株式会社ヤマサ脇口水産社長脇口光太郎さん

名人対談

和歌山県には、様々な分野でそれぞれの道を究めた「名人」とも呼べる方々がおられます。このような方々は和歌山県の誇りであるとともに、その活動は県民の皆さんにとっても励みとなります。そんな「名人」から高い志や歩んでこられた人生についてお聞きし、県民の皆さんにご紹介したいと思います。

「海の生ハム」や「第三の鮪」など、マグロの加工食品で次々とヒットを飛ばしている株式会社ヤマサ脇口水産社長脇口光太郎さんと仁坂知事との対談です。(ヤマサ脇口水産)

仁坂知事:名人というとご高齢の方が多いんですが、今回お若い脇口さんとお話をさせてもらおうと思ったのは、県企業ソムリエ委員会で認められた「海の生ハム」を作られて、次はマグロの冷凍技術の開発、また3月にはFOODEXに参加していただいて大当たりをされたと。どんどん積極的に事業展開していただいている企業であるというのが一つ。
 もう一つは、今、県は食品加工業を、「ターゲティングインダストリー」と言うんですが、的を絞って振興しようと思っているんですよ。何故かというと、その向こうに農林水産業があるんですね。和歌山では農林水産物は伝統的に割と良いものがとれるんです。大量にというのではなく、良い物がね。市場でも評価されていて、それが癖になっているので、割と贅沢な売り方、贅沢なビジネスをしているんですね。しかし、ともするとマーケットが冷えたときにもの凄く損をする。そういうときは、うまく加工でワンクッション置いて定収入をあげようじゃないかと。それから、例えばジュース用に形は悪いが味は良い、そういうのを加工に回して上手くやろうというようなことを考えているんですね。そういう意味で脇口さんは食品加工業のエースじゃないかと思ったんです。
 まずは脇口さんの「ヤマサ脇口水産」の由来はどうなっているんですか。

左:脇口社長 右:仁坂知事
左:脇口社長 右:仁坂知事

脇口社長:もともと僕のひいばあさんが地元で魚の行商を明治30年から始めたのが最初なんです。そこからうちのおじいさんが勝浦と新宮で魚屋を始めたんです。

仁坂知事:魚屋さん?小売ですか?

脇口社長:そうです。寿司屋さんとかに卸してました。親父の時代になってマグロの仲卸を専門に始めまして、これがもの凄く儲かったみたいで。

仁坂知事:仲卸さんというと、マグロを競りで買うんですよね?

脇口社長:競りで買って大阪や東京へ持って行くんです。それがもの凄く儲かったんです。それで冬場だけ働いて夏場は休んでも一年間たっぷり暮らせたんです。

仁坂知事:それはお父さんの時代ですか?

脇口社長:そうなんです。

仁坂知事:お父様はご存命ですか?

脇口社長:はい。昭和7年生まれなんですが、今でもバリバリと。仲買の中でも財を成してマグロ船に手を出した人と、ちゃんと残した人がありますが。

仁坂知事:仲卸の方がマグロ船にも手を出したんですか?

脇口社長:儲かったんで、それなら自分らで船を造ろう、どうせならデカイのを造ろうということになって。それが失敗しました。

仁坂知事:昔、勝浦には大船団があったそうですね。

脇口社長:そうなんです。でもチャンスはピンチなんでね。その時に脇が緩だんだと思うんですけれど、儲かったものだから「それいけどんどん」で、また稼いだらいいわと使ってしまったんです。それで僕の時代になりますと、関西国際空港ができまして一変しました。外国のマグロが日本に入って来るようになってきまして。勝浦では、今まであまりにもマグロの力に頼りすぎていましたんで、人の力が育ってなかったんですね。輸入物のマグロと国産天然の紀州のマグロは全然違うんですが、一般の方はマグロはマグロやないかと、海外のマグロと同じや、ということで価格がガーンと落ちて・・・バブルも弾けてかなり厳しい状況になってきました。
 僕のところは元々マグロの廻船問屋をやらせてもらっていまして・・・

仁坂知事:廻船問屋ということは、輸送船ですか?

脇口社長:いや、マグロ船の。マグロ船は、全国から勝浦へ入ってくるでしょう。例えば九州からマグロ船の人たちが来ると、漁師たちは沖で死にものぐるいで魚を捕って陸へ上がったら遊びたいんで、廻船問屋というか、僕らに乗組員の宿泊の手配であるとか、食料だとかガソリンだとか・・・

仁坂知事:そういうことをするんですね。

脇口社長:漁師さんと我々仲買人は一心同体なんで、スーパーさんなどの特売人を呼び込んで、我々はしっかり買って価格を底上げして、という形でやっています。
 親父が儲かった昭和の時代は今までのやり方で大正解やったと思うんです。平成の時代になりまして、今までのシステムはもう儲からないシステムになってしまいました。

仁坂知事:なるほどね。

脇口社長:これからが僕らの時代なんですが、どんどん船が減ってくる、魚は安くたたかれる、子どもも大学に行かさなあかん。これから金が要る時に、男としてこの仕事をやっていて大丈夫かと悩みまして。しかしやっぱり勝浦のマグロは素晴らしいし、なんとか加工して出す方法はないものか、という想いがありまして・・・。そういうときに「海の生ハム」であるとか、「第三のマグロ」であるとか、そういう技術者との出会いがありました。私自身危機感があったんですね。

仁坂知事:あぁそういうことですね。

脇口社長:はい。ただ、日本の水産自体が今までの儲からない仕組みの中にいるわけです。漁師や仲買が代々受け継いでいる悪しき習慣というものがありまして、どれだけ良いマグロを捕ってきても漁師は自分で値段が決められないんですよ。第三者に決められるんです。例えば最初は我々のような仲買人に。我々が東京とかに送ると、今度は東京の仲買人に決められるんです。

仁坂知事:普通は、この位でないと売らないよという値段があって、互いに駆け引きをして値決めをしますよね。漁師さんは何も言えない訳ですか?

脇口社長:勝浦のマグロは最高やと言って皆さん褒めてくれるけど、漁師は値段を決められないんです。自分で値段が決められないとやっぱり弱いんです。この仕組みを変えんと、どんだけ努力しても儲からない。昔の仕組みは時代と共に終わりにして、平成の時代にあった儲かる仕組みというものを先に作り上げて、それを手に入れれば、後は努力すれば階段を上がっていけるんですね。

仁坂知事:なぜ、値段を決められないんですか?

加工工場にて
加工工場にて

脇口社長:生なので保存がきかないからなんです。需要とのバランスが崩れる時があって、その時に暴落するんです。それも良いものが下がるんですよ。安いものは買ってもらえますけどね。冷凍するということは、価値を下げますんで。冷凍しても良いものであれば売れると思うんです。

仁坂知事:そうですね。

脇口社長:価値が下がったものは安く売るしかない。冷凍ものの価格ってもの凄く安いんです。僕はこれを何とかしないと、何とか変えないといけない、と思ってたんです。我々のマグロは「高付加価値マグロ」と名前をつけていただいていますが、逆に価値が上がるんです。

仁坂知事:熟成しておいしくなるということですか?

脇口社長:いや、氷結膨張を起こしてないんです。

仁坂知事:価値が同じというのはわかるんですが、上がるというのは何で上がるんですか?

脇口社長:マグロでいうと、ドリップ(血)が出ますよね。スーパーだと生でも、冷凍でももの凄く出るんです。でも我々のシステムを通すとこれが少なくなるんです。

仁坂知事:肉の中で固まってしまうんじゃないですか?

脇口社長:そうではないんです。

仁坂知事:すると、熟成ではなくて、血が出ないということですね。

脇口社長:簡単に言うとそうですね。ジューシーで生のマグロそのままの味です。これって今までにはなかったんです。価値を上げる技術のお陰で、マグロの価格が下がったときに下支えができるんですね。僕らは正に今、買っているんです。それで12月のクリスマスが終わったときに売るんです。

仁坂知事:なるほど。一番高い時期に売るわけですね。

脇口社長:はい。日本が一番高いときにポンっと売って、一番安いときに買う。その時に一番大事にしないといけないことは、漁師さんとちゃんと話し合いをして、損益分岐点で買うということです。例えばうちが1,000円、向こうが1,500円というと、それじゃあ1,250円で買おうかと。この品質のマグロなら、365日、勝浦はこの値段で買わしてもらいますと。漁師さんは魚を釣るのは自信があるんで、必ずこの値段で買ってもらえるとなると、年間の事業計画ができると思うし、息子に継がそうということになってくるはずだと思うんです。

仁坂知事:年間いくら位の収入になるかとかがわかりますからね。

脇口社長:はい。これは正にこの技術しかできません。これを各地のマグロ基地に持って行きたいと思ってるんです。大きく言えば、日本は技術を駆使して漁業を守ると。漁師さんがいないと僕らも困るんです。最終的には僕も自分で船を持ちたいんです。

対談中
対談中

仁坂知事:えぇ!もう一回ですか?

脇口社長:今度は、歴史に学んできちっと身の丈にあったものを。

仁坂知事:船は漁師さんが持っておられればいいんじゃないですか?

脇口社長:それはそうですが、今、船がどんどん減ってますんでね、耐えられるのかなと・・・。

仁坂知事:そう言えばそうですね。漁師さんは息子にしか継がせられないですからね。

脇口社長:はい。ほんと言うたら、国や水産庁がもっと考えてやるべきだと思うんです。予算もどんどん少なくなってきてますよね。それで僕らがやらないとと思って、今メンバーを募って頑張ってるんですけど。漁業が先に終わってしまうと僕ら仲買も終わってしまうんですよ。

仁坂知事:そうですね。脇口さんのような若い方に頑張っていただきたいですね。それで、「第三のマグロ」を作る技術は誰が開発したんですか?

脇口社長:もともと細胞を壊れにくくするという冷凍技術はあったんです。僕も使ったことがあるんですが、実際はクラックが入りドリップが出てうまくいかなかったんです。物は凍る時に膨張して水が出るんです。これを何とかしないとあかんなと思って。そういうときに生ハムとの出会いがありました。生ハムは魚で作るんですが、15日位かかるので普通は腐ってしまうんです。腐らずに熟成させるという技術を開発しました。

仁坂知事:それでソムリエ委員会の認定をいただいたんですよね。あれは何年でしたか?

脇口社長:平成17年に認定いただきました。その時に魚を腐らせない技術と今までの技術を組み合わせて「第三のマグロ」ができたんです。

仁坂知事:それは御自身で考えたんですか?

脇口社長:そうなんです。生ハムを一緒に作った機械メーカーに悩みを打ち明けてたんですが、その機械メーカーがいろいろとアイデアを出してくれて。うちはシステムとしてできてるんです。いくつかの機械を僕のところの工場で組み合わせてます。

仁坂知事:なるほど。その冷凍技術の機械の会社をパートナーにしているわけですね。脇口さんはもともと機械の仕事をしていたんじゃないでしょ?

脇口社長:違います。ほんとマグロだけです。

仁坂知事:脇口さんは、学問は何系だったんですか?

脇口社長
脇口社長

脇口社長:実は、高校を卒業して専門学校へ行って。高校時代、ずっとレスリングをしていまして、レスリングで大学へ行くつもりだったんです。でもちょっと、それが無理になって。それで家業を継いで、最初の冷凍技術の会社と出会ったんです。当初は滋賀県に宝酒造の研究所があるのですがそちらで一緒に研究させて頂いたり、その後、他のメーカー様にもご協力頂いて、8年間くらいマグロでいろいろと研究・実験していたんです。「門前の小僧習わぬ経を読む」で、僕は機械は作れないけれど、組み合わせることで生ハムができたんです。

仁坂知事:ハムの次はマグロも同じようにできるな、と?確かに、脇口さんのところの生ハムは水がないですね。ついでに、イノブタの生ハムも作ってみたらどうですか?

脇口社長:やる気になればできると思います。「第三のマグロ」ですが、この間、田辺の水産業の方から天然のクエで作ってくれないかと。
仁坂知事:クエを「第三のクエ」にしてしまう?

脇口社長:そうです。これはチャンスかもしれません。ただ、マグロはすごく市場性がありますんで、僕はしっかりマグロを成功させた上でないとと思ってます。

仁坂知事:クエは切り身にする時のコンセプトは難しいんじゃないかな。マグロと違って「さく」という概念は無いですからね。

脇口社長:マグロは海外からの規制で入って来なくなるんで、これはもの凄くチャンスなんで。とにかく、このチャンスにあまり浮気をせんと、しっかりマグロでと思ってます。

仁坂知事:なるほどね。

脇口社長:「第三のマグロ」ができてから、東牟婁振興局さんと出会って、いろいろなフェアとか、知事も来られた千葉のFOODEXとか出させていただきました。僕はFOODEXがあることも知らなかったんです。

仁坂知事:あれは良いでしょう。

脇口社長:はい。お陰で12月には東京の二子玉川の高島屋さんがわざわざ向こうから来てくれるんです。

仁坂知事:それは結構なことですね。

脇口社長:これまであり得ないことだったんです。あとは海外の航空会社の機内食へも採用されたりと。和歌山だけに居たら、そんなことはあり得へんかったと思うんです。

仁坂知事
仁坂知事

仁坂知事:自慢になりますが、あれは我ながらうまくやったと思ってます。見ていると、和歌山県の行政も、和歌山県の企業も内を向いてますね。一部は違いますよ。ずっと昔でいうと、繁栄の和歌山の時代があって、和歌山の中で儲けて、しかも和歌山の中にも遊ぶところがあって、全部和歌山の中で回っていたから、そういうのが習い性になってると思うんです。
 ところが、世の中からはずれてくると、和歌山だけだと絶対負けるんですね。これまでのプロモーションは全部バイヤーを呼びつけなんですよ。プロモーションをやるから来るかというと、いつも同じバイヤーが、ちょっとしか来ないわけですよ。バイヤーを和歌山へ呼んでくるほど大変なことはないんですよ。みんな一所懸命頼むんですけどね。それならたくさんいるところに行けば良いじゃないかと。行くならバイヤーが真面目なときが良いと。専門見本市は絶対に良いぞと。それ以外の時はひやかしで来るから。専門見本市の時は真面目に来るから、そういう所へ連れて行って、どうだーっとやったら、良いモノを出せば絶対売れると。和歌山には結構いいものがあるじゃないかということになる。

脇口社長:本当にそうです。僕は今、紀州熊野応援団(※)に参加させていただいてます。考え方が僕のしようとしていることにすごく合ってるんです。これからは勝浦は勝浦、熊野市は熊野市、というように、市町村レベルでまわしていたら無理やと思うんです。県外から見たら、熊野という中での勝浦、田辺ということしかわからんと。江戸時代には、お伊勢さんから紀伊の国まで信仰の道が続いてました。熊野尾鷲自動車道が5年後には開通予定です。これが熊野まで繋がると、勝浦には伊勢からは1時間半で来れるんです。伊勢には年間500万人のお客さんが来るんす。今が絶対チャンスやと思うんです。チャンスがあるなら頑張らんとあかん。それで、ここに東京の「わかやま喜集館」みたいなものを造りたいなあと。勝浦のマグロを人寄せマグロにして、勝浦に「熊野とれとれ市場」のようなものをと。

※ 熊野地域と大都市との連携によって、熊野地域の活性化を図ろうとするNPO法人

仁坂知事:「とれとれ」ね。名古屋への帰り道のこっちにも置いておけばいいんですね。勝浦でも良いし、新宮でも良いですね。

脇口社長:僕らはマグロには愛情あるからマグロを一生懸命売りますよね。みなべの人が勝浦に土地を買うて、やる気のある人がそこで梅干しを売れば、マグロ目当てにお客さんが来たときに梅干しを一生懸命売るとお客さんに伝わる。そういう施設を、例えばグリーンピアなんかを活用して、熊野とれとれ市場みたいなものがあれば、僕は500万人のお客さんが来るのも夢じゃないと思うんですね。

仁坂知事:そうですねぇ。

脇口社長:三重県と連携して熊野という受け皿でね。

仁坂知事:みんなのものを集めればいいんですからね。

脇口社長:やっぱり「俺が俺が」とか、市町村レベルで考えるんじゃなくて、目線を高くして物事を考えやんといかんと思うんで。全部の市町村が大事やと思うんで。

仁坂知事:そうそう。市町村だけじゃなく和歌山県にとっては三重県も大事ですよ。

脇口社長:全国から見たら、勝浦は有名なんで、そこに力を集中して、市町村が勝浦の土地を買い取ってやるぐらいの気合いを持って。開通まであと5年しかないんで、商売は先に大手にやられるとダメです。僕らが地元でしっかりやらないと。

仁坂知事:なるほどね。協同のアウトレットのようなものを作ればいいんですね。

脇口社長:はい。グリーンピアなんか最高やと思うんですけどね。県のお陰で色んなフェアで、色んな出会いがあって、今、田辺の米屋とか湯浅の醤油屋とか、年も近いんで、民間レベルでお互い力の貸し合いをしてるんですよ。今度は市町村レベルで、よそから見ると、勝浦ばかり応援するように見えるかも知れんけど、回り回って自分らの得になると思うんで、熊野とれとれ市場のようなものをこの地域にできたらなぁと言い合っています。

仁坂知事:なるほど。結構ですね。これからどんどん雄飛していただかないといけないですね。僕がいつも言っているのは、将来の話なんだけれど、会社が大きくなって100倍になっても本社は和歌山にいてね、と。実は、移っても意味が無くなってきてるんですね。営業部隊は別だと思うんだけど、作戦本部はどこにいたってもできるんですよね。それが東京へ行かなきゃいけないとか言ってるうちに原点を忘れてぱぁになるなんてこともよくある話です。

脇口社長:和歌山の強み、というか、マグロは勝浦の原油なんです。ハムとかは製品です。マグロは勝浦にしかあがってこないんです。

仁坂知事:そうですね。

脇口社長:原油って金(きん)になるんです。これを今までは商社とかいろんなところに取られてたんで。これを我々できちっと製品にしていかないと。今の時代、インターネットで情報もやり取りできるし、宅配は一個でも持って行ってくれる。そうすると一所懸命頑張ってたら商社に頼らずに、地元で営業できると思うんです。

仁坂知事:そのとおりだ。

脇口社長
脇口社長

脇口社長:「目を覚ませ、和歌山県」なんですよ。こんだけ良いものがあるのに、よそにやる必要はないんです。潤ったらやればいいんです。築地は産地じゃないよと。やっぱり産地、勝浦に最高のマグロを食べる施設を造ってね。そういう意味で、三重の松阪はすごく環境がいいんですよ。最高の松阪牛が松阪で食べられるんです。これが素晴らしい。僕はそれがほんまのあるべき姿やと思うんです。

仁坂知事:一番うまいのは産地の勝浦で食え、ですね。

脇口水産:これがほんまにあるべき姿で、これからが本物の時代、不器用な真実の時代やと思うんで。そん時に僕らが一番間違ったらあかんのは、お客さんとの価値観の共有やと思うんです。泥臭くても良いから正直にほんまもんを作り上げていけば、必ず、時代は産地の時代になる、ものづくりの時代になると思うんです。

仁坂知事:本当にそうですね。

脇口社長:5年後には道路が来ますんで、このお客さんをきちっと「熊野」という器で受けたいですね、勝浦じゃなく、熊野という器を作り上げてよその県と戦うんやと。そうなると三重県の力も借りないとできないですね。

仁坂知事:そうですね。

脇口社長:伊勢神宮の「おかげ横町」は最高の器を作ってますね。

仁坂知事:あそこは凄いですね。民間の人が音頭をとって作ったんですよね。

脇口社長:田辺に秋津野ガルテンというのができましたよね。地元の人が頑張って作ったそうですね。

仁坂知事:あそこは結構流行ってますよ。施設ももの凄くいいですよ。

脇口社長:僕にはいろんな仲間がいて、いろんな考えを出し合っています。

知事:それは良いじゃないですか。脇口さんだけじゃなく、他に仲間もいっぱいいるんですね。

脇口社長:いやまだ少ないです。異業種、米屋とか鯨屋とかホテル経営者とか、同年代がメンバーです。知事に塾長をしてもらえると良いんですけれど。、

仁坂知事:時々話をしに来るのはいいですよ。塾長にはならんけど。塾頭ならいいかな。塾長はちょっと偉いから、慶應義塾大学塾長とかね。(笑)塾頭なら生徒の筆頭みだいだからね。でも塾頭は脇口さんですね。

脇口社長:東牟婁振興局やブランド推進課が作った熊野推進協議会は人が多すぎたので、僕ら30代、40代の若い連中でやろうと始めたんです。お客さんを紹介してもらったり、僕も紹介したりと。そんな繋がりができあがったので非常にありがたいですね。

仁坂知事
仁坂知事

仁坂知事:脇口さんのような若い方々がたくさん出てくると地域は随分良くなりますよ。失敗もありますけれど、前を向いて走っていると、6割くらい成功するんじゃないですか。4割くらいは失敗するかもしれないけれどね。1歩前へ出てちょっと良くなる。「100万人一歩前へ」とかけ声を言ってるんですけどね。前に良かって今が悪い、というのが一番つらいんですね。ひがみと妬みになるんですよ。それから文句を言うと心の慰めになるんです。文句を言って「あかな」と言うと、心が慰められるんですよ。僕だってしょっちゅうやってますけどね。(笑)でもそうやると、絶対成長しないですね。だから、へたに慰めないで、とにかく頑張るという脇口さんみたいな気持ちを持たないとだめですね。

脇口社長:僕にはマグロしか無いんで、マグロに感謝してるんです。マグロは間違ったことをすると体の色を変えて教えてくれます。それに僕の人生をもの凄く広げてくれるんです。知事とお話しできるのも、マグロがなかったらできなかったですから。その元は何かというと、熊野という、壊れやすいけれど、きれいな海と素晴らしい自然、そして謙虚になるになるということだと思うんです。

仁坂知事:本当にそうですね。僕はたまに謙虚にならないこともあるから、反省をしないといけないな。
 これからもどんどんと新しいことにチャレンジしていってください。脇口さんの今後のご活躍を期待しています。今日はどうもありがとうございました。

脇口社長:ありがとうございました。

対談の後、脇口さんの仲間の皆さんとも意見交換しました。

脇口さんの仲間の皆さんと
脇口さんの仲間の皆さんと

  • メンバーの皆さん
  • 株式会社 ヤマサ脇口水産 岡本直樹さん
  • お米の専門店たがみ 田上雅人さん
  • 勝浦観光ホテル 奥川祐次さん
  • 株式会社 大井山本商店 山本昌明さん
  • 株式会社 カネヨシ由谷水産 由谷章さん
  • 有限会社 紀南石油販売所 山縣弘明さん
  • 堀忠酒店 堀明弘さん

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