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和歌山の人、もの、地域 和 nagomi 勝利の聖地わかやま。 2012 vol.17

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[和歌山Rupo] ミシュラン「三つ星」の熊野古道

2011年9月、台風12号の与えた甚大な被害から立ち直る和歌山。
そこには「熊野に生きる」人々の力強い“こころ”があった。


人をお迎えしてこそ地域が活性
世界遺産「玄関口」の責任痛感

新宮駅長の宮田敏彦さん
「『おかえりJR』の横断幕を見て、思わず涙ぐむ駅員もいました。鉄道は地域とともにあることを痛感させられました」と宮田駅長。住民と鉄道が一つになった記念として、横断幕は駅構内にかけられている。


那智の大滝 大きな被害を受けた熊野那智大社、大滝の姿は今も変わらず神々しい。

 一夜にして集落をさらい、ライフラインを寸断した昨年の台風12号から約半年。被害の大きかった紀南地方に活気と笑顔がかえってきた。
 「おかえりJR」と書かれた横断幕の下を新大阪発のオーシャンアローが駆け抜けた。昨年12月3日。台風で流されたJR紀勢本線那智川橋梁が約3カ月ぶりにつながり、紀伊勝浦〜新宮間も運転再開、全線復旧した。横断幕は復旧を願うボランティアが用意した。「よかったね、ありがとう。と大勢から声をかけられ、鉄道マン冥利につきる思いでした」。新宮駅長の宮田敏彦さんは笑顔で語った。
 世界遺産、熊野速玉大社近くの新宮駅はホームの高さまで冠水。同線は橋梁を含め線路の95カ所が損傷。南紀勝浦に向かう東海方面からのルートも寸断され、大きな打撃を受けた。代替バスのやりくりに追われながら、「半年はあかんやろう…」と覚悟したが予想以上の早さで復旧。一番ほっとしたのは新大阪から特急が到着したときという。
 「ここは、外から人をお迎えしてこそ生きる地域です。駅で降りた人が、商店街を抜けて観光地まで歩いていくことで町全体が活気づく。鉄道の責任の重さを痛感しました」


取材協力
■JR西日本 新宮駅 新宮市徐福2-1-1 電話/0735-21-5234
■熊野交通 志古船舶営業所 新宮市熊野川町日足272  電話/0735-44-0331 http://www.kumakou.co.jp
■亀屋旅館 田辺市本宮町川湯1434 電話/0735-42-0002 http://cameya.net/




熊野の地が育んだ逞しさ
苦難を乗り越えてきた人々

 古来、幾度となく繰り返されてきた水害を地域の人々は乗り越えてきた。それが「熊野に生きる」ということだ、と多くの人が言う。苦しいこともあるが、熊野の自然は生きる力も与えてくれる。「船が再び動き出した瞬間は、うれしくて、たまらんかったです。船の仕事が、こんなに素晴らしいものだったとは」。12月に営業を再開した瀞峡ウォータージェット船を運航する熊野交通志古船舶営業所長、近藤元さんは、喜びをかみしめる。周辺では家を流され、亡くなった人もいた。「地域観光を支えるうちが、まず復興の火を灯さなくては。それを見て、みんながんばってくれるはず」。それが心の支えになった。
 営業再開した川湯温泉の老舗、亀屋旅館の女将、小淵恵美さんは「先代から続けてきたものを、私で終りにはできない」と気丈に話す。長男で7代目主人の誠さんは、「台風もあるが、熊野の自然のおかげで自分たちがある。そこをきっちり受け止めていきたい」。熊野の地で育まれた、逞しさと大らかな心は、いつの時代も屈することを知らない。「元気に立ち直った熊野を、早く多くの人に見てもらいたい」。こんな言葉が、何よりも頼もしい。

熊野古道を紹介する海外の旅行雑誌ウォータージェット船の小気味よいエンジン音が川に戻ってきた。「船を動かすのは、地元の期待に応える意味も大きいです」と近藤所長は話す。

外国の旅行会社が案内のためのプレートを設置する民宿、外国人とのコミュニケーションを円滑にするために作成された指さし会話のためのマニュアル 川原を掘るだけで温泉が楽しめる「仙人風呂」で有名な川湯温泉。「無事やったか?また泊りにいくから…。そんなお客さんからの電話が一番の支えになった」。一緒に旅館を切り盛りする長男の横で、女将の小淵さんは気丈に笑った。

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