NPO法人白浜レスキューネットワーク代表の藤藪庸一さん

名人対談

和歌山県には、様々な分野でそれぞれの道を究めた「名人」とも呼べる方々がおられます。このような方々は和歌山県の誇りであるとともに、その活動は県民の皆さんにとっても励みとなります。そんな「名人」から高い志や歩んでこられた人生についてお聞きし、県民の皆さんにご紹介したいと思います。

白浜町で自殺防止活動や自立支援活動などに取り組み、全国から注目されている白浜バプテスト基督教会牧師でNPO法人白浜レスキューネットワーク代表の藤藪庸一さんと仁坂知事との対談です。(白浜バプテスト基督教会にて)

藤藪さん:このたびは、このような機会を設けてくださって、本当にありがとうございます。

仁坂知事:こちらこそありがとうございます。常々、藤藪さんのご活躍をお聞きするたびに、ずっとお目にかかりたいと思っていたんです。今日は色々とお伺いしたいと思いますので、よろしくお願いします。まず、藤藪さんは本当に立派な活動をされているんですけど、お生まれはどちらでいらっしゃいますか。

2人
左:藤藪庸一さん 右:仁坂知事

藤藪さん:生まれは白浜です。

仁坂知事:白浜ですか。お父さんも牧師さんですか。

藤藪さん:いいえ、父は白浜町の職員でした。

仁坂知事:それでは、藤藪さんはどういうきっかけで牧師さんを志したんですか。

藤藪さん:小学校6年生の時に、カンボジアやエチオピアに難民キャンプがあって、2万人の人々が飢餓で苦しんでいるということをテレビで見て衝撃を受けました。それまでは、全然そういうことを知らずに、弟とおやつを取り合いしたりとか、お小遣いの多い友達を羨ましがったりとかしていたんですが、そんな自分が小さく思えたんです。それで、僕でも何か役に立てることはないかと、1円玉募金を始めました。それが出発点です。また、その当時、父がよく「ビルマの竪琴」という小説を枕元で読んでくれたんです。それを聞きながら、主人公の水島上等兵の自分を犠牲にする姿に感動して、自分はそういうことができるだろうかと思いました。もうその頃はこの教会に通っていて、イエス・キリストがみんなのために十字架にかけられたように、他人のために自分が犠牲を払うことの大切さを教えられていましたから、そうしたことも密接に関わって、僕の目指すべきところは牧師かなと、方向性が決まっていったんです。

仁坂知事:小学校6年の時に、そういうことを全部考えられたんですか。

藤藪さん:はい、そうですね。まあ、僕一人で考えたというよりは、色々な人の声も聞きながら、そう考えるようになりました。

仁坂知事:それで、中学校、高校へ行くようになっても、ずっと牧師さんになろうという気持ちは変わらなかったんですか。

藤藪さん:変わらなかったですね。

仁坂知事:それで、ここに来られた時に前任の牧師さんはいらっしゃったんですか。

藤藪さん

藤藪さん:はい。僕が小学生の頃から江見太郎先生がこの教会の牧師をされていましたし、僕はずっと江見先生のお世話になってきました。ここへ帰って来たのも、江見先生が「後もうちょっとで自分は辞めるから、帰って来ないか」と声をかけてくださったからなんです。当時、僕は東京にいたんですけども、それでこっちへ帰って来ることにしました。帰って来る時には、三段壁での自殺志願者の保護活動を引き継がないといけないと思っていました。

仁坂知事:ということは、江見先生の時代に、その活動がもう始まっていたということですね。

藤藪さん:そうです。1979年の4月から始まっていました。今でもまだ江見先生が助けた人の数に追いついていません。

仁坂知事:この活動は、江見先生が考えてお始めになったんですか。

藤藪さん:そうです。小学生の頃、日曜日の朝教会に来ると、泣いているおばちゃんが後ろで座っていたりとか、おじちゃんが隣の部屋で寝ていたりとか、そういう場に出くわすことが多かったんです。

仁坂知事:それは、江見先生に助けられた人ですか。

藤藪さん:そうです。でも、その頃僕は事情を知らないので、どうして泣いているのかなとか、知らない人がいるなとか、そういう感じでした。その後、中学、高校と成長していくにつれて、自殺志願者の保護活動をしているということが分かってきました。

仁坂知事:江見先生から、どのようなお考えでこの活動を始めたのか、お話を伺ったことはありますか。

藤藪さん:あります。三段壁には、「白浜の 海は今日も 荒れてゐる」と、心中した男女が口紅で岩に書いた辞世の句が「口紅の碑」として残されているんです。牧師になるための学校で神学校というのがあるんですけども、江見先生は、神学校在学中に白浜に旅行に来られたそうです。その時に「口紅の碑」を見た江見先生は、三段壁で自殺する人が多いということを町の人に聞いて、いつかこの白浜で牧師をする機会があれば、その三段壁での自殺を防止するための活動を絶対にしようと思ったということです。

仁坂知事

仁坂知事:そうすると、江見先生はこの教会の牧師になる前から、そういう活動が必要だと思っておられた。それで、当然、藤藪さんも江見先生の志を継いでいこうということで、帰って来られたわけですね。

藤藪さん:はい、僕自身はそのつもりで帰って来たんですけど、その当時、僕は23歳でちょっと若過ぎて、牧師の仕事も一人前じゃないのに、その上自殺志願者の保護なんて二足のわらじを履くようなものだと、皆さん心配をしてくださいました。

仁坂知事:なるほど。自殺志願者というのは、やっぱり悩んでる人とか、心が弱くなっている人ですよね。これはカウンセラーの方から聞いた話ですが、そういう人と話をしていると、自分自身もものすごく辛くて、その人と同じようになってしまいそうになる。それで、家に帰るとぐったりとなって、しばらく立ち直れないとか、そんなふうに言っていました。特に若い人はそうなりがちですよね。

藤藪さん:そうなんです。それで、実際の活動の中で僕が今いつも大事にしてるポイントが3つあります。その1つは、相談に来た人のことをまず100%信じるしかないので、そういう意味で丸抱えするしかないということです。
 次に、自分の信念や価値観を曲げてまで、その人に寄り添うことは絶対にしないということです。そこをグラグラと曲げてしまうと、僕は相手にとっても頼りない人になってしまうだろうし、指針なんて全然出てこない。何よりも僕自身が疲れていって、きっとその人と同じように悩むんだと思います。
 それで3つ目に、僕の方からは相手との関係を切らないというのがって、そのためにも僕が疲れ切ってしまってはいけないんです。実際に僕もぐったりするような話を聞くことがあるんですけど、それを全て自分のこととして捉えて背負ってしまうと多分しんどいと思います。その人の尊厳に関わることとか、その人しか決められない部分があって、そこに僕は立ち入れないし、立ち入る必要もないはずです。その線引きを間違ってしまうとダメなんです。だから、僕は帰って来て玄関に入るとほとんど忘れるようにしています。どんどん忘れて、次に電話がかかってきた時に「あっ、思い出した」という感じの思考回路ですね。

仁坂知事:私も家へ帰ると仕事の話は忘れるんですよ。それで朝になると、今日はこれをしようとパッと思い付くんです。ただ、私の場合と違って、藤藪さんは人生そのものに向き合っているわけでしょ。やっぱり人間というのは重いですよね。それも、色々悩んで自殺しようと思っている人たちだから、もっと重い。

藤藪さん:僕は、これまで13年ぐらい、江見先生と一緒にやっている時を含めると、もう15年以上活動を続けているんですけれども、これを始めた当初は、結構軽く考えていたんです。助けた人を早く就職させて、早く自立してもらったらいい。仕事もすぐに見つかるものだ、というような感覚を持っていたんです。ところが、2人目の男性を保護した時のことです。僕はその人を夕方の5時ぐらいに三段壁に迎えに行ったんですが、「お前みたいな若い奴に言って何が分かるんや」と言って、なかなか説得に応じてくれないんです。一晩中説得を続けるうちに、とうとう朝になって、お腹も空いてくるし、観光客も来て人目につくので、その男性に「良かったら僕の家に来て」と言ったんです。そうしたら、「本当に行っていいのか」というような前向きな言葉が初めて返ってきました。それで連れて帰ったのはいいんですけど、よく話を聞いたら「身寄りもなくて、帰る場所がない」と言うんです。結局、僕の家に泊めることになって、その人と僕の家族との共同生活が始まりました。少しでも早くその人を自立させようと思っていたんですけど、なかなか就職先は見つからず、すぐにそんな人が2人目、3人目と増えていって、以後、常時5、6人との共同生活が続くようになりました。

対談風景

仁坂知事:助けたけれど、帰る場所のない人がたくさんいらっしゃるわけですね。そのまま自立してくれなければ、何十人とかになってしまいますね。

藤藪さん:今までで一番多かった時は、21人だと思います。でも、今は自分の家に誰かを長い間泊めるということはほぼなくなりました。去年、和歌山県の自殺対策基金を利用させてもらって、「白浜荘」という建物を買ったんです。自立のめどが立つまでは、この教会で僕らと一緒に生活するんですけど、自立する2、3か月前からその建物に移ってもらうというように、「白浜荘」を言わばワンランク上の施設みたいにしたんです。更に、去年の11月からちょっとやり方を変えて、この教会で少し落ち着いたら、すぐに「白浜荘」へ移ってもらって、そこで生活をしてもらうようにしました。

仁坂知事:今もそこに住みながら、どこかへ働きに行こうと準備している人がいらっしゃるんですか。

藤藪さん:はい、います。でも、「白浜荘」はこの教会から50mも離れていないですから、食事の時は、そこで生活している人もこの上の部屋に集まって、この教会で共同生活をしている人と一緒に色んな話をするんです。

仁坂知事:それはいいことですね。それでは、自殺をしようとした人が二度と自殺をしようと思わないようにするためには、何が大事なポイントですか。

藤藪さん:僕からすると、要は、一緒にいてくれる人がいるかどうかだったり、自殺したら悲しむ人がいるかどうかだったり、そういう人の繋がりですね。

仁坂知事:そうすると、例えばさっき身寄りのない方のお話をされましたよね。そういう方が人間関係を作っていくにはどうしたらいいんですか。

藤藪さん:結局、僕らがその人と親しい関係を作っていかないとダメなんです。僕らは自分の家庭を開放して、そういう人に入ってもらって、家族とまではいかなくても、すごく親しくなっていく中で信頼関係を築いていきます。やっぱり、失敗も色々しますけど、最後まであきらめないことが大事です。

仁坂知事:信頼関係ということでは、ここで知り合った仲間も大事な存在ではないですか。

藤藪さん

藤藪さん:そうですね。本当にここが拠り所になってくれればいいと思っているんです。ただ、自殺したいと思った人が5人集まっても、10人集まっても、多分いい方向には動きません。それは、自分に後ろ向きな人ばっかりが集まっているからです。でも、例えばその中に1人でも前向きな人が入ったとすると、ちょっとずつ雰囲気は変わるんです。いつでも、何があっても、動じないで前向きな話ができれば、又はそういう励ましをずっと続けられれば、だんだん変わってきます。
 それと、全てを帳消しにしてもらえる制度があるのはいいことだと思います。例えば、借金を帳消しにする方法がありますよね。自己破産をするとか、調停をしてもらうとか、そのような解決の方法も同時に探しながら、信頼関係を作っていく。どちらも必要です。

仁坂知事:やっぱり経済的な問題というのは、かなり大きなウェイトを占めていますか。

藤藪さん:はい、ここへ来るケースでは、経済的な問題を抱えている人が本当に多いと思います。あとは人間関係ですね。病気よりも人間関係で悩んでいる人が多いです。

仁坂知事:人間関係だと相手がいるから、解決の方法が難しいでしょ。これは、どういうふうにして関係を改善してあげるんですか。

藤藪さん:そういう人の場合、相手との関係を絶ってここまで来たわけですから、自分の方からその人との関係を元に戻そうとすることはないんです。だから、まずは、新しくやり直すという方向です。そうして元気になってくると、本当に相手との関係が壊れてしまっている人とかでも、もう1回その関係を回復したいと思うようになるんです。それで、その思いを行動に移して、相手に謝りに行った人もいっぱいいますし、赦してもらえた人もいます。たとえ赦してもらえなかったとしても、自分から謝ったということで1つの区切りがついて、いつかは分かってもらえるだろうというような希望が見えてくると思うんです。こういう話を本人にもしています。

仁坂知事:なるほど。それから、藤藪さんはこうした活動をするにあたって「白浜レスキューネットワーク」を設立されていますよね。たくさんお仲間がいらっしゃるんですか。

藤藪さん:その「仲間」を会費を払って支えてくださっている支援者という意味でとらえると、140人ぐらいだと思います。でも、実際の活動をしてくれている人は、そんなにたくさんいません。例えば、事務員さんとして来てくれている人は2人です。学童保育のような活動もしているんですけど、そういう活動に協力してくれている人が4人ぐらいです。スタッフとしては、僕以外に、この教会で伝道師をしてくれている人とか、僕の妻もそうですし、ここで共同生活をしている元自殺志願者もいます。それから今、三段壁での見回りは、白浜町と県と警察と「白浜レスキューネットワーク」とで協力しながら、曜日ごとに当番制で行っているんです。「白浜レスキューネットワーク」が任されているのは月・火・金で、そのほとんどは元自殺志願者に行ってもらっています。

仁坂知事:まだ自立してない元自殺志願者の方が三段壁に行って、また自殺しよう思うようなことはないのですか。

藤藪さん:ないと思います。それに、元自殺志願者は、「自分はここに座っていた」とか、「あそこは隠れるのにちょうどいい」とか、みんなよく分かっていますから、「見たらすぐ分かる」と言って見回りに行ってくれます。

仁坂知事:元自殺志願者だからこそ、自殺志願者がいそうな所や、その人の自殺しそうな雰囲気とかがよく分かるわけですね。それから、「自殺する前に電話をかけてきてください」という活動もされていますよね。これも結構電話がかかってきますか。

いのちの電話
いのちの電話

藤藪さん:はい、かかってきます。「いのちの電話」と言うんですが、今、月平均で7.5件です。去年の保護件数は103件でした。

仁坂知事:それは、この近辺から「私は死にたい」と言ってかかってくるんですか。

藤藪さん:そうです。ただ、たまに「今からくろしおへ乗ります」と言って大阪駅から電話をかけてくるような人もいます。

仁坂知事:その場合、それを聞いてすぐにその人の保護に向かうんですか。

藤藪さん:いいえ。もうここへ来る気になっているわけですから、僕らは結構ゆったり構えています。「白浜駅に着いたらもう一度電話してください」と伝えて、次に電話がかかってきた時に「今から迎えに行きます」とか、もしくは、「バスに乗ってバスセンターまで来てください」とか、そういう感じです。やっぱり、電話をかける気持ちになってくれて、ここに来たいと思った人は、あまり危なくないわけです。むしろ、本当に死ぬことしか頭にない人は、「いのちの電話」の看板も目に入らないことが多いです。

仁坂知事:なるほど、そうですか。こうした藤藪さんがされている活動の中でも、自立支援は結構難しいと思うんです。それはむしろ、どちらかというと、行政がやらなければならない仕事かもしれませんね。

藤藪さん:誤解がないようにうまく話せればいいんですけど、僕らがやっている自立支援活動は、行政がやるのにあまり適していないように思います。というのは、行政がやると平等にしないといけないから、どうしても画一的になりがちだし、「俺らは苦しいんだから、行政ならやって当然だ」と求められれば、本当はしなくてもいいことまでせざるを得なくなるような弱い立場に行政はあると思うんです。憲法で生存権が保障されているわけですから、求めて当然なんですけど、自殺しようと思うような事態に陥った自分自身の責任や立ち直るための努力といった部分を度外視して保障だけを求めているとすれば、本当はおかしい話なんです。だから、僕は白浜町と一緒にこの活動をやっているんですけれども、白浜町に自立支援のための施設を作ってほしいと要望したことはありません。運営は自分たちがやるから、建物だけ提供してくださいとお願いしたことはありますけどね。

仁坂知事:それでは、就職のお世話とかはどうですか。そういうことは、民間ではリーチがあまりないから、行政がもっと手を付けないといけないのかなと思うんです。

藤藪さん:そういうことを行政でしていただければありがたいですね。ただ、僕のやり方でいくと、保護してから就職活動をするまでに、時間をかけて人となりを見ながら、ダメなところを直すように教育するんです。それで、就職を果たすことができれば、そこからは仕事にどんどん行ってもらうんですが、お金は全部僕が預かって、小遣いは1万円までと決めています。

仁坂知事:就職した後も、そういう管理をするんですね。自由にさせるとどうなるんですか。

藤藪さん:ダメですね。1か月目の給料でどこかへ行ってしまう人の方が多いんじゃないかと思うぐらい失敗しました。

仁坂知事:そうですか。就職できるぐらいだったら、もう完璧に治っているのかなと思うけど、違うんですね。

藤藪さん:本人は完璧に元気なんですけど、計画性がないんです。ここで生活していれば、生活費がほとんど要らないから自立のために貯金できるはずなんです。例えば、給料が10万円あって、そのうち9万円を何か月か貯めて40万円ぐらいになれば、1か月分の余力を残しながらアパートへ移れるわけです。だけど、自由にさせておくと、ほとんどの人はお菓子やジュースを買ったり、時には飲みに行ったり、小遣いとして使ってしまって、給料の半分でも貯金できればいいところです。だから、お金は全部、僕がずっと預かるんです。

仁坂知事:それで、アパートに移れるぐらいになったら、もう大丈夫ですか。

藤藪さん:それでも失敗して帰って来る人はいますけど、それは仕方ないと思っています。アパートへ移った後のフォローをどうしようかという話も去年ぐらいからしているんですけど、今やっているのはここまでです。それで、僕らは共同生活をする上でのルールを作っているんですけど、そのルールの中で磨かれていくものもあると思うんです。例えば、近所の人もみんな僕らのことを理解して受け入れてくれているからこそ、この活動を続けられるわけで、そのことには感謝しないといけません。だから、その感謝の気持ちを伝えるためにも、挨拶は絶対にこちら側からするとか、ごみを拾いながら町内を歩くとか、町内会の掃除には必ずみんなで参加するとか、色んなことを決めているんです。初めは、なかなか挨拶し合うところまではできないんですけど、5回、6回と続けている間に向こうも挨拶してくれるようになって人間関係ができるんです。そういう基本的なところから、やり直さないといけない。

仁坂知事:ここで共同生活をすること自体が人生をやり直すための訓練になっているんですね。

藤藪さん:そうしていきたいと思っています。この活動をしていて最近色んな所へ行く機会があるんですけど、全国でも、自殺志願者に住居や食事を提供しながら自立させようと取り組んでいるグループがあるのは、他には東尋坊ぐらいだと思います。ただ、東尋坊は僕らとはやり方が違っていて、宿泊場所や食事を提供してくださるボランティアさんにそれぞれ個別に受け入れてもらっているんです。それに、人材派遣の会社とうまく連携したりして、すぐに就職ができたりとかもする。だから、僕らみたいに共同生活という場を提供しているような所は、ほとんどないですね。
 それで、この共同生活は、生活保護を受ける人を少なくすることにも役立つと思うんです。というのは、三段壁を訪れる自殺志願者には、生活保護をもらっていた人がものすごく多いんですが、それは、生きる意味を見失っていたりして、いくらお金で支援したとしても助けられないケースが今増えているからだと思います。そういう人には、現物支給でちょっとしんどい生活をさせて、そこから這い上がっていこうという目標をいつも指し示しながら、みんなで共に悩めるような人間関係の中で自立を目指させた方が、生活保護をそのまま適用するよりもずっといい働きができると思います。それにこの方法は経済的でもあるんです。例えば生活保護が必要な人が10人いるとして、1人あたり月10万円の生活保護費が支給されると、100万円かかりますよね。でも、僕らはそのくらいの人数なら30万円もかからない予算で賄えています。だから僕は、生活保護に行かさないために、生活保護の前の段階での支援活動として、僕らの共同生活を1つのモデルケースにしたいと思っているんです。

仁坂知事:今、藤藪さんは「前の段階」でと言われましたけども、その「前の段階」というのは、どのような人を対象にするかがすごく難しいと思うんです。

藤藪さん:僕は、もう生活保護を支給しないといけないと思う人が「前の段階」の対象になる人だと考えています。他に方法がないから生活保護費を支給するというのが今の状況だと思うんです。でも、そういう人をここのような施設で預かって自立させるんです。

仁坂知事:なるほど、そういうことですか。そして、働いてもらうわけですね。

藤藪さん:そうです。そうすると、必要な人にしか生活保護を支給しなくて済むようになると思うんです。実は今、ここで64歳の男性が共同生活をしているんですけど、64歳と言えば、もうすぐ年金をもらえるようになりますよね。でも、その男性は働く意欲満々で、この前もここから15kmぐらい離れた所にある職安まで自転車で行って、面接の約束を取り付けて帰って来ました。本当に「何回落ちても頑張るぞ」という感じで、生活保護で生活するよりもずっと生き生きしています。

仁坂知事:私も、お金を渡して監視だけするのではなく、藤藪さんが言われるような方法でやった方がいいんじゃないかと思います。ご病気とかで働けなくて生活保護を受けられている人は仕方がないけれども、健康な人の場合は、生活に困っているだけでなく、やっぱり目標もなくしているはずですからね。 藤藪さんには、色々教えられることが多いんですが、最後に、これから更にこんなことをやってみようとお考えになっていることがあれば、お聞かせください。

知事お茶飲み

藤藪さん:それでは、特に今頑張っていることをお話します。ここから実際に自立していく人は60代前半とか50代が多いんですが、年金を掛けていないから、働ける間は何とかなっても、最終的に路頭に迷うんです。だから、そういう人たちが帰って来て生涯現役でいられる場所を作りたいと思っています。
 それで、去年の12月から「ピース・プロジェクト」というのを始めました。「ピース(PIECE)」というのは、「社会になくてはならない1人」というメッセージなんですけど、そのロゴが入ったTシャツとトレーナーを工房で作って販売しているんです。それから、弁当屋も始めました。

仁坂知事:自立した人たちの働き場所ですね。

藤藪さん:そうです。それから、「ピース・プロジェクト」には別の目的もあって、自殺対策に取り組んでいるどの団体もイベントをするので、Tシャツやトレーナーはそこで売ってもらうんです。その売上げの一部、例えばトレーナーなら1枚あたり1,000円は、その団体に還元します。ほとんどの団体は、行政の補助金に頼っていますから、これを活用して自主財源にしてもらえたらいいと思っているんです。
 実は、僕自身、補助金については、ちょっと反省しているんです。元々、僕らは補助金なしでやってきたんですけど、ここ3年間は補助金をいただいて、いっぱい活動をさせてもらっています。それで、補助金をもらって色んな事業を始めるごとに、妻の父から「それはお前の実力じゃない。お前の実力でどのぐらいのことができるんだ。」と、いつも問われるんです。実際、補助金をもらうようになってから、それまで大事にしていたのに、大事にできなくなった部分が出てきています。

仁坂知事:やっぱり、そんな部分がありますか。

藤藪さん:あります。補助金がなかった時代は、お金がないから頭をひねるでしょ。それも、保護した人たちと一緒に考えるじゃないですか。それで、すごい一体感があったんです。そういうのが、今の僕にできていないところです。

仁坂知事:そういうことは、お金の力で省略できますからね。県庁でも、そういうふうになりがちです。お金があると誰かにポンッと委託するわけですよ。委託すると、格好はものすごくいいものを作ってくれる。ポスターなんかパタパタとできて、やったような気になるわけです。だけど、そのポスターを見る人に中身がよく伝わるかというと、そうでない場合もありますよね。でも、お金がなかったら、ポスターで訴えたい究極の中身をどうやって表現したらいいのか、自分で考えるわけですよ。こういうことを考えるのはパワーになるから、お金なんかない方がいいとか、そんなことを知事が言うもんだから、職員は嫌がっています。

藤藪さん:本当ですか。僕も妻の父にいつも叱られるんです。弁当屋も補助金で始めた事業で、元々はご飯の無料配布をしたかったんです。へこんだ缶詰とか商品にならない食品をもらってきて再分配するフードバンクという活動があって、僕らはその活動もしているんですが、生活困窮者には、その食品をもらっても、電気・ガスが止められていて料理することができない人がいるんです。だから、料理しないで食べられる弁当を配ろうと考えたのが、その発端です。でもそこで、妻の父に「それこそ、補助金ありきの仕事じゃないか」と叱られました。「例えば、弁当屋をやって収益を出して、その純利益で弁当を無料配布するのが普通じゃないか」と言うんです。

仁坂知事:奥さんのお父さんは偉いですね。極めて真っ当なお考えです。

仁坂知事

藤藪さん:それで今回、僕らは本当にそれを実践しようとしているんです。目標は、お弁当を毎日40個以上売って、毎月1万円ぐらいの純利益を出す。そうしたら毎月50食の支援ができる。販売個数を増やす努力をしていけば、配布できる個数も増やしていけると考えています。そうしたら、お金の重みが分かる活動になるというのが、義理の父の意見なんです。やっぱり僕らの将来像というのは、親の影響もありますが、そういう方向に行くべきだと思っています。

仁坂知事:なるほど、本当によく考えておられて立派だと思います。それに、お父さんという緊張感がいつもあって、藤藪さんは立派だけど、実は、お父さんも立派だということが分かりました。今日は、勉強になるお話をしてていただき、ありがとうございました。

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