和歌山の人、もの、地域 和 nagomi 紀の国、和の国 和歌山のこと 2015 vol.27

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和食の原点 発祥の地

 醤油や味噌、そして出汁を取る為にも使われる鰹節。これらは優れた発酵食品であるとともに、日本の味の原点であり、和歌山と切っても切れない関係にある。
 食べる味噌として有名な金山寺味噌が日本に伝わったのは今から750年前。覚心和尚が中国径山寺で学び、興国寺でその製法を広めたといわれている。その際に生じた上澄み液、これが非常に美味く、幾多の改良を重ね、湯浅醤油の誕生につながった。江戸時代には徳川御三家である紀州藩の保護を受け、醤油や味噌の製造は重要な産業となった。
 また和歌山は昔から海上交通の要衝であり、海洋民族である先人たちはたくみに舟を操り大海を自由に行き交った。鰹節は印南の漁師が漁場近くで、足の早い鰹の保存性を高めるために発酵技術を駆使し発明したといわれている。
 進取の気質に富み、創意工夫にあふれた紀州人。その技と知恵も惜しみなく多くの人々に伝え、和食文化の礎を担ったのである。

Un changing or Changing
熊野山系の伏流水の井戸
興国寺
建長元年(1249年)、当時の宋で修行した覚心和尚(のち法燈国師)が、帰国後興国寺の住職となり、金山寺味噌を伝えたといわれている。
場所/日高郡由良町門前801
醤油
江戸時代、長崎の出島でコンプラ瓶に詰め直し、ヨーロッパに向け醤油を輸出していた。

醤油はもはや、日本人だけのものではない。醤油造りに重要なのは美しい水と手間ひまを惜しまない製造工程。出荷するまでに1年以上の歳月が必要とされる。発祥の地、和歌山では昔ながらの製法にこだわった醸造蔵が今も存在する。

夏野菜をいつまでも美味しく食べるために作られた「なめ味噌」の一種、金山寺味噌。江戸時代、湯浅の玉井醤本舗大三のみが製造を許されていた。発酵食品とは、その地域の空気をも取り込むスローフードそのものである。

金山寺味噌
白瓜や茄子、生姜や紫蘇などの野菜を漬け込み、常備菜としてそのまま食べることができる保存食。夏に漬け始め秋頃から食べられるが、時間の経過とともに熟成が進み、味わいが強くなる。
金山寺味噌

江戸時代、印南町の漁師「角屋甚太郎」が、長期保存できるようにと、かつおを乾燥させ、青かびを付けてさらに乾燥させる「燻乾かび付け法」を考案。その製法は土佐や薩摩、伊豆へと伝わった。

和歌山では、かつおは刺身でもよく食べられる。なかでも春先に穫れる、つき立ての餅のような食感の「もちがつお」は感動的な美味さ。他にすさみ町の「ケンケン鰹」や串本町の「しょらさん鰹」という地域ブランドも高い評価を得ている。

鰹節

 古より、お弁当やおにぎりの具に欠かせないと日本人の心に刻み込まれてきた梅。和歌山県はその国内生産の約6割を占めている。中でもみなべ町発祥の「南高梅」は、大粒で果肉が厚く、柔らかいと評判が高い最高品種だ。  紀州の梅は、手間を惜しまずひとつひとつ天日干しされ、梅干しとなる。さらに梅酒やスイーツ、梅エキスを飼料に混ぜ育てた“うめどり”や“梅まぐろ”へと、梅は和歌山で様々に進化し続けている。

南高梅
究極の機能食品である梅干し。昔からの言い伝え通り、病気の予防や抑制に効果があるという。胃がん予防や糖尿病予防に効果的な成分が多く含まれているという研究報告もなされている。もちろん「おにぎりに梅干し」は食中毒菌の増殖を抑制する作用が故。
南高梅
みなべ・田辺の梅システム
世界農業遺産認定を目指して
「みなべ・田辺の梅システム」とは、約400年にわたり養分に乏しい傾斜地で、備長炭の原料となるうばめがし等の森林を残しつつ、そこに住むニホンミツバチの助けを借りながら、高品質な梅を持続的に生産してきたこの地域独特の農業システムだ。“受け継がれてきた梅栽培の魅力”を次世代に繋げるべく、今、地域が一体となって世界農業遺産の認定を目指している。

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