学者 養老 たけし×和歌山県知事 木村 良樹 [巻頭対談]来るべき和歌山の時代 未来を考えると、和歌山の真価が見えてくる。

「企業の森」という和歌山県のプロジェクト。多くの企業が、世界遺産である高野(こうや)・熊野周辺の放置された山を豊かな森へと再生していく森づくり活動に参画している。その活動で緑が増えた分、どれだけの二酸化炭素を吸収したかを数値化し、環境保全に対する貢献度の基準を作っていく「二酸化炭素吸収量認証・評価委員会」も設立した。今日は、その委員就任を快諾してくださった養老孟司(たけし)さんと、環境問題のことやこれから進むべき和歌山の未来について大いに語り合おうと思う。木村良樹

【世界の環境意識とその先の世界】

木村
このたびは「二酸化炭素吸収量認証・評価委員会」の委員をお受けいただき、ありがとうございました。ところで今、二酸化炭素排出量についてはいろいろと言われていますが、養老さんはどう思われていますか?
養老
二酸化炭素排出量問題の根本というのは、石油消費の節約と緑を手入れして増やすことなんです。石油はいつか枯渇します。石油に代わる燃料として、木が重要になってくる。たしかに環境問題は経済・政治もからむ非常に複雑なことですが、環境にとって具体的にいいことはやるべきだと思いますよ。
木村
和歌山の「企業の森」で、数ヘクタール植林して世界の二酸化炭素量が変わるわけではないけれど、私もそれが一つのきっかけになっていけばいいと思ってます。企業もそれを理解している。
養老
大企業で余裕のあるところは分かっているでしょうね。たとえば、トヨタが石油の枯渇問題を考えていないわけがない。いつ、どう切り替えるかということを考えているはずです。ある石油会社では、20年先より向こうのことしか考えてはいけない課があるそうです。僕は日本の国でやっているかと聞きたい。
木村
二酸化炭素が温暖化の直接的原因だと言えないとしても、良いことはやるべきですよね、今は。小さなことでも全体で考えないと意味がない。
 

養老
長い目で見ると、石油がなくなれば、都会はもたなくなる。都会の人も田舎に暮らさざるを得なくなりますよ。
石油がなくなったらどうなるか?要するに運輸が高くなり困難になる。東京なんかは最も生活に必要な一次生産品をほとんど運んできている。もう田舎へ行くしかないんです。戦後の食料難に僕らは田舎に疎開した。物がある地方は非常に大事になるはずですよ。
木村
もう少し短期的に見ても、中国やインドの経済成長で食料の国際価格が上がってくる。すると安い輸入品が入って来なくなってまた近くの海で魚を獲るしかない。ところがその時に、漁師がいないとなると、お手上げですよね。
そういう意味で第一次産業を国として真剣に考えなければいけない時期が来ていますね。林業、農業にしてもそうです。担い手とシステムを育てないといけない。
養老
まさに一次産業がいま一番重要になっていますね。ちょっと日本は遅れているのではないかという気がしています。危ないですよ。
僕らの世代は「戦争は物流に負けた」と言った。実はそこには非常に深い意味があって、一番基本になるところは何だということをついている。いろいろ精神論を言っても、根本を占めているのは物。そこはきちんと押さえていかなければいけない。いわゆるマネーゲームでは、権利をめぐってケンカしているだけです。その間に、資源はどんどん減っていくが、経済統計はきれいに成り立っているんです。物は経済では換算できない。有限の物は少なくなると(ね)が高騰する。お米の量が食べる人の人数に対して足りなくなったら歴然と分かります。それは実は経済ではなくて、経済外の領域なんです。それは絶えず見ていなければいけない。そうでないと話が宙に浮いてしまう。
 

【新しいふるさとを創る重要性】

木村
将来のことを考えると、やはり都会の人も、田舎に住むべきですね。
養老
「2住居を認めろ」と言っている政治家もいますよ。東京なんて大地震が来たら大変ですよ。やはり地方に本拠がないといけないのです、そういう時は。和歌山なんか気候的にも立地も他県と比べれば有利ですよ。
木村
ええ、大きな企業には、大阪に本社もしくは支社や工場がある。数時間あれば車で和歌山の山村を往き来できます。だから和歌山県は「新ふるさと創り」を提唱しています。たとえば「企業の森」で、親と一緒に植林し、その後何度か村の人と交流があった。そんなことを積み重ねて、新しい自分の故郷を創っておくべきだと思いますね。
まずは、都会の人に山村の“生活”というものを知ってもらうことが重要なんですが。
養老
日本人に、田舎で暮らすことを義務づければいいんですよ。ここで一生暮らせと言ったら、都会の人は必ず怒る。だから(ねん)に一、二ヵ月でいい。“現代の参勤交代”みたいなものでいいんです。そしたら、本来の感覚が戻ってくる。かわっていきますよ、人は。
都会は環境が単調で世界が狭い。頭でばかり考えて、感覚が鈍ってしまっている。だから、偉くなってゴルフに行って「気持ちがいい」って。ゴルフがいいのではなくて、実は外に出て、自然を感じながら体を使うことが気持ちいいんです。フランス人のバカンスというのは、たとえば、多忙な医者が長期休暇をとって、ブドウ園でブドウを摘む。農園労働者と同じ労賃をもらって働くわけです。
 

木村
山村での暮らしは、所得は高くないけれど、都会では味わえない満足感が得られますよ。僕は目に見えない“心の所得”があると思っています。
養老
フランス人は都会暮らしのノウハウを知っていますからね。その辺は心得ている。
木村
そうですね。今、日本の都会は能力主義で、テンションの高い社会になってますよ。だから、どこかで緊張を緩めて視野を広げる場所がないと、現代社会がもたなくなると思うんです。逆に田舎は、いいものがあるのに、放置され続けている。都会と地方の格差が広がってきているんですね。これからは都市と地方の人口流動を起こさないといけないと思っています。
養老
で、地元の人も意外に田舎の価値が分からないんですよね。だから「参勤交代したら」と。田舎の人も時に、都市に行ったほうがいいんですよ。
木村
そうですね。やはり都市と地方の交流には価値がある。お互いの価値に気づくチャンスがある。その “気づき”を大切にした「ほんまもん体験」という体験型観光事業を始めたんですが、参加者も受け入れる地元の方もお互いに刺激し合い、ブラッシュアップしていけるんです。
 

【熊野のよみがえりと人生の再出発】

木村
この間初めてアクアラングを背負って、ラムサール条約に登録された串本の海に潜ったんです。観光PRのためといいながら、感動して楽しんでいる。体験しなければ、分からないことがいっぱいありますね。
養老
本当におっしゃるとおりだと思います。まずやってみることです。
木村
人が変わるというのは、まさによみがえりだと思いますね。“熊野のよみがえり”といってかつて多くの人が、熊野のご利益として心身の蘇生(そせい )を祈って、熊野古道(こどう)を歩きました。いま、和歌山県では、古道を歩いたり温泉につかったり、たとえば山の仕事体験をするなどして熊野にスローステイしてみましょうという「熊野健康村構想」を進めているんです。医療機関や大学との共同研究で、熊野での体験によって、ストレス軽減・免疫力向上・心理的効果が医学的に実証されたわけです。
とくにこれから定年を迎える団塊の世代の方々が、人生について振り返り、これからの生き方について考え、自己実現できる場になればと思っています。
養老
定年になって「仕事がなくなった」と思う人もいるだろうけれど、生きている限り、世の中の役に立つことは何でもありますよ。
木村
ええ、高野(こうや)・熊野で心身ともによみがえってほしいと思っています。今日はどうもありがとうございました。
 
養老 孟司プロフィール
1937年、神奈川県生まれ。
東京大学医学部卒業。
1981年、東京大学医学部教授に就任
1998年、東京大学名誉教授
現在に至る。
木村良樹プロフィール
1952年、大阪府生まれ。
京都大学法学部卒業後、自治省に入省。
大阪府副知事を経て、2000年9月、
和歌山県知事に就任。
現在に至る。

コラム 養老孟司

今年も和歌山の森に行った。虫取りのためである。湯浅の知人のお宅にお邪魔して、護摩壇山(ごまだんざん)、高野山、奈良県との県境にある安堵山(あんどざん)まで行った。それ以前にも、大塔村まで二度行ったことがある。冬に行ったときは、田辺のタクシーを利用したが、こんな山奥になにをしに行くんですか、と運転手さんに(き)かれた。冬場だったし、まさか虫取りの下見とは思わなかったのであろう。

一千万年前、紀伊半島は島だった。紀伊の虫にはその名残りがあって、紀伊半島だけに特産する虫がいくつかある。名前を挙げてもいいが、ほとんどの人は見当もつかないはずである。こうした虫たちを生き延びさせてきたのは、紀伊の森である。でもうっかりすると、一千万年の生きた歴史が、いまでは消えかねない。なぜなら、地元の人がその貴重さを知らないと思うからである。この時代になっても、わずかに残った自然林を、まだ切っているのを見かける。

紀伊の自然林の新緑の美しさは、世界屈指だと私は思っている。でも新緑を見ようと思ったら、かなりの山奥に行かなければならない。そもそもスギが多すぎる。平安時代からスギを植えた記録があるから、スギの植林自体が悪いわけではない。高野山奥の院あたりのスギは立派で、下には灌木(かんぼく)や草が豊かに生え、杉林の理想型になっている。ところがたいていの場所では、こんなところまで、よくスギを植えたなあ、と感心するしかない。そこまでスギを植えている。一本くらい、他の木を残してないのかと思うが、ない。全山スギ。

南方熊楠(みなかたくまぐす)が出た土地である。森と自然を大切にすべきではないか。金にならないというが、もう少し辛抱すれば、紀伊半島の時代が来る。石油がいずれ切れるからである。そうなれば、木材はきわめて貴重な資源である。一千万年の歴史を刻む生きものにとって、百年なんて束の間ではないか。

 
【養老 孟司(たけし) 著作紹介】
  • 「いちばん大事なこと
    養老教授の環境論」
    集英社

  • 「バカの壁」
    新潮社

  • 「かけがえのないもの」
    白日社

  • 「養老孟司の
    デジタル昆虫図鑑」
    日経BP社