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トップテーマ別探訪15コース>中世の仏堂を訪ねて

 
たずねる てーまべつたんぼうじゅうごこーす ちゅうせいのぶつどうをたずねて
中世の神仏習合思想に基づき、神社の祭神のために仏事を行ったと伝 えられる神宮寺であった鞆淵八幡神社大日堂、神願寺をはじめ、行基が造営した利生護国寺を巡る、中近世の社寺建築をめぐるコースです。




地図 コース図


 
ともぶちはちまんじんじゃ



写真 ともぶちはちまんじんじゃ ぜんけい
データ
所在地:紀の川市中鞆渕/所有者:鞆淵八幡神社
問合せ:紀の川市教育委員会


地図 ともぶちはちまんじんじゃ

写真 ともぶちはちまんじんじゃ ほんでん
ともぶちはちまんじんじゃほんでん

建造物 国指定

本殿は、棟札によると寛正3年(1462)に再建されたもので、構造・手法も室 町時代中期の建築の特徴をよく表している。三間社流造(さんげんしゃながれづくり)、檜皮葺(ひわだぶき)の社殿で、正面に一間の向拝(ごはい)を付け る。この本殿は県内には類例のないいわゆる「前室付き」で、蟇股(かえるまた)や手挟(たばさみ)等の彫刻は京都系の細部意匠を持っており、石清水八幡宮 (いわしみずはちまんぐう)の別宮として創建された本神社の京都との関係が伺える。
[指定日:昭和11年4月20日]


写真 ともぶちはちまんじんじゃ だいにちどう
ともぶちはちまんじんじゃだいにちどう

建造物 国指定

八幡神社の神宮寺(じんぐうじ)の本堂で、大御堂(おおみどう)ともよばれた。 境内の右寄りの本殿より一段低いところに建つ。神宮寺当時の名残を思わせる堂々とした建物で、正面五間、梁間五間、寄棟造(よせむねづくり)、本瓦葺(ほ んがわらぶき)で、建立年代は明らかではないが、構造・様式からみて室町時代前期とされる。前面の外陣(げじん)を広くとるため虹梁(こうりょう)を架け 渡し、小天井を設ける外陣架構(かこう)形式〔和歌山式架構〕を採る代表的な建築で、内陣(ないじん)の須弥壇(しゅみだん)上に附(つけたり)指定の厨 子がおかれている。この厨子は三間厨子で屋根を作らないが、細部にいたるまで丁寧に造られている。
[指定日:昭和6年1月19日]
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じんがんじ 建造物 県指定



写真 じんがんじ

しゅうへんたんほう かつらぎちょう

データ
所在地:伊都郡かつらぎ町萩原/所有者:神願寺
指定日:平成11年7月9日
問合せ:かつらぎ町教育委員会

地図 じんがんじ
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りしょうごこくじ 建造物 国指定




写真 りしょうごこくじ

しゅうへんたんほう はしもとし
聖武天皇の勅(ちょく)をうけ僧行基(ぎょうき)が造営した四十九院の一つと され、奈良西大寺との関係が深い。本堂は南北朝時代に兵火で焼失し、天授年間(1375〜1381)に再建されたものといわれている。本堂は寄棟造(よせ むねづくり)、本瓦葺(ほんがわらぶき)の建物で、簡素であるが上質で中世の奈良系仏堂としての特徴をよく伝え、和歌山系の仏堂とは異る構造をもってい る。

データ
所在地:橋本市隅田町下兵庫/所有者:利生護国寺
指定日:昭和40年5月29日指定
問合せ:橋本市教育委員会

地図 りしょうごこくじ
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ともぶちはちまんじんじゃ 14.4キロメートル じんがんじ 17.2キロメートル りしょうごこくじ ともぶちはちまんじんじゃ じんがんじ りしょうごこくじ せいしゅうのさと かわかみしゅでんしょうかん こうやぐちぱいるしりょうかん しゆうえん はしもとしれきししりょうかん 地図 コース図 ほうらいさんじんじゃ じごせのくすのき 地図 じんがんじ