平成8年2月 和歌山県議会定例会会議録 第5号(町田 亘議員の質疑及び一般質問)


県議会の活動

平成八年三月十五日(金曜日)

○議長(橋本 進君) 質疑及び一般質問を続行いたします。
 31番町田 亘君。
 〔町田 亘君、登壇〕(拍手)
○町田 亘君 イヴァン・イブノビッチの物語の中に、このような話があります。
 シベリアの平原を三人の子供を抱いてそりを走らせていたご婦人がおりました。シベリア名物の吹雪の中で聞こえてくるかすかな餓狼の声、オオカミの群れの声であります。聞こえるたびに、婦人のむちは空を打っておりました。そして、婦人の心の中には生に対する執着、死に対する恐怖が煮え湯のように沸き立っていたのであります。やがて、オオカミの群れはすぐそこまで近づいてきました。婦人は何を思ったのか、一人の幼児をそりの後ろに投げ捨てました。しばらくの間は、肉をはむであろう、骨を砕くであろう、血をすするであろう餓狼の声も遠ざかっておりましたが、一たん血を見た餓狼は、何の容赦もあらばこそ、再び、三たび追いかかってきました。それで、ついに三人の子供を犠牲にして死の恐怖から逃れた婦人は、一軒の杣人の家にたどり着いたのであります。そして、いろりの端に大きなまさかりを置いて座っている杣人に、今の三人の子供を犠牲にして死の恐怖から逃れてきたことを涙ながらに訴えたのであります。これを聞いた杣人は、突然立ち上がるや否や、まさかりを持ってこの婦人の首に、「神の命令だ」と言って打ちおろしたのであります。
 この物語は、私のこれからの質問の趣旨とは少し的が外れているかもしれませんが、人が人を裁く矛盾を考える今、しかし人が人を裁かねばならない現実を思うとき、私はこの「神の命令だ」と言って打ちおろすイヴァンのおのを振るい得る人、知事もまた裁きのおのを持たなければならない第一人者でもあり、その宿命を持つのであります。それは、人事権であります。末端で働く人、すばらしい能力を持ちながらも日の目を見ない人、世渡りの上手な人、おのおの個性の強い人、とかくうわさのある人、県政を明るくするも、士気を奮い立たせるも、人事は知事の重大な任務であると思うのであります。「知事は孤独である」と、仮谷前知事もよく言っておらました。
 先日ある新聞に、地方自治体において初めて鳥取県で逆勤務評定、すなわち上司を部下が査定する制度を今年度より取り入れたと載っておりました。知事も、時には縄のれんをくぐりながらおでんをつつき、また県庁食堂にも行き、職員との雑談の中で人生の機微にも触れながら、すばらしい人材を見つけ、年功序列ではなく、遠慮会釈のないイヴァンのおのを振るいながら西口カラーを出して、大いなる刷新に期待するものであります。知事のお考えがあればお聞かせ願いたいと思います。
 知事とは「知る事」と書きます。あなたは、一昨年、県庁を去り、一県民となって県内をくまなく歩き回られました。県職員時代も、副知事になってからも、一度も行ったことのないところもあったと思います。いろんなことを聞き、見、人情の機微にも触れられ、選挙とはいかに人に迷惑をかけることかと、苦しみも味わわれたことと思います。また反面、人の心の温かさに涙されたこともあったと思います。初登庁の日、職員から受けられた花束を何のてらいもなく、昼夜手伝ってくれた運転手さんに渡されました。あの厳しい戦いがなかったなら、また仮谷前知事から当然のようにバトンタッチされていたなら、あの心遣いはできなかったでありましょう。県民は、あなたのまことの心を知り、和歌山のかじ取りをあなたに託したのであります。
 二十一世紀まであと四年、和歌山新時代に向けてのスタートの年であり、今回初めての西口予算を編成されたわけでありますが、私たち紀南地域の住民にとっては、いかに紀南の発展に配慮していただいたのかが最大の関心事であります。
 そこで、まず知事から総括的に紀南地域の現状をどう認識されているか、そして今回の予算にどのような配慮をしていただいたか、お伺いしたいと思います。
 紀南と言えば、常々、農林漁業など第一次産業の育成や、そのすぐれた自然や歴史を生かした観光リゾートの振興に力を入れていただいております。南紀白浜空港ジェット化の開港、道路を初めとした交通網の整備等々していただいておるところであり、感謝を申し上げながら、さらに努力をお願いするものであります。
 人とその地域が生き生きと活動してこそ国土が形成され、均衡ある国土の発展、県土の発展があると思うのであります。我が和歌山も、徐々にではありますけれども、人口がふえてまいりました。しかし、近畿各府県を見たとき、我が和歌山の人口が百万人になったのは昭和三十年であります。その年、隣の奈良県は七十六万人、現在は百四十二万人で約二倍であります。兵庫県も同様、昭和三十年が三百六十万人、現在は五百五十万人。滋賀県、三重県、しかりであります。和歌山県は、八万人の人口がふえるのに四十年もかかったのであります。そして、近畿各府県の年齢構成を見たとき、一歳から十七歳、すなわち高校卒業までは近畿各府県とも比率は余り変わらないのでありますが、大きく変わるのは青年層であります。大学に、就職にと和歌山を離れていってしまうのであります。大学を出てふるさとに帰ろうにも就職もなく、都会での生活を余儀なくされているのであります。決して、高齢者が多いのではありません。若者が少な過ぎるのであります。
 ここで、私ごとでお許しをいただきたいのですが、先般、今は亡き私の父の書類を整理しておりました。父の若かりしころの新聞のスクラップ等がたくさん出てまいりました。終戦後初めて衆議院議員選挙が昭和二十一年四月に行われております。すなわち、帝国議会の選挙法から新しい選挙法に改正された初めての国政選挙でありました。そのとき、我が和歌山県は全県一区でありました。そして、定員は六名でありました。その六名に対して四十七名が立候補しました。余談でありますけれども、当選されたのは一位山口喜久一郎、二位斉藤てい、三位世耕弘一、四位小野真次、五位早川崇、六位池村平太郎、四千五百票差で七番目の次点が町田義友でありました。四十一人が落選した中で、後に代議士になられた田中織之進、今村長太郎、松本真一、田淵光一氏の名前がありました。父は、衆議院選挙に五回立候補して次点に泣き、すべて落選しました。自分でよく「義友」を「ぎゆう」と読み、「義友(ぎゆう)落選次点居士」という戒名をつけるんだと笑った昔を思い出すのであります。
 本論に戻りますが、翌二十二年四月に戦後二回目の選挙がありました。このときは、全県一区から一区、二区に分かれての選挙になりました。そして、定数は一区三人、二区三人。当時、和歌山の人口は九十六万人でありました。人口を半分に割った結果、海草郡より北を一区とし、一区の人口約四十九万人、有田市より南を二区として人口四十六万四千人、三万人弱の差しかありませんでした。それが、平成七年の国勢調査においては県人口は約百八万人になり、全体では十二万人もふえているのに有田市以南では逆に七万人減少しており、一区、二区の人口格差が約十倍の二十九万人にまで広がったのであります。北高南低と言われて久しいものがありますが、おのおのの人口を比較しても、数字的にも明白な事実であります。
 西口知事は、さきの選挙の公約に、輝き始めた和歌山県・三大重点プロジェクトとして和歌山百万都市圏計画、すなわち紀北に新しい関西都市圏構想ということを一番に挙げられております。これもすばらしいことだと思います。私の友人が選挙前──知事、懐かしいでしょう。あなたの百三十六のプロジェクトを、紀北と紀南に分けた一覧表をつくってくれました。コスモパーク加太、ウオーターフロント、マリーナシティ、和歌山南港等々、紀北ばかりで、紀南にとっては寂しい限りであります。嘆いていても仕方がありません。一つの小さいことかもしれませんけれども、具体的な人口増加策について考えてみたいと思います。
 企業誘致については、このような厳しい社会情勢のもと、特に紀南地方にとっては期待しても非常に厳しい状況にあると思われます。そこで私は、企業の誘致にかえて施設等の誘致をすることも一つの方法ではないだろうかと思うのであります。
 実は昨年、私の選挙区である大塔村木守地区に、知事初め当局のご英断によって精神薄弱者更生施設を誘致することができました。収容人員は五十名の施設であります。たまたま私の先輩が堺市の養護学校の校長を退職され、地元に施設をつくりたいといった幸運にも恵まれ、大塔村長、議会の皆さん、特に木守地区の皆さんの温かいご理解により実現したのであります。総戸数わずか二十七戸、人口五十人しかない小さな山合いの部落にとっては画期的なことでありました。都会に出ていた若者もUターンし、職員として三十五名採用され、波及効果も大きなものがあります。
 こういった施設については、福祉施設以外に東京都世田谷区、群馬県川場村の例のように、単に宿泊施設だけではなくて、屋根つき広場、スキーのゲレンデ、そして農業体験用の田畑まで整備されているようであります。公社は、これらの施設の運営だけではなく、指導員の派遣等、都市と農村の住民のさまざまな交流事業を手がけて成功しているのであります。
 本県においても、守口市と花園村、堺市と日高町、高石市と清水町の例などがあります。単なる施設用地の提供だけではなく、両地域の住民の交流を積み重ねて地域の振興に寄与したいものであります。また、企業、団体等の保養・研修施設等の例もあります。このように都会で生活する人たちは、豊かな自然の中でくつろいだり、体験したり、研修することを望んでいます。
 したがって、紀南地方においては用地等の受け入れ態勢をつくるとともに、そこで働くための専門的な技能を持った人材の育成、さらには都市住民を温かく迎えるための県民運動など、県としてぜひ積極的に取り組んでいただきたいと思いますが、知事のご所見を賜りたいと思います。
 また、西牟婁郡日置川町から田野井地区に老健施設の建設要望も出ておりますがどのようになっているのか、現状、見通しについて、保健環境部長にお伺いいたします。
 知事は、選挙の際、紀南の各地区を回られて、どこへ行っても聞かされたことと思いますが、県立の施設が紀北に比べて余りにも少ないという現実であります。人口の多い紀北に施設が集中するのは、ある意味では当然のことかと思われますが、これではいつまでたっても紀北と紀南の格差は埋まらないどころか、ますます広がっていくと思います。県庁を紀南へとまでは申しませんが、県民全体を対象とした立派な県立の施設をつくっていただきたいと切望するものであります。知事は、紀南発展、特に人口の増加についてどのようにお考えか、お聞かせ願いたいと思います。
 最後に、百三十六の中の十八番目に夢のある項目を見つけました。紀南に一万人規模の太陽の街の建設であります。お話しいただければ幸いです。
 次に、不登校問題についてお尋ねいたします。
 中学校で二年間登校拒否をしたA君の場合。A君は、幼稚園から小学校までは友達も多く、その中でもリーダーでありました。体格もよく、考えることも年齢の割には大人びていて、勉強も常に上位でありました。やんちゃもしたが、性格は温厚で、正義感の強い子でもありました。六年生になって、急に私立中学校を受験したいと言い出しました。それは、友達がたばこを吸っていたので、先生に告げ口したと詰問され、それから毎日にらみ合いが続く日々であったが、小学校は大きなトラブルもなく卒業し、公立の中学校に入学したのであります。
 その中学校は幾つかの小学校からの生徒が集まり、その中で生徒間の新たな序列をつくるためのけんかやにらみ合い、グループの集合や離散等があったようであります。A君は、体格は真ん中ぐらいで、既にリーダーではなかったが、小学校では有名であったので、この序列争いに巻き込まれ、乱暴な生徒の傍若無人な振る舞いを注意できない自分への無力感、黙って耐えている多くの同級生への不信感、指導し切れない先生たちや学校に対する不信感が募っていたやさきに、一年生の終わりごろ、友達に呼び出されて殴られる事件がありました。学校では、単なるけんかとして、十分事情を調べないまま処理をしてしまいました。A君にとっては、けんかの理由がなく、序列づくりの中での一方的な暴力事件でありました。この事件がきっかけで、中学校二年の初めから卒業まで二年間、登校しなくなったのであります。
 登校拒否の間は、学校に行かなくてはならないのに行けないということで余計に自分を責め、昼夜が逆転したり、夢にうなされたり、極めて不安定でありました。無理に学校に行かせようとすると家庭内暴力が起き、同級生や先生に対しての不信から人間不信、他人への嫌悪に陥っているので気軽に外出できない。しかし子供も、学校から逃避しているが、一方では学校から無視されるのも不安であり、先生の週一回の家庭訪問を待っている気持ちも見受けられました。両親は、親の会にも出ていきました。和歌山大生のサークル、プラットホームの皆さんにも助けていただきました。どのようにしてよいのかわからず、親にとっては毎日毎日が子供との闘いでした。そして、夫婦の闘いでもありました。自分たちの育て方がよくなかったんだ、子供に申しわけない、どうしたら他の子供のように早く学校に行けるようになるのか、泣き、苦しみ、悩みながら二年が過ぎました。そして、二年間登校できないまま中学校を卒業させてもらったのであります。登校拒否の子供のお父さん、お母さんも苦しんでいるだろうが、一番苦しんでいるのは子供自身であります。学校に行けない子供を両親と教師が丸ごと包み込み、学校も家庭も本当の心の居場所になることを願うのであります。
 そこで、お尋ねいたします。原因が家庭であれ、学校であれ、生徒同士の問題であれ、このように県内で学校に行けない児童生徒が中学校だけでも六百人以上もいると聞くが、実態はどうか。不登校生徒の卒業について、出席日数や試験等条件はあるのか。卒業さすのにどのように決定しているのか。中学校で留年している生徒はいないのか。不登校で中学校を卒業した生徒の進路はどうなっているのか。平成六年度より、高等学校入試に際し中学校の成績すなわち内申書が重視されるようになり、偏差値による弊害をなくす効果は認めるが、不登校の生徒にとっては不利になっていないのか。不登校の初期は保健室登校に始まると言われるが、不登校生徒の数に対して十分な相談、指導ができているのか。また、どのような指導体制をとっているのか。保護者との連絡はどうしているのか。また、概して教師の子供に不登校児が多いと聞くが、教師の不登校、いじめに対する研修はどのように行われているのか。お教え願いたいと思います。
 教師という職業は、小・中・高校・大学という名の学校を出て、学校以外の経験のないまま、また学校に戻る。つまり、先生と子供の世界から一歩も出ることのない職業でもあります。偏差値教育の申し子の若手教師には、登校拒否やいじめの問題などで子供の本当の心を十分つかめないのではないだろうか。ボランティアや勤労学習など体験学習が重視されているが、子供に体験をと言っても、教師が体験不足ではさまにならないと思うのであります。教える場から学ぶ場、みずから生涯学習に取り組む姿は、子供にとっては生きた教材になるのではないでしょうか。現職の教師について、長期間、大学院や研究機関だけではなく、民間企業での研修を行うべきだと思いますが、教育長のご所見を賜りたいと思います。
 私たち自由民主党県議団で全員参加の福祉議員連盟を結成し、今日まで老人福祉、障害福祉等々、福祉全般にわたって勉強してまいりました。昨年八月、いじめや非行などによる不登校の子供たちを預かって、またその家族もともども入所し、回復させている情緒障害児短期治療施設「希望の杜」を見学する機会を得ました。
 不登校児を入所させ、生活リズムを身につけ、自主的、健康的な日常生活を習慣づけるための指導、家から登校できない子供に対しても施設内の学級で地元学校から派遣された先生から学習したり、施設から地元の学校へ集団で登校したり、学ぶこと、知ることの楽しさを教えていました。家族が育児に自信を失ったり、子供に対する接し方がわからなくなったとき、家族に具体的な助言をするための家族療法棟も併設し、指導、助言を行っていました。施設では、子供たちは生き生きと生活をしておりました。兵庫県立神出学園、但馬やまびこの郷、岡山県にオープンした吉備のびのび小学校等、不登校児の施設、すなわち受け皿ができています。
 不登校児の問題が大きな社会問題となっている現在、教育委員会だけの問題ではなく、各部局と連携をとりながら取り組まなければならない大きな課題であると思うのであります。今日までどのような取り組みをしてきたのか。また、教育長、民生部長の今後の取り組みについてお聞かせ願いたいと思います。
 最後に、福祉のまちづくり条例についてお尋ねいたします。
 障害者や高齢者にとっては、可能な限り住みなれた地域で安心して生活ができ、自由に好きな社会活動に参加し、友達や地域の人と交流し、生きがいを持って毎日を送れることが本当の幸せであろうと思います。
 今の社会環境を見たとき、建物に階段などの段差があり、歩道もゆっくりと安全に歩けるところが少なく、交通機関の利用もエレベーターやエスカレーターがないので大変だといった現状で、容易に社会参加できないのが現状であります。よく聞く言葉に、「町の優しさのバロメーターは、どれくらい車いすを町で見かけるかだ」とありますが、まさに的を射ていると思います。車いすで自由にショッピングセンターなどに行き、公園や町を散歩できる、これが人に優しい町であります。また、超高齢社会を迎え、寝たきりに近い人でも、住宅の改良によって家の中を車いすで動ければ、食堂で家族と一緒に食事をし、居間でくつろぐこともできる。もう少し元気のある人は、買い物や遊びにも行ける。そして、交通機関が簡単に利用できるようになると、さらに行動範囲が広がり、生きがいのある豊かな長寿社会を築き上げることができます。車いすだけではなく、視覚や聴覚に障害のある人、おのおのの障害の種類や程度によって障壁を取り除く配慮ももちろん必要であります。建物の段差解消、エレベーターや障害者トイレの設置や歩道、並びに交通機関などのハード面の整備だけではなくて、人を思いやる心や困っている人をさりげなく援助する、障害者に対する正しい理解など、心の段差を解消していく施策をあわせて推進することによって真の福祉の町づくりが実現すると言えます。
 一九九○年(平成二年)に、障害者に対する差別の包括的な禁止を明確に定めた、障害を持つアメリカ人法すなわちADA法が成立しました。この法律は、すべての公共的施設、住宅、交通機関等を障害者が利用可能なものにしなければならないとする画期的なもので、世界各国に大きな影響を与えています。日本でも兵庫県や大阪府が、先進的に平成四年に福祉のまちづくり条例を制定し、その後、幾つかの府県でも条例が制定されている状況にあります。
 そこで、知事にお伺いいたします。町づくりは、県や市町村の行政はもとより、事業者や県民全体の積極的な協力がなければ進みません。このためにも、条例というしっかりした制度的な枠組みをつくり、和歌山県の特色を出した町づくりを推進していく必要があります。知事のご所見をお伺いします。
 また、こうした町づくりは県が率先して取り組んでいかなければなりませんが、今の県庁舎や一部の県事務所はエレベーターがないので、障害者や高齢者の方などには全く利用できない状況にあります。建築基準法から難しいとも伺っていますが、ぜひ改善すべきだと思います。総務部長の答弁をお願いします。
 これで、一般質問を終わらせていただきます。ご清聴ありがとうございました。
○議長(橋本 進君) ただいまの町田亘君の質問に対する当局の答弁を求めます。 
 知事西口 勇君。
 〔西口 勇君、登壇〕
○知事(西口 勇君) 町田議員にお答えをいたします。
 まず、人事についてであります。
 お話のように、私は一昨年、長く勤務をしていた県庁を離れまして、約一年間、県民の一人として外から県庁組織、県職員を見る機会に恵まれました。また、その間に、県民の皆様方から県庁に対するご意見を直接お聞きする中で、県民の期待と信頼にこたえる県政を進めるためには、活力ある県庁組織が不可欠であることを痛切に感じたわけであります。
 今回、知事に就任をいたしまして最初の大幅な人事異動になるわけでありますけれども、県民の行政需要にこたえるために大規模な組織機構の見直しを行い、新しい組織にふさわしい人材の配置に主眼を置きながら、適材適所の人員配置を行うつもりでございます。
 また、お話にございましたように、年功序列にとらわれるばかりでなくて、埋もれた能力ある職員、意欲のある職員の登用にも意を配りたい、そして活力ある県庁組織をつくってまいりたい、そのような人事異動にいたしたいと考えております。
 次に、紀南地域の発展についてであります。
 紀南地域の現状につきましては、今お話がございましたように、人口については、平成七年度国勢調査結果によりますと県全体では増加しておりますが、田辺市、西牟婁郡以南は一・七%減少し、過疎化や高齢化が進み、地域の現状は大変厳しいものがあると認識いたしております。
 私も、各地を回る中で、「紀南はおくれている」という大変悲痛な声もよくお聞きをいたしました。しかしながら、本議会でも堀本議員、玉置議員にもお答えをいたしましたように、高速道路の南伸、内陸部の道路整備、南紀白浜空港のジェット化整備、鉄道の高速化などによりまして、基盤整備は徐々に進んでまいっておると思います。また、余暇の増大や自然志向により、紀南地方の自然や文化に対する期待も今後ますます大きくなってくるものと考えるわけであります。この際、積極的な振興策を展開しなければならないと思っております。
 こうしたことから、平成八年度予算においても、まず交通ネットワークの整備として、国道四十二号那智勝浦道路の用地取得、国道三百十一号の改良、大島架橋などの県道整備、白浜空港のさらに二百メートルの延長調査、産業基盤対策として港湾や漁港の整備、きのくにふるさと林道等の林道整備、紀南の景観に配慮した環境整備を図る道路、河川、海岸の整備事業、観光リゾートの推進として大規模イベントの調査、観光フォーラム、古道ウオークの開催、歴史文化街道構想の推進、和歌山ふるさとリゾート推進事業等、いろいろの事業を行うことにしておるわけでございます。
 ただ、紀南地域の発展については、若者が流出をしているということもございます。ですから、これから若者の流出に歯どめをかけ、地域の活力を維持向上させていくことがこれからの重要な課題だと思うわけであります。そのためには、交通基盤の整備、福祉、医療、教育の充実、生活環境の整備など総合的な定住対策を図っていかなければならない、また就労の場を確保しなければならない、そういうふうな課題があろうと思います。
 こうした定住対策を進めるとともに、紀南地域の特性を生かして多くの人々に訪れていただくという交流の視点が大事だと思うわけであります。申し上げるまでもなく、紀南地域は全国的にもすぐれた観光地でございます。都市住民の自然志向、文化志向が強くなる中で、観光リゾートを柱とした地域づくりが必要でございます。議員からご提言のございました宿泊研修施設の誘致、人材の育成を初め、訪れた人々を温かく迎える県民運動等についても、地元の方々のご協力を得て積極的に取り組んでいくべきものだと考えております。さらに、学術研究機関、体験型学習施設、スポーツ、レクリエーション施設などを整備することも大事であります。そのことによって、恵まれた資源を生かしていかなければならない。定住と交流の促進によって紀南地域の活性化を進めていきたいと思うわけであります。
 先ほどお話のございました太陽の街の構想については、かつてゴールデンタウン構想ということで、全国から高齢者の方々に老後を安んじて過ごせるような町をつくりたいということで少し調査をしたことがありました。残念ながら実現するに至っておりませんけれども、何かそういうふうなことができないかということを常々考えておりまして、提言の一つとして掲げておるわけであります。
 最後に、福祉のまちづくり推進についてであります。
 障害のある人もない人も、ともに地域で当たり前の生活をするノーマライゼーションの理念に基づいて、一人の人間として尊重され、障害者自身が主体的に自立をし、社会活動に参加できる社会を目指していく必要があろうかと思うわけであります。間近に迫った二十一世紀初頭に四人に一人が六十五歳以上の高齢者となる本格的な高齢社会では、活力のある心豊かな長寿社会実現のために高齢者みずからが積極的に社会参加し、地域社会で主体的に活躍できるようにしていくことが極めて重要な課題でございます。
 こういった状況の中で、本県においても、昨年八月に福祉のまちづくり推進検討委員会を設置いたしまして、本県の特色を生かした福祉の町づくり推進のための基本的な考え方、施策の取り組みについてご審議をいただいているところでありますが、今月末にも報告書として提出されることと伺っておるわけであります。
 今後、報告書の趣旨を尊重しながら、私の公約でもございました福祉のまちづくり条例を制定いたしまして、県民だれもが和歌山に住んでよかったと言える、生きがいのある優しさに満ちた社会の実現に向けて取り組んでいきたい。条例制定は、できれば九月議会をめどにいたしたいと思っております。
 以上であります。
○議長(橋本 進君) 保健環境部長鈴木英明君。
 〔鈴木英明君、登壇〕
○保健環境部長(鈴木英明君) 県勢発展についてのご質問のうち、日置川町老健施設についてお答えいたします。
 本県における老人保健施設の整備目標については、平成五年に策定した老人保健福祉計画の中で、平成十一年度までに三千床整備することといたしております。この目標を達成するため、県といたしましても、平成八年度政府予算要望において国庫補助金等の採択枠の拡大を要望しているところでございます。
 議員ご質問の日置川町への老人保健施設の整備については、定員六十人を予定しており、平成八年度中の開設に向けて、現在、厚生省と国庫補助等について協議中でございます。
 以上です。
○議長(橋本 進君) 民生部長木村栄行君。
 〔木村栄行君、登壇〕
○民生部長(木村栄行君) 町田議員にお答えいたします。
 民生部における不登校児童の対策といたしましては、県子ども・障害者相談センター、児童相談所での相談及び子供と家庭のテレフォン一一○番の相談事業に加え、昨年十月、精神科医師の常勤化によりその充実を図ったところでございます。このほか、ひきこもり・不登校児童福祉対策モデル事業として、児童の兄または姉に相当する世代の大学生等をその家庭に派遣するふれあい心の友訪問援助事業や、キャンプ等児童間の交流を通じて社会性の向上や情緒の安定を図り、また保護者間の情報交換の場を提供する不登校児童宿泊等指導事業を実施し、保護者の持つ不安の軽減・安定を図るとともに、児童の健全育成に努めているところでございます。
 また平成七年度、県下八ブロックにおいて、各地域における不登校児童対策の一層の充実を推進するため、教育相談推進委員、主任児童委員、保健所、青少年センター等、児童関係機関の共通認識を深め、さらに相互の連携を強化するひきこもり・不登校児童福祉教育連絡会議等を開催いたしました。
 今後とも、各事業の充実に努めるとともに、連絡会議でいただいた貴重な意見等をもとに、市町村段階における関係機関の連携を構築してまいりたいと考えております。
 なお、国においては、制度五十年を経過した児童福祉法を、いじめ、児童虐待、引きこもり等の現代の諸問題に対処できるよう、また子供や家庭をめぐる社会環境の変化を背景に、養護施設や情緒障害児短期治療施設及び保育所などの各種児童福祉施設、児童扶養手当などの制度を抜本的に見直すとのことでございます。県といたしましては、国の動向を見きわめながら、教育委員会等関係部局との連携のもとに不登校児童対策に積極的に取り組んでまいる所存でございます。
 以上です。
○議長(橋本 進君) 総務部長木村良樹君。
 〔木村良樹君、登壇〕
○総務部長(木村良樹君) 県庁舎等へのエレベーターの設置でございます。
 この問題については、従来、建築基準法上問題があるという判断から設置を見送ってきた経緯がございます。しかしながら、平成六年にハートビル法が施行されたことにより一部基準が緩和され、設置できる可能性も出てまいりましたので、現在、関係方面とも打ち合わせながら、設置場所、構造等、前向きに検討しているところでございます。
○議長(橋本 進君) 教育長西川時千代君。
 〔西川時千代君、登壇〕
○教育長(西川時千代君) 不登校問題にかかわる七点についてお答えいたします。
 本来、楽しいはずの学校に行くことができずに苦しんでいる児童生徒が本県でも増加する傾向にあることは、教育が直面している深刻な課題であると受けとめてございます。
 本県の実態については、平成六年度、三十日以上の欠席者は、小学校で二百六十一名、中学校で六百四十三名となってございます。こうした生徒の進級及び卒業認定については、出席日数やテスト結果だけで判断することなく、一人一人の実情や指導の経過、保護者の希望等を十分考慮し、教育的配慮のもと、慎重に行うよう各学校を指導しているところであります。
 特に中学生の進路については、各学校において学級担任が保護者と連携を保ちながら、一人一人の将来を考え、適切な進路を選択できるようきめ細かな指導に心がけているところであり、その進路は、生徒の実情等により、高校、専修学校等への進学や就職など多岐にわたってございます。中学卒業後の状況把握については、これまで指導面の取り組みに終始したため追跡し切れていない現状でございます。このことを深く反省し、早急に実態把握して今後の指導に生かすよう努めてまいりたいと存じます。
 なお、進学や就職を契機に新しい環境の中で頑張っている事例も数多く報告されており、特に単位制の高校では、各自のペースに適した学習の中で、それまでの登校拒否を克服して元気に学校生活を過ごしている生徒が多いと報告されておりますし、私も授業参観をして承知してございます。
 高校入試での対応については、一人一人のよさや可能性を生かす観点から、入学者選抜制度の改善を図るとともに、調査書等をもとに中学校と高等学校が十分連携をとり、配慮するよう高等学校長に指導してございます。
 次に、相談、指導体制については、県教育研修センター等に教育相談主事を置き、その指導、助言のもと、各学校の担任や養護教諭、教育相談担当者等が連携して、学校全体できめ細かな家庭訪問や相談活動を展開するスーパーバイズ方式による体制づくりを進めてまいりました。また本年度、地方教育相談推進委員を従来の八名から二十名に増員し、さらに教育相談合宿研修会、学校カウンセリング指導者養成講座など各種研修講座を実施し、教職員がカウンセリングに関する資質を身につけるよう努めているところでございます。さらに、平成八年度予算の中で、専門的な指導者を幅広く学校や地域に派遣して相談に応じるカウンセラー派遣事業について、今議会でご審議をお願いしてございます。
 教員の民間企業等での研修については、教職員が積極的に社会の現実に触れ、幅広い見識と柔軟な人間観、社会観を身につけることが重要であり、平成八年度から実施できるよう検討しているところであります。
 不登校生徒を受け入れる場といたしまして、本県ではこれまで七つの市町において適応指導教室が設置され、子供にカウンセリングや教科指導などを行うとともに、保護者の相談に応じてございます。ご指摘の施設については、昨年四月に設置した登校拒否・いじめ問題に関する検討委員会でもさまざまな立場からご意見をいただいておりますので、今後、その協議の内容を踏まえ、関係部局と連携を図りながら研究を進めてまいりたいと考えます。
 登校拒否をなくしていくためには、学校はすべての児童生徒が目を輝かせ、ともに学ぶ喜びを実感しながら、人間として豊かな成長を遂げる場でなければならないと考えますので、今後とも積極的に教育の改革と充実に努力してまいる所存であります。
 以上でございます。
○議長(橋本 進君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(橋本 進君) 再質問がございませんので、以上で町田亘君の質問が終了いたしました。
 これで、午前中の質疑及び一般質問を終わります。
○議長(橋本 進君) この際、暫時休憩いたします。
 午前十一時五十一分休憩
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