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和歌山の人、もの、地域 和 nagomi 幸村、雌伏の郷 紀州 2015 vol.28

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2つの救出劇が日本とトルコの絆となった。/互いの国の真心に触れ、感涙にむせぶ、125年分の絆の物語。/映画監督 田中光敏と和歌山県知事 仁坂吉伸

仁坂吉伸(にさかよしのぶ)
和歌山県知事
田中光敏(たなか みつとし)
映画監督/1958年北海道生まれ、大阪芸術大学・映像学科卒。1984年(株)クリエイターズユニオンを設立。2001年石ノ森章太郎原作「化粧師」で映画監督デビュー。「利休にたずねよ」ではモントリオール世界映画祭ワールドコンペ部門において最優秀芸術貢献賞を受賞。主な作品として「精霊流し」 、「 サクラサク」など

2つの救出劇が日本とトルコの絆となった。

仁坂知事(以下仁坂)●いよいよ、12月5日から日本とトルコの友情の物語、映画「海難1890」が公開されます。今年は日本とトルコの友好125周年。この節目の年に素晴らしい映画ができましたね。

田中光敏氏(以下田中)●ありがとうございます。

仁坂ではまずはこの映画を制作するきっかけからお話し願いたいのですが、エルトゥールル号の海難事故があった串本町の田嶋町長と大学時代からのご友人だそうですね。

田中●そうです。彼から、「自分の愛すべき故郷である串本町にこんなに素敵な話があるんだ」との手紙をもらい、この感動的な物語を映画にできないか?と思ったのが始まりです。恥ずかしながら彼に教えてもらうまで、エルトゥールル号のことは知りませんでした。それからすぐ知事に相談し、串本町大島で行われた日本トルコ友好120周年の記念式典で、手製の企画書を配りました。映画を完成させるには膨大な費用もかかる事ですから、実現の可能性は1%位かなと三人で話していた事がまるで昨日のようです(笑)。



仁坂そうですね。紆余曲折があり本当に大変でしたね。官邸やトルコ政府とも掛け合い、多くの企業にもお願いに回りました。他にも「エルトゥールルが世界を救う」というNPO団体の皆さんには、寄付金集めだけでなく映画のPRやエキストラでも協力していただきました。

最近見つかった補償を辞退するという内容の手紙
最近見つかった補償を辞退するという内容の手紙。
串本応挙芦雪館 収蔵





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日本人としての気構えと人間としての誇り

田中●125年前のエルトゥールル号の海難事故、これは樫野で起こった単純な救出劇ではなくて、困ってる人が目の前にいるから助けるという、和歌山県民の真心というか日本人としての気構えというか、人間として大切なものを再認識させられる物語ですね。私はこの話を聞いて、日本人として誇りを感じると同時に映画に携わるものとして、しっかりと考え、そして世界に伝えなければならないと思いました。

映画監督 田中光敏

海難1890
日本・トルコ合作映画
公開/2015年12月5日
配給会社/東映 脚本/小松江里子
主要キャスト/内野聖陽、ケナン・エジェ、
       忽那汐里、アリジャン・ユジェソイ
       他

仁坂●樫野村(現串本町大島)の住民は、自らの危険を顧みず、生存者の救出に当たり、お正月など特別な時のために大切に備蓄していた米や鶏さえも食糧として提供したそうです。それから最近、当時の手紙が発見されました。それによると、後にトルコ政府から樫野の医師達に治療や救助、そして看護など、多大な負担をかけたからその補償をしたいという申し出があったのですが、それに対して彼らは、「我々は当たり前のことをしただけなので、そんなことは求めない。それよりも遺族の方にお見舞いを出してください」と補償を断ったそうです。

田中●ロケの前に、医師役の内野聖陽さんもその手紙を見て非常に感動していましたよ。

仁坂●私もこの話を聞いて、素晴らしい話だと感激し、同じ和歌山県民であることを誇りに思いました。和歌山は昔から熊野古道や高野山への巡礼者を受け入れてきた場所ですから、外部からの旅人に対して、“もてなす”という行為は、特別なことではなかったのだと思います。そういう文化が根付いているんでしょうね。和歌山の人はシャイだけど面倒見が良くて、人情味あふれる人が多いんですよ。

田中●そしてやっぱり、和歌山の人たちは親切な方が多いですよね。実は和歌山ロケの最中、トルコの役者たちが空き時間を見つけ、世界遺産である熊野古道に行ったそうです。そこでどうやら道に迷ったのですが、地元の人から声をかけてもらいホテルまで送ってもらったそうです。彼らは、「自分たちの先祖を救ってくれた映画の為に来たが、自分たちも和歌山の人たちに助けられた。先祖の思いを身を以て感じることができた」と感動していました。そして景色の美しさと文化の素晴らしさに興奮していました。






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感涙にむせぶ2つのエピソード

仁坂●映画の撮影時はいかがでしたか。

田中●和歌山ロケでは多くのエキストラの皆さんに出演していただきました。なかでも印象的だったのは、トルコの人たちを見送るシーンでした。助監督たち現場のスタッフが「明るく笑って見送ってください」って言うんですが、皆さんすすり泣いているんですね。そしてエキストラの方が「いや、監督もう私たちは胸がいっぱいだ。涙があふれて止まらないです」とそっと私に近づきつぶやいていくんですよ。そういうシーンを編集していると、皆さんが本当にいい顔してるんですよね。樫野の人たちや和歌山県でこの物語を知っている人たち、そして役者やスタッフがひとつになって、この物語の中で生きていると感じ、僕もとても感動しました。

仁坂●いい話ですね。それから忘れてはならないのが、トルコの人たちは今もこのエルトゥールル号の話を忘れず、教科書に掲載し現代まで語り続けているということ。それがバックグラウンドとなって、テヘラン空港での邦人救出劇がある訳です。イラン・イラク戦争の最中、イラン上空を飛ぶ航空機は民間機でも撃ち落とすと宣言され、各国が自国民のための救出機を出すが、日本からは飛んでこない。その取り残された215人の日本人を、救出してくれたのがトルコ航空機でした。だから今度は日本人として、このイラン・テヘラン邦人救出事件を忘れてはなりません。「海難1890」では、エルトゥールル号の悲劇だけでなくこの救出劇も描かれていますね。

田中●そのテヘラン脱出の空港シーンをトルコの競馬場を借りて撮影しました。エキストラはおよそ1000人。日本人は現地で働くビジネスマンとそのご家族で約200名。そしてトルコの方々は約600名でした。パニックになった日本人が空港に押し寄せているという設定を説明し、撮影をしていると今度は約600名のトルコの方々が涙ぐむんですよ。どうやら「ありがとう!ありがとう」って言ってるみたいなんです。僕は何について「ありがとう」と言ってるのかと尋ねると、「私たちはエルトゥールル号の話を教科書で学んだ。そして自分たちはテヘランで当たり前の事をしただけだ。日本とトルコが友情を紡ぎ、そして2つの国が協力し、こういう映画を作っている現場に居合わせた事がありがたい」と言って涙を流していたんです。それから「私たちは裕福ではないが、何かをプレゼントしたい」と言って、トルコの国花・チューリップをトイレットペーパーで作り、僕たちのモニターの前に置いていくんですね。僕はそのことが凄く嬉しかったし、トルコと日本の友情が、この映画によってさらに深まっているように思い、本当にありがたく思いました。 和歌山県知事 仁坂



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風土の豊かさと穏やかな紀州人気質

仁坂このような映画を田中監督に作っていただき、公開が楽しみです。最後に和歌山についての印象をお聞かせください。

田中●和歌山ロケで、和歌山の土地や風土が持っている豊かさが、人を穏やかにしているのだなと感じました。今回は日本を代表する素晴らしい景色を撮影することができました。映像的に凄く奥行きがあり美しく、トルコの人たちに、「これがあなたたちのエルトゥールル号が遭難した日本なんだよ。こういう素晴らしい風景の所だったんだよ」と伝えられる映像になった事に本当に感謝しています。この映画の中の大切なファクターが、和歌山の風景であり自然であり、海であり山であり、そして風なんです。それらが映画の中で生きています。

仁坂いくら我々が「和歌山ってこんなにいいところだよ」って言ってもなかなか分かってもらえない。でもそういう所をこの映画で表現されている事は、本当にありがたいことです。

田中●ロケ中は天候が味方してくれました。嵐が欲しい時は嵐の絵にもなったし、天気の良い絵がほしい時は本当に天気になりました。これもトルコや和歌山の人たちの思いが助けてくれたのだと思いました。

仁坂この映画をきっかけに、和歌山の人の温かさや自然の魅力を多くの人に知ってもらい、和歌山を訪れていただければと思います。本日はありがとうございました。

 
樫野埼灯台近くの岩礁「船甲羅」
明治23年9月16日の夜9時頃、樫野埼灯台近くの岩礁「船甲羅」に乗り上げ、「エルトゥールル号」の悲劇は起こった。樫野沖は海上交通の難所として船乗りから恐れられていた。

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