平成10年6月 和歌山県議会定例会会議録 第5号(永井佑治議員の質疑及び一般質問)


県議会の活動

○議長(木下秀男君) 質疑及び一般質問を続行いたします。
 9番永井佑治君。
  〔永井佑治君、登壇〕(拍手)
○永井佑治君 お許しをいただきましたので、質問をさせていただきます。今議会、私が最後の質問者であります。いましばらく、おつき合いをお願いいたします。
 それでは、二十一世紀の人づくりについてお尋ねをいたします。
 今、私たち日本人、日本という国家に対して警鐘を鳴らす、あるいは警世の言が世の中にあふれています。その中で共通して訴えられているのは、国家の尊厳と誇りの必要性であります。また、日本人であるとの認識を持っている人が極めて少ないように言われていますし、実際、日本人であるという認識を持っていないとはっきり言う人がいる今日、オリンピックやサッカーのワールドカップのときだけこぞって日本を応援する現象が私は不思議でなりません。
 誇りがなければ国が成り立たない、誇りがなければ国家は滅亡すると、多くの識者が指摘をしています。私もそう思いますが、では、その日本人としての誇りというものはどうして培われるのかと申しますと、それは子供のときからのしつけや教育によってではないでしょうか。
 今、私たちの周辺では、昨年の神戸の中学生の殺人事件以降、ことしに入ってからでも、シンナー常習者である十九歳の少年が幼稚園児らを殺傷した堺の通り魔事件、十三歳の中学生による栃木県の女性教諭刺殺事件、十五歳の公立中学三年生が公園をパトロール中の警官を襲い、けん銃を奪おうとした東京都江東区の事件など、青少年の犯罪が後を絶ちません。広い意味での教育の荒廃を思わずにはいられないのであります。
 さて、その教育について、あの福沢諭吉は「政治上の失策は、影響は大きいが、それに気づいて改めれば鏡面の曇りをぬぐうのと同じで痕跡は残らない。しかし、教育の場合は、アヘンのように全身に毒が回って、表面にあらわれるまで歳月を要し、回復には幾多の歳月を要する」、このように言っております。
 慶応大学助教授で批評家の福田和也さんが、その著書「なぜ日本人はかくも幼稚になったのか」の中で、私たち日本人の大人を「誇りと恥を忘れ、善意や親切、思いやりで事に当たればすべてが解決すると錯覚している幼稚な日本人である」と厳しく指摘をし、その精神の弛緩と堕落を非難しています。多くの方がそんなことはないと異を唱えられるかもしれませんが、私は全くそのとおりであると思います。
 また、教育についても、もともと人間は人格や個性を持って生まれてこないからこそ教育やしつけが必要であること、古来、文明・文化といった人知のあった場所には若者を人たらしめる教育の制度や方法が確立されており、そのやり方がどのようなものであれ、すべてに共通するのは、教育がある高みからなされてきたこと、若者たちは高い価値の押しつけに抵抗をし、鍛えられた精神のコアがそれぞれの個性となり、人格というものをなしたことなどを述べた後に、「ところが、今日の教育には高い価値はありません。高い価値を否定した上で、個性を伸ばそう、人格を尊重しようなどと言っている。子供たちに対して何も押しつけようとせず、鍛えようともせずに、自発性に任せ、多少の刺激を与えて放任しておけば個性といったものが生まれると思っている。個性なり人格なりといったものは、自分より圧倒的に強いものと対面し、時には従い、あるいは抵抗するといった経緯を経てしか生まれないものです。少し考えればこんなことは当たり前だとわかるはずなのですが、それがわからない、わかろうとしないのがここ五十年間の日本人でした」と、今の教育を痛烈に批判しています。
 今、世界はグローバルスタンダードで自由な競争の時代に突入をしております。ゴルフではありませんが、いつまでも我が国だけがハンディをくださいとおねだりのできない時代に来ています。そんなとき、今までの教育のあり方では厳しい自由競争の世界で通用する人材を育てるのは困難だと思います。
 西口知事は「二十一世紀の故郷(くに)づくり」をスローガンにしておられますが、先ほどから申し上げているとおり、二十一世紀の人づくりについても大変重要なことだと思います。我が県の将来を担う人材の育成についてどう考えておられるのか、お聞かせを願いたいと思います。
 また、平成九年度の県政に関する世論調査の中で、学校教育について要望が最も多かったのが「しつけや道徳教育に力を入れる」、五三%、二番目は「自主性や創造性を育てる教育に力を入れる」、四五%であったとあります。私の地元和歌山市役所宮連絡所の壁に、だれの言葉かわかりませんが「しつけは親が子にしてやれる最高の遺産」と大書をしてありますし、またアメリカでは、子供のしつけに対しては殊のほか厳しく、親と学校の意見が違ったら親の意見に従いなさいとはっきり教えています。学校が悪い、教育委員会が悪い、社会が悪い、国が悪いと、責任を先送りしないためであります。
 こんなことを考え合わせると、しつけや道徳教育をすべて学校に望むのはいかがなものかと私は思いますが、これら県民の要望を満たすため、また県の将来を担う人材の育成について、何か教育長として具体策を考えておられるのか、お聞かせをください。
 さらに、小学校などの運動会について思うことでありますが、いわゆる徒競走で、私の子供のころは一等にはそれなりの栄誉をたたえる賞品がありました。中身はほんのささいな賞品ですが、二等、三等とは違う賞品でした。私たちは、一等になれなかったときは悔しい思いをして、次には必ず頑張って一等になってやるんだという気持ちがありました。今、一等や四等も同じであります。徒競走はまさに、文字どおり走ることで競争するもの、マスゲームは融和や協調をするものであります。競争するもので一番になった子供の栄誉をたたえるのは、当然のことであります。さらに、最近聞いた話ですが、運動会のリレーチームをつくるときに、本番前にあらかじめ走らせてタイムをはかり、足の速い子と遅い子を組み合わせてどのチームも差のないようにするということを聞いて、あきれてしまいました。私は、こんなことでは個性や創造性を育てる教育ができないと思います。
 さらに、これも私の子供のころの話でありますが、けんかの強い子と勉強のできる子には、ある種の友情というか、心の交流があったように思います。けんかのときは強い子が弱い子をかばい、勉強するときは勉強のできる子ができない子を教えるといったぐあいであります。これは極端な例かしれませんが、絵の上手な子、体操が得意な子、それぞれの才能をお互いに認め合っていたと思います。
 今の子供たちは、均質化、画一化されていて、本当にかわいそうだと思います。このことについて教育長はどう思われますか、またこのようなことを変えてみようとするお気持ちはありませんか、お伺いをしたいと思います。
 次に、雑賀崎沖合の埋立問題についてであります。
 先にお断りを申し上げますが、私は一昨年の九月議会で、和歌山下津港和歌山港区の沖合の埋め立ての問題について質問をいたしました。今議会においてもこの問題について質問をさせていただく予定でありましたが、昨日、長坂議員から同趣旨の質問がありました。大同小異でありますので、ここでは私が今考えていることを述べさせていただき、この計画を推進する立場から県当局に要望したいと考えております。
 さて、開発と保護は永遠のテーマであります。この全く相反する二つのことを止揚することは、あるいは不可能に近いことかもしれません。しかし、それを可能にするのが私たち人間の知恵ではないでしょうか。
 私たちは、古代の人々のように、住んでいるところを汚してしまったらほかの新しいきれいな場所に自由に移り住むことはできません。私たちは、現実に生活をすると同時に、子孫にできる限り住みよい環境を残さなければなりません。英知を集め、創意と工夫を凝らし、自然と調和を図る努力をしなければならないのであります。何百年という長いスパンで眺めての話でありますが、新しく自然をつくらなければならないと言った方がよいかもしれません。
 水面を土地として利用するための埋め立ては、最近では廃棄物の最終処分場として利用されることも多いようで、平地に乏しい我が国では古くから湿地帯、河川、湖沼で埋め立てが行われ、陸地として利用されてきたところであります。
 海面の埋め立ては、最初、船瀬つまり港をつくるときの方法の一つとして用いられたようで、例えば大阪府堺市にあります家原寺には、奈良の大仏で有名な渡来僧行基の大輪田泊──現在の神戸市でありますが──の図が残っているとのことで、それによりますと、人々が海岸を築き、埋め立てを行っている様子がうかがえるそうであります。また、平清盛によって着工された兵庫の経ケ島の築港も、埋め立てをして島をつくり、その島陰を小さい船の錨泊あるいは荷役の場とし、島は上屋、倉庫その他の交易の場として利用されたそうで、江戸時代の長崎県の出島のような例もありますが、本格的に海を埋め立てるようになったのは明治以降であると言われています。
 一般的に申しますと、埋立地は空港やエネルギー備蓄基地は別として、港湾以外にも産業、商業、観光レクリエーション、住宅、公園や緑地、下水あるいは廃棄物の処理場、さらには住宅地にある工場の移転用地など、都市再開発あるいは都市を整備するための代替用地として将来に向かって強い需要が見込まれ、土地の狭い我が国では今後とも埋立事業がどうしても必要であると私は思います。
 さて、一昨年の九月議会、ちょうど衆議院の解散があった九月二十八日、私は和歌山下津港の港湾計画の見直しについてお尋ねをし、紀淡海峡大橋に関連して、産業、商業、居住、レクリエーション、いずれの用途に利用するにしても、和歌山市を単なる通過点にしないためにはベイエリアに広大な利用できる土地を用意する必要があるのではないか、また、私たちが現実に生活を営む限り言えることでありますが、都市や産業の発展にとっては廃棄物の処分は避けて通れない問題で、我が県独自で廃棄物の処分場を確保することは極めて重要な課題であり、それを内陸部に求めることができないのであれば海を埋め立てる以外に方法がないことなどの理由から、和歌山下津港和歌山港区の沖合、できれば水深二十五メートルぐらいまで埋め立ててはどうかと申し上げたところであります。
 また、そのとき、私は質問するに先立って、作家曽野綾子さんの「あとは野となれ」という著書の一部を引用して、西口知事に勇気を持って事に当たっていただきたいとお願いを申し上げました。知事のお答えは、「『修羅場では鬼になる』ということを私の気概として頑張っていきたい」と、こう申されたのであります。
 当時、あるマスコミの方から、私の港湾計画と埋め立ての質問について、衆議院解散の陰に隠れて話題にならなかったが、本当はもっと話題になる問題ですよと言われたことを今、思い起こしています。ある程度反対意見があるのは予想されたことでありますが、港湾計画の見直しによる和歌山下津港和歌山港区の沖合の埋立計画が発表されて以来、反対運動が起こり、雑賀崎沖埋め立て反対運動の記事が新聞紙上をにぎわせております。数日前の新聞報道でありますが、雑賀崎沖埋め立てに関して反対署名十万人を超す、十万人の内訳は、和歌山市内が六万八百人余り、残りは全国各地から集まったそうで、反対する人々は埋め立ての白紙撤回を県に要望したそうであります。地元の雑賀崎地区連合自治会のほかに、名草地区・和歌浦地区両連合自治会も全面的に支援するとのことでありました。
 このように反対の声はよく耳にいたしますが、一方、賛成の声は、わずかに和歌山県商工会議所連合会のほか経済団体九団体により、和歌山県や市に対する要望活動と運輸省、環境庁への要望活動があっただけで、マスコミの論調にもよりますが、どうも反対の声の方が元気がいいように聞こえます。
 実は、私の高校の同級生、しかも友人でもある医者がおりまして、彼もまたこの問題について反対をしており、二、三度、私とこの問題について議論をいたしました。先日も、一緒に食事をしたときに議論をしたばかりであります。結論は出ていませんが、私は話し合いによって一番よい方法や妥協点が見つけられると思っております。また、私の支持者の一人は、私に埋め立てに反対してほしいとのメッセージを私の家内に託したそうであります。ほかにも、私を支持してくださっている方々の中でも反対の意見の方たちがいると思いますので、私が埋め立ての推進を主張することはその方たちの期待を裏切ることになりますが、私は和歌山県の発展と将来のため、私の良心に従って自分の政治信念を貫きたいと思っております。世間では、「永井、少ない票がもっと減るぞ」などという忠告の声もありますし、今、世の中には、一部の人々を除いて、はっきり物を言わない方が得だ、また立場をはっきりさせない方がよいといった風潮が漂っているのではないかと思われるご時世でありますが、私はあえて埋め立てを積極的に推進していただくようお願いをしたいと思います。
 賛成の理由については既に私も申し上げましたし、またいろんな形で今まで出ておりますので、ここでは改めて申し上げる必要はないと思います。しかしながら、和歌山市内では今、建設残土や建築廃材の処分に大変困っていること、それに関連して消防法に違反すると思われる野焼きがふえているといった状況をつけ加えておかなければなりません。
 この埋立計画を推進するには、地元の住民の方々のご意見を十分に反映させること、補償問題、環境問題に配慮するといったことはもちろん申し上げるまでもないことであります。私は、埋め立ての位置や用途の多少の見直しをする、例えば和歌山県に不足していると思われる、若者たちが健康的に遊べる場所をその埋立地につくるといったことも考えてみてはどうかと思いますが、反対運動をしている人たちの一部が主張している計画の白紙撤回についてはするべきでないと考えております。
 私は、この計画の推進については、二十一世紀へ向かって和歌山県を活性化させ、さらに発展させるために不可欠なものであると考えております。県当局におかれては、ぜひこの計画を推進していただくよう強く要望いたします。
 これで、私の質問を終わります。ご清聴ありがとうございました。
○議長(木下秀男君) ただいまの永井佑治君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事西口 勇君。
  〔西口 勇君、登壇〕
○知事(西口 勇君) 永井議員にお答えをいたします。
 二十一世紀の人づくりについてのご質問であります。
 議員お話しのように、自分の住む町に、県に誇りを持つことこそが国づくりの第一歩であるということ、私も同感でございまして、知事就任以来、ふるさとに自信と誇りをということを、いろんな機会をとらえ、強く申し上げてきたことであります。
 二十一世紀は、感性や創造性が重視をされ、歴史や文化、自然といった地域固有の資源を見直し、地域と地域が個性を生かし、従来のさまざまな枠を越えて競争する時代であります。本県では「二十一世紀の故郷(くに)づくり」を掲げまして、独自性を生かした競争に打ちかつたくましい地域づくりを進めてございまして、二十一世紀の故郷(くに)づくりの主役はまさに人、県民の皆さんご自身であろうと思っております。
 そのため、人づくりを県政の重要課題として位置づけまして、先般策定をいたしました和歌山県長期総合計画におきましても、四本柱の第一に「心豊かで個性輝くひとづくり」を掲げたところでございます。次代を担うすぐれた人材が育つように、県民一人一人のアイデンティティーの確立を目指して、学校教育も含め、豊かな生涯学習社会の実現に取り組んでまいりたいと考えております。
 以上であります。
○議長(木下秀男君) 教育長小関洋治君。
  〔小関洋治君、登壇〕
○教育長(小関洋治君) 永井議員にお答えいたします。
 将来を担う豊かな人間性を身につけた人材の育成のためには、学校、家庭、地域社会が一体となって取り組むことが極めて重要であります。各学校においては、道徳の時間や特別活動などを通して集団生活のルールを習得させるとともに、生命を大切にする心や正義感などの育成に努めているところでございます。
 また、教育委員会では、副読本「ふるさとわかやまの心」を刊行するとともに、清掃活動やあいさつ運動など、地域の人々との触れ合いを深める取り組みを支援してまいりましたが、さらに今年度から、子供たち同士で人間としての生き方を語り合ったり、高齢者との交流、ボランティア活動などを通して他人を思いやる心や奉仕の精神を育成する子どもフォーラムを開催するなど、道徳教育を一層積極的に進めていくことといたしております。
 次に、教育の均質化、画一化の問題についてでありますが、スポーツや芸術など、いろいろな分野で子供の多様な個性を生かし、自己実現を図ることが大切であり、また、この過程において友達と競い合ったり励まし合ったりすることで、向上心や信頼関係がはぐくまれるものと考えております。
 これまでの教育が平等性を重視する余り画一的になってきているとの指摘を重く受けとめ、今後一層、個性を尊重し、創造性を育てる教育を推進する必要があると考えております。こうしたことから、小中学校に現在、チームティーチングや問題解決的な学習を導入するとともに、高等学校で多様な学習内容を選択できる学校間連携を実施するなど、個に応じた教育の充実に努めているところであります。
 今後、将来の厳しい社会に対応できるよう、一人一人の個性をはかり、自己の言動に責任を持つとともに、みずからの力で状況を切り開き、国際社会にたくましく生きていくことのできる人間の育成に向けて努力をしてまいる所存であります。
 以上でございます。
○議長(木下秀男君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 9番永井佑治君。
○永井佑治君 答弁をいただきました。
 小関教育長の答弁は、まあ、お役所の答弁といいますか、期待外れで残念でありますが、せめて運動会のあり方ぐらいははっきり変えるというようなお答えをいただきたかったと思っております。
 難しいこととは思いますが、これからもどうか、バランスのとれた個性と創造性を伸ばす教育に力を入れていただきますよう強く要望して、私の質問を終わります。
○議長(木下秀男君) ただいまの発言は要望でありますので、以上で永井佑治君の質問が終了いたしました。
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○議長(木下秀男君) お諮りいたします。質疑及び一般質問は、以上をもって終結することにご異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(木下秀男君) ご異議なしと認めます。よって、質疑及び一般質問はこれをもって終結いたします。
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○議長(木下秀男君) 次に、ただいま議題となっております全案件は、お手元に配付しております議案付託表のとおり、それぞれ所管の常任委員会にこれを付託いたします。
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  【日程第三 請願付託】
○議長(木下秀男君) 次に日程第三、請願の付託について申し上げます。
 今期定例会において受理した請願については、お手元に配付しております請願文書表のとおり、それぞれ所管の常任委員会にこれを付託いたします。
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○議長(木下秀男君) 次に、お諮りいたします。六月十九日及び六月二十二日は、各常任委員会審査のため休会といたしたいと思います。これにご異議ございませんか。
  〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(木下秀男君) ご異議なしと認めます。よって、六月十九日及び六月二十二日は休会とすることに決定いたしました。
 なお、各常任委員会の会場はお手元に配付いたしておりますので、ご了承願います。
 次会は、六月二十三日に再開いたします。
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○議長(木下秀男君) 本日は、これをもって散会いたします。
  午後二時二十八分散会

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