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![]() ![]() 和歌山県における梅の収穫量は約6万トン。これは全国の収穫量の約6割を占め、そのなかでも南高梅の生産地である和歌山県日高郡南部川村は、一年の収穫量が約2万トン。これは全国収穫量の約17%という絶大なシェアを誇る。紀州梅の代名詞として全国的にその名を轟かせている南高梅の栽培が南部川村でスタートしてから50年余り。その魅力と取り組みをクローズアップした。 |
| 1700世帯のうち、1200世帯が梅農家! 和歌山県日高郡南部川村。和歌山県の中部に位置し、ほとんどがゆるやかな丘陵地帯で占められている。気候は一年を通じて温暖。毎年2月になると「一目百万・香り十里」として知られる南部梅林をはじめ、村の山全体に白い梅の花が咲き誇り、辺り一面を甘酸っぱい香りが包み込む。ここが日本一の梅と名高い「紀州南高梅」のふるさとだ。 この南部川村役場のうめ課を訪ねた。同課は梅の振興に関する幅広い業務を行っているが、南部川村ならではのユニークな存在で全国的に有名になった。 「南部川村の世帯数は約1700戸あるんですが、約1200戸が梅農家です。そのうちの7〜8割が南高梅を栽培しています」と企画員の船谷長弘さん。「昨年の南部川村全体の梅の収穫量は約2万トン、これは全国の約17%を占めています。10年前から徐々に栽培面積を広げまして、当時から5千トン伸びました」
1本の母樹から増えた南高梅 南高梅が登場したのは昭和20年代。それまで各農家でばらばらだった梅の品種を統一しようと、優良母樹調査委員会が昭和25年に発足。村内に100種類以上ある梅の中から5年の歳月をかけて最優良品種を選抜した結果、最も風土に適した高田家の梅が優良であることが確認された。そして昭和40年には高田梅を「南高梅」と命名し、農林省に種苗名称登録。母樹を接木で増やし、村内全域に広げていった。南高梅の名前の由来は、梅の調査に地道に協力した南部高校園芸科の活動が評価され「南高」とついたという。このたった一本の母樹から増やされた南高梅は、現在南部川村で生産されている梅の7割を占めている。しかしこれほど優秀な南高梅が、なぜ全生産の7割にとどまっているのか。 「この梅は同じ南高梅同士だと交配せず、実を結ぶことができないんです。他の品種の花粉が必要になり、しかも人の手で受粉させるわけにもいかず、ミツバチに託しているんです」と船谷さん。 梅農家にとってその年の収穫量が決まる2月中旬。梅畑のあちこちに置かれた蜂箱へ蜜を運ぶミツバチが、蜜を求めて花から花へ飛び回りながら受粉を行う。そして梅の花が散る頃には小さな梅の実がぶら下がる。暖かい日差しを浴びながら、梅の実が日一日と大きく成長する時期が3月〜5月。この頃になると、梅畑の下草狩りや果肉の多い大きな実が育つように肥料が撒かれたり収穫に備えた準備が始まる。6月になると、大きく育った梅の実がたくさんついた枝は、その重さで垂れ下がるようになる。梅の実に南高梅独特の紅がさすようになった頃が収穫の時だ。
収穫は一家総出で 以前、6月に南高梅の収穫を見学したことがある。この時期、梅農家は一番の繁忙期となる。梅林はおよそ梅干しの匂いとは結び付かない。落ち梅の収穫は山腹の斜面にネットを張り、落ちて来た梅を集める。雨で滑りやすい傾斜地での作業は体力を要する大変な仕事だ。家族総出で、時には農家同士で助け合いながら、2週間ほどで収穫する。 「これを見て下さい。熟して黄色くなっている梅の実に紅がさしているでしょう。これが梅干しになるんです」と梅農家の方。卓球のピンポン球くらいの大きさの梅の実は、少し力を入れると果肉に指がめり込んでしまうような柔らかさだ。梅干し作りに最適なのは、枝から落ちた完熟の梅。果肉が柔らかくて皮が薄いという南高梅の特徴を生かせる状態で収穫される。6月中旬以降の梅雨の時期、梅干し用の落ち梅の収穫が最盛期を迎える。 |
大粒で肉厚。日本一の南高梅
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