根来寺根来塗ねごろじねごろぬり

根来寺根来塗

 鎌倉期から南北朝時代にかけて隆盛を極めた紀伊国の一乗山大伝法院根来寺(現在の和歌山県岩出市根来)では、数千人にも上る僧たちが日常に使う什器を主として、数多くの漆器を作っていました。 その中でも、赤い漆で塗られた漆器は丈夫で美しく使いやすい良質のものでした。 これらが一般的に根来塗と言われています。 大規模な工房とともに大勢の優れた工人も居たと思われますが、天正13年(1585)豊臣秀吉の根来攻めにより、大塔・大師堂などの建物を残し猛火に焼かれ、工人たちは散り散りになり、和歌山県の海南黒江や輪島、書写山(兵庫県姫路市)に行き着いて、根来塗の技法を伝えたとも言われています。
 現在、根来の地では400年以上の時を経て、根来寺山内にある岩出市民俗資料館で活動する根来塗曙山会が根来寺根来塗の伝統工芸を伝承しています。
 漆以外の塗料は一切使わず、ただ「木に漆を塗る」。この単純なこだわりが、発祥の地によみがえった根来塗に命を吹き込みます。

根来寺根来塗データ
エリア 那賀地域
情 報 県知事指定工芸品
所在地 岩出市根来
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