美山村森林組合組合長寒川歳子さん

名人対談

和歌山県には、様々な分野でそれぞれの道を究めた「名人」とも呼べる方々がおられます。このような方々は和歌山県の誇りであるとともに、その活動は県民の皆さんにとっても励みとなります。そんな「名人」から高い志や歩んでこられた人生についてお聞きし、県民の皆さんにご紹介したいと思います。

全国の森林組合の中に3人しかいない女性組合長の一人、美山村森林組合組合長寒川歳子さんと仁坂知事との対談です。

仁坂知事:今日はお忙しいところお越しいただきましてありがとうございました。ずいぶん前から令名は存じておりましたので、早くお会いしたいと思っていました。

寒川さん:こちらこそ今日はお話しする機会をつくっていただきましてありがとうございます。

仁坂知事:私は山の中へ行くのが好きですから、遊びで美山の近くへはよく行っているんですよ。去年は結構行きましたね。

寒川歳子さん
寒川歳子さん

寒川さん:知事さんは蝶が趣味だと伺っていますが、このごろは美山の方でも珍しい蝶は少なくなってきたように思います。毎年見るようなカラスアゲハとかオニヤンマとかが減ってきていますね。

仁坂知事:そうですか。昔は高野山にオニヤンマはうじゃうじゃいましたね。カラスアゲハも減りましたが、明らかに減ったのはヒョウモンチョウですね。これは野生のスミレを食べているんですが、減ったのは明らかに鹿が草をきれいに食べてしまうせいですね。道端のスミレを道路整備をしたみたいにつるんつるんにしてしまうんですよ。

寒川さん:大台ヶ原並みのすごい食害が和歌山にもありますね。スミレは昔たくさんありましたね。

仁坂知事:護摩壇山の近くも整備したようにつるつるになってます。これも鹿ですね。鹿は人間と出会っても逃げもしませんよね。

寒川さん:爆発的な繁殖期に入ったみたいですよね。

仁坂知事:肉食獣が減ったからでしょうかね。

寒川さん:私が聞くには、雌鹿の保護を長くやりすぎたんじゃないかと。奈良では冷蔵庫も開けに来たらしいですよ。鹿よけもいろいろとやってますけれど、鹿が本気出したら誰も勝てないですよ(笑)。ものすごい生命力らしいですよ。

仁坂知事:そういう鹿害が大変で、材木価格もあまりぱっとしなくて林業が大変な中で寒川さんは森林組合の組合長さんをされて、業績も万々歳ではないでしょうが、相対的にはよろしいようで、立派だなあとみんな尊敬しています。

寒川さん:そう言っていただくと恐れ入ります。私が組合長になったのは、本当にたまたま受けざるを得ない事態になったからなんです。当時、森林組合は経営危機や合併問題という大変な時期で、長男の嫁取りと盆と正月が一緒に来たような大騒ぎでした。

仁坂知事:寒川さんが理事長になってからですか?

寒川さん:はい。理事は平成4年からやっていたのですが・・・

仁坂知事:経営危機はどのようにして解決されたんですか?

寒川さん:県の担当者の方に指導していただいて経営改革を始めたんですが、まず、あらゆるものを計算し直し明確にしました。一方では先輩に助けてもらおうということで、組合員の皆さんや跡取りさん、歴代理事まで、全員に増資をお願いしました。

仁坂知事:基本的には増資で立て直したわけですね。

寒川さん:はい。皆さんには相当無理をお願いしました。厳しいことも言われましたが、厳しいことを言われる人ほど、林業で生きてきたんや、厳しいことを言ったのは森林組合がここにある意味を再度問うたんやと、そういうふうな暖かい言葉をかけてくださいましたし、そういう方こそ真っ先にぽんとお金を出してくださいました。

仁坂知事:それで、いくらぐらい増資をされたんですか?

寒川さん:増資は2千万円ほどです。皆さんのおかげで経営危機は乗り切ることができました。

仁坂知事:総業規模はどのくらいですか?

寒川さん:2億円くらいです。

仁坂知事
仁坂知事

仁坂知事:あとは単年度黒字にしていけばいいわけですね。でも単年度黒字にするのも、そう簡単ではないですよね。これはどのように取り組まれたんですか?

寒川さん:給料が木材価格が良かった頃のままだったので、職員給料を落としボーナスを無くすなど相当厳しい改革をしました。

仁坂知事:地域では従業員も含めみんなが知り合いですよね。そういうところでガーンとやるのは結構大変ですよね。

寒川さん:かなり厳しいことを言い合うような地域懇談会というものを秋から正月にかけてやりました。そういうことをやる必要があるのかと言われることもありました。でも、やらないと森林組合に依存している地域ですので、地域が崩壊するでしょう。森林組合の力が無くなったら農協も出て行く、役場の支所も出て行くでしょう。それを防ぎ山村の産業を守っていくためには、今、山村に向いて吹いている風を捕まえる、新しい低コスト林業も始まっていましたから、それをやる体制をとりたいんだと。そのことを理解していただきたい。森林組合を残すためには今のままではいけないので組合の経営に力を貸してほしい。組合員さんは森林組合にとっては親なんだ。どうか助けてくださいと、皆さんにお願いしました。

仁坂知事:それで従業員の皆さんにわかっていただけたんですね。ちなみに何人ぐらいいらっしゃるんですか?

寒川さん:現業職が32名、内勤が8名です。

仁坂知事:それで聞くところによると、新しく緑の雇用事業でいらっしゃった方も随分受け入れて若返りも図っておられますよね。

寒川さん: 32名のうち緑の雇用では14名です。それより前に村と組合とで後継者がいなくなるから今のうちに育てないといけないということで、 10年計画でグリーンキーパーという独自の制度で後継者対策をしていたんです。 GAT’ENというリクルートが出している肉体労働系アルバイト情報誌へ年に3人ずつ求人を出ました。それで来てくれた方が11名くらい先発隊でおりました。地元の出身者は5、6名ですね。
うちの組合の現業職は県内でもトップの技術力を持っていると思っています。そういう技術者がいるからこそ、その技術を学びたいという若い方が来てくださるんだと思っています。

仁坂知事:なるほど、そうですか。そういうことで若い人たちが随分定着されていらっしゃるんですね。先程の、ある意味のリストラなんかの時は、そういう若い人たちにも納得してもらって給料を下げていただいたわけですね。

寒川さん:はい、そうですね。

仁坂知事:だけど、ここで言うのは簡単ですが、結構大変だったんじゃないかと思いますね。

寒川さん:はい、内勤も外勤も寝られなかったと思いますね。

仁坂知事:そうですか。ところで、寒川さんご自身は寒川家のお嫁さんですよね。

寒川さん:いえ、私は跡取りだったんです。

仁坂知事:そうすると、お婿さんに来ていただいたわけですね。

寒川さん:はい。

仁坂知事:ということは、寒川家は山持ちさんでいらっしゃるんですね。寒川さんのお若い頃に見た林業と今の林業とはどんな違いを感じますか。

対談中
対談中

寒川さん:私が若い頃は、父が何をしている人か解らなくて、どうやって儲けてるのか気にもしていなかったんです。家業が林業で山があるのは知ってましたが、どうやったら木が売れたり山を買ったりするのかは知りませんでした。随分激しくやっていたようには思うんですが・・・。家にはしょっちゅうおじさんたちが来て、ご飯を食べて泊まっていましたね。若い衆と言われるような人が別棟にいて、お酒をがんがん飲んでとてもにぎやかでした。

仁坂知事:その頃は寒川家でも山林従事者を直接抱えておられたんですね。

寒川さん:はい、そうです。その時代から父は、山は婿に来てもらう男子にしてもらうからお前らは関係ない、ということで、母にも私にも家のこと、家業についての知識をつけさせる気はなかったようです。

仁坂知事:それで、ご結婚されてご主人が跡を継がれたんですね。ご主人は早くに亡くなられたと伺っていますが。

寒川さん:はい。主人と一緒に田舎に戻ってきてから12、3年で亡くなりました。

仁坂知事:ということは、以前はよそでお住まいだったんですか?

寒川さん:はい。結婚して2年ほど県外で生活していました。しばらくは父も元気だったんですが、主人が30歳の時に父に帰ってきてほしいと頼まれまして、美山へ帰ってきて父の仕事を手伝っていました。

仁坂知事:それでご主人が亡くなられて、寒川さんが経営をびしっとやられたわけですね。

寒川さん:びしっとではないですよ(笑)。山がたくさんあるのと父やら主人の信用があったので生活は大丈夫だと思って放漫経営をしていました。

仁坂知事:だけど、ご自身が経営されていたらコストがあわないとか、木材の値段が安くなったとか、従業員の給料も払わないといけないとか、いろいろなご苦労が一遍に来るわけですよね。

寒川さん:はい。私がびっくりしたのは、以前お金が必要なことがあり木を売ったことがあったんですが、山の木がどんどん切られていくのに手元にはほとんど現金が残らなかったんです。お恥ずかしい話ですが経済観念がなかったんですね。材価が往年の10分の1くらいになっていることを実感しました。

仁坂知事:その時は放漫経営者だったかもしれませんが、その後どんどん経営が上手になられ、組合長になってくれと言われた時には、びしっとされていたから頼まれたわけですよね。

寒川さん:そうでもなかったと思いますが・・・。でも、頼る人がいなかったし、経営の苦労を知っていたからじゃないでしょうか。林業で子どもの学費に必要な大きなお金は出したいと思っていました。でも、時代が大きく変わっていて、それも大変な苦労でした。日々の生活の方は、主人が残してくれた椎茸だとかヒノキオイルが優良土産品になっていたので現金収入にしていました。自分と母とはそれでなんとか暮らしていけました。経営感覚はないけれど、それなりに苦労しているところは見てくれていたんでしょうね。

仁坂知事
仁坂知事

仁坂知事:それで、今の林業ということになりますと、私は和歌山県の林業をなんとかせなあかんと考えていて、がんばっているんですが。昔、寒川さんのような山持ちさんたちが隆々としていた頃、皆さん立派だから民有林に杉や檜を植えたんですよね。飛行機で上空から見ると立派な森林に見えるんですが、中に入るとぱっとしない、荒れている感じがする所がほとんどだと思います。これじゃあいかんので、やらなければいけないことはコストを下げるのと需要をつけること、特に需要喚起が一番だと思っています。合板や集成材に使えないかとか。特に間伐材については有償でバイオの燃料の原料にできないかとか、ありとあらゆることをやっています。
労働供給のほうは緑の雇用事業でなんとか手がかりができたのですが、労働需要が発生しないと、結局定着してくれませんね。林業をしたいと思っても所得がないとできなくなります。とにかく林業そのものをなんとかせないかんというのが県の今の政策なんですよね。その一方では、森林組合へも少し収入があるように、企業の森事業で労働需要を増やすようにやっているわけです。
今、美山村の森林組合では32名の現業職員を抱えてやっておられますよね。最近の山林家の方は職人さんを自分では抱えていないんですか?

寒川さん:何人かはいらっしゃいます。

仁坂知事:そうすると、山の管理は森林組合がいろんな作業を請け負ってやるということなんですね。

寒川さん:そうですね。でもまだご自分で職人さんを抱えているきちっとした山林家も残ってはいますが・・・。

仁坂知事:大部分は、自分で抱えているのは大変だから経営主体ではあるけれど、山を手入れするときは森林組合に頼むということですよね。頼まれた方の森林組合も材価とコストとの採算を合わせていかないといけないですよね。これはどういうふうに合わせていっているんですか。

寒川さん:今までは間伐補助金をいただいているので山の手入れはできていますが、まだまだ十分ではありません。また売る方法がなかったのと材価が安いということで、山の持ち主には収入源としての木材の価格はほとんどありませんでした。これをせめて商品として棚に乗せる補助金が欲しいと、だいぶん先輩方が言ってくださったので、今は搬出間伐の補助ができています。搬出に関しては今まで架線だけだったのが作業道に関しても補助が出るようになりました。これは大変ありがたいことです。この2つの補助金でなんとか商品として棚に乗せるような方法が見つかりました。棚に乗せて商品を買っていただいたら代金が発生しますよね。今までなら山主さんに還せるような利益はなかったんですが、全額は無理ですが、いくらかは還元できるようになってきました。おかげ様で山主さんの山に対する希望が出てきていると思います。

仁坂知事:そうですね。間伐後の残った木が肥育するわけですから、将来がばっと売れるかもしれませんしね。補助金を使ってなんとか山主さんにも還せるようなところまで来ているわけですね。

寒川さん
寒川歳子さん

寒川さん:はい。来年からはバイオマスも始めることにしています。もうひとつ、販売先として知事さんも考えてくださっている集成材関係ですね。まだ需要に応えるだけのものはありませんが、材が動き始めたように感じています。あとは後継者問題として、自伐林家の人たちが補助金を使いやすくなると、今いる方々の後継者がもっと山に入りやすくなると思います。森林組合で全てやれますけれど、多くの方々が山で生きるという意識を持っていただく方が林業に活力が出てくるんじゃないでしょうか。

仁坂知事:今は森林作業にもスケールメリットが必要ではないですか?例えば小さい山持ちさんの息子さんが一人でやっていくのは中々難しいんじゃないでしょうか。

寒川さん:おっしゃるとおりです。高価な高性能林業機械を使っての低コスト安定供給施業は個人はよほどの事業体でないと決心がつくものではないと思います。難しいですけど、林業は特殊な業で、例えば、今まで森林組合へいただいている補助金は作業に対していただいています。農業の場合は建物やシステムに対しての補助で、次の年には収入に繋がっていきます。林業の場合は、大きな何かをもらったとしても、今ある木を来年切りますという具合にはいかないですよね。何十年も先にしか結果は出ません。労働の対価に当面の補助をいただくというのは、他の産業と比べて特殊ですね。

仁坂知事:特殊というか、補助金の方法としては若干無理がありますが、現実問題としてこれだけはやっていますね。

寒川さん:超長期の収穫ということで認めていただいていると思っています。このやり方でやっていくと、例えば自分の山の間伐をして補助金をいただいたとして、それがメインの収入であっても補助的な収入であっても、山主さんが自分で貰えるようになれば後継者も残ってきやすいのではないでしょうか。そうすることで、全体の間伐率が上がると思います。他にも森林組合が使わせていただける補助金はたくさんありますが、申請がより簡単にできるといいんですけれど(笑)。山はいろんな切り口があるので、作業員の後継者ももちろん大切だし、そこにある山林所有者としての後継者もある程度できてくるような体制もつくらないといけないなと考えています。

仁坂知事:そうですね。本当は、山主さん本人も技術を持って、力もあって、作業するときには森林組合の力も借りて一緒にやるというのが理想でしょうね。

寒川さん:そうですね。そんな後継者を育てていくという大事な今の時期に、最初にお話にもありました鹿の害が大きな問題となってきています。例えば、植栽をしても鹿が来て植えたものを食べてしまって全部だめになるというようなことが起こります。これは山村の大きな悩みですね。今後、大問題になってくると思います。

仁坂知事:そうですよね。

寒川さん:鹿が木に角研ぎをして、木材の価値が下がってくるかもしれません。どんどん下がっていって枯死に繋がるとなったら、どんだけ頑張っても駄目だということになってしまします。そういう問題も抱えています。

仁坂知事:私が知事になってから、どんどん鹿や猪を捕れるようにしようと制度を緩めたので、記者の方々からは何でそんなにこのことに熱心なのかと言われたこともありましたが、実はこれが一番大変なんですよね。あとは捕獲したものを食べないといけないですね。
和歌山の、特に山村に住む方は、猪の肉を客に食べさせるのは失礼だとおっしゃるんですね。地元で捕れるものはあまり良いものではないと思い込んでおられる感じがします。一方、観光もどんどん変わってきていて、都会の人は和歌山で都会の生活はしなくていいんですね。和歌山へ来て、美山の辺りにわざわざ来てくださる方は、そこの雰囲気を味わうために来るわけですから、あそこへ行くとおいしい鹿料理があるとなると来ますよね。そこで観光客の方にどんどん食べていただいて、猟師さんにも鹿を捕るインセンティブ(動機)を与えるといいと思います。そういうふうになっていくといいなあと思って、イノシカを食べよう運動をやっています(笑)。県でお金を出して県下にいくつか食肉加工場を作って、そこからが難しいんですが、どうやってそこのジビエ料理を作っていくかということをやっているんです。

寒川さん:丹波は猪料理で有名ですよね。でも丹波の猪に負けないくらい和歌山の猪も美味しいらしいですよ。広葉樹が多くドングリがたくさんあるので。また、鹿も美味しいです。今、組合ではシカカツが流行っているんです。

対談中
対談中

仁坂知事:豚の脂身は味はあまりありませんが、猪は脂身も風味がありますよね。私は大好きでね、シシを食おうと言って、最近シシ食い知事と言われそうな感じですね。でも、そうやって需要をつけないと経済が回っていかないと思って一生懸命やっているわけです。個人の趣味でやっているわけではございません(笑)。
 ずうっと和歌山の山間の方を見てみますと、寒川さんのところのような森林組合も活躍してくださっていますが、所々にUターンIターンの人も含めて、「これは売れるな」というような息吹を感じるときがありますね。龍神村にはお豆腐屋さんがあって、朝早くからものすごく働いておられるんですが、物語と詩情があるんですよね。味も美味しいしね。これはいけると思ったら、やはり流行っていますね。
それに私の趣味だけかもしれませんが、都会の中だけにいると楽しくないんですよね。みんなスポーツしたいとか、自然に親しみたいとか、バリバリ仕事をしている人ほど思いますよね。田舎へ行きたいとか、山へ登りたいとか、川で遊びたいとかね。

寒川さん:「緑育」ということで教育現場の方と会う機会があるんですけれど、本当に子どもたちが斜面で木を切ったりするのをサポートするだけなんですけれど、半日もすると目に見えて身体能力がぐんと上がりますね。女の子がつま先でこわごわと登っていたのが、山に連れて行って斜面を何回か上り下りすると、腰がすわってきて、目がいきいきしてきて、すっごく力が出てきます。

仁坂知事:和歌山では「ほんまもん体験」という体験観光がヒット商品になりまして、林業体験などいろんなメニューがあるんですが、毎年体験する方が増えてきていて、昨年は29万人来られました。美山では参加されているんでしょうか?

寒川さん:残念ながら、美山の方ではやっていませんね。高齢者が多くなってきているので中々難しいですね。

仁坂知事:そうですか。もう一つは特にIターンの人を招こういうことで、「和歌山田舎暮らし」というのを推進しているんですね。中津や色川が頑張ってくてれいます。この事業は何がミソかというと、まず元々の住民の皆さんのwelcomeの気持ちが大事ですね。それから来る人も物見遊山じゃ定着しないので、一番目に来た人が都会のことも田舎暮らしのことも知っていて、田舎で得た知見などを次に来られる人にちゃんと教えてあげているんですね。来られた人も上滑りでくるんじゃなくて、そういう人とちゃんと話をして、これはいけると思った人だけが本当に定着していくんですね。これは良いモデルだと思っているんです。ただ、これは地元で受け入れ協議会を作っていただかないとできませんので、良かったら皆さんに話をしていただけたらと思いますね。そうすると、例えば山林の経営者の方の息子は都会にいるかもしれないけれど、都会育ちの林業を本気でやるぞと言ってくれる人が代わりに定着してくれるなら、人口としてはこれでいいんじゃないかと思っているんですけどね。

寒川さん:Iターンの方が定着してくれると、地域は活気づきますからね。

仁坂知事:そうですね。今は森林組合が雇うことによって定着してくださっていると思うんですよ。もう一つのやり方として、直接山林で働こうかという人が直接来てくれたら良いですね。

最後に記念写真を・・・
最後に記念写真を・・・

寒川さん:最近、林業というのは辺境にあるなあと実感しています。でも、辺境や周辺が元気でないと中央の元気もだんだん無くなってくるんじゃないかと思って・・・。
おかげ様で、林業に対して様々な施策があってありがたいと思っていますし、振興局や県庁の林業関係の職員さんは地域の要望や必要な指導を地道にしてくださいます。皆さん山村全体に対する目をグローバルに持ってくださって。私が接する方は皆さんは実力者揃いで助けていただいています。いろいろ助言をいただくんですが、うちの組合にだけだと思っていたら、そうじゃないんですね。それぞれの地区のそれぞれの森林組合にあった助言をしてくれているんです。それに応えるためにも、ここは何としても踏ん張りどころかなと。

仁坂知事:そうですね。和歌山はこれから苦労も多いですが、寒川さんたちのご活躍が勇気になって、みんなが頑張ってくれるといいなと思っています。
ところで、昨年は何人か赤ちゃんも生まれたそうですね。

寒川さん:はい。4人も生まれました。緑の雇用でIターンされた方で、3人子どもが生まれた人もいます。

仁坂知事:若い人たちの生活が成り立っているから可能なんですよね。本当に今後とも応援しますから、ぜひ頑張っていただいて、美山モデルを全県に広げていただきたいと思っています。今日はどうもありがとうございました。

寒川さん:これからも地域が元気になるように、そして地球環境と国土を守る最前線にいるという自覚を持って頑張っていきたいと思います。ありがとうございました。

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