紀州木の家協同組合代表理事榎本淳一さん

名人対談

和歌山県には、様々な分野でそれぞれの道を究めた「名人」とも呼べる方々がおられます。このような方々は和歌山県の誇りであるとともに、その活動は県民の皆さんにとっても励みとなります。そんな「名人」から高い志や歩んでこられた人生についてお聞きし、県民の皆さんにご紹介したいと思います。

紀州材の良さを体感できる家づくりを提案する紀州木の家協同組合代表理事榎本淳一さん(和歌山マリーナシティ内 紀州木の家協同組合モデルハウス)

知事:紀州和歌山県は木の国・林業の国だったと思うんです。 
私が幼少の頃は和歌山は林業がとても盛んで、例えば田辺とか新宮とかは林業で活力を与えられていたと思います。それから、林業で大変な資産家がいて、その人達が、例えば奨学金を出したり、文化を支えたりと、そういったところがたくさんあったと思うんです。

 ところが、だんだんと経済状態が変わってきて、安い外材がいっぱい入ってくるし、諸外国で木を伐りまくったわけですね。また、生活パターンもちょっと変わって、古き良き和材の需要というのが特に住宅でもちょっと減ったかなという感じもありますね。プラスティックを使ったり金属を使ったり、あるいは集成材を使ったり。それから生活が洋風になって、必ずしも立派な床材や柱材がなくてもよいという家も出てきた。最近よくよく見てみると、かなり林業が不振で、これはなんとかせにゃいかんという気持ちがあります。

 一方、私はブルネイにいた時期があるんですけれど、ボルネオ島というのは日本が出かけて行って木を伐りまくった所で、今行くとはげ山に近い状態になっている。しかも植林もしていない様なところがたくさんあって、もうあんまり無尽蔵に木は出てこないという気もします。それから最近ではロシアが輸出規制を始めているし中国の需要もこれから伸びるからだんだんと価格構造も変わっていくのかなと思っています。

 和歌山は、この50年の間に山はすっかり緑を取り戻した様な気がするんですよ。外見上を見るとね。だけど中に入ると間伐が進んでなくて、木がやせ細っているとか、あまりにも杉や桧林ばかりになっているとか、いろんな問題があるやに聞きますね。そういう意味で、KINOという紀州木の家協同組合、異業種を結合された組合、その代表の榎本さんにぜひその思いの丈を語ってもらいたいと思って今日はお邪魔しました。

 榎本さんの御生家、山長商店は、ずっと昔から有力な林業家でおられたとお伺いしていますが、かつての林業、紀州和歌山の雰囲気はどんなだったですかね。

榎本さん:私は昭和31年生まれなんですが、そのころは知事さんのお話の中でいうと戦後のちょうど拡大造林、山の木をたくさん伐っていたまっただ中で、昭和25年から35年ぐらいの10年間、和歌山県下においても山からの生産量がピークを迎えている時期で、今では考えられないくらい大量に山の木を伐っていたと聞いています。

 ただ、私は生まれたてですので、その実体験はないわけです。調べて見ますと、その頃、伐った分植えなければいけないということで、元の植生ではなくて杉と桧をどんどん植えた。樫とか椎という紀州の植生であった所も、伐り開いてでも杉と桧を植えて拡大造林という政策が行われた。そういう事があって、非常に短期間の内に膨大な量の植林山が出来上がった。全国的にこの様な傾向にあるのですが、紀州においてもご多分に漏れず同じような状況にありました。

 今、その当時植えられた木がいっせいに50年生になっています。一時期に山の資源を伐って使って、一時期に大量に植えた。これだけ山の樹齢が固まった形で存在しているという非常に希なケースを今迎えています。このことが今の林業の現状、今の日本の住宅のあり方に大きな影響を与えているのかなと思っています。

紀州の木の家協同組合 榎本淳一さん
紀州木の家協同組合 榎本淳一さん

知事:供給の方の事情が、逆に住宅のあり方に影響を与えているということですか。

榎本さん:そういうことです。かつての日本の家というのは、近くの山の木を使って地元の職人さんがみんなが認知した家の建て方で家を建ててきた。一部ハイカラな洋館などは、海外で自分が経験をされたものを持ち帰って、職人さんにこういう建て方をしてくれという風に建てさせたわけです。

知事:そういえば当時の洋館も木だらけですね。

榎本さん:当時の日本の住宅というのは、近くの材を上手く使いこなせる職人さんがたくさんいて、建て主さんの意向を活かしながら家を建ててきたと言えると思います。

 ところが、先程の話にもありましたように、一時に山の資源を使ってしまったわけです。戦争による破壊があり、その後復興しなければいけない。そして高度経済成長期を迎えた。こういう時代の流れの中で一時期に大量に住宅を建てないといけないという時期があって、当初10年間はそれで良かったんだけれど、復興のためにあまりにも一時に大量の木を伐ってしまった。すると地元の資源からどんどん枯渇していくわけです。それで慌てて同時期に植えているんですが、山の木は植えてから次に使えるようになるまで50年以上かかります。植えたからといって、例えば、農作物の様に次の年に収穫できるようなものではないので、山のリズムを超えて大量に伐ってしまうと、一時期木が供給出来ない時期が続いてしまう。それが50年間という長期にわたって続いたというのが一つ大きな要因となって日本の家の建て方に対して多大な影響を与えた。

 多分国の方も、これだけ地元の山の資源がないのであれば、その木を使わなくてもいい住宅があってもいいんじゃないか、別に日本の木で建てなくてもいいじゃないかということで、昭和35年ぐらいから輸入材が急速に入ってくるわけですね。和歌山においても、国産材の生産量と外材の生産量の比率が1対1を超えたのが昭和40年ちょっと手前、昭和40年になると完全に逆転していた。その後、加速度的にその差が開いて、今では国産材自給率というのは16パーセントという事態になっているんです。それは日本の戦後の住宅事情、施策でそうせざるを得ないという状況もあったし、それをやらないと今の様な住宅も建っていなかったでしょう。ただ、視線を紀州材、国産材に向けた時に、実は50年間に渡って紀州材が不足して、昔あった紀州材の使い方、山から出てきた木が住まい手に渡るというルート、それが途切れてしまっていると感じています。 
 一口に50年と言いますけれど、我々人生の中で一世代30年と言いますよね。

知事:30年ですね。

榎本さん:50年、60年というのは世代を超えているわけです。その二世代に渡る国産材不足の時代の中で、地元の木を使う家の建て方が親から子へ、親方から弟子に引き継がれなかった。家の建て方自体が変わってしまったから林業が不振に陥っている。これは実務的に木材に携わってきた中で、なんとなく多分こうだと実感している部分です。それが「紀州木の家協同組合」の活動の動機付けの一つになっているわけです。

知事:紀州木の家協同組合は大変おもしろい協同組合だと思うんです。協同組合というと同業者が集まって設立するイメージがありますが、ここは異業種の川上から川下に一人づつ、4人集まって設立されている。この趣旨をお話しいただけますか。

榎本淳一さん
榎本淳一さん

榎本さん:かつての日本の家づくりというのは、町の共同体の中で行われていました。町の中で住む人も、つくる人も、山の人もある程度コンセンサスがあって、じゃあ私たちが住む家はこんなんだというものが実はあったんですね。それが今でいう純和風、入母屋の家なんですね。和歌山にはたくさん建ってます。しかし戦後の歴史の中で、そういう家づくりの過程が一回崩れてしまった。職人さんと地元の人々との連携が崩れて、一回ばらばらになった中で国も家の建て方自体を変えてきた。もっと大量に安く供給しないといけないということで、どんな材料を使ってもいいからより大量に安く供給する方法を考えなさい、という風になったわけです。そこで出来上がってきたのが工業化住宅だと思うんですね。今、総合住宅展示場で建っている家というのは、戦後の営々たる研究の成果というべき住宅が建っているわけです。これはこれで一つの成果であるとは思うんです。

 一方、戦後植えられた杉と桧がそろそろ伐期に達している。けれども、育ってきている杉と桧を上手に使いこなして建てる家自体が実はなくなってしまっている。一体どうしたらいいのか。これが紀州木の家協同組合をつくった単純な動機なんです。

 その間、技術も進歩しているし、木材の加工技術も進歩している、建築家という戦前にはなかったような職種も生まれた。その中から木造、木の家というものを好きでやろうとしている人々が出てきた。また、住まい手さんも住宅展示場なんかを見て建てようと思っているんだけれど、なかなかしっくりこないとおっしゃっる方も出てきたんですね。そういう現状がある一方で生産者は木が売れないと言っているわけです。

知事:言っていますね。

榎本さん:一方で住まい手さんは、「私は木の家が建てたいです。でもどこに言っていったらいいかわからない」と言っているわけです。これは大変大きなミスマッチでしょう。

知事:ミスマッチですね。

榎本さん:一方では売りたいと言っている。一方では欲しいと言っている。その間がつながっていない。これが戦後起こった、山と住まい手さんの昔あったつながりが切れた証拠だろうと。それで我々紀州木の家協同組合が考えた事は、昔あった日本の家づくりのあり方を、今の社会制度、業種、技術をもう一度組み直す事で、住まい手のための、木の家を欲しいと言っている人の家づくりに貢献しよういうことです。それがこの紀州木の家協同組合を設立した理由なんです。

 そのためには、いわゆる川上から川下まで、山から住まい手まで昔あった一連の流れというものをもう一度紡ぎ直さないといけない。それを紡ぎ直すためには、私は木材の専門家ですが、私一人の力では出来ない。やはり林業家、木材加工、家を設計する建築家の方、そして職人さんを段取りしながら組上げる工務店さん、少なくともこの4者が一つに固まらないとまっとうな木の家が建ちません。木の家を欲しいと言って下さる方がいらっしゃるわけですから、その人のために、私たちは本来相反する取引関係にある縦のつながりですが、住まい手さんが木の家に住みたいという共通の価値観を元にみんな一堂に会しませんかと呼びかけたのがこの組合の設立の趣旨なんです。 
 ですから私たちは、この組合の中では本来利害関係が相反しますし、実際実務的には値段交渉とか設定とかではすったもんだやっているわけです。

知事:すったもんだやっているのですか。(笑)

榎本さん:やっているんですが、最終どこで折り合いを付けるかですね。我々誰のためにやっているの、これは木の家に住みたいと言ってくれている人のためにやっているんじゃないの。住む人の顔を思い浮かべながら調整しましょうよという様な話になるわけです。こんな風に運営している縦のつながりの協同組合をつくったわけです。

(左)榎本さん(右)仁坂知事
左 榎本さん 右 仁坂知事

知事:いろいろすったもんだもあると言いながらご苦労もされていると思いますけど、木の家といっても、紀州材を使ったというのがありますね。私なんか門外漢ですから、木といえば皆同じというふうに思ってしまうわけですけれど。紀州材というものの良さというのはどういうところですか。

榎本さん:紀州材は木の素性が通直で目詰まりが良く製材された木肌も美しいものです。また、色つやが良く構造材にも化粧材にも適していると言われます。紀州木の国と言われるように、古くから林業が盛んであったことと紀州の気候風土、地質が杉や桧の育成に適していたことが紀州材の良さを支えているんです。さらに、目が込んでいることは強度に優れているということで、県林業試験場の強度測定結果でも国土交通省の樹種別強度表の標準値を大きく上回っています。

 紀州材の良さは樹齢が60年を超えるとその特色がより顕著になります。今、紀州の山は50年生がピークですから後10年、適切に間伐をしながらうまく育てることができれば、良質の紀州材が量を伴って供給できる条件が整ってくると思います。 
 もうひとつ紀州材の良さを挙げるとすれば、この優れた特性の木が他ならぬ私たちのすぐ近くの山にたくさん育っているということではないでしょうか。

 先程知事がおっしゃったように協同組合というのは基本的に同業者が集まって、1社では出来ないことを組織面や規模の面で力を発揮しようとするものです。しかし、私たちがこの組合を立ち上げるに当たって心がけたことは、自分たちのためではなく長持ちする快適で安全な本物の木の家が欲しいという住まい手の夢を実現するために集まるのだということです。このような建てる側のスタイルは今まで本当に少なかったと思います。

知事:本当にそうですね。

榎本さん:戦後、日本の住宅産業は世界にまれに見るプレハブメーカーなど大手メーカーが中心になっています。

知事:巨大企業ですよね。こんなのは世界中にないですよね。

榎本さん:それを日本はつくったんですよね。

知事:つくったんですよね。通産省がやりました。

榎本さん:でも紀州に住んでいて地元で育った紀州材を使って家を建てようとすると、そこがやってくれないですね。やろうとすると私たちがやらなきゃいけない。一工務店さん、一山持ちさん、製材所、設計事務所だけではできない。また経済的な競争もありますから、住まい手さんにこちらに振り返ってもらおうと思ったら情報発信力が必要となってきます。そのために1社だけではなく協同組合の基本的な理念を少し拡大解釈して縦のつながりを持った協同組合をつくりました。

知事:今、一種のトレンドになっています。異業種間結合というのは中小企業政策の中でも推奨されていますからね。

榎本さん:それを実務的にペイしながら稼動させる意志を非常に強く持ってやっているところです。協同組合に対しよく言われるのが、責任の所在が不明確であるというのがあります。最終誰が責任を持つのかというのがありますが、この組合に関しては皆さんの協力がなければ成り立たないですが、最終いざとなれば私が責任を持つからということにさせていただいています。

知事:それで採算についてはどうでしょうか。

榎本さん:和歌山県から補助をいただいてこのモデルハウスを2年前に建設しました。お陰様でこの2年間に10件を超える受注をいただきました。当初不安視していた立ち上がり期間としては満足のいく結果となっています。

知事:榎本さんところは協同組合の中で業種を貫いているわけですね。他の林業家の方々でこのような試みが成功されて競争相手が出てくるかもしれないけれど、たくさん出てくることによって需要が喚起される。それに引っ張られて自分たちも林業がペイするようになってくるのが本当は望みでしょうから。潜在的な期待がものすごくあるという気がします。

榎本さん:はい、そうですね。川上から川下までの私たちのような組織がもっとたくさんあっていいと思いますね。

仁坂知事
仁坂知事

知事:県でも林業振興をもう一度原点に立ち戻ってやらないといけない。そのためには二つの要素があると思っています。

 一つは今おっしゃったような木の需要、特に紀州材の需要を喚起しないといけない。 
 もう一つはコストですね。高ければなかなかペイしないよね、ということがあるから、どうやって安い経費で木材を供給するか。という低コスト林業という概念を導入したい。そのための補助金体系をつくっていきたいと考えています。

 この二つのしかけのためのプロジェクトチームを県庁内に設置しようとしています。林業の低コスト化のための制作については、特に立派な木があるのをすごく高く売れるから切り出してくるというのは別として、現在の問題点は山の手入れとか間伐だと思います。じゃあ間伐材の需要をどうやって創り出すかということが大事です。また需要がある程度あったとしても、高いものじゃあ売れないからいかに安い経費で安定的に供給できるかですね。それを両方やろうとしています。需要のほうの話では、榎本さんところは一つのモデルを実践してこられたんだけれど、プレハブ住宅でも実はたくさん木を使ってるんですよね。

榎本さん:使ってますね。

知事:外材を集成材として上手く使って上手く売っている。それなら立派な紀州材を使っていただいてもいいんじゃないかと。それとちゃんとした木材としてじゃなくバイオマスで利用するとか、様々な考え方があると思うんですよね。それを全部追求していって需要を喚起していきたい。そのうち何らかの加工を産地で行うことが上手くできれば、山村での働く場所の確保にもなるし。まだ「何か」くらいしか言えないんですけど、そういうことができるといいなあと我々としては思っています。

榎本さん:まず、林業の低コスト化ということですが、製材コストも競争力からするとまだまだ工夫しなければならない。紀州木の家協同組合が行っている事業は、川上から川下までのネットワークの中で各社が工夫することで、よりコストを下げた家をつくっていこうというものです。

 一方で確かに、林業生産を大規模化することにより低コスト化を図って競争力をつけるという意味で、大量に抱えている山の資源を大量に低コストで伐り出して大量に使ってくれるところに大量に使ってもらおうという考え方はあります。 
 紀州の特色は、林業家の場合は民有林が圧倒的に多い。同じく製材業についても民間資本が多い。そのため和歌山県の林業施策は、一般的な森林組合が製材業を含めて主導をとるというような施策はとりにくいという感じがします。 
 和歌山県の製材は、山長商店の数字ですが7割方は県外の消費地で使われている。地元で使われる量を圧倒的に上回る生産量があるわけで、この和歌山県の森林資源をちゃんと使いこなしていこうと思えば両方必要と思います。

知事:両方といいますと。

榎本さん:両方というのは、地元で顔の見える形、いわゆる川上から川下とがつながってという私達が手がけている家づくりのあり方と、一方、それだけでは成り立たないと思いますので、山の資源を大量に低コストで生産できる生産設備というものが両方なければうまくいかないと思います。

知事:なるほど、そうですね。

榎本さん:山長商店は東京にある「匠の会」というところとつながっていて、大量の紀州の杉・桧を関東で使っていただいています。関東は江戸時代から紀州とつながりが深く、紀州材は木材流通市場においてはブランド材として定着しています。また、設計事務所や工務店にも認知され始め、一部の工務店では営業戦略の中で紀州の森とつながっているという物語性のある家づくりを建て主へのアピールポイントにするところも出てきています。私はこうした動きを、紀州材を外から引っ張ってくれているという意味で、紀州材の「遠心力」のようなものだと感じています。 
 ただ、外でばっかり使ってもらっても、実は和歌山市周辺では紀州材の使用率は非常に低いんです。逆に県外から杉・桧が流れ込んできている。これはおかしなことですよね。

知事:そうなんですか。それは何故でしょうか。

モデルハウス前にて(左)仁坂知事(右)榎本さん
モデルハウス前にて 左 仁坂知事 右 榎本さん

榎本さん:価格面ですよね、紀州材はやはり高いと思われているようです。同じ家を建てるのなら安く流通してくる杉・桧で十分であるということになるようですね。でも実は県外産との価格の差は品質の差です。地元で紀州材を使ってもらおうとするなら、県外への販売とは違った工夫が必要だと思うんです。単純に価格を揃えてしまうと県内の生産者が疲弊してしまいます。当然生産者側のコスト削減努力は重要ですが、同時に、和歌山で家を建てるならやっぱり紀州材を使って建てようといった、いわば「求心力」のようなものが必要だと感じています。

 今このモデルハウスで体感していただいているように、紀州材を室内に現して使った木の家は本当に快適なんですね。山側に近い私が木の家づくりに関わっているのは言葉ではお伝えしにくいこの気持ち良さを一人でも多くの住まい手さんに知っていただき、ご自宅として味わっていただきたいからに他ならないんです。

知事:先程、製材のお話が出たんですけど、その前段階の林業のコストを安くしようという話があって、従来は大きな林道をつくっていたんですが、作業車が一台くらい通れるような作業道をつくって、それに対応した間伐の技術を確立することによってちゃんと間伐ができるように、どうやったらいいのかということを試行錯誤しながら県庁でも検討しています。これが上手くいくと細い木がいっぱい伐り出せるんじゃないかと。私は素人ですが、そうすると杉は太くなってくるんじゃないかな。

榎本さん:そうですね、間伐することによって太くなりますね。

知事:そういうことをこれからやろうという話になっています。

榎本さん:大変な事業ですね。

知事:そうすることによって、緑の雇用で来ていただいた方々の仕事の需要にもつながります。せっかく本県で修行されて技量も上がっているのだから、その方々のための山の仕事もちゃんとつくっていかないといけない。林業を盛んにするという原点に立ち戻ろうというのはそういう流れです。

 その意味でも今は「企業の森」を大々的に売り出してやろうと思っているんです。企業としても、例えば地球環境に協力的であるということをPRできるし、都会の生活に疲れた人たちが植林に来てくれる、という良い意味でのレクリエーションになるし、こういうことを狙って企業がやってくれることに期待して、経済団体に話をして、大いに売り込んでいこうと思っています。

榎本さん:売り込まれる対象となるのは大きな資本ですか。

知事:そうですね。今もいろいろな企業に持っていただいていますが、1ヘクタール未満のところも多いんですよ。大企業には、それの何十倍の面積に次々と植えてもらっていったらいいんじゃないかと。そのためにカタログをつくって募集しているところです。だいたい数ヘクタールくらいのが多いです。

榎本さん:とっても魅力的なお話ですね。

知事:何十倍とはいきませんが何倍かの規模ですので、これをどうだーって売り込んでいこうとしています。 
 林業にまつわるお話は、経済から歴史や文化、環境など本当に幅広くまた深い内容を持っています。私たち県もがんばりますが、榎本さんにはどうぞ社業を発展させられて、かつ紀州材の需要のうち一番良いモデルをつくっていただけたらいいな、お客様にも喜んでいただけるといいな、と思っています。どうぞこれからもよろしくお願いします。 
  今日はどうもありがとうございました。

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