“世界で唯一のエビとカニだけの水族館”館長の森拓也さん

名人対談

和歌山県には、様々な分野でそれぞれの道を究めた「名人」とも呼べる方々がおられます。このような方々は和歌山県の誇りであるとともに、その活動は県民の皆さんにとっても励みとなります。そんな「名人」から高い志や歩んでこられた人生についてお聞きし、県民の皆さんにご紹介したいと思います。

“世界で唯一のエビとカニだけの水族館”館長の森拓也さんと仁坂知事との対談です。(「すさみ町立エビとカニの水族館」にて)

仁坂知事:森さんは、子供のころから川や海の生物に興味をお持ちだったんですか。

仁坂知事と森拓也さん
左:仁坂知事 右:森拓也さん

森さん:私は、三重県の四日市市で生まれ育ったんですが、当時はまだ石油コンビナートが今ほど大きくなくて、家から自転車で10分ほどのところに白砂青松の海水浴場があったんです。子供のころは体が弱かったんですが、何故か川や海へ行くことに対して親は何も言わなかったので、専らそこが私の遊び場でしたね。
 アルミの蓋がついた駄菓子の瓶をもらってきて、それをずらっと並べてタナゴやフナやドジョウを入れて水族館を自分で作っていましたね。今みたいにエアも濾過槽もなかったので、毎日水を入れ替えて飼っていました。そういう子供でした。

仁坂知事:なるほど。それが森さんの原点なんですね。

【 鳥羽水族館時代 】
森さん:そうです。中学生になると、海に行って貝とか色んなものを採っては鳥羽水族館へ持って行って、職員の方から色々と教えてもらっていました。学校が夏休みや冬休みになる度に水族館に行っていたので、そのうち水族館の方でも、「おもしろい奴が来るぞ」となって、館長にも顔を覚えてもらうようになりました。高校生の頃には、水族館に行くとお昼ご飯を御馳走になったりしていました。
 大学では水産学科で海の勉強をしていたのですが、当時の館長さんから、「将来何になりたい?」と聞かれたので、私が、「鳥羽水族館に就職したい」と答えると、「それなら来いよ」と言ってくれたんです。
 今でも言われますが、鳥羽水族館に無試験で入社させてもらったのは、後にも先にも私だけだそうです。

仁坂知事:よっぽど見込まれていたんですね。

森さん:そのうえ、入社後半年間、パラオの生物学研究所に出向させていただいたんです。実は、大学時代の研究室の先生から、卒業したらパラオにある知り合いの研究所で勉強してくるよう言われていたんです。それで鳥羽水族館の館長に事情を説明し、就職を1年先に延ばしてもらえないかとお願いしたところ、館長から、鳥羽水族館の社員としてパラオに出向させてやると言っていただいたんです。

仁坂知事:パラオではどんなことをしていたんですか。

森さん:パラオ生物学研究所の自然保護局という政府の機関に所属し、密漁の監視などの仕事をしていました。そこで仲良くなった同世代の若者たちがその後偉くなって、パラオの大臣や大統領になった人もいます。私は3代目や5代目、6代目大統領とはとても仲が良かったんです。パラオでは、色んな経験をしましたが、人脈ができたことが私にとって何よりの財産になりました。

仁坂知事

仁坂知事:大統領の友人がいるとは、すごい人脈を築かれたんですね。それで、鳥羽水族館ではどんな仕事をしていたんですか。

森さん:パラオから戻ってからは、ジュゴンの飼育・研究に没頭していました。
当時ジュゴンはほとんど生態が知られていなかったのですが、それまでの常識にとらわれず手探りで飼育してきた結果、世界で初めて10年間の長期飼育に成功しました。
 鳥羽水族館では、ちょうど20年間勤めたんですが、20年もいると段々と管理職的な仕事が多くなってきて、私が好きな現場での仕事ができなくなってきたんです。それで42歳のときに思い切って辞めました。

【 すさみ町に来たきっかけ 】
仁坂知事:すさみ町には何か縁があって、来られたんですか。

森さん:私自身は、すさみ町とは何の縁もないんですが、鳥羽水族館を辞めたとき、同じ時期に旅行関係の会社を辞めた友人がいて、私と二人で自然相手の会社を作ろうと、まちおこしの会社を立ち上げたんです。その友人の奥さんの実家がこのすさみ町なのです。最初は、すさみ町の漁協が運営しているダイビング事業のお手伝いをするために来たんですが、初めてすさみに来たときは、こんな寂しい町に住めるかなと思いました。それが何回か来るうちに、噛めば噛むほど味の出るいい町だなと思い始めたんです。
 ここには、宝物がいっぱい転がっているんですよ。例えば、私の家の横を流れている普通の小川にも、小鮎やウナギやモクズガニなど、生き物がいっぱいいるんです。もっとびっくりしたのがここの鰹です。初めてすさみの鰹を食べたときに、「これが鰹なの?」と思ったくらい、今まで食べていたのと比べものにならないくらい美味しかったんです。地元の人にとれば当たり前のことなんですが、“よそ者”の私からすれば驚きの美味しさでした。
 それで、これをブランド化しようと提案したんです。

仁坂知事:なぜ、ブランド化しようと思い立ったんですか。

森拓也さん

森さん:これまでもすさみの魚は高値で売れていたんですが、それだけではもったいないと思い、こんなに美味しい魚はもっと世に出すべきだと提案したんです。それで、地元の方がブランド化委員会を立ち上げて、みんなが知恵を出し合って作ったのが「すさみケンケン鰹」なんです。これが、国の地域団体商標の第一号として登録されて、認知度がぐっと上がったんです。今もシールを作って販売しています。
 ここには、川があり、山があり、海がある。それらがギュッと狭いところに凝縮されているんです。ここは私にとって最高のフィールドだと感じました。

【 世界で唯一のエビとカニだけの水族館 】
仁坂知事:エビとカニの水族館をやるのは何かきっかけがあったんですか。

森さん:ここに住み始めて、すさみ町の魅力を何とか皆さんに知ってもらいたいと思い、JRの無人駅である見老津駅に水槽を並べて、地元で獲れたものを展示していたんです。1日の乗降客が50~60人しかいない駅に、年間1万人の人が見に来たんです。観光バスが停まったときはびっくりしました。
 その後、その無人の見老津駅での水槽展示が評判となって、1999年の南紀熊野体験博のとき、新しく水族館を作ろうということになって、ここに移ってきたんです。だから、あの見老津駅がなかったら、この水族館もなかったんですよ。

仁坂知事:見老津駅にあった水槽もエビとカニがメインだったんですか。

森さん:見老津駅の水槽には漁師さんからもらったものを展示していたので何でもありました。でも、この場所に新しく作るのに、普通の水族館を作ってもおもしろくないと思ったんです。それで、すさみ町の基幹産業であるイセエビに関連したものにしようと思い、調べてみると、エビとカニの水族館というのはどこにもないと分かったんですよ。つまり、この水族館は、どんなに小さくても世界唯一のエビカニ専門の水族館なんです。

仁坂知事:年間の入館者数は何人ぐらいなんですか。300円の入館料だけでは運営が大変なんじゃないですか。

館内の水槽にはサポーターの名前が掲示されている

館内の水槽にはサポーターの名前が掲示されている

森さん:年間の入館者数は3万人程度ですから、運営は厳しいですが、色んなやりくりをしながら独立自主運営でやっています。例えば、展示している水槽のサポーターに登録してもらった方に寄付をいただいたり、移動水族館をやったりしています。移動水族館というのは、デパートの催事場や大きなアリーナを使って仮設の水族館を作ってしまうんですが、うちはその運営を受託していて、その利益をここへ充当しています。

仁坂知事:全国で稼いできてくださっているんですね。移動水族館はどういうきっかけでやるようになったんですか。

森さん:もともとは、鳥羽水族館時代にデパートの催場等での移動水族館をやらせてもらっていたので、そのノウハウは持っていました。
 生き物の調達は、他の水族館から借りたり頂いたりもします。私ぐらいの年になると、全国の水族館に友人や知り合いがいて、普段から色々とつきあいがあるのでこちらが頼むとすぐに対応してくれます。何年か前に、台風で飛行機が欠航して沖縄からサメが届かないことがあったのですが、困って大阪の海遊館に頼んだら、海遊館のスタッフがサメを運んできてくれたこともありました。

【 地域への貢献 】
仁坂知事:ところで、この水族館は、新しくできる道の駅に移転されると聞きましたが。

森さんと仁坂知事

森さん:そうなんです。来年、すさみ町まで高速道路が延伸されますが、その道路の終点の近くに道の駅ができるんです。そこに水族館を移転しないか、というお話をすさみ町長さんからいただいています。計画段階ですが、完成すれば今の水族館の約1.7倍の新水族館ができます。
 水族館の施設はすさみ町が作ってくれることになっていますが、貴重な税金を使っていただく以上、こちらも何らかの貢献をしたいと思い、水族館の中にイセエビの中間育成のための水槽を作ろうと思っています。今、すさみでは磯焼けなどが原因で、稚エビの住み家となる海藻が少なくなっていて、このままでは将来イセエビが獲れなくなる恐れがあるんです。だから、そういう稚エビを育てられる水槽を作って、そこで大きくして放流しようと考えています。これはお金をもらってやるということではなく、地元への一助になればと考えています。

仁坂知事:それはいい話ですね。実は、一昨年から県の試験研究機関の研究テーマを一般公募しているんです。それまでは、研究員がやりたい事を研究していたんですが、それだけではダメだと思い、私が指示をして一般公募を始めたんです。例えば、漁師さんから、こういうことを研究してよと提案があれば、そこで議論して決めて一緒に研究してもらったらいいと思うんです。
 新しい水族館は、規模も大きくなって楽しい水族館ができそうですね。

森さん:私にとっては、水族館の仕事は半分の50%で、残りの仕事は地域への貢献だと考えています。海洋学の専門家として、地域のお役に立てればと思い、すさみの良いところを知ってもらうための活動をしています。例えば、すさみ駅に水槽を置いて地元の海の生き物を見せたり、漁船の模型やパンフレットなどを展示して地元のケンケン鰹漁の紹介をしたりしています。
 今後も、地域への貢献活動を続けていきたいと思っています。

仁坂知事:すばらしい取り組みですね。森さんの“よそ者の目”をもって、どんどん地元をPRしてほしいと思います。最後に、森さんの今後の新たな取り組みなど、活動予定がありましたら教えてください。

森さんと仁坂知事

森さん:今年からの新たな取り組みとして、巡回水族館という支援学校や盲学校などで移動水族館のお手軽版のようなことをやろうと計画しています。水族館に来たくても来れない人達にも実際に見せてあげたい、触らせてあげたいと思ったのがそもそもの出発点なんです。トラックを購入して、組み立て式のプールと海水と海の生き物を一式積み込んで、原則無料でやります。
 年間20回から30回程度実施したいと思っていて、県立自然博物館とも一緒にやろうと打合せをしているところなんです。

仁坂知事:それはいいことですね。このような活動をしていただくことは、本当にすばらしいし、何と言っても水族館というのは見ているだけで楽しくなりますからね。社会貢献活動も広がって、水族館も道の駅へ移転してバージョンアップされる予定ということで、今後のご活躍に期待したいと思います。
 本日はどうもありがとうございました。

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