平成元年6月 和歌山県議会定例会会議録 第3号(浜本 収議員の質疑及び一般質問)


県議会の活動

 午前十時六分開議
○議長(西本長浩君) これより本日の会議を開きます。
○議長(西本長浩君) 日程第一、議案第八十六号から議案第九十九号まで、並びに知事専決処分報告報第三号から報第九号までを一括して議題とし、議案等に対する質疑を行い、あわせて日程第二、一般質問を行います。
 34番浜本 収君。
 〔浜本 収君、登壇〕(拍手)
○浜本 収君 消費税の問題、地価抑制、新学習指導要領なかんずく「君が代」の問題、紀勢本線と観光対策の四点にわたって簡潔に質問をいたします。
 平成元年はリクルート汚染と消費税で明け暮れ、日本全土に国民の不満と怒り、そして政治不信が拡大し、その鎮静化の方向すらも見出せない状態に置かれた不確定な年であります。政治不信と消費税は、小手先の理論や詭弁を弄しても、見通しの明るい一つの決断と実行──だれかが昔言うたようでありますけれども──を政府みずからが国民の前に態度で示さない限り、国民は納得しないと私は思う。
 私はたばこをよく吸うので、アクアフィルターを時々近所のたばこ屋さんへ買いに行くのでありますけれども、A店は四百三十円プラス消費税三%、計四百四十三円。B店は、今も消費税なしの四百三十円。A店へ行きますと、「済みません」と悪びれて頭を下げられるが、私のような人間は、それ以来、B店に行く。つまり、消費税を取らない店に行く習慣になっております。そんな習慣は私だけではなく、人はだれもがそうするであろう。それが庶民の生活感覚であります。
 最近、私のポケットに一円玉がやたらにたまってくる。皆さんもそうでありましょう。恐らく、リクルート汚染にまみれたこの国のお偉いさん方にはこんな生活実感がないと思うが、知事の奥さんはどんなものだろうか。知事の家庭でも一円玉がたくさんたまっているのではないか。もしそうでないとしたら、知事は庶民の生活を知らないまま県政を行っているということになるが、さようなことはないと思う。
 国民大衆は一円玉が毎日ふえても、日本の為政者は百万、五百万、二千万、一億、二億といった単位で懐を肥やしながら政治を行ってきた。そのような人々に政治を任せてはならないとする怒りの中で、リクルート汚染の拒否と消費税撤廃のうねりが全国津々浦々に拡大していく。
 「レシートの 数ほど恨み 覚えとく」──かくて、六月二十五日の新潟参議院議員選挙の結果と相なったのであります。表紙は変わっても、「編集者・中曽根康弘」、「発行人・竹下登」は変わらない中で自民党総裁・宇野総理が誕生したけれども、この「宇野総理」という本は余り売れないし、また買ってはならないのであります。おまけに、「この件は 秘書がしたとは 言えもせず」と、はや、けつまずかんばかりの様相を露呈している。
 それはそれとして、過日の国会での質問や予算委員会での質疑応答を通じて宇野総理は、「税制調査会で十分実情を研究し、適切に対処していきたい」と答弁し、また「来年の五月には見直しをするかもしれない」といった答弁をしたり、さらにもう少し早く見直しをするかのごとき発言をしたりと、そのような態度を示しているが、ここで知事に質問をいたします。
 一、知事は行政者として、一カ月や三カ月もたたないうちに消費税の見直し云々といった政府の行政姿勢についてどのような感想を持っているか。客観的な視点から冷静に答えられたいのであります。
 これを和歌山県に当てはめてみたらどうだろう。二月議会で議決して、そして一カ月もたたないうちに議決したことを直すかもわからないというようなことを言う、そういう行政態度であってはならないと思います。これだけを聞くと、消費税賛成のように聞こえますが、そうではありません。知事は、客観的な視点から、冷静にこのことについて言及されたいのであります。
 二、それにもかかわらず見直し論を早々と口にするのは、今行われている都議選や参議院選挙、来るべき衆議院選挙を前にそのようなポーズをとって、少しでも国民の機嫌をとり、少しでも国民の目を和らげる手段に利用しているのではないかと思うのであるが、これに対する知事の見解もあわせて示されたいのであります。
 三、この消費税導入は、よく例に示されているように、初めにボタンをかけ違えたため終わりまで間違ってくるといったたぐいのように思われるが、知事は行政の長として、政府が行ったこの消費税の手法についてどのような所見を持っているか、ぜひお伺いしておきたいのであります。
 次に、地価抑制の問題に移りたいと思います。
 国土利用計画法は、その基本理念を、「国土の利用は、国土が現在及び将来における国民のための限られた資源であるとともに、生活及び生産を通ずる諸活動の共通の基盤であることにかんがみ、公共の福祉を優先させ、自然環境の保全を図りつつ、地域の自然的、社会的、経済的及び文化的条件に配意して、健康で文化的な生活環境の確保と国土の均衡ある発展を図ること」としており、土地取引の規制や土地利用を調整するための措置などをすることによって総合的、計画的な国土の利用を図ることを目的としている。また、この国土利用計画法第二十七条の二に、「都道府県知事は、当該都道府県の区域のうち、地価が急激に上昇し、又は上昇するおそれがあり、これによつて適正かつ合理的な土地利用の確保が困難となるおそれがあると認められる区域を、期間を定めて、監視区域として指定することができる」としている。
 県は、同法によって、三月一日より五年間、和歌山市の商業地域──詳細は省略いたします──に限って、地価の抑制策として監視区域に指定をしたが、まだ日も浅いものの、その経過なり効果等についてまず質問をいたすものであります。
 御承知のように、リゾート法の制定に伴う燦黒潮リゾート構想や田辺湾岸リゾート構想、さらには幾つかのゴルフ場誘致等々、さまざまな動きの中で、例えば私の町・白浜町内における最近の土地取引を見ると、いずれも予想を上回る価格でなされている。このように土地価格が上昇する中で、新空港建設の用地取得にも波及するおそれのあることも否めないのであります。
 先日、南紀新空港建設事務所長と会い、既に開始されている用地買収について意見を聞いたのでありますが、「とにかく私たちは全力を挙げて仕事に打ち込むのみ」という力強い決意を知り、うれしく思ったのであります。しかし、この土地問題はいろいろな複雑な内容を持っているだけに、地価の適正化や高騰化の抑制という見地から、監視区域の指定を該当市町村──ここでは白浜町、田辺市と相談の上行う必要があるのではないかと思うのであります。ぜひ、その検討を要望し、質問にかえる次第であります。
 次に、新学習指導要領について質問をいたします。
 ここ一年余り日本政治を根底から揺るがせた一番の悪漢は、日本国民ならだれでも知っているリクルート社・前社長の江副浩正であります。そして、このリクルート社に巣くう政・官・財の幹部はもとより、もうこれ以上、献金や譲渡株は出てこないかという質問に対して竹下前首相は、「私は神様ではないから何とも言えないが、これ以上は出てこないと確信しています」と。神様じゃないというのはだれでも知っている。ところが、その舌の根も乾かぬ間に五千万円の借入金があったとマスコミに報道され、その秘書に不幸な出来事が起こり、国民世論の前に退陣を余儀なくされたのであります。
 中曽根氏は「『江副何がしごとき者』など、余り知らない」と発言したり、「控え目に 生きる幸せ 根深汁」と詠んだ文人政治家・藤波元官房長官が起訴されたり、政・官・財界を揺るがせたこの汚職まみれの日本政治の現状は、今日、国民のひとしく知るところであります。
 ところで、これらの人々は、一つ、わからなかったら隠し続けて黙っている、二つ、わかったら秘書がしたと言う、三つ、秘書のない者は妻がしたと言う、四つ、法に触れなかったら構わないと何食わぬ顔をするといった態度をとっております。この政・官・財におけるリクルート汚染が進行する中で日本の政治が行われ、また日本の教育政策が進められてきたのであります。
 文部省は、教育課程審議会のまとめとして新学習指導要領を実施し、しかも臨時教育審議会では、高石前文部事務次官が事務局長を務めた。これは大変重要な職であります。教育課程審議会では次官として振る舞い、江副の同委員就任への便宜を図ってきたことは、今日、教育に関心のある者ならだれでも知っていることであります。
 先ほど述べた例三の「秘書のない者は妻がした」と逃げを打ったのは、紛れもなく、この高石前文部事務次官であります。このようなひきょうな人物が日本の教育や道徳教育などを論じる資格は毛頭ないと思うが、総じて、これら一連の関係者の道徳観というか言動は、うそをつくこと、他人に罪をなすりつけることといったものであります。こういうことが、日本を支配した、しかも教育に関係をした人々の、いわば道徳観でありますが、道徳というのは、心の問題であると同時に、実行、態度の問題であります。
 そこで、今、事例で示した一連の人々のとった態度や内容が国民に与える心理的影響──政治的な問題は選挙であれされますから結構でございます──なかんずく児童、生徒、学生に与える影響についてでありますが、最近では「リクルート遊び」というのがはやっておるようであります。御存じでしょうか。そういう影響について、教育委員会は教育的視点からどのような判断を下し、どのような道徳的見解を持っているのか、まずただしておきたいのであります。
 次に、昨日も質問がございましたが、さきの定例議会でも先輩・森議員から質問があった新学習指導要領についてお尋ねいたします。
 文部省は、三月二十七日、新学習指導要領を告示し、そしてこの六月七日、同指導要領に基づく教師用指導書を公表したところであるが、その中で、「君が代」について初めて踏み込んだ解釈を明記した。すなわち、「君が代」の「君」は象徴としての天皇だとし、その天皇の下──「もと」でと読んでいいのか──で我が国が繁栄するようにとの願いを込めた歌であると解釈をし、そのように児童生徒に指導せよとのことであります。
 また、旧学習指導要領では「国旗を掲揚し、国歌を斉唱させることが望ましい」とあったのを、新学習指導要領では「指導するものとする」と改め、従わない教職員には処分をほのめかしているところであります。
 戦前教育を受けた者ならだれでもが知っているとおり、この「君が代」というのは「天皇の御代」という意味であり、それ以上のものでもなければ、それ以下のものでもありません。
 「君が代」の歌は、戦前の国家行事でのそれぞれの儀式の歌と不離一体のものであり、特に義務教育下の学校では不可欠のものとして扱われてきたのであります。
 「君が みかげにたぐえつつ仰ぐ今日こそ たのしけれ」とか、「高嶺おろしに草も木もなびきふしけん大みよの」、「今日のよき日は 大君の」といったように、すべてこれ、国民が天皇家を崇拝し、それに隷属する立場に立たされ、その地位は国の元首であって、統治権の淵源であり、総攬者であると定められた旧憲法のもとでは、最終的には天皇の御ために命をささげることが日本人としての誇りであり、最上の道徳的支柱でありまして、その中心的役割を果たしたのが、この「君が代」にほかならなかったのであります。
 私も、幼い日からそんな教育を受けた、またそれを信じた一人でもあったし、多くの国民がそのような教育は当たり前のこととして過ごしたことは動かしがたい歴史的事実であります。
 私は、ここで天皇論を持ち出す意思は持ち合わせていないし、現在、私たちは、日本国憲法に示されている「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」とする規定を遵守するものであります。ただ、先ほど申し上げた旧憲法・欽定憲法下の「君が代」と主権在民下での「君が代」とでは、その扱いにおいて本質的に異ならなければならないと思うのでありますが、昨今の趨勢は、戦前復帰への方向をたどりつつあるのではないかとさえ思われるのであります。
 「君が代」は国歌であると定めた法令がないことは国会での政府答弁でも明らかにされているし、また一方、慣習として定着し、一種の慣習法的なものという見解があることも私は承知しておりますが、今、なぜ新学習指導要領で一方的に強制しようとするのか、甚だ理解に苦しむのであります。
 総じて私の考え方を申しますならば、教育活動というのは説得と理解を基本とするものであって、政治的な判断能力がはぐくまれていない小学校の三年生や六年生などの子供たちに儀式を通じて画一的に、しかも強制的に教え込もうとするこの手法は極めて教育的でないと思うが、教育委員会の指導理念と今後の対応についてただすものであります。
 ──場所を間違えたのではないかと言いたい人もあるような演説をして、失礼をいたします。
 次に、紀勢線と観光対策という、私の日ごろ思っていることを少し雑感として述べ、御答弁を仰ぎたいと思います。
 JRにはJRの守備範囲があり、県には県の守備範囲がある。それぞれの機関は、それぞれの垣根を越して、よかれと思って行ったことが批判を受ける場合がある。しかし、それぞれの組織は相連携し、可能な限りいい結果が生まれるよう話し合い、実効ある成果を生み出すべきだと思う。
 そこで私は、次の諸点について所見を述べ、質問を試みるものであります。
 一つ目、指定券の値段について。
 ある日は「三百円いただきます」、また別の日は「五百円いただきます」、さらに別の日は「七百円いただきます」と言って、JRの職員さんは大変きちっと領収書を手渡してくれる。日により月により、三百円、五百円、七百円と指定券の値段が変わるのは、それなりの理由もあってのことだと思うが、他府県から紀南に足を入れ、電車に乗った観光客がそんな場面に出くわしたとしたらどう思うだろうか。全国的にもそんな例はたくさんあるようでございますけれども、その御所見と善処方を望むものであります。
 二つ目、列車から流れるアナウンスについて。
 私は、所属する経済警察委員会で意見を述べたこともありますが、列車からアナウンスされる説明というか宣伝に少し物足りなさを感じるのであります。
 「田辺市は紀伊半島のほぼ中央に位置し、南紀の交通と文化の中心地です。また、伝説で有名な武蔵坊弁慶の生まれたところと言われております。ナショナルトラスト運動で有名な天神崎海岸は、JR紀伊田辺駅から三キロほどの県立公園にあります。春先は海辺の海水もよく澄み、豊富な海洋生物が観察できます」。
 もう少し走りますと、「海の向こうに細長く伸びた岬が見えますが、その一番先のところが白浜温泉です。白浜温泉は、湯崎──私の生まれたところ、今住んでおるところです──東白浜・綱不知・大浦・古賀浦・新白浜を総称して『白浜温泉』と呼んでいます。白浜温泉は、熱海、別府と並ぶ日本の三大温泉の一つで、歴史は古く、日本書記などに『牟婁の湯』として紹介されています。湯の量も豊富で、観光にレジャーに、四季を通じて楽しめる日本を代表する温泉観光地です」。
 以前、私は、前の観光課長に──今、日高の県事務所長をなさっているが──このアナウンスについて、「ちょっとごつごつしてないか。私の聞いたとき、あんまり声のいい人が言うてなかったのか、何かごつごつとしているように思うけど」と言ったところ、課長はすかさず、「素朴な宣伝という意味もあって、それなりにいいのではないか」と答えられました。うまいことを言うな、それもそうやなと思ったのでありますが、その後、JRとの話で、私が言うたからしたんではないでしょうけれども、最近では女性の声が聞かれるようになった。県の方もJRと一生懸命話し合っているなあと、その努力に敬意すら覚えたのでありますが、それでも何かが欠けているという気持ちはぬぐい去ることができないのであります。
 このアナウンスは、先ほど読み上げた文章をとってみても、大変正確である。何の間違いもなく、これだけの短い文章で要領よく田辺市というものをよくまとめられたなあと思うんです。しかし放送されると、何か無味乾燥に陥っているように思う。そう感じるのは私だけかもしれないが、この宣伝には、訴える力、誘う力、また南紀には楽しさや明るさがいっぱいあり、旅に来てよかったなあといった感覚、いわゆる今どきよく言われる「ナウい」感覚が不足しているように思えるのであります。
 まあしかし、「お客さま、ようこそ和歌山・南紀においでくださいました。ありがとうございます」といったことを言うよりも、この素朴なアナウンスの方がいいけれども、一考を要すべしと思うのであります。
 時あたかも新大阪直結の時期を迎え、今日、日本全国に向かって、自信を持ってセンスあふれるアナウンスを行うべしと私は思うのであります。
 最初に申し上げましたように、JR、県、それぞれの機関には守るべき分限があります。その辺のところも十分認識の上、それぞれが相乗効果を上げられるよう期待するものであります。
 三つ目、名古屋─白浜新幹線について。
 「忘却とは忘れ去ることなり」といった言葉が大変流行した時期がありました。たしか、昭和四十五年か四十六年ごろだったように思う。私も、当時の全国的な趨勢の中で、名古屋・新宮・白浜新幹線の建設を県政の重点政策の一つに挙げよと本議場を通じて提言したことがございます。そのとき、たしか仮谷現知事は出納長で、そうだと首を振っておられたように思うのであります。そして、それを裏書きするように時の大橋知事はこの議場で、ぜひとも実現したいという答弁をなさいました。その後、皆さんもよく重点目標を国に上げますが、その項目の中にこれが入れられ、大変胸躍る思いで、感動して読んだことがございます。
 「忘却とは忘れ去ることなり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」──時の流れは、今、これを提言することもちゅうちょしがちであります。
 昨年、私は、私的なことで三重県へ二回行ってきた。白浜から大阪・鶴橋まで行き、近鉄線に乗って伊勢市へというコースと、白浜から勝浦・新宮・多気・伊勢市へというコースに乗ったが、大阪回りは四時間半、新宮回りは電車の連結時間もあり六時間余り、下手すると七時間かかることもある。地図の上では大阪回りの方がはるかに距離的に遠いことは御承知のとおりであります。
 私は、個人的なことを当議場で申し上げているのではない。これからの南紀の浮上に不可欠のものは、もちろん交通手段のよりよき向上でなければならないと思うし、県政においても高速道路の早期完成に向かって超党派の取り組みをしていることは御存じのとおりであります。また、新大阪─天王寺の直結により、今後さらに観光客数の増加も期待されます。しかし、白浜から南へ向かえば向かうほど、この面が少し忘れられているのでは──忘れてはいないでしょうけれども、そんな感じがする。もしも名古屋・伊勢から新宮・勝浦・白浜といったこの南紀に新幹線が走ったらどうなるだろう。なかんずく紀南の浮上は間違いなしと思うのであります。
 伊勢市、いわゆる「お伊勢さん」というのは説明の要らない観光地である。この地を訪れる人々が新宮・勝浦・串本・白浜に三時間内外で来ることができる交通手段、今申し上げている新幹線が走ったらと夢見る者であります。県政の重要な視点の一つとして、ぜひ検討されんことを切望します。
 以上、紀勢線と観光対策について当局の御所見を伺うものであります。
 以上で終わります。どうもありがどうございました。
○議長(西本長浩君) ただいまの浜本収君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 浜本議員にお答え申し上げます。
 知事は行政者として、消費税並びにその見直しについてどういう所見を持っているかということでございます。
 きのうも申し上げましたように、消費税は、我が国全体の将来展望に基づく国レベルの問題であると考えておりますけれども、いずれにしても、従前の直接税偏重の税制はサラリーマン等への負担のしわ寄せなどの問題があり、何らかの形でバランスのとれた間接税が必要であろうと理解しているところでございます。
 また、見直しについてでございますけれども、我が国ではなじみの薄い消費税が消費者や事業者の皆さんからどのように受けとめられておるだろうか、手続的にどのように実施されているだろうか、また課税の公平、さらに納税者の義務的負担の問題といった重要な要請をどのように両立させるのかといったことについて勉強したり検討することは必要であろうと感じております。
 税調等、国における対応はもちろんでございますけれども、県当局としましても、物価の問題等、県民の皆さんにとって身近なポイントに最大限の注意を払ってまいりたいと思っているところでございます。
 他の問題については、関係部長から答弁いたします。
○議長(西本長浩君) 企画部長川端秀和君。
 〔川端秀和君、登壇〕
○企画部長(川端秀和君) まず、土地対策についての二点の御質問にお答え申し上げます。
 第一点は、和歌山市の監視区域指定の経過と効果についてでございます。
 監視区域の指定につきましては、従来の国土利用計画法による届け出対象面積を引き下げることにより、より広範囲にわたって価格指導が可能になり、土地の投機的取引防止や地価高騰の抑制が図られる仕組みになってございます。
 和歌山市における監視区域の指定につきましては、届け出件数が昭和六十三年で百六十七件、前年に比べて四・五倍となり、また商業地においては地価の上昇が見られるとともに、さらに引き続き上昇が見込まれたため、本年三月一日から監視区域に指定したところでございます。
 その効果につきましては、定量的には次回の地価公示あるいは地価調査で出てくることとなりますが、現在、監視区域を指定することにより小規模な土地取引にまで価格指導を行い、急激な地価上昇に歯どめをかけるよう努めているところでございます。
 第二点の、監視区域の指定についてでございます。
 この指定につきましては、地価が急激に上昇し、または上昇するおそれがあり、これによって適正かつ合理的な土地利用の確保が困難となるおそれがあると認められる区域について指定することができることとなってございます。
 県といたしましては、地価公示、地価調査のほかに、特にプロジェクト関連地域については県単独事業で地価動向の把握に努めているところでございますが、現在、一部地域では地価の強含み傾向も見られますので、今後、該当市町村等、関係機関の意見も聞きながら、監視区域の指定については積極的な対応を図ってまいりたいと考えてございます。
 次に、紀勢線と観光対策に関連して、名古屋─白浜間の新幹線についてでございます。
 紀南地域の観光振興を初めとする産業、文化の発展のためには交通アクセスの整備が極めて重要であると考えてございます。中でも紀勢本線の拡充につきましては、かねてより地元市町村、関係団体とともに全県的に国への働きかけ等に取り組んできたところでございます。
 昭和五十三年には和歌山─田辺間の複線化、和歌山─新宮間の電化が実現いたしました。さらに本年の七月には特急くろしお号の新大阪、京都乗り入れによりまして、長年の懸案であった鉄軌道による国土軸への直結がいよいよ実現する運びとなってございます。
 県の長期総合計画におきましても、高速交通体系の整備を重要課題として位置づけているところでございます。また、リゾート需要の高まりの中で、紀伊半島に熱い視線が注がれている現在、より一層の努力をしていかなければならないと考えてございます。
 このため、紀勢本線田辺─新宮間の複線化について政府要望を行いますとともに、ジェットフォイルによる海上アクセスの整備やヘリコミューターの活用等についても現在検討しているところでございますが、議員の御提言も含め、今後とも総合的な観点から紀南地域の高速交通基盤の整備に鋭意取り組んでまいりたいと考えてございます。
 以上でございます。
○議長(西本長浩君) 商工労働部長天谷一郎君。
 〔天谷一郎君、登壇〕
○商工労働部長(天谷一郎君) 観光問題でございます。
 現在、全国のJR各社の座席指定料金は、閑散期が安く、繁忙期が高く設定をされているようでございます。これは営業面の理由があってのことと思われますが、このことで本県観光のイメージがダウンするようなことがあってはなりませんので、今後十分注意をし、必要があればJRと話し合いたいと存じます。
 それから、特急くろしお号の車内アナウンスでございます。
 現在、ソフトであるとか、わかりやすいというふうな一応の評価を得ているところでございます。しかし、新大阪、京都へ直結し、観光客の層も広くなるであろうこの時期に新しい角度から見直してはどうかとの御提言でございますので、今後、検討課題とさせていただきたいと存じます。
 以上でございます。
○議長(西本長浩君) 教育長高垣修三君。
 〔高垣修三君、登壇〕
○教育長(高垣修三君) 新しい学習指導要領の二点についてお答えを申し上げます。
 学校教育における道徳教育は、人間としてのあり方、生き方についての自覚を深め、その実践力を育成するものでございます。教育委員会といたしましては、そういった趣旨を生かすよう指導してまいる考えでございます。
 次に、国歌の指導につきましては、主権在民を規定している日本国憲法の理念に基づいて指導をしなければならないと考えているところでございます。
 こうしたことから、日本国憲法に定められた天皇の地位についての指導と関連をしながら、我が国が平和で繁栄するようにとの願いを込めた歌であることを理解させることが肝要であると考えてございます。
 学校への対応につきましては、こうした指導理念を持つ学習指導要領に準拠して国歌の指導が行われるよう、県内での講習会等で十分指導してまいる所存でございます。
○議長(西本長浩君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 34番浜本 収君。
○浜本 収君 私は知事に、消費税の功罪論とかいうことを聞いたわけではないんです。例えば和歌山県議会で、あることが非常にもめたとします。もめて、二月議会で議決した。そして、一カ月もたたないうちに、非常にもめて決まったそれを手直しするかわからんというようなことを知事は言う道理がない。ところが、国はそれをやっている。宇野さんが、ちょっと言われたら、ふらふらそんなことを言うている。私は、その行政的な態度を言うているのであって、消費税の効果論を言うているのではない。そういうことは、行政上、あってはならんことだ。
 小さな町において、多数決で物事が決まった。それを少数派が、あるいはそれぞれの議員さんが、その決め方がどうであったとか、あるいはその内容をもう一遍考えなければならんとかということは、地方ではどう言おうが勝手なんです。これは当然そうなんです。ところが行政の長が、みずから提案して一カ月もたたない間に、それは変えるかもわからん、来年の五月にするかわからん、もうちょっと早うするかわからん、どうのこうのと。こういう行政態度は、行政者、執行者として不適格であると私は言いたい。
 ここは国会ではございませんから、場所を間違えていると言われるかもしれません。しかし同じように、百万県民の長である和歌山県知事としてどういう所感を持っているかということを申し上げたのであって、消費税のことがどうやとか、何がどうやということは言うてないわけですが、それについてはいかがなものでありましょうか。
 それからJRのことについては、私は大変意を用いて、同じことを二回も言うたつもりであります。JRにはJRの、いわゆる分限があると。私自身も含めて、県の人です。県会議員であっても、県の立場で言うていると、こうなるわけです。しかし、それぞれの分限があるので、それはいいと思って言うたことでも、相手になにした場合は大変よくないんですよと。そういう立場に立って、ごく簡単なことを申し上げたんですが。
 今、商工労働部長の答弁に、聞き違いがあったのか「注意して」というようなことを言われたような気がするが、何に注意するのか。JRに偉そうに注意していくというようなことはしたらいかんのやでということを初めに言うている。
 「注意する」という言葉の意味がちょっとわかりにくいんで、わかりやすく──最近、「わかりやすい政治」というのがはやっているが、わかりやすく御説明を願いたい。
 教育長の答弁ですが、この答弁は、何というのか、全くわからん。世の中には、わかったようでわからん答弁というのがあるが、これはもう全くわからん。
 「リクルート遊び」というのがはやっていると、さっき言った。これは、人に罪をなすりつける遊びです。あなた方も知っていると思う。高石などというのは衆議院議員になりそこねたけれども、指摘されたら、私の嫁さんがしたんやと言う。新聞社に聞くと、嫁さんと夫婦別れするほど大げんかになってと。そんなことがある。これはひきょうでしょう。
 道徳教育と言うたら、正しいことを正しく言えとか、勇気ある発言をせよとか、「勇気」という徳目があるんですね。しかしこれは、ひきょうというやつの最大のものです。この国の支配層──中曽根さんなんかもおかしいと思うんです。「江副ごとき者」と、えらく言うている。そして、秘書がその「江副ごとき者」に金をいっぱいもらってある。人に世話になって、それを「江副ごとき者」とぼろくそに言うというのは──うそに決まってある。
 だから、そういう人たちの道徳観というのはなってないじゃないかと私は申し上げている。それについてあんたはどう思う、あなた方教育委員会はどう思うかということを聞いているんですが、そうすると「道徳ということは」と、わからん答弁をする。私は、道徳教育の徳目とか道徳教育そのものの論陣を張っているんではないんです。そんなことは、だれも聞いてない。道徳というのは心の問題であると同時に態度の問題である、だから態度で示しましょうと、これが道徳教育、道徳である。幾らいいことを思っても、しなかったら価値がない。道徳とは、心と態度の問題や。
 こういった一連の人々の態度について四つの例を言うたでしょう。私は、政治的な視点から言うているんじゃない。大変おもんぱかって質問をしている。私は教育的視点に立って、道徳教育を扱っている皆さんから見て、こういうことについてどう思うかと聞いているんですが、わからん答弁をする。
 それから、もしも浜本という教師が現場にいたとしたら、旧学習指導要領のままだったら、人並みに「君が代」を歌わせている。国旗も掲揚する。ところが新学習指導要領は、「天皇の御世の」という解釈をして、それで教えよ教えよと言う。戦中、戦前派は、嫌やなあと、戦争中のことを思い出す。私の友達が特攻隊へ行った、私たちはそれはいいと思った、そして戦死した、そんなことを思い出す。また、テレビで二・二六事件で「天皇の」というのを見るたびに、そんなことを思い出す。戦争中、私たちはそういう教育を受けた。
 今度の学習指導要領では、教師である浜本が、そんなん嫌やと拒否する。ほうっといてくれたらするのに、「せいせい」と言われて何でせんならんのや。これを子供に教えろと言うけれども、教えられる人は日本国じゅうで一人もおらん。そんなことは教えられんと言われたら、どういう説明をする。子供の知能段階を考えたら、天皇の意味とか、そんなことは教えられない。戦争中なら別ですよ。その上、それをしなかったら処分するとほのめかしている。そういうことについてどう思うかと聞いているけれども、そんなことにはひとつも答えない。
 今の答弁は教育委員会の五人で討議した内容ですか。教育委員長やほかの人たちとそんなことについてきちっと、答弁のためじゃなくて、こういうことだということで協議しているんですか。何か、書いたものを読んでいるような感じがする。自分の血肉として、自分の信念というか教育観あるいは哲学としてあなたは述べていないように私は思う。それは人の心の問題だから言えないが、どうも書いたものを読んでいるような感じがしてならないんです。
 だから、意地悪い質問のようでありますけれども、道徳教育でなく、さっきとったそういう態度についてあなたはどう思うかということをぜひとも答えていただきたい。
 できたら、知事にも、最初申し上げたように、手続論というか行政のあり方としてどういう所見を持っているか、あわせてお答えを願いたいと思います。
 次は、意見でございます──あと三分ある。
 二十三日に串本で大島架橋促進についての大会があり、東西牟婁の県議会議員七名、それから知事はもちろんのこと、国会の先生方も見えていました。そのときに前田先生だったか、皆さん喜んでくださいということで、新聞には出てないけど、けさ、ふるさと特別事業が決まり、串本に十四億の予算が投ぜられることになりましたという話をされ、私も大変うれしかったんですけれども。
 そういう事業が今後できてくる。しかし、あの串本の──紀南は特にそうですけれども、鉄道の便利が大変よくない。交通の便のいいところだったら物すごく人が来るだろうけれども、そんなものができても、ちょっとなあという感じがするわけです。
 だから、先ほど言われたそういう点については意を用いて今後ぜひとも努力をしていただきたい。これは最大の要望といたします。
 三つお答え願いたいと思います。
○議長(西本長浩君) 以上の再質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事仮谷志良君。
 〔仮谷志良君、登壇〕
○知事(仮谷志良君) 浜本議員の消費税の見直しについてでございます。
 税制改革法の第十七条の第三項におきまして──詳しく読むのはやめますけれども──「消費税の仕組みの定着状況等を勘案しつつ、その見直しを行うものとする」と書いてございます。
○議長(西本長浩君) 商工労働部長天谷一郎君。
 〔天谷一郎君、登壇〕
○商工労働部長(天谷一郎君) 「注意」と申しましたのは、ちょっと言葉が足りませんで。
 こういう段階的な指定料金の設定を観光客がどう受けるかという、その感じ、意向や動きを注意深く見守りながら、必要があればJRと話し合いをしたいと、こういうことでございます。
○議長(西本長浩君) 教育長高垣修三君。
 〔高垣修三君、登壇〕
○教育長(高垣修三君) 道徳教育についての御質問でございましたが、道徳教育は、いかなる時代にあっても、我々の社会を形成するために最も必要な倫理でございますから、いかなる事態があっても教育委員会としては教育の場で推し進めていく決意でございます。
○議長(西本長浩君) 答弁漏れはありませんか。──再々質問を許します。
 34番浜本 収君。
○浜本 収君 残された時間はあと一分であります。
 商工労働部長、「必要があれば」と。必要だから私は言うているんです。あんたは必要でないと思っているんでしょうか。なお、所属の委員会がちょうどそこにありますので、またそこでも十分話を進めたいと思います。
 それから教育委員会の、道徳教育はいついかなる場合でも必要と。そんなことはだれも聞いてない。当たり前のことや、それ。古今東西を問わず、その手法の問題とか道徳教育のあり方とか、そんな質的な問題は横へ置いておいて、それは必要であると。そんなこと、だれも聞いてない。
 そういう一連の人々の──例えば高石のことだけでも言うてみよ。一番関係のある中曽根さんのことまで言えとだれも言うてない。高石のことだけでも言うてみよ。「ひきょうやないか、あいつは。こういうやつはあかんのや」というぐらいのことは言えと、それを言うている。もう一遍答弁願いたい。
○議長(西本長浩君) 以上の再々質問に対する当局の答弁を求めます。
 教育長高垣修三君。
 〔高垣修三君、登壇〕
○教育長(高垣修三君) 道徳教育につきましては、先ほど申し上げましたように、学校教育の中で十分な指導をしてまいりたい、このように考えてございます。
 〔「議長、議事進行、38番」と呼ぶ〕
○議長(西本長浩君) 38番貴志八郎君。
○貴志八郎君 議員が議場において具体的に質問したことに対して当局がそれに答えない場合には、当然、議長によって注意をし、質問に対する的確な答弁をさせるべきである。それは、議会の権威に照らしても確実に行わさせるべきであると思います。
 適当な処置を願います。
○議長(西本長浩君) 貴志議員の御発言を旨として今後対処してまいりたいと思いますので、よろしくお願いします。
 〔「議長、38番」と呼ぶ〕
○議長(西本長浩君) 38番貴志八郎君。
○貴志八郎君 ただいまの教育長の答弁が具体的に質問者の質問に答えていないということを申し上げておりますので。
 今後の問題は議長のおっしゃるとおりで結構でございますが、ただいまの問題について御処置をお願いしたい、このように思います。
 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(西本長浩君) ただいまの貴志議員の発言でございますが、議会運営委員会等を開いていただいて善処いたしたいと思いますので、よろしく御了承をお願いいたしたいと思います。
 以上で、浜本収君の質問が終了いたしました。


          (中略)


 正午休憩
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 午後二時三分再開
○議長(西本長浩君) 休憩前に引き続き、会議を開きます。
○議長(西本長浩君) この際、申し上げます。
 午前中の浜本議員の質問に対する答弁に関し、教育長から発言の申し入れがありますので、この際、これを許可いたします。
 教育長高垣修三君。
 〔高垣修三君、登壇〕
○教育長(高垣修三君) 浜本議員に再度お答えを申し上げます。
 御指摘の件につきましては、文部省の元事務次官が刑事訴追を受けたことは事実でございまして、重大なことと受けとめてございます。
 今後、道徳教育を進めるに当たりましては、人間としてのあり方、生き方の自覚の問題として進めなければならないと考えてございます。
 以上でございます。

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