県議会の活動

○議長(町田 亘君) 質疑及び一般質問を続行いたします。
 33番中山 豊君。
 〔中山 豊君、登壇〕(拍手)
○中山 豊君 何よりも、十三番目ともなると、先に立たれた議員の論戦に触発もされ啓発もされるところであります。あの論戦にもっと時間を与えてほしかったなという感じさえするような四日間、それにも負けず、議会の風格と品位をさらに一層高めるために努めながら質問をさせていただきます。重なりもあろうと思うけれども、中山ならではの視点と観点で申し上げるので、当局の答弁はそれに見合うようお願いをして、続けます。
 本年一月二日未明、ロシアのタンカーが沈没、流出した重油が日本海沿岸九府県に漂着しました。二カ月余りも海域の汚染、沿岸の汚水、漁業や住民への打撃及び生態系への影響、これに対応する人々の心労等ははかり知れないものがあったと思われます。
 これを取り上げて加藤周一氏は、二月十九日の朝日新聞夕刊の文化欄に、「沿岸の漁民が小舟を出し、小さな柄杓で海面の重油をかき集める──これは『経済大国』日本、『技術大国』日本において、ほとんど信じ難い。 思えば昔、一九四五年の早春、『万邦無比の国体』と『無敵の陸海軍』を備えた大日本帝国では、木造家屋の都会に降りそそぐ焼夷弾の雨に対して、各戸の門前に置かれた棺おけほどの『防火用水』から、バケツで水を汲む以外に対抗する手段がなかった」と回想しています。
 海中に沈んだ船からの重油の回収は、まだこれからどれだけかかるかもしれません。何はともあれ、災害対策に取り組まれる様子を見ていて、他県のこととは思えないのみか、冬は日本海は荒れやすいという条件はあるにせよ、初動のおくれ、組織的対応のまずさはもどかしく思えてならなかったわけであります。あれが、もし和歌山県沿岸や沖合、紀伊水道で起こっていたらどうなったのかと考えざるを得なかったわけであります。タンカーの事故のみならず、和歌山北部はタンクが林立している地域であります。タンカーの衝突事故や地震によるタンクからの流出等を考え、備えはどうなっているのでしょうかとただしたいのが本質問の趣旨であります。
 それにつけ思い出されるのは、一九九四年十月、下津町戸坂沖で発生したタンカーの衝突による重油流出事故であります。ナホトカ号積載重油量一万九千キロリットルのうち六千二百キロリットル流出に比べれば、この事故は五百七十キロリットルの流出量で十分の一にも満たないとはいえ、タンカー重油流出事故対策上で幾つかの教訓を得たはずであります。また、この種の事故はいつ起こるかもしれません。そのことから、事故への備えはどうなのか。北部沿岸は都市に接近していることを考えればなおさらのことであります。
 例えば、事故発生から終結までの対応はどうなのか、指揮系統組織はどうなのか、初動がおくれて広範囲に及び、ひしゃくでくみ上げるという方法に頼らざるを得ないことにならないようにするにはどうするか。岸に流れ着く前に海上で回収するのが最上策だと、専門家は指摘しています。回収船は下津保安署に一隻配置していると言うけれども、大型回収船の常時配置を考えておくべきと思う。どうでしょうか。
 日本国内の大規模重油流出事故は、環境庁の資料によっても明らかにされているように、一九七一年十一月、新潟沖でジュリアナ号事故が発生しております。一九七四年十二月に三菱石油水島製油所、岡山・倉敷沖で大変なことになっております。また国際問題になるような流出事故は、平均して年ごとに発生していると言われます。中でも、大西洋上の事故が際立って多いわけであります。これらから、事故対策の手法は国際的にも国内的にも確立していたはずであります。ところがナホトカ号事故に何ら生かされていなかったのは、残念でならないのであります。また、備えは大型回収船初め皆無に等しい状態と見てよいのではないでしょうか。政府初め地方自治体の横断的に対応する組織のなさは目に余るものがありました。
 これを見て加藤周一氏は、国民と国家の関係は戦前に逆転したようであり、国民が主権者である今日の日本国であるにもかかわらず政府は国民の安全保障に敏感でなかったと言うほかはない、政府は真に国民の安全に目を向けていないとも言っているわけであります。
 安全保障は、単に外敵から国を守るというだけではありません。事故や自然災害の危険に備えて安全保障しなくてはならない確率はさらに高いわけであります。漂着する重油にひしゃくと素手で立ち向かわざるを得ない一方で、シーレーン防衛のためとして八〇年代から五兆円近い金をつぎ込んで軍事力増強に血道を上げる政府のあり方は、逆立ちしているのではないかと言わざるを得ません。これをまともな状態にすることこそ安全保障ではないかと言いたいわけであります。今日までの姿は、まことに残念なことであります。
 さきにも述べたように、一九七一年、二十六年前、新潟沖で座礁したジュリアナ号の重油流出に伴って、高波と強風に舞い上げられた原油は風下の市街地に降り注ぎ、引火、火災の恐怖にさらされた住民はパニック状態になったとも報じられておりました。その翌七二年、海上保安庁が事故報告書を出しています。そして、その序言に同庁長官は、第一に事故が発生した場合における油防除のための技術的手法及び資機材の開発、改良を促進すると述べておられるわけであります。約三十年前にそのような経験をして、このように長官が述べられているところから見ると、もう既にナホトカ号のあの事故に対しては、的確に初動において成果を上げ、横断的な組織で対応できるようになっていたはずだとさえ思えてならないわけであります。安全保障は、単に外敵から国を守るということだけではありません。こう考えてみると、和歌山県政はいささかもこのような態度であってはならないと考えるわけであります。
 前段で少し触れたことに加えて、戸坂沖事故対策は効果的に取り組まれたという評価もされていることから、次のことをお聞きしたいわけであります。
 初動から終結までの間に、対策の指揮系統組織はどのようにされたのか。
 二つ目には、資材の種類とそれの調達はどのようにされたのか。
 次に、流出した重油の量がさほどでなかったということから、大きな教訓をそこから導き出せなかったとはいえ、ナホトカ号の事故とのかかわり合いで大型回収船の必要がさらに求められているのではないか。一隻しかない大型回収船が名古屋港から日本海へ四日もかけて出たというようなお粗末な状態では、何が起こるかもわからない状況下で十分な備えだとは言えないのではないか。このようなことからも回収船の配置状況、特に大型回収船の設置は欠かせないところであります。これに対して、断固たる要求を政府に向かってすべきではないかと考えるわけであります。
 次に、事故発生防止こそ最大の対策と言われております。事故発生防止の海域警戒体制はどういうことなのかと考えてみれば、県政の及ぶところにないということがわかってまいりました。事故発生があった場合、海上保安庁の指示に基づいて県行政が対応するという仕組みになっているわけです。海洋、海域における事故発生を厳しく監視し警戒することは、国の行政機関にゆだねられているとするわけであります。いたし方のないこととはいえ、まさにそのようなところで手抜きをされたりサボられたりするというようなことになって、事故が発生してそのしわ寄せだけを我々がかぶらなくてはならないという、こういう国政上の問題も問われなくてはならないだろうと思います。事故発生防止の海域警戒体制は、人のすることだからと言って黙って見ているわけにはいかないので、足らないところは国に向かって厳しく要求するということがあってしかるべきだと思います。
 さらに、従来行われている防災防火訓練は承知しているけれども、海上での重油流出事故に備えての訓練は余りされていないのではないかと思います。思い違いをしているようであれば教えていただきたいと思うわけであります。
 和歌山県石油コンビナート等防災計画というのがあります。海上での重油流出事故は、特にタンカーの事故によるものですけれども、これに規定したものは余りないのであります。七十一ページ、第三節、「石油等流出想定」の第二で書かれている「初期拡大防止が必要」とされているところだけが私の質問に答えている部分であります。しかも、海上での流出事故に対する記載はその一点だけだとお見受けしているんですけれども、事ほどさように、海上での流出事故というのは国政とのかかわりで保安庁からの指示に基づいて動くというのが建前になっているようですので、このあたりの足らないところも漸次補いをつけていくような取り組みをしなくちゃならないのではないかと思います。とりもなおさず、予防が最大の防止策だと言われることから、特にそこに視点を当てて答弁を願いたいわけであります。
 二番目の問題に移りたいと思います。
 漆器試験場を初め地方の機関を見直そうとのことでありますが、仮谷知事就任時は、財政危機に見舞われ苦労されたことから、出先機関などの統廃合を進めたり組織改正をなさっています。それに次ぐ西口知事の取り組みと見ることができるのですが、社会の変化、それに伴う県民の暮らし向きの変化、それに対応する県行政のあり方を見直す必要はありましょう。時代の変化からくる行政改革の必要がありましょう。しかし、地域の事情等を十分に検討され、県政の公平化と地域の特殊事情等を十分考慮されなくてはなりません。
 わけても二年前、出先機関の所在について私は議会で質問をさせていただきました。そのとき、「地方機関のあり方については、県民へのサービスを考え、管轄区域や機構の見直しも含め、幅広く検討してまいりたい」と当局が答弁をなさっています。あの答弁以来、これの是正のためどのように具体化されるのか、ひそかに注目してきたところです。ところが、今回当局が取り組まれようとしている内容は何たることかと申し上げたいわけであります。県民へのサービスを考えるとした答弁内容と異なり、逆行した取り組みではないかと申し上げたいわけであります。これはいただけません。いかなる困難な事情があり理由があっても、直ちにとは言わないにしても、答弁内容とは逆行する方向を固定化するような進め方はどういうことかとお尋ねしたいわけであります。
 地元に出先機関がないのは、県下で海南、海草だけであります。この公平性、妥当性の欠如について、すべからく関係自治体の長を初め住民は問題だと指摘しているところであります。知事が議会の冒頭で、身近な問題は身近なところで処理されるよう組織体制を目指すと申していることをそのまま実行されたいわけであります。違いますか。この知事の県政にかける信条はどこでゆがめられたのでしょうか。疑わざるを得ない。その昔、和歌山市を海南、海草が取り巻いていたころは、その中心にある県庁に出先機関があっても不自然ではなく、皆が納得したところでした。町村合併が進められ現在に至って、事務所の存在は長年そのままで、しかも今日それが修正されず、改められずに固定化しようとするかのように見えるやり方は、県政サービスの公平化どころか県政の後退と言うほかはないのではないかと問いたいわけです。
 加えて、和歌山市は四月から中核都市へと進みます。まさに、行政権限が拡大され、ますます大きくなっていくわけであります。これに海南、海草を加えようというのか。分権どころか権力の集中に県が加担するとしか見えないわけであります。言い過ぎでしょうか。県政上、和歌山市が大きくなっていくことのかかわりで喜ばしいことばかりだと手放しではおれないのではないかと見ているのは、私一人ではなかろうと思います。海南が和歌山市に合併したらと申される話が飛び出すような話の種を残してほしくないのです。この機会にこそ、和歌山市をより大きくする方途をとるべきでないことを声高々に叫びたいわけであります。言及は避けるが、県政の将来に好ましからざることになるような話は進めてもらいたくない。
 福祉事務所と保健所の所管地域を一致させることはよいとしても、具体的には県事務所、土木事務所等の出先機関を地元へ移して県民サービスの公平化を図るべきです。移転場所は、海南、海草の地元にありますよ。
 また、地方機関を統合整備する職を設けるとしているけれども、海南・海草地域にあっては地元に移してからにしてください。県税事務所の効率化として、税務課を統合し所管区域を拡大するようでありますが、さきにも指摘したように、海南・海草住民を和歌山に吸収するということに通ずる方途は避けるべきです。
 和歌山県長期総合計画中間報告──これです。地域計画、圏域の設定に大いに意見のあるところです。海南、海草を和歌山圏域に含めて独自性を損なうかのような設定、このような行政改革の手法が生まれてくる根源はここにあるのではないかと疑われてもいたし方ないのではないでしょうか。(「怒っているのか」と呼ぶ者あり)──怒ってないのや。強調しているのや、強調を。この考え方が県政の基底に座っていて行政機構を見直されようとすることは、我々にとってはおもしろくないと言いたいわけであります。町村合併を進めようというような声もないではありません。財政、予算の効率化などということを唱えながら町村合併ということを高らかに叫ばれたりすることもあるけれども、その一面だけで物を見ては困る。大きくなるほど住民を寄せつけないという行政機構が成り立っていくことも、我々は痛いほど知ってきているわけであります。そのような傾向に流されるものにくみするわけにはまいらない。知事が申されたように、住民の声が県庁に届きやすいようにしてください。身近な問題は身近なところで処理される組織体制を構築してください。海南・海草地域にあっては、今回のあり方は住民の声が県庁に届きにくいものにするだけです。何ゆえ、このような状況を長年放置されてきたかということも問いたいわけであります。
 漆器試験場を工業技術センターに統合するにしても、漆器の町黒江のシンボルを取り除くようなものにはしてほしくなかったわけです。極端のそしりは免れないが、当局答弁、知事初登庁の折のあいさつ、今議会での知事の所信表明に照らして、将来に向けて踏み込んだ答弁を願いたいわけであります。
 次に、熊野体験博に事寄せてという、ちょっと心の問題にかかわるような話をさせてください。
 ことしに入って二月になろうとするあるとき、先輩議員から、「中山よ、道のこともいいけれども、鈴木邸のことをちょっと取り上げよ」と申されました。地元にいながら、余りかかわりのないような存在でおったことを恥じました。それで今、藤白王子、鈴木屋敷跡とは何なのかということを考えてみたわけであります。
 昔、藤白は、平安時代から鎌倉時代にかけてアリの熊野もうでと言われるほど熊野三山への信仰が盛んで、人の往来が激しかったと言われています。霊験あらたかとされたわけであります。これにより、歴史的にも重要な位置を占めたと言われております。このころの時代背景から熊野三山はどのような意味があったのかということはさておいて、この地から三山を遙拝し、それで済ませて都へ引き返した人々、ここにとどまる人々、さらに険しい山を越え、谷を渡って熊野へと歩を進める人々があり、藤白は単に通過点ではなく都との文化交流の場であったとも言われているわけであります。当時、京の都から淀川を下り、難波から道程を経て藤白へ。この藤白は五体王子と言われ、特に格式が高く、境内は東西二キロに及んだとも言われています。東約一キロメートルの地点に大鳥居跡があり、熊野への入り口とされ、ここから熊野の聖域とされたとしているわけです。この一の鳥居から熊野の聖域だと言われたんです。
 世界リゾート博、テレビドラマ「吉宗」の放映等、和歌山が全国的にアピールされたことは承知しております。今また、熊野体験博の開催に向け、知事を会長に準備委員会を発足されたようであります。そして、熊野についての再評価、積極的情報発信による和歌山の全国的知名度の向上を目指すとされています。これについて考えるとき、全国に二百万人を超える鈴木姓の方々、並びに熊野信仰を広めるために設けられた全国三千余の熊野神社があると言われていますが、これらを抜きに考えられないのではないか。
 藤白神社の境内の表示板に、「平安末期から室町のころ、熊野信仰最も華やかな時代には、皇族、公卿を初め二千余の人々が毎日ここ藤白王子から熊野三山に往還した」と掲示されております。その当時、あの一角に毎日二千人余の人々が往来をしたということを考えてみたら、想像を絶するものがあります。
 昔の時代華やかなりし状態を熊野体験博を通して今日に再現するとしたらどういうことになるのか。和歌山の知名度を全国的に向上させるために情報発信するとしても、今日、熊野は私たちにとって何なのかを明らかにしないで済まされないと思うわけであります。
 ちなみに、紀勢線那智駅の前に浜ノ宮という砂浜があります。この間、この質問をする資料を整えるために、ちょっとあちらの方へ行ってきました。おり立ってみました。海岸環境整備事業の名のもとに、あのあたりは一変しているんですね。我々が海岸を想像するときには、海があり、波打ち際があり、砂浜があり、その背景に松原がある、このような海岸の環境状況を想定するわけですけれども、自然な環境の姿を変えていくというのが環境整備事業かと思わざるを得ないような形に一変しているのに驚きました。ことしの予算を見ると、さらにそれを続けようという形で億に余るようなお金をつけておりますね。こういうような形で熊野体験博を通して人を呼ぶとするならば、熊野とは何ぞやということをもう一度尋ねてみなければならんのではないかとさえ思うような次第でした。これに対する見解を当局から求めようとは思いません。
 熊野三山への信仰は、古代人が祖霊の住む大自然、山や水、滝や巨石に抱く畏怖心からのもので、世の乱れから、人々の生命の安全、心の安らぎを求めたところからのものであったのではないかと思います。熊野を問いたい。熊野とは、アリの熊野もうでとは何だったのかという、その意味合いを今日的に尋ねるとするならば、そのようなことに気がつくわけです。
 世紀末の今日において、改めて熊野は私たちにとって何なのかを整理してとらえ、世の人々の心に響くものとして位置づけてこそ発信し得る情報となるのではないか。また熊野体験博は、単に熊野にだけ視点を当てるのではなく、藤白王子、鈴木邸はもちろん、藤白の一の鳥居をもって熊野聖域の入り口とされたという歴史事実に基づいて取り組まれたいのが私の心持ちであります。
 熊楠賞選考委員長であった上田正昭教授は、第一回熊野学シンポジウム基調講演で、「中心は本宮、新宮、那智、いわゆる熊野三山ですが、三山ナショナリズムだけでは広がりません。広く構想の中で位置づけてほしい」と述べています。加えて、県文化財に指定をされている藤白王子、鈴木屋敷跡の整備が求められてなりません。主体的には、海南市及び関係者等によって進められることでしょうが、鈴木屋敷跡に鈴木氏関係の資料館もしくは顕彰のやかたぐらいは設けて体験博を迎える、こういうふうなことにしていただきたいわけであります。
 地元が取り組みを進め、関係者が協力をするとなれば県はどのように対応なさるのか、強力な支援を求めながらお尋ねしたいわけであります。
 この項については、まだ申し上げたいことがたくさんありますが、時間の関係でここで打ち切ります。四十分という時間は、本当に論戦をすることを保障しているとは私には思えないわけであります。今までの間で、あれこれと先輩議員たちの論戦を聞いておって、もっと時間を与えてほしいなとさえ思う節々もたくさんあったことからも思うわけであります。
 次に、道路問題について。中山ならではという課題や。
 高度化資金の導入により、店舗の集団化、工場の集団化を図ろうと、和歌山県漆器商業団地、和歌山県漆器工業団地が造成され、協同組合が組織され、今日に至り、はや二十年が経過しました。経済の変動があり、社会情勢の変化があり、必ずしも順調に発展してきたとは言えない状態であります。二十年を経て今にしてみるとき、単に社会や経済の移り変わりのみに原因して今日の閉塞したかのような状況が続いているとばかりには見られないわけであります。この団地を地域産業の集積地として形成し運営していく産業政策を持たぬまま来たことに、閉塞状況を起こした大きな原因があるのではないかと思うわけであります。トラックの出入りさえ事欠くような道路事情では、それが発展を阻害した大きな原因とだれもが認めるところです。機会あるごとに県道岩出海南線ほか道路問題を取り上げて整備方を求めてきたのも、理由はここにあったわけであります。「中山よ、道路だけではなくて」と言われても、この中山が道路問題を続けて取り上げてきた理由がここにあるとしてご理解いただきたいわけであります。
 海南市の市街地と船尾山、城山などで閉ざされていて孤立しているかに見える岡田の団地は、海南市の町づくり、構想にもかかわることですが、市街地と一体化した形をつくり、和歌山市と連携して活性化を考えるべきところです。大型トラックや観光バスが容易に往来できるアクセスを構想し、完成させることが何よりも大切です。よそから来た訪問者が和歌浦に泊まって、漆器団地を見学したいとバスを依頼したところ、バスの乗り入れができないということで見学を断念されたというような話は幾らもあるわけであります。
 和歌山海南都市計画街路岡田大野中線が決定されましたが、これは既に和歌山市で決定されている松島本渡線につないで設定された計画街路であります。和歌山市中部、海南市中部の南北線として極めて重要視されている路線であります。これを直ちに具体化してほしいというのが一つです。
 岡田大野中線の着工などを考えながら漆器試験場の見直しをされるのならまだ理解できるんですがということをつけ加えて、これの具体化を求めるわけであります。かつて、木材工業部がとられたように、やがて漆器試験場も消滅・廃止されることになりかねないような移転の仕方も問題があるのではないかとさえ思うわけです。
 岡田漆器団地に地場産業の集積をさせることにして、アクセス整備の充実の上から支援されたいわけであります。また、この地域と海南都市部を結ぶ幹線道がありません。JRの紀勢線日方トンネルの側道に沿わせてトンネルを抜いて岡田地域に道をつけたらどうかということを熱心に考えている市民の関係者も幾らもあるわけであります。直ちにとは言わないけれども、将来に向けてこの考えを強くご支援いただくことをお願い申し上げて、再質問の時間を残して終わります。
 ご清聴ありがとうございました。
○議長(町田 亘君) ただいまの中山豊君の質問に対する当局の答弁を求めます。
 総務部長中山次郎君。
 〔中山次郎君、登壇〕
○総務部長(中山次郎君) 日本海重油流出事故にかかわっての四点と行政組織の改正に関する一点についてお答え申し上げます。
 まず、応急対策の指揮系統組織でございます。
 海洋で船舶の事故等があった場合は、海上保安庁の指示によりまして、海上災害防止センターが中心となり、応急措置を講じることとなってございます。しかし、沿岸海域に油などが漂着するなど重大な影響を及ぼすおそれがある場合には、県地域防災計画に定めるところによりまして県災害対策本部を設置するとともに、海上保安部が中心となり、防災関係機関による事故連絡調整室を設置して機関相互の連絡調整を図り、効率的、円滑な応急対策を講じることといたしてございます。
 また事故防止対策につきましては、海上保安部において毎年海難防止運動を実施するほか、巡視艇職員による一般船舶への訪船指導が行われているところでございます。今後なお一層、事故発生防止にご尽力いただきますよう申し入れをしてまいりたいと考えてございます。
 次に油流出等防災資機材の保有状況につきましては、県所有分といたしましてオイルフェンス約一万七千メートル、油吸着マット約一万九千枚、油処理剤約二キロリットルを保有してございまして、全国でも有数の保有でございます。
 また、運輸省港湾局、海上保安庁及び海上災害防止センターなどでは、県有資機材と同様の資機材のほか、油回収船を和歌山県沿岸に四隻、そのほかに大阪湾海域においても配備されているところでございます。また、大災害等により県内で資機材が不足する場合には、相互応援協定により、近畿府県はもとより全国各府県から調達できる体制となってございます。
 次に、大型回収船の国への要望でございます。
 油回収船の配置につきましては、今お答え申し上げましたとおり、和歌山県及び周辺沿岸に第五管区海上保安部、海上災害防止センター及び運輸省第三港湾建設局において配備されております。しかし、これらはいずれも小型の油回収船であり、大型油回収船といたしましては、今回、日本海重油流出事故に出動した運輸省第五港湾建設局の清龍丸が名古屋港に一隻配備されているだけでございます。紀伊水道及び大阪湾海域で今回のような大規模な油流出事故が発生した場合を考えると大型油回収船が必要と考えられることから、近隣府県とも調整を図りながら国へ要望してまいりたいと考えてございます。
 次に、海上での訓練状況でございます。
 油流出を想定した防災訓練につきましては、第五管区海上保安部が中心となってございますが、国、府県、市町、その他民間団体等で構成する大阪湾流出油災害対策協議会が昭和五十年以来、毎年一回実施しているところでございます。とりわけ、昨年十一月二十九日に行った近畿府県合同防災訓練の際にも、和歌山下津港内でタンカーの衝突事故が発生し、負傷者並びに油が流出したという想定で訓練を実施したところでございます。このほか、本県のコンビナート地域においても、昭和四十二年以降、和歌山県石油コンビナート等総合防災訓練を毎年十一月に実施しているところでございます。今後も、訓練を通じて県民のご理解をいただくよう啓発活動を行うとともに、防災体制の確立に努めてまいりたいと考えてございます。
 次に、行政組織の改正についてでございます。
 県においては、平成七年十一月に策定した行政改革大綱に基づき、県民サービスの向上と簡素で効率的な行政体制づくりの両面から、地方機関のあり方について検討を行ってまいりました。
 この結果、本年の四月からは、議員のご質問にありました組織機構の改革を行いたいと考えてございます。本庁と地方機関の業務分担の見直し、決裁権限の移譲による事務処理の迅速化などを通じて地方機関の機能充実に努めてまいるとともに、今後とも所管区域や機構あるいは県民サービスのあり方について検討を重ねてまいりたいと考えてございます。
 以上でございます。
○議長(町田 亘君) 企画部長藤谷茂樹君。
 〔藤谷茂樹君、登壇〕
○企画部長(藤谷茂樹君) 中山議員にお答え申し上げます。
 南紀熊野体験博(仮称)についてでございますが、このイベントは、全国に誇るべき熊野の歴史や文化を活用して和歌山県全体を国内外に広くアピールすることを基本理念とするもので、熊野をテーマとするさまざまなイベントの開催を企画してございます。
 議員ご指摘の藤白王子の周辺地域は熊野もうでにおける重要拠点であり、また有間皇子終えんの地として広く知られているところから、この博覧会においても、こうした史実を生かした拠点の環境整備やテーマイベントの一つである十万人の熊野もうでなどに関連したイベントの実施等について、地元市町村等との協議のもとに、関係部局とも連携を密にしながら検討してまいりたいと考えてございます。
 以上でございます。
○議長(町田 亘君) 土木部長長沢小太郎君。
 〔長沢小太郎君、登壇〕
○土木部長(長沢小太郎君) 道路問題についてお答えします。
 まず岡田大野中線についてでございますが、この路線は、ご質問の漆器団地のある岡田を通過しており、和歌山市域の松島本渡線とともに和歌山市と海南市を結ぶ重要な道路でございます。
 海南市域で事業中の海南駅連続立体交差事業や築地阪井線、和歌山市域で事業中の湊神前線や南港山東線などの東西幹線道路の進捗状況を踏まえて、今後、和歌山市、海南市とも連携をとりながら事業主体や望ましい整備のあり方について取り組んでまいりたいと考えております。
 また、ご提言の海南駅連続立体交差事業の日方地区の側道から岡田地区への道路については、基本的には海南市で検討すべき課題であると考えておりますが、今後、海南市の意向を踏まえて研究してまいりたいと考えております。
 以上でございます。
○議長(町田 亘君) 教育長西川時千代君。
 〔西川時千代君、登壇〕
○教育長(西川時千代君) 藤白王子、鈴木屋敷跡の整備についてお答えいたします。
 いにしえより、日本人の心のふるさと、あるいは心のよりどころとも言われる熊野への参詣道は、九十九王子で知られ、古代から中世、近世を経て連綿と受け継がれ、現在に至っております。
 昨年十一月には、文化庁の歴史の道百選にも選ばれたところでございます。貴重な文化遺産である熊野古道の整備につきましては、昭和五十三年度から中辺路ルートを中心に、延べ五十八キロの区間について整備を完了してございますが、田辺市以北が未整備となってございます。
 議員ご質問の藤白王子は、熊野古道の五体王子の一つとして歴史的にも重要な位置を占めております。県教育委員会では、現在、熊野古道全域の保存と活用のためのマスタープランの策定作業を進めております。このプランに沿った具体的な整備計画が海南市を初め関係市町村から提出されれば、十分協議してまいりたいと存じます。
 以上でございます。
○議長(町田 亘君) 答弁漏れはありませんか。──再質問を許します。
 33番中山 豊君。
○中山 豊君 県へお願いすると、地元からのという話がよくあるので、地元へ帰って、それなりに県の方へ申し上げてくれということを言わなくちゃならない課題が新たに降り注がれてきたような、自分の吐いたつばが自分のところへ返ってくるような感じもないではありませんけれども、今後、懸命に地元の皆さんに働きかけて県のお力をかりるように頑張りたいと思います。その節にはよろしくお願い申し上げて、二つだけ意見を述べて終わりたいと思います。
 一つは、防災の問題にかかわっての話です。
 県も一生懸命やられていると言いながらも、手の届かないところで強化、整備していただかなくちゃならない課題があります。例えば、大型回収船やオイルフェンスの問題です。ナホトカ号のときに日本海へ和歌山県から運んだという話は聞いておるわけなんですが、もう既にアメリカでは、日本海の十メートル以上の高波にさえ耐えられ、しかも効果を発揮できるオイルフェンスなどが開発されて使われているという話もあります。フランスでは、大型回収船などはもう既に建造して現場で大いに活躍しているという話であります。それも、何隻も建造されたという話でもあります。それに比べてみたら、先ほども登壇して申し上げましたように、新潟沖のジュリアナ号の事故からでももう三十年近くになりますから、何かそういうことに対する施策があってしかるべきだと思います。また、事あるごとにということもさることながら、知事会議等の機会を通じてだけではなくて、積極的に問題提起をし、それへの行政施策を国にとらせるということを強くお願い申し上げたいと思います。
 二つ目には、機構改革の問題です。
 総務部長から答弁いただきましたが、それで私が納得して引き下がるわけではありません。まだ論戦をしたいところですけれども、申し合わせの時間が来たので引き下がるだけの話なんです。引き続き要求し、論戦を挑みたい。問題解決へお互いに努力し合いたいということを申し上げて、終わります。
 ありがとうございました。
○議長(町田 亘君) ただいまの発言は要望でありますので、以上で中山豊君の質問が終了いたしました。
 これで、午前中の質疑及び一般質問を終わります。
○議長(町田 亘君) この際、暫時休憩いたします。
 午前十一時三十分休憩
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