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和歌山田舎暮らしバイブル STORY「町の笑顔があつまる民宿」きみの町・平井つぐじさん


あたたかな田舎へ。憧れを実現するまで。

農道を上がっていくと、何とも懐かしい民家が見えた。平井さんの住居兼民宿だ。心地よい縁側に座ると、のどかな山畑と青い空が一望できる。紀美野(きみの)町まで和歌山市から車で1時間。街からこんなにも近い所に山里の風景が広がる。平井さんは大阪市出身。昔から田舎暮らしへのあこがれが強かった。「若いうちに田舎へと考えてました。家族に相談したら、中学生だった長男からは、それで本当に暮らしていけるのかと説教されたんですよ」屈託(くったく)のない笑顔で平井さんは話す。

家族を説得した後、気候が暖かい和歌山に住もうと決め、大阪からも近い美里町(現・紀美野町)の役場へ問い合わせる。定住の受け入れもなかった当時に、一生懸命応援してくれる人がいた。農作業は得意ではなかったため、民宿を開こうと計画。民宿にぴったりな農民家を見つける。もう少しで取り壊されるところを、こんな素敵な家をもったいないと頼み込んで借り受けた。

地域の人たちとつくっていく、陽気な民宿。

最初の1年は地域を歩き回り交流が深まった。田舎では普通のことも新鮮に感じた。そこで見つけた面白いことをいかそうと思い、民宿の“おもしろ体験”メニューにしていく。近所のおじいちゃん、おばあちゃんの生活の知恵や自然を存分に楽しんでもらう。まるで陽気な親戚(しんせき)の家にでも遊びに来た気持ちになるのが、“民宿ひらい”の持ち味だ。地域のお年寄りも気持ちよく応じてくれた。訪れたお客さんは、思い思いの田舎体験ができる。思いきり日曜大工を楽しみたいと、立派な犬小屋を作って帰った人もいる。海外からやってきて長期滞在する人もいる。

平井さんは今年、町の田舎暮らし受入協議会の会長になった。かつて移住に際して応援してくれた地域の人たちに恩返しをしたい。地域をもっと元気にしていきたい。そんな思いで引き受けた。田舎にはお年寄りから子供まで地域全体で役割分担がある。地域になじむとは、本当の意味で一員になること。しばらくは交流を通じて様子を見ていくことが肝心だ。「あとは何でも楽しむこと」、陽気な平井さんらしい定住の極意だった。


和歌山田舎暮らしバイブル STORY「悠々自適に暮らす、村のお医者さん」那智勝浦町・色川地域・安江みつのりさん


天国みたいな土地で、自給自足の暮らし。

那智勝浦町から細い山道を車でのぼっていくこと40分。棚田が広がる美しい集落が現れた。赤い屋根の小学校から子供たちの声が聞こえてくる。安江さんが色川地域にほれこんで、住民票を移したのが一昨年の春。愛知県で長年務めた消化器外科医の仕事を定年前に辞め、単身で移住を決めた。近所の友人に手伝ってもらって建てたログハウスは、開放的で、遊び心にあふれている。まるで冒険家の家だ。移住の際、近所の人達に事業計画書を配った。

“自然体験塾を設立し、多くの人に色川の豊かな生活を体験してもらう。地域の生産物の購入者を増やす。バイオトイレや有機栽培、有用植物の育生(いくせい)など、自然破壊につながる有害物質を出さない生活をする。地域の医療の実態を把握し、高齢者の在宅療養・地域内療養の可能性を探る”安江さんの計画は今、着々と実現されている。自宅前の段々畑では無農薬の野菜や植物が育ち、ログハウスでは訪れる人の笑い声が絶えない。

適切な診療とは患者さんを幸せにするものであるべきだ。

「この空気と水、食べ物を味わえば、もう都会には居られなくなるよ」現在は月に二度、奥様の待つ名古屋へ帰る。週二回は町の温泉病院と色川診療所の嘱託医を務める。診療所での治療は、「話を聞いて大丈夫だよと言うだけ」そんな場合が多い。老化と病気とは違う。何でも高額の最新医療を受ければいいのではない。安江さんが長年の医師生活で感じたことだ。どこの村でも医師不足が問題になっている。「リタイアした都会の医師が田舎暮らしを楽しみながら、ストレスなく働けるしくみができれば」と安江さんは話す。

美味しい料理と楽しい会話。安江さんの周りはいつもにぎやかだ。それでも田舎の一人暮らしは、楽ではない。人生を楽しむことに長けた人だからこそ、美しい夜空も、不便な生活も等しく受け止め、楽しむことができる。


和歌山田舎暮らしバイブル STORY「アートコミュニティー、アトリエ龍神の家」田辺市龍神村・城所啓二さん 栄子さん夫妻


自然界にある最高のデザインをカタチに。

ダイナミックに、ときに繊細にチェーンソーを操り、作品を彫り上げていく。城所さんの作品は動物など自然をモチーフにしたものが多い。「自然界にあるものが最高のデザイン」城所さんは言う。

元々は山間地域活性化の仕事をしていた。イベントでチェーンソーアートの第一人者ブライアン・ルース氏に出会い、林業に活気を与えるアートだと感動。氏を招いて講習会を開く。講習生は半年後から、視察を兼ねて本場アメリカの大会へ出場。楽しそうな講習生の作品づくりを見るうちに、自然とチェーンソーを手にしていた。翌年の大会では、城所さんも出場。いきなり入賞してしまった。2年後、国内大会で優勝。

国内プロ第一号として転身後はアメリカ各地でショーに出演。観客のリクエストで即興作品を仕上げる1日4回のショーが一週間続く。作品はオークションにかけられ、売上額が出演ギャラを上回らないと次の出演はできない。厳しい世界で、肉体も精神もしっかり鍛えられた。

人と土地の縁あって、アートが根づく龍神村へ。

3年前、龍神村の林業祭に出演。その時の縁で、地域の材木で建てられた“アトリエ龍神の家”が芸術家を対象に入居者を募集している話を聞く。ちょうど工房兼住居を探しているところだった。

龍神村には20年前から芸術家のIターンがあり、ちゃんとした土壌が築かれていた。近所を歩いていると、地元のかたから“来てくれて良かった”と声をかけられることもある。作品用の木材も快く探してくれる。“芸術家は面白いことを地域にもたらしてくれる”そんなイメージが根づいているのだ。地域のアート仲間が集まって、リレー個展やそれぞれの技術を活かした体験メニューの場を開いている。城所さんもチェーンソーアート体験メニューを計画中だ。毎年、龍神村でチェーンソーアートの祭“翔龍祭”も開催している。アートが人のつながりを広げているのだ。

チェーンソーアートは、間伐材を使う。さらに作品づくりで出た木屑(きくず)は良質の燃料として近所のパン屋さんで、おが屑(くず)は良質の肥料として近所の農家で使われ、美味しいパンや野菜になって城所さん宅へ届く。循環するアートなのだ。


和歌山田舎暮らしバイブル STORY「美しい田園に見つけた、理想のたんとうじょう」有田川町・清田次郎國悦(くにえつ)さん


運命に導かれて、美術刀の世界へ。

日本の棚田百選にも選ばれた、あらぎ島を臨む民家に清田次郎國悦(くにえつ)さんの工房兼住居がある。清田さんが美術刀の世界に入ったきっかけは、古本屋で見つけた日本刀の入門書。未知の伝統美術にカルチャーショックを受けた。すぐに刀剣博物館へ問い合わせ、奈良県東吉野村の刀工・河内國平氏を紹介してもらった。神技(かみわざ)とも思える刀工の世界を見て、弟子入りを志願。6年間の修業生活を終え、1999年に独立した。翌年、知人の紹介で昔の農具工房を備えた民家にめぐり合う。ほとんどの設備がそろい、身一つで移り住める。しかも一年中あらぎ島の景色が楽しめる理想の場所。すぐに入居を決めた。その年、新作刀コンクールで努力賞に入選する。

理想の地からひろがる、刀工の活動。

約3週間をかけてひとつの作品を創りあげる。玉鋼(たまはがね)といわれる鉄の固まりを練り鍛え、刀の形状に打ち出していく。最も集中を要するのは、刀上に波のような模様・刀紋をつける“焼入れ”作業だ。この辺りは周囲が静かで作業に集中できる。今の目標は室町後期の作風“備前伝(びぜんでん)”に少しでも近づくこと、そして美術刀の世界をできるだけ多くの人に知ってもらうことだ。

去年の1月からカナダ出身のピエールさんが弟子いりしている。弟子の受け入れは断っていたが、その熱意に押された。秋にはカナダで刀鍛冶の実演を行い、好評を博した。刀工の講師として、地元の中学校、全国各地、世界を飛び回る。最近、有田川町・田舎暮らし受入協議会のワークショップにも参加した。清田さんは兵庫県尼崎市出身だが、修業生活で田舎暮らしには慣れている。近隣の方は、若い農具の鍛冶屋さんが来たと思っているようだ。「近所のお年寄りに農具を直してほしいと言われて、作ったこともない農具をなんとか直したこともあります」清田さんは笑う。
優美でやわらかな表情を見せる美術刀。そこには静かな時間が流れていた。


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