知事からのメッセージ 平成31年1月31日

知事からのメッセージを紹介します。

平成31年1月31日のメッセージ

ミラノの悲劇と関空

 職業柄ヨーロッパにも時々営業に出かけます。相手の国は多岐にわたります。その時大体は関空からヨーロッパのハブ空港に飛んで、そこから乗り換えて目的地まで行きます。ヨーロッパのハブ空港としては、オランダのアムステルダム・スキポール空港、ドイツのフランクフルト空港、ロンドンのヒースロー空港、パリのシャルルドゴール空港などをよく使います。このあいだは関空からの直行便が毎日出ているフィンランドのヘルシンキ空港からマドリード行きに乗り換えました。ただその中で、イタリアのミラノやローマを経由することはほとんどありません。ちゃんとしたハブ空港になっていないからです。
 イタリアは、ヨーロッパの中ではドイツに次ぎ、フランス、イギリスと並ぶ大国ですから、ちょっと寂しい気がします。ローマは、もはや経済の中心地でもないので、やむを得ないとして、ミラノはヨーロッパの中では、かなりの経済の中心地なのに残念です。何故そうなったのでしょうか。

 私は1989年から1992年にかけてミラノのジェトロに出向して勤務していました。当時は日本経済の絶頂期ですから、日本に有利で自由な国際貿易ルールがひっくり返されないように、できるだけ相手国の産品も輸入してあげて、相手国に投資もしてあげようという時代です。イタリアというと、政治や経済やビジネスの面であんまり良いイメージを日本人は持っていないのですが、ミラノを中心とする北イタリアは実際はヨーロッパでも有数の工業地帯で機械部品や材料など基盤産業が数多く集積していましたし、有名なファッション産業では、これまでパリやニューヨークの下請けから一挙に世界の中心に躍り出た頃でありました。観光産業もその資源の宝庫であることは論を俟ちません。
 しかし、何となくヨーロッパの中で中心ではない「ハシパイ」感があるわけです。古代のように「すべての道はローマに通ずる」感がないのです。私は地域が世界の中心イメージを出して、またそれを武器にして世界と繋がって発展していくためにはあの「すべての道はローマに通ずる」という要素が必要だと思います。事実ローマは放射状に大街道がイタリアの各地を経て当時のヨーロッパ世界に通じていたわけでありますし、それを補完するものとして海運基地としてオスティア港と舟運という手も備えていました。今の世の中では、このような「世界に通じる」ものとして大事なものは、空港、それも世界と繋がって、ここを拠点に旅客と空運が交差する大ハブ空港であると私は思います。

 ハブ空港のハブとは自転車の車輪に例えた概念ですが、中心がハブ、そこから放射状に伸びているたくさんの車軸がスポークで、このスポークがいっぱいあるということが、ハブ空港の死命を制します。遠い所からハブ空港へ飛んできて、そこで乗り換えてスポークの便を使って各地へ飛んでいくことが容易な空港が便利だからであります。これが伝統的なハブ&スポーク理論で、今は、行きたい所に自由に飛んで、やたらめったら繋がるオープンスカイ理論という方が新しいのだという人も多いのですが、ハブ&スポーク理論を完全に捨てたら遠距離便の動向が説明がつきません。
 経済や観光では繁栄しているミラノの「ハシパイ感」はこのようなハブ空港がないことからきているのではないでしょうか。ミラノには市街からすぐの郊外にリナーテ空港があります。イタリアのことですから都市計画は完璧で、ミラノの市街地を抜けてリナーテ空港までの間は全て農地で、空港周辺が伊丹空港のように建て込んでいるということはありません。リナーテ空港は、2400mと600mの滑走路一本ずつの小さい飛行場ですから、遠距離に使われていた当時のジャンボ機などは発着できません。既述の通り、周囲は農地ですから、ここを拡張するという手はあったのではないかと私は思いますが、イタリア政府は、ミラノの北西48kmの遠隔の地に4000m滑走路二本を持つマルペンサ空港を新しく作り、これを遠距離便用に使用することとしました。北米向けや日本向け直行便などはここに発着することになったのです。

 我々ミラノに住んでいる利用客は、ヨーロッパ域内はリナーテ空港を使うのですが、アメリカや日本に用事があるときはマルペンサまで延々行かなければいけません。車があった私なんぞはそれでも高速を飛ばしていきますが、駐車をしておくことを厭う人々はバスに乗り、電車はもっと不便ですから、結構難儀をするわけです。(その点、関空はJR、南海と二本も乗り入れて便利ですから大分良いと思います。)そうならばと、マルペンサに行くくらいならいっそのことリナーテからフランクフルトなど一流のハブ空港に飛んでいってそこで乗り換える人々も随分増えてきます。ましてや、他国からヨーロッパに人や貨物をどう運ぼうかと考える航空会社や旅客は、マルペンサを選ぼうとしないでしょう。マルペンサに到着しても、そこから他の都市に行こうとした時、乗継ぎ便がマルペンサからはあまりなく、多くはリナーテを発着しているわけで、マルペンサからリナーテに行くのは、ものすごく不便で時間もかかるというわけです。

 かくて、本来ならばヨーロッパの顔の一つになってもおかしくないミラノは、他国と比べ貧弱な空港しか持たないために、いつまで経ってもヨーロッパの中ではハシパイ都市にしかなれないという状況にあります。
 ちなみにアムステルダム空港と比べてみると、ミラノ都市圏の人口529万人に対しアムステルダムは166万人なのに、総旅客数はマルペンサとリナーテを足しても2900万人に対しアムステルダムは6400万人、貨物量は56万トン対169万トンと大幅な差をつけられています。

 このように空港がハブ空港として栄えているメリットは、単に世界の中心地の一つとしてその地域の人々の自尊心をくすぐるだけではありません。航空路が世界につながっているのならば、その他にビジネスの拠点を置いておこうというインセンティブが強くなりますし、逆に不便な所からは、その地域用のローカルな営業メンバー以外の中枢的スタッフを引き上げてしまうかもしれません。別の観光地に行こうと思っていた人が、どうせ乗り換えなんだからと、1~2日連泊して近所で観光して帰ろうと考えるかもしれませんし、海外の観光業者がツアーを考えるときも、はじめから国際ハブ空港を拠点としてツアーを組んでいくことも多くなると思います。ハブ空港を持たない地域はこのチャンスを他に奪われるということです。それに栄えている空港は地域にとって一大雇用拠点です。様々なサービススタッフがここで働き、周辺に住むことになるわけです。大したことがないマルペンサとリナーテしか空港を持たないミラノは、この面でも大いに損をしていると考えるべきでしょう。

 マルペンサを作ろうと思った時のイタリアの政権の意思決定過程を私はまったく勉強をしていません。しかし、ハブ&スポークのハブ空港理論に背馳した政策をとった結果、栄光のミラノに1つの悲劇が生じたと言っても過言ではありません。「すべての道はローマに通ずる」都市と国家の設計をした古代ローマの為政者との差は歴然であります。
 そして、ミラノの悲劇を思う時、イタリアと並んでもう1つの悲劇の国があります。日本であります。
 最近でこそ近隣諸国、アジア諸国の発展もすごいけれど、過去何十年も繁栄を極め、今でも十分な経済力も観光資源も持っている日本が、世界に冠たるハブ空港を持たないという事はイタリアをとやかく言える話ではありません。国内航路に特化した羽田と伊丹、国際航路に特化した成田と関空というハブ空港理論に背馳した空港政策をとってきた結果はどうでしょうか。アジアでもハブ空港としての明確な意図のもとに大発展をしている香港、北京、上海浦東、シンガポール・チャンギ、韓国・仁川などと比べると、明らかに日本の実力から見て、日本の空港は発展していません。

アジア・欧州主要空港の比較グラフ

 東京都心に近い便利な羽田だけは主として国内便だけで大変な旅客数の多さですが、遠距離国際便のあんまり入らない変な空港です。その中で設計思想としてはじめから国際便と中長距離国内便のハブ空港として作られた関空だけが、その潜在能力として上記の堂々としたハブ空港に割って入る可能性を秘めているのです。このところ、外国人の観光ブームで大観光地を控える関空ではLCCを含む近距離国際便が活況を呈しており、旅客数も大いに増えています。しかし内実は、不況期に減ってしまった中長距離国内便が取り戻せておらず、その結果スポークの足りない孤立した空港として、遠距離の国際便はいっこうに増えず、むしろ、近隣のハブ空港に航路を奪われているのが現状です。
 外国人観光客ブームで旅客数が増え、国内航空会社の採算も回復してきた今こそ、もう一度関空を堂々たるハブ空港に仕立て直す必要があるのではないでしょうか。なのに最近の議論は、関空もLCCなどで流行ってきたので、そろそろ近隣の空港に分け前をよこせといったところに片寄っています。関西のどこの空港がどうのと言う小さな議論ではなく、世界的な視野に立った関西の戦略に関する議論と協力が求められています。ミラノの悲劇を繰り返さぬように。

 なお、以上の考え方をベースに、昨年12月24日に開催された関西3空港懇談会で発言しています。その内容は以前に配信していますのでご覧ください。

 *平成30年12月 知事からのメッセージ 「関西3空港懇談会における和歌山県の主張について」

このページの先頭へ