予定です。また、本PDMS製MWプレートは哺乳動物胚に広く利用できる可能性があることから、すでにヒト胚の培養への適用について検討を開始しています。

この研究は近畿大学生物理工学部遺伝子工学科佐伯教授および同知能システム工学科加藤准教授らとの共同研究によりおこなわれました。

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