トップページ > 課・室一覧 > 広報課ホームページ > 和-nagomi- > vol.17 > [特集] 勝利の聖地わかやま。

和歌山の人、もの、地域 和 nagomi 勝利の聖地わかやま。 2012 vol.17

前のページへ  次のページへ




 しなやかに伸びた肢体。躍動感あふれる跳躍。ダイナミックな演技。誰もを魅了する笑顔。日本女子としては初めてのロンジン・エレガンス賞を受賞し、世界から最も注目を集める女子体操オリンピック候補、田中理恵選手だ。
 理恵選手が体操を始めたのは6歳の頃。元体操選手である父が教える和歌山オレンジ体操クラブに所属する兄の和仁選手に憧れてのことだった。幼かった弟の祐典選手も兄のスピード感溢れる演技を見ているうちに体操を始めていた。「そんな体操一家を支えたのは母でした。放課後になるとすぐ母の車に乗り、練習場所の和歌山北高校の体育館に行きます。その車中で食べた母のお弁当が、私と兄弟の一番の思い出です」と語る理恵選手も高校時代はスランプに陥った。気持ちと身体のコントロールが上手くいかない。活躍する兄弟に取り残されているような気持ちにもなったという。「それでも両親は練習から離れると一切、体操の話をしませんでした。そして家では一緒に遊んでくれる優しい父に戻ります。ところがいつの間にかトレーニングになっているんですね(笑)。我が家では初詣が走り初め。兄弟と近くの山にランニング、そこから毎年、初日の出を眺めました。私が今も体操を続けられているのは、あの辛かった高校三年間と兄弟がいたからだと思います」と、弾むような口調で家族の話をするその横顔は、礼儀正しく美しい。
 2011年には、念願叶い三人揃って世界体操競技選手権大会に出場した。成長を続ける理恵選手の今後の目標はもちろんロンドンオリンピックだ。「オリンピックは常に頭にあります。あの大舞台で演技している自分の姿もイメージできています」ときっぱり言い切る美しきアスリート。思わず応援したくなる力強い眼差しに、故郷は皆わくわくしている。
  笑顔のおくにある確固たる決意とふるさと愛
  FIGHT! WAKAYAMA!! PRAY FOR ALL!! 和歌山オレンジ体操クラブ
昭和51年に設立された田中和仁・理恵・祐典選手の父、田中章二教諭が指導する体操教室。平成20年には文部科学大臣表彰を受賞した名門クラブ。現在も県立和歌山北高校の体操部と一緒に練習を重ねている。

上/昭和51年に設立された田中和仁・理恵・祐典選手の父、田中章二教諭が指導する体操教室。下/教員になった後も32歳まで体操競技を続けた。
教員になった後も32歳まで体操競技を続けた。全日本インカレや国体、全日本選手権にも出場した経歴を持つ。


上/普段から仲がよく、子どもの頃から喧嘩したことがないという。願掛けで会場には来ない母のためにも、「テレビに写るようにいい成績を残さなきゃ」とガッツポーズの和仁(左)、理恵(中)、祐典(右)の3選手 下左/身長156センチは女子体操選手としては大柄だが、その分演技が伸びやかに優雅に見える。またローティーンの選手が多い中、24歳という年齢で活躍するその姿は後進に好影響を与える存在としても期待されている。 下右/2010年、第42回世界体操競技選手権大会において、個人総合に参加した選手の中でもっともエレガンスな選手に与えられるロンジン・エレガンス賞を受賞し世界中から注目を集めた 上/普段から仲がよく、子どもの頃から喧嘩したことがないという。願掛けで会場には来ない母のためにも、「テレビに写るようにいい成績を残さなきゃ」とガッツポーズの和仁(左)、理恵(中)、祐典(右)の3選手 
下左/身長156センチは女子体操選手としては大柄だが、その分演技が伸びやかに優雅に見える。またローティーンの選手が多い中、24歳という年齢で活躍するその姿は後進に好影響を与える存在としても期待されている。
右/2010年、第42回世界体操競技選手権大会において、個人総合に参加した選手の中でもっともエレガンスな選手に与えられるロンジン・エレガンス賞を受賞し世界中から注目を集めた。




前のページへ  次のページへ

 

トップページ > 課・室一覧 > 広報課ホームページ > 和-nagomi- > vol.17 > [特集] 勝利の聖地わかやま。