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こーすいがいのぶんかざい
●和歌山市 ●橋本市 ●紀の川市 ●岩出市 ●かつらぎ町 ●九度山町







 
わかやまし しゅうへんたんぼう わかやまし
 
おかやまのじしょうどう 史跡 県指定



写真 おかやまのじしょうどう
五代藩主徳川吉宗の時代の正徳2年(1712)9月に建立された。鐘は藩士に 登城や町民に刻限を知らせるほか非常災変をいち早く報ずる役割を果たした。現在の建物は一階柱間が約6メートルの二階建ての建物で、一階は土間、二階は床 が張ってある。

データ
所在地:和歌山市吹上一丁目/所有者:和歌山市
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 おかやまのじしょうどう
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かのうもろひらはか 史跡 県指定



写真 かのうもろひらはか
加納諸平は幕末の国学者であり、紀州藩国学所総裁を勤めた。『紀伊続風土記 (きいしょくふどき)』『紀伊国名所図会(きいのくにめいしょずえ)』の編者であり、また歌人としても有名であった。

データ
所在地:和歌山市道場町/所有者:個人
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 かのうもろひらはか
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たかのす 天然記念物 県指定



写真 たかのす
雑賀崎の西南部岬端の断崖絶壁のことで、直立した絶壁の高さは50メートルに なり、鷹がこのような絶壁の岩穴に巣を作るので「鷹の巣」と名付けられたという。その下の洞窟は、織田信長に敗れた本願寺の教如(きょうにょ)が隠れた場 所とされており、「上人の窟」と呼ばれている。

データ
所在地:和歌山市雑賀崎/所有者:和歌山市
指定日:昭和34年4月23日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 たかのす
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すいけんていぼう 史跡 県指定



写真 すいけんていぼう
江戸時代初期に紀州徳川家初代藩主徳川頼宣の命を受け朝比奈段右衛門(号を水 軒という)が築いた、高3〜6間(5.4〜10.8m)、全長15町余り(1.6km)と云われている石積みの防潮堤防である。近年の発掘調査によって、 極めて精緻な石積技法を駆使し、風潮防備林を備えた堤防であることが判明した。

データ
所在地:和歌山市西浜/所有者:国有地
指定日:昭和34年4月23日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 すいけんていぼう
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わかみやはちまんじんじゃのぼだいじゅ 天然記念物 県指定



写真 わかみやはちまんじんじゃのぼだいじゅ
神社境内の西南端、社務所の反対側にある。本幹は地上すぐのところで5本の支 幹に分かれ、樹勢は良好。樹高は約10メートルでボダイジュとしては全国屈指の大きさである。

データ
所在地:和歌山市有本/所有者:若宮八幡神社
指定日:昭和44年4月23日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 わかみやはちまんじんじゃのぼだいじゅ
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しかごういちりづか 史跡 国指定



写真 しかごういちりづか
和歌山城京橋を起点として、一里の距離に設けられた道標である。元和5年 (1619)徳川頼宣(よりのぶ)が城下の整備とともに街道の両側に松並木をつくり、一里塚を築いた。旧状で保存されている数少ない一里塚である。

データ
所在地:和歌山市新在家/所有者:和歌山市
指定日:昭和15年7月12日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 しかごういちりづか
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かしのたいぼく 天然記念物 県指定



写真 かしのたいぼく
角田氏宅前にある樫の大木はアラカシで、2株が合成樹となったものと思われ る。結合する基の部分の周囲は5mで分立した支幹はそれぞれ約2mあるが、1本は枯死、もう1本も枝梢を失い樹勢が衰えている。

データ
所在地:和歌山市永山/所有者:個人
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 かしのたいぼく
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じょうぎょうじのびゃくしん 天然記念物 県指定



写真 じょうぎょうじのびゃくしん
本堂の西側に立つビャクシンの老大樹で、胸高周囲は4.7メートル、樹高は約 13メートル。かつては壮大な樹冠を持つビャクシンであったと思われるが、現在は樹冠の北半分は枯死し太い枝をまばらに残すのみで、南半分に緑葉を残し生 活力を維持している。本幹は著しく左にねじれており、その形状は美しい。樹齢400年以上。

データ
所在地:和歌山市加太/所有者:常行寺
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 じょうぎょうじのびゃくしん
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ともがしましんじゃいけしっちたいしょくぶつぐんらく 天然記念物 県指定



写真 ともがしましんじゃいけしっちたいしょくぶつぐんらく
友ヶ島は島全体が植物の宝庫で、シダ植物以上の高等な種類だけでも103科 477種に達する。なかでも深蛇池は、3ヘクタール余りの湿地帯で、海抜約5メートル、特異な植物景観を現出している。例えば、寒地性のスゲと暖地性のシ ダとが同一の地に混生することは極めて珍しいことであり、分布の限界としても重視される。

データ
所在地:和歌山市加太/所有者:和歌山市
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 ともがしましんじゃいけしっちたいしょくぶつぐんらく ともがしまとうだい ともがしまだいいちほうだいあと ともがしまだいさんほうだいあと とらしまほうるいあと ともがしまだいよんほうだいあと ともがしまだいごほうだいあと ともがしまだいにほうだいあと
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ふろうばし 建造物 市指定



写真 ともがしましんじゃいけしっちたいしょくぶつぐんらく
嘉永4(1851)年に完成した石造アーチ橋。和歌祭りの際、徳川家や東照宮 の人々が儀式を行う片男波の御旅所に行くために紀州藩主の命により架けられたもの。熊本の石工集団と湯浅の石工石屋忠兵衛の合作と考えられている。江戸期 のアーチ橋は九州以外では大変珍しい。

データ
所在地:和歌山市和歌浦中3丁目
指定日:平成7年5月10日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 ふろうばし
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はしもとし しゅうへんたんぼう はしともし
 
おうがだいじんじゃいしどうろう 建造物 県指定



写真 おうがだいじんじゃいしどうろう 
正平10年(1355)の銘がある南北朝時代の砂岩製石燈籠で、『紀伊続風土 記(きいしょくふどき)』にもその存在が記されている。総高1.8メートル。一般に円形となるべき屋蓋上端の請座(うけざ)・中台の下端及び基礎上端の請 座等が六角形で作られていて、また屋蓋に反りのない点が他に例を見ない貴重なものである。

データ
所在地:橋本市市脇/所有者:相賀神社
指定日:昭和40年4月14日指定
問合せ:橋本市教育委員会
地図 おうがだいじんじゃいしどうろう 
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とやしんうえもんのぼち 史跡 県指定



写真 とやしんうえもんのぼち
戸谷新右衛門の生まれた貞享3年(1686)当時、高野山寺領の農村は、厳し い年貢の取り立てに苦しんでいた。新右衛門は高野山に嘆願したが聞き入れられず、江戸幕府に直訴し願いをかなえた。直訴に対する刑期を終え帰国した彼だっ たが、高野山側に捕らえられ、「生きながら石子詰(いしこづめ)」にされた。新右衛門の墓は、南馬場の畑の片隅に残っている。

データ
所在地:橋本市南馬場/所有者:個人
指定日:昭和35年3月12日指定
問合せ:橋本市教育委員会
地図 とやしんうえもんのぼち
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おおはたさいぞうしょうぜんのはか 史跡 県指定



写真 おおはたさいぞうしょうぜんのはか
大畑才蔵は寛文4年(1664)に23才で庄屋にな るとともに郡方御用(ぐんかたごよう)を勤めた。元禄9年(1696)から地方手代に、翌年には御勘定人並(おかんじょうにんなみ)にとりたてられた。水 利関係の土木事業に大きな功績を残し、代表的な工事に藤崎井や小田井がある。元禄年間に『地方の聞書』あるいは『才蔵記』とよばれている優れた農業技術書 を表した。大畑才蔵の墓は学文路(かむろ)の山腹にある大畑家墓地の第2列中央にあり、「浄岸慈入居士享保五年庚子年九月廿四日春秋七十九」の銘がある。

データ
所在地:橋本市学文路/所有者:個人
指定日:昭和44年4月23日指定
問合せ:橋本市教育委員会
地図 おおはたさいぞうしょうぜんのはか
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じぞうじのごりんとう 建造物 県指定



写真 じぞうじのごりんとう
本堂の西南に南面して建つ。もと北方にあった西福寺の境内にあったものをこの 位置に移したものという。塔は砂岩製で総高2.0メートル、火輪(かりん)の幅0.7メートル、その隅に強い反りをもたせている。地輪の正面に「正平十一 丙申二月十五日」等の銘文があり、1356年に造られたことがわかる。形がよく、完全に保存され、造塔年代が明らかで基準作例としても貴重である。

データ
所在地:橋本市高野口町名倉/所有者:地蔵寺
指定日:昭和38年7月30日指定
問合せ:橋本市教育委員会
地図 じぞうじのごりんとう まえだけじゅうたく なごそはいじあと 地図 じぞうじのごりんとう
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まえだけじゅうたく 建造物 国指定



写真 じぞうじのごりんとう
大和街道に面した古くからの商家。街道に面した主屋の奥に中書院・新書院、さ らに土蔵がある。主屋はつし二階と呼ばれる古い町家の形式で、2階外壁には虫籠窓(虫かごのような窓)を持つ。屋根は切妻造り桟瓦葺きで、煙出しを設け る。この建物は江戸期の雰囲気をよく遺すこの地域では非常に貴重なもの。現在「町の博物館」として一般に公開されている。

データ
所在地:橋本市高野口町名倉
登録日:平成16年7月23日
問合せ:高野口商工会
地図 まえだけじゅうたく じぞうじのごりんとう なごそはいじあと 地図 まえだけじゅうたく
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きのかわし しゅうへんたんぼう きのかわし
 
もりたせっさいおうぼち 史跡 県指定



写真 もりたせっさいおうぼち

幕末の儒学者、森田節斎は文化8年(1811)奈良の五条に生まれ、京都で頼 山陽に、江戸で古賀洞庵に学び、43歳の時京都で塾を開いた。門人が天誅組(てんちゅうぐみ)に加わったため身辺が危険となり、慶応元年(1865)に荒 見の北家に身をよせたが、明治元年に没した。墓地は粉河町荒見の北家累代墓所に設けられている。

データ
所在地:紀の川市荒見/所有者:個人
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:紀の川市教育委員会
地図 もりたせっさいおうぼち
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りゅうもんざんのじしゃくいわ 天然記念物 県指定



写真 りゅうもんざんのじしゃくいわ

粉河町の南西部にそびえる龍門山は、標高756メートルで、『紀伊国名所図会 (きいのくにめいしょずえ)』に「紀州富士」の名が記載されているように、古くからその優美な姿がたたえられている。山頂の東、標高700メートル付近の 地点に周囲約17メートル、高さ約4メートルの巨石があり、磁気を含んでいることから磁石岩と呼ばれよく知られている。

データ
所在地:紀の川市杉原/所有者:龍門財産区
指定日:昭和34年4月23日指定
問合せ:紀の川市教育委員会
地図 りゅうもんざんのじしゃくいわ
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きいしもつけぐんせいち 天然記念物 県指定



写真 きいしもつけぐんせいち

キイシモツケは本県の特産種で、昭和3年に新種であることが確認され命名され た。5・6月頃には白い小さい花をつける。龍門山では山頂の西、標高600メートル付近に大群生して生え、勝神(かすかみ)峠から田代峠に至る山道の北斜 面約200ヘクタールが県指定天然記念物に指定されている。

データ
所在地:紀の川市杉原/所有者:龍門財産区
指定日:昭和48年5月16日指定
問合せ:紀の川市教育委員会
地図 きいしもつけぐんせいち
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ふじさきべんてん 名勝 県指定



写真 ふじさきべんてん ぜんけい
写真 ふじさきべんてん べんてんしゃ


藤崎弁天は、王子川が紀ノ川にそそぐあたり、老松の樹間に奇岩怪石の立ちなら ぶ場所にあり、頂上の平坦地に守護神の弁財天を祀っている。社頭には古岳庵(こがくあん)と呼ばれる小さな庵があり、幕末の頃、琴の名手として知られた古 岳上人幽眞(こがくしょうにんゆうしん)が住んでいた。ここからの紀ノ川の水景や龍門山の姿は素晴らしく、紀仙郷県立自然公園の一角を占める景勝地。

データ
所在地:紀の川市藤崎/所有者:紀の川市
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:紀の川市教育委員会
地図 ふじさきべんてん
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かつらのき 天然記念物 県指定





カツラは、山地の谷沿いなどに生える落葉高木で高さ30メートル、太さは直径 2メートルにもなる。このカツラの木は、飯盛山から鞆淵谷に通じる山道にそびえる2株の巨樹である。西の谷に雄株、東の谷に雌株があり、いずれも巨大な樹 冠を形成している。秋の終わりに葉があざやかな黄色となり、麓からもよく見え、この地を通称桂の谷というほど有名である。

データ
所在地:紀の川市西脇/所有者:飯盛財産区
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:紀の川市教育委員会
地図 かつらのき
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しらかしのきょじゅ 天然記念物 県指定



写真 しらかしのきょじゅ

シラカシは、山野に生える常緑高木である。材は淡紅色だが、アカガシに比べて 色が淡いのでこの名がついた。このシラカシは九頭(くず)神社の本殿後方の社叢(しゃそう)の中にある。本幹の胸高周囲が3.9メートル、樹高20メート ル余りである。地上約2メートルのところで、ほぼ同じ太さの2枝に分かれ大きな樹冠を形成している。

データ
所在地:紀の川市麻生津中/所有者:九頭神社
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:紀の川市教育委員会
地図 しらかしのきょじゅ
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いわひばのてんねんぐんらく 天然記念物 県指定



写真 いわひばのてんねんぐんらく
写真 いわひばのてんねんぐんらく

しゅうへんたんぼう きのかわし


イワヒバはシダ植物門に属し、江戸の昔から現在に伝えられている古典園芸植物 である。このイワヒバは民家裏山の岩の露出面に密生して天然群落を形成している。かつて原始林でおおわれていたときの遺物ともいうべきイワヒバが宅地内に 天然群落の姿で良好に生育しているのが珍しい。

データ
所在地:紀の川市西山/所有者:個人所有
指定日:昭和39年5月28日指定
問合せ:紀の川市教育委員会
地図 いわひばのてんねんぐんらく
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いわでし しゅうへんたんぼう いわでし
 
えいふくじいぶきびゃくしんのたいじゅめいぼく 天然記念物 県指定



写真 えいふくじいぶきびゃくしんのたいじゅめいぼく
写真 えいふくじいぶきびゃくしんのたいじゅめいぼく


大きい株の本幹胸高周囲は4.34メートル、樹高約12メートル、樹冠の直径 東西19メートル、南北14メートルに及ぶ。もう一つの株は本幹の胸高周囲2.4メートルで、両者は接近しており、一つの樹のように見える。樹齢は大きい 方で約500年と推定される。この木には弘法大師(こうぼうたいし)が差し残した杖が根を出し、大樹になったという伝承がある。

データ
所在地:岩出市湯窪/所有者:栄福寺
指定日:昭和41年12月9日指定
問合せ:岩出市教育委員会
地図 えいふくじいぶきびゃくしんのたいじゅめいぼく
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しもなかじまのおおいちょう 天然記念物 県指定



写真 しもなかじまのおおいちょう


宅地の北端に立つイチョウの雌株で、本幹は胸高の周囲4.85メートル、高さ 約25メートルに及ぶ。地上約3メートルの辺りから支幹を張り出し、全体として東方に傾いた樹冠を形成している。この木は周囲からよく目につき、標識樹と なっている。秋に樹全体が黄色に染まった様は実に見事である。

データ
所在地:岩出市中島/所有者:個人
指定日:昭和41年12月9日指定
問合せ:岩出市教育委員会
地図 しもなかじまのおおいちょう
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かつらぎちょう しゅうへんたんぼう かつらぎちょう
 
せきぞうごりんそとばぐん 建造物 県指定



写真 せきぞうごりんそとばぐん
この卒塔婆群は、丹生都比売(にうつひめ)神社境内の東側にある。それぞれの 卒塔婆は2.1メートルから3.6メートルの砂岩または緑泥片岩製で、4基の卒塔婆には正応6年(1293)、正安4年(1302)、文保3年 (1319)、延元元年(1336)の刻銘がある。鎌倉時代から南北朝にかけての頃、修験行者の結衆(ゆいしゅう)が行った宗教行事の模様を窺わせる。修 験史研究上の重要な資料であるだけでなく、石造塔婆としても価値の高いものである。

データ
所在地:伊都郡かつらぎ町上天野/所有者:丹生都比売神社
指定日:昭和40年4月14日指定
問合せ:かつらぎ町教育委員会
地図 せきぞうごりんそとばぐん
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せきぞうほきょういんとう 建造物 県指定



写真 せきぞうほきょういんとう


丹生都比売神社北側杉本氏宅裏の小高い丘の頂上に西面して並んで立つ。両塔と も砂岩製で高さ約1.4メートル。向かって右側の塔身には月輪に四方仏(しほうぶつ)、左側の塔身には龕形(がんぎょう)に四方仏を浮彫りしている。建立 年代については笠石の隅飾りなどの形状から南北朝時代頃のものと考えられる。

データ
所在地:伊都郡かつらぎ町上天野/所有者:個人
指定日:昭和46年7月13日指定
問合せ:かつらぎ町教育委員会
地図 せきぞうほきょういんとう
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さざんかのろうじゅ 天然記念物 県指定



写真 さざんかのろうじゅ
サザンカは温暖な地方の山地に生える常緑小高木で、秋から冬にかけて花を咲か せる。このさざんかの老樹は、堀越観音(ほりこしかんのん)本堂の東側に位置し、サザンカとしては稀に見る大樹である。幹の周囲1.45メートルある。地 上1.35メートルのところで東と南の2枝に分かれ、それぞれ小枝を伸ばし直径5メートルの樹冠をつくっている。樹齢は明らかでないが、200年は超える ものと推定される。

データ
所在地:伊都郡かつらぎ町東谷/所有者:堀越観音
指定日:昭和34年1月8日指定
問合せ:かつらぎ町教育委員会
地図 さざんかのろうじゅ
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ちゅうせいのうこうようすいろもんがくゆ 史跡 県指定



写真 ちゅうせいのうこうようすいろもんがくゆ


宝来山(ほうらいさん)神社の裏手に文覚上人が開削したといわれる文覚井があ る。この用水路は、紀の川市との境を流れる静川(穴伏川)から取水し、山を越え萩原付近の水田までの約5キロメートルにおよぶ現役の水路である。

データ
所在地:伊都郡かつらぎ町笠田東/所有者:文覚井水利組合
指定日:昭和47年4月13日指定
問合せ:かつらぎ町教育委員会
地図 ちゅうせいのうこうようすいろもんがくゆ じごせのくすのき じんがんじ ほうらいさんじんじゃ 地図 ちゅうせいのうこうようすいろもんがくゆ
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たつのとい 建造物 国指定



写真 ちゅうせいのうこうようすいろもんがくゆ
灌漑用水路小田井が穴伏川を越えるために大正8年に造られた煉瓦石造アーチ 橋。渡井とは水路橋のこと。小田井は、紀州藩主の命により大畑才蔵らが造ったもので、当時の水路橋は木造であった。大水の際は度々流され、その都度水路は 使えなくなったので恒久的な橋に架け替えられた。小田井の水路橋では最大。

データ
所在地:かつらぎ町高田、紀の川市西野山 境
登録日:平成18年3月23日
問合せ:かつらぎ町教育委員会
地図 たつのとい ちゅうせいのうこうようすいろもんがくゆ じんがんじ ほうらいさんじんじゃ じごせのくすのき 地図 たつのとい
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くどやまちょう しゅうへんたんぼう くどやまちょう
 
さなだやしきあと 史跡 県指定



写真 さなだやしきあと
真田昌幸(まさゆき)・信繁(のぶしげ)〔幸村(ゆきむら)〕親子の屋敷跡と いわれる。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦い後、徳川家康の命で真田昌幸・幸村父子が高野山に幽居された後、高野山麓の九度山に移り住んだ。昌幸はこの 地で慶長16年6月4日に65歳で没した。幸村は父の死後も九度山に住んだが、大坂夏の陣で元和元年(1615)4月7日に戦死した。この父子の屋敷跡と 伝えられるこの地は歴史を偲ぶよすがとなる。

データ
所在地:伊都郡九度山町九度山/所有者:善名称院 
指定日:昭和51年3月11日指定
問合せ:九度山町教育委員会
地図 さなだやしきあと
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たまがわきょう 名勝 県指定



写真 たまがわきょう
写真 たまがわきょう にうのたき


高野町富貴に発する丹生川は同町河合で高野三山を源流とする清川と合流し、高 野町、橋本市を経て、九度山町を流れ、不動谷川に合流し紀ノ川に注ぐ。河合から不動谷川合流地点下流までの峡谷は玉川峡と呼ばれ、奇岩怪石やその間から大 小の滝をつらねる景勝地で、県の名勝に指定されている。渓谷に沿って数多くのキャンプ場が点在しており、シーズンには鮎釣りや紅葉が楽しめる。

データ
所在地:伊都郡九度山町・橋本市/所有者:九度山町
指定日:昭和33年4月1日指定
問合せ:九度山町教育委員会
地図 たまがわきょう
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ひらみかんのんいぬつげのろうじゅ 天然記念物 県指定



写真 ひらみかんのんいぬつげのろうじゅ
イヌツゲは山地の林縁や草地、湿地などに生える常緑小高木である。天然記念物 のイヌツゲは、観音堂前を東西に通じる道の南側の石垣のへりに繁る。樹齢は不明だが、元来イヌツゲは成長の遅い樹木であるため、このように周囲1メートル に余る本幹を形成するには少なくとも200年以上を要するものと推定される。イヌツゲとしてはまれに見る老大樹で、全国的にも例を見ないものである。

データ
所在地:伊都郡九度山町丹生川/所有者:青淵組中
指定日:昭和35年3月12日指定
問合せ:九度山町教育委員会
地図 ひらみかんのんいぬつげのろうじゅ
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わかやまじょう 地図 かのうもろひらはか たまがわきょう ひらみかんのんいぬつげのろうじゅ まえだけじゅうたく なごそはいじあと ほうらいさんじんじゃ じんがんじ じごせのくすのき 地図 ちゅうせいのうこうようすいろもんがくゆ ほうらいさんじんじゃ じんがんじ せきぞうごりんそとばぐん にうつひめじんじゃ じごせのくすのき 地図 せきぞうほうきょういんとう ほうらいさんじんじゃ じんがんじ にうつひめじんじゃ せきぞうほうきょういんとう じごせのくすのき 地図 せきぞうごりんそとばぐん まるやまこふん 地図 いわひばのてんねんぐんらく もりたせっさいおうぼち りゅうもんざんのじしゃくいわ 地図 きいしもつけぐんせいち もりたせっさいおうぼち きいしもつけぐんせいち 地図 りゅうもんざんのじしゃくいわ きいしもつけぐんせいち りゅうもんざんのじしゃくいわ 地図 もりたせっさいおうぼち こののはいじとうあと ?????????§?¶?‡???????? 地図 おおはたさいぞうしょうぜんのはか こののはいじとうあと おおはたさいぞうしょうぜんのはか 地図 とやしんうえもんのぼち とうしょうぐう 地図 とうしょうぐう てんまんじんじゃ かいぜんいん かだかすがじんじゃ ようすいえん 地図 すいけんていぼう わかやまじょうおかぐちもん おかやまのねあがりまつ 地図 おかやまのじしょうどう