平成4年2月 和歌山県議会定例会会議録 第3号(全文)


県議会の活動

議 事 日 程 第三号 平成四年三月十日(火曜日)
  午前十時開議
 第一 議案第一号から議案第八十一号まで(質疑)
 第二 一般質問
会議に付した事件
 一 議案第一号から議案第八十一号まで(質疑)
 二 一般質問
 三 休会決定の件
出 席 議 員(四十六人)
 1 番 尾 崎 要 二
 2 番 中 村 裕 一
 3 番 下 川 俊 樹
 4 番 石 田 真 敏
 5 番 中 村 隆 行
 6 番 木 下 秀 男
 7 番 岡 本 保
 8 番 藁 科 義 清
 9 番 北 村 翼
 10 番 小 川 武
 11 番 上野山 親 主
 12 番 井 出 益 弘
 13 番 町 田 亘
 14 番 尾 崎 吉 弘
 15 番 門 三佐博 
 16 番 西 本 長 浩
 17 番 高 瀬 勝 助
 18 番 冨 安 民 浩
 19 番 和 田 正 一
 20 番 阪 部 菊 雄
 21 番 平 越 孝 哉
 22 番 大 江 康 弘
 23 番 岸 本 光 造
 24 番 山 本 一
 25 番 吉 井 和 視
 26 番 浜 田 真 輔
 27 番 堀 本 隆 男
 28 番 宇治田  栄 蔵
 29 番 富 田 豊
 30 番 中 村 利 男
 31 番 馬 頭 哲 弥
 32 番 宗 正 彦
 33 番 鶴 田 至 弘
 34 番 上 野 哲 弘
 35 番 村 岡 キミ子  
 36 番 松 本 貞 次
 37 番 木 下 義 夫
 38 番 和 田 正 人
 39 番 中 西 雄 幸
 40 番 橋 本 進
 41 番 野見山  海
 42 番 森 正 樹
 43 番 浜 本 収
 44 番 新 田 和 弘
 45 番 浜 口 矩 一
 46 番 森 本 明 雄
欠 席 議 員(一人)
 47 番 山 崎 幹 雄
説明のため出席した者
 知 事 仮 谷 志 良
 副知事 西 口 勇
 出納長 梅 田 善 彦
 知事公室長 市 川 龍 雄
 総務部長 山 中 昭 栄
 企画部長 川 端 秀 和
 民生部長 吉 井 清 純
 保健環境部長 遠 藤 明
 商工労働部長 中 西 伸 雄
 農林水産部長 若 林 弘 澄
 土木部長 山 田 功
 企業局長 高 瀬 芳 彦
 以下各部次長・財政課長 
 教育委員会委員長
  岩 崎 正 夫
 教育長 西 川 時千代 
 以下教育次長
 公安委員会委員長
  玉 置 英 夫
 警察本部長 中 長 昌 一
 以下各部長
 人事委員会委員長
  水 谷 舜 介
 人事委員会事務局長
 代表監査委員 宮 本 政 昭
 監査委員事務局長
 選挙管理委員会委員長
  稲 住 義 之
 選挙管理委員会書記長
 地方労働委員会事務局長
職務のため出席した事務局職員
 事務局長 倉 本 辰 美
 次 長 中 村 彰
 議事課長 中 西 俊 二
 議事課副課長 松 田 捷 穂
 議事班長 松 谷 秋 男
 議事課主事 古 井 美 次
 議事課主事 松 本 浩 典
 総務課長 田 上 貞 夫
 調査課長 大 畑 巌
 (速記担当者)
 議事課主査 吉 川 欽 二
 議事課速記技師 鎌 田 繁
 議事課速記技師 中 尾 祐 一
 議事課速記技師 保 田 良 春
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 午前十時三分開議
○議長(山本 一君) これより本日の会議を開きます。
○議長(山本 一君) 日程第一、議案第一号から議案第八十一号までを一括して議題とし、議案に対する質疑を行い、あわせて日程第二、一般質問を行います。
 1番尾崎要二君。
 〔尾崎要二君〕(拍手)
○尾崎要二君 お許しをいただきましたので、一般質問を始めさせていただきたいと思います。私も、県議会議員とならせていただいて、ちょうどことしの春で五年目でございます。五年目というのも一つの節目ではなかろうかなと思いまして、一生懸命させていただきたいと思っております。
 今回の私の質問は、「庁舎建設について」と「和歌浦湾周辺の道路整備について」の、以上二点であります。
 まず初めに、庁舎の建設についてであります。
 現庁舎については、昭和十三年三月に西汀丁より現在の小松原通一丁目に移転新築をされております。その後、昭和二十年にはB29の空爆により周りの施設は焼失しておりますが、本館は被爆を免れ、今日まで県政の中核として親しまれてまいりました。そのたたずまいは、昭和の歴史を見詰め、風雪に耐え、何とも言えない重厚さを漂わせている建物でもあります。
 戦後の庁舎については、昭和三十二年に本庁舎に接続した形で西裏側に庁舎が、昭和三十七年には同じく東裏側に議会棟がそれぞれ増築されてまいりました。それからも、昭和三十九年には東別館、昭和四十一年には北別館、昭和四十三年には警察本部の西別館が建設され、今日に至っております。
 昭和十三年に移転してから五十四年、時代の流れとともに老朽化も進み、増築に次ぐ増築においてその機能も大きく後退をし、問題点も数多く指摘をされるようになってまいりました。
 私も、皆さんのご支援、ご指導のおかげで二期目の議員活動をさせていただいているわけでありますが、この五年間、庁舎を利用して感じたことをそのまま申し上げさせていただくならば、狭い、暗い、利用しにくいというのが私の率直な実感であります。庁舎を訪れ、利用される県民も同じ考えを持たれている方が多いと思われます。
 例えば、健康福祉和歌山の推進が県政の大きな柱である本県の姿勢から見ても、目の不自由な人や車いすの人たちが県の障害福祉課へ簡単に訪ねにくいような建物の構造であることを大変残念に思っているのであります。この点については過去の本会議や委員会においても何度か指摘をされたことがあるようですが、エレベーター設置については構造上の関係で新しく設置をすることが困難であるということを聞いております。また、庁舎を利用する県民の声として、駐車場のスペースが少ない点もよく聞かされるところであります。そのほか、各課を訪ねようとしても廊下が迷路のようになっているのも問題であります。
 過去五回も増築を繰り返している結果、現在のような姿に至ったことは理解をできるわけでありますが、先般も、玄関にあるサービスステーションの窓口で道順を教えてもらった人がその地図を見ながら途中で立ちどまり、首をかしげている姿を見かけたところであります。窓口で話を伺いますと、平日庁舎を利用される方で、部屋へ行くのに道順がわからなくてサービスステーションにおいて問い合わせをされる方が、多い日で二百名、少ない日で百三十名ぐらいおられるとのことで、一番多いのは知事公室、二番目は土木部、三番目は総務部であるということでありました。
 また、通路にロッカーや書類を入れた段ボール箱が積み上げられているところもあり、各課の入り口が見えにくかったり、見つけてもドアが閉まっていて中が見えないので何となく入っていくのに気が引けるし、中へ入って話を聞かせていただくにも部屋が狭くて座るスペースも少なく、受付カウンターがないためにだれに声をかけたらいいのやらといった利用者の声も何度か聞いております。通路のロッカーや段ボール箱、書類等は消防法の上からも問題になるのではないかと思われます。その他、陳情や待ち合わせのための県民ロビーにおいても、利用者から見れば改善が求められております。
 今日、この庁舎の現状について知事も十分承知をされ、長らく心を痛められていることであろうと推察をいたします。限られた予算において県民の幸せを考えたとき、県職員の仕事をする場所でもある県庁舎建設を後回しにしてでも、二十一世紀に向かって県民の大きな願いでもある交通体系の整備や福祉の充実、医大の移転整備や図書館・美術館等の建設、和歌山マリーナシティなど、それらの推進に全力をもって取り組んでこられた知事の政治姿勢は大きく評価をいたしておりますが、庁舎についてもいつまでも待てないということをこの際訴えたいと思います。
 ますます増大していく事務量、県民の利便性を思うとき、各課の部屋の狭さ、庁内の複雑さから見て、このままにしていくことは、子供が大きくなっていくのにいつまでも同じ服を着せているようなものであります。県民あっての県庁舎であるとともに、広く県民に親しまれ、利用されてこそ行政との一体化が生まれてくることにもなります。行政は最大のサービス産業であるという考え方もある中で、全面的に庁舎を見直していく時期になってきていると思います。
 既に議会棟については平成元年度に建設についての基金の積み立てがなされているのに、行政棟については平成四年度予算案においてわずか百万円の調査費が計上されたところであります。常に議会と行政は車の両輪のごとくでなければならないことからも、思い切って行政棟建設に向けての基金を始めるべきであります。
 まず、庁舎建設に対する知事のお考えをお尋ねしたいと思います。
 例えば、仮に近く庁舎建設に取りかかるとすれば、いろいろ論議される点があろうかと思います。まず、現地で一部を手直しするのか、現地で全面的に建てかえをするのか、それとも全面移転をするのか、全面移転をするとすればどこがいいのかといったような問題点もありますし、また将来を考えての適正な敷地面積と庁舎の規模についても今後どのように考えていくのか、その他財政面や時期的な問題もあろうかと思います。それらについて、少し時間をいただいて自分なりに調べたことや思ったことについて述べさせていただきたいと思います。
 まず最初に、部分的な改築か、全面的な建てかえかという点については、今日までの庁舎の歩みについて先ほど述べさせていただいておりますが、昭和十三年にスタートを切ってから昭和三十二年、三十七年、三十九年、四十一年、四十三年と、それぞれ増築を重ねてきたことから継ぎはぎだらけになり、いろいろ弊害が発生してきて、結果的には後手後手対策しかできていなかったという形になっております。それらのことからも、今回においては小手先だけの部分増改築はすべきでないということを指摘させていただきたいと思います。
 二点目は、現地建てかえか、全面移転かについてであります。
 本県の庁舎の本館については、正面側が、先ほども述べたように昭和十三年の建築であり、建物の古さから言えば、古い順に全国で十二番目に当たります。庁舎全体の建物の広さについては延べ床面積が三万五千四百平米であり、全国的に見て狭い順位から五番目になっております。一番狭いのは山梨県の三万一千平米で、二番目が富山県の三万三千四百平米、それから高知県、長崎県、そして本県であり、我々も常に狭く感じておりましたが、この数字でそのことがよくわかります。
 参考までに、延べ床面積の一番大きいのが東京都の三十三万五千平米であり、本県の約十倍、二番目に大きいのが愛知県の十四万七千八百平米で、本県の四倍となっております。また、本県の庁舎の土地の広さ、いわゆる敷地面積は二万二千平米であり、全国的に見てみますと、狭い順で十一番目に当たります。敷地の一番狭い県は長崎県の一万五千七百平米で、一番広い県は新潟県の十二万五千四百平米になっております。過去十五年間に全面的に庁舎を建設したところが十一都県あり、そのうち現地建てかえが六県、移転が五都県となっております。現地建てかえをしたところと移転をしたところの新しい建物の延べ床面積は、東京都を除けば、どちらも平均八万平米台であります。現地建てかえも移転も、建物の大きさには大きな開きがありません。しかし、敷地の面積から見てみますと、現地建てかえをしたところの平均は五万平米に対して移転をしたところの敷地面積の平均は九万平米でありますので、現地建てかえのところよりも移転の方が四万平米も大きくなっております。
 これらのことから、本県において現地建てかえか移転かを考える場合、まず本県の敷地面積は二万二千平米であり、敷地不足を移転の理由として既に移転した山形県のもとの敷地面積二万三千平米、同じく新潟県の二万三千平米、福岡県の二万四千平米よりもまだ本県の方が狭いということになり、これ以上広げることも困難が予想されますので、現地で建てかえることについては難しいと言わなければならないと思います。
 ただ一つ、現地で建てかえをする可能性を探るとすれば、庁舎の南側にある県民文化会館と県印刷所の敷地が一万一千六百平米程度ありますので、これをも含めて検討すれば三万三千六百平米となり、現地建てかえをした徳島県や宮城県ともよく似た敷地面積になってまいります。
 現地は商業地域でありますので、建ぺい率が八〇%になっております。また、北側には公園もあることから高層の建築物は規制の対象となり、どうしても南側に高層の建物を考えなければ必要とされる七万平米程度の延べ床面積を確保しにくくなり、駐車場のスペースや緑化等にも配慮していくとなれば県民文化会館の全面的な建てかえも必要になってくると思います。
 このように、現庁舎と県民文化会館等の敷地を合わせて三万三千六百平米になれば、現時点で現地建てかえの最低限の広さは確保できるものと思います。しかし、二十年先、三十年先においては果たしてこれだけのスペースで大丈夫なのかどうか、少々心もとないところもあると思います。
 平成四年度予算案において調査費が上程されておりますので、調査の段階から全面移転の可能性についても真剣に検討すべきであるということを申し上げたいと思います。
 仮に全面移転の方向が出るとして、距離的に大きな変化を求めないとすれば、和歌山、海南、貴志川町が接する付近も好条件であろうと思います。また、思い切って動くとすれば、御坊か田辺地方へということも考えてみる必要があろうかと思います。
 常に感じていることでありますが、県の人口の四割が和歌山市へ集中してしまい、地図上から見ても県の北側へ、海側へ偏っており、紀中、紀南東部において人口十五万人を超える中核都市がないことが県土のバランスある発展の障害となっております。
 国においても、東京一極集中を解消しようという首都機能移転構想が具体化に向けて動き始めております。昨年の夏には衆参両院に国会等の移転に関する特別委員会が設置をされ、国土庁長官の私的懇談会である首都機能移転問題に関する懇談会が中間報告をまとめております。そして、政府が今国会へ提案する地方拠点都市地域整備・産業業務機能再配置促進法案についても東京一極集中の是正がその目的であることから見てもわかるように、本県においても県庁の移転について大いに検討する必要があると思います。
 三点目については、庁舎の建設を計画してからの期間と財政における基金の積み立てについてであります。
 人口がよく似た県の例を見てみますと、計画を始めてから完成するまでに十年以上の期間がかかっております。例えば、沖縄県で十二年、福井県で八年、徳島県では二十二年といったようにであります。また、基金積立期間についても、沖縄県で七年、福井県で八年、徳島県で十五年かかり、その間に積立金額も建設費の半額近くに達しております。工事費については、沖縄県において今回三百九十八億円が予定されていることから見ても、本県において今すぐ着工したとしても四百億円以上の大きな予算が必要となってまいります。そのためには今から基金の積み立てをし、平成十一年には医大の整備移転が完了する予定でありますので、その後の時期を目指して準備を進めていく必要があるように思われます。
 自主財源の厳しい本県にとって、基金の積み立ての必要性は当然であります。昨年の秋の知事選において一千二百億円の基金が争点となっておりましたが、庁舎建設についても関連性がありますので、少し時間をいただいて私なりの考えを述べさせていただきたいと思います。
 議会棟等建設に対して平成元年度に基金が積み立てられているのに、行政棟については全く基金が積み立てられていないということで、少々寂しい気がしております。なぜならば、現在の敷地のスペースがもっと広くあり、現地建てかえという方向づけが既にあるのならば、議会棟と行政棟の建設時期がそれぞれ違っていても大きな支障を来すことはありませんが、今の状況であるならば全面的な建てかえや移転の可能性もあることから、一体性を持たすためにも同時に積み立てを進めていただきたいと思っております。
 それから、基金についての考え方でありますが、現在、県が保有している主な基金を平成二年度の決算書で見てみますと、県債管理基金五百五十二億円、医大整備基金百五十三億円、文化施設等整備基金六十八億円、土地開発基金百三十六億円等となっており、これらの基金は、いずれも将来有効に活用されるべく積み立てられてきたものであります。総事業費五百億円とも言われる医科大学の移転しかり。既に着工を見ている図書館、美術館の建設しかり。あるいは、公共事業の完成が遅延する最大の原因が用地の取得難であるということを考えるとき、公共用地の先行取得の重要性が求められております。そして、これらの基金が県勢活性化のために今後ともより有効に活用されていくものと期待をしているところであります。あわせて、行政棟建設のための基金の積み立てを一刻も早くすべきであると訴えたいと思います。
 四点目は、庁舎の機能とイメージについてであります。
 昨年、東京都の新庁舎を見学させていただく機会がありまして、一番感心したことは、大きな都民広場や都民が気軽にくつろげるための明るく大きいロビーがあり、都民の利便性についていろいろ配慮されたこと、また最新のOA機器が配備をされ、机などに書類等が余り目につかなかったことであります。
 古い考え方、すなわち昔ながらのお役所といったイメージで建設された建物を見るだけで県民と役所の間に垣根があるように感じられることは県政を進めていく上で大きなマイナス点になるということも注意していかなければならないと思います。近く庁舎を建設するとすれば、五十年を経てもその時代の要請にこたえられるような建設の場所、建物の規模、機能等を考えていかなければならないことから、大切なことは、目先で物を見る感覚ではなく長い目で物を見ることのできる感覚が望まれると同時に、あらゆる可能性を迅速・的確に分析判断していけるよう心がけて調査を進めていただきたく、強調しておきたいと思います。
 新庁舎が完成していくまでにある程度の年月がかかってくると思われますので、現庁舎において、廊下の案内表示など改められるところから早急に改善していただくようお願いを申し上げ、以上四点の事柄について当局の答弁を求めたいと思います。
 二番目の質問は、和歌浦湾周辺の道路整備についてであります。
 昨年秋の知事選挙において道路網の整備が県政の課題として最も注目され、選挙期間中における電話世論調査の新聞記事においても、三二・五%の人が道路であると答えられておりました。そして、県民の大多数の人たちがその願いを託したのは仮谷志良候補、知事、あなたであります。「確かな実感、和歌山の時代─こころ豊かに、誇れるふるさとに─」の公約を一日たりとも休むことなく邁進していただきたいというのが県民の願いであります。
 幸い、本県の道路の幹とも言うべき高速道路については、昨年の十二月三日、国土開発幹線自動車道建設審議会において御坊─海南間二十九キロメートル、そして田辺─すさみ間二十七キロメートルが基本計画区間に決定され、御坊─南部間の二十一キロメートルが整備計画区間に決定をされております。このことは、今日まで知事を先頭に県当局、県議会の高速自動車国道紀南延長促進議員連盟等、県民挙げて強力な陳情を重ね、一丸となって努力をしてきた成果であります。今後も、近畿自動車道紀勢線、京奈和自動車道や国道、主要県道等、国土軸への接近と県内広域幹線道路網の整備をすることが急務であり、その整備については集中的に全力をもって対応することが最も重要であると考えます。
 平成六年には待望の関西新空港が開港され、そのインパクトを県勢浮揚の起爆剤とするために本県においても数々のビッグプロジェクトが積極的に推進されておりますが、それらを大成功に導いていくためにも、また県産品の輸送や企業誘致などにおいても道路の整備が急がれているのであります。
 特に今後注意を払って整備を考えていかなければならない点についてでありますが、それは、ビッグプロジェクトの完成やイベント等によって予想された以上に車の量が急にふえることがあるということであります。そのことによって交通渋滞が発生し、県民生活に大きな影響が出てくることも考えられるということであります。
 今回は、和歌山マリーナシティ、そしてそこで開催される世界リゾート博、海南インテリジェントパーク、医大の紀三井寺移転整備、それから紀三井寺、和歌公園などについて述べさせていただき、それらを結ぶ和歌浦湾周辺の道路について知事並びに当局のご見解を承りたいと思います。
 まず、平成六年七月十六日から九月二十五日までの七十二日間、マリーナシティを主会場として世界リゾート博が開催される予定になっております。開催中における入場者総数が百万人、一日当たりの利用者数は平日で一万人、車の台数が千三百台、休日で三万人、車の台数が三千五百台になると予測をされております。利用者の大部分が国道四十二号を利用されることから、現在でも朝の通勤時間には毎日渋滞が発生しておるのに、その上に急にこれらの車がふえるとなれば大混雑をすることは容易に判断できるところであります。
 既に世界リゾート博推進会議の専門部会において総合的に検討を進めていると十二月定例会で答弁されておりますので、どのように検討されているのか、そして具体的にどこをどのように改善されようとしているのか、土木部長の答弁を求めます。
 リゾート博は限られた期間でありますけれども、その後のマリーナシティが完成いたしますと、最終的には定住者四千八百人、住宅千五百戸、一日の入り込み客が八千二百人、それに従業員が二千二百人の計画となっております。定住者四千八百人と言えば、ちょうど龍神村の人口と同じで、私の地元美里町が四千九百人であることから見ても、一つの町がマリーナシティに生まれてくることになります。マリーナシティの東側、海南東インターの近くには海南インテリジェントパークが決定され、先般、起工式があったところであります。既にその中核となる株式会社和歌山リサーチラボも発足しており、平成五年の後半には分譲も開始する予定であると承っております。高度産業の拠点を整備し、計画就業人口が約三千人と予想されております。県が目指すテクノ&リゾートに対して地元も大きな期待を持っているところであります。
 マリーナシティから少し北に目をやれば、紀三井寺競馬場跡地に県立医科大学の移転整備が進められ、昨年の春には基本構想が策定されております。基本構想によると、ベッド数が現在の六百六十三床から八百床に、外来患者も、現在の千人から千三百人ないし千四百人と多くなり、職員等でも千人を超えるとのことであります。県民医療の中核となる医大移転の一日も早い建設が県民の願いであることからも、平成十一年の完成予定を一日も早められるよう期待をしているところであります。
 新医大の近くでは和歌公園の整備も進み、平成五年度末には完成する予定でありまして、毎年利用者がふえており、もうすぐ年間五十万人を超えるものと思われます。それから、紀三井寺のお寺さんを訪ねる人も平成二年で年間七十万人に達しております。
 今まで申し上げた数字を再度要約いたしますと、マリーナシティで定住者四千八百人、一日の入り込み客数八千二百人、そして従業員数二千二百人、海南インテリジェントパークの計画就業人口三千人、新しい医大の外来患者数一日千三百人から千四百人、それ以外に職員、学生で千名、和歌公園の利用者数も年々ふえる状況であります。しかし、これらを結ぶ道路は国道四十二号であり、二十年前の和歌山国体のときに二車線から四車線化され、以後、そのままになっております。平成二年の紀三井寺の毛見方面における二十四時間の交通量が三万六千百台であり、現状の形ですら混雑度も年々高くなってきております。
 和歌山市においても、毛見一号線から北進する方向でシーサイドロードの建設に取り組んでおられますが、旭橋付近の改良も同時に進めてこそ、初めてその価値が出てくるように思います。県もシーサイドロードの建設に対して和歌山市へ全面協力をすべきであるし、旭橋付近の拡張、立体交差改良についても早急に国へ要望を進めていくことをお願いしたいと思います。そして和歌浦湾周辺、特に四十二号のバイパス化、湾岸道路についても、今真剣に取り組まなければ、先ほど申し上げたように、車の台数は急に、また年を追うごとに確実にふえていくということを申し上げて、知事及び担当部長の答弁を求めたいと思います。
○議長(山本 一君) ただいまの尾崎要二君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 尾崎要二議員にお答え申し上げます。
 新庁舎建設について質問なり卓見をいただいたわけでございます。
 お話のように、県庁舎も老朽化、狭隘化していることは事実でございまして、県民の皆さんにも多大な不便をかけておることと思います。しかし、これを改築すべきときではないかという考えのもとに、このたび調査費を計上させていただいた次第でございまして、この調査をもとに十分検討を加えていただき、また議会における意見並びに関係の皆さんの意見をいただきながら、お話ございました基金の問題をも含めて十分検討させていただきたいと存じておるところでございますので、よろしくお願い申し上げます。
 詳細については、部長から答弁いたします。
 和歌浦湾周辺の道路整備についてでございます。
 高速道路につきましては、お話ございましたように、昨年の十二月の国幹審において本県にとって明るい方向が見出されたということで、非常にうれしく思っておるわけでございます。また、それとともになお一層努力して仕上げていかなければならないと思っております。
 次に和歌浦湾周辺の道路整備につきましては、当面は平成六年七月に行われる世界リゾート博に向けての道路整備が緊急課題であり、現在、関連道路施設部会で検討を進めておるところでございます。
 また、中長期的に見た場合、マリーナシティの整備、紀三井寺への医大移転、和歌公園の整備等のプロジェクトの整合を図りながら、広域的な観点から道路計画を今後検討してまいりたいと思っております。
 詳細については、部長から答弁いたします。
○議長(山本 一君) 総務部長山中昭栄君。
 〔山中昭栄君、登壇〕
○総務部長(山中昭栄君) 新庁舎の建設の問題でございますが、基本的には今後の調査検討によるべきものと考えております。
 まず、議員ご質問の、部分改築か全面建てかえかということでございます。
 現庁舎の老朽化、狭隘化が進んでいることを考えますと、現庁舎を残しながら部分改築を行うということは効率的ではないと思われますので、全面建てかえが必要であろうと考えております。
 第二点の、現地建てかえか、あるいは全面移転かということでございます。
 現段階では全く白紙の状況でございます。ただ、現在地は面積的な制約、法規制の問題、周辺用地の活用の見込みなどを考える必要がございます。現在地以外についても、立地場所の選定、用地取得の難易等々の問題がございます。いずれにいたしましても、あらゆる角度から検討を重ねてまいりたいと考えております。
 第三点の建設時期と基金の積み立てについてでございます。
 建設時期につきましては、ご指摘にもございましたが、他府県の状況から見ても、計画を始めて完成をするまでに約十年前後要している状況にございます。したがいまして、今後の調査結果を踏まえて十分検討し、幅広く意見を求めていくということになりますと、相応の検討期間が必要になってまいります。
 次に基金の積み立てでございますが、庁舎建設となると起債の対象にはなりますが、それでもなお相当な一般財源が必要でございます。県勢発展のための基盤整備、あるいは観光リゾートの振興、文化、医療、福祉関係の諸施策の推進に支障のないように計画的な準備をしていかなければなりません。
 他府県においても基金の設置を行っておりまして、本県でも建設期間中だけで多額の一般財源を調達することは困難でありますので、あらかじめ基金として一定額を積み立てておくことが必要になってくると考えております。したがいまして、議会棟等建設基金の取り扱いも含め、今後十分検討をしていきたいと考えております。
 第四点といたしまして、庁舎の機能とイメージについてでございます。
 非常に大切な点でありまして、将来をよく見据えた検討が必要であります。特に議員ご指摘の視点を踏まえまして、県民のシンボル的な建物としての性格も持つものでありますから、来庁される方々の利便性、また執務上においても合理的な機能を備え、さらには広く県民の方々に開放された親しみのある庁舎とすべく検討研究をしていく必要があると考えております。
 以上でございます。
○議長(山本 一君) 土木部長山田 功君。
 〔山田 功君、登壇〕
○土木部長(山田 功君) お答えを申し上げます。
 和歌浦湾周辺の道路整備についてでございます。
 世界リゾート博関連道路の整備につきましては、世界リゾート博推進会議の中の関連道路施設部会において現在検討を進めているところでございます。
 検討概要でございますが、リゾート博協会より示された観客の動員数、あるいはその中の方向別自動車流動等の資料を基本的なベースとして、現在の道路網の問題点、整備をしていくときの課題、整備方針等について検討を行っております。
 具体的には、国道四十二号の毛見拡幅、あるいは市道名草百三十六号いわゆるシーサイドロード、それから都市計画道路築地阪井線、大野中重根線及び大池線、さらに近畿自動車道の海南インター等の整備、国道四十二号の海南市にある船尾交差点等、現道の交差点改良等が今必要と考えられておりまして、それぞれの道路管理者とともに整備計画を進めておるところでございます。
 県といたしましては、今後も引き続いてそれぞれの道路管理者と協議をし、事業促進を強く要望してまいりたいと思っております。
 次に、議員ご指摘のとおり、中長期的には今後、マリーナシティ、海南インテリジェントパークあるいは医大移転等の大きなプロジェクトが進行してくるわけでございます。それに伴って交通流動も大幅に変化するということが想定をされますし、これは今後の道路網計画の検討課題でございますので、十分勉強し、いろいろなことについて早急に検討を進めてまいりたいと思っております。
 以上でございます。よろしくお願いいたします。
○議長(山本 一君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 1番尾崎要二君。
○尾崎要二君 まず、一番目の庁舎建設についてでありますが、これからいろいろと調査をされていくということでありますので、今回の私の質問も今後のご参考にしていただければと思います。
 ただ一点申し上げたいことは、庁舎すなわちハード面も重要でありますけれども、同様に組織またシステム、それと同時に県民に対する対応、接遇などのソフト面も大変重要であるということを指摘し、この機会にソフト面においても再度総点検をしていただき、県民にとって訪れやすい、また職員の皆さんにとっても意欲的に心弾む思いで仕事ができる環境づくりに取り組んでいただきたいということを要望しておきます。
 それから、和歌浦湾周辺の道路整備についてお答えをいただいたわけでありますが、正直なところ、心配でならんというのが私の気持ちであります。それは、急に車の数が大きく膨れ上がるのが当然予想されているのにもかかわらず、アクセスの対応が十分にできていないのではという点についてであります。
 リゾート博のイメージがすばらしい余韻となって県外に広まり、本県のイメージアップにつながっていくためにも、またマリーナシティの今後の運営に対するなお一層の県民の理解を得るためにも、県民生活に大きな支障を来すような交通渋滞はどうしても避けなければならないと考えます。リゾート博までわずかあと二年五カ月であり、今の時点で検討してまいりたいという対応だけで本当に大丈夫なのかと思うのは私一人でないと思います。
 マリーナシティに二本の橋がかかりますが、その橋を渡るためには必ず国道四十二号を通らなければならないのであります。この四十二号については、大手スーパーがオープンしたときですら、温山荘より北側が大渋滞をした道路であります。これらを乗り越えていくためには、シャトルバスの有効利用や自家用車の乗り入れ規制など、運営面で特段の配慮を望みたいと思います。そして、リゾート博後を目指して国道四十二号のバイパス化、また湾岸道路についても、ぜひ県の三次中計へ加えていただきたいと思います。
 船が沈んでから救命具を買いに行くようなことのないように、その実現に向けて全力をもって取り組んでいただくことを強く要望申し上げて、以上で私の質問を終わります。
○議長(山本 一君) ただいまの発言は要望でありますので、以上で尾崎要二君の質問が終了いたしました。
○議長(山本 一君) 質疑及び一般質問を続行いたします。
 33番鶴田至弘君。
 〔鶴田至弘君、登壇〕(拍手)
○鶴田至弘君 お許しをいただきましたので、通告順に従い、一般質問をさせていただきます。
 まず、本県の上空に米軍機が再三飛来し、飛行訓練を行っているということに関してであります。
 私は、去る十二月議会におきまして、本県中部における米軍の超低空飛行の危険を指摘させていただき、その中止を求め、県当局がしかるべく適切な対応をするよう迫りました。それに対して当局の方から、「中止を求めてまいりたい。事故再発防止がとられるまでの間は同地域での飛行は中止するという回答を得ている。この地域には本県も含まれている。十二月の飛行については飛行士の不注意によるものであり、厳重注意を行い、再度四軍に対して文書をもって徹底するということで遺憾の意を表してきた」と、そういうふうな旨の答弁があったわけであります。しかし、その後の事態は、既にご承知のとおり、米軍機は我々に対する約束など全くなかったかのごとく、紀伊半島は彼らの領土のごとく、傍若無人に危険な飛行訓練を行ったのであります。二月に至っては飛来が十日を超え、機数は延べにして数十機とも言われております。これほど県民を愚弄した話はございません。
 私は、去る十二月議会において、一九八七年の事故の後の推移から見て、米軍との約束は簡単に信用することができないのではないかと申し上げたところでございます。五年前も、事故原因が明らかになるまでは飛ばないという約束がありましたが、それは一年を経ずしてあっさりとほごにされました。事故原因が明らかになったのかどうかも不明のままであります。そして、昨年の秋の事故であります。このときも八七年のときと同じように、事故原因が明らかになるまでは飛ばないということであったようでありますが、以後、直後も数回飛来し、ことしに入っての遠慮会釈のない傍若無人ぶりであります。少なくともこの事件に関する限り、和歌山県民は全く米軍に無視され、うそをつかれ、愚弄されっ放しであります。
 十二月議会において私は、過去の経験から見て、単に飛行訓練の中止を要請するだけではだめだろう、このような行為には毅然として抗議すべきであると訴えたものでありますが、残念ながら事態はこのように推移してまいっております。いつまた事故が起こるかわかりません。県民は全くばかにされっ放しのような気がいたします。
 ついては、本年に入ってからの米軍の本県における超低空訓練飛行の実態とそれに対する県当局の対応、いかなる経緯をもって県民に対する約束が破られていったのか、また米軍や外務省は何と言っているのか、それはなぜなのか、今後かかる事態を生じさせないようにどう対応するのか、知事としての責任においていかに処するつもりなのかを明らかにしていただきたいと思います。
 続いて、紀の川の問題についてお尋ねをいたします。
 紀の川リバーサイドグリーンベルト作戦ということで、紀の川河口から岩出橋の間十六キロメートル、三百ヘクタールという広大な河川敷を市民憩いの場として開発していこうという構想が昨年発表され、多くの方々の関心あるいは期待を集めているようであります。整備されれば、和歌山市民初め紀の川筋に住む人々の結構な憩いの場になるであろうと、私も期待をする一人であります。しかし、広大な河川敷であるだけに、その整備の方向は慎重を期さなければならないと思われます。周辺の方々の要求、専門家の意見を十分に取り入れた整備の方向を打ち出さないと、せっかく多額の金をつぎ込んでも利用者が少ないという結果になりかねません。
 こういうことを申し上げますのも、例えば、現在、河口に近接する北岸は清潔に整備された緑地が相当な広さで存在しておりますけれども、利用者が非常に少ないということであります。近所の人々に尋ねてみますと、河口の周辺というのは内陸部と違って、常時風が吹いていて気温が低く、春でも相当寒いそうです。運動などにはよいかもしれないけれども、のんびり弁当をという機会はなかなかないようであります。河川敷のことですから、当然、樹木はありません。したがって、夏は一方的に照りつけられるだけで、逃げ場がない。そんな理由で、せっかくつくった緑地が紀の川大橋を渡る人々の目を一瞬和ませるだけということになっておるような事態ですが、大変もったいない話であります。そういう点から見ましても、市民の意見、周辺の人々の意見というのを十分聴取していただきたいと思います。とりわけ、若者たちの声は大事にしていただきたいと思います。
 日曜、祭日の野球場の確保は、和歌山市の青少年にとってなかなか大変であります。月一度の抽せん会には、抽せん漏れしたたくさんの青年の残念がる顔も非常に多く、休日の健全なレクリエーションの場がまだまだ保障されておらないのだということを感じさせられます。ぜひとも紀の川筋の幅広い方々の意見を聞いて整備の方向を出すべきだと思います。この点について当局はどのような考え方をお持ちになっておられるのか、ぜひお聞かせいただきたいと思います。
 また一方、整備ということになりますと、隅々まで人工の手が及んで、紀の川が持つ雄大な景観が生かされず、ちまちまとした施設の寄せ集めになってしまっても残念でございます。自然を生かし、住民の要望にこたえていくというのが整備の基本的な方向だろうと思われますが、いかがお考えでしょうか。
 また、河川敷には相当の民地や住宅があります。住宅の居住者には公営住宅を代替あっせんするというような結構な方針も持たれているようでございますが、民地に対してはどのように対処されるのでしょうか。
 昭和五十八年には、河川敷内の地主に対して地建や県当局の強権的な行政指導があり、トラブルが新聞に報道されるというようなこともありました。河川敷内とはいえ、地主にとっては貴重な財産であります。この民地に対してどのように対処していかれるのか、基本的な考えをお示しいただきたいと思います。
 また、河川敷が整備されると、次は水の問題が当然考えられなければなりません。昔は紀の川で泳いだ、絶好の遊び場だったという話をよく聞きます。しかし、今は昔の語りぐさでありますが、一日も早く清流をよみがえらさなければなりません。水質は環境基準ぎりぎりで、時と所によってはオーバーしているところもあるようです。水とたわむれるところがなければ河川敷整備も十分なものとは言えないでしょうから、清流の確保はまた一段の努力が必要だと思われます。そのためには公共下水道の設置が当然のこととして急がれなければならないのでしょうが、今年提案された予算案には、那賀処理区の基本計画策定の予算、伊都処理区の用地取得や幹線管渠工事費が上程されております。大いに期待したいところでありますが、過去の経過を見れば、一体いつまで待てば完成するのだろうかとの思いを抱かざるを得ないのであります。
 紀の川流域の下水道計画の進捗状況、なかなか進まないその問題点、今後の展望などをお示しいただきたいと思います。
 一方、公共下水道の完備までは手をこまねいて流れを濁るに任せておくわけにはまいりません。当局で一定の努力はしておられるようでありますが、隔靴掻痒の感を免れません。行政と市民が一体となって紀の川を美しくする運動が必要だということは関係者の多くの一致するところだとは思いますが、一過性の運動が見られても、持続した大きな運動というのはありません。現在までどのような施策が行われたか、また本年度の方針はどのようであるか、今後どのような展望をもって清流の奪回のために行政を進められようとしているのか、お尋ねをいたします。
 次に暴対法、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律に関係してお尋ねをいたします。
 この法が発効して、県民からの大きな期待が寄せられています。同時に、今までと同様の鳴り物入りの空騒ぎに終わるのではないかという不安を抱く人も、決して少なくありません。暴対法の発効に当たって県警はどのような決意と体制で臨んでいるのか、新法との関係で従来の体制をどのように改編し、暴力団の根絶に対処しようとしているのか、決意と現況をお示しいただきたいと思います。
 また、暴対法に備えて、最近、暴力団が右翼的政治結社や会社組織に衣がえをしていると聞きます。本県においてはどのような状況にあるのか、掌握している現状をお示しいただきたいと思います。
 都道府県公安委員が、一定の要件に該当する暴力団を指定暴力団あるいはその連合体と指定するとありますが、衣がえとの関係ではいかに対処するつもりなのか。報じられるところによると、衣がえしても内容的には同じであれば暴対法で対処するとされておりますが、毅然として本当に対処できるのかどうか、その姿勢を示していただきたいと思います。
 また、衣がえをした暴力団が各市町村の公共事業や請負に入り込む可能性もないとは言えないと思われますが、市町村との協力の関係はその点で十分なのかどうか、現況を含めて明らかにしていただきたいと思います。
 続いて、財団法人和歌山県暴力団追放県民センターについてお尋ねをいたします。
 私があえてこのセンターについてお尋ねをするのは、本センターが単なる民間の暴力排除の啓発センターであれば問題としないのでありますが、今までの暴排関連の組織と基本的に性格を異にしている点があるだけに、あえてお尋ねをしておきたいと思うのであります。
 その一点は、センターの掲げた目的の中には、本来、警察行政が担当するところのものが幾つか含まれているという点であります。あえてここにセンターをつくり、それらの任務をつかさどらせるという目的は一体何であるのか。見方によっては、警察行政をセンターに肩がわりさせているのではないかとも思われる節もありますが、いかがなものでしょうか。
 二つ目の問題は、センターの持つ半ば公的な業務について、最終的にどこが責任を持つかという点であります。
 寄附行為第四条の事業内容の幾つかは、例えば「暴力団員による不当な行為に関する県民からの相談に応ずること」だとか、あるいは「少年に対する暴力団の影響を排除するための活動を行うこと」、また「暴力団から離脱する意志を有する者を助けるための活動を行うこと」、暴力団員による「不当要求による被害を防止するための措置が有効に行われるようにするための講習を実施すること」とか、数えていきますと、幾つか本来的に警察が行ってもよいと思われるような任務が随分と掲げられていると思われます。これらの点で、その業務の遂行が不十分で満足な結果が得られなかったとか、それによって不祥事が起こったとした際、警察行政の責任があいまいにならないかということであります。あるいは、警察の本来の業務をセンターが代行することによって、緊急事態への対応がおくれるような危惧はないかということであります。
 次の問題は、センター運営の基金の問題であります。
 基金の一部は寄附に依存することになっておりますけれども、主たる寄附者はどこに求めようとされているのですか。センター業務の基本的な性格は、県民に対するサービス業務であります。サービス業務を行う資金源を寄附に求めるとすれば、寄附金を出したところにはサービスを厚くということになりかねません。それが一般社会の常であります。そのような弊害を防止するためにも、この際、基金は全額公費負担というのが望ましいのではないでしょうか。暴排活動への協賛と参加の意思を示すという点では、寄附が意味のないことではないとは思いますが、基礎的な基金についてはふさわしくないのではないでしょうか。お答えをいただきたいと思います。
 次は、役員構成の問題です。
 寄附行為による役員欄を見ますと、知事初め銀行の会長や社長さん、その他いかめしい肩書のついた超多忙な方々ばかりであります。当然、暴排に熱心な方々ばかりだとお見受けをいたします。しかし、センターを権威づけるのには好都合かもわかりませんが、単なる名誉職になって、有効な機能を発揮しにくいのではないかと危惧するものでありますが、いかがでございましょうか。
 また、センターは暴力団と対抗する性格を潜在的に持つわけで、一部暴力団の襲撃の対象になるというような物騒なニュースも報道されたりしております。権力を持った警察が暴力団と癒着するというような情けない事態が、和歌山県ではありませんが、報じられたことも幾たびかありました。センターは権力を持たないだけに、暴力団の威嚇の中で癒着が生まれたりしないかという危惧もあります。そのような危惧をどのように防止されるつもりでしょうか。
 野村證券や日興證券という日本を代表するような大きな企業が莫大な金を暴力団に提供するような時代であります。県下の企業の中でも、結構そのようなうわさが流されています。残念なことですけれども、県庁の幹部の職員が元暴力団の結婚式などへも出かけていくというような風潮もまだ残っています。至るところで癒着が相当進んでいると見なければなりません。新しく発足する暴追センターがそのようなことになってはならないという願いを込めながら、以上、暴対法とセンターに関係して、半ばの期待と半ばの不安を抱きつつ、警察当局がその任務を毅然として遂行されることを期待しながら質問するものであります。
 続いて、拡声機の規制条例についてお尋ねをいたします。
 この件につきましては、昨日からお二人の方が質問をされ、それに対する答弁が行われましたが、拡声機規制条例が発表されて以来、法曹界を初めとして各方面から言論・表現の自由を侵害するのではないかとの危惧が表明されております。私もまだまだ疑問点が残っておりますので、三たび質問をさせていただくわけでございます。私なりの疑問点を明らかにするために昨日の質問と重複する点が多々あろうかと思いますが、お聞きになられている議員各位にはお許しをいただきたいと思います。
 通告した一番目は、本条例の提出の動機ということでありましたけれども、これについては昨日の答弁で、納得したわけではありませんが、答弁している意味はわかりましたので、質問は削除します。
 二番目は、本条例の適用除外とそれ以外との関係についてお尋ねをしたいと思います。
 除外するものの中には、例えば公職選挙法による選挙が挙げられています。これは、選挙になれば八十五デシベル以上の音量も許されるということ、すなわち八十五デシベル以上もの音量が必要なときもあろうと想定されているからだろうと思います。ところが、選挙期間以外の政治活動では八十五デシベルで規制される。同じ政治活動でありながら、選挙期間中だけは八十五デシベル以上出してもいいけれども、そのほかのときにはそれだけの音量を出してはならないと、こういう差別がついておるわけです。これは一体なぜでしょうか。どうして選挙活動と政治活動に区別されなければならないのでしょうか。
 あるいは、国または地方公共団体の業務であれば八十五デシベルを超えてもよいとありますけれども、それでは、なぜ労働運動や市民運動なら八十五デシベルを超えてはならないのでしょうか。昨日の答弁では、通常の労働運動や政治活動には規制はかからないと答えておられましたけれども、条文を素直に読めば、規制の対象になっているのは明らかであります。
 ちなみに、右翼の暴騒音は百デシベルをはるかに超えており、百二十に達していることさえあるのが実情ですが、規制の対象をなぜ右翼の騒音よりもはるかに低い八十五デシベルにしているのでしょうか。ここのところが全くわかりません。
 昨日、答弁の中に、阪和線の踏切の騒音が八十五デシベルの例だと引き合いに出されておりましたけれども、人間の行う演説などと一定時間持続する列車騒音とを同一のように例示して印象づけようというのは余りフェアではないと指摘しておきたいと思います。常時八十五デシベルの列車騒音と最高値八十五デシベルの人の声とでは、体の感じ方は全く異なった印象を受けます。同時に、最高値として八十五デシベルを超えるような人の語りというのは通常六十デシベルぐらいのものであるということもひとつ念頭に置かなければならないと思います。そういう点で、この八十五デシベルが一律に、機械的に規制値になっているということは、どうしても理解できないことであります。
 次に、街頭宣伝が警察官の監視下に置かれるのではないかという不安は依然として残ります。取り越し苦労ではないかと言われる方もおられますけれども、条文を素直に読めばそういうことになるわけです。法治国の住人であれば、同条例が施行されたならば八十五デシベルを心するのは当然の義務であります。消費税に反対でも払っているのと同じことであります。
 一般政治活動や労働運動は取り締まりの対象ではないと言っておりますけれども、その保障はどこにあるのでしょうか。みずからの音量を規制するために音量測定器を持参して街頭宣伝をしなければなりません。八十五デシベルを超えるか超えないかは、この条例がある限り、当然警察は監視するでしょう。宣伝する者は監視を覚悟せねばなりません。少なくとも、警察がそうしようと思えば合法的に干渉することができるようになっているわけです。これでは自由な宣伝活動が困難になるのではないでしょうか。
 次に、時間とか場所に関係なく八十五デシベルの規制がかかりますと、所によっては街頭宣伝が不可能な場所も直ちに出てまいります。
 二月の末に、私は実際に測定器を持って実験をしてみたわけですけれども、その体験を少し話させていただきますと、和歌山駅頭などは、拡声機を使わなくても、何も話をしなくても常時七十デシベルぐらいの騒音が出ております。七十デシベルの騒音とはどんなものだろうかとお感じの方は、和歌山駅頭にお立ちになればおわかりになると思います。バスが通ってクラクションを鳴らすと、八十五デシベルはあっさりと超えてしまいます。ここでは、対向車線上の歩道の聴衆を想定して拡声機を使用しますと、暗騒音が七十デシベル前後ありますから、少なくとも七十デシベル以上でなければ対向車線上には聞こえてまいりません。低い音が七十以上ということは、力を込めて話をすると八十五デシベルをすぐに超えてしまうということです。こういうことになりますと、全くと言っていいほど拡声機の効果というものはありません。
 ご承知のとおり、和歌山駅頭というのは、政治活動においても、政党の中央幹部の方々がしばしば演説をされるところであります。あの宣伝の音量は八十五デシベルをはるかに超えているものであります。そうしなければ街頭宣伝にならないからであります。このような繁華街あるいは暗騒音の高いところでは実質的に拡声機が有効性を失い、街頭の拡声機宣伝が行えないのと同じ状況に置かれるのが実態であります。
 第五点として、昨日も質問をされて答弁がありましたが、警察官の恣意的な判断で拡声機宣伝に干渉される可能性があります。私どもが正常な形で街頭宣伝を行っておる場に右翼がしばしば押しかけてきて、暴騒音を浴びせかけることがあります。条例案五条は、このようなときに発せられる複合騒音の発生の防止のために必要な措置をとることができるとなっていますが、これでは正常な宣伝を行っていた者は全くたまったものではありません。四条、五条、六条については、警察官の恣意的な判断で街頭宣伝への干渉を容認する可能性は、昨日の答弁にかかわらず、依然として残っております。
 また、この条例で右翼の暴騒音を本当に規制できるか、大いに疑問な点もあります。測定器の置かれているところだけを一時的に音を下げて、その場を離れるとまたわあわあとやり出す。イタチごっこが目に見えるようであります。
 岡山県では同趣旨の条例を早くから持っていますが、二年前の日教組大会に押しかけた右翼に翻弄されております。数人は逮捕されたそうですが、結局は何の効果もなく、行政当局の及び腰もあって、公的な会場の使用取り消しなどが行われてしまったわけであります。イタチごっこをすれば、右翼はほとんど無傷で、暴騒音をまき散らすという目的を果たすというのが想定されるわけです。そのくらいの知恵は向こうも持っているのではないかと思います。
 最後の質問ですが、百デシベルを超える右翼の暴騒音は許されるべきものではありません。しかし、この右翼の騒音というのは、八十五デシベルを前後として我々が、あるいは労働者が、市民運動がやっている街頭宣伝活動に比べて非常に少ない回数でもあります。そうすると、日常的な監視の対象は、右翼というよりも八十五デシベル前後で政治活動や労働運動、市民運動をやっている者にその条例は向けられるのではないかという懸念が十分にあるわけであります。
 次に、弁護士会からも意見が寄せられているそうでありますが、やはり表現・言論の自由の侵害を懸念したものだろうと思われます。和歌山の権威ある法曹界からの意見です。どのように受けとめておられるか、明らかにしていただきたいと思います。
 以上で、私の第一問を終わります。
○議長(山本 一君) ただいまの鶴田至弘君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 鶴田議員にお答え申し上げます。
 米軍機の低空飛行訓練について知事としていかに処するかということでございます。
 過去二度にわたり、奈良県において米軍機による事故が起こっておりまして、県内における米軍機による低空飛行が県民に不安と不測の事態発生の懸念を与えておることは、まことに遺憾に思っておるところでございます。このため、先月末に担当者を外務省に派遣し、事実確認の上、飛行中止を要請したところでございますけれども、県民の生命・財産を守るために、状況に応じ、危険性の高い本県での低空飛行の中止をなお一層強く申し入れてまいりたいと思っております。
 県の対応等につきましては、総務部長から答弁いたします。
○議長(山本 一君) 総務部長山中昭栄君。
 〔山中昭栄君、登壇〕
○総務部長(山中昭栄君) 米軍機の低空飛行訓練につきまして、補足をしてお答え申し上げます。
 昨年十月末に奈良県においてワイヤロープ切断事故が発生をし、知事名で低空飛行の中止の申し入れを行いました。外務省からは、調査結果が判明するまで同地域の飛行訓練を一時中止するという回答を得たところでありますが、ことしに入り、県内で二月五日から同月末までに延べ十一日間にわたって低空飛行が確認をされました。これに対して、二月末に知事の命を受けて担当者を外務省に派遣し、事実確認等を行ったところでございます。
 外務省では、二月に入っての県内での飛行は空母インディペンデンス及び岩国の海兵隊からの飛行で、通常の演習の一部である飛行を行っている、また昨年の事故に対する同地域での飛行訓練の一時中止については、当該地域とは十津川村を含む奈良県南部を指すという回答であったために、県内での飛行状況と県の地形、奈良県の事故現場との位置関係、事故に関連する同施設の県内での配置状況等を説明し、奈良県南部と同じく、本県での低空飛行の危険性を指摘し、また地域住民に不安と不測の事態発生の懸念を与えている現状を訴えて、その際、改めて米軍に対して低空飛行の中止について適切な措置をとるよう強く要請をしたところでございます。
 今後とも、粘り強く低空飛行中止の申し入れを行ってまいります。
○議長(山本 一君) 企画部長川端秀和君。
 〔川端秀和君、登壇〕
○企画部長(川端秀和君) 紀の川リバーサイドグリーンベルト構想についてお答えを申し上げます。
 国、県、和歌山市が一体となり、紀の川河川敷の不法占用の解決や民地の買収を進めながら、河口部から岩出橋までの約十六キロメートルの区間において、自然に優しい市民の憩いの場としての公園整備を紀の川リバーサイドグリーンベルト構想として推進してまいりたいと存じます。
 また、国において実施している低水護岸の建設に当たっては、アシなどの水生植物の群生地を残したわんどや親水護岸を整備するとともに、同構想では、野鳥公園、水生植物公園、バードウオッチング広場、野草公園など、生態系に配慮した、自然に満ちたふるさとの河川としての整備を図ることとなってございます。
 議員ご質問の意見の反映についてでございますが、国、県、和歌山市当局のみならず、各界各層の方々にも参加していただく場を設け、ご意見をいただきながら進めてまいりたいと考えてございます。
 次に、堤外民地の処理の仕方についてでございますが、現在、岩出から下流の約三百ヘクタールの河川敷のうち約六十ヘクタールの民地がございますが、大堰事業の進捗に合わせ、国、県、市が協調のもと、地権者の方々に対して十分説明を行い、ご理解をいただきながら進めてまいりたいと考えてございます。
 以上でございます。
○議長(山本 一君) 土木部長山田 功君。
 〔山田 功君、登壇〕
○土木部長(山田 功君) 紀の川リバーサイドグリーンベルト構想に関連する公共下水道の整備についてお答えを申し上げます。
 紀の川流域内における下水道事業は、橋本市、高野口町、九度山町、かつらぎ町を対象とした紀の川流域下水道伊都処理区、和歌山市が行っている公共下水道、貴志川町においては特定環境保全公共下水道を実施しております。また、那賀郡六町を対象とする下水道全体計画の策定を進めることといたしております。
 当面の目標といたしましては、平成三年度を初年度とする第七次下水道整備五カ年計画の期間内に紀の川流域下水道伊都処理区の一部供用開始と那賀処理区の事業着手に向けて努力をいたします。それとともに、和歌山市の公共下水道の促進について、引き続き指導をしてまいりたいと考えております。
 以上でございます。
○議長(山本 一君) 保健環境部長遠藤 明君。
 〔遠藤 明君、登壇〕
○保健環境部長(遠藤 明君) 紀の川リバーサイドグリーンベルト構想に関連して、紀の川の浄化についてお答え申し上げます。
 紀の川の水質は、ここ数年、環境基準とされているBOD二ミリグラム・パー・リッター前後で推移してございます。この水質汚濁の要因については、生活系の排水による汚濁負荷量が約七五%となっております。この削減には、下水道や農村集落排水処理施設、し尿と台所排水とを合わせて処理する合併処理浄化槽、そして家庭でできる台所排水等の生活排水対策があり、これまで啓発パンフレット等を作成し、環境月間等、機会をとらえて啓発に努めているところですが、平成四年度は合併処理浄化槽対策費一億六千八百三十六万六千円、生活排水対策費七百六十三万四千円を計上して取り組んでまいる予定でございます。
 以上でございます。
○議長(山本 一君) 警察本部長中長昌一君。
 〔中長昌一君、登壇〕
○警察本部長(中長昌一君) まず、暴力団対策新法に関する鶴田議員のご質問にお答え申し上げます。
 初めに、暴力団対策新法の施行に伴う県警察の決意と法施行に向けての体制について申し上げます。
 本年三月一日、いわゆる暴力団新法が施行されましたが、県警察としては、法を円滑に施行するため、昨年七月、暴力団対策法施行準備室を設置し、法施行に向けた諸対策を推進してきたところであります。
 また、法施行後における暴力団対策を強力に推進するため、去る三月一日付で、県警察の総力を結集した、総勢三百二十名体制の和歌山県警察暴力団取締特別対策本部を設置し、中でも特に寡占化の著しい山口組系団体の徹底検挙を図るため、各部門のベテラン捜査員による山口組特別捜査班を設置したところであります。
 県警察といたしましては、暴力団対策を最重点課題として、暴力団対策法の施行を機に暴力団を壊滅し、暴力団による被害から県民を守るため全力を挙げてまいる所存であります。
 次に、いわゆる暴力団の衣がえに関するご質問であります。
 山口組におきましては、傘下団体に対し、組事務所所在地において株式会社の設立登記をせよとの指示をしておりまして、本県においても数団体の例が見られているところであります。暴力団がいかにこのような工作を行っても、それは偽装工作にすぎず、暴力団としての実態が変わらない以上、その暴力団を指定することに何ら影響はないと考えております。
 なお、公共事業等からの暴力団の排除につきましては、昭和六十二年に県警察と県土木部との間で、県等の発注する建設工事から暴力団関係者を排除することについて合意して暴力団排除を進めているところでありますし、また各市町村との間でも同様の措置をとっているところであります。
 いわゆる暴追センターのご質問についてお答えをいたします。
 暴追センターの業務の中には、暴力団被害に係る相談業務などのように警察が現在行っているものも含まれていることはご指摘のとおりであり、このようなものについては、警察と暴追センターとの間において適切な機能分担を図りつつ対処してまいりたいと考えております。
 いずれにいたしましても、暴力団対策は、ひとり警察による活動のみで効果的に行い得るものではなく、民間における暴力追放運動が大きく県民を巻き込んだ形で行われることによって、初めて暴力団の排除が実現するものであります。
 この暴追センターは、このような県民総ぐるみの運動の中心となって活動することが期待されているものでありまして、非常に大きな意義と役割を持っているものと考えております。
 暴追センターの業務に関する責任の所在についてであります。
 この暴追センターはあくまでも民間の団体でありますので、第一次的には暴追センター自身がその責任を負うべきものであります。しかしながら、この暴追センターは、公益法人として、また暴力団対策法の規定による指定を受けた後は暴力団対策法上の指定法人として公安委員会の指導監督のもとにあるものですから、公安委員会はその限りにおいて暴追センターの活動について責任を負うこととなるものであります。
 次に、緊急事態の対応についてであります。
 暴追センターで行う業務と警察行政とは密接に関連する業務でありますから、警察は暴追センターで行う業務を全面的に支援し、また協力することといたしております。そのため、暴追センターとは常に緊密な連携を保ってまいりますので、例えば暴追センターに寄せられた相談の中に刑事事件に関するものがあれば、直ちに警察が通報を受け、これに対処することとなるのであります。
 暴追センターの基金に関するご質問であります。
 県民総ぐるみによる暴力団排除活動を展開するために、県及び市町村のほか、民間の各種暴排組織及び暴力団排除の趣旨にご賛同した方々の出捐により基金が構成されているものであります。
 なお、当然のことながら、暴追センターの活動はすべての暴力団による被害者、暴力団排除活動関係者等を対象として行われるものであって、ご懸念されるようなことは全くありません。
 次に、役員構成についてであります。
 役員構成につきましては、地域、職域における暴力団排除組織の関係者、関係行政機関の職員、暴力団排除の趣旨に賛同する方々によって構成されており、それぞれの方々の大所高所からする視点を初め、知識、経験が反映されることによって暴追センターの適切な運営が図られるものと考えております。
 暴追センターと暴力団との癒着が生じないかとのご懸念であります。
 暴追センターにおいて相談に当たる者については、弁護士、保護司、少年指導委員等で一定の資格を有する者を任命することとしておりますし、警察としても暴追センターと密接な連携をとってまいる所存でありますので、暴追センターの職員が暴力団の威嚇に屈したり、暴力団と癒着を生じたりすることはあり得ないと信じております。
 次に、拡声機による暴騒音の規制に関する条例についてのご質問にお答えを申し上げます。
 第一点目の、八十五デシベルの規制値等についてでございます。
 本条例は、拡声機による県民の日常生活を脅かすような暴力的な騒音から平穏を守るために制定をお願いしているものでございます。一方、拡声機は、言論・表現の身近で重要な手段として広く活用されているものでございますので、その重要性にかんがみ、選挙運動のように法律で規定のあるものや公共性、公益性の極めて高いもの、また盆踊りや運動会のように地域の慣習として行われており、住民も納得をしているものについては、たとえ規制の基準を超える場合があっても本条例の適用から除外することとしたものであります。したがいまして、適用除外としたものについては、常に本条例の規制値を超える音量が必要であるからということで適用除外としたものではございませんので、ご理解をいただきたいと思います。
 八十五デシベルという規制値につきましては、主観的判断の入る余地のない基準で、しかも県下のどの地域の住民にとっても受忍の限度を超える音量ということで、騒音規制法に基づく環境基準や日本産業衛生学会の騒音許容基準、さらにはILOの騒音限界値等を総合的に勘案をし、また他県の同条例をも考慮して決定したものでありまして、合理的な数値であると考えております。
 なお、本県の公害防止条例では、工業地域及び工業専用地域における規制の基準を七十五ホンと定めるなど、より厳しい基準となっております。
 第二点目でございますが、本条例が制定されれば拡声機の使用が警察の監視下に置かれることになるのではないかという点についてであります。
 本条例は、あくまでも県民の日常生活を脅かすような拡声機の使用について、必要な規制を行うことにより地域の平穏を保持し、もって公共の福祉の確保に資することを目的とするものであります。したがいまして、通常行われている政治活動、市民運動、労働運動等に伴う拡声機による街頭宣伝活動は、それが一般県民からの理解を得ている常識的な範囲である限り、本条例の規制の対象とするものではございません。
 また、本条例では、常識の範囲を超え、県民の日常生活を脅かすような拡声機の使用があった場合においても直ちに取り締まるというものではなく、科学的な機器によりその騒音を測定し、八十五デシベルを超えている場合に初めて警察官の停止命令が出されるわけでございます。そして、この停止命令を受けた場合、それに従って音量を八十五デシベル以下に下げれば、それで取り締まりを受けるということはありませんので、街頭宣伝活動を行っている者がみずから発している音の大きさを知らない間に摘発をされるということは決して起こり得ないわけでございます。
 第三点目、本条例の規制値では拡声機を使用した活動が自主的にできなくなるのではないかという点についてであります。
 本条例案の策定に当たりましては、和歌山市を初め県下七市から日常騒音が比較的高いと認められる場所三十三カ所をピックアップして、昼間の騒音状態を測定いたしました。その結果、議員ご指摘のとおり、最も交通量の多い場所の一つと言われている旧近鉄前交差点においても六十五ないし七十デシベルでございました。また、本県の平成三年版の「環境白書」においても同程度の騒音状態となっております。
 このような騒音状態のもとにおきましては、八十五デシベル以上の音量を出さなければ街頭宣伝活動ができないといったことはないと考えております。
 第四点目の、警察官の恣意的な運用がなされるのではないかというご質問でございます。
 表現の自由等、憲法に保障された基本的人権は最大限に尊重されるべきものであることは、申し上げるまでもないことでございます。本条例は、街頭宣伝活動そのものやその内容を規制するものではなく、県民の日常生活を脅かすような暴力的な騒音を規制するものでございます。したがいまして、通常行われている拡声機を使用した政治活動、市民運動、労働運動等の街頭宣伝活動が一般県民の理解を得ている常識的な範囲である限り、本条例の規制対象とするものではありませんし、それらの行為に干渉したり、常時監視下に置くといったようなことは毛頭考えておりません。
 このような考え方を明確にするためにも、第七条において、「この条例の適用に当たっては、表現の自由その他の国民の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない」と明示しているところであり、この条文を十分尊重し、慎重な運用に努めてまいりたいと考えております。
 第五点目、本条例の有効性についてのご質問であります。
 実際の現場において、ご指摘のような事態が生じることも十分予想されます。しかし、ご指摘の内容の本質は、条例の有効性といったものではなく、取り締まりの技術的な問題あるいは取り締まりの方法論であると考えております。
 そこで、このような場合においては、本条例第四条の停止命令、第五条の勧告、さらには第六条の立入調査を有機的に活用し、地域住民の皆様の平穏を速やかに回復するような取り締まりに努めてまいりたいと考えております。
 なお、本条例と同様の条例を制定している石川県等八県においては条例の効果的な運用を図り、暴騒音の抑止に大きな成果を上げていると聞いております。
 第六点目の、本条例の適用対象等についてでございます。
 本条例は、あくまでも県民の日常生活を脅かすような拡声機の使用を規制するものであり、また条例提案の契機となった理由などから、条例施行後の主たる対象も当然限られたものとなると考えられます。
 そこで、議員ご指摘の、通常行われている市民運動、労働運動、政治活動に伴う拡声機による街頭宣伝に対する本条例の適用についてでありますが、それが一般県民から理解を得ている常識的行為と考えられる限り、この条例の規制の対象と考えておりません。
 なお、従来から行われている労働運動、市民運動等に伴う拡声機の使用について、県民等からの苦情や取り締まり要望等は出てきておりませんので、これらは県民の日常生活を脅かすような暴力的な騒音を発するような拡声機の使用形態とはなっていなかったと理解をしております。
 第七点目の、弁護士会等からの意見についてどう考えるかということであります。
 ご指摘のような意見があることは私どもも十分承知をいたしておりますし、真摯に受けとめております。そのご意見の多くは、常識の範囲を超え、県民の日常生活を脅かすような暴力的な騒音に対する規制や取り締まりは必要であるとした上で、本条例の運用に当たって、表現の自由、その他の国民の権利を不当に侵害するおそれはないのかといったものであります。
 昨日、浜本議員にお答えいたしましたとおり、本条例の適用に当たっては、本条例の目的を踏まえ、また第七条の条文を尊重し、慎重な運用に配意してまいることを改めて明言し、ご懸念されるようなご心配はないことを明らかにしておきたいと思います。
 以上でございますが、本条例の制定にご理解賜りますよう、お願い申し上げます。
○議長(山本 一君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 33番鶴田至弘君。
○鶴田至弘君 再質問をさせていただきます。
 米軍機の問題です。
 遺憾の意を表明されるのは当然だと思いますけれども、私は、こういう事態に立ち至ったということに対して知事の怒りをきっちりと示していただかなければならんと思うんです。機会を見て要請をしていく、次また飛んだら言うよということでは、それこそイタチごっこであって、何ら効果的な措置にはならないかと思います。やはり間髪を入れず、知事の方から抗議の意思を込めて毅然として中止を求めるというふうにならなければならないのではないかと思いますが、その点、いま一度、知事のご意見を聞かせていただきたいと思います。
 次に、紀の川の問題です。
 行政と住民が心を一つにして自然を守っていこうという運動は、なかなか簡単なことではないと思うんです。粘り強さが求められます。一度このビラをまいたら、あるいはいろんな実験をしたからといって、後々そういう運動が起こって自覚的に川をきれいにしようという状態になるかというと、なかなかそうはならないと思います。そのためには、やはり持続的な啓発活動、住民と共同したいろいろな運動が必要だろうと思いますが、それには一定の金が要ります。
 ことし、いろんなものを含めて全県下で七百万円余りが提案されておるようですけれども、しかし、それでは実質的な仕事はできないというのが現実であろうかと思います。どのような事業が予定されているかとお聞きしても、住民運動を啓発し、これを持続的にやっていこうというような、運動に資するというようなところまで立ち至っていない、政策化されていないというのが現実であろうかと思います。非常に地味な仕事ですけれども、この運動がない限り、清流を取り戻し、自然をよみがえらせていくということにはならないかと思いますので、ひとつぜひとも力を入れて頑張っていただきたいと思います。
 拡声機の使用規制の問題について再質問いたします。
 日常生活を脅かすものを排除しようということでこの条例を提案されたのであるならば、なぜ八十五デシベルという低レベルにするのか、はっきりいたしません。右翼の騒音は、先ほども申し上げたように百をはるかに超えているところであります。今まで、日常的な政治運動、労働運動などでの拡声機使用の中では、八十五デシベルというのはしばしば出されていたと思いますけれども、それでも住民から苦情がなかったということは、その規制値が適切でないのではないかということを物語っていると思います。暴騒音という規定が非常にあいまいであります。
 弁護士会の意見の中にも、八十五デシベルという音量の合理性についての検証が十分でないということが出されているわけです。こういうことはもっともっと研究しなければならない課題だと思うんです。そういう点で、弁護士会の要請を真摯に受けとめるというのであれば、こういう問題をもう少し幅広く検討するという機会を持つのが当然ではないかと思うわけですが、いかがか、お尋ねをしたいと思います。
 それから一番大きな問題は、従来の運動には適用しないということを本部長は再三申しておられましたけれども、そういうことはこの条文の中にはないわけです。適用除外の中に適切な表現でもあれば別ですけれども、そういうこともないわけです。そこに、警察官の恣意的な判断によらざるを得ないという問題が起こってくると思うわけです。こういう点は明確にしておかない限り、従来の運動にはそういうものは規制の対象としないということが薄れていきます。明文化されていない限り、わからないわけです。現在の中長本部長のときはよかったけれども、本部長がかわったら、これはまた変わってしまったということになりかねません。そういう保証はどこにあるのかというと、実際にないわけです。したがって、こういう点では、この条例案はそのまま認めるわけにはいかないと思います。
 それから、表現の自由を侵さないというようなことですけれども、ある程度の音量が規制されることによってそこで拡声機宣伝ができないということになれば、表現の自由の侵害ということになります。八十五デシベルという規定がある限り、あるいはまた警察官の恣意的な判断による干渉が条例的には許される限り、そういうことは起こり得ると思います。そういう点での明確な回答がありません。それこそ本部長の恣意的な意見ではなかろうかというような感さえいたします。その点がこの条例に欠落していると思います。
 それから、これは基本的人権にかかわるものであり、かつ一つの地方に限らずに、全国的な課題でもあるわけです。例えば、和歌山では八十五、どこかへ行ったら六十、あるいは北海道へ行ったらまた違う値があると、そういうことだってあるわけです。したがって、これは地方自治体でこういうような規制を設けるという性格ではないと思うし、自治体になじまない行為ではないかと思うわけであります。
 以上、再質問をいたします。
○議長(山本 一君) 以上の再質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 鶴田議員にお答え申し上げます。
 米軍機の低空飛行でございますけれども、先ほど述べましたように、毅然たる態度で対処してまいります。
○議長(山本 一君) 警察本部長中長昌一君。
 〔中長昌一君、登壇〕
○警察本部長(中長昌一君) 鶴田議員の再質問にお答えを申し上げます。
 まず第一点は、八十五デシベルというのは低レベル過ぎるではないかということでございます。
 八十五デシベルにつきましては、県下のどこの地域の、どの住民にとっても受忍し得る限界値として設定したものであります。
 ご参考までに申し上げますと、ILOの騒音の限界値は、注意限界レベルとして八十五デシベル、聴力障害を生じるレベルとして九十デシベルということであります。さらに具体的な例を申し上げますと、七十デシベルを超えた場合には電話による会話が困難になり、八十デシベル以上では人は極めてうるさいと感じ、九十デシベルを超えた場合には自律神経や内分泌系に変化を与え、仕事におけるエラーが増大する等の身体的障害が出るということであります。
 こういうことを勘案して八十五デシベルという基準を決めたわけであります。したがいまして、この基準を変更する考えはございません。
 次に、適用除外の問題でございます。
 先ほどもお答えいたしましたとおり、本条例を提案するに至った主な動機は、さきの教育研究全国集会等における一部右翼団体の暴騒音を何とかできないかという県民の声が寄せられたことからであります。しかし、右翼による宣伝活動であれ、政治活動ということでありますので、ご指摘のような政治活動、市民運動等を除外するといったことになると、この条例運用の有効性という問題、もう一つは憲法の法のもとの平等という点においても問題がありますので、ご理解いただきたいと思います。
 三つ目は、第七条の規定があるけれども、依然として警察官による恣意的な取り締まりになるのではないかというご質問であります。
 本条例により規制される八十五デシベルという規制値は、主観的判断の入る余地のない基準として設定されたものであります。また、本条例を適用するに当たっても、暴力的な拡声機の使用があれば直ちに取り締まるというものではなく、科学的な機器により、条例の規定に従った方法により測定をして八十五デシベルを超えている場合に初めて警察官の停止命令が出されることになるわけであります。さらに、運用に当たっては第七条の趣旨にのっとって行うということを申し上げております。したがいまして、現場の警察官の恣意的な判断で運用するということはありません。
 最後に、このような問題は全国的な課題でもあるから地方自治体で規制を設けるというものにはなじまないのではないかというご質問であります。
 ご指摘のように、暴力的な騒音の規制を全国共通の法律で行うべきものであるという考え方もないわけではありません。しかし、平穏で静かな生活というものは、それぞれの地域住民がみずから守ろうと努力することによって保持されるものであると考えているところであります。したがいまして、全国画一的な法律によって一律に定めるよりは、地域住民が住民の意思として定める条例によって行われることの方が地域の実情と県民の要望に的確にこたえられるものであると考えております。
 以上でございます。
○議長(山本 一君) 答弁漏れはありませんか。──再々質問を許します。
 33番鶴田至弘君。
○鶴田至弘君 再々質問をいたします。
 先ほど、八十五デシベルの被害についてお話がありましたけれども、それは一定の持続する音を言っているわけであって、街頭宣伝等に出てくる音で、あるいは自動車等の瞬間的に出てくる音でそういう被害が出ているというような事態は決してありませんし、先ほど挙げられた例等についてもそういうことを前提にしているのではないと思いますので、本部長の答弁というのは、私に対する答えにはなっておりません。例えば和歌山駅の前で、自動車のクラクションの音によって肝臓を悪くしたというような話はいまだ聞いたことがないわけであります。
 次に、法のもとの平等とおっしゃいました。私は、それが問題だと言っているんですよ。右翼にだけ適用するのではなく、中道にも左翼にも、どこにでも使えるんだと、そういう問題でしょう。それが「法のもとの平等」なんですよ。だから我々だって、当然、法のもとに平等であるべきことを求めます。したがって、先ほどから言っているようなことでは、従来から行われていた八十五デシベルを超えるような運動にも適用されるのではないかと、そこを尋ねているんです。そこのところが明確でない。そういう問題です。
 それから、このような問題を地方自治で解決するのが妥当だと。いろんな見解があろうかと思いますけれども、基本的人権の問題が論議されているときにこういうことを一つの地方自治体の中でやられるというのは、まだまだ論議の余地のあるところではないかと思います。
 答弁は不要です。要望しておきます。
○議長(山本 一君) ただいまの発言は要望でありますので、以上で鶴田至弘君の質問が終了いたしました。
 これで、午前中の質疑及び一般質問を終わります。
○議長(山本 一君) この際、暫時休憩いたします。
 正午休憩
 ──────────────────
 午後一時五分再開
○副議長(平越孝哉君) 休憩前に引き続き、会議を開きます。
○副議長(平越孝哉君) 質疑及び一般質問を続行いたします。
 37番木下義夫君。
 〔木下義夫君、登壇〕(拍手)
○木下義夫君 通告した順番に従いまして、質問をいたします。
 まず初めに、南方熊楠先生と国の天然記念物である神島の保存についてであります。
 一八六七年四月十五日、和歌山市でお生まれになられ、幼少のときより天才の名をほしいままにして世界各国で菌類、地衣類を採集・研究し、その学識の深さは古今東西にわたり、碩学の名をほしいままにしたのであります。一九〇四年より田辺市に居を定めて粘菌類の研究に没頭、数千点に及ぶ彩色図を完成させ、一九二九年には昭和天皇陛下を神島にお迎えして、一九四一年に永眠されました。
 田辺市では、ふるさと創生交付金全額を投入し、民間の方々の多大のご協力を得て南方熊楠邸保存顕彰会及び実行委員会の皆さんとともに没後五十周年記念事業を計画し、平成三年十月二十日に南方熊楠翁没後五十周年記念式典を開催するに当たり、市民、県民の誇りとして南方先生の偉業をたたえ、南方熊楠賞を制定したのであります。先生の研究対象であった植物学的分野、民俗学的分野、及び南方熊楠先生自身のことについての研究に顕著な功績のあった学者、研究者を全世界より選考し、賞状及び副賞を贈るものであります。第一回人文の部の南方熊楠賞受賞者として、コロンビア大学教授で中世日本研究所所長のバーバラ・ルーシュさんが選ばれました。
 南方熊楠先生が、今、何ゆえに没後五十年にしてもてはやされているかについては諸説があろうかと思いますが、心の時代を迎えて地球環境の大切さを叫ばれ出したことと相まって、自然の大切さを五十年以上前から唱えていたからであろうかと思います。
 神島について少し述べますと、田辺湾に浮かぶ小さな島が神島と呼ばれて古くから土地の人たちにあがめられてきたのは、島を覆っている深い照葉樹林に神が住むと信じられたからであります。万葉の昔より、田辺の磯間浦から眺める神島は風光明媚な名勝の地だったのであります。神島の陸上生物が学問の対象になったのは江戸時代の本草学からであり、生態学の目で神島を見た最初の研究者は南方熊楠先生だったのであります。
 一九〇六年に神社合祀令が公布されましたが、南方先生は鎮守の森の生態系保護のため猛然と反対運動を始めました。神島明神も新庄村の大潟神社に合祀され、島にご神体がいなくなると森林の大きな樹木は新庄小学校の改築費用のために伐採して売られ出し、それを見た南方先生は、神島の森林がなくなると漁業に悪い影響が出ることや、古くから親しまれてきたハカマカズラの保護などを当時の新庄村の榎本宇三郎村長に訴えました。榎本宇三郎村長は熊楠先生の熱意に打たれて村議会を開き、大英断を持って伐採中止を決定したのであります。そして、保安林だけでは十分保護できないので県に天然記念物の申請をし、一九三〇年五月三十一日、指定されたのであります。
 一九二九年に天皇陛下が海路より南紀に行幸した際、神島に上陸をして生物を調査されました。そのとき、南方先生は軍艦の上でご進講しました。また、この機会に、当時の「大阪毎日新聞」に紀州田辺湾の生物を連載し、神島の生物を紹介したのであります。天皇陛下の行幸を記念して、翌年、南方先生の自詠自筆の「一枝もこころして吹け沖つ風 わが天皇のめでましし森ぞ」の歌碑が神島に建てられましたが、この機会に神島を国の天然記念物にすることを提唱し、その資料をつくるために全島の樹木調査をしたのであります。そして一九三五年、植物学の三好学博士、地質学の脇水鉄五郎博士が神島に渡って調査した結果、一九三五年十二月二十四日付で国の天然記念物に指定されました。
 南方先生は、「この島の草木を天然記念物に申請したのも、この島に何たる特異の珍草珍木ありとのことにあらず。この田辺湾地方の植物は、今や白浜あたりの急変で多く全滅し、また全滅に近づきつつある。しかるに、この島には一通り田辺湾地方の植物を保存してあるから、後日までも保存し続けて、昔、このあたり固有の植物は大抵こんなものであったと知らせたいからである」と、植物生態学から見た神島の重要性を説いているのであります。
 こうして神島は、一九一二年に魚つき保安林、一九三〇年に県指定の天然記念物、一九三五年に国指定天然記念物と、二十三年かけて段階的に法律で保護されるようになりましたが、これは南方先生の神島を愛する情熱とともに、陰で南方先生を支援した毛利清雅氏の協力のたまものであります。
 神島と南方先生の深い関係は、一九六二年、白浜に行幸された天皇陛下の詠んだ「雨にけふる神島を見て紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ」の御製に象徴されているのであります。
 以上、和歌山県の生んだ世界的学者である南方熊楠先生と神島について仮谷知事はどのように考えるか、お尋ねいたします。
 次に、神島の保存についてであります。
 神島における鳥類のふん害については平成二年十二月定例会で町田亘議員から質問があり、当時の高垣教育長は、「管理者である田辺市から、島の南東部の樹木が白くなっているとの報告を受けてございます。今後、田辺市と十分協議を行うとともに、それぞれ所管する関係部局とも連携を図りながら実態の把握等に努めてまいる」との答弁をしているのであります。その後、一年余りの経過で、南方熊楠先生が命をかけて守り育て、昭和天皇陛下のめでし日本の宝である神島は、今、知事のお手元へお渡ししている写真のような悲惨な状態になってきているのであります。そして、その原因である鵜によって関係者はうろうろさせられている今日であります。
 田辺市教育委員会も、カワウ研究の権威者である東京上野動物園の福田道雄先生を招聘していろいろ指導を受けたり、爆音器を設置したりして対策を立てているようですが、さしたる効果も上がらず、このまま放置するとふん害がますます深刻化して、数年にして神島は死の島になるのではないかと関係者は心配しているのであります。南方熊楠先生も、没後五十年にして記念行事は盛大にしてもらったが、命をかけて守り、天皇陛下にも称賛してもらった神島がこのような悲惨な運命をたどり、死の島と化していくのを大変残念に思っていることと存じます。抜本的な、今までに例のない対策を立てなければならないと思います。
 一九一二年に魚つき保安林、一九三〇年に県指定の天然記念物、一九三五年に国指定の天然記念物にされているので、この問題を解決するためには田辺市と国と密接な連絡をとり、本当に真剣に取り組むべきだと思います。
 そこで、お尋ねをいたします。
 一、田辺市の管理になっているが、その予算の裏づけはどのようになっているか。
 二、高垣教育長答弁後の対策の経過について。
 三、今後どのような対策を立てる計画か。
 四、ふん害によって表土がかたくなり、激しい雨になればその流出が心配されている。表土が流出されるとその島は全く死の島となり、もとの状態には戻らないので表土の流出防止対策を立てるべきだと思うが、いかがか。
 次に、昭和天皇陛下にはこの神島に非常な関心を持っていただいた関係で今上天皇陛下も関心を持っていただいているようなので、国に対し、特別な予算措置を伴った保護対策を講じて死の島とならないように要求すべきだと思うがいかがか、お尋ねいたします。
 次に、アルコール依存症者に対する福祉行政であります。
 社会活動が複雑化され、すべてのことがスピード化されるにつれて、我々に大きなストレスをもたらしてきております。そして、何らかのきっかけで、ストレス等から逃げるためにアルコールに依存するようになるのであります。
 アルコール依存症者とはどのような程度の人のことを言うかについて明確な定義はないようですが、その道の人に尋ねると、体質、性格、環境等によって異なるものの、男子は毎日三合以上十年間、女子は毎日三合以上七年間以上続けて飲酒をすればアルコール依存症者になると言われております。数年前までアルコール依存症者は四十歳代から五十歳代の方が多かったのでありますけれども、最近では二十歳代がふえ、特に婦人の方が増加傾向にあり、大変大きな社会問題となりつつあるのであります。
 アルコール依存症になり、大変な苦労と努力を重ねて立派に立ち直り、今、断酒会の会長としてアルコール依存症者の世話を一生懸命している私の友人がいます。その友人とある公立病院の精神科の先生に教えてもらい、現場の生の声を反映させながら質問をいたします。
 私自身も友人の依頼で断酒会の会合へ参加することがありますが、実際、酒害は我々の想像を超えたものであり、生活の崩壊があり、信用の失墜があり、涙を流しながらの体験談を聞くと、そのたびに、これは大変だ、断酒会の会員だけではなく行政も社会全体も一体となって健康福祉増進、社会の活性化、健全化、家庭生活の健全化のためにも大いに力を入れるべきだと思うわけであります。
 そこでお尋ねいたしますが、県下のアルコール依存症者の現状をどのように把握し、それに対してどのような対策をとっているか、知事、保健環境部長の答弁を求めます。
 次に、現在、県下に二つの断酒会があります。和歌山県断酒会友綱、紀南新生断酒会であります。この四月一日より県断酒会友綱がよりきめの細かい活動をし、より効果的なものにするために次の四つに分割されて、紀南新生断酒会を入れて和歌山県断酒連合会を結成するようであります。和歌山市断酒会友綱、紀北断酒会友綱、紀の国断酒会友綱、三熊野断酒会友綱の四つであります。
 先日、私の家にアルコール依存症者から、午後十時ごろより一時間余りの間に約二十回以上の電話がありました。家内が、主人が帰ってきたら電話するから待ってほしいと言うと、よし、わかったと言って電話を切るが、また二分もしないうちに、帰ってきたかと言って電話がかかるという状態でありました。帰ってから本人に電話をすると、断酒病院へ入院したいが相談に乗ってほしいと言うので、断酒会の会長さんのところと田辺市の福祉事務所へ手配して相談に乗ってもらいました。この本人は今まで何回も何回も入退院を繰り返して家庭生活も崩壊している状態でありますが、とにかく本人は一生懸命立ち直ろうと頑張っているのに長続きがしない。そのたびに入退院の世話をしているのが断酒会の役員さんたちであります。相談に乗れば、入院の手続、病院までの送り役や生活の心配等、大変なものです。その上、断酒会の役員さん等は、自分の本業を休んで、自己負担で仲間を病院まで連れていく。その時間的、経済的負担は大変なものです。しかし、断酒会の役員さんたちも、自分自身、酒害地獄から立ち直ってきたので、本当に自分のこと以上にお世話をやいてくれています。心から頭の下がる思いがするのであります。
 今、知事にお渡ししたのは断酒会結成記念大会のパンフレットであります。三重断酒新生会結成記念大会、高槻市断酒会結成記念大会、和歌山県紀南新生断酒会結成記念大会のものであります。見ていただくとわかりますが、三重断酒新生会のものは、三重県久居保健所のアルコール健康劇「おいらの人生酒なし…そして悔いなし」において西井次長さんを筆頭に職員の皆さんが熱演し、三重断酒新生会が協力をしているというものであります。また高槻市の場合は、主催は高槻市断酒会であり、高槻市が後援をしています。我が和歌山県は和歌山県紀南新生断酒会主催で、行政の後援もない状態であります。このことを当局はどのように考え、現在どのような支援活動をしているか、また今後の支援活動をどのようにするかについてお尋ねをいたします。
 次に、アルコール専門の医療体制の確立についてであります。
 アルコール依存症者本人及びその家族の悲惨さを考えるとき、アルコール害をこの世からなくして明るく健康的な地域社会、家庭生活をつくるためには、アルコール依存症の早期発見、早期治療が必要であります。そのためには、クリニック形式の診療所とその後の治療のための受け入れ病院、そしてそれらの連携をスムーズにいかすための専門家の養成がぜひ必要であると思います。和歌山県立医科大学附属病院または五稜病院を活用して早急にアルコール専門の医療体制の確立を図り、健康福祉和歌山の実現を目指すべきだと思いますので、仮谷知事の答弁を求めます。
 次に、精神保健相談員の増員についてであります。
 先日、田辺市で発行されている「紀州新報」において、県下で二人目の精神保健相談員が田辺保健所に着任したと大きく取り上げられていました。栗田直嗣君で、その管轄は田辺保健所と御坊保健所管内と、非常に広範囲にわたるものであります。健康対策課にも高橋桂一君がおられて岩出保健所と兼任で頑張ってくれており、その活躍ぶりには頭の下がる思いであります。
 和歌山県の精神障害者の在院日数が今でも全国一、二を競っています。長期入院患者の地域開放化治療、社会参加促進、まただんだん低年齢化してくるアルコール依存症者の早期発見、早期治療をするためにも、各保健所に少なくとも最低一人の精神保健相談員を早急に配置すべきであると提案し、当局の答弁を求めます。
 三番目は、県立南紀高等学校のあり方とその振興についてであります。
 この問題については、先日、浜本議員及び一部について富田議員から質問がありましたが、私は私の立場で質問をさせていただきたいと思います。
 定時制教育については昭和五十九年九月、南紀高校の専攻科については平成三年六月に質問させていただいております。紀南地方における看護婦の不足対策について、南紀高等学校の専攻科の定員増、推薦制の取り入れ、入学試験日の繰り上げについてお願いを申し上げましたところ、教育委員会の英断により今春より早速実施していただいてすばらしい効果を上げており、関係者の皆さんに大変喜ばれております。まず、心から御礼を申し上げたいと存じます。
 平成四年度から、定時制・通信制教育の活性化を図るとともに、教育内容、方法等の充実や履修形態の多様化、弾力化を図ることによって生徒一人一人が自己の興味、関心、能力、適性、進路希望及び生活形態等に応じて科目を自主的に選択し、意欲的に学習できるようにする、また生涯学習の推進にふさわしい、地域に開かれた豊かな教育の機会を提供するために紀の川高校、青陵高校、南紀高校に単位制高校教育を実施することとしているのであります。このことは大変よいことだと思いますが、そのために、定時制である単位制の普通科、全日制の衛生看護科、専攻科と、南紀高校の性格というか組織というか、非常に複雑になってきて円滑な学校運営ができかねるのではないかと懸念されております。
 そこで、以下、二つの観点から質問をさせていただきたいと思います。
 まず、単位制の教育についてであります。普通科定時制課程定員三十名となっておりますが、単位制の教育については、生涯学習の推進ということを含めて生徒一人一人の生活形態に応じた授業をしなければ本当に効果的な教育はできません。定時制だけでなく、昼間部課程、通信制課程を併設しなければ、仏つくって魂入れずになります。そこで、紀南地方の定時制教育、生涯学習推進のために、ぜひ単位制の昼間部課程、通信制課程を南紀高校に設置すべきであると思うが、西川教育長の答弁を求めます。
 次に、南紀高校を職業専門高校として分離・独立さすことを提案いたします。
 看護婦不足が叫ばれて久しく、ますます深刻化しております。平成四年度において、紀南地方に看護婦養成所を設置するための調査費百万円が計上されています。高齢化社会が進む中で、ますます看護婦の増員が必要になってきますが、一方、看護婦になろうとする若年層が少なくなってくるので、全国からでも希望者を募集できるような看護婦養成機関が必要になってくる。また、社会が複雑化されるにつれて、種々な技術者、技能者の養成も必要になってきます。例えば、歯科衛生士、臨床検査技師、理学療法士、作業療法士などであります。
 歯科医師会の先生方に教えてもらいましたが、「八〇二〇運動」というものがあるそうです。これは、高齢化が進む中で、八十歳のときに自分の健康な歯が二十本あるようにするというものであります。二十八本のうち自分の歯を二十本保つには平素から歯の健康について注意しなければならない、歯が丈夫であれば身体の健康が保持されるので、そのためにも歯科衛生士の養成が必要になってくる、将来的には保健所へ歯科衛生士を一人は置くべきであると言われておりました。
 以上のことから、南紀高校を職業学校として分離・独立させて、看護婦不足対策、健康対策、職業対策を実施すべきであると存じますので、西川教育長の答弁を求めます。
 最後に、テクノスーパーライナーの開発状況と県の取り組みについてであります。
 先般、議会運営委員会で石川県へ視察に行った際、「北陸新聞」に、石川県の平成四年度の新予算でテクノスーパーライナーの母港の指定を受けるため費用計上されているのが大きく報道されていました。我が和歌山県はどうかと思って平成四年度の予算を見ると、海の交通網整備の新規予算としてインターナショナル・コンプレックス・トランスポーテーション(国際複合輸送)拠点整備推進調査費一千万円が計上されているのであります。時宜を得た、大変よいものであると思います。
 二十一世紀に向けて世界の経済社会が活力ある発展をするためには物流体系の飛躍的な進展が望まれ、高速化すなわち輸送時間の短縮化が強く求められています。テクノスーパーライナーは、従来の船舶の限界を超えた性能に挑戦しようとするものであります。そのために民間の技術力を統合し、研究開発を総合的かつ効率的に推進して一段と飛躍した新形式超高速船のテクノロジーの開発を目指すため、運輸省の指導により、鉱工業技術研究組合法に基づいて平成元年七月にテクノスーパーライナー技術研究組合を設立しました。世界的に高いポテンシャルを誇る我が国の造船技術を結集し、平成五年度までに新形式超高速船の基礎的な技術開発と試験を行い、設計技術を確立することを目的としているのであります。
 和歌山県は紀伊半島に位置し、昔から海の交通拠点でありましたが、関西国際空港の平成六年夏の開港を間近に迎え、ますます国際化されていく中で海の活用もますます重要になってきます。そこで、現在のテクノスーパーライナーの開発状況と県の取り組みの現状について、仮谷知事及び企画部長の答弁を求めます。
 以上で、第一回目の質問を終わります。ご清聴ありがとうございました。
○副議長(平越孝哉君) ただいまの木下義夫君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 木下義夫議員にお答え申し上げます。
 神島の保存の問題についてでございます。
 お話のように、南方熊楠氏は本県を代表する世界的な偉人でございますし、また先生と神島との関係については、ただいまご説明いただいたように非常に深い仲であり、関係があるわけでございます。
 現在、この神島が鳥のふん害で非常に困っているという状況については私も新聞等で拝見させていただいており、被害が出ていることに対して心を痛めているところでございます。
 今後の保存につきましては、鳥獣保護、自然保護、環境保全等の面からも十分研究しながら、所有者である田辺市とも十分協議するとともに、国と連携を密にして積極的に対処してまいりたいと存じているところでございます。
 それから、アルコール依存症者に対する現状把握と対策、また専門医療体制の確立でございます。
 最近の飲酒人口の増加、また消費量の増大に伴って、お話ございましたようなアルコール関連疾患やアルコール依存症等の健康障害が増加しているということを私も知っております。現在、保健所において、断酒会の協力を得ながら相談を実施しており、今後とも相談指導の充実に努めてまいりたいと思っております。
 私も、昨年、断酒会の皆さんと懇談させていただき、いろいろな事情も承らせていただきました。また、現在、由良町において断酒道場があり、そうした皆さんの訓練をやっておられますけれども、専門医療体制の確立の問題については、五稜病院の中に運営検討委員会があり、この中で課題の一つとして取り組んで検討してまいりたいと思っております。
 テクノスーパーライナーの開発の件でございます。
 テクノスーパーライナーは次代の海上物流に大きな役割が期待される超高速の貨物船であり、お話ございましたように、現在、運輸省において研究開発がされつつあるわけでございます。県としましても、海洋に面しているという本県の特質を生かし、関西国際空港、白浜空港、また第二国土軸とか高速道路等の連係をなお一層密にするために今後とも積極的に取り組んでまいりたいと思っているところでございます。
○副議長(平越孝哉君) 保健環境部長遠藤 明君。
 〔遠藤 明君、登壇〕
○保健環境部長(遠藤 明君) アルコール依存症者に対する福祉行政についてのご質問にお答えを申し上げます。
 アルコール依存症者の現状把握とその対策についてでございますが、近年の経済成長に伴う国民所得の増加や都市化による人口集中、核家族化等の生活様式の変化によって飲酒人口が増加してきており、アルコール関連疾患やアルコール依存症等、アルコール飲料に起因する健康障害も増加してきております。さらには家庭の崩壊や労働上の障害等が社会問題として顕在化しており、特に最近では未成年者飲酒、飲酒による胎児への悪影響、キッチンドリンカー、高齢者のアルコール依存問題等が新たな問題となってきてございます。
 現在、各保健所において酒害相談を実施し、日常相談、電話相談、家庭への巡回相談等を実施しているところでございますが、今後さらにこれらを充実させ、早期に適切な処遇を行うとともに、適正飲酒の普及啓発に努めてまいりたいと考えております。
 次に、断酒会活動に対する評価と支援活動についてでございますが、断酒会は、アルコール依存症者にとって相互支援による再発を防止するための地域における中心的な機関として、その活動を高く評価しているところであります。
 また、断酒会への支援状況についてでございますが、集団療法の基本として行っている断酒例会、酒害対策講習会等に対して一部補助を行っておりますが、今後の活動支援についても検討してまいりたいと考えてございます。
 次に、精神保健相談員の増員についてでございますが、現在、二名が配置されており、近くもう一名を配置する予定でございます。
 今後、アルコール問題を含め、精神保健活動をより積極的に推進するためにも、議員ご提案の趣旨を踏まえ、指導体制の強化を図ってまいりたいと考えております。
 以上でございます。
○副議長(平越孝哉君) 企画部長川端秀和君。
 〔川端秀和君、登壇〕
○企画部長(川端秀和君) テクノスーパーライナーの開発状況についてお答えを申し上げます。
 テクノスーパーライナーは、速力五十ノット、時速に直すと約九十キロ、貨物積載量千トン以上の性能を持つ新形式の超高速貨物船でございまして、これが実現されると、日本国内はもとより、東南アジア方面を含めた海上物流に大きな変革をもたらすものと言われております。
 現在、運輸省におきまして、二十一世紀に向け、労働力不足、交通渋滞等に対応するため海上貨物輸送への転換が検討されておりまして、テクノスーパーライナーについても、平成元年度から高度船舶技術研究開発の一環として調査研究開発が進められているところでございます。来年度からは実験船の建造が開始されるとともに、テクノスーパーライナーを活用するための輸送システムの研究にも着手すると聞いております。
 テクノスーパーライナーの実現にはまだまだ多くの課題があると考えますが、外洋に面する港湾を有するという本県の優位性や京阪神、関西国際空港等への近接性などの利点を活用して本県のさらなる活性化を図るため、このテクノスーパーライナーの取り組みについて積極的に対応してまいりたいと考えてございます。
 このため、新年度にはテクノスーパーライナーの導入可能性、さらには複合輸送拠点整備のあり方等について調査を進めるとともに、早い時期にその推進に向けてのシンポジウム等を開催いたしたいと考えてございます。
 以上でございます。
○副議長(平越孝哉君) 教育長西川時千代君。
 〔西川時千代君、登壇〕
○教育長(西川時千代君) 二点についてお答えいたします。
 世界的な博物学者である南方熊楠翁の貢献によって国の天然記念物に指定されている神島は、近年、飛来する鳥類の多量のふんによって樹木、土壌、陸生貝類などに被害が及んでございます。
 県教育委員会といたしましては、平成三年一月に管理者である田辺市とともに現地調査を行い、被害の防止と植物の保全について協議を重ねてきたところであります。その対策としては、田辺市の経常経費により、平成三年四月に養殖場にトリペラを四基設置し、次いで同年十一月には自動爆音器を設置するなど、鳥類の飛来防止に努めているところでございます。また、文化庁に依頼し、去る二月二十三日に専門家による現地調査を行い、野鳥の嫌う吹き流しや超音波発振器などの設置について具体的な方法を考えているところであります。
 次に表土の流失防止策でございますが、平木による矢板を打ち込み、下草の自生を促すなどの方策を考慮しているところであります。また、飛んでくる野鳥の数やその種類、ふんの量の測定、土壌、植物の被害の程度などの調査を定期的に実施し、野鳥の飛来防止と島の植物の保護再生策など、その対策について検討することにしております。
 県教育委員会といたしましては、文化庁の指導のもとに田辺市教育委員会及び県の関係部局と協議を行いながら、神島の保全について引き続いて取り組んでまいりたいと存じます。また、国に対しては、神島の保全対策の実施の段階でその助成等について働きかけてまいりたいと考えます。
 次に単位制高校の件につきましては、定時制・通信制教育を一層活性化するとともに、生徒の特性に応じた教育が推進できること、さらに生涯学習の観点を取り入れて地域に開かれた豊かな教育の機会を提供することを目的としたものであります。
 本県におきましては、地理的条件を勘案して、平成四年度から県下に三校を設置することに決定いたしました。紀南地方においては、定時制教育の中心校として大きな役割を担ってきた南紀高校に単位制を導入したところであります。
 南紀高校につきましては、単位制の趣旨を生かす観点から、社会人を対象とした特別講座を開講するとともに、新たに通信制の陵雲高校の協力校に指定し、南紀高校においても通信制の授業がとれるよう措置したところでございます。
 今後、同校に単位制の昼間部及び通信制の課程が設置できるかどうかにつきましては、中学校卒業生徒数の推移や紀南地方の生徒の志望状況などを勘案しながら、社会人を対象としたパソコンや英会話等の特別講座の充実をも含め、さらに鋭意研究してまいりたいと考えてございます。
 県下の、特に紀南地方における看護婦不足に対応するため、看護婦の養成が切望されております。こうした状況を踏まえ、平成四年度の専攻科の募集定員については、現行の三十人を四十人に増員するとともに、新たに推薦入学制度の導入を図ったところであります。
 南紀高校の衛生看護科、専攻科を分離・独立させる件につきましては、県下の看護婦不足等の状況や南紀高校の実態を勘案するとともに、看護及び医療技術に係る教育の充実という観点を踏まえ、全県的な視野から関係部局とともに総合的に研究してまいりたいと考えてございます。
 以上でございます。
○副議長(平越孝哉君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 37番木下義夫君。
○木下義夫君 ただいま答弁をいただきました。
 一点目の神島の保存についてであります。
 一歩進んだ答弁をいただきましたが、今も申しましたように、南方熊楠先生が命をかけて保護し、昭和天皇陛下に愛された神島を本当に健全な状態で保存するためには今までと違った発想の転換が必要であろうと思いますので、ぜひここで発想の転換を図っていただいて、後世にすばらしい神島を引き継いでいただくよう要望いたします。
 次に、アルコール依存症者の福祉についてであります。
 今も非常に配慮した答弁をいただきましたが、いま一段温かい配慮をお願いいたしたいし、また、今、断酒会の役員さんが自己負担で会員を病院へ連れていったりしていることについても配慮願いたいと思います。
 知事から答弁がありましたが、今後、五稜病院にアルコール専門病棟の設置を同病院運営検討委員会で検討するということでございますが、早急に真剣に取り組んでいただき、一日も早く実現していただけるようにお願いを申し上げます。
 また、精神保健相談員の役割は大変でありますので、早く各保健所に配置されるようお願いをいたしたいと思います。
 南紀高校の充実についてでありますが、一段の配慮をお願いして、単位制教育と職業高校の充実を図られるよう要望いたします。
 テクノスーパーライナーについては、知事、企画部長の答弁を了といたしますので、和歌山県発展のために大いに取り組んでいただくことを要望して、私の質問を終わらせていただきます。
 ありがとうございました。
○副議長(平越孝哉君) ただいまの発言は要望でありますので、以上で木下義夫君の質問が終了いたしました。
○副議長(平越孝哉君) 質疑及び一般質問を続行いたします。
 30番中村利男君。
 〔中村利男君、登壇〕(拍手)
○中村利男君 お疲れのこととは存じますが、しばらくご辛抱願います。
 私は、ちょうど一年前の二月定例議会において、本議場を通じ、明治三十五年十二月、勝浦沖で起こったサンマ漁船の遭難事故は、単に勝浦漁民だけの遭難ではなく、出漁者七百四十九名中行方不明者が二百二十九名、その内訳は新宮・東牟婁地方で百四名、田辺・西牟婁地方で百十名、日高地方で十五名という大きな遭難事故であり、また地域も紀南地方全域に及んでいただけに、そしてその当時の県の対応が必ずしも適切ではなかったように思われたので、県としても何らかの対応をされてはいかがなものかとお願いをいたしましたところ、昨年十二月、勝浦漁協と田辺漁協が主催してそれぞれ百年忌の法要を営み、県としても知事の弔辞をささげる等、適切な対応をしてくださったことに対し、心から感謝を申し上げます。
 紀州の漁民にとって大きな遭難コースは二つあります。その一つは、黒潮に乗って房総半島方面へ流されるコースであります。これは、千葉県に白浜あるいはまた勝浦という地名があるように、古くから交流もあり、助かる率も比較的高いのでありますが、八丈島方面へ流されるコースは非常に危険であって、八丈島及びその周辺の島々に漂着できなければハワイ行きであり、即、絶望ということでございます。したがって、紀州の漁民にとって八丈島は生死を分ける最後の島となるわけでございます。
 その八丈島及び周辺の島々に、今を去る百年前、紀州の漁民二百二十九名が漂着いたしました。飢えと寒さのため半死半生の状態であった紀州の漁民に対し、浜辺では火をたいて暖をとらせていただき、またわんに盛られたおかゆをすすって初めて生きた心地になったようであります。そしてその後、約一カ月間にわたって八丈島の皆さんから貴重な衣類や食料等を与えられるという献身的な救援活動を受けた後、迎えに来た軍艦に乗って無事紀州に帰ってきたのでありますが、あれからちょうど百年に当たる昨年十二月、勝浦と田辺の各漁協が主催して百年忌の法要を行うとともに、その当時大変お世話になった八丈町に対し感謝の誠をささげるべく、勝浦漁協と田辺漁協が中心となり、田辺市と那智勝浦町が協賛をして、去る二月二十三日、二十四日の二日間、八丈町を表敬訪問いたしました。私も、この遭難事故に関して善処方を提案した一人として、仮谷知事から奥山八丈町長にあてたメッセージをお預かりして訪問団一行に参加いたしてまいりました。
 八丈島は今も大変人情豊かなところであり、町長さん初め大勢の方々から大変な歓迎を受けたわけでありますが、中でも、我々一行が訪問するということで菩提寺の住職さんが当時の遭難状況を和讃に読んでいただき、遭難者の法要を営むに当たって、あらかじめその和讃を檀家の皆様方がリハーサルまでしてくださったということを伺い、我々一行はその人情の厚さに胸を打たれ、感謝を申し上げるとともに今後の交流をお願いして帰ってまいりました。
 八丈島へ行く途中、マグロ船の船主さんから聞いた話でございますが──その船主さんというのは今はおかに上がっていますけれども、その当時、船主船長と言って自分の小さな船で船長をやっていたので非常に海に詳しい方です──近海マグロでは、まず潮岬沖ではえ縄を行い、それを船へ取り込んで、潮に流されているのでまた潮岬を向いてかなり上るといったことを三回繰り返すと八丈島が見えてくるそうでございます。私は、この話を聞いて、紀州と八丈島は一衣帯水というのか、黒潮を川に例えるならば紀州が川上であり八丈島が川下なのかなという感じも受けたわけでございます。今は船も大きくなっているし、また機械器具等も大変精密にできているのでめったに遭難事故等は起こりませんが、相手が海であるので、またいついかなるときに八丈島にお世話にならないとも限らないと思うのでございます。そういう意味から、また紀州の漁民のためにも八丈島との交流を深めていただけたら大変ありがたいことだなと感じながら帰ってまいりました。
 申しおくれましたけれども、知事から託されたメッセージを確かにお届けいたしました。八丈町の奥山町長さんには大変喜んでいただき、仮谷知事さんにくれぐれもよろしくとのことでございました。
 以上でございます。答弁を求めるようなものではございませんが、知事のご感想等あればお聞かせいただければ幸甚に存じます。
 次に、英国汽船ノルマントン号事件についてであります。
 去る三月五日、NHKの「歴史誕生」という番組──私は残念ながらよう見なかったのですが、この中でノルマントン号事件と神戸とを結びつけて放映していたようでございます。私は、このノルマントン号事件と和歌山県という観点から考えてみたいと思います。
 「東牟婁郡誌」によれば、概略、次のように書かれております。
 「明治十九年十月二十四日、英船『ノルマントン』号、熊野沖に沈没し、船長以下乗り組み外人二十六名は端艇(ボート)に乗じ、串本及び大島の両地に漂着し、倉皇として神戸に向かい出発せり。当時、交通不便にして通信の機関備わらず。したがって、離破の真相を知悉するあたわず。世人はただ外舶(外国船)の不幸を弔するのみにすぎざりしが、日を経て乗客のうち日本人二十三名は一人の助命せる者なく、ことごとく行方不明となりたるもの、事実あまねく知れ渡るに及び、世論はようやく動き始め、時の元老院議官たりし大鳥圭介、真っ先に書を飛ばして、『これ、ゆゆしき大事なり。一船の主管者たる船長、水夫が無事避難して乗客を放棄するがごときは、事理においてあるべからざることに属す。このこと、もし欧米各国にて起こりたらんには、世論はごうごうとしてあくまでも船長の責任を問わずんばやまざるべし。海事思想乏しき我が国民の冷淡さよ』と述べしかば、世論紛然として起こり、当時、我が国はいまだ欧米諸強国と対等の交際をなすあたわず。いわゆる治外法権のもとに屈辱し、ひそかに外人のばっこを憤慨するの折がらなりければ、今回の事件をもって外人横暴の結果なりとし、乗り組み日本人を船の下層に密閉し、鎖鑰を施し、ほしいままに甲板上に出ざらしめたるがため、この惨事を来せるものと言い、天下に檄して遺族の義援金を募るあり。あるは遺族にかわり、無報酬にて船長に賠償を訴うる弁護士あり。あるは新聞紙上に、あるは演説会に、英人の傲慢を攻撃する者、月余にわたりてなおやまず。まさに国際関係を起こさんとするの勢いとなれり。ここにおいて我が政府はまず沈没船を捜査し、場合によりてはこれを引き揚げ、日本人死体を実験せんものと同省参事官黒田綱彦を特派し、捜査に従事せしむ」。政府としてもこのままほうっておくわけにはいかないということで、沈没現場に潜水夫を入れて捜査に従事したのでありますが、水深が五十ひろ余りもあり、当時の潜水技術としては二十八ひろを限度としていたことと、潮の流れが急であったために、「これ以上、もはや捜査の方法なく、ようやく諸報告によりて勝浦港外一海里四分の一の一地点を沈没の場所と推定し」──この「推定し」でございますが、私、親子代々一本釣りをしている漁師さんから聞いた話では、その沈没しているところを彼らは「蒸気」と言っています。そして、船のへさきがどちらの方へ沈んでいると。聞いたところ、やっぱり五十四、五ひろあるということで、勝浦の沖どのくらいということが想像できます。そして、その当時は魚もよう食ったけれども、そのかわり、道具も大分底がかりしてとられたと。私、この原稿を書くに当たって、その船はまだそこにあるかと聞いたところ、まだあるが、もう大分砂に埋まってしまったということです。そして、今でもそこへ釣りに行っているということでした。この「推定」は、推定じゃなしにほぼその現場であり、現在もこのノルマントン号が沈んでおるところでございます。その「同地赤島温泉──今はホテル浦島です──の上、狼煙山に木標を建設し、黒田参事官の一行は後事を郡村吏に託し、同月二十五日午前六時、勝浦港を発して帰京せり」と、これが概略でございます。
 私は、最近このノルマントン号の沈没石碑を訪れたことがないので久しぶりに現場へ行ってまいりましたところ、周囲の木々はもう非常に大きくなっており、また草も生えていて、なかなか見つけにくかった、そんなような状態でございます。このままほうっておいたならば地元の人々たちからも忘れ去られてしまうんじゃないかなと、そんなような感じを受けて帰ってまいりました。
 今を去る約百年前、いわゆる不平等条約のため、ふんまんやる方なく亡くなられた二十三名の日本人の死をむだにしないためにも、そして、今でこそ経済大国だ、何だかんだと言っている日本国ではありますが、それまでは不平等条約を強いられ、治外法権を許していた一小国にすぎなかったということを再認識するとともに、紀州熊野沖で起こったノルマントン号事件がきっかけとなり、時の外務大臣陸奥宗光の尽力によって治外法権の撤廃を認めさせた日英通商条約の締結に成功したということの経緯を思うとき、日本国をして近代国家へと脱皮させていったその源が我が和歌山県ではなかったかと思うのでありますが、このノルマントン号事件を小・中・高等学校の教科書においてどのように取り扱われているのか、教育長にお尋ねをいたします。そして、取り扱われているとするならば、いわゆる一般的な取り扱いからさらに一歩踏み込んで、和歌山の歴史、郷土の歴史という視点に立って取り扱いをされてはいかがかと思うのでございますが、あわせてお答え願います。
 次に、熊野学研究センターの建設についてお伺いをいたします。
 「もう何度熊野を訪れたことであろう。憑かれたように熊野を訪れた院政時代の上皇・後白河上皇三十四回、後鳥羽上皇二十八回、鳥羽上皇二十一回にはいささか及ばないけれど、少なくとももう十数回は熊野を訪れたはずである。そして、訪れるたびごとに熊野は私に新鮮な感動を与えた。一体、この熊野の魅力の正体は何か。私は、他のどの土地にも用なくしてこれほどしばしば訪れたことはない。よほど深く熊野に魅せられているのであろう」──梅原猛先生の著書「日本の原郷 熊野」の一節でありますが、去る二月六日、熊野を語るフォーラムが、梅原猛先生を座長として、神坂次郎先生ほか多数の学識経験者のご出席をいただき、那智勝浦町で開催されました。県側からは、西口副知事初め市川知事公室長、川端企画部長ほか関係課長さん方も出席されまして、約三時間、幅広い視点から貴重な提言が行われ、我々新宮・東牟婁選出の議員も全員出席いたしました。せっかくのフォーラムですから真剣に傍聴をさせていただきました。
 傍聴させていただいてまず感じたことは、あれだけの豪華メンバーによるフォーラムがどうして那智勝浦町という遠隔の地で開催できたのかということであります。それは、何といっても昭和六十三年十月に行われた日本文化デザイン会議''88熊野のおかげであり、これを誘致するのに三年越しの地道な運動をされた仮谷知事のご努力のたまものであって、改めて敬意と感謝を申し上げます。
 そして仮谷知事は、日本文化デザイン会議の閉会に当たって、「まかれた種は大事に育てていきたい。熊野に文化の灯はともされた」と締めくくったのであります。
 せっかくともされた熊野文化の灯を育てていくために、熊野文化の真髄に触れることができる熊野文化コンタクトセンターのようなものをつくってはどうかということを本会議場を通じて提言させていただいたこともありましたが、去る二月六日の熊野を語るフォーラムにおいて一つの方向づけ、例えば熊野博物館のようなものが輪郭として浮かび上がってきたように思います。
 今、全国で「熊野」と名のついている神社やお寺が三千三百六社もあるそうです。どうしてこのように熊野三山の分霊が全国で三千三百余も祭られるようになったのだろうか。それはただ熊野信仰ということだけでは説明し切れない、すなわち先人たちの知恵と努力、例えば熊野比丘あるいは熊野比丘尼という説教師が熊野曼荼羅──今で言うパンフレットのようなものです──を持って全国に布教宣伝に回ったり、また先達──添乗員のようなものだと思います──を使って熊野もうでの人々にいろいろと利便を図ったという宣伝上手であったり、また歓迎上手でもあったということも大きな原因ではなかったかと思います。そして、既に七、八百年も昔の平安時代に、我々の先人たちが全国各地に熊野という名前と、そして何らかのつながりを三千三百余りも残してくれておるのであります。
 熊野学研究センターの建設を考えるとき、学問としての熊野、すなわち理念、思想といった哲学的分野もさることながら、先人たちがいわば絵説きのようにして使った熊野曼荼羅の手法も大いに生かされてしかるべきであると思いますが、県としてどのような熊野学研究センターをデザインされようとしているのか、お伺いをいたします。
 これは、知事にというよりも、そこへ出席しておられた副知事さんがそのときの空気などを一番よく知っておるんじゃないかと思いますので、今回は特に副知事さんからご答弁をお願いしたいと思います。
 以上で、私の質問を終わります。ご清聴、どうもありがとうございました。
○副議長(平越孝哉君) ただいまの中村利男君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 中村利男議員に感想を述べさせていただきます。
 まず最初に、サンマ船遭難の百周年に当たり、地元の漁協や市町、また中村議員にもご出席を賜って慰霊祭を開催していただきましたこと、心から厚く御礼を申し上げる次第でございます。
 また、八丈島につきましては、事故の際はもとより、今回の訪問に際しても皆さんから心温まるもてなしを受けたということで、本当に感謝にたえないところでございます。
 現在でも八丈島周辺に和歌山県の漁船は出漁しております。そうした関係もありますので、そうした恩顧に感謝しながら、お互いの友愛・交流をなお一層深めてまいりたいと思っております。
○副議長(平越孝哉君) 副知事西口 勇君。
 〔西口 勇君、登壇〕
○副知事(西口 勇君) 熊野学研究センターに関するご質問でございますけれども、まず現在までの経過について簡単にご説明したいと思います。
 昨年策定・公表した第二次中期実施計画におきまして、紀南地方の活性化の一つとして盛り込んだのが、仮称でございますが、熊野学研究センター構想でございます。これを受けて、昨年から庁内のワーキング会議などにより、熊野の歴史、意義、さらに熊野学研究センターのイメージ構想の検討を行ってきたところでございます。
 また、ご案内のとおり、専門的な分野からご提言、ご意見をいただくために、日本文化研究センター所長の梅原猛先生を初め、熊野の歴史・文化についてご造詣の深い先生方にお集まりをいただき、熊野を語るフォーラムを開催したところでございます。
 中村議員を初め、新宮・東牟婁選出の県議会の先生方全員にご参会をいただいたので当日の模様はご承知いただいていると思いますけれども、講師の各先生方からは、それぞれ熊野への熱い思いが語られたところでございます。熊野を研究し、熊野を知ってもらい、さらには熊野から発信する何らかの施設が必要であるという賛成の意見も出されております。
 当センターの構想につきましては、まだ具体的に、これだといったものはありませんけれども、梅原先生からは博物館構想などのご意見もございました。今後、お説のような、単なる学説的な調査研究機能のみならず、熊野を訪れる人々のために、ここに来れば熊野全体のことがおおむねわかってもらえるような展示機能あるいは情報機能などを備え、また、お話の熊野曼荼羅の手法などにも倣いまして、観光面にも活用できるようなものが適当ではないかと考えております。
 今後、さらに当センターの内容について検討を重ねるとともに、設置場所、建設主体、運営組織などについても研究をいたしたいと思います。
 熊野は、私たち県民が誇る貴重な文化でありますし、日本の原郷でもございます。そういった意味で、このセンター構想については、今後、県議会の先生方あるいは地元の市町村のご協力を得ながら、実現に向けて努力を続けたいと考えております。
 以上であります。
○副議長(平越孝哉君) 教育長西川時千代君。
 〔西川時千代君、登壇〕
○教育長(西川時千代君) 子供たちが歴史に対する興味や関心を持ち、主体的に学習を進めることが求められている今日、身近な地域の歴史に関心を持たせながら各時代の特色や移り変わりを理解させることは大切なことであります。
 議員ご指摘のとおり、ノルマントン号事件はイギリスの貨物船の海難事故に伴う出来事であり、当時、このことがきっかけとなって幕末に結んだ不平等条約に対する反対運動が広まり、その後、本県出身の陸奥宗光外務大臣の尽力によって条約の改正に成功したという経緯がございます。
 このように、ノルマントン号事件は我が国の近代における極めて大きな意味を持つ歴史的事象であり、小・中・高等学校を通じ、不平等条約下の日本、条約改正の努力等々とかかわって、多くの教科書がこの事件を取り扱っております。
 新しい学習指導要領では具体的な活動や体験が一層重視されているところであり、県教育委員会としては、歴史的な内容に関する学習において身近な地域の遺跡や文化財等を観察したり調査したりする活動を取り入れることを大切にしてまいりたいと考えます。
 今後とも、より地域に根差した社会科学習やふるさと教育等を積極的に推し進め、児童生徒が郷土和歌山の歴史に目を向け、これを誇りにすることができるよう、議員ご指摘の事柄も十分踏まえながら指導してまいりたいと考えてございます。
 以上でございます。
○副議長(平越孝哉君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○副議長(平越孝哉君) 以上で、中村利男君の質問が終了いたしました。
 これで、本日の質疑及び一般質問を終わります。
○副議長(平越孝哉君) お諮りいたします。都合により、明十一日は休会といたしたいと存じますが、これにご異議ございませんか。
 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○副議長(平越孝哉君) ご異議なしと認めます。よって、明三月十一日は休会とすることに決定いたしました。
○副議長(平越孝哉君) 次会は三月十二日再開し、質疑及び一般質問を続行いたします。
○副議長(平越孝哉君) 本日は、これをもって散会いたします。
 午後二時二十二分散会

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