苦難の32年
快挙を成し遂げたのは、近畿大学水産研究所の1つ、和歌山県串本にある大島実験場。
世界最大のマグロ消費国である日本は、マグロ捕獲で世界を席巻し、ひんしゅくを買っていた。1970(昭和45)年、水産庁はマグロ養殖プロジェクトを打ち出す。近畿大学の他、幾つかの大学や試験場が挑戦したが、試験研究期間後も近大は独自に研究を続けた。「何しろ難しい」と、近大水産研究所長の農学博士・熊井英水さん。稚魚は特に皮膚が弱く、手でつかんだだけで死んでしまう。繊細で、車のヘッドライトや船のエンジン音、水の濁りですぐパニックに陥り、イケスの網に衝突する。「隣のイケスのタイやハマチは平気なのに」とスタッフを嘆息させた。「しかし生物には適応性がある」。それは、ハマチに始まりシマアジ、クエ、ブリ…、ありとあらゆる魚の養殖で培ってきた経験と技術の蓄積に裏打ちされた自信だった。そして遂に3代目が孵化。32年の月日が経っていた。なお、この研究は、文部科学省による世界最高水準の研究教育拠点づくりを推進するCOE(センター・オブ・エクセレント)に選定された。
市場での評価は?
世界初の貴重な3代目のマグロたちを見に行った。イケスで産まれた親マグロが産んだ135万個の卵の中から、生き残った1400匹だ。彼らは体長60センチほどに成長していた。生のアジやサバを投げてやると、銀色の肌をきらめかせて、ものすごい速さでキャッチする。「160キロのスピードで太平洋を泳いでるらしいですよ。ここでは狭いからそこまで出ないですけどね」と熊井所長。その迫力を体感できる養殖体験は、観光客に人気だという。
で、肝心の味は?「結構、評価は高いんです」と所長は自慢する。まだ僅かな量だが、3年目の30〜40キロ級のものが、キロ4000〜5000円で東京・築地や大阪・木津に出荷されているという。「生のエサで運動量が少ないので、やはり脂質が多く身が白っぽい。赤身文化の東京より、大阪で人気がありますね」。
しかし、孵化して40日目までの生存率がまだ0.1%。これが10倍になって始めてビジネスとして採算ベースにのるのだという。
「実現する日?そう遠い夢じゃないですよ」。事実、その日のために(?)今春、養殖魚の加工販売などを行う(株)アーマリン近大が学内に設立された。希少なはずのクロマグロが、当たり前の顔をして回転寿司店で回り始める日が楽しみだ。
|
|
大島実験場で生まれた卵と、孵化して間もない稚魚。1年後に約4キロ、2年後に20キロと急成長する。
 |
| 本マグロ養殖体験は、マグロの刺し身の試食付きで3000円。300キロのマグロが泳ぐ姿は迫力満点。(p26,27[ほんまもん体験]参照) |
|
「このごろマグロに似てきたと言われる」と笑う近畿大学水産研究所長・熊井英水さん(左)と、大島実験場長補佐の澤田好史さん。後ろは、イケスの中で大きく育ったマグロの剥製。 |
|