白浜町の川添茶産地をリードされている上村誠さん

名人対談

和歌山県には、様々な分野でそれぞれの道を究めた「名人」とも呼べる方々がおられます。このような方々は和歌山県の誇りであるとともに、その活動は県民の皆さんにとっても励みとなります。そんな「名人」から高い志や歩んでこられた人生についてお聞きし、県民の皆さんにご紹介したいと思います。

小規模ながらも全国的に高い評価を得ている白浜町の川添茶産地をリードされている上村誠さんと仁坂知事との対談です。(ご自宅の工房にて)

仁坂知事:上村さんとは、平成18年度の名匠表彰でお目にかかって以来ですね。今日は、川添茶の話をお伺いするわけですが、この地域は、元々お茶の産地だったんですか。

2人
左:仁坂知事 右:上村誠さん

上村さん:そうですね。今の優良種であるやぶきたを入れたのは、昭和30年ですけれどね。それ以前の、中辺路の検地帳を見ると、1601年頃にもお茶が出ていると聞いています。この辺一帯、番茶が主体であったと思いますけれど、かなり歴史があって、栽培面積も大分あったらしいです。また、大正の初期、田辺市の三栖で一軒お茶の生産者が居て、品質が良く神戸の商人と取引きをしていたということも聞いています。

仁坂知事:それは、主として、川の下流の港町とか和歌山市とかに出していたのでしょうね。あまり全国に出していたわけではないのですね。

上村さん:ただ、大阪府の大手のお茶屋さんが先代の時に買いに来たという話は聞いています。

仁坂知事:当時からかなりおいしいお茶ということだったのでしょうね。それで、上村さんは、そういうお茶を作っているお家にお生まれになったわけですか。

上村さん:いいえ、親父は山の仕事ばっかりでした。ところが、昭和40年頃、この地区で構造改善事業の採択をいいただいて、開畑や工場の新設・拡張、地域内の農道整備、これらを一括してやろうということになりました。山の景気も悪くなってきていましたので、親父も、この際この上のお寺の山を借りて1ヘクタール程を開墾しようと決めたんです。でも、お茶の知識は何もありません。そこで、私がちょうど田辺高校を卒業する頃でしたので、静岡に勉強に行って来いということになったんです。

仁坂知事:静岡に行かれて、どんなことを勉強されましたか。

上村さん:静岡の農家研修に入ったんですが、私は田辺高校の普通科卒業ですから、ほとんど何の知識もありません。もう見るものすべてが初めてでした。一番茶の時期の1ヶ月間、研修先の農家の方と工場で寝泊まりしながらの研修でした。工場では、お茶を蒸すためにお湯を沸かしていますから、毎晩、ボイラーのお湯で身体を拭いたりしながらね。

仁坂知事:上村さんのご家庭ではお茶作りをされていなかったということですが、この地域の人がお茶作りをやっているところとかを見ているわけですよね。それと比べて、静岡へ行って違いみたいなものはありましたか。

上村さん:日本一の産地ですから、まるっきり違います。だから、かえってそれを素直に吸収できたと思います。研修先はかなり先進的な農家で、1年半程居させてもらったんですが、その時のご縁で以来40数年間欠かさず1年に何回か行っています。

仁坂知事:今でもそこのお家は茶作りを隆々とされていますか。

上村さん:静岡県を代表する農家のひとつです。本当にそこでの繋がりで、お茶農家は勿論、加工の先生とか、栽培の先生とか、製茶機械メーカー、日本茶、中国茶インストラクターの皆さんやお茶市場など、茶業界の色々な方々と繋がっていったんです。

仁坂知事:特に、どんなところをまねしてやろうと思われましたか。

上村誠さん

上村さん:まねと言っても、覚えるのが精一杯だったんです。特に和歌山県は、非常にお茶の面積が少ない小さな産地ですので、とにかく売り場へ出た時に先に買ってくれるものを作らないといけない。だから、とにかく技術を身に付けたいということで、色んな先生に教えていただきました。

仁坂知事:その先生というのは、お茶を栽培する先生ですか。それともお茶を揉む先生ですか。

上村さん:ウエイトの高いのは加工の技術の方で、手揉製茶と機械製茶の両方です。

仁坂知事:お茶を加工する方の先生ですね。

上村さん:手揉みの方は、40歳から習い始めたんですよ。

仁坂知事:それまで手揉みは、やっておられなかった。

上村さん:なかったです。でもやっぱり、手揉みは基本ですから、手揉みの師匠にお願いして来てもらいました。お風呂の中でも、タオルを細く丸く折りたたんで手の動かし方を練習するんです。手揉みの技術があるところまで身に付きますと、機械で揉んでも良いお茶ができるんです。6工程、7工程の流れの中で、次へ移るタイミングとか、機械の中で回っているお茶の状態がどうなのかがわかりますから。

仁坂知事:そういうことが、わかればいいわけですね。上村さんは、この産地のリーダーでもいらっしゃるわけですけれども、組織化みたいなものを随分なさっているような感じがするんです。その組織は、どういうふうにできていったんですか。

上村さん:昭和38年に生産者で川添緑茶研究会という会を作ったんですよ。和歌山県には、お茶のことを教えてくれる研究機関がないんです。だから、何とかやっていくためには、自分たちで勉強するしかない。あちこち行きました。昭和50年代までは、県の紹介もあって主に京都宇治の大手のお茶屋さんとの取引だったんですよ。

仁坂知事:その頃、そのお茶屋さんにはここで加工してから出していたんですか。

上村さん:工場で加工して、3日に1度ぐらい生産者が交代で2トン車を運転して出荷しました。荒茶出荷です。今なら宅配便があるのに、当時は大変な作業でした。それで帰ってきて、また明くる日に工場へ入るとかをずっとやっていました。

仁坂知事:そうやって生きていかないといけないから、じゃあ、みんなで力を併せてやろうというふうになったんですね。

上村さん:地域の特産物になる作物が何かないかということで、お茶作りをやったんですけれども、兼業の経営規模の小さな集まりなので、人材が少ないことがこういう地域の一番の悩みですよね。本当に、私自身もお茶が大好きですし、ずっと40数年間やってきていますし、やっぱり和歌山のお茶を引き継いでいかないといけない。今が一番のふんばりどきかなと思ってやっていますけれども、一番思うところは、経営規模が小さいから生業意識が少ないんですよね。それと、日本のお茶の7割位が静岡県に入ります。私たちの主な売り場が静岡ですから、ものすごく競争が厳しい。ですから、この産地の人たちの生業意識を上げながら、品質を落とさないようにしないといけないんです。

仁坂知事:ここで加工されたお茶も、ほとんどは静岡県に原料としてドンと出すんですか。

上村さん:そうなんです。私たちの工場でできたものは、荒茶と言うんです。お茶屋さんは、それを仕入れて、仕上げ加工して、それから消費者に渡るんです。だから、荒茶はお茶屋さんから言うと原料になるお茶なんですよね。

仁坂知事:でも、その荒茶は、生の葉じゃなく、加工してお茶の形をしているんですよね。それを更に加工するんですか。

上村さん:そうなんです。小売りするには、例えば梅で言えば、一次加工の白干しがお茶で言うと荒茶なんです。今、日本の煎茶は、深蒸し茶と言って、蒸し時間が長く、粉の多いタイプが主なんです。味を出すためにしっかり揉むんですが、蒸し時間が長いから、揉まれると粉になる部分が多くなる。それに対して、私のところのお茶のスタイルは、しっかりした形のお茶なんです。深蒸し茶ではなくて、浅蒸しで本来の日本茶である手揉みのお茶の風味を出したいと思っています。お茶のおいしさは、新芽の柔らかい茎に多く含まれています。だから、これをどこまで揉みきれるかが重要なんです。

仁坂知事:揉むと言うのは、水分を飛ばすということですね。

上村さん:そうです。水を残さない。芯から水を切って、出てきた水分を乾かしていく。だから、揉んで水分を出してそれを乾かす。それがうまくいくと2年経ってもおいしいお茶になります。水分が残っていると、夏場を越して秋口になると品質が落ちて長持ちしないんです。

仁坂知事:それで、静岡県では、ここから出した荒茶にどのような加工をするのですか。

上村さん:お茶屋さんが自分のところの商品に合うように、粉を抜いて形を揃えます。それで最後に再加熱。「火入れ」(ひいれ)と言うんですけど、これがものすごく企業秘密なんです。自分の店の特徴を出す。甘みとおいしさ、香りを高めるんです。それをしないと、お米で言うと玄米なんですよね、荒茶は。だから、玄米が好きな方もいますけれども、白米にしてこそ商品になるんですよね。

仁坂知事:この近辺では、川添緑茶研究会で一元管理しているんですか。

上村さん:いいえ、茶園の管理は個人個人です。出荷はJA紀南を通します。製茶工場もJA紀南の資産ですが、機械への投資などは全部生産者負担でやっています。荒茶の製造運営は緑茶研究会でやっています。

仁坂知事:それで、川添茶の中で最終製品を作られているのは上村さんだけですか。

上村さん:いいえ、最終製品の多くはJAが主体で小売販売していて、仕上げ加工もJAがしています。私も少し仕上げ加工しています。

仁坂知事:と言うことは、上村さん自身も荒茶として出すお茶があるんですか。

上村さん:製茶機械への投資は生産者皆でしていますので、私の場合もほとんどが荒茶出荷です。

仁坂知事:一部だけ自分のこだわりで最終製品を作っておられるのですか。

上村さん:はい。今、私で15%ぐらいです。仕上げ加工の技術ができてこそお茶がわかります。

仁坂知事:やっぱり量も稼がないといけないということでしょうが、下請け型ですと、たくさん値段を取れないでしょう。最後はやっぱり、静岡のお茶屋さんなんかが仕上げ加工、火入れをして良いお茶にして、たくさんお金をいただくわけですよね。ですから、和歌山の農業にとっては、最終製品をブランド化して付加価値もちゃんと地元に残るようにすることが目標ではないかと、私は思うんですよね。

上村さん:私らも、まずは全国版の観光地白浜を含めて県内でこういういいお茶をどんどん使ってほしい。そうすれば、事業量も増えて、生産者にもたくさん還元できるメリットがありますから、「わがまち元気プロジェクト」の事業に採択いただいて色々な団体の皆さんのお世話になって、そういう方向で、今、一生懸命色んな展開をさせてもらっています。

パッケージ

仁坂知事:随分、白浜の旅館でも川添茶を扱ってくれるところが増えてきていますよね。それは非常に結構なことだと思います。ところで、上村さんのお茶のパッケージのデザインがいいですね。特に、容器も2重になっていてぴちっと閉まるし、高級感があるでしょ。それから、ものすごくハイカラな感じがします。

上村さん:これは実は、娘のデザインなんです。東京で7年程こういうデザインの仕事をしていたんですが、2年ほど前に帰ってきましたので、作り直してもらったんです。お茶は、光が入ると変質しますので、消費者からすると中身の見えない商品なんです。だから、1袋千円、2千円というと、誰もがすぐには手を出さないんですよね。だから、これなら封を切ってみたい、飲んでみたいと思ってくれるようなデザインにしたかったんです。短い文章で、作り手の思いも入れましたし。

仁坂知事:先日、私も川添茶をいっぱい買っていったんですど、思うに、「紅茶」(べにちゃ)は、実は簡単に出る。私がやっても、上村さんが入れてくれたのと同じぐらいの味でちゃんと出る。ところが、緑茶の方は、あまり出ない。ホテルで飲ましてもらったお茶が100とすると、自分で入れたものは、まあ30ぐらいだなというふうに思うんですよ。だから出し方が難しいんだなと思うんです。

上村さん:先週も役場の女性職員を相手に講習したんですけれども、結局、良いお茶を飲むのに頭の中で難しく考えすぎるんですよ。だから、私はいつも、お茶を始末せずに、お湯を始末してくださいと言うんです。

仁坂知事:けちくさいことを言ってはいけないということですね。

上村さん:上級茶ほどお茶っ葉たっぷり、お湯控えめが基本です。お茶っ葉少なく、お湯たっぷりだと、葉っぱが開いてしまって、二煎目は香味が薄くなります。煎が効かないんですよね。

仁坂知事:何煎も入れるんですね。

上村さん:5煎ぐらいは入れることができます。それで、一煎目は、50度ぐらいの冷まし湯で入れて、お茶のおいしさを味わっていただきます。お茶の味がわからなくなるから、一煎目の前には、甘いものを口に入れないでください。二煎目は渋みがでますのでお菓子を添えてください。二煎目を60度で入れますと、普通のお茶の一煎目くらいに出ます。それから、三煎目以降は熱湯でさっと入れます。

仁坂知事

仁坂知事:だんだんとお湯の温度を上げていけばいいわけですね。これまでは、お茶っ葉をちょっとにして、一煎目で止めていました。今度、今日教えていただいたようにやってみます。
それで、「紅茶」に感動したんですけれども、何が感動かというと、分量とか間違えても渋くならない。

上村さん:甘いです。私たちの「紅茶」のねらいはそこなんです。二煎目も三煎目も渋くないです。

仁坂知事:僕は、紅茶にはちょっとうるさくて、好きなメーカーがあるのですが、ちょっと入れすぎると渋くなる。でも、この「紅茶」は全くならない。味、香りが大変良い。

上村さん:いいですよね。緑茶の品種を使いますと、タンニンの含有量が紅茶の品種よりも少ないんです。だからお砂糖のいらない紅茶ができるのではないかと考えたのが、きっかけなんです。

仁坂知事:これは「白茶」(しろちゃ)ですか。「白茶」もおいしいですね。

上村さん:たまたま、私が2004年に少しだけ作ったんです。ここへ指導に来てもらっていたお茶の加工の師匠にも飲んでもらったら、これはいけるということで、師匠が帰ってから、コンテストに出してみようということになり、その年に出したんですよ。それで、コンテストへの出品にはネーミングも必要だからということで、「白露」(しらつゆ)という名前を師匠がつけてくれたんです。和泉式部の和歌の中から取ってくれたみたいです。あっさり味で、ほのかに甘みと香りがあるのが特徴です。中国でも一番生産量の少ないお茶の部類で、上海辺りでは、こういう夏の暑い時に白茶を飲むと身体の熱を外へ出すと言って、熱湯で入れて飲むらしいです。それまで国産がなかったそうです。

仁坂知事:「白茶」とか「紅茶」とか緑茶は、お茶の品種は違うのですか。

上村さん:同じ畑で栽培している全部一緒の品種です。

仁坂知事:そうすると、加工法が違うだけで、変幻自在になってしまうんですね。

上村さん:そうですね。今、特に煎茶の消費が伸びなくて、ここ3年くらいは茶業界始まって以来のどん底なんですよ。そういうことで、私は、加工法を変えて原料は同じでも趣きの違うお茶を提案させてもらっているんです。

仁坂知事:それぞれ素晴らしいですが、世界緑茶コンテストでまた、ものすごく良い成績を取られましたよね。

上村さんお茶入れ

上村さん:本当にたまたまなんですよ。入賞をねらっているわけでもないし。ここの産地のお茶のレベルと自分の技術のレベルを確認したいから出すんです。特に和歌山のお茶の元気がなくなってきた一番の原因は、外へ出した時に自分のレベルがわからなかったことなんですよね。私は、こういう煎茶でも、手揉みのお茶でも、必ず自分が持って行って、これと思う先生に自分が出して、飲んでもらって返事をお伺いするんです。そして、おいしいって言ってくれたらなら、これくらいのお茶なら、こういうレベルの先生方でもおいしいって言ってくれるという、自分の確認と自信になるんですよね。

仁坂知事:それで、コンテストも出てみようっていうことになったんですね。そうしたら、最高金賞と金賞のダブル受賞されたんですね。

上村さん:そうなんです。静岡県の川勝知事さんからいただきました。

仁坂知事:やっぱり静岡県がスポンサーをしているんですね。

上村さん:本当に感心するのですが、静岡県はお茶の技術をどんどん外に出すんです。それで、みんなのレベルが上がるんですよね。本当にいつ行っても、とことん教えてくれますし、必ずその年のお茶を見てもらいます。そうしないと、これで良いというのが、お茶の加工にはないんです。と言うのは、お茶の加工は、添加物を一切使わずに、火を使って技術だけで揉み上げ、それによって素材の持っているものを引き出すんですが、その技術は進歩するだけでなく、変わりもするんです。私たちの今の工場の製造の仕方というのは、関西ではめずらしい揉み方をしています。欲しい情報や技術はある所へ足を運ぶのが私の基本で、短い一言、表情、接して感じるものにヒントがあります。

仁坂知事:機械製茶でも、やり方が違うんですか。

上村さん:工場の中での機械の使い方が違います。柴田理論といって、静岡の柴田先生という方に教わっているんです。

知事お茶飲み

仁坂知事:静岡の方はあちこちの人にちゃんと教えてあげていて、昔の和歌山の人みたいですね。和歌山が発祥で、後にどこかへ教えて、そこで栄えているものがいっぱいありますからね。

上村さん:日本のお茶の業界で、ものすごく貢献した和歌山出身の方がおられるんですよ。金屋から出られた明恵上人さんです。あの栄西禅師から種子をもらって全国あちこちに植えて回ったのが明恵上人さんということになっているんです。和歌山でもどこかで植えているはずだと、私は思うんですけれども、それがまるっきりわからないんです。

仁坂知事:お茶の産地として和歌山は小さいわけですけれども、気候的に言うと、お茶としてはどうなんですか。

上村さん:ものすごくもったいないですよね。まずは、近畿で一番、新茶が出るのが早いんです。お茶の流通の中で、お茶が一番売れる時期というのは、八十八夜の新茶の時期です。ここに間に合わすお茶が、和歌山なんです。4月中に取れるお茶なんですよね。本当は早い遅いにかかわらず良い物は良いの取引きでなければなりませんが、現実は5月へ入ると、それはもう年中の販売用のお茶になりますので、相場が下がります。和歌山は暖かいから有利なんです。いいお茶の原料となる新芽は、この周辺の山間部のどこでもできます。加工の技術をしっかり身につければ上級茶の産地になりますよ。

仁坂知事:今だと、川添茶は我々だけがわかっているだけで、全国的に見るとそんな所にお茶があったのかという感じですですよね。

上村さん:私も、どこへ行っても和歌山にお茶があったのかと言われます。だけど、昭和60年代から静岡へ出荷していますので、静岡市内のお茶屋さんはよく知ってくれています。でも、それぐらいのお茶の量だったら、大阪も近いし、白浜温泉もあるのだから、地元で売れないのかと、いつも言われます。「自園自製自販」という形態があるのですが、自販を取り入れていかないと山間地の産地は厳しいです。

仁坂知事:だから、やっぱり、上村さんみたいに、こういう最終製品のお茶を自分で作って、それで堂々と勝負できるようにしないといけないし、そのために県の政策もきちっと整えて、応援するようにしようと思っているんです。

上村さん:今、「新農林水産業戦略プロジェクト」と「わがまち元気プロジェクト」の2つに採択していただいていて、本当にありがとうございます。今まで何の伝手も繋がりもなかったのですが。おかげさまでかなり繋がりができまして、今、旅館など11施設に入れてもらっています。

仁坂知事:我々も応援させていただきますので、ぜひ発展させていってください。本日は、どうもありがとうございました。

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