知事からのメッセージ 平成30年7月17日

知事からのメッセージを紹介します。

平成30年7月17日のメッセージ

日本人はなぜ戦争へと向かったのか

 NHKは、時々すばらしい番組を作って、我々に見せてくれています。最近では、たくさんのパンダの養育に成功した白浜の女性飼育員の皆さんの奮闘ぶりを描いた「奇跡のパンダファミリー~愛と涙の子育て物語~」(2017年4月8日放送)、南紀熊野ジオパークのもとになっている日本列島の成り立ちを描き、特に紀伊半島にある巨大カルデラの謎に迫った「列島誕生ジオ・ジャパン第1集 奇跡の島はこうして生まれた」(2017年7月23日放送)、「列島誕生ジオ・ジャパン第2集 奇跡の島は山国となった」(2017年7月30日放送)などは、すばらしい作品であると思います。

 少し前にも別のすばらしい作品があった事を新潮文庫のNHKスペシャル取材班編著「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」で知りました。放送は2011年だそうですが、この文庫版では、「外交・陸軍編」と、「メディアと民衆・指導者編」、「果てしなき戦線拡大編」の3つにまとめられています。
 

 作品では、満州事変から国際連盟脱退、さらには日中戦争がどんどん泥沼化していく様相を叙述していますが、その中で、政府中枢の抑制にもかかわらず、現地がどんどん暴走していく様相や、軍法会議ものの暴走にもかかわらず、誰も決定的な処分を受けないで、事策を弄した結果、次々と拡大していく戦略なき戦争拡大、あるいは、十分な状況把握を行わず、思い込みだけで次々と日本を袋小路に追い込んだ外交当局者などの姿が、まじまじと伺い得ます。

 また、戦争に協力すると一旦報道機関が決めてしまえば、そこここに見える真実など、押しつぶして、怒涛のように戦争礼讃を煽っていく大手マスメディアの姿が描かれています。
 今まで私も知らなかった、あるいは見落としていたポイントもたくさん指摘されていて、とても有意義な番組であったと思います。
 

 我々は、今、戦争は間違いであった、それは悪だ、もうごめんだという点で誰もが一致しているのではないかと思いますので、あの時とそっくり同じことが易々ともう一度起こるということは考えられないと思うし、どこかでブレーキがかかると思います。
 しかし、この日本で現実に起こった「日本人はなぜ戦争へ向かったのか」と似たような事が、ともすれば、他の領域で、ひょっとしたら別の方向を目指して起こる恐れは十分あるのではないかと思いました。私は今、和歌山県政を担当しているし、国政における様々な動きも、現に目撃し、あるいはそれに巻き込まれています。そのような世界の中で、同じような性質を持つ事が発生しないかというとそうではないし、現にそういった兆候が随所に見られると私は思います。その意味で、あのNHKスペシャルで語られている事は多くの教訓を我々に教えてくれるような気がします。
 

 それは、思いつく限り挙げてみると次の4つぐらいかと思います。
 

  1.  満州事変から日中戦争の深化に至るまで、一貫して政府は事態の拡大を防止しようとしたのに、現地の軍及び時には陸軍中枢部は戦線を縮小することに断固反対したのですが、その時の理論は、ここでやめたら、過去にやってきたことが失敗になる、あるいはこれまで犠牲になった英霊に申し訳が立たないということであったかと思います。過去の誤りを認めず、過去の失敗を顕在化させないようにするために、また、次々と無理を重ね、勝算もない泥沼に足を踏み入れていく姿がここにあります。我々行政をあずかるものにも、このようなリスクは大いにあると思います。
     失敗は認めたくないし、それを明らかにした時の世間のバッシングは想像に難くありません。でも、これは間違ったなあと思ったら、引き返し、謝罪する勇気を持たねばならないといつも思っています。
     
  2.  陸軍でも外務省でも、過ちを認めたら自分たちの組織の不名誉になる、自分たちの組織の利益が損壊するということが行動原理の中心であったという気がします。自分が身を置く組織を守ること、その中で働く多くの友を守ることは大事な事ですが、その組織の存立の理由は何かという事にまで考えが至らなかったのだという思いがいたします。政府組織にしろ、軍隊にしろ、その守るべき究極のものは国民であります。戦前風の考えでいくと天皇制を中心とする国体であったかもしれません。しかし、その下にあるサブカルチャーを守ることに狂奔してしまえば、上位概念である国体の護持も国民の安寧も守れなくなるということを第一に考えなければなりません。事実、そうして帝国陸軍は不敗だということを証明しようとして、すなわち組織防衛を第一に考えて行動した結果が、日本全体を敗戦に追い込み、多くの国民を殺し、はては、もう少しで国体の護持すらできなくなるという事態を招いてしまいました。
     私は今は県庁を率いて県勢を高揚させ、県民の幸せを達成する使命を帯びているのですが、大事なのは県民の幸せであり、県の発展であります。私の立場を守ることでも、県庁組織を守ることでもありません。心していかなければならないと思いました。
     
  3.  この時代を通じて、軍や政府はもちろんのこと、軍事的手段に訴えて、行き詰まりを打開しようという方向へ、メディアも国民も驚くほど一色に染まっていったことに改めて思いをいたしました。おそらく、国家の行き詰まりを打開してほしいという国民の漠然とした思いが、石原莞爾などの一部の現地軍隊が起こした満州事変が結果的に日本の勢力拡大につながったように見えたということで、満たされたことが、軍国主義への傾斜という「風」を作ってしまったのだと思います。しかし、どうも日本という国は、この「風」ができてしまうと、その「風」に逆らう力が極端に弱くなるように思います。メディアも、学界も、文化人も、本来ならそういう「風」に対して、批判をしたり警鐘を鳴らすべき人々も含めて、一斉に「風」に乗ってしまったように思います。
     今は、この軍国主義の「風」に乗った事をメディアなどは大いに反省し、逆の方向への報道や論調を新しい「風」にしているように思いますが、あまりにもこの「風」に乗る風潮が強くなれば、結局は方向は違えども、実相は戦前と同じではないかと思うところもあるわけです。じっくりと考えて、和歌山県の発展と県民の幸せを模索しなければならないという事を使命とする私としては、おかしいと思った事はどんどん発言する事にしていますが、時には「風」に反するような時もあります。そうすると、「風」の赴くままに進んでいる人々からは「KY(空気が読めない)」などと批難されたり、結構迫害されたりするのですが、勇気を持って今後とも正しいと思う事を発言し続けなければと思います。
     
  4.   同書には、満州事変のあとのリットン調査団から日本の国際連盟脱退に至るまでの経緯が書かれていますが、何も連盟脱退までしなくてもいいものを、また、各国とも形式はともかく、自分もすねに傷を持っているわけです。日本とそう事を構えようとは思っていなかったのに、そのような情報をきちんと把握せず、かつ思い込みでこうなるはずだと考えて行動したり、意地と面子でそれなら脱退だと突き進んでみたり、外交やその時の当事者が大変愚かな行動をしているように見えます。
     このような事は、今も大いに起こりうる事で、思い込みを排し、諸般の情報をきちんと把握し、それを理論的に分析し、意地や面子や感情に任せて愚かな行動をしてしまわないように心していかねばならぬと思いました。
     

 「日本はなぜ戦争に向かったのか」。日本人にとって大変重要で切実な問題だと思います。それならば、単に戦争反対、平和主義と唱えるだけでなく、国民皆がこのようないい文献に接し、色々と考えてみなければならないと思いました。

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