和歌山の人、もの、地域 和 nagomi 海の国から。 2010 vol.12

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きらめく海の彼方に観音浄土を求める。補陀落の海は再生への祈りの舟出。

 本州最南端近く、和歌山県那智勝浦町に補陀洛山寺(ふだらくさんじ)という名刹がある。うつぼ舟と呼ばれる小さな舟にわずかばかりの食料と水を積み込み、南方海上にある観音浄土を目指す。そこは百花百村(びゃっかひゃくそん)、色鮮やかな花が咲き乱れる楽園だと言う。悩みや苦しみの多い此岸(現実世界)から、彼岸へと旅立つ補陀落渡海である。
 補陀洛山寺に携わっている那智山青岸渡寺の高木亮英副住職に話を聞いた。「熊野の地は蘇りの聖地です。補陀落渡海も擬死再生なんだと思います。」しかし、補陀落渡海は命を懸けた修行である。「物理的に考えるとナンセンスですが、宗教というのは心の内面の世界。観世音菩薩様の前に行きたいと思うのは、極めて純粋な気持ちだったのでしょう。」と語る。
 しかし、中には黒潮の流れに逆らい、沖縄にまで辿り着いた渡海上人がいた。16世紀に補陀落渡海を試み、沖縄県金武村の海岸に漂着した日秀上人だ。那智の浜を旅立ち1100キロ彼方の沖縄に辿り着いた時は、デイゴの花咲くこの地こそ「観音浄土」だと思った事だろう。その後、当地に補陀落院観音寺を建立し、那覇市にある琉球八社の一つ波上宮(なみのうえぐう)などを再興し、精力的に熊野信仰を広げたという。擬死再生。まさしく、海の彼方で擬死再生を得たのだ。琉球王朝と熊野を結ぶ物語は今も静かに続いている。

那智の浜にて上人を思い手を合わせる熊野修験の導師でもある高木副住職

那智の浜にて上人を思い手を合わせる熊野修験の導師でもある高木副住職。渡海の初期は上人だけでなく多くの同行と連れ立って補陀落(ポータラカ)を目指した。

世界遺産に登録されている補陀洛山寺 沖縄県の花「デイゴ」 熊野那智大社の本殿

(左)「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として世界遺産に登録されている補陀洛山寺。開祖は那智山青岸渡寺と同じく、4世紀にインドから熊野に漂着した裸行上人。渡海が行われていた当時は、本寺近くまで海岸線が迫っていたと考えられる。
(中)沖縄県の花「デイゴ」。インド原産のマメ科の落葉高木。日本では沖縄が北限とされている。インパクトがある真っ赤な花は、観音浄土を連想させたのだろうか。
(右)世界遺産である那智山青岸渡寺は西国三十三所観音巡礼の第一番札所である。奥にわずかに見える朱塗りの建物が熊野那智大社の本殿。

琉球八社とは、琉球王府から官社として特別の扱いを受けた八つの神社の総称で、安里八幡宮を除く七社で熊野の神々が祀られている。那智浜から漂着した日秀上人は琉球八社の一つ波上宮などを再興し、現在でも沖縄総鎮守として信仰されている。また沖縄にも、海上の彼方に浄土があるというニライカナイ信仰がある。ニライカナイとは海の彼方、あるいは地底にあるとされる豊穣と命の根源となる異界の事である。


波上宮(なみのうえぐう)

日秀上人が熊野信仰を広げる為に拠点とした波上宮(なみのうえぐう)。

識名宮(しきなぐう)
識名宮(しきなぐう)

  普天満宮(ふてんまぐう)
普天満宮(ふてんまぐう)

末吉宮(すえよしぐう)
末吉宮(すえよしぐう)

  沖宮(おきのぐう)
沖宮(おきのぐう)

金武宮(きんぐう)
金武宮(きんぐう)

  天久宮(あめくぐう)
天久宮(あめくぐう)

安里八幡宮(あさとはちまんぐう)
安里八幡宮(あさとはちまんぐう)
   
沖縄で見つけた、熊野の神々。

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