和歌山県警察音楽隊前隊長の玉井康民さん

名人対談

和歌山県には、様々な分野でそれぞれの道を究めた「名人」とも呼べる方々がおられます。このような方々は和歌山県の誇りであるとともに、その活動は県民の皆さんにとっても励みとなります。そんな「名人」から高い志や歩んでこられた人生についてお聞きし、県民の皆さんにご紹介したいと思います。

42年の永きにわたり和歌山県警察音楽隊で活躍され、昨年引退された前隊長の玉井康民さんと仁坂知事との対談です。(知事室にて)

仁坂知事と玉井さん
左:玉井康民さん 右:仁坂知事

玉井さん:本日は、名人対談ということでお招きいただきありがとうございます。でも、私なんかはただ長い間警察音楽隊の仕事に従事させていただいたというだけなんですが。

仁坂知事:いやいや、これまで何回も玉井さんが指揮されている姿を拝見しましたが、そのたびに気品があるなと感じていて、一度お話をしたいと思っていたんです。今日は、色々とお聞きしますのでよろしくお願いします。

玉井さん:こちらこそ、よろしくお願いします。

仁坂知事:まずは、警察音楽隊にお入りになったきっかけについてお聞かせください。

玉井さん:私は高校時代に吹奏楽部に入部しておりました。

仁坂知事:どちらの高校でいらっしゃいますか。

玉井さん:今の紀央館高校になるんですけども、当時は御坊商工です。3年間吹奏楽部に在籍していまして、卒業間際の昭和44年2月に音楽の教諭をされていた恩師から、警察音楽隊で隊員を募集しているので是非応募してみないかと紹介していただいたのがきっかけなんです。

仁坂知事:音楽隊の隊員募集に応募して採用されたというわけですね。そうすると、警察音楽隊には警察官の仕事を兼務されている人はあまりいないんですか。

玉井さん:昭和38年3月に県警音楽隊が編成されてから数年間は、警察官がそれぞれの部署に勤務しながら警察音楽隊の活動を兼務していたんですが、昭和46年の「黒潮国体」開催が近づいてきたのを契機に、その開会式での大役を十分に果たせる音楽隊に育てていこうということで、専務職員による音楽隊として再編成することになったんです。それで昭和44年9月に28名の専務職員による音楽隊が編成されました。

仁坂知事

仁坂知事:なるほど、「黒潮国体」に向けて楽器の演奏が上手な人を大募集し、音楽隊専属の職員として採用した。それで、そのうちの一人が玉井さんだったということですね。今でも音楽隊員の方々は専属ですか。

玉井さん:いいえ、平成13年に警察改革がありまして、この時に警察の組織の再編・見直しが行われたんです。それで、音楽隊もその例に漏れず、平成13年の4月からまた兼務の状態に戻っています。

仁坂知事:そうすると、今はまた警察官や警察の事務職員をしながら、音楽隊の活動をされているんですね。

玉井さん:そうです。今、音楽隊はカラーガード6名を含む27名で構成されていますが、毎週火曜日と金曜日の練習日以外はそれぞれの職場で通常の勤務をしています。みんな苦労していると思いますが、好きな音楽をやっているわけですから、少々つらいことがあっても頑張っていけるんです。ただ、私の場合、楽長であり、隊長であるということで、専属のまま残していただいたんですけどね。

仁坂知事:玉井さんも楽長として指揮をされるようになるまでは、何か楽器を演奏しておられたんですよね。

玉井さん:はい、御坊商工の吹奏楽部へ入った時に、「はい、君はこれ」って渡された楽器がユーフォニウムという楽器なんです。

仁坂知事:ユーフォニウムというのは、どんな楽器ですか。

玉井さん:チューバという大きな楽器をご存じですか。あの楽器をもう少し小さくしたものです。サイズが小さくなるということは、音が少し高くなるわけですが、ちょうど男性の音域のバリトン、この辺の音域を受け持つ楽器なんです。私が演奏していた頃は、金管楽器の中でもあまり脚光を浴びない楽器だったんですが、最近は吹奏楽もだんだん盛んになってきて、非常にふくよかな音が出るということで人気が出てきました。ユーフォニウムをやりたいという女性の方も結構多いみたいです。

仁坂知事:それで警察音楽隊に入隊されてからも、そのユーフォニウムを担当されたんですね。入隊の2年後には「黒潮国体」の晴れの舞台を迎えられるわけですが、その当時の警察音楽隊はどんな役割を担っていたんですか。

玉井さん:当時は県内の吹奏楽のレベルは今ほど高くなかったし、高校や中学校における楽器の整備も十分ではありませんでした。そういった中で、「黒潮国体」に向けてまず楽器が整備されていったんですが、楽器の整備の次は演奏技術だということで、県内の吹奏楽のレベルアップを図ることが警察音楽隊の大きな役割の1つになりました。国体開催までの2年間で、警察音楽隊が県内各地の中学校や高校などの吹奏楽の指導をしたんです。そうして、国体の開会式当日には、総勢800名の大吹奏楽団で演奏を行うことができました。800名が整列すると、紀三井寺競技場のトラックの半分が埋まるほどでしたが、そんな中で警察音楽隊が中核となって演奏させていただいたんです。

仁坂知事:それはさぞ壮観だったでしょうね。その800名のメンバーはどんな方々ですか。

玉井さん:警察音楽隊が県内をくまなく回って指導した中学校や高校、そして吹奏楽をされている一般の方たちです。そしてこの開会式での演奏が、2年間にわたって指導を続けてきた警察音楽隊にとっても、また、指導を受けてくださった方々にとっても、その成果を示すお披露目の場になったわけです。

仁坂知事:その時、玉井さんはどんなお気持ちでいらっしゃいましたか。

玉井さん:私自身は、学生時代に紀三井寺陸上競技場で陸上選手として走ったこともあったので雰囲気は知っているつもりだったんですが、国体ともなると、紀三井寺競技場のスタンドがこんなにもすごい雰囲気になるのかと驚きました。当日は4万人ぐらいの県民の皆さんや選手の皆さんで、競技場がものすごく大きく膨張したように見えました。そんな中で演奏の中核を担う警察音楽隊の一員として参加できたことは非常に光栄で、とても感激した思い出があります。今、県庁の県民ロビーに「黒潮国体」の写真が掲出されていますが、あれを見ると、この中の一人に私もいたのかと、懐かしさとともに誇らしい気持ちがします。

仁坂知事:そうですか。やっぱり、国体の開会式のような大きな舞台に立つことは、そんなにないですものね。「黒潮国体」の他に、これはすごかったなあと思い出に残っているものは何かありますか。

玉井さん:色々ありますけど、まずその1つは、平成6年の世界リゾート博です。と言うのは、私が正式に楽長になったのは平成8年ですが、実は平成5年の3月末に突然前任の楽長さんが病気で休職されて、実質的には平成5年4月から私が指揮者を務めるようになったんです。世界リゾート博は、指揮者になって初めての大イベントですから結構大変でした。

仁坂知事:そんな中でも大活躍されたと思いますが、具体的にはどんな出演をされたんですか。

玉井さん

玉井さん:大活躍と言えるかどうかはわかりませんが、三十数回の出演がありました。開催期間中には「何々の日」とか言って、色んなイベントがステージで行われていて、そういったステージでの演奏であったり、会場内で毎日行われたパレードにも他の団体と交替で何回も出演しました。
 もう1つは、平成11年の南紀熊野体験博。この時は、「せっかく音楽隊が警察にあるんだから、独自に何か1つイベントをやれ」と、ある警察幹部から言われたんです。それで、どうしようかと思い悩んだ末に考えついたのが、「ポリスバンド・フェスティバル」でした。これは、警察音楽隊の祭典ということで、和歌山だけでなく、滋賀、大阪、兵庫、奈良、三重の警察音楽隊に集まってもらって、全員で演奏したりとか、それぞれの音楽隊の特色を出したドリル演奏をしたりとか、そういう催しです。田辺市と那智勝浦町の会場で開催したんですが、大勢の観客に喜んでもらえたし、何よりも、警察音楽隊が自分たちで作った演奏会ということで、喜びもひとしおでした。イベント会社とかの力を借りずに、構成から演出まで、そういうことを全て自分たちでやったんです。

仁坂知事:自分たちで考えて作られた。それは素晴らしいですね。

玉井さん:その他には、国家的な行事である昭和52年の第28回全国植樹祭で、天皇・皇后両陛下をお迎えして演奏したのが印象に残っています。

仁坂知事:なるほど、いずれも大きなイベントですものね。昨年の第62回全国植樹祭の時には、玉井さんはもう引退されていたんですか。

玉井さん:はい、ちょうど引退した直後だったんです。

仁坂知事:引退された直後とは、残念ですね。それで、玉井さんは平成5年から昨年引退されるまで、楽長、隊長として警察音楽隊を指導してこられたわけですが、その中で、警察音楽隊はこうあらねばならぬ、と心がけておられたことはありますか。

玉井さん:はい、警察音楽隊は警察という看板を背負って広報する部隊です。警察も今は相当開かれてきたので、県民の皆さんに親しみを持っていただけるようになりましたが、やはりまだ、ちょっと近寄りがたいとか、あまり関わりたくないというイメージがあると思うんです。ですから、そういうイメージを払拭するために、県民の皆さんと警察の融和を図っていくのが警察音楽隊の役割なんです。県民の皆さんが警察音楽隊に対して求めているものは、やはり他の楽団にはない凛々しさだと思います。でも、凛々しさの中にも優しさや思いやりがないといけない。スマートさとスマイル、こういうものが求められていると思うんです。ですから、演奏先では常々好ましい印象とはどんなものかを考えて行動しました。警察音楽隊の隊員は態度も言葉も好ましいと県民の皆さんに受け取っていただけたら、これは警察の最大のイメージアップにつながると思うんです。

仁坂知事:それはご立派なお考えですね。私も、これまで何度も警察音楽隊の演奏や玉井さんの指揮を見てきましたが、今のお話を聞いて、「ああ、なるほど」と思うことがたくさんあります。皆さん凛々しいし、ニコニコしてやっておられる。特に指揮者の玉井さんを見ていると、ニコニコしているけれども、毅然としていて気品があるなと、いつも感心しながら見ていました。やっぱり無愛想な感じで演奏していると、聞いている人も楽しくないですからね。そういう意味で本当に立派な警察音楽隊に仕立ててくださったと感謝しています。それから、毎年「たそがれコンサート」というのをやってくださっていますね。

玉井さん:はい、これは国体の翌年にあたる昭和47年から始めた取り組みなんです。警察音楽隊はそれまで国体を大きな目標に活動してきたわけですが、国体が終わった後、今後の活動の中心の1つにしようと始めたのが、この「たそがれコンサート」なんです。仕事帰りの皆さんに1週間の疲れを癒していただける場を提供しようということで、6月から8月までの夏の期間、第2・第4金曜日の夕方に開催しています。

仁坂知事:会場は、県立近代美術館のエントランス広場ですよね。

玉井さん:そうです。もともとは、一の橋を渡って和歌山城に入ったところの広場でやっていたんですが、今の県立近代美術館が平成6年7月にオープンしたのをきっかけに会場を移しました。ここは、「たそがれコンサート」をやるのにぴったりなんです。和歌山城が見えるし、涼しい風も吹き渡るし、それに美術館の建物の長く伸びたひさしには良い音響効果もあるんです。ですから、この会場はお客さんにも人気で、それまでは200人止まりだったのが、ここに移ってからだんだんと増えて、現在は400人近くお越しいただいています。

仁坂知事:このコンサートを毎年楽しみにしているお客さんも大勢いらっしゃるんでしょうね。

玉井さん:はい。それに、このコンサートではお客さんにも協力していただいているんですよ。実は、他府県では定期演奏会としてお金をかけてやっているところもあるんですが、和歌山県ではお金をかけずに自分たちの手作りでやっています。お客さんもそんなことを知ってか、せめてもの感謝の気持ちということで、コンサートが終わった後の椅子の後片付けなどを手伝ってくださるんです。

仁坂知事:それは素晴らしい。玉井さんの心がけが実を結んでいるんですね。そうやって、玉井さんのご指導の下で警察音楽隊は立派に活動してこられた。それで、玉井さんは、昨年3月にめでたくご引退ということになられたわけですが、お育てになった警察音楽隊に今後望むことやご自身の目標のようなものがあれば最後にお話しください。

仁坂知事と玉井さん

玉井さん:はい。まず、警察音楽隊への今後の期待ということですが、先ほども申し上げましたように、警察音楽隊は昭和38年に創設されてやがて50年になるわけです。この間、警察の行事だけでなく、市町村や学校などの色んな催し物に出演要請をいただいて県内各地を回り、これまでの演奏活動は7,000回を超えています。そういった中で、和歌山県の音楽文化と言うと少し大げさですが、吹奏楽の文化のレベルアップに微力ながら貢献できたかな、とは思います。
 ただ、50年というのは1つの節目ですが、警察音楽隊の役割も時代の変遷とともに変わってくると思うんです。社会背景が変わってくる、人の気持ちも変わってくる、というようなことで、心のすさんだ若者などの凶悪犯罪が頻発している世の中です。それは家庭環境や社会環境の問題もあるかもしれませんが、音楽には、そんなすさんだ心を和ませる、情操面での非常に大きな効果があると思うんです。ですから今後、警察音楽隊にはこれまでの50年以上に、県民の皆さんの心に訴えるような演奏活動をしていってほしいと思います。私自身は、そういった活動をずっと見守りながら、警察音楽隊の応援団の先頭に立ってバックアップしていきたいと思っています。

仁坂知事:なるほど。警察音楽隊は、これまでも警察のイメージアップや県内の音楽文化の向上に十分に貢献されていると思いますが、玉井さんのおっしゃるように、これからは人の心に訴えるような演奏活動をしていただけるといいですね。これからも、警察音楽隊の応援を是非よろしくお願いします。本日は本当にありがとうございました。

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