平成2年12月 和歌山県議会定例会会議録 第4号(町田 亘議員の質疑及び一般質問)


県議会の活動

 午前十時三分開議
○議長(岸本光造君) これより本日の会議を開きます。
○議長(岸本光造君) 日程第一、議案第百十号から議案第百二十号までを一括して議題とし、議案に対する質疑を行い、あわせて日程第二、一般質問を行います。
 3番町田 亘君。
 〔町田 亘君、登壇〕(拍手)
○町田 亘君 「10番町田義友君」と、五十四年に初当選してこの議場に入った初日、後ろにおられます、当時議事課の主幹であった山本局長に間違われました。その日から三期十一年余りの年月が流れました。来春、四度目の洗礼を受けるに当たり、感慨深いものがあり、初心を忘れずに、今後も県勢発展、県民福祉向上に頑張ってまいりたいと思います。
 最初に、第二国土軸構想についてお尋ねします。
 本構想の原型は昭和四十年の国連調査団のワイズマンレポートにあり、東京─大阪─広島─福岡と結ぶ第一次国土軸に対し、東京から伊勢湾口、紀伊半島に達し、紀淡海峡から四国、九州に至る西日本の新しい国土軸の実現を目指して、東京への一極集中から多極分散型国土形成に向けて同構想が提唱されたことから注目され、ことし六月、自民党国会議員による東海、南海、四国、九州国土軸建設議員連盟が結成されて促進への動きが高まっている中で、去る十月三十一日、第二国土軸構想促進協議会の設立総会が行われました。
 知事は、「第一軸に集積しているのは二次産業が中心だ。豊かな時代を支える第二軸はリゾート・アンド・リサーチがテーマになろう」と指摘され、また「和歌山の地で十七府県八経済団体という大きな協議会は全国的にも珍しい。歴史的な意味を持っている」と満足げに話されたそうであります。
 県勢浮揚のために紀淡海峡トンネル構想に取り組んできたが、七年目に入った今も、鉄建公団の地質調査の結果もまだ出ていないのであります。我が和歌山にとって、紀淡海峡も必要だが、東に向かって進めることが第一であります。この歴史的な一歩を起点として、早期実現に向けて努力することが肝要かと思います。
 そこでまず、第二国土軸協議会が今後この構想を進めるに際しどのような取り組みをされるのか、また、この構想が我が県に、特に紀南地域の発展につながるのか、知事にお伺いしたいと思います。
 和歌山県の過疎化は、特に紀南の過疎化はどうすればとまるのですか、何をすればよいのですか、これからも人口が減って老人ばかりになり、そして一つ一つの集落がなくなっていくのですか、どうすれば昔のようなふるさとに戻るのですか──各地の集会で必ず聞かれる言葉であります。そんなとき、知事、あなたならどうお答えになりますか。
 特に、私たちの住む紀南はどうしようもないのだろうか。知事初め県当局の皆さんも一生懸命頑張っていただいていることは認めます。よいカンフル剤はないものだろうか。県全体ももちろんですが、北高南低は今後も続くのだろうか。
 ことし行われた衆議院議員選挙で和歌山一区と二区を見ますと、一区は三市十町一村、二区は四市二十六町七村。面積からいくと、一区が約二一%、南の二区は七九%。面積では県全体の八〇%近くもあるのに、二区の有権者は三十三万一千人、四一%しかありません。一区は約二〇%の土地に四十七万八千人。すなわち、海草から南へ県土の八〇%もありながら、有権者は十四万七千人も少ないのであります。
 また、県教育委員会にお願いして、昭和二十五年からの生徒数の推移のデータを作成していただきました。戦後生まれの子供たちが多い昭和三十二年から三十三年をピークに、紀南における小・中学校の統廃合により学校数は少なくなり、生徒数の減少には目をみはるのであります。そしてまだまだ減少し、複式はもちろん、生徒が一人もいない学校ができるところもあります。
 参考までに、小学校──知事が卒業なさった和深小学校では、昭和三十二年は三百八人、現在は八十四人であります。すさみの江住は三百六十三人あったのが今は三十四人、すさみの佐本は二百六十二人あったのが現在では九人であります。中辺路町では、十三校で千三百十九人あったのが、今、小学校の数は三校になり、二百六十三人に減っています。大塔村しかり、十四校で千三十九人あったのが、現在は三校、百九十二人に減っております。
 紀南では、老齢人口が多いのではありません。若い人たち、すなわち小・中学校の生徒を持つ働き盛りの人たちがいなくなっているのであります。近畿のおまけと言われる和歌山。紀南はそのまたおまけと言えるのではないでしょうか。高速道路しかり、JRの複線化しかり、学ぶ大学も働くところもなし、寂しい限りであります。
 過疎防止に本当に決め手はないのだろうか。先般、企画部より平成二年国勢調査の中での人口増減の要因について、その資料を見せていただきました。減少の理由として、大手製鉄所の合理化、規模縮小、関連事業の人員削減に伴う県外への流出、旧国鉄・電信電話公社の民営化に伴う合理化で県全体の数字に大きく響くとは考えられません。そして、紀南では依然として若者が県外へと、まだまだ過疎化の傾向にあると言われます。
 今後の展望として橋本市、岩出町を中心に増加の傾向にあると言われますが、大阪、和歌山市のベッドタウンでしかないと思われるのであります。今後の展望として、六十年からの減少傾向に歯どめがかかり、まだ今回の国勢調査の結果にあらわれていないが、本県の人口動態は増加に転じると締めくくっているが、田辺・西牟婁地区での人口についての今後の見通しを企画部長からお示し願いたいと思います。
 今後どうすれば、何をすれば少しでも紀南の発展につながると思いますか。六十一年、知事が前回の選挙前に発行されたすばらしい本、「ふるさとに生きる」を拝読させていただきました。その中で知事は、こう書いておられます。
 「農山漁村から若者が都市部に出ていって、年寄りばかりが残ってしまう。そんな過疎化と高齢化が進んでいるのです。 高齢化そのものは決して悪いことではありません。長寿化という喜ぶべき意味も、もっています。しかし、人口のアンバランス化は、地域の共同体としての機能の喪失や、生産性の低下などの問題を生じる要因となる恐れがあります。 これをくいとめるには、やはりまず農林漁業を働きがいのある産業にしなくてはいけない」──まさに、そのとおりであります。
 各市町村長も必死であります。今こそ、将来の国土を守る意味からも、第一次産業をしっかりと見直さなければならないときに来ていると思うのであります。御所見をお伺いいたします。
 単にブームに浮かれてコンセプトも戦略もないままに踊り出したプロジェクトは、競争に敗れて消えていかねばならないのであります。私たちの住む紀南にも大小数々の計画がありますが、結果的に土地の値上がりだけが残るのではないかと心配するのであります。
 そこで、紀南にとって、否和歌山県にとって大きなプロジェクトである南紀白浜空港についてお尋ねいたします。
 このプロジェクトを核として、南紀地域においてフライト農業を初めとする農林水産業の振興、産業の活性化、観光の振興、さらには新規航路の開拓、またコミューター・ヘリコプター便の就航などが期待されるものであって、大いに夢のあるプロジェクトであります。この南紀新空港のジェット化の実現があってこそ、南紀の活性化、飛躍発展が望めるのであって、地元初め関係者の熱意と努力により計画が進められており、引き返すことのできない事業であります。
 このことから、県当局、白浜町初め広域市町村の皆さんが必死で平成六年四月開港を目指して努力され、先般、地元の皆さんの御理解を得て、ようやく道路及び河川のつけかえ工事が着手され、本格的な動きへの第一歩を踏み出したものと受けとめ、心から喜んでいる一人であります。
 しかしながら、現在五〇%近い未買収の用地や花木団地の移転、白浜町公共施設の三点セットなど、解決しなければならない課題がまだまだ山積しています。このたび工事着手という好材料が生まれてきたこのときに、この時期こそ、山積している課題解決への糸口として弾みをつけて一気に前進させるよう、今が重要な時期と考えられます。
 このためには、今まで以上、関係市町村と連携を密にしながらも、県関係部局が一体となった積極的な取り組みをお願いし要望するものでありますが、現状について、どのように展開しているのかお示しいただくとともに、空港関連予算の執行について土木部長にお尋ねいたします。空港と一次産業、空港と観光等、田辺・西牟婁地方の振興についても、関係部長から夢のある答弁をいただきたいと思います。
 次に、水産関係についてお尋ねいたします。
 新しい国際海洋秩序として二百海里時代を迎えた我が国の水産業にとって、沿岸漁業の重要性がますます増大する中で、栽培漁業を含めた資源管理型漁業並びに推進漁場の整備開発、養殖漁業の振興、水産利用加工業の振興等々、新しい時代に対応した技術の開発等を行うために試験研究の成果が大きく期待されるところであり、また近代的水産業を確立する必要があります。そのためには、研究内容の高度化、多様化に対処するため、研究施設の整備、組織機構の充実を図ることが我が和歌山県の水産業に課せられた大きな使命であります。
 そこで、まず我が県の水産試験研究機関について、意見を述べながら質問いたしたいと思います。
 本県の水産関係の試験研究機関として、水産試験場が串本町に、水産増殖試験場が田辺市に、内水面漁業センターが桃山町にと三場があり、漁業者への指導教育施設として漁民研修所が串本町に、また放流用種苗等の生産供給施設として栽培漁業センターが那智勝浦町に設置、運営されているのであります。
 水産試験場は明治三十五年に和歌山市に開設され、串本、和歌山、田辺、和歌山、田辺、串本と長い長い歴史を積み重ねながら、昭和四十二年に、増養殖部門は分場として田辺に残り、水産試験場のみ串本町に移転したのであります。また、四十八年に水産増殖試験場から内水面漁業センターがさらに分離して今日に至っているのであります。
 最初に驚いたのは、水産試験場、漁民研修所、栽培漁業センターの三施設ともすべて借地であります。水産和歌山県にふさわしい研究機関とは思われません。土地を出すから我が町に来てくれないか、無償で土地を提供してくれるなら行きましょう、と施設を建設してきたように思われてなりません。
 先般、世界的にも有名な近畿大学の原田先生にお会いする機会を得ました。独自に開発されたキスの大量養殖、マグロの養殖、マダイの養殖期間を天然物で三年かかるところを養殖で一年半に、養殖用チタン生けす網の実用化等々、すばらしい成果をおさめられています。外国からも、国内各地からも、毎日のように見学に勉強にやってきておられるそうであります。
 県の職員の方たちも一生懸命頑張っておられます。そして研究成果も十分上げられていることは認めます。しかし、もっと成果を発表するなど、研究者だけではなく、商売人にもなってPRすることも必要だと思います。お考えをお聞かせ願いたいと思います。
 昭和四十九年三月に県行政審議会が大橋前知事に行った行政組織の答申の中に、串本の水産試験場と田辺の水産増殖試験場の分散は総合的な試験研究を行う上で望ましくない、すなわち水試、増試の統合整備の勧告が出されています。
 本県の水産試験場や増試も、老朽化がひどく、手狭で、時代のニーズに対応できなくなっているのが現状であります。現在の五つの施設はすべて部門別に独立した機構であり、各機関が分散したのは経済的問題や政治的配慮もあろうが、すべての部門が統合するだけではなく、二十一世紀への和歌山型水産業を創造し、転機に立つ水産業に即応した技術の開発を目指して、バイオテクノロジーを初めとする新しい時代に適応した先端技術の開発、新たな利用加工技術の開発等、先導的な試験研究体制を確立する必要があると思うのであります。
 これからの施設は、ただ単に研究するだけの部門ではなく、小・中学校の生徒はもちろん、国内外から広く親しまれる、そして水産を知ってもらうために、ウオーターフロント公園での海との触れ合い、水族館での魚との語らい等、だれでも気軽に訪問できる、また百年の大計に立った夢のある水産総合センター的なものをつくるべきだと思いますが、知事のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
 平成元年に和歌山県水産試験研究整備計画検討委員会が設置され、積極的に検討されていると聞きますが、その内容と将来的展望についてお示し願いたいと思います。そして、平成三年度、政府に要望している多機能静穏域整備事業について、お考えをお示し願いたいと思います。
 最後に、田辺湾内の神島に群れる鳥類のふん公害についてどのように把握しているのか、そしてまた、先般、知事にすさみ町から陳情のあった水産専門学校についてのお考えがあればお聞かせ願いたいと思います。
 私の母校、熊野高等学校の物語を少しお聞きいただきたいと思います。
 熊校は、歴史の古い学校であります。その歴史を振り返ってみますと、大正五年、地元六カ村で組合立上富田実業学校として始まったのが最初であります。その目的は、農業を教え、富田川筋の農村地帯の農業後継者の育成がねらいでありました。その後、六カ村だけではなく、西牟婁郡内に県立学校として大正十二年、県立西牟婁農業学校として発足したのが県立高校としての始まりであります。
 そして大正十四年、熊野林業学校と改められたのであります。その林業学校は、林業教育への大きな期待を背負って、木曾、吉野とともに日本三林業学校として熊林が誕生したのであります。「熊野」と名づけられた由来は、当時の長谷川知事が、樹木の繁茂を意味し、日本的視野に立ったスケールの大きさをねらい、発展せよと願いを込めて名づけられたそうであります。
 地元の人々の温かい援助と職員、卒業生の血のにじむような努力によって、廃校という一大難局を切り抜けながらも、その後、熊林の名が全国に広がったのであります。
 昭和十五年、大陸に進路を求めて拓殖林業科が設置され、英語、中国語を学び、植民、拓殖林業などの専門学科が加えられたのであります。戦後の二十一年、県立熊野農林学校と改称し、拓殖林業科は廃止され、農業科、農産加工科、林業科、用材科の四学科を設置したのであります。そして昭和二十三年に交付された学校教育法により、現在の新制高等学校がスタートしたのであります。
 本当に古い、しかも輝かしい歴史を持ち、卒業生一万三千八百三十三人を出しているすばらしい母校であります。それとまた、すばらしい先輩も出ております。県会議員では、那須先生と同姓同名の元県会議員の那須秀雄先生、大江先生のお父さんの大江敏一先生、北条力先生、生駒敬三田辺市長、そして先輩の堀本先生、そして私、町田亘でございます。
 県関係では、企業局長であった葉糸さん、そして同じく企業局長であった松前さん、企画部長であった上地耕平さん、経済部長であった真砂多吉さん、総務部長で今田辺市長になっておられる生駒敬三さん、東京事務所長であった楠本秀一さん、交通部長だった杉本嘉寿雄さん、そして作家の宇江敏勝さん、ソウルオリンピックやり投げ選手の溝口選手、そして、今、人気絶頂の歌手・坂本冬美さん。
 このようにして、古い歴史の中に、その時代その時代の流れ、社会情勢の変化、技術革新に対応し、ニーズに合った学科によって教育がなされてきたのであります。
 以前より、地元建設業界、測量業界から林業土木の新設を強く望んでいるところであります。我が県内で土木科の学科は、北の和歌山工業と南の新宮高校だけであります。日高を含め、紀中にはありません。特色ある学校づくりを目指して、時代のニーズに合った林業土木科の設置を強く要望するものであります。紀中に土木科の新設についての御感想をお聞かせ願いたいと思います。
 次に、福祉と婦人問題についてお尋ねいたします。
 国際婦人年、国連婦人年の十年が経過し、今や婦人問題は世界の重要な課題であります。我が国においても法制上の枠組みが整ってまいりましたが、まだまだ社会一般には「男は仕事、女は家庭」の風潮が残っているのが現状であります。男女平等を目指す社会や職場への共同参加を基本理念とした婦人問題等の啓発が、今後ますます望まれるところであります。
 来るべき二十一世紀は婦人の活躍する時代と言われていますが、我が和歌山県は高齢化社会を迎え、今日まで以上の福祉施策を講じなければなりません。活力あるふるさとづくりにも、婦人の知恵と力を生かさなくてはならないと思います。婦人の活躍を期待し、社会参加を推進する上からも、県行政の中に婦人問題を総括する部門の設置等を望むものでありますが、県当局の御見解をお伺いいたします。
 最後に、障害者福祉週間が始まった十二月九日、私の友人A氏が「町田さん、こんな話ってありますか」と、少々興奮した声で私の家に来られました。
 A氏は、三歳のときに事故で右足を切断し、中学三年を卒業するまでは松葉づえを頼りに学校に通ったのであります。中学校を卒業してから義足をはめるようになりました。三年に一度、今日まで約十五足ほどの義足をつくりかえたそうであります。
 普通、義足をつくるとき、今までは町より書類を出して、県事務所に行き、月に一回、県指定のお医者さんが田辺に来られて診察をしてもらい、田辺の義足店に行ってつくってもらっていたそうであります。
 そこで、今回も三年以上になり傷んできたので県事務所に行ったところ、「今までは県の福祉でやっていたが、今回からは国の厚生年金の方でやってくれるので、社会保険事務所に行ってください」とのことでした。そこで社会保険事務所に行くと、「こちらでは手続はやっていない。義足をつくることについては河村技士がすべてをやっている。十二月五日に国立白浜病院に来るから手続をしてほしい」と言うので、国立白浜病院に十二月五日に河村技士を訪ねたところ、「ことし十一月に国から担当のお医者さんが和歌山に来たばかりで、次に来るのは、二年に一回だから二年待たなければならない」とのことです。しかし、余りに気の毒なので河村さんの方から大阪の厚生年金病院に電話をしてくれたところ、厚生年金病院の方からは「もう一度県の方に頼んで福祉でやってもらっては」との返事をいただき、その足でまた県事務所に行ったそうであります。ところが、県事務所では「やはり厚生年金でやってもらわないといけない」と言われました。
 今までなら、月に一度、医者が田辺に来て、地元で義足ができたものが、厚生年金でつくると、前日より付き添いを連れて大阪の千里の厚生年金病院に十時までに入り、国の指定した義足の業者に行って注文しなければならないそうです。そして、義足ができ上がったとき、また大阪の病院に見せに行かなければならないそうです。万一、義足のビス一本取れても、大阪の業者から取り寄せなければなりません。
 どうしてこんなに不便にするのですか。これだけ医学が進み、地域医療が発達しているのに、また田辺にも白浜にも国立病院があるのに、そしてすぐ近くに義足をつくる業者がいるのに、大阪の厚生年金病院に行かなければなりません。大変であります。障害者にとっては、国でつくってくれる義足も、県の福祉でつくってくれる義足も、同じであります。制度の問題もあろうが、全国に十カ所ぐらいしかない厚生年金病院に行かなくても代行等でできるよう、国に働きかけるべきだと思います。
 また、左手が事故のため義手をはめておられる方から、次のような話を聞かされました。「少しでも自分の右手の色に合わせてくれるよう頼むのだけれども、毎回色が違ってくる。義手をはめている障害者の気持ちがわかってくれない」と話されたことが思い出されました。
 部長のお考えをお聞かせ願いたいと思います。
 以上で、終わらせていただきます。ありがとうございました。
○議長(岸本光造君) ただいまの町田亘君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 町田議員にお答え申し上げます。
 まず第一点は、第二国土軸でございます。
 お話ございましたように、本年、第二国土軸の議員連盟ができました。また去る十月三十一日には、関係二十五団体による推進協議会が発足したわけでございます。
 本県の長年の念願は何かというと、やはり鉄道、高速道路による国土軸への直結ということでございまして、それが現実の問題ともなってきている現在でございます。さらに、国土軸そのものに本県を位置づけるということは、東は中部・東海、さらには首都圏、西へは四国、九州という広域的な圏域の中で本県が重要な地位を占めるということになるわけでございますので、県勢の一層の発展に極めて大きな意義があると考えております。
 また紀南地方にとっても、第二国土軸の一環である伊勢湾口の架橋が大きな問題として取り上げられており、これが建設されると東海方面との時間距離が大幅に短縮されますし、また現在、三重県、和歌山県ともに検討を進めている紀南地域と鳥羽方面とを結ぶ海上交通とも関連し、東海方面との交流が活発化するなど、大きな効果が期待できるのではないかと思います。
 特に、リゾートやリサーチなどを中心としたこれからの豊かな時代を迎えるに当たり、本県の自然や農林水産資源等を生かしつつ、紀南地域を含めた紀伊半島全体の浮揚を図ってまいりたいと考えておるところでございます。
 今後、当面の県政の最重要課題である近畿自動車道紀勢線の南伸とあわせ、この第二国土軸構想を強力に推進していくために、協議会の団体と一丸となって関係機関に働きかけ、調査研究活動を展開してまいりたいと思っておるところでございます。
 次に過疎対策でございまして、るる紀南地方の過疎の状況を説明いただいたのでございます。
 過疎問題は、和歌山県にとっても非常に大事な問題でございますけれども、国全体でも大きな問題でございまして、皆さん方の御支援を得て新過疎法が成立したわけでございます。
 特に、本県の過疎地域の市町村長さんは非常に苦労しておりますが、何が一番えらいかというと、やはり人口、若い者が減るということが一番の問題でございます。地域産品等いろいろ検討を加えておるわけでございますけれども、県においても、この新過疎法に基づき、「若者が定着するような産業振興」「都市的、文化的機能を備えた生活環境の整備」「自立した地域づくりを推進する人づくり」を三つの柱にして進め、そしてまた、お話ございましたように、農林水産業、一次産業の見直しを図るということが一番大事なことだと思うんです。
 特に私は、海岸地帯より山村地帯が過疎化する、林業が一番の問題ではないかと思うんです。外国材等の関係もございますが、森林資源が十分活用されていないんではないか、山が何ら生産効果を上げ得ないところに大きな問題があるのではないかと考えておるわけでございます。そして、今後それらをいかに文化ゾーンとして、いろんな形においての開発といいますか、向上を図っていかなければならないかということがございます。
 農業におきましても、紀南地方の花等、高度化を進める問題がございます。漁業においても養殖事業の推進の問題、林業についても加工を加えた問題等々、おっしゃられた見直しの問題について、今後ともなお一層配慮していく、そしてまた道路交通網の整備を図って、相ともに資源を見出す形で進めてまいりたいと思っておるところでございます。
 それから、水産試験場の問題につきまして、過去の経過もお話しいただき、御意見も承ったわけでございます。
 お話のように、水産試験場はいろいろな歴史がございます。現在の串本の試験場へ参りますときに、田辺に水産試験場がございました。田辺を廃止するということでございましたが、串本に行くことになったならばまた簡単に行けないという問題がございまして、増殖試験場を置いた、そうしたいろいろな経過があるわけでございます。
 行政検討委員会で前の知事への答申に加えたものに、そうした試験場の統一の問題がございました。それを受けて、県でも検討を重ねてございます。また、お話ございましたように、最近のバイオテクノロジー等、いろいろな技術進行の問題がございますし、漁業者の意向もございます。そうした意味から、現在、試験場の統合ということについて検討委員会をつくっており、その中には学識経験者、漁業者、行政関係者も入って検討していただいておるわけです。
 その検討に基づき、また先ほども申しましたように、試験場自体、その地域と、首長とか政治の立場とかでいろいろ結びつきがございますので、そうした問題等も踏まえてなお一層検討を進めていかなければならないと思います。
 ただ、試験場のあり方として、成果をもう少し発表すべきじゃないかということでございます。私も同感でございまして、試験場のやっておることを漁業者にもう少し知ってもらう必要があると思います。そしてまた、漁業者がやってほしいことを取り上げることが必要だと思います。
 そうした点で、例示いただいた近大との関係等、そうしたよそのところも学びつつ成果を発表してまいりたいし、また試験場に学生も小学生も入ってきて──私は、魚の中にはすばらしい科学があると思うんです。我々の知らない生態といいますか、サケにはサケの生態があって、生まれたところへ戻ってくる、なぜ来るんだろうとか、タチウオは休むときは立ったままになっておるとか、そういういろいろな習性、勉強しなければならない科学がたくさんあると思うんです。だから、そうした問題についても、小学生、中学生も来てもらうとともに、また一般の漁業者もそこに入ってきて研究する態度、こういう形で御提言いただいたわけでございまして、そうした点については十分趣旨を体するような形で今後進めてまいりたいと思っております。
 それから、すさみが念願している水産専門学校、これについては私、賛成でございます。現在、学校法人法に基づく水産学校じゃなしに、専門学校、各種学校は知事が認可する学校でございますので、そう難しい学校ではないわけでございます。そうした意味で、来ていただいて若い人たちを教育していただくということ、非常にありがたいことだと思っております。
○議長(岸本光造君) 企画部長川端秀和君。
 〔川端秀和君、登壇〕
○企画部長(川端秀和君) 田辺・西牟婁地区における人口の見通し等につきまして、お答えを申し上げます。
 本県における平成二年国勢調査概数結果及び今後の見通しについては、開会に際しての知事説明の中で御説明申し上げたところでございます。
 その中で、田辺・西牟婁地方の人口は昭和六十年国勢調査人口に比べて五年間で二千八百三十四人の減少となってございますが、この地域は紀南の中核圏域として、また本県のリゾート構想推進の中心的な地域として、今後一層の振興、発展を図っていかなければならない地域であると考えてございます。
 本年四月には田辺市、白浜町、上富田町及びその周辺町村を対象とした南紀JET計画が国の承認を受け、重点的な社会基盤整備が進められつつあるところでございます。また、田辺・白浜地区を重点地域とする燦黒潮リゾート構想についても、この十二月中には承認が得られるものと考えてございます。
 こうした点を含め、今後さらに南紀白浜空港のジェット化整備、近畿自動車紀勢線の南伸等、高速交通機関整備のインパクトを最大限に生かした臨空都市圏の形成、リゾート、観光を初め一次産業の高度化等の進行による産業基盤の整備等、関係市町村や地元の方々とも協力しながら、各般にわたる活性化策のより一層の推進を図り、人口が増加基調に転じるような圏域全体の発展を期してまいる所存でございます。
 以上でございます。
○議長(岸本光造君) 土木部長磯村幹夫君。
 〔磯村幹夫君、登壇〕
○土木部長(磯村幹夫君) お答えいたします。
 白浜空港の現状と見通しについてでございますが、南紀新空港建設事業については、昭和六十三年度に本格的に事業化されて以来、用地交渉を中心に取り組んできているところであります。
 現在の用地買収の状況は、半数以上の地権者の方から御協力をいただき、おおむね半分の用地を取得しております。残された用地についても、地権者との話し合い、代替地等に関し、地元白浜町、田辺市ともども精力的に取り組んできているところでありますが、なお一層地元市町との連携を密にし、解決に向け、全力を挙げて地権者との交渉を行ってまいりたいと思っております。
 なお、道路、河川のつけかえ工事については、先般、地元関係者の方々の御理解を得、現地に着手したところであります。また、白浜町の公共施設の移転計画や新しい花卉団地計画については、白浜町において積極的に取り組んでいただき、関係者、地元との話し合いも進みつつあると伺っております。そうした中で、予算の執行についても全力を挙げて取り組んでまいりたいと考えているところであります。
 なお、議員御指摘のとおり、今は当事業にとって重要な時期であると認識しているところであり、今後の事業の進捗に当たっては県庁内関係部局及び地元市町と一体となって、より一層努力してまいる所存であります。
 以上であります。
○議長(岸本光造君) 農林水産部長安田重行君。
 〔安田重行君、登壇〕
○農林水産部長(安田重行君) お答え申し上げます。
 白浜空港と紀南の一次産業の問題でございます。
 白浜空港の整備ジェット化は、輸送時間の短縮や輸送力の増大、消費圏域の拡大等、新しい流通手段の展開が可能となり、また入り込み客の増加による需要の拡大が期待されるなど、田辺・西牟婁を中心とした紀南、紀中の一次産業に大きなメリットをもたらすものと考えてございます。
 こうした新たな空港機能を生かして夢のある一次産業を育成するためには、高価格品目の継続的な定量出荷が要求されるところでございます。このため、カスミソウ、エンドウ、青梅、イセエビなどの農水産物の生産拡大と、これまで培ってきた技術力や地域特性を生かし、洋ラン、チェリモヤなど新しい高級品目の産地づくりを進めるとともに、農産物の予冷施設や魚介類の蓄養施設など、流通施設整備を図り、地域内外に広く生鮮農水産物を販売するフライト産地の育成にも努めてまいる所存でございます。
 次に、多機能静穏域整備事業とはどういうものかという御質問でございます。
 この事業は、水産庁の平成三年度新規事業として、現在、大蔵省に予算要求をされているものでございまして、事業の内容は、外洋に面した波の高い海域において、大規模な防波堤を設置して静穏域を造成し、藻場や干潟魚介類の増養殖場等を効率的、集中的に造成して地域漁業の生産に寄与しようとするものでございます。
 外洋に面した海域が多い和歌山県にぜひ一カ所誘導したいと考え、今回、政府要望をしているところでございます。
 以上でございます。
○議長(岸本光造君) 商工労働部長天谷一郎君。
 〔天谷一郎君、登壇〕
○商工労働部長(天谷一郎君) 南紀白浜空港と観光について、夢のある答弁をということでございますけれども、南紀白浜空港がジェット化されると、首都圏はもちろん、名古屋、大阪、さらには北海道、九州からも定期便あるいはチャーター便の発着が可能となり、雪の北海道から一足早い春を求めて観光客が団体で訪れることもあるでしょうし、さらに九州とを結んだ、例えば黒潮エアラインといったものも可能になるのではないかと思います。
 温暖な気候、風光明媚な海や山、温泉、新鮮な魚や農産物、その上、高野、熊野に代表される歴史や文化のある和歌山県でございます。海のルート、陸のルート、そしてこの空のルートも加われば、きっと日本じゅうどこからでも気軽に訪れることのできる観光地として、より脚光を浴びることとなると考えます。
○議長(岸本光造君) 民生部長高瀬芳彦君。
 〔高瀬芳彦君、登壇〕
○民生部長(高瀬芳彦君) まず、婦人問題の主管部門についてお答えいたします。
 現在、青少年婦人課に婦人班を設置してございますが、今後、女性の社会進出に伴う能力の活用や支援体制の充実、またライフステージの変化による老後の生活をめぐる福祉の増進等、多くの問題があり、今後、庁内外の連絡調整がますます重要になってまいると考えてございます。
 女性問題を総括する部門の設置については、十分検討をしてまいりたいと考えてございます。
 次に、厚生年金保険被保険者の義足支給についてお答えしたいと思います。
 厚生年金制度の中では、身体に障害のある方の社会復帰を目的とした、障害者に義手、義足、補装用具、車いす等を支給し、あるいは修理する事業がございます。
 この事業は国の委託を受けた厚生年金事業振興団が実施しており、その診断については厚生年金病院を指定している関係で、他の病院では行うことができないことになってございます。したがって、県内には厚生年金病院がございませんし、また指定された義肢製作所もございませんので、近畿では大阪厚生年金病院で直接受診されるか、巡回修理等の機会を御利用していただいてございます。
 ただ、大阪での受診に対して移送費は支給されることになってございますが、障害者に大変な御負担と御不便をおかけしている実情もございますので、御質問の趣旨にあわせ、今後、国に対して検討するよう強く要望してまいりたいと考えてございます。
 以上でございます。
○議長(岸本光造君) 教育長高垣修三君。
 〔高垣修三君、登壇〕
○教育長(高垣修三君) まず、神島のふん公害についてお答えを申し上げます。
 国の天然記念物である神島は、田辺南部海岸県立自然公園並びに田辺鳥獣保護区の中に位置づけをされてございます。
 その神島における鳥類のふん害については、管理者である田辺市から、島の南東部の樹木が白くなっているという報告を受けてございます。今後、田辺市と十分協議を行うとともに、それぞれ所管する関係部局とも連携を図りながら実態の把握等に努めてまいる所存でございます。
 次に、学科の改編等につきまして、お答えをいたします。
 このことについては、全県的な視野から、社会の変化への対応や学校の適正規模、普通科、職業科の割合の問題、生徒数の減少等を勘案し検討してきた長期計画の内容を踏まえて進めているところでございますが、今後も、学科改編に当たっては、学校、地域の実態を踏まえ、生徒の特性の伸長と学校の活性化を図り、特色のある学校づくりを推進するという観点から対応してまいる考えでございます。
 以上であります。
○議長(岸本光造君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 3番町田 亘君。
○町田 亘君 今、教育長から御答弁いただきましたが、けさの新聞に、神島に、ふん公害だけではなくて、釣り客がたくさん入っているという記事が出ておりました。田辺市と連絡をとって、ふん公害も含めて調査を願いたいと思います。
 それと、水産関係の研究機関についてですが、昭和五十六年、串本町に試験場用地として一万余平米、隣接地に漁民住宅用地四千余平米、計一万四千平米の用地を確保しております。当然、今、検討委員会で試験場の候補地の一つとして御検討をいただいているとは思いますけれども、今後、地元、漁業組合等の振興に役立つようなことも含め、有効利用を配慮されるように強く要望して、終わります。
 ありがとうございました。
○議長(岸本光造君) ただいまの発言は要望でありますので、以上で町田亘君の質問が終了いたしました。

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