平成16年12月 和歌山県議会定例会会議録 第3号(須川倍行議員の質疑及び一般質問)


県議会の活動

  午後一時三分再開
○議長(小川 武君) 休憩前に引き続き、会議を開きます。
 質疑及び一般質問を続行いたします。
 一番須川倍行君。
  〔須川倍行君、登壇〕(拍手)
○須川倍行君 議長のお許しをいただきましたので、一般質問をさせていただきます。
 最初に、地方港湾・新宮港に関しての質問であります。
 和歌山県の海岸延長は約六百キロメートルと言われ、その中に十六の港があります。県土を紀北、紀中、紀南の三つの区域に分けるとすれば、紀北では特定重要港湾である和歌山下津港、紀中では重要港湾の日高港、紀南では唯一の外国貿易港として実績を重ねてきている地方港湾である新宮港がうまく配置されていると思います。和歌山県は山間部が県土の大半を占め、その山間部は海岸部近くまで押し迫ってきている地形であるため、逆に港を生かすことでその有利性を考えた港の配置であると言え、均衡ある県土の発展を目指した政策を推進する上で港湾は大きなアイテムであると思います。
 まず、港湾事業は、他の公共事業である道路や河川事業の供用開始と波及効果を比べてみましても、供用開始からその効果を発揮するまで相当な助走時間が必要であると私なりに理解しております。しかし、地域経済の活性化を図る手法としては、外からの経済力の刺激も受け、県内の経済力もあわせ高める必要性を感じているが、その場合、港湾は外部からの刺激を受ける手段としては最たるものと考えますし、その過程で地域産業振興を相乗的に活性化させられる基盤を真剣に考えなければならないと思います。
 しかし、残念ながら、現在は公共事業の中で港湾事業は全く人気のないむだな公共事業として唱える風潮があり、これはけしからん意見であると私は考えておりまして、このことへの怒りとして、県が反論するだけの考え方を常に意識して持っておいてほしいと思います。
 さて、今回、新宮港の質問に当たり、私は、新宮港は紀南の産業振興の拠点としての整備を図り、後世に喜ばれるものにしなければならないと強い決意を持ち続けてきている一人であります。と申しますのも、新宮市においては、新宮市土地開発公社の造成費、県営事業への地元負担金など、国・県とともに三者が多額の投資を行うわけであります。したがって、ぜひとも紀南の産業振興の拠点としなければならないし、公共事業の費用対効果をよく耳にしますので、このことも常に意識しなければなりません。
 紀南地方では、新宮港がなければ主要産業である木材業の成り立ちは考えられません。また、公共や民間の建設事業に使用する生コンクリートの原料であるセメントの価格面から見ても、港があるから三重県の松阪周辺や奈良県の十津川村までのエリアに安定供給可能であり、コスト面の高騰も抑えてくれております。直接港とは関係せずとも、新宮港内には、ワイヤーハーネス工場や電子工場など雇用力のある企業が操業されておりますし、また、港があるおかげで、豪華客船のにっぽん丸、ふじ丸、護衛艦、巡視船など海事思想ともかかわるいろいろな港に関したことや船舶の見学が一般の方々にも提供でき、港湾のない自治体には受けられない恩恵も享受でき、このように一般の方々の余り知られない部分で港の貢献度は非常に大きいと思います。港湾の特性とでもいいましょうか、役割等をもう少し県民にも広く知っていただき、県内企業や県外企業にももっと港湾を利活用してもらうよう、ソフト的な施策、工夫が必要であると思います。
 新宮港は、県の力添えと国の協力によって、新宮市とともに昭和四十五年当時から新宮港建設に着手し、第一期分が昭和五十四年に供用開始されました。その後、第二期が平成十年より本格的にスタートし、一部埋立地の竣功を見る状況となってきており、地域住民の目もそこに向けられ、企業立地に期待を寄せています。
 そのような時期、ちょうど本年七月、高野・熊野地方が「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産に登録され、その中で、新宮港は観光面においても熊野の海の玄関口としてその活用が期待され、海の駅のような拠点づくりも必要ではないかというようなこともささやかれてきております。また、新宮地方は久しく陸の孤島と言われておりましたが、県当局の国に対する強い御尽力のおかげで、新宮港の背後アクセスともなる那智勝浦道路や地域高規格道路五條新宮道路も整備されつつあり、一方、熊野川を挟む三重県側でも、勢和多気からの高速道路の新宮方面への南伸や尾鷲熊野道路の着手など、東南海・南海地震対策としても「命の道」と称した道路建設が位置づけられ、新宮港周辺の地域経済圏へのアクセス道路も着々と整備されつつあり、大きな喜びとするところであります。
 新宮港は、これらアクセス道路の整備に伴い、名古屋を中心とする東海・中部経済圏域とも交流する環境が整いつつあると言えます。まさに紀伊半島の要衝港湾として、その役割が期待される港と位置づけられると思います。そして、新宮港は現在、特定地域振興重要港湾として国の指定をいただきました。これは全国で十三の港だけと聞いており、その指定後、早速国と県と地元市町の共同製作で新宮港振興ビジョンが策定され、その目標に向けた施策が今から展開していこうとしていると聞いておりますし、この指定された首長らで組織した特定地域振興重要港湾活性化協議会も設立し、意見交換が活発に行われ、予算確保においても積極的に行われると聞いております。
 これら目標に向けては、民間団体の新宮港振興会など関係機関でも一致して理解を示し、その上で新宮市といろいろと協議しながら港から町づくりを目指すという意気込みも感じておりますし、新宮港が地域産業の基盤であり、地域へどのような役割を担って貢献しているか、常に問いかけながら官民協調した行動が見受けられます。さらに、港の一部を地域住民に開放しながら交流促進を図り、親しみのある港湾空間を創出しようと、広く港を理解していただける方法も考えながら行動しようとしております。
 県においては、そのような地元関係者の動きについて、建設部門であるハード面事業はよく努力していただいていると、そのように理解しておりますが、ソフト面での力添えも積極的に行っていただければと思いますので、港湾の存在と役割などをもう少し広くPRするように要望しておきます。
 さて、ここからは各論に入り質問します。
 新宮港第二期事業での東防波堤の進捗についてであります。
 新宮市土地開発公社の工業用地造成と国の補助事業で県が実施している岸壁や親水緑地の外郭などが形成されるにつれ、港湾内の静穏度問題が新宮市議会では毎回のように取り上げられております。この静穏度問題は、第二期整備基本計画では既に東防波堤計画が盛り込まれており、その計画に向かって一部実施している途中と聞いておりますが、予算確保の関係で現地での進捗率が鈍いことや、現状、少しのうねりでも貨物船や客船などの接岸時の支障が起きていることへの不満があります。また、荒天時には比較的東側からのうねりの侵入が新宮港の静穏度を最悪な状況にしているようで、隣接する三輪崎漁港の係留中の漁船転覆への不安をあおり、当初、第二期港湾計画の説明時になかった現象がここ数回となく生じているものですから、漁業関係者からこの計画への不信感が広がってきている感もあります。さらに、振興会を中心として行われてきているポートセールス活動も、胸を張って新宮港の利活用を呼びかけられないと言っていることなどの不満もあります。
 九月五日、新宮市では震度五弱という地震を二回体感し、津波も発生しました。比較的軽度の津波ということでしたが、地域住民は大きな恐怖心と、今後の南海地震の発生と津波対策はどうなるのだろうかと不安を持ちました。津波対策として、すべてこの東防波堤で防ぎ切ることはできませんが、少しは有効に働くことが考えられることから、十月七日に新宮港振興会を中心に上京し、県並びに新宮市が同行する中、二つの漁業協同組合と、三輪崎区・佐野区の代表者の連署で、県選出国会議員と国交省港湾局に対し、東防波堤の早期完成を要望したと聞いております。これまで地域住民の代表らがこのような形で要望活動をしたということはなかったと聞いておりますし、それだけにこの防波堤に期待しつつ地域の切実な思いが込められているということであります。
 なかなか国の財政事情厳しい折でありますから、地方港湾予算枠の縮小が求められる中、その苦境をはね返して、南海地震対策措置法においてもこの新宮港の東防波堤を命のとりでとなる防波堤として位置づけるなど、知事が先頭に立っていただいて県の強い姿勢を国に訴え予算獲得していただかないと大きな事業費がかかる防波堤だけに進捗はなかなか進まないと思いますが、現在の東防波堤の進捗状況と今後の見通しについて答弁を求めます。
 次に、港湾緑地の工事に関する事項であります。
 現在の新宮港の埋め立て規模は、県・市合わせて約三十四・六ヘクタールで、その二五%に当たる八・八ヘクタール、坪換算して約二万七千坪が公共緑地であります。この緑地が完成すれば、工業用地を緑の木々で覆い囲んでしまう緑の港湾にふさわしい港湾空間が創造されます。平成八年当時、吉野熊野国立公園特別地域内での埋め立て計画に関して、環境団体からの反対や海岸で実施されていた盆行事や地元の祭りなど、開発か自然かの選択で地域の将来性について議論が伯仲した時期もありました。最終的には、地元住民にもこの緑地の基本計画が示され、環境庁や住民からの賛意を得た中、新宮市は特別地域内の緑地工事を、県は宇久井側の側面で普通地域内を、港湾緑地としてそれぞれ役割分担して実施することになったと聞いております。
 現在、地元の祭りとして続いている祭りのことでありますが、工事期間中にもかかわらず、新宮港の工事中の一部埋立地を使用し、地元区民との協調体制によって、大勢の周辺住民もこの祭りに参加するなど大変なにぎわいであります。今後県が港湾緑地を造成する中、このような住民が利用可能な広場が計画されており、この地元祭りがここに再現されれば地域住民の利活用につながり、開かれた港湾としての意義があると思います。
 そこで、このような思いの中、緑地工事がおくれるといううわさというか、工事の進捗に消極的な発言を少し耳にしております。この緑地事業の計画は、新宮港全体の事業促進を図る上で地元住民とはよい意味での接着剤となり、信頼関係を構築し、楽しい意見交換ができる計画ともなっています。この事業の早期完成を大変楽しみにしている周辺住民の気持ちを逆なですることなく工事の早期完成をお願いしたいと思いますが、工事の進捗状況と今後の見通しについて、県土整備部長の答弁を求めます。
 また、この港湾緑地は、海岸べりの親水性のある散歩道や港を少し高いところから見る展望台など、防災緑地といった住民が十分憩える大きな広場となったり、一部砂利浜の復元など本当に背後が美しいロケーションであるから、港全体もいつまでも美しくありたい、漁業振興や海の中の観光地もつくらなければという思いもあります。
 さて、知事が提唱し実施している緑の雇用事業は、日本初の事業として国に認められて紀伊山地の山々に目を向けられておりますが、片や海の港湾においても、新宮港では既に新宮市の第二期長期計画に基づいて、緑のみなと整備と位置づけられております。緑を多く取り入れて、新宮港内の企業活動が自然いっぱいの中で行われるような環境創出を図るために、前向きな建設を進めようとしています。完成後は、経済活動の起業地を緑の豊かさですっぽりと囲んでしまうという、美しい自然とマッチした港湾空間を目指しておりますが、このことについて知事のお考えをお聞かせください。
 次に、港湾管理に関する事項であります。
 新宮港第一期は、昭和五十四年に供用を開始いたしました。昭和四十五年当時は、漁業権放棄問題で漁業組合が二分するという大きな出来事になりました。最終的には、新宮港建設に対して条件つきで同意するという形となり、三輪崎漁業協同組合と当時の新宮市長との念書に、漁民の生活権について、雇用など将来にわたる不安を解消するため荷役業務を当漁協に優先させるという条項までうたわれております。それに従って新宮市は三輪崎漁業協同組合の意向を尊重し、地元企業らで荷役会社として新宮港埠頭株式会社を設立し、荷役を中心とした業務を開始し、地域の産業振興を目指した運営がスタートしてからはや二十五年の歳月が過ぎようとしています。
 また、新宮港には港湾労働者のための宿泊施設がないため、その必要性を判断して、港湾会館新設やソフト面での管理をする財団法人新宮港湾財団を設立しました。現在、大阪税関の出先機関が設置されておりますが、官公庁舎用地などの造成も、新宮港が地域の核として仕事をしていくためのインフラ整備など、これらに真剣に取り組む新宮市や民間団体の動きは地域振興の大きな原動力となったと言えます。
 荷役問題は、市域を二分するほどの大きな政治問題にも発展しました。しかし、今、新宮市が中心となって調整していることや、新宮港の現在の利活用など地域経済に大きく貢献していることを見ましても、何らトラブルなく、関係団体や商社、荷主などとの信頼関係も非常に良好な関係が構築されていると言えます。また、ほかにも新宮港第一期内の企業や民間団体で組織する新宮港振興会の設立など、新宮港の発展を目指した力強い組織も誕生しました。第一期の埠頭用地の一部で新宮市の所有地による管理問題もありますが、県業務に支障のない形で行われてきたことにより、逆に県は経費節減につながっている状況と言えると思います。
 そこで、第二期整備事業の一部暫定供用開始を目前に控えて管理問題がクローズアップしてくるわけですが、この際、県が管理する埠頭用地や親水緑地の管理、約十二ヘクタールの土地に及ぶと思いますが、新宮市あるいは第三セクター会社の新宮港埠頭株式会社、財団法人新宮港湾財団に管理業務を任せてはどうでしょうか。荷さばき地の管理及び船舶の出入りについても、指定管理者制度の関係もございましょうが、県がこれを実際にやるとなると多大な経費と人件費が必要でありますし、行財政改革推進に逆行する形となります。新宮市から見ても第一期と同様の形を第二期でも実現可能となるよう要望があったと思いますが、県の台所事情や政治的課題も踏まえて包括的な打診だと思いますが、県はこの件についてどのような考え方をお持ちなのか、お尋ねします。
 最後に将来についてですが、新宮港は東に向いて開いた港湾です。中部、東海、関東方面との交流促進を図る港湾です。したがって、中部経済圏域からの産業流入を視野に入れなければなりません。既に第一期内での電子やハーネスなどの企業は、三重県に本社がある企業であります。行政区域は中部と近畿のはざまにある新宮港ですが、企業側から見れば中部経済圏域にある港とも言えるポジションにあるわけです。また、新宮港の海上周辺では、国際海洋法に沿った大陸棚調査や南海地震のデータ収集のための地震計設置、またメタンハイドレート調査など、にぎやかであります。
 新宮市や新宮港振興会では、身近なテロ対策や船舶の安全などの対策として海上保安署の設置を要望したり、また、豊富な熊野川の水資源を、パイプラインがある巴川製紙の工業用水施設を活用し、国家危機管理の観点から、新宮港から供給するシステムを水資源救援港の指定という考えで利用したいという今までにない発想を国に求めたり、次世代エネルギーのメタンなどの研究施設や地震計などにも国の調査船が使われることから、新宮港を総合的な基地として積極的な利用を図るよう国にお願いしているようですが、新宮港の活用は紀伊半島全体に波及効果をもたらす可能性があると思いますが、港湾管理者の県としてこれらの動きに対してどのような対応や考え方をお持ちなのかお尋ねしまして、これからも県のお力添えで立派な新宮港を目指していただくことを懇願して、この質問を終えたいと思います。
 次に、教育行政についてであります。
 学校制度が始まって百年余り、戦後教育でも半世紀以上が過ぎた中で、週五日制という極めて大きな変化を迎えて二年以上が経過したわけですけど、子供たちが学校に縛られる時間が少なくなって、家庭、地域社会あるいは公的機関は、いや応なしに子育てへのかかわり方を考えざるを得なくなってきておりますが、学校教育にも今まさに抜本的改革が求められているのではないでしょうか。
 戦後しばらくは受験戦争などで知識の詰め込みが徹底されて、最近は急にゆとり教育と言われ始めたんです。これはバランスを欠いた典型的な例だと思うんですが、児童生徒の個性を育てる自由教育、この必要性は認めます。しかし、その反面、読み、書き、計算など基礎的な知識に関しては、苦痛とも思えるような徹底した繰り返しが必要じゃないかなと思うんです。今の教育論議には強制か自由かという単純な構図が余りにも多くて、自由に偏り過ぎているんじゃないかなと。この両者の適正なバランスを考える議論が必要じゃないかなと思います。もちろん、きめ細かくそういうことをされているんでしょうけど。
 また、最近は学校を相手取ったいろいろな訴訟とかがふえてきていまして、教師が萎縮しているんですよね。本気で子供たちに接するほどその危険性は高まっています。子供の人権や権利ばかりが言われる中で、愛情とそれに裏打ちされた厳しさも失ってしまったんじゃないでしょうか。学校の問題は社会情勢や保護者にも原因があります。しかし、教師の復権なくして教育の復権はあり得ないと思うんです。高い指導力と誇りを持つ教師がふえることで、教育現場は必ずよくなると思います。
 そこでまず一点目の質問ですが、教師の研修というのは一体どういった内容でいつ行われているのですか、お尋ねします。
 次に、ふるさと教育の実践についてです。
 現在は、若者による犯罪や自殺が後を絶たないですが、将来の日本を背負っていくのもまた若者であります。町の活性化の第一歩は、まずその町に住む若者が、自分の生まれ育ったふるさとに誇りと愛着を持つことから始まるのではないでしょうか。ですから、今こそふるさと教育の必要性を重視し、その実践に踏み切るべきだと思います。
 例えば、今の子供たちの中で、自分の住んでいる町の歌、市歌とか町歌、これを歌える子供が県内で果たして何人いるでしょうか。教えている学校はあるでしょうか。県内すべての学校で私は教えるべきであると思います。また、自分の町の歴史についても学校で詳しく教えていくべきだと思います。ふるさとを詳しく知ることから愛着も生まれてくるのではないですか。
 財団法人地域活性化センターというところが発行した「伝えたいふるさとの一〇〇話」という、こういう本があります。それぞれの地域には、ふるさとの発展や復興、安全、住民融和等に貢献した献身的な、あるいは英雄的な行為が語り継がれて、今でも人の心を打つ伝えたい話が数多く残されています。この全国各地の百話の中に、和歌山県橋本市の大畑才蔵氏、那賀町の華岡青洲氏、広川町の浜口梧陵氏の三人が掲載されていますが、私はこの伝えたいふるさとの話の和歌山県版を教育委員会が作成して、発育段階に応じたカリキュラムをつくり、県内の小・中・高の学校教育に使用することを提案します。このことを実践することによって県内の多くの子供たちに知ってもらうことが、ふるさとへの誇りの再生につながり、さらには分権時代における個性豊かな地域づくりに資するものと思われますが、教育長の御見解はいかがですか、お尋ねします。
 この項の最後に、高等学校の再編問題にも関連するんですけども、単純に少子化問題とか採算ベースで物事を考えずに、この際、百八十度発想を転換して取り組んでいただきたいと思います。せっかく県立高校の学区撤廃をしているのですから、もっともっと特色ある学科を各学校に置くべきだと思うんです。現在の県立高校にも種々さまざまな学科がありますが、それをさらに一校一学科、今県内の学校のどこにもないような学科、あるいは全国的にもないような学科を置くことを提案いたします。例えば、音楽学科、芸術学科、体育学科、農林水産関係の学科、個性的なところでは観光学科、IT専門学科、介護専門学科などであります。過疎が進んでいる学校ほど、こういった特色ある学科を設置することによって地域以外の生徒が来てくれる、そういった専門的な要素がふえてくるんじゃないでしょうか。むしろ、これを実践することによって全国的にもモデルケースとして発信して、将来の道州制の時代には全国の至るところから生徒がやってこれるような時代になるかもしれません。一度ぜひ御検討いただきたいと思いますが、教育長の見解はいかがですか、お答え願います。
 最後に、天然記念物の「浮島の森」の再生と県道の拡幅についてです。
 御存じの方もいらっしゃるでしょうが、本年七月に世界遺産登録となった熊野の都・新宮市には、世にも不思議な島があります。何と寒い標高二千メートルに生息するオオミズゴケや南方にしかないテツホシダなどたくさんの寒暖の植物群が入りまじって共存するという、町の真ん中にある珍しい島で、昭和二年に国の天然記念物に指定されていて、「浮島の森」と呼ばれています。知事はここをごらんになったことありますか。
 昔、NHKの「ひょっこりひょうたん島」のモデルの島になったとも言われていますが、正式には新宮藺沢浮島植物群落と言います。指定当時は、浮島の周辺に見渡す限り湿原が広範囲にわたって緩衝地帯のように広がっておりました。ですから、天然記念物としての指定範囲が小さかったのだと思います。恐らく、今みたいに激変するとは当時想像すらできなかったのであろうと思います。だから、当時の指定面積が余りにも狭かったことを現在非難することはできませんが、ただ、学術専門家の間では、世界的な第一級の資料である、これほどの価値のあるものをどうして大事にしてこなかったのかなと、今にして思うのであります。現在は、浮島の周辺にすごい勢いで宅地が押し迫り、閉塞状態で身動きができないくらいです。何とか起死回生の手段を講じないと、浮島の生命はなくなるほどの危機状態です。皆様のお手元にお配りしてある写真を見ていただければ、昔と今の違いがよくわかっていただけると思います。
 聞くところによると、縄文時代に海が新宮市内まで入ってきていました。これを縄文海進というらしいです。その後、随分たってから海の水が今みたいに引きました。その途中でいろいろな変化が起こり、浮島がぽつんと残ったようです。だから、古代の姿が今に残るタイムカプセルのようなものなのです。
 最近、世界遺産の町になってからというもの、たくさんの観光客が訪れるようになり、中には専門的な知識をお持ちの方も多くございます。このままではいけない、早急に昔の写真のように周りの環境を回復すべきだと、いい意味での強い御批判を多数ちょうだいする始末であります。私も常々心を痛めているところであり、これは喫緊の課題であると認識している次第であります。貴重な文化財を本県から消滅させるのは忍びない。事ここに至ってはいささかの猶予もありません。このままでは世界に誇れる遺産を永遠に失いそうです。できることならば、財政逼迫の折、心苦しい面もありますが、県道拡幅という政治的手段を早急に講じていただき、関連的に大胆にこの島を助けてほしいと願うのであります。平安、鎌倉、江戸期、修験者たちの秘所でもあったこの秘めたる浮島、「おいの伝説」を書いた上田秋成の「雨月物語(蛇性の婬)」でも登場する価値あるこの島の再生に格別の御配慮を願いたいと思います。
 また、先般、震度五弱の地震が立て続けに二回も起こって、浮島の周辺の住民は激しい揺れに生きた心地がしなかったと言っておりました。それはそうです。もとはといえば沼というか湿原の上に盛り土をして建てた家ですから、とても危険だと思います、豆腐の上に建っているようなものですから。もしも阪神・淡路大震災の大きさだったら、一番先に液状化するだろうと心配されます。防災面から見ても抜本的な対策が必要です。とは申せ、五十軒ほどある住宅をどう移転させるのか、その用地は、その費用はどう捻出するのかと考えたら、とても脆弱な一自治体では不可能です。
 実は、世界遺産の町になったおかげで、訪れる観光客が日増しに多くなっています。国道四十二号から裁判所を曲がって、JR新宮駅までの途中にある浮島の森を訪ねてきます。マイカーや観光バスや駅からのタクシーなどが入ってくるため、狭い県道池田港線は大変危険な道路となっております。一日も早い大幅な拡幅が求められています。新宮の地が県政の素早い対応によって県民の交通安全と安住政策が図られるなら、県民のみならず来訪者に好印象を与え、ひいては我が県の誇りとなり、自慢にもなります。大いなる御判断を期待してやみません。浮島の森の再生については教育長に、県道の拡幅については県土整備部長に御見解をお尋ねいたします。
 以上で、私の一般質問を終わります。御清聴ありがとうございました。
○議長(小川 武君) ただいまの須川倍行君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 知事木村良樹君。
  〔木村良樹君、登壇〕
○知事(木村良樹君) 新宮港は、吉野熊野国立公園という自然環境の豊かな場所において新たに地域振興のための港湾整備を実施したもので、環境と開発のはざまのまさに接点において周辺の自然環境にも十分配慮した緑地を整備するということは、大変意義深いことであるというふうに認識をいたしております。今後、在来の自然植生を取り入れるなど工夫を図りつつ、地元の方々の御協力を得ながら、世界遺産に登録された熊野地域の自然と調和した緑地として整備を行い、地域振興や観光交流にも生かせるようにしたいと考えております。
○議長(小川 武君) 県土整備部長酒井利夫君。
  〔酒井利夫君、登壇〕
○県土整備部長(酒井利夫君) まず、東防波堤の進捗状況と見通しについてでございますが、当該防波堤は平成十四年度より工事着手いたしております。事業の進捗状況につきましては、平成十六年度末には、防波堤全長三百メートルのうち四十五メートルが現場水域に姿をあらわし、事業費で約三〇%の進捗率になる予定でございます。財政状況が非常に厳しい中、平成二十三年度完成を目指し、今後とも予算の確保に努めながら、鋭意進捗を図ってまいりたいと考えております。
 次に、港湾緑地工事についてでございます。
 これは、平成九年度に工事着手しております。これまでに埋立地、外郭護岸は概成しておりまして、現在、埋め立て用材として建設残土を受け入れるなど、コスト縮減を図りながら着実に埋め立て造成を実施しております。平成十六年度末には、事業費で約七二%の進捗率となる予定でございます。今後とも受け入れ残土の確保に努めながら、平成二十年度の完成を目指し、鋭意進捗を図ってまいりたいと考えております。
 次に、港湾の管理についてでございます。
 新宮港の港湾管理のあり方につきましては、より高いサービスの提供や行政コストの低減を図るという観点から、新宮市、地元関係者とも協議し、指定管理者制度の導入も含めて検討してまいります。
 それから新宮港の将来についてでございますが、これまでも新宮市など地元関係者と連携を図りながら、製紙工場などに対しポートセールス活動を実施してきたところでございます。また、従前から旅客船の誘致活動を進めてきたところ、今般の世界遺産登録を契機として旅客船三隻の寄港が実現いたしました。議員御指摘のとおり、この地域には、熊野川の豊富な水、自然豊かな環境と文化、メタンハイドレートなどの有望な海洋資源があり、新宮港や紀伊半島南部地域が将来飛躍するためのポテンシャルを有しているものと考えております。今後とも、地元関係者や関係部局と連携を図り、地域の資源を十分活用しながら、新宮港のPRや貨物の誘致活動等に積極的に取り組んでまいります。
 次に、県道池田港線の拡幅についてでございます。
 JR新宮駅から国道四十二号までは、上本町あけぼの線として幅員十六メートルで都市計画決定がされており、国道四十二号とJR新宮駅間の最短ルートであることから、整備が必要であると考えております。このうち、JR新宮駅から都市計画道路下本町梅ノ木線までは既に整備済みでございます。残る国道四十二号までの約五百メートル区間は、近隣商業区域であり人家や商店が密集しているため、中心市街地のより一層の活性化の観点から、例えば沿道区画整理型街路事業など面的整備を取り入れるなど、地元の方々も参画し、さまざまな活性化計画とも整合のとれた効果的な町づくり計画がまず必要であると考えております。その計画を策定するに当たっては県といたしましても協力するとともに、それを踏まえて対応してまいりたいと考えております。
 以上です。
○議長(小川 武君) 教育長小関洋治君。
  〔小関洋治君、登壇〕
○教育長(小関洋治君) 初めに、教職員の研修については、一人一人の指導力や資質の向上だけでなく、プロとしての自覚と誇りを培うことが大切であると考えております。本年度は、初任者、五年及び十年経験者の全教員を対象とした研修を初め、管理職、教科・領域に関する研修等、合計二百七の講座を開設いたしております。特に、昨年度大きく模様がえしました十年経験者研修は、指導力の強化とともに、地域社会との連携や人間関係能力のスキルアップをねらいとして、夏季休業中を中心に合計四十日間実施しており、みずからの能力、適性を把握し、これからの教育活動の方向性を確固たるものにする大きな役割を果たしているものと考えております。
 また、来年四月に開所いたします和歌山県教育センター学びの丘では、一層充実した研修が実施できるよう計画しているところです。
 次に、ふるさと教育の実践についてお答えします。
 本県には、世界に誇る豊かな自然と文化遺産が至るところにあり、県民歌や市町村民歌等にもふるさとの思いや願いが織り込まれたものが数多くあります。教育委員会では、議員御指摘の伝えたいふるさとの話の和歌山版とも言える和歌山の自然や歴史、先人の偉業を取り上げたふるさと教育副読本「わかやまDE発見!」を作成し、県内すべての小中学校に配布して、総合的な学習の時間等で積極的に活用しております。また、ふるさと教育推進大会やあさもよし紀伊国スクール事業などを実施する中で、児童生徒がふるさとのすばらしさを発見し、郷土を愛し誇りに思う心をはぐくんでまいりました。今後とも各学校に対し、総合的な学習の時間等の中で一層充実したふるさと教育を実施するよう指導してまいります。
 特色ある学科の設置については、生徒の個性を最大限に伸ばすことができる多様で柔軟な教育を推し進める観点から、平成元年以降、これまで総合学科を含めて四十を超える学科を新たに設けてまいりました。今後も社会の変化や生徒・保護者のニーズ、卒業後の進路などを踏まえ、多面的に研究、検討してまいります。
 また、近年では、学科に比べて科目の設置などに制約の少ないコースや類型のあり方に工夫を凝らし、選択幅を広げながら、一人一人の個性によりきめ細かく対応できる教育課程の編成に努めてまいりたいと考えております。
 最後に、天然記念物「浮島の森」の再生についてお答えします。
 これまで所有者である新宮市が主体となって、国や県との連携のもとに、下水流入の遮断などさまざまな取り組みを行ってまいりました。その結果、水質については近年相当の改善が見られ、植物生育状況も好転しているところです。さらに、平成十五年度に浮島東側の隣接地の一部が国指定天然記念物に追加指定されたことに伴い、新宮市では、国の助成を得てその土地を買い上げるとともに、本年度から環境復元事業に着手しております。沼沢地の拡大や復元は浮島のより完全な保護にとって好ましいことでありますので、議員御提言の事業と関連した環境復元が実現した場合、教育委員会といたしましても積極的に取り組んでまいりたいと考えております。
○議長(小川 武君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
  〔「なし」と呼ぶ者あり〕
○議長(小川 武君) 以上で、須川倍行君の質問が終了いたしました。

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