第15回和歌山県人権施策推進審議会議事録

第15回和歌山県人権施策推進審議会議事録

第15回和歌山県人権施策推進審議会
日 時 平成15年12月19日(金曜日) 13時~15時半
場 所 和歌山市 アバローム紀の国
議 題

(1)人権施策基本方針総論について
(2)その他

出席委員

稲垣委員 大畠委員 谷口委員 辻委員 月山委員 都村委員 中村委員
村田溥委員 村田恭委員 柳瀬委員 吉澤委員

配布資料

(1)人権施策基本方針(案)
(2)和歌山県人権侵害事件対策委員会設置要綱

内 容

委 員

それでは、ただ今から、第15回の審議会を開催させて頂きます。

なお、本日は、前回の審議会に引き続きまして「人権施策基本方針総論について」のご審議をお願いしたいと思います。

前回は、第1章と第2章についてご審議を賜りました。今日は、第3章からご審議を賜りたいと思います。

最初に、事務局から第3章の概要についてご説明を頂きまして、その後、各委員からご意見等を賜りたいと存じます。

なお、第4章もできれば、今日中にご審議を賜りたいと考えております。

それでは、最初に事務局から第3章の概要についてご説明願います。

事務局

事務局からご説明させて頂きます。

第3章の各分野別施策の最初の部分、21ページでございます。さまざまな人権の中に入っていた「公権力と人権」、「環境と人権」、「情報と人権」を総論の最初に記載しましたが、小委員会で審議した結果、各論の最初に持ってきた方が良いではないかということになり、ここに付けさせて頂きました。

「はじめに」という部分については、本章においては、施策の体系化のため便宜上、人の持つさまざまな属性に視点をあてて施策の基本方向などを示していますが、現実社会の中では、これらの人権は互いに重なり合って存在していることを十分認識した上で施策を実施していくということ。また、行政や企業活動、県民の日常生活の中で、すべての人がその人権を侵害される当事者となりうる問題の重要度が増してきていることから、まずこの問題を取り上げ、そして分野別施策を示すように書いてございます。

それから「公権力と人権」については、現代社会において、国民の権利・自由に関わる行政のあり方が、人権上極めて重要な問題となってきています。公権力による人権侵害には、法律や制度など公権力がつくり出す仕組み自体の問題と、行政職員が全体の奉仕者としての精神や人権意識に欠ける言動を行うことによるものとがございます。本県においては、職員研修や制度・業務の点検・見直しを通じて、人権の視点に立った行政を推進してございます。また、県民の側においても、人権尊重の社会づくりの主体者として、行政に対して監視の目を向けることが大切であるということを書いてございます。

また、「環境と人権」については、便利さの追求を背景とした、生活環境や自然環境の破壊に対して、人間の現在及び将来の生命と健康を守るための当然の権利として、「環境権」が主張されるようになりました。今日、環境問題は廃棄物問題など地域的な問題から、地球温暖化や化学物質問題など地球的規模で未来に影響を及ぼす問題へと拡大しており、国内外でさまざまな取組が実施されております。本県においても環境基本条例制定やISO14001の認証取得など、環境負荷の低減に取り組む一方、「緑の雇用事業」の推進によって、二酸化炭素吸収源である森林の保全・育成に努めています。また、いわゆる環境ホルモンについては、未解明の部分が多いため、国などの調査結果等の情報収集を行うとともに、ダイオキシン類対策についての庁内推進体制を整備するなどして、総合的な対応を進めています。行政や企業、県民が環境問題は重要な人権問題との認識のもと、社会経済システムの再構築や生活様式の転換に主体的、積極的に取り組むことが求められております。

また、「情報と人権」では、情報化社会の急速な進展の中、個人情報の保護は、プライバシー保護の観点から国民一人ひとりに保障されるべき基本的人権の問題との考えが広まってきています。国は「個人情報保護法」を施行し、また本県も個人情報のコントロール権などを定めた「個人情報保護条例」を施行し、個人の権利、利益の保護を図っています。また、ホームページなどを利用したプライバシーに関わる人権侵害に対して、いわゆるプロバイダー責任制限法が制定されましたが、本県ではこの対策強化を今後とも国に求めるとともに、一人ひとりの人権意識の高揚を図り、利用者のモラルの向上に努めます。一方、行政に対する主権者の権利として要求されたものが「知る権利」であり、本県では県民に「説明する責務」を果たし、「知る権利」を尊重するため、「和歌山県情報公開条例」を制定しましたが、情報公開にあっては個人情報について最大限の保護を行うこととしています。

以上が第3章の最初の部分の記述の概要であります。以上でございます。

委 員

この分野別施策の推進を論じるに当たりましては、最初に何が問題かということを「はじめに」のところで挙げました。なお、さまざまな人権問題については、分科会から、これは総論として取り上げる方が良いのではないかということで、総論部分に入ってきたという経緯がございます。それで、総論部分で検討して頂きました。しかし、ある意味では、非常に言い足らない点といいますか、各分野別で審議した時に問題であるとされたところが、ここに果たして表現されているかどうか、取り上げられているかどうかという点についての懸念がありますし、また、その取り上げ方がどうかということについての各委員方のご意見もあろうかと思いますので、それについて各委員方のご意見を賜りたいと思います。

最初に、「はじめに」というところと、「公権力と人権」について、まずご意見を頂戴したいと思います。

委 員

この3つのテーマは、全体の印象としては、短いわりに手際よくまとめられていると思います。ただ「はじめに」のところの2行目に書かれている「属性」については、言葉の使い方が違うのではないですか。このことについて、後で検討して下さい。ここのものは、当たらないような気がします。やはり性別、年齢別、特性別と言いますか、そういう視点より具体的に書いた方が良いのではないかと思います。それとも、何も書かないかのどちらかです。

それから、こういう短い文ですから、長くする意見は差し控えておきます。

最後のところに、「県民の側においても、一人ひとりが人権尊重の社会づくりの主体者として、行政が行う施策やその職員の対応等について、監視の目を向けることが大切です」とありますが、一定の監視の目、いわゆる評価のシステム、県民が何らかの意見を表明する方法・システムを具体的に書かないと、こういうことを書いても意味がないと思います。

委 員 今の委員のご意見につきまして、他の委員の方、あるいは事務局から補足的な説明をお願いできますか。
事務局

属性につきましては、一度調べさせて頂きたいと思います。

それから、システムの構築といったことの方が、具体的ではないかというご意見であると思うのですが、そういう点についても、どう書けるか検討させて頂きます。

委 員 こう書く以上は、もう少し具体的に書かないと、書いても意味がないと申し上げているのであって、評価の方法とか、システムとか、つまり県民に何かの意見があったとしても、表明する方法はないと思いますので、具体的に検討して欲しいということです。
委 員 今、委員が言われるように、第4章の「施策の推進にあたって」のところで、具体的に県民が意見を述べる機会というものを構築するというようなことがあればともかく、実際上、委員が言われたような点が、ただ抽象的に、県民に対して、監視しなくてはいけないと警告するだけで良いのか。それとも、意見を持った県民が、その意見を述べる機会をどういう方法で確保するかということについて、事務局でどう考えておられるのか。ここに書かれている意味が一般的に、こういうことを県民としての責務として謳い上げ、それによって足りると思っておられるのか。そうではなくて、謳う限りは県民に対して何らかの意見を述べる機会を確保するという立場でおられるのか、その点について事務局はどのようにお考えですか。
事務局 これからの人権ということで考えている中では、市町村のネットワークは、どうしても欠かせない問題でありますので、それらの組織のネットワークの強化を図っていきたい。あるいは、人権啓発センターが財団法人という形で、民間ということになりまして、その中で民間同士のネットワークをつくり、色々な意見がすべて挙がってくるようなシステムを作っていきたいと思ってございます。それと相談業務の強化も進めていきたい。今も相談業務を行っていますが、まだ少ない状態でありますので、そういった面で力を入れていきたいと考えてございます。
委 員

県民の責務ということが謳われているわけです。県民が責務を果たすルートとして、どういうルートがあるのか。ただ、こういう宣言をして、県民自身ということだけなのか。

例えば、行政職員については、職員の組織の中において、色々と人権的な施策を啓発したり自らのものにしたり、また自分の戒めにする機会があるかと思います。

一方、県民については、どういう発言する機会を持っておるのか、持たしておるのか、予定しておられるのかということです。この基本方針の中で、この程度の謳い方だけで良いかどうか。もう少し実のあるものとして、具体的に担保する方法を謳い込んだ方が良い、あるいは謳い込まなければいけないかどうかについて、委員方のご意見はどうでしょうか。

委 員

私も、今のご意見のようなことを質問したかったのですが、22ページ、環境と人権の上、「また、県民の側においても、一人ひとりが人権尊重の社会づくりの主体者として、行政が行う施策やその職員の対応等について、監視を向けることが大切です」と2行で済ましている。

ここの部分を、どういうシステムがあるのか、窓口があるのか、もう少し付け加えた方がいいのではないか。実際に問題が起こった場合、あそこに行けばという意味合いがあると思います。これでは抽象的すぎるので、もう1、2行入れたらどうかという思いがしました。

委 員

第4章の2の下から2行目に、県民の満足度という主観的な言葉があり、それを尺度としています。それと関連して、私も委員方のご意見と同じ様な思いを抱いておりました。

それと、あと2点ですが、属性というところ、「属性に視点をあてて」という視点をあててということにも引っかかりを覚えたのですが、属性というものは広義の意味の使い方と、それから狭義のきっちりとした哲学的な規定とがあると思うのですが、広義にはこういう使い方もあろうかと思います。でも属性など、せめて「など」という視点で、より正確には観点からということではないかと思って、納得しておりました。

それと、22ページ、これは具体的な例として挙げて頂いて、非常に良いとは思うのですが、下から3行目、「緑の雇用事業」が言葉として先に出ています。むしろ、「貴重な二酸化炭素吸収源である森林の保全・育成に努める」という、環境への負荷の低減と並ぶものとは、後先を替えて頂く方が、緑の雇用事業が自然なかたちで生きてくるのではないかと思います。

委 員

全体との関係ですが、行政の立場で決める基本方針ですので、どうしても立場は、行政職員という表現がよく見られるし、それが中心になるのだろうという感じもしないこともない。

しかし我々としては、これは県がやることであり、その場合の県は特に行政職員を意識するのではなく、行政職員はもちろん県民全部を含めた県ということ、行政というものを睨んで言うことだと思います。行政職員と県民というふうに2つに分けた場合に、県民に対する期待は全く具体化しない。

また具体化しようにも、どういう方法で具体化するのかということが、どうも薄らいでいるように思うのです。委員方で、そういう点について、ご意見があれば、お聞かせ願いたいと思います。

私の言い方が悪いのかも知れませんが、行政の立場で施策をする場合の県民との関連ですけれども、県民は施策を受ける立場だという意識が良いものかどうか。県民自身が自ら施策に対して深く関わっていくという立場が、やはり必要だと思います。与えられるもの、与えられる立場、そういう意味から監視するということだけで良いのかという気持ちがするのですが、そのことについて、委員方のご意見はございませんか。

委 員

今のご意見が、重要だと思います。つまり、この文章が行政関係者のマニュアル的なものであれば、行政云々で構わない。

しかし、行政の関係者も含めた県民全体を対象にして、アピールして行こうという文章であり、その中で行政職員の責任と仕事もこうだということならば、行政職員、県民という分け方は、具合が悪いと思います。

まず全体として、行政も含めて県民全体のモデルを示し、そのあとで行政職員のモデルを、県民としてのモデルを示すという書き方の方が良いのではないかと思います。

委 員

この公権力と人権のかたちで書いているところは、全般的に順に見ると、公権力によって、一般人民の権利が侵害されるというかたちで全体として総論を書き、そして今日社会問題になっているというかたちが来ている。

それで、どこから和歌山県の話に、それを繋いで行くのか。繋いで行く時に、主体を県民というかたちで進めてきて、それで公権力によって権利侵害を受けるという県民の立場から書いていくということだと思います。全体として始めから悩みがあるのは、この条例が県の行政側のつくられた条例としてあるのか。それとも県民の側からの条例であるかということの問題点は、今後も続くと思うのです。人権施策の条例内容の基本方針をつくっていくということですから、書き込んでおかないといけない部分が、行政側から書けば、県民にお願いというかたちの文章になる。

あるいは、県民の側からすれば、行政に対する要望でもある。「行政職員は、」と書きながら、「本県においては、」というかたちへ移っていく部分の繋がりの部分が非常に難しい。それから一番最後の、「県民の監視の目を向ける」という部分も、行政側から書いた文章での県民の姿であるのか。

あるいは県民の側から一体どのようなかたちで、少なくとも県がもっとはっきりと主張できる場、あるいは組織をきちんと積み上げなくてはいけないという部分と、欠落が出てくるのではないだろうかと思うのですけど。

委 員 この辺は、はっきりとし難いところですが、行政の施策ということからすれば、行政の主体がやることであり、従って主体についての問題だという捉え方で済まして良いのかどうか。施策とは言いながら、県民のための施策なのであり、人権問題というのは県民の問題というところから、施策を考えた場合でも、県がということである。それを県職員がという限られた考え方で進んで良いのかどうかということがある。今まで、そういう方針で来ているのですが、そこをもう一度考え直す必要があるのではないかということですけれども。
委 員

県というのは、多分、県職員、行政職員以外も含まれたかたちだと思うのですが、すべてが関わっていかなくてはいけないことに、行政職員がと特別に書かれていることに対する違和感をすごく感じるのです。行政職員だけの問題なのだろうかと思います。

今まで全体に流れているのは、確かに県の施策上の考え方であっても、行政職員だけの問題ではなく、行政職員だけができれば良いということではないはずなのに、突出して出てくることに対して、ここでは行政職員だけの問題なのかなと非常に違和感を感じるのですが。

委 員

特に、行政職員がというような打ち出し方をしなくてはいけない理由があるのでしょうか。県民あるいは県はという言葉ではいけないのか。どうして行政職員という視点の捉え方をしなくてはいけないのか。

行政職員と県民を相対的に大きく対立させて、人権とは行政職員とはこうあるべきだ、県民とはこうあるべきだと分けて考えられるようなものだろうかと思うのです。今まではその方で進んできている。

ただ、施策と言っても、ただ単に施策を施す者の立場ということで、考えていくことかどうか。施策とは県民があっての施策ですから。行政と言えば、それ程不自然に感じませんが、行政職員ということまで特に書いていることは、どこに意味があるのでしょうか。行政というものは、こうあるべきだということは分かるのだが、行政職員はとかは。

委 員

公権力の濫用によって一般市民が虐げられるという歴史的経緯がイメージとしては拭えないものがあると思います。そこで、これまでの各論には入らない、公権力という部分であえて触れられ、その公権力の主体者である行政職員ということで、あえて挙げているのではないかと思うのです。

まだ、挙げた方が良い側面も私自身は感じられなくはないです。全くなくなると、公権力を語ることもなくなってしまう可能性があるのではないかと思います。

委 員 公権力について、私は素直に読みまして、県民が公権力を行使する行政や行政職員を監視するという流れで読んだのです。「最後に監視の目を向けることが大切です。」の部分で、それではそれをどうすれば良いのかというところだけに引っかかりました。公権力は、やはり行政、行政職員という記述で良いのではないかと思います。そのまま素直に読むと、公権力と人権ということならば、公権力を行使するという部分で行政の施策であり、職員の対応というところにあります。県民の側からは監視の目を向けるというところで具体性が欠けているという話がありましたが、そのまま素直に読みました。
委 員

ハンセン病の問題、あるいは部落差別の問題、女性問題、こういう問題は行政職員がやったことなのでしょうか。機構として統治する側、行政がつくり出したことであっても、いわゆる行政職員がやったという捉え方をすることは、基本的に間違った方向に行ってしまう恐れがないかと思うのです。

そうではなくて、自治体なら自治体として、議会もあれば、色々な機構がある。そういう自治体としての機構全体が、例えばハンセン病の問題を引き起こしていった。行政職員が問題を生みだしたという捉え方で良いのかどうか。私が間違っているかも知れませんけれども、何かご意見があれば。

委 員

今おっしゃったように、ハンセン病が行政職員の問題だけで引き起こされたことではないという認識に立つのですが、例えば、福祉に携わる職員は、一般市民よりも人権に関する配慮をするべきであるというような教育がなされたり、あるいは資格の発行の際に述べられたりするわけです。

そういったことと同じように、公権力に携わる職員は、一般市民よりもさらに質の高い、レベルの高い人権への配慮や認識や言動が必要だということにおいて、自ら挙げられたのではないかと理解します。

委 員 人権問題に携わる職員として、行政職員については、また別個の問題として取り上げなければいけないと思います。公務員の中でも人権に深く関わる職員があります。そういう者に喚起する意味での責任、あるいは責任をどういうふうにして遂行するかという意味での行政職員です。人権に関わる人間としての捉え方と公権力という場合とは、少し違うのではないでしょうか。
委 員

複雑な問題ですが、文章で表現すると、行政が公権力を行使するという場合が非常に強い。公権力は、例えば法律をつくると、法律とその実行を制度的に維持する。例えば、警察はそうやっています。そういうのが基本的に公権力の基本的な姿で、行政というのは、公権力を支えるというか、実行するというか、執行するというか、そういう一部だと思うのです。

妥協的かもわかりませんが、憲法では公務員全体の奉仕と、公務員という言葉が出てきます。だから、行政に携わる公務員とすれば、言葉の上でのアレルギーは少ないのではないのでしょうか。行政職員というのも、公務員なんですよね。公務員全体の奉仕者とすると、警察や法律実務家、色々な職に携わる人が全部公務員ということで総称される。ここで、刑務所だけは公務員となっていて、県の職員は行政職員というと、別のものかなと思う。しかし、いずれも公務員ですから。

ただ、公権力の場合は、人権となっていった経過では、公権力からの人権の保障が基本となります。そもそも、フランスなり、アメリカでできた時の精神は、やはり貫く必要があると思うのです。

そうしないと、公権力はとんでもないことになってしまう。その精神が生きている限りは人権が守られる。言葉上の問題には、それ程こだわらないですが、誤解を招くことはやはり訂正した方が良いと思います。

委 員 分科会において、総論で取り上げるべきだと言われた趣旨ですが、例えば先程言われた刑務官などが侵す人権侵害の問題は、一つの局面として捉えられると思いますが、それ以上に、政治的な判断が伴う問題、女性の問題にかかる差別の問題、疾病に伴う差別の問題というのは、個々の職員を離れた制度的なものとなる。そういう制度的なものも考えた場合に各分野別毎とするよりも、総論でやった方が良いのではないかということで、総論に送られてきたと理解していました。ただ単に、行政職員の戒めのためだけなら、この総論で取り上げる必要もないと思います。
委 員

その通りだと思います。総論に公権力による人権侵害がきたのは、それぞれの人権分野の中において、公権力による人権侵害が出てくる。それが女性の人権侵害であったり、ハンセン病の問題であったり、その対応が出てくる。全体の流れから見た場合に、公権力による人権侵害には、行政職員の行為そのものと、その前の制度と法律という構造そのものの中に人権侵害の要素があるということがある。

そういう二本立てで本来はあるべきですが、それを制度と法律側をなおざりにしてしまい、個々の行政職員の行動だけを正していこうということになっている。

しかし、前半にあるように、全体として行政行為だけではなくという流れですが、端折ってしまい、行政職員のことだけが出てきてしまい、制度や法律についてきちんと触れていく部分が少なくなっている。それが誤解を受ける恐れがあると思うのです。

委 員

県職員が自ら襟を正して行こうということで、非常に謙虚な気持ちで意識改革をしていこうという意味合いが、この文中で伺えます。官民一体となって推進して行こうという姿勢が出ているということで、行政として模範的なことをするから県民の皆様も一緒にやって行こうという訴え方をする中で、行政も意識改革を行い、また同じ目線でフィードバックしようという意味合いで捉えていく。

そうすれば、しかるべきところに行き、相談あるいは忌憚のない意見を出し合うことがあれば、より色々な意味で普遍的に人権問題が拡大していくのではないかという思いでいます。

委 員

今のご意見のように、謙虚な姿勢でもって、こういう文章表現ができたとは思わないのです。逆に自分達が治める、行政をするという立場でやっている。

だから、ここでも人権の視線に立った行政を我々が進めますという表現になってくると思うのです。

委 員

この公権力と人権の文脈ですが、第一段落では、現代社会においてますます重要な問題ということを書き、二段目は、制度的な、法律自体による公権力による人権侵害が書かれている。三段目は、それを説明するようなことでしょうか。よく読んでみますと趣旨が少し曖昧ですが。

次に、四段目に個々の公務員による人権侵害が、今でも現代社会においても残っているということが書かれています。問題にされているところは、22ページの2行目からだと思うのですが、ここは行政職員を行政という言葉にしても矛盾なく繋がる文章だと思うのです。

先のご意見のような意図ではなく、前の文脈の続きで行政職員と書いてあるだけで、例えば、「行政には公権力に携わるものとしての責任の重大さを十分に認識した上での基本的人権の保障を第一義においた法令や制度の立案や創設、運用や県民の人権に十分配慮した施策が求められている」というふうに読めば、基本的には、この文脈で良いのではないかという気はしました。個々の公務員による人権侵害というものを、やはり一言書いておかないと。

委 員 いやあるわけでしょうね、あるわけだと思います。
委 員 基本的には、これは制度的なことを主眼において文章ができていると思います。十分でないことは、その通りですけれども。
委 員

皆さんの話を聞いて、今、思ったことですが、先程からの問題提起については私も同感するところがあります。

また今のご意見も、もっともだと思うのですが、審議会委員をやっておって、高らかに謳い上げるような諮問に対する回答でありたいと思うし、総論としては、人権のある意味では哲学的なところから一貫した非常に崇高なものであれば良いと基本的に思うわけです。今の公権力と人権というのは事件として色々な問題がありますし、この公権力と人権という部分を見ていくと、確かに、総論よりは各論の方がという感じもあるわけです。この公権力と人権を総論に入れるべきか、各論に入れるべきかについては、ある意味では各論でも触れても良いぐらいの部分が、具体的な問題となればあるようにも思います。

しかし、この分野別施策の推進の中で総論としての位置づけで書いているのであれば、なるべく一般論的なものがよいのではないかと思います。そういう意味では、分野別のあらゆる施策の上に位置するものとして、おかしくないような表現で表していくのが良いのではないかと思います。

委 員 先程、言い忘れたのですが、21ページの下から2行目のところの刑務所等での公務員を刑務官として、行政職員を公務員と書いて、あと先程言いましたように、22ページの2行目の行政職員を行政として、それから4行目にある、本県においては職員研修や制度・業務の点検・見直しを通して、というところは消せば、意味はすっと通じるのではないかと思います。
委 員 「人権の視点に立った行政を推進します。」とありますが、この主体は何ですか。
事務局 行政です。
委 員 行政なんですね。県などであって、行政職員ではないんですよね。
委 員 職員を消して、冒頭の行政職員といういうところを行政にかえて、意味が通じるようにすれば良いのではないでしょうか。
委 員

私が思うには、公権力を行使する、威力を行使する場合、末端が良く問題を起こします。

しかし、そういう者だけが、公務員の人権として捉える場合の問題点では決してない。そうではなくて、もっと大きな政治的な制度などをつくる過程における人権問題について、そういう点からこの総論部分に入れようという声が起こったのだろうと思うので、そうだとすれば、具体的な公権力の行使にあたっての人権侵害ということに限定したような捉え方は間違いだと思うのです。

委 員 先程の修正案についてですが、22ページの2行目は「行政に携わる者は責任の重大さ」という感じで流し、その3行目の「人権に十分配慮した言動」という部分は言動だけでは不十分と思います。組織的なもの、組織の硬直化とかいうことが恐ろしいわけですから、「十分に配慮した施策が求められている。」とする。そして、「本県においては」を削るとおっしゃったのですが、残しておいてもいいと私は思います。その場合、職員研修を後に回して、色々な制度で、人権を保護・救済していくことが大事ですから、「制度・業務の点検・見直しや職員研修」として、このままでよいのではないかと思います。職員は、全体の奉仕者という意識とともに、また、個々の方は、守られるべき人権というものもあると思いますから、組織全体として来られた場合、権力の押しつけみたいなものを感じるので、そう考えます。
委 員

今の「行政職員には」という部分については、どこから和歌山県へ移って行くかという点が一つあります。一般的に述べてきた中で、「本県においては」というのは、職員研修のところからなのか、それとも「県民の人権に十分配慮した」という部分の頭が行政職員は公権力に携わるということですが、「行政職員には」というところからが、和歌山県の内容になるのだろうか。そうすると、先程、言いましたように、県がつくり上げる条例や規則などの構造上の問題と、それから職員の現実の行動の2本立てが望まれているわけです。「行政職員には」というところから一番最後までの部分は、そういう両方に配慮しながら、人権尊重の視点をあてたかたちで行政を行っていくという決意につくり直していく必要があるのではないか。「本県では」という言葉は、この辺りから使えばどうだろうかと思うのです。途中から県民の人権として和歌山県のことに移ってますが、その2、3行上は、まだ一般論の公権力についての文章になっていると思うのです。

しかも、両方を受けての行為だけではなくて、組織・制度面にも視点をあてるという点を踏まえて、この部分を整理する必要があるのではないかと思います。

委 員

21ページの下から3行目のところまでは、制度的・組織的な部分についての今までの反省すべき点を挙げておられると思うのです。

それから、下から2行目の「また、最近大きな」という部分は、個々の行政職員、公務員等による具体的な人権侵害、個々的な人権侵害について、22ページの1行目まで挙げている。そういう現状に立って、どうするのかというということが、この22ページの2行目からと理解されます。そうすると、今言った組織的・制度的の弊害、あるいは具体的に個々の公権力の行使にあたっての人権侵害、それらを一括して、この22ページの2行目から取り上げられる。その時の取り上げ方として、「行政職員には」という取り上げ方がおかしいと言うのですけれど。これは、文章の表現の仕方かも知れませんけれども、そこのところをもう一度。

委 員

私も制度と個人と両方を同じ比重で書くよりも、個々の公務員による人権侵害という視点よりもむしろ、制度的なものについて8割方ぐらいの記述が必要かと思います。

例えば、刑務官のことを書いていますけれども、刑務所を司っている法律の名前は、今でも監獄法と言うのです。だから、その法律自体も現代に合わない面が、個々の刑務官の行動に現れてきているという面も、なきにしもあらずかなと思います。個々の公務員の具体的な人権侵害事案にしても、背景には法律による制度や枠組の問題があるので、個々の行政職員、個々の公務員の人権侵害について一言も触れないことはおかしいと思いますが、比重はあくまでも、制度の方に置くべきだと思います。

事務局 先程、言われた、「推進します。」ということですが、「推進することが大切である。」といった書き方の方が良いのではないかと思っています。それと、もう一つ、「本県においては」と、ここで謳う必要があるのだろうかと思うのですが、反対に「本県においては」を抜いてしまって、「公権力全体」について述べるとなると、「行政には公権力に携わる者としての責任の重大さを十分に認識した上で」と入っていきまして、「人権に十分配慮した施策を求められており、制度・業務の点検・見直し、または、職員研修を通して、人権の視点に立った行政を推進することが大切である。」というのが良いのかなと思います。「和歌山県」と入れる必要があるのだろうかと思います。素案を出しておいてなんですが。
委 員 総論で取り上げる限りは、個々の公務員による人権侵害、あるいは県庁職員による個々の侵害ではない。公権力の具体的な行使にあたっての人権侵害ではなくて、もっと広い意味も捉えているのだということが分かるような表現にして欲しいということです。
委 員

読んで分かりにくかったのですが、「はじめに」において「また、このような属性によりその対象が区別・整理される課題とは別に」ということで、先程、属性という問題については、議論がありました。

いずれにしても、「そういうものとは別に」ということで、公権力と人権の問題や環境の問題、情報の問題を別に取り上げるために、行政や企業活動、あるいは県民の日常生活の中で、すべての人がその人権を侵害される当事者となりうるという問題があります。

しかし、ここを読んだだけでは、何のことなのか分からないのです。あと、そういう問題があるとして、「特に近年このような人権問題の重要度が増してきていることから、以下にまずこの問題を取り上げ、そして分野別施策を示すこととします。」となっている。分野別施策は、その後ろに来るということのようなのですが、後へ来るものは何なのかを分かるような表現ができないだろうかと思います。

委 員 もうちょっと、後との繋がりが分かるようにということですね。
委 員

この場で個々の修正すれば、限りがないと思います。ですから、色々な意見を言われて、事務局はそれを参考に修正して、問題があるならば皆さんで論議する。そういう繰り返しになると思うので、意見を述べられた後は、とりあえず事務局に任せる。もし2回目がダメなら、3回目があります。

そうしないと、ここで一つ一つの字句まで修正すれば限りがない。公権力と人権については、論点は出てしまったのではないでしょうか。

委 員

今までの議論を事務局で検討して、字句の問題については、改めて提示して貰ってから検討するといういことにしましょうか。

次に、環境と人権のところについては、どうでしょうか。

委 員 22ページの下から3行目の「環境への負荷の低減に取り組む」ということと並ぶのは、その下にある「貴重な二酸化炭素吸収源である森林の保全・育成に努めるため」、そして上へ「ために、緑の雇用推進など、自然との共生を」として頂く方が、文章として自然であり、緑の雇用事業を故意に前へ持ってきたという感じが防げるんじゃないかと考えました。
委 員 それから、環境と人権の取り上げ方について。
委 員

字句と言うわけでもないのですが、この6行目のところで「廃棄物問題や自動車環境問題など地域的な問題」とありますが、問題自体は地域的なものではないわけです。廃棄物問題は、根本問題となっていますが、廃棄物をいかに捨てないか、始末するかというようなことは、本当に社会問題だと思います。自動車関連についても、これは社会的に公害をばらまく元凶の一つです。 いわゆるCO2排出については、単独では、自動車関連が一番多いのではないかと思うのです。地域的なということは、これは小さな問題だという印象を与えるので、その点については替えて貰った方が良いと思います。問題点については、色々な問題が列挙されていると思いますが、個々に含まれる問題が、どれだけ読む人に理解されるかということは、また別問題だと思うのです。

しかし、説明していくと限りなくなるわけです。全体として問題点は、まとめられていると思います。

ただ、ISO14001は、一般にあまり知られていないのではないかと思います。それから、最後の文の公平な役割分担ということは、意味が全然分からないのです。ご説明を頂きたいと思います。

委 員 はい、地域的という捉え方については確かにそうですね。これについては、何か考えて貰うということにして、ISO14001とした場合、突出した印象がある。環境と人権の全体の傾向と、この具体的な表現、しかも高度な表現となっている。それと最後に委員が言われた点について、事務局はどういうお考えでしょうか。
事務局 行政と企業と県民とが、お互いに公平に分担するという意味で、言っています。
委 員 これで具体的な内容が分かるのですね。
事務局 はい、そうです。
委 員

この地域的なという表現は、恐らく後ろに出てくる地球規模という表現との対比で、国内のということだと思います。

しかし、地域的という言葉は、ローカルという意味合いで読まれると、一市町村という印象を与える恐れもあります。それから、ISOについては、新聞などで何回か出てきていますが、ここまで書く必要があるのだろうかという方が多いでしょう。

あまり専門的になりすぎるとどうかなということではないでしょうか。

委 員 この趣旨と他のことの均衡が取りにくいような感じがします。
委 員 ISOについては、時代の流れもあり、それ程抵抗は覚えませんし、自然なかたちで収まっているという感じは受けます。
委 員 私も、ISOについては、企業の看板などにもISO取得企業という形で出ていますので、良いと思います。斜めに物事を見ているかも知れませんが、緑の雇用事業がでていますが、県が進めている事業だから特に緑の雇用と出ているような感じがします。緑の雇用の現場に住んでいるものとしては、これを書きたかったのだろうかというふうな作為的なものを凄く感じるので、それがなくても進めていくべきものというような、この言葉への抵抗を余計に感じます。
委 員

ISO14001については、県民が知っているかどうかという問題であって、県民は、当然戸惑うことになると思います。

それから緑の雇用事業は木村知事が朝日新聞に投書して、大々的に取り上げたのです。緑の雇用の次の第2段はまだかなという感じがありましたが、そういうことで県が言われることについては抵抗は感じません。

むしろこの審議会で削ったことになると、そのことは問題になるかも知れません。

委 員 私もこの2つが具体的なのが気になるのですが、県がやっている姿勢を出したのだなと思って、これは読みました。他にはあまり県が具体的に何をしているということがなくて、ここは書いてあるものだから、残しておいた方が良いのかなと思います。

委 員

あまりに突出し過ぎて、それだけしかやっていないのかというような感じがしないでもありませんが。
委 員 全体的に少し長いと思うのですが、環境と人権から、「19世紀末以来」と5行で説明されています。多くの人が環境の大切さということを知っています。ですから、この5行で環境問題について読み手が共感していく、共有していくという問題ではないだろうと思うのです。乱暴かもしれませんが、削除しても支障をきたさないと思います。
委 員 これも検討して頂けますか。事務局、ご意見があればどうぞ。
事務局 この5行につきましては、確かに産業革命が起こってきて以来、環境問題が出てきたことについては、理解されていることだと思います。ここであえて言いたいのは、環境権、環境問題は人権問題であるということをここで言いたいがため、この5行を挿入しています。それについてご検討して頂きたいと思います。
委 員 この部分を削除して、「今日、環境問題は」とするのも一つの言い方だろうし、この5行を入れたままでも良いのではないかというのも一つの考え方だと思います。環境問題について、廃棄物や自動車環境というかたちで、突然一つの問題に行くよりは、今、事務局が言ったように、人間の当然の権利だという部分を謳っておくのも一つのつくり方としてある。これは全体について言えることですが、前段を抜いてしまうのは非常に実利的であるが、また一つの導入部分としてあっても良いのではないかということもあるのだろうと思います。
委 員 私は、残す方がよいと思います。縮めるのか、表現を替えるのかは、ともかくとして、事務局が言われたように、環境問題は人権問題だというところから、説き起こした方が良いのではないでしょうか。全体の総論で、どうなるか分かりませんが、色々な流れとして、注意を喚起する意味で、環境権、人権問題だということを入れたいと思います。
委 員 19世紀末以来という部分は必要なのですか。明治20年代、30年代ぐらいからとするか、産業社会の発展という書き方ではダメなのかと思います。
委 員 この部分は時期が必要かどうかは別として、必要だと思っています。環境権という言葉の説明もさることながら、最後の行政、企業、県民一人ひとりが主体的に積極的に取り組んでいくということの前段として、今までの生活からのトーンダウンということを皆で共有して行かなければならない。便利さを求めれば求めていく反動として、色々な環境問題が起こってくるということをきちんと認識していくためには、必要ではないだろうかと思います。
委 員

それでは、次の情報と人権というところで、委員方のご意見を賜りたいと思います。

ここのところ、個人情報の保護と、知る権利に基づく情報公開という両方を、ここで扱っておられます。

委 員

ここで、ほとんど触れられていないのですが、情報問題というのは非常に難しい問題だと思っています。プロバイダー法ができても、実際にはなかなか難しい。

また、遺伝情報に関することが、今後、急速に問題になると思うのですが、そのことには触れてません。

例えば遺伝子診断、ある人の遺伝子の全体の構造が分かるということは、大変なことです。一人ひとりの過去に重大な病気をしている可能性があるとか、出生前診断なら、既に受精卵の段階で重大な病気を持っているかなどが分かってしまうわけですし、医者が当事者にその情報を言うか言わないかは重大な問題です。一般的に言われているのは、個人の遺伝情報が最も深刻なプライバシーの権利の侵害となるのではないかと。それから幸い県立医大があるわけで、遺伝情報、遺伝子情報について、県立医大で早急に検討してもらった方が良いのではないか。そういう遺伝子情報を捉える側の問題として、非常に重大な問題です。どれだけの問題を含んでいるかということも、まだ一般に知られていないということもある。その点を一番懸念しています。今、書くのが良いかどうか。いずれは遺伝情報を公開するかどうかという問題は大問題となる、クローズアップされてくるのではないかと思います。このことを包括的に書いておくか、それとも全然、書かないでおくか。下手に書くと誤解を招くことがある。その辺が難しく判断に迷うのですが、やはり遺伝情報の問題は、遺伝情報と人権、情報と人権の中で非常に重要な問題ということだけは、行政でも十分に認識して頂いて、県立医大などは早急に検討を始めるようにと思うのです。これは行政としては準備をされた方が良いのではないかと思います。

もし、そういうケースが出てきてからでは遅いです。

委 員

この基本方針の中に組み込むかどうかは別として、非常に重要なご意見として、審議会としては押さえておく必要があるということと思います。

この情報と人権のところについては、どうでしょうか。なお、検討を続けて頂くこととして、ご意見としては、他に特にないということで、情報と人権についても、今後、事務局で十分にご検討を願うこととして、今日はこの程度で終わるようにしましょうか。

次に、第4章の「人権施策の推進にあたって」というところについて事務局からご説明を頂けますか。

事務局

それでは25ページの「人権施策の推進にあたって」というところですが、ここでは実効性ある人権施策を確保するためのフォローアップの在り方を示してございます。

1番目には、情報の収集と提供ということで、人権施策の実効性を図るため、人権に関する実態の把握に努めるとともに、県が実施した人権施策について定期的に公表するということを謳ってございます。

2番目には、施策の進行管理と評価ですが、人権施策の公表を通じてその実施状況を点検し、施策の進行管理に努めます。また、わかりやすい施策指標を検討しながら施策の一層の充実に努めるということです。

3番目には、基本方針の見直しを書いてございます。施策の進捗状況や、社会環境の変化に対応するため必要に応じて適宜見直しを行っていく。

こういう意味で書いています。

委 員 施策の推進にあたって、これでよろしいですか。基本方針として書かれる事項については、各委員方のご発意を待って、検討していきたいという事務局の考えがあるのだろうと思いますので、遠慮なしに、お聞かせ頂きたいと思います。
委 員 情報の収集と提供、これはやはり、先程、少し問題があった、県民の理解と共感のもとで人権施策を推進するため、県が実施した人権施策について定期的に公表というのは、定期的に意見を聞きといった形の方がよい。それはやはり、単に県だけが公表するのではなく、定期的に県民の意見、反応をきちんと聞きながらすすめることが、非常に重要なことだと思います。全体として、県民の意見を聞くというところが、非常に少ないように思います。
事務局 この公表につきましては、条例の中で謳ってございますので、その分も入れてございます。聞くということについては、調査という意味ですか。
委 員 そういうシステムというか、方法を作らなければならないということです。
事務局 はい、分かりました。
委 員

それから、第2もそうです。県民の満足度を尺度として施策の達成度を評価するとありますが、県民が満足されたら達成されたことになるのですか。もう少し客観的に施策の達成を評価しないといけないという問題があります。世論調査を上手くすれば、やはり良い評価が出るものです。

ですから、満足度という尺度だけでは、施策の達成度の評価には不十分だろうと思います。これは大学で教員の講義に対する学生の意見を聞くようなものなのですね。甘い先生が人気が良かったりということになりかねない。

委 員 この満足度について、どうですか。
事務局 あまり良い言葉ではありませんね。
委 員 それを尺度としながら施策を評価するのとは違うと思います。それは、尺度の内の一つであるかも分からないが、逆に、意地悪く読めば施策の達成度は、県民の満足度のみを見ればそれで良いのかということにもなりかねません。あまり、前面に書く尺度としては、良いものではなさそうに思います。
委 員 特に和歌山県の場合には。
事務局 言葉を替えさせて頂きます。今のご意見のような意味合いで書きたいと思います。この文章は例示と取って貰い替えさせて頂きます。
委 員

個人情報の保護という点については、和歌山県は全国的に言って非常に民度が低いですから。そういうことを言うのは、どうかと思いますが、非常に低い。だから県民が満足して、もうそれで十分と言っているからと言ってはいけない。ある意味ではもっともっと啓発しなくてはいけない。意識を高めるために。満足度というものをもっと上へ吊り上げなくてはいけない面が沢山あるわけです。満足度だけを尺度として、県民が十分と言っているから、それでこと足りるとするのでは困るというご趣旨だと思います。

それから先程から出ている話ですが、県民の意見あるいは希望、そういうものについて知る機会、方法について検討して頂きたいと思います。

事務局 先程、事務局から意見を聞こうとしている話しをさせて頂きました。しかし、確かに言われるように、県民の皆様の意見を聞く、あるいは機会は、十分ではないと思いますので、十分に検討していきたいと思います。
委 員 例えば1の情報の収集と提供でも、人権に関する実態の把握と出てくると、何となく実態調査をするのかなという考えが直結して出てくるのですが、そんなある種の調査というような問題ではなく、もっと広く県民の中の実態、現実の実態の把握だということを考えて頂いたなら、幅が狭すぎるような気がする。それでは、一度意識調査や実態調査をすれば、それで良いのかということでもある。何度かしなくてはいけないのかということにもなる。そういう意味ではなく、条例が全体として目指したところが、きちんとしたかたちで行われているかどうかという部分を見ていくという意味での広範囲の実態の把握をするというふうに、位置づけをしておいて欲しいと思います。
委 員

施策という限りは、実態の把握が不可欠だと思います。だから、実態の把握をする方法をどういうふうに正当化するのか、そのところを十分に検討する必要があると思います。実態の把握、県が施策をしようとする方向での効果というものを把握するためにも、やはりどうしても実態の調査ということが必要だと思います。

そういうようなものをある意味では制度化するというか、規格化と言えばおかしいが、行っておく必要があるのではないかと思います。

委 員 実態の把握についてですが、この文言だけでは、非常に抽象的なので、県民の皆さんが施策に対して、どのように関心、注目があるかという表現にしていく中で施策に目を向かせるという文言で、満足度を尺度というレベルではなくて、皆に意識を持って貰うという表現にしてもらえばと思います。
委 員

基本方針の見直しは当然だと思いますが、この推進にあたっては、これだけで良いのだろうかと思います。

ここで取り上げるべきかどうか、それこそ推進するにあたって、他の関係団体との連携については、また別に取り扱うのかも分かりませんが、人権施策推進にあたって、市町村との連携をどうするのか、あるいは施策の推進にあたって必要な経費をどうするのか。

事務局 それは第2章で、19ページから20ページで謳っています。
委 員 このところは既にご検討を願ったということですが、その時に教育委員会、教育関係者、財政支援の問題、育成機関の問題等が述べられてきました。そういうことも次回に委員方にお示し頂けると思っていますが、何かありましたら今でもおっしゃって頂きたいと思います。
委 員

県民の意見を聞くと言うことに関してですが、一つの方法として、例えば目安箱的なもの、それを具体的にどうするかというのは難しいかと思いますが、強いて言えば、こういうこともあると思います。

ただ、それをどう扱うかというのが行政の問題だと思います。

委 員

それでは、総論部分についてご検討を頂くのは、今後ともお願いしなければいけませんが、今日はこの程度で終わらせて頂いてよろしいでしょうか。

今日の議題のその他ですが、これは事務局で何かありますか。

事務局

資料をつけさせて頂いておりますが、先般、ご協議を願いました、差別事件が起こった時の取扱について、委員方のご意見をお伺いしながら進めたいということでご了承を頂きました。それに基づいて、県で要綱を施行いたしました。それをご報告させて頂きたいと思います。

差別事件の体系は、先般もお示ししましたが、設置要綱と比較しながらご覧頂きたいと思います。名称は和歌山県人権侵害対策委員会ということで、お願いしたいと思います。それから目的、これは左側の県組織外の事件の中では、処理通知では、差別事件の処理方法(市町村)と書いてございますが、広域で取り組むべき時には、県で、差別事件処理対策会議というものを設置して取り組むことになってございます。その会議に対する必要な助言を行って頂くことと、それから右側の県組織内での事件では、調査対策委員会というのを設置して、取り組むことになってますが、この委員会に対するご意見、必要なご助言を頂くことを目的にしてございます。

そして、業務につきましては申し上げたことと同じですが、県域として取り組まなければならないケースに対して、差別事件処理対策会議からの諮問に対して、意見をお願いしたいということと、右側の調査対策委員会、この事件は県組織内全般のことですが、その内、県職員が当事者となるケース、先般、落書きの関係も説明させて頂きましたけれども、この中で県職員が当事者ということは、差別事件を引き起こしたというようなケースに限って、ご意見をお願いしたいということでございます。それと、その2つの会議が必要と認める業務について、お願いしたいということでございます。

それから組織につきましては、この本審議会の小委員会の委員方、5名の方をもって、原則的に組織して頂くわけですが、それ以外に会長が必要と認めた場合には、それ以外の10名の委員、5名の小委員会以外の残り10名の委員から加わって頂くということを考えてございます。それから、役員は小委員会の会長が、この対策委員会の会長に充たって頂く、副会長は小委員会の会長に指名して頂くということです。会長は会務を総理し、副会長は会長を補佐し、会長に事故がある時はその職務を代理するということで、会議につきましては会長が招集、議長となって頂きます。それから本会は必要に応じ、関係者の出席を求めて意見を聞くことができる。事務局は人権政策課、事務局長は人権政策課長が、次長には副課長が当たるということで、設置要綱を12月10日付けで施行いたしましたので、ご報告をさせて頂きました。以上でございます。

委 員

今のご報告の件のほかに、何かありますか。その他は以上ですか。今日のご審議を賜ることは、終わらして頂きますが、委員方でこの機会に事務局に、ご注文などがあればお聞かせ賜りたいと思います。

特になければ、これで閉会させて頂きたいと思います。事務局で、連絡事項があればおっしゃって下さい。

事務局

次回の日程の報告をさせて頂きたいと思います。次回、第16回の審議会でございますが、「人権施策基本方針総論について」です。

前回、前々回から今回にわたり、協議を頂きました総論部分につきまして、修正案を提出をさせて頂きたいと考えておりまして、日時が2月5日、木曜日、13時からということで、場所は現在の部屋の西側になります。よろしくお願いいたします。

委 員 2月5日ということです。事務局からは、それ以外にございませんか。
事務局 はい、ありません。
委 員 長時間にわたりまして、大変ありがとうございました。これで閉会させて頂きます。

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