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和歌山の人、もの、地域 和 nagomi 発祥の地、和歌山 2014 vol.23

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ROOTS in WAKAYAMA/紀伊半島への道程は、進行の道 まるで異界から眺める景色のような熊野川の雲海。

物語の原郷熊野から旅が始まる

左/高野山町石道 右/熊野古道
左/高野山町石道は高野山の麓にある慈尊院から山上へ通じる表参道。弘法大師が高野山を開山して以来続く信仰の道。
右/熊野古道は京の都から熊野三山へと通じる参詣道。室町時代以降は、武士や庶民の参詣も盛んになった。

 熊野は“モノ”宿る聖地であり“物語”発祥の地である。語るとは、「形(かた)あるものにする」という意味で、物事を順序立ててわかりやすく説明することをいう。では“物”とは何だろう。
 英語ではthingやgoodsなど目に見える“物”を意味する場合が多いが、日本語本来の“モノ”とは“物”ではない。生き物、化け物、物腰、物心がつくやモノ珍しい。他にも、もののけや「なになにしたいものだ」など。つまり回想や記憶、目に見えない様々な“モノ”をさす。これらは我々人間の身体に宿る“心”とも言い換えられる。本来身体の中にあるべき“心”が、何らかの事情で外に出てしまった物を“モノ”と呼ぶ。
 言葉は、文字を持っていなかった古代人にとって“モノ”であった。目には見えないが声にして聞けば分かる“モノ”であった。日本語には言霊(ことだま)が宿るといわれる所以である。日本語はその言葉の音に漢字を当てはめて作られた。文字を持つということは、権力を持つことであり、国の礎である歴史を築き、未来に対して継承することができるということであった。こうして読み書きできる文化が様々な物語を創造した。
 あの世とこの世の間にひっそりと佇む、未だ成仏していない魂を落ち着かせ、なだめる場所が熊野である。まさしく“もののけ”などといった目に見えない“モノ”たちの鎮魂(たましずめ)が熊野への旅である。癒し鎮められる人々の思いが堆積し、熊野は日本のみならず世界でも類を見ない魅力ある聖地となった。
 現世の安寧を願い、平安時代末期の後白河法皇は歴代最多の34度も行幸したという。熊野比丘尼(びくに)たちは、幾多の奇跡や逸話が織り込まれた物語を日本中で語り、熊野信仰を広めた。そうして熊野詣は皇族のみならず武士や庶民たちにも広がり、“蟻の熊野詣”と呼ばれる程、多くの人々が熊野に旅した。信仰は旅の始まりでもある。
TSUJIHARA Noboru 辻原 登
つじはらのぼる
1945年和歌山県生まれ、デビュー作は1985年の中編小説「犬かけて」。1990年「村の名前」で芥川賞、2012年 「韃靼の馬」で第15回司馬遼太郎賞、2013年「冬の旅」で伊藤整文学賞を受賞。
辻原 登著書 毎日芸術賞受賞長編小説「許されざる者」など著書多数。

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