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和歌山の人、社会、地域 和 nagomi 世界遺産登録から3年 再発見「高野・熊野」2007 vol.3
【和歌山 田舎暮らし】名医の決断 「キャリアの締めくくりは診療所。」 前聖マリアンナ医科大学教授 中川武正
 

 太平洋に臨む温泉リゾート・白浜町の中心街から、清流・日置川に沿って車を走らせること約40分。緑がまぶしい白浜町川添地区は、典型的な山村の姿を保っている。
 筏で運ぶ木材の集散地として栄え、「かつては映画館や旅館もあった」という集落の中心にあるのが同町国民健康保険直営川添診療所。この4月に前聖マリアンナ医科大学教授(現同医科大客員教授)の中川武正さん(60)が、「Iターン医師」として赴任した。

川添診療所

学生時代からの「志」

 アレルギー・呼吸器疾患の専門医として全国的に著名な“名医”が、なぜ山村の診療所長に転身したのか。「シュバイツァーの『水と原生林のはざまで』に出会い、学生のころからへき地医療を志していました。教授定年の65歳の後では、体力的に山村の診療所に入るのは難しい。元気なうちに赴任して、地域の皆さんと交流していきたい」と、穏やかな笑顔の中に、固い決意を秘める。「医師としてのキャリアの締めくくり。10年は頑張るつもりです」。
 和歌山との縁はなかった。「偶然と言えば偶然。和歌山の知人の医師を通じて、県庁に紹介してもらった」と話す。昨年8月、妻の静香さんと現地を訪れ、「一目でイメージ通りの場所と思った」と、川崎市からの移住を決断した。静香さんとは「結婚34年になりますが、若い時からへき地医療への思いを話していたので、あまり反対もなく納得してもらえた」という。
  川添地区は人口610人、高齢化率(65歳以上人口の割合)は49.5%(7月1日現在)。車が運転出来ない高齢者にとって、診療所は地域の命綱だ。中川さんの歓迎会には住民が100人も集まり、その期待の大きさを示した。

山村の風景

ゆったりと流れる時間

 1日の患者は約20人。大病院とは違い、ゆったりと時間が流れる。中川さんは診察が終わるたびに待合室に出てきて、次の患者さんに「○○さん、どうぞ診察室に入りましょう」と話しかける。近くに住む井田たづさん(83)は「今までの先生は1、2年で交代されましたが、長くおって下さるというので安心ですね。穏やかな先生なので、何でも遠慮なく相談できます」と話す。中川さんが何年も前から診察しているような和やかな空気が診療所を包んでいる。
 大学病院では専門以外の診療も手がけ、へき地医療に飛び込む準備をしてきた中川さんだが「子供を診て薬を出すのは初めてだし、消毒など外科的処置は30年近くしたことがなかった」という。しかし、周辺の総合病院と連携し、「特に戸惑いはありません。自分の限界をわきまえてやるということですね」と、自然体だ。

患者さんとのふれあい

医療学会でも活躍

 週1回、町中心部の白浜はまゆう病院で「アレルギー・呼吸器専門外来」を担当するほか、東京での学会活動も旺盛に続けている。羽田空港と直結している南紀白浜空港の近くに自宅を構え、7月は毎週末、8月も2回、東京へ飛び、学会の理事会、研究会への出席や講演を重ねている。「東京へはとても便利ですよ」と、この日も取材の後、南紀白浜空港から飛び立った。
 中川夫妻はゴルフが趣味。白浜町の周辺にはゴルフ場が多く、「その点でもいいですね。妻と一緒にプレーすることもあります。妻は陶芸も楽しんでいますよ」と、田舎暮らしを満喫している。そして何より、野菜、魚の美味しさに驚いたという。「患者さんが持ってきてくれたり、農協の直営マーケットで買ったり。今まであまり野菜は食べなかったが、2倍ぐらい食べるようになりました」と笑う。静香さんも「秋にかけて和歌山の柿やみかんがとても楽しみ」と満足気だ。

学会のため南紀白浜空港から飛び立ちます
中川武正

なかがわ・たけまさ
1947(昭和22)年福岡県生まれ。医学博士(ベルン大学、東京大学)。
73年東京大学医学部卒。78年スイス・ベルン大学臨床免疫研究所留学。
88年聖マリアンナ医科大学第一内科助教授。
96年同教授。07年4月から川添診療所長、聖マリアンナ医科大客員教授。

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