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和歌山の人、もの、地域 和 nagomi 果実王国、和歌山の挑戦 2017 vol.32

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知事対談/ローカル鉄道の再生による地域活性化 和歌山からの挑戦


仁坂知事(以下仁坂)●本日は、たま駅長就任10周年誠におめでとうございます。残念ながら“たまちゃん”は亡くなりましたが、“ニタマちゃん”に続いて今回新たに伊太祈曽(いだきそ)駅長見習いに“よんたまちゃん”が就任するなど、今や世界からも注目を集める“和歌山電鐵貴志川線”。この再生には小嶋社長に本当にお世話になり、感謝しています。

小嶋光信(以下小嶋)●私が両備グループの代表となったのが、公共交通機関に対する規制緩和前の1999年でした。私どもは補助金をもらわないで生き延びてきた公共交通機関ではありましたが、マイカー時代が進み毎年数%ずつお客様が減少し、何も対策をしなければ、当両備グループも10年後には存続していないだろうと考えていました。そして紆余曲折しながらも2006年、南海電気鉄道から貴志川線を引き継ぎました。今知事から感謝のお言葉をいただきましたが、仕事冥利につきます。

2016年に運行を開始した“うめ星電車”
2016年に運行を開始した“うめ星電車”。デザインはJR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」や“たま電車”で有名な水戸岡鋭治氏。モチーフは、「みなべ・田辺の梅システム」として世界農業遺産になった“南高梅”。車内には汚れる、破れる、壊される、などとして電車では使いづらいとされている、良質の素材がふんだんに使用されている。

仁坂公共交通は地域の生活を支える重要な基盤で、地域の事情に応じた交通ネットワークの維持・充実と、交通弱者も安心して利用できる公共交通を守ることは地方行政にとって非常に重要な課題です。しかしモータリゼーションの進展や過疎化、少子高齢化の進行により、公共交通の利用者は年々減少し、ローカル線など公共交通機関の維持は、和歌山だけなく日本全体における社会的な課題となっています。

小嶋●その通りです。日本はアメリカ的なマイカー時代を進めてきたのですが、今日の少子高齢化を迎える時になり、“これではまずいのでは?”とようやく気付きました。その頃に前後して規制緩和により、国内で31の地方鉄道や大きなバス会社が解散しました。そこで我々は、地域の公共交通が生き残るための手段を模索し、実際にある地方で移送手段の設備投資は“公”が行ない、運営は民間が行なう“公設民営”に挑戦し成功を収めました。ちょうどその頃に当貴志川線が廃線の危機に直面し、実績を買われて復活プロジェクトにボランティアでコンサルティング協力することになりました。そして地域の公共交通は地元の方に運営してもらうのが一番良いということで事業者の公募があったのですが、8件の応募者の中に鉄軌道をやった経験のある方が一件もありませんでした。当局の方としても、多くの人命に関わる仕事ですから、経験したことのないところに任せるのは避けたいということで、当グループが引き受けるに至ったのです。













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住民・行政・事業者そして“たま駅長”

仁坂貴志川線には、小嶋社長の様々なノウハウが注ぎ込まれ、地元の方たちも少し積極的に利用するようになり、従来よりも乗客数が増えました。

小嶋●私が貴志川線を引き受ける際に、重要視していたものが3つありました。ひとつは利用者である住民が本気になってこの鉄道を必要とし残そうとしているか?。もうひとつは、行政の応援があるか?。そして最後に我々自身が本気でやり遂げる決意があるかどうか?。この3つが揃っていないと成功はないと思っていました。
 和歌山県においては“貴志川線の未来をつくる会”という市民団体が発足し「乗って残そう貴志川線」という名キャッチフレーズのもと、6千人以上の会員が存続活動を行ってくださいました。また和歌山県や和歌山市、紀の川市(当時は貴志川町)が一体になって協力体制を整え、我々のことを温かく受け入れてくださっているのを見て、貴志川線の再生・経営について、10年間は絶対大丈夫だろうと自信を持ちました。

地域住民の方々と事業者、そして行政が力を合わせた取組は地方鉄道の存続・再生のモデルとなり、さらには地方の活性化に繋がったケースとなりました。そこに“たま駅長”の大活躍があり、観光客の利用が相当増えました。乗客数の推移を見ますと、存続が決まって新しい体制になったとき1割増えていますが、その後主として“たま駅長”人気で観光客の増加により、さらに1割増えています。

小嶋●そうです。“たまちゃん”が現れたんですね。成功を導く3つの要素にプラスして、もの凄い強力な応援団が現れてくれました。しかし当時はそれほど凄い応援団になるとは思っていませんでした。個人のペットが公の場である駅に住み着いているのではなく、貴志駅の駅長という形にして住まわせてあげたいという軽い気持ちでした。

和歌山について語り合う二人 ところがその就任の日、まさに10年前の1月5日から、帽子を被り改札台の上に乗り、まるで本当の駅長のようにお客様をお迎えお見送りをし始めました。その後“たま駅長”に会いにきてくださるお客様が増え始め、インターネットでもどんどん紹介してくれるようになり、その人気は遠く海外にまで知られるようになりました。

中国や香港などのメディアでも“たま駅長”が大きく取り上げられ、貴志川線だけでなく和歌山県全体にアジア各国からの観光客が増えました。この功績で“たま駅長”も和歌山電鐵内で次々と出世をするわけです。駅長からスーパー駅長、さらにウルトラ駅長、身分的にも課長、執行役員、常務そして社長代理と観光客の伸びとともに昇進されるわけです。これは、和歌山県も応えねばということで、まず和歌山唯一の貴族になってもらいました。一代限りの勲功爵つまり“ナイト”です。次にはもうこれしかないということで、神様である“観光まねき大明神”になってもらいました。

小嶋●これは本当に絶妙なタイミングでした。我々がやろうと思ってもできないことを、知事がいち早く中国やアジアに対して観光キャンペーンを行なってくれました。知事から任命された“観光まねき大明神”が本当になりました。昔はお荷物だった地方鉄道が、今度は楽しい乗り物に切り替わった瞬間だったと思います。なにせ当時は、この貴志川線に海外からの観光客が乗車するなど思いもしませんでしたからね(笑)。



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貴志川線の未来が描く地方創生の新しい姿

伊太祈曽駅の駅長見習いに就任した“よんたま”
1月5日の“たま駅長就任10周年記念式典”で、伊太祈曽駅の駅長見習いに就任した“よんたま”。

仁坂●“たまちゃん”は亡くなって“名誉永久駅長”となり、その後継者の“ニタマちゃん”が貴志駅の“たまⅡ世駅長”として観光客に大人気です。そして“ニタマちゃん”の後継者として新たに“よんたまちゃん”が伊太祈曽駅の駅長見習いになりました。
 また、小嶋社長は話題性のある車輌も次々と投入してくれました。地元の名産にちなんだ“いちご電車”、少年の日々を思い出させてくれる“おもちゃ電車”そして“たま電車”。昨年から新たに“うめ星電車”が運行されていますが、ここにも地域の資源を活かしていこうという、小嶋社長の熱い思いが込められている気がします。
 今後は地域の資源を最大限活用しながらも、沿線住民の方が“乗って残そう”の思いを持ち続け、日々の生活の中でどれだけ鉄道を利用してくれるかだと思います。そのためには、単に鉄道にどう助勢するかだけでなく、鉄道を利用しやすい町を作るための都市計画や再開発をきちんとしたり鉄道と道路交通のベストミックスを作っていくといった多くの政策にすべて目を配っていかねばなりません。

小嶋●この10年は鉄道を残すことに一生懸命頑張ってきましたが、鉄道というものは地域が元気でなければ生き残ることはできません。またそれには知事がおっしゃるように地元の方々の思いは非常に大切です。幸運にも貴志川線沿線には、“日前(ひのくま)神宮・國懸(くにかかす)神宮”“竈山(かまやま)神社”“伊太祁曽(いたきそ)神社”を詣でる西国三社参りという日本人の心に根ざしたスピリチュアルな風習が残っています。また“大池遊園”や“四季の郷(さと)公園”といったファミリー層に人気の施設、学校や病院といった生活基盤も整っており、さらに計画的な開発も進むことで非常に魅力的な地域になりつつあります。
 今後の10年は設備補助の支援は受けながら、運営補助金はもらわず自力営業で再建するという“準公設民営化”という形で事業を継続していくこととなりました。それはかなりハードルの高い試みではありますが、上手く行けば、ローカル線の再生から地方創生のモデルみたいなものができあがるのではと考えています。

仁坂●今回の10年計画は、少し事情があり、公共交通機関の再生理論、小嶋社長の“公設民営”というものと形式だけ少々異なるのですが、実質はその思想に則ってできあがりました。このスキームに従って、貴志川線の永続に向け、今後とも関係行政や地元、そして小嶋社長率いる和歌山電鐵と一体となって、“乗って残す”を合い言葉に、地域住民だけでなく観光客や外国人の方々にも利用いただけるよう取り組んでいきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

 
和歌山電鐵(株)社長 小嶋 光信氏と和歌山県知事 仁坂吉伸
仁坂 吉伸(にさかよしのぶ)
和歌山県知事
小嶋 光信(こじまみつのぶ)
両備グループ代表兼CEO、和歌山電鐵(株)社長/1945年生まれ。慶應義塾大学ビジネススクール(現:慶應義塾大学大学院経営管理研究科)修了。2005年に和歌山電鐵(株)設立、代表取締役社長に就任し2006年から運行開始。1999年より両備グループ51社の代表を務める。

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