Listen to this page using ReadSpeaker
トップページへ


きーわーどでしらべる
ぶんかざいけんがく・かんしょうじょうのちゅうい
たずねる こーすいがい ちずをみる ぶんかざいのしゅべつ りんく こうつうあくせす


トップテーマ別探訪15コース>紀州徳川家の関連文化財を訪ねて


たずねる てーまべつたんぼうじゅうごこーす きしゅうとくがわけのかんれんぶんかざいをたずねて

紀州徳川家55万5千石の栄華を探訪するコースです。初代藩主徳川 頼宣が創建した東照宮、紀州徳川家の居城・和歌山城、8代藩主重倫と10代藩主治宝の縁りの寺・十禅律院、治宝が造営した養翠園を巡ります。


地図 コース図

 
ようすいえん 名勝 国指定

写真 ようすいえん

しゅうへんたんぼう わかやまし
養翠園は紀州徳川家第十代藩主徳川治宝(はるとみ)が西浜御殿の一部として文政 年間(1818〜30)に営んだ別荘で、約33,000平方メートルにおよぶ大名庭園である。池泉回遊式(ちせんかいゆうしき)庭園で東西に長い池を主体 に、その中央部に三つの反り橋を持つ西湖堤(さいこつつみ)があり、池の西側に書院(養翠亭)を配している。旧態をよく残しており、四季折々の花木が季節 を感じさせる。

データ
所在地:和歌山市西浜/所有者:(株)養翠園
指定日:平成元年12月8日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 ようすいえん

▲このページの上部へ







 
とうしょうぐう 建造物 国指定




写真 とうしょうぐう ぜんけい
東照宮は和歌浦権現山(ごんげんやま)にあり、徳川家康と秀忠の二公を祀って いる。頼宣が元和5年(1619)に紀州に入国し、その翌6年に造営したものである。権現造の本殿ほか7棟(重要文化財)は江戸初期の代表的な霊廟(れい びょう)建築であり、その壮麗さ・豪華さから「紀州の日光」と呼ばれる。また、歴代藩主の奉納した刀剣、甲冑、装束など多くの文化財を所有している。


地図 とうしょうぐう

データ
所在地:和歌山市和歌浦西二丁目/所有者:東照宮
指定日:大正5年5月24日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
写真 とうしょうぐう からもん ほんでん ろうもん

しゅうへんたんぼう わかやまし

▲このページの上部へ

ふろうばし 地図 ふろうばし  
かいぜんいん 建造物 市指定






写真 かいぜんいん

しゅうへんたんぼう わかやまし

海禅院は、紀州徳川家初代藩主頼宣(よりのぶ)の母、於万(おまん)の方が、 夫家康の33回忌に法華経の題目を埋め、その上に小堂を建てたことに始まる。頼宣が明暦元年(1655)に多宝塔に建て替えさせたもので、さすが藩の御大 工が携わっただけあり、総欅(そうけやき)造りの正統で上質な建物であり、和歌浦の景観を構成する上でも重要な要素である。


所在地:和歌山市和歌浦中/所有者:海禅院
指定日:昭和42年2月14日
問合せ:和歌山市教育委員会

地図 かいぜんいん
▲このページの上部へ

 
わかやまじょう 史跡 国指定





写真 わかやまじょう



しゅうへんたんぼう わかやまし

羽柴(豊臣)秀吉が紀州攻め直後に、弟秀長をおいて現在地に築城した。その 後、浅野氏を経て御三家紀州徳川氏の居城となる。和歌山平野を一望できる虎伏山(とらふすやま)に立つ。天守閣は昭和33年(1958)に再建され、和歌 山市内の各所から仰ぎ見ることができる。城内にある岡口門は重要文化財、西之丸庭園(紅葉渓庭園)は国指定名勝である。

データ
所在地:和歌山市一番丁/所有者:和歌山市
指定日:昭和6年3月30日指定
問合せ:和歌山市教育委員会・和歌山城管理事務所


地図 わかやまじょう

写真 おかぐちもん
わかやまじょうおかぐちもん

建造物 国指定

岡口門は天守台の東南に位置し、東面して建つ。浅野幸長(あさのよしなが)が入 城した時には大手門であったが、元和5年(1619)大手を一の橋に移した際に改修され、搦手門(からめてもん)となった。現在の建物は元和再興時の建立 と考えられている。櫓門(やぐらもん)構造で、正面三間片潜戸付(かたくぐりどつき)、二階は一室としている。土塀は門の向かって右側に続き、延長40 メートルあり、12箇所の銃眼を設けている。
[指定日:昭和32年6月18日]


写真 にしのまるていえん(もみじだにていえん)
わかやまじょうにしのまるていえん もみじだにていえん

名勝 国指定

この庭園の作庭年代は明らかではないが、紀州徳川家初代藩主・徳川頼宣(よりの ぶ)の入部にともない整備されたものと思われる。東に内堀、南に鶴の渓がつながる急傾斜を活用して作られていて、内堀を池に見立て、その上に池亭「鳶魚閣 (えんぎょかく)」を配する。本庭園は、豪壮な池辺の石組や雄健な滝口、軽快な流れなど、材料、意匠ともに優れ、江戸時代初期の城郭庭園として貴重であ る。
[指定日:昭和60年11月27日]
▲このページの上部へ

 
あみだじ 建造物 県指定






写真 あみだじ

しゅうへんたんぼう わかやまし
阿弥陀寺本堂は、もと大智寺にあった徳川二代将軍秀忠(ひでただ)の霊屋(れ いおく)で、寛永9年(1632)紀州初代藩主徳川頼宣(よりのぶ)により建立された。外部は禅宗様・内部は和様で統一され、漆・彩色・金具等で飾りたて た絢爛豪華な建物である。明治4年(1871)現在地に移された。

データ
所在地:和歌山市鳴神/所有者:阿弥陀寺
指定日:昭和60年7月26日指定
問合せ:和歌山市教育委員会
地図 あみだじ
▲このページの上部へ

 
じゅうぜんりついん 建造物 県指定






写真 じゅうぜんりついん ぜんけい


十禅律院は天台宗安楽律院派に属し、粉河寺の北東隣接地に寺地を占める。寛政 12年(1800)に粉河寺の子院「十(住)禅院」を律院として再興することに始まり、天保年間に現在の寺観が整ったと考えられる。現在も上質な建造物群 を残しており、中でも庫裡(くり)は類例の少ない貴重な遺構である。本堂・庫裡・護摩堂・塗上門(ぬりあげもん)の4棟は県指定建造物。


地図 じゅうぜんりついん


所在地:紀の川市粉河/所有者:十禅院
指定日:平成15年3月18日
問合せ:紀の川市教育委員会




写真 じゅうぜんりついん ほんどう ごまどう くり

しゅうへんたんぼう きのかわし


▲このページの上部へ



トップテーマ別探訪15コース>紀州徳川家の関連文化財を訪ねて

こかわでら 地図 じゅうぜんりついん ようすいえん 4.5キロメートル とうしょうぐう 1キロメートル かいぜんいん 4.9キロメートル わかやまじょう 4キロメートル あみだじ 23.5キロメートル じゅうぜんりついん いちのはしのくすのき おかやまのじしょうどう おかやまのねあがりまつ 地図 わかやまじょう ふろうばし かいぜんいん てんまんじんじゃ 地図 とうしょうぐう すいけんていぼう 地図 ようすいえん しりつはくぶつかん しりつはくぶつかん けんりつきんだいびじゅつかん けんりつはくぶつかん けんりつきんだいびじゅつかん けんりつはくぶつかん わかやまじょう ようすいえん かいぜんいん とうしょうぐう あみだじ きいふどきのおか しょくぶつこうえんりょっかせんたー じゅうぜんりついん しょくぶつこうえんりょっかせんたー いわでちょうみんぞくしりょうかん いわでちょうみんぞくしりょうかん うちたちょうれきしみんぞくしりょうかん せいしゅうのさと まんようかん 地図 コース図