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トップテーマ別探訪15コース>高野山関連文化財を訪ねて
 

たずねる てーまべつたんぼうじゅうごこーす こうやさんかんれんぶんかざいをたずねて

高野山の鎮守として仰がれる丹生都比売神社、九度山町慈尊院から壇 上伽藍・奥の院御廟に至る高野山への参詣道・高野山町石、高野山開創にあたり空海が勧請した丹生官省符神社、空海の母親が眠る慈尊院を巡るコースです。

地図 コース図

 
にうつひめじんじゃ



写真 にうつひめじんじゃ ぜんけい

しゅうへんたんぼう かつらぎちょう

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丹生都比売神社は、丹生四所明神(にうししょみょうじん)、又は天野大社とも 呼ばれ、神霊あらたかな神社として崇敬厚く、現在も高野山の鎮守として仰がれている。この地域の地主神(じぬしがみ)である丹生明神と、高野山開創に関係 のあった狩場明神(高野明神)および承元2年(1208)に遅れて勧請された気比明神と厳島明神の四柱を第一殿より第四殿にそれぞれ祀っている。本殿・楼 門は重要文化財建造物。境内地は国の史跡指定を受けている。

データ
所在地:伊都郡かつらぎ町上天野/所有者:丹生都比売神社
問合せ:かつらぎ町教育委員会


地図 にうつひめじんじゃ
写真 にうつひめじんじゃほんでん


にうつひめじんじゃほんでん

建造物 国指定 世界遺産コア物件

本殿の建立年代は第一殿が正徳5年(1715)、第二殿と第四殿が文明元年 (1469)、第三殿が明治34年(1901)である。各殿とも一間社春日造(いっけんしゃかすがづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)の建物で、四社が並立し ている。一間社春日造(いっけんしゃかすがづくり)の社殿として日本最大級の規模を持ち、その立ち並ぶ様は圧巻である。
[指定日:昭和40年5月29日]


写真 にうつひめじんじゃ ろうもん


にうつひめじんじゃろうもん

建造物 国指定 世界遺産コア物件

丹生都比売神社楼門は入母屋造(いりもやづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)の三間 一戸の大型門で、室町時代中期の様式を示している。建築年代は平成5年の解体修理で発見された墨書から明応8年(1499)であることが判明し、木太く安 定した形で、時代の指標となる建物である。
[指定日:明治41年4月23日]
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こうやさんちょういし 史跡 国指定 世界遺産コア物件



写真 こうやさんちょういし

しゅうへんたんぼう かつらぎちょう
しゅうへんたんぼう くどやまちょう



データ
所在地:伊都郡高野町・かつらぎ町・九度山町
指定日:昭和52年7月14日指定
問合せ:かつらぎ町教育委員会、九度山町教育委員会
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にうかんしょうぶじんじゃ 建造物 国指定 世界遺産コア物件



写真 にうかんしょうぶじんじゃ
当社は空海が高野山を開創するにあたり、丹生明神・高野明神を勧請したことに 始まる。本殿は同規模の、一間社春日造(いっけんしゃかすがづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)の社殿で、3棟が並立している。棟札により天文10年 (1541)の再建と考えられるが、第二殿の墨書に見られる永正14年(1517)頃には造営が始められていた。規模は小さいが、細部彫刻等に見るべきも のがある秀逸な遺構である。

データ
所在地:伊都郡九度山町慈尊院/所有者:丹生官省符神社
指定日:昭和40年5月29日指定
問合せ:九度山町教育委員会
地図 にうかんしょうぶじんじゃ
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じそんいん



写真 じそんいん ぜんけい

しゅうへんたんぼう くどやまちょう

慈尊院は空海の母親が居住した所で、母の没後ここに廟を建て弥勒仏(みろくぶ つ)を安置したと伝えている。「女人高野」ともいわれ、女性の参拝客も多い。弥勒堂は重要文化財建造物。築地塀・北門、多宝塔(以上県指定建造物)は寺院 境内の構えをよく残し、高野山町石の史跡地に含まれる。

データ
所在地:伊都郡九度山町慈尊院/所有者:慈尊院
問合せ:九度山町教育委員会


地図 じそんいん

写真 じそんいんみろくどう
じそんいんみろくどう

建造物 国指定 世界遺産コア物件

弥勒堂は方三間、宝形造(ほうぎょうづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)の安定感の ある低い建物で、内部の中央に一間四方の内陣(ないじん)を構え、この部分は古式で鎌倉時代とみられる。外陣(げじん)は天文9年(1540)の墨書があ り、室町時代に寺地を移したとき、旧建物を移築し、建立したものと考えられる。
[指定日:昭和40年5月29日]


写真 じそんいんきたもん
じそんいんきたもん

建造物 県指定

北門は大規模な切妻造(きりづまづくり)、本瓦葺(ほんがわらぶき)の四脚門 (しきゃくもん)で、両袖に築地塀(ついじべい)が連なる。数回の修理を経ており、屋根廻りの部材は旧材が失われているが、軸部の柱・虹梁型頭貫(こう りょうがたかしらぬき)・蟇股(かえるまた)などは当初材で、これらの形状から建立年代は16世紀後期と考えられる。中世の大規模な門の遺構として貴重で ある。
[指定日:平成5年4月13日]


写真 じそんいんついじべい


じそんいんついじべい

建造物 県指定

北門の左右に続く築地塀は、室町時代後期に造られたもので、高さ2.4メート ル、曲折れ延長156メートルの大規模なもので、境内を画する一連の施設として貴重である。
[指定日:平成5年4月13日]


写真 じそんいんたほうとう


じそんいんたほうとう

建造物 県指定

多宝塔は境内の西端に位置する。下層柱間三間、銅板葺(どうばんぶき)〔もとは 檜皮葺(ひわだぶき)と思われる〕の多宝塔で、大規模で木太く組物もしっかりと造られている。頭貫(かしらぬき)の木鼻(きばな)の彫物や垂木(たるき) などの形式は17世紀前期の様相を伝えるもので、高野山文書に納められた寛永元年(1624)の棟札写しと符合する。数少ない大規模で正統的な多宝塔であ る。
[指定日:平成6年4月20日]
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にうつひめじんじゃ こうやさんちょういし にうかんしょうぶじんじゃ じそんいん にうかんしょうぶじんじゃ さなだやしきあと さなだやしきあと じそんいん にうかんしょうぶじんじゃ じごせのくすのき じんがんじ ほうらいさんじんじゃ せきぞうごりんそとばぐん せきぞうほうきょういんとう 地図 にうつひめじんじゃ にうつひめじんじゃ こうやさんちょういし にうかんしょうぶじんじゃ じそんいん せいしゅうのさと こうやぐちぱいるしりょうかん はしもとしきょうどしりょうかん しゆうえん 地図 コース図