平成7年2月 和歌山県議会定例会会議録 第3号(鶴田至弘議員の質疑及び一般質問)


県議会の活動

○議長(平越孝哉君) 質疑及び一般質問を続行いたします。
 25番鶴田至弘君。
 〔鶴田至弘君、登壇〕(拍手)
○鶴田至弘君 それでは、お許しをいただきましたので、一般質問をさせていただきます。
 まず最初に、地方分権の問題でございます。
 〔議長退席、副議長着席〕
 昨年末、政府の方から地方分権大綱が発表されました。翌日の新聞報道は大綱を評して、「地方への権限移譲の内容後退」とか「法案骨抜きのおそれ」等と報じました。最近、また新たな法案も準備されているようでありますが、私も権限移譲については各新聞が論評されたことと同じような思いをいたすところであります。さらに大きな問題は、今のような進行状況を見ていると、「分権」に名をかりた地方へのしわ寄せ、「地方自治」の名をかりた国の責任の放棄という危惧を抱くものであります。
 十数年前より、「地方の時代」という言葉が流行いたしました。その言葉はまるで地方自治拡充の時代という響きを持って、地方行政を論じる流行語になりました。しかし、実際振り返ってみますと、国の行政改革、臨調行革に翻弄されたさまざまな地方負担の増大の時代であった、国主導の地方行革の時代であったことは否めないと思います。
 地方分権大綱が果たして地方自治の拡充をもたらすものなのかどうか、国の地方支配の歴史といった視点から改めて考えてみる必要があるのではないかとも考えるわけです。地方分権大綱は、国が本来果たすべき役割として、国家の存立にかかわる政策である外交とか防衛などの役割に機能を純化させていき、地方には地域に関する行政をゆだねることとしています。しかし、地方への財源保障は消費税以外は示されず、機関委任事務制度廃止の強い要望は退けられ、あくまでもその温存を策して、引き続き自治体に国の下請機関化を強いるものとなっています。
 私ども日本共産党は、国の仕事を外交、軍事などに純化して、内政に関する役割を国の責任を抜きにして自治体に押しつけることには、たとえ「分権」という名前が上についていたとしても賛成するわけにはいかないわけです。憲法第二十五条は、国民の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を保障して、国に対して社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進を義務づけています。この憲法で定めた課題のナショナルミニマムの設定とその財政的保障についての最終的責務は、明確に国が負わなければならないところであります。これは、分権の前提として明確にせねばならないと思います。地方のできない仕事としての外交と軍事に純化することは憲法で定められた国の任務の放棄であり、しかも財源保障も明示しないとすれば、明らかにその財源の地方負担の強化を招くものであって、地方自治の拡充とは縁のない方針になりかねないと思います。分権大綱は、明らかにこの点が欠落しております。
 大綱は、いま一つ分権に不可欠なものとして、規制緩和と自治体リストラ、合理化を並行して求めています。
 住民生活にとって不要な規制が多いのは事実ですし、住民生活の向上を阻害する規制は当然、緩和、撤廃せねばなりませんが、規制にもいろいろありまして、規制することにより住民生活を保護してきた事例を挙げることには事欠かないわけであります。公害規制、消費者の保護、乱開発の規制、その他たくさん挙げることができます。そのような住民福祉の実現を阻害するものを公権力によって規制する行政事務の必要性を検討するとか見直しするということになりますと、地方自治体の行政事務全般に規制緩和を拡大しようとする意図が見られてまいります。こういう動きは、地方自治の精神に明らかに反するものだと考えられるわけです。
 また、自立的な地方行政体制の整備確立ということで、市町村合併や事務事業、組織、機構の見直しや定員管理の適正化等、自治体のリストラ推進を求めている点などは、住民サービスの低下と住民への負担の押しつけにつながる危険が濃厚であります。一般論としての効率的行政というのは結構なことでありますが、この大綱で述べる趣旨の中での効率的行政というのは、そのまま聞くことができないところであろうかと思います。
 分権論において、今まで表明された知事の所信は、その大筋において私は是とするところでありますし、その実現のために国民的論議を起こしていこうと表明された点などは大いに多とするところであります。大綱が発表されて政府に具体的な動きが出てきたときに当たり、かつ地方自治の発展という観点から見れば、極めて懸念されるような動きが見られているときでもあります。分権大綱への所感と分権のあるべき姿についての知事の所信を、今ここに問うものであります。
 続いて、教育関係の問題に移ります。
 和歌山市内に肢体不自由児のための学校が欲しいという切実な声は、もう何年も前から関係者より強く訴え続けられてまいりました。きのかわ養護学校その他への通学は余りにも遠く、肢体不自由児にとっては通学そのものが苦痛であると同時に、それぞれの学校に生徒もふえて、図工の教室や実習の教室などはクラスルームにしなければならないという事態が生まれてまいっております。関係者の要望は当然のこととして、この議会でも論議されました。本年当初、ようやくにして養護学校建設に向けての調査費が計上されました。養護学校の生徒、保護者、関係する教職員はこの措置を大いに喜びとして、来年度の大きな前進を期待したわけであります。しかし平成七年度の予算案は、残念ながらその期待を裏切り、再び調査費が二十六万円計上されたにとどまりました。その失望の大きさは、私が語るよりも保護者の一通の手記を紹介することで感じ取りいただきたいと思います。
 私の子どもは、去年転校してきたうちの一人です。いままでお世話になっていた学校は確かに遠い場所にありましたが、肢体不自由の我が子にとっては最高の設備の整っている学校で、毎日が安全で充実した学園生活を送っていました。 そんなある日、県からの一方的な転校の話があり、大変ショックでした。 県からなかば強制的な説得が続き、私たち保護者はノイローゼ気味になる程でした。 それでも転校に同意したのは、新しく養護学校をつくってくれる、私たちの転校がその足がかりになるという県からの説得に応じたものでした。 それなのに、一九九五年度に予算がつかなかったなんて…… 私たちは何のために転校してきたのでしょうか? 県は私たちの夢と希望を踏みにじるのでしょうか? 設備の不十分な、しかも過密化してきている紀北養護学校でずっと我慢しろと言うのでしょうか? 健常児も障害児もともに十分な環境の中で教育を受けられる権利があるはずです。 どうか一日も早く新しい養護学校をつくって下さい。私たちの願いを聞き入れて下さい。
という内容であります。
 この手記の筆者の子供さんは、遠方ではありましたが、肢体障害の子供のための養護学校に通学をしておりました。しかし、教育委員会の指導により、和歌山市内の精神障害児のための養護学校に転入してこられた方の保護者です。
 もちろん教育委員会は、この子供たちを紀北養護学校に受け入れるために一定の施設の改善なども行ったことは事実であります。私も、学校の現場を見てまいっております。それにしても、教育委員会はこの切なる声に率直に全力を挙げてこたえてやっていただきたいと思うんです。県教委の指導によって肢体不自由児のための設備の相対的に不十分な紀北養護学校にあえて転入した子供たちの気持ちと保護者の失望、同じくたちばな養護学校から転入された子供たちの気持ち、保護者の気持ちを教育委員会は真正面から受けとめてやっていただきたいと思うんです。関係者のすべての方々が、肢体障害の子供たちの養護学校は本当に建設していただけるんだろうか、できるとすれば一体いつごろなんだろうか、来年、再来年とずるずる先送りされてしまうのではなかろうかと、新たな不安を抱いています。この一年間、県教委もそれなりの努力をされてきたのだと思います。私は、その労を多とすることにやぶさかではありません。しかし同時に、早期建設という期待にこたえられなかったことについては厳粛に受けとめていただきたいと思います。
 そこで、お尋ねをいたします。
 来年度予算に用地買収費、建設費等が計上されていないのはなぜですか。調査費がつけば、次年度は用地買収、建設へと踏み出すのは従来の流れです。ネックがあったとすれば、来年度の早期にでもそれを解決し、実質的に来年度の事業として展開できるようにしていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。強い決意の表明を期待する次第であります。
 次に、教職員の定数についてお尋ねをいたします。
 私は、過去数回にわたって、さまざまな形で学校の教職員の増員を求めてまいりました。司書教諭の問題に始まって、免許外教員の解消、指導困難校への加配、いじめ、不登校に対する教員の加配、そして三十五人学級の実現をと訴えてまいりました。その中の一部は前進した面も見られるわけでございますが、残念ながら基本的に解決するところにはなかなか至っておりません。今回は、教員の配置はせめて国の基準を満たしてほしいという、まことにささやかな訴えをさせていただきたいと思います。
 「今、先生は疲れている」、そんな話をしばしば聞くようになりました。個人的なことですが、私自身、若いころ教員を志望していたこともございまして、教員を務める友人が比較的多くございます。そして彼らからしばしば、教師は最近疲れているという言葉を耳にします。子供が宿題を持って帰る以上にたくさんの仕事を家に持って帰る、そういうことはもう普通のことになっている、昼食時間はまるで戦争で、昼飯がどこに入ったかわからない、昼休みなどという実感はさらさらない、いつも何かやっている、自分がよほどのろまなのかと悩むことさえある、それが子供にしわ寄せされそうで、本当に何とかならないものだろうか、そんな話を聞かされます。あと一人職場に教員がいてくれたら、うんと違うのだが、もうちょっと親切な授業もできるのだが、と語ります。
 彼らが特殊なのかと言えば全くそうではなくて、和教組の調査によりますと、一週間の労働時間が五十時間以上というのは小中学校で六三%を超え、六十時間以上というのも二○%を超えています。同じく婦人部のアンケートを読みますと、女性教員の三二%が慢性の疲労を訴えて、翌朝まで疲れがとれていないと答えた人が五四%に達している状況です。しかし、子供や同僚に迷惑をかけるから年休はほとんどとっていないと答えた人が五○%を超えているありさまです。あと一人先生をという訴えは決して法外なものではなく、子供へのよりよい授業を願う立場からも当然の訴えであろうかと思うわけです。
 ところで、ここに国の教員の配当基準というのがあります。一つ例をとりますと、例えば、学級数が六つの小学校では、国の基準では校長先生を除いて七・七五人の先生が配置されることになっています。その分だけ、国から予算がついてくるわけです。その七・七五人の基準に基づいて、大阪では九人の先生が配置され、兵庫では八人、滋賀でも八人の先生が配置されています。ところが、和歌山県は七人なんです。中学校では、六学級ある学校ですと、国の基準は十・五人です。その基準に基づいて、大阪は十二人、滋賀が十一人の教員を配置しているわけです。我が和歌山県は十人という状況になっています。
 和歌山県が近畿の今紹介したようなところと比べて確かに下位にあるわけですが、和歌山県と同水準のところもありまして、一番悪いとかなんとかという問題ではありませんけれども、国基準よりも下回っているのは事実です。近畿だけでも、二県、三県と和歌山県を上回って努力をされている県があるわけです。本県も、子供たちの学校での生活実態や教師の教育実践と生活の実態から見て、せめて国の基準ぐらいを満たす教員配置は当然行われるべきであろうと考えるわけです。教育委員会なりにさまざまな知恵をめぐらせて加配教員として別の方面に配置しているともお聞きしますが、学級数に対する教員配置は全く最低の基準でありますから、ここをしっかり充実させることは非常に重要ではないかと思うわけです。
 各学校の特殊な事情とか、教育相談とか、その他の配置も当然必要であります。本来は、国がここにも十分な面倒を見るべきなんです。それがなかなかされていない中で非常に苦しい問題もあるわけですけれども、そういうところには県が単独でその部分を積極的に補完するという姿勢が必要ではないかと思うんです。先ほど申し述べたように、学級数に対する教員配置で最低の国基準を満たしていない学校が和歌山で相当あります。先ほどの例に出した六学級を持つ小学校だけでも県下に五十四校ありまして、全体で相当数の教員が国基準より下回っている。
 そこでお尋ねいたしますが、この際、教員の配置を国基準あるいはそれを上回るものにしていく意思があるのかどうか、基本的な姿勢をお示しいただきたいと思います。また、現行の配置数であれば、加配教員として配置があったとしても相当の未配当教員があるのではないかと推測をするわけですが、その数はいかがなものでしょうか。さらに、国基準を各学校に配置した上で、加配については国に要求するとともに県独自でもって必要数を配置するという考えを持っていただきたいと思いますがいかがでしょうか、お尋ねをいたします。
 次に、子供の権利条約と校則の問題に移りたいと思います。
 また、春が近づいてまいりました。進学される子供さん方は大変胸の膨らむ季節であります。子供たちだけでなく、保護者の方々も何かと心ときめく思いを抱かれる時期でもあります。今、各中学校で新しい中学生を迎えるに当たって入学説明会が開かれています。ある中学校の説明会に出席した保護者から、私のところへこんな手紙が届けられました。ちょっと紹介してみます。
 この春に、子どもが中学進学をひかえ、地域の中学校の入学説明会に行ってまいりました。 そこで校則の説明を受けたのですが、服装のきまりとかがどうもことこまかすぎて、きびしすぎるんじゃないかと思うのです。まあ、こまかいというより不思議な気がするのもあるんです。制服はわからないことはありませんが、絶対に標準服指定マークというのがついてなければならないそうです。 男子の上衣の例で言えば そで口幅はまっすぐでなくてはいけないとか、どこどこは細くてもダメ太くてもダメ、何センチから何センチの間とか、女子のセーラー服でも上着の長さ、スカートの長さから、とにかくことこまかいのです。成長を見こして大き目のを買ってもダメと言われました。 変形服への、いわば非行へのもとになるそうです。くつ下は白でなくてはならない。三足組千円程で売ってるようなライン入りは不可だそうです。くつも線が入っているとダメだそうです。下着は白でないとダメだの、中に着るセーター類はこれこれの色だの、もよう入りはダメだの、家にあるものはほとんどダメな様で、新たに買いそろえないといけません。 頭髪にしても、前髪はここまで、後ろは襟にかかってはダメ、女子の長髪は髪の毛のくくる位置、ゴムの色まで指定されてるんです。くくる位置は高くてもダメ。(ポニーテールは不可)首すじのここらへんでとめさせて下さいとか、生活指導の先生が説明してるんです。髪を結るゴムの色も黒か紺か茶で、その中の二色を同時に使ってはいけないとかいわれました。黒と紺の二色のゴムで髪をたばねることが非行とどうむすびつくのか、説明はありませんでした。 家に帰ってから、子どもにこんな校則(きまり)があるんだと話しましたら、えー、なんでそんなのあかんのォ。?くつもくつ下も今はいてるのやったらみんなあかんのやな。小学校やったら、好きな服着て、好きな髪型して、その日の調子にあわせて動きやすいようにして行ってたのに、なんであかんの?と子どもに質問されました。校則のひとつひとつがどうしてダメなのか、色変わりのものやったらなぜダメなのか聞かれましたが、私自身、この子に何と回答してやっていいものか答えることができませんでした。半分は冗談ですが、「そんな中学なんか行きたくない」という始末です。
 そういう内容です。
 説明会の現場でもちょっとおかしいとは思いながらも、周囲の雰囲気の中で質問できなかったようですが、改めて子供に問われて回答ができない、どう説明すべきなのかとの趣旨でした。
 数年前より、校則がいろいろ問題になりました。教育委員会の方々も校則の見直しなど一定の措置をとられたようですが、中学校にはまだまだ保護者にも子供にも不可解な校則が存在しているようであります。
 手紙をいただいて、和歌山市内の数校の校則を見てまいりました。大体似たり寄ったりですが、さきに紹介したもののほかに、靴のひも穴は六つ以上でなければならないとか、寒いときに着ればよいはずの防寒具に使用期間が決まっておったり、靴に名前を書く場所も指定されていたり、上履きの名前の色は、男の人は黒で書きなさい、女の人は赤で書きなさいとか、冬に着るウインドブレーカーの着用は、同じ市内で温度差は余りないと思うんですけれども、それを認めるところと認めないところがあります。文面規定はありませんけれども、詳細は指導の中でというのもあるようです。校則が定められる理由は当然あると思いますし、少々不可解なものであっても生徒たちが納得しているものであれば、それはそれなりに意味のあるものだと私も思います。しかし、遵守を義務づけられている生徒が理解できない校則というのは、学校の規則という意味での「校則」というよりは自由を制限するという意味の「拘束」ということになります。
 私は、昭和の初期に生まれた者として、どちらかというと質素倹約を愛する方でして、華美な服装などは好まないわけですが、他人の迷惑にならない限り服装等における自由は認められるべきだと思っております。不思議なことに、最も多感な思春期、青春期の入り口の中学生、高校生時代の六年間に服装の自由に制限がつくわけです。校則は、本来、学校、保護者、生徒の積極的な総意によってつくられ、生徒自身がみずからを律する糧とすべきものです。どこかで一方的につくられて生徒に強制されるべきものではないはずであります。
 この点で私は、昨年の六月議会で子供の権利条約を問う一般質問を行いまして、文部省当局が校則に関しては極めてかたくなな態度をとって、学校が一方的にこれを定めるものとするとしている、そういう点を批判的にここで質問いたしました。今なお、校則において生徒の主体性、権利などが尊重されるべきところで尊重されていない、子供の権利条約に照らしても極めて遺憾な事態が残っているのではなかろうかと思うのですが、いかがお考えでしょうか。生徒たちの自由、権利などに属する問題は、生徒たちの自由な討論を尊重し、余り末節まで拘束すべきでないと思いますが、いかがでしょうか。
 重ねてお尋ねをいたしますが、子供の権利条約にかかわる文部省の見解は、校則に関する部分については明らかに条約の精神から逸脱しているように思われますが、教育長の見解をお伺いする次第です。
 次に、県内の中小企業の振興についてお尋ねいたします。
 円高や外国製品の輸入急増で大変な苦境に直面している繊維、皮革、家庭用品などの地場産業にかかわって、当局の振興方針をお示しいただきたいと思います。
 言うまでもなく、地場産業は県内経済の中心を占めています。最近の統計では、製造業の中で地場産業は、事業所で約七割、従業員で五割、出荷額でも二七%を占めています。特に繊維産業は、従業員数では製造業全体の一六%、製造品出荷額では地場産業の四割という県内の産業構造で大きな比重を占めています。これは、従業員数では住友など鉄鋼産業の一・六倍に当たる多くの方々が繊維産業に従事されているわけです。その繊維産業が、外国からの低価格製品の輸入急増で大変な苦境に直面し、行政としての対策が緊急に求められているところです。繊維だけでなく、海南市等に見られる家庭用品や漆器産業も、対策が求められている点では同様であります。漆器は、かつて二百億円の生産を誇っておりましたけれども、昨年度では百億円、輸出に至っては、かつての五十億円から三億円にまで低下したということです。
 政府は、昨年十二月、繊維に関するセーフガードの運用指針を決定いたしました。これまでの、やろうとすればできる輸入制限の発動を拒否してきた方針を一定変化させたもので、遅きに失したとはいえ、早く発動してほしいという業界の要望にこたえて実効のある措置を進めようとしているようでありますが、文字どおり実効のある措置にしてほしいと願うわけです。
 この二十三日には、日本紡績協会など繊維業界が、世界貿易機構(WTO)の新繊維協定に基づく緊急輸入制限措置の発効を求める要望書を政府に提出いたしました。外国からの輸入攻勢で国内産業が設備廃棄という苦境に追い込まれた状況があるからであります。言うまでもなく、国内産業を守ることは法律でも定められております。例えば中小企業基本法第二十二条は、輸入品との関係の調整について次のように定めております。「国は、主として中小企業が生産する物品につき、輸入に係る物品に対する競争力を強化するため必要な施策を講ずるほか、物品の輸入によつてこれと競争関係にある物品を生産する中小企業に重大な損害を与え又は与えるおそれがある場合において、緊急に必要があるときは、関税率の調整、輸入の制限等必要な施策を講ずるものとする」とあります。
 諸外国では繊維製品の輸入規制は一般的に行われており、アメリカでは繊維製品の八割、ECでも五割が輸入規制を行っているそうです。少し古い数字でありますけれども、九二年七月段階での諸外国の繊維製品の輸入を規制する二国間の取り決め協定を結んでいる状況を紹介しますと、アメリカは二十九カ国、カナダは二十二カ国、EUは十九カ国、日本に大量に製品を送り込んでいる中国も六カ国、韓国も六カ国、それぞれ輸入・輸出規制を行っています。もちろん、今度通産省が決定した指針にも問題点は多く、しかも規制を発動するかどうかに二カ月、調査期間は一年以内とされておりますので、申請から実際の発動まで一年以上を要します。事態はようやく規制の方向に動き出したわけですが、繊維産業が県内産業で大きなウエートを占める本県として、これまでどれだけ輸入規制を求めて頑張ってこられたのか、また繊維産業を守る実効ある措置をとらせるためにどのような働きかけをされてきたのか、お考えをお示しいただきたいと思います。
 なお、この問題では、地元の業界代表が述べている言葉を紹介したいと思います。和工繊維の巽社長さんの言葉ですが、「このままでは、ニット産業あるいは日本の繊維産業全体が衰退してしまうおそれがある。いわゆる倍々ゲームのような形で繊維製品が輸入されると、我々のような中小企業では対応できない。また、和歌山の繊維産業を振興させるためには、生地編み、染色整理、縫製などといった最終製品までの一連の製造工程が可能な、しかも製品企画、販売企画などのノウハウを持った繊維産業の一大産地にしていかなければならないだろう」と述べているわけです。
 このような声に県当局は十分こたえられてきたのだろうか。一定の対策は立てられておるようですが、果たしてこれで業界を活気づけることができるのだろうか。繊維だけでなく、皮革や伝統工芸品も極めて苦しい状況に置かれております。積極的な対応を求めたいと思うわけであります。地域経済の振興なくして住民福祉の向上はありません。県当局がこの立場に立って、職員も多数配置し、予算も思い切ってつける、また全国一の中小企業対策の町と言われる東京都墨田区が制定して地域経済振興策の柱となっている中小企業振興条例を制定するといった中小企業振興策を抜本的に発展させる必要があろうかと思いますがいかがでしょうか、当局のお考えをお聞きしたいと思います。
 以上で、私の第一問を終わります。
○副議長(富田 豊君) ただいまの鶴田至弘君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 鶴田議員にお答え申し上げます。
 地方分権大綱についての知事の所見ということでございます。
 先ほども、飯田議員から地方分権についてのお話がございました。地方分権とは、地方自治にとって最も大切なことでございまして、地方がみずからの創意と責任のもとに豊かな地域づくりができる体制づくりであると思っております。そのために、地方分権を考えるとき最も重要なことは、中央から地方への権限移譲の問題、財政的確立の問題、そしてまた地方としても、それを受けての行政組織において効率的な、そして簡素な行政体系の成立と、これらが相まって行われるものであると考えておるわけでございます。
 昨年末に政府が策定した地方分権大綱方針は、全国知事会等地方六団体が昨年九月に政府等に提出した地方分権の推進に関する意見書と比較すると、議員ご指摘のように機関委任事務について不明確な部分があるわけでございます。このことは、私は大変遺憾なことであると思っております。しかし、政府が地方分権に関して方針を示したということは一応の評価ができるのではないかとも思っておるわけでございます。
 政府が今国会に提出予定の地方分権推進に関する法律案では、地方分権推進委員会に分権推進の実施状況の監視権を付与する等、大綱方針に比べて踏み込んだ内容となっておるということを聞いておるわけでございます。また財源保障についても、法案では地方分権推進の基本方針として、国は、地方公共団体が事務及び事業を自主的に、かつ自立的に執行できるよう、国と地方公共団体の役割分担に的確に対応した地方税財源の充実確保を図るものとすると規定しているわけでございます。具体的には、政府が策定する地方分権推進計画の中で明らかになると思いますが、私も現在、知事会の副会長も務めておるわけでございまして、そうした機会を通じて十分な財源保障がなされるように政府に対して働きかけてまいりたいと考えております。
 以上です。
○副議長(富田 豊君) 商工労働部長中山次郎君。
 〔中山次郎君、登壇〕
○商工労働部長(中山次郎君) 中小企業対策についてお答えします。
 繊維、皮革、家庭用品等、県内の地場産業振興については、産業基盤の強化、需要開拓、技術開発、融資等を柱に積極的な施策を推進しておりますが、地場産業を取り巻く経済環境は、長引く不況や円高等により、非常に厳しい状況にございます。とりわけ繊維産業については、近年、外国からの低価格製品の急増等により大きな影響を受けてございます。ちなみに、平成五年度で内需に対する輸入品の比率は五○・八%に達してございます。六年度はいまだ統計がとられてございませんが、増加傾向にございます。こうした状況のもと、新繊維協定に基づく緊急輸入制限措置の発効について、これまで業界の意見等を国等へ伝えてまいったところでございます。
 こうした中、昨年十一月に国においても緊急輸入制限発効措置の指針の決定がなされたところでございます。県といたしましても、県内繊維産業振興の立場から、関係業界の意向を踏まえながら、今後とも動向を見守ってまいりたいと考えてございます。
 次に、中小企業の発展を図るための抜本的な振興策についてでございます。
 本県中小企業、地場産業の発展強化を図るため、新たな生産体制の確立や下請中小企業から企画提案型の企業への転換、さらには新商品の開発やデザイン、市場販路開拓等を実施する一方、工業技術センターの再編整備や頭脳立地構想の推進など、研究開発に対する支援体制の充実強化など、総合的な施策を展開してまいりたいと存じてございます。
 以上でございます。
○副議長(富田 豊君) 教育長西川時千代君。
 〔西川時千代君、登壇〕
○教育長(西川時千代君) 教育問題、三点についてお答えいたします。
 まず、養護学校の建設についてであります。
 和歌山市内の肢体不自由教育のより充実を図り、あわせてきのかわ養護学校及び紀北養護学校本校の過大規模化の解消、紀北養護学校分校の分離独立化を推進するために、和歌山市内に県立養護学校の新設を計画し、平成六年度に調査費を計上したところであります。本年度は、学校規模や用地面積等を検討し、幾つかの候補地を挙げて調査してまいりましたが、環境や通学の便等、さまざまな課題が明らかになってきております。このため、引き続き平成七年度、調査費を計上し、用地等を含めた課題解決に努め、養護学校の新設に向け、できる限り努力を続けてまいる所存であります。
 次に、教職員定数についてでございます。
 公立小中学校の教職員の定数は、公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律に基づき定められているところでございまして、現在この法律の第六次改善計画が平成五年度から十年度までの六カ年計画で進められているところでございます。この国の標準については、学級規模並びに教職員の配置の適正化を図る観点から定められているものと認識しております。各学校への教員の配置につきましては、各府県においてそれぞれ配当表を作成し、それに基づき配置しているところでございます。
 本県では、特に課題を有する学校については、教育事務所長、市町村教育長等の意見を聞きながら加配の教員を措置する等、教育効果を高めるための配慮をしてきたところであります。教育委員会といたしましては、標準法に基づく定数の確保に努めているところでございますが、来年度についても、小中学校の児童生徒数の減少が続いている中にあって、教員が五十九名の減員になるところであります。しかし、第六次教職員配置改善計画による指導方法の工夫や登校拒否、いじめなどへの対策を行うことに重点を置いて、前年度より三十名の増員をいたし、差し引き合わせて八十九名の増員となるよういたしたいと考えております。
 次に、児童の権利に関する条約と学校の校則についてお答えいたします。
 校則は、学校の教育方針、生徒の実態、保護者の考え方、地域の実情などを踏まえて、各学校において全教職員が共通理解をしてつくられているものです。
 本県では、校則については、従前から全教職員に配付している「学校教育指導の方針と重点」の中で、校則についての項を設けて、絶対に守らせるもの、努力目標というべきもの、児童生徒の自主性に任せてよいものという三つの視点から校則の見直しを図るよう各学校を指導しているところであります。特に校則の中身については、実情を踏まえ、検討すべきものは慎重に検討し、生徒の自主性や個性の芽を摘み取ることのないよう、また生徒が自発的に守ることができる内容となるよう留意し、今後とも校則の適切な運用に努めるよう指導を続けてまいりたいと考えます。
 児童の権利に関する条約については、「児童の意見は、その児童の年齢及び成熟度に従って相応に考慮されるものとすること」など、条約には教育的配慮も一定なされているものと受けとめてございます。文部省の校則等に対する見解も、条約の趣旨を踏まえたものであると認識いたしております。本条約の批准を契機に、これまで以上に児童生徒の人権に配慮し、一人一人を大切にした人間味のある、温かい教育指導や学校運営に努めるよう各学校を指導してまいる所存であります。
 以上です。
○副議長(富田 豊君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 25番鶴田至弘君。
○鶴田至弘君 それでは、再質問をさせていただきます。
 分権の問題ですけれども、知事自身がおっしゃっておられるように、今度の大綱が非常に不十分な内容を持っているということは共通の認識になろうかと思います。機関委任事務の原則的廃止などが、もうほとんど影を潜めてしまったようなことは、国が進めようとしている分権が本気なのかどうか、地方自治という立場に立っているのかどうか、根底から疑問を感じさせられるものだと思います。
 分権と財源保障というのは一体のもので、これは当然の話なんですね。ところが、なぜかこの当然の話である財源保障を求めるということを常々言わなければならないというところに、今の国のやり方の大きな問題があると思うんです。財源を保障しないで仕事だけを地方に分権するというようなやり方が実際に危惧されるからこそ財源保障、財源保障ということを一生懸命になって知事自身も言わなければならない、そういう事態にあると思います。やはり、国の分権方向が本当に地方自治という立場に立ち切れていないという大きな問題があるのではないかと思います。
 どういうふうに本当の分権になり切れていないかと言うと、地方の役割、国の役割のところで、国の方の役割として地方にはできない仕事として外交とか軍事にぐっと焦点を絞って、その他の国民の生活問題についてはほとんど国の責務から外していくという点があります。これでは、幾ら分権と言われても本当の地方自治ということにはならないわけです。国の責務を放棄した地方自治というのはないわけですから、そういう点で現在の政府の考えている分権の方向というのは非常に大きな危険性を持っていることを指摘しなければならないと思います。そういう立場で、知事さんもこれからいろいろの場で発言をされることと思いますので、頑張っていただきたいと思います。
 それから、教育委員会の方へも要望したいと思います。
 養護学校の件について、いろいろ努力されているということは聞いております。どうか、子供たちや父兄や関係する人々のすべての、あるいは県民の要求を一日も早く実現するという立場で頑張っていただきたいということを重ねてお願い申し上げます。
 特に、マンモス化が非常に切迫した問題になっております。クラスルームが足りないという状況は、きのかわでは非常に大きく出ておりますが、紀北でも今度は相当数足りなくなる状況が生まれてきそうです。そういう点からも急がねばならない課題であるかと思いますので、重ねて要望をしておきたいと思います。
 教員定数につきましては、私は先ほどからも申し上げましたように、特に国が定めた標準よりも少ないということについては、一番そのしわ寄せがどこへ行くかと言うと子供たちに行くわけです。この子供たちの未来を願って、せめて標準をと。標準というのは決して多いわけではないんで、もっともっと欲しいんですね。三十五人学級をつくってくれという立場からすれば、まだまだ低いわけです。その低いのがまだ満たされていないというところを、これから教育委員会が相当努力していただかなければならないんではないかと思うわけです。大阪や滋賀や兵庫がそういう課題をクリアしていきつつあるわけです。よそができているわけですから、私たちができないわけはないと思います。ひとつ、頑張ってほしい。来年度は九十人の増員を実現したいとおっしゃられました。その努力は多としたいと思いますが、その配置に当たっては、先ほどから申し述べたような意見を十分酌み取りいただいて配置されることを期待したいと思うわけであります。
 校則の問題につきましては、これからも指導、検討されていくというお答えがありました。
 一つだけ私思うんですが、校則を守らなければならないのはだれかと言うと、これは子供なんですね。それから、先ほどの答弁の中にも、子供が主体的に自主的にそれを守らなければならないというお話もありました。そうすると、そういう規則をつくる過程に子供の意見がどう聴取されるかということは非常に大切なことだと思うんです。父兄の意見を聞く、周辺の意見を聞くということは当然大事なことですが、子供たちの意見もその中に勘案されるということは非常に大事なことではないかと思うんです。どういう制度をつくるかということは研究課題ですけれども。いずれにしろ、大人たちだけ寄って子供の服装や髪型のことまで定めるということは、子供の権利ということから考えて──私は何もかも子供の意見を聞いてしまえというわけじゃありません。未熟な点がたくさんあるわけですから、そこには年齢に応じての指導がなければなりませんけれども、そういう立場があってしかるべきではないかということを申し添えて、要望にかえておきたいと思います。
 以上、要望です。
○副議長(富田 豊君) ただいまの発言は要望でありますので、以上で鶴田至弘君の質問が終了いたしました。
 これで、午前中の質疑及び一般質問を終わります。
○副議長(富田 豊君) この際、暫時休憩いたします。
 午前十一時四十分休憩
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