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紀の国いきいきトーク

「紀の国いきいきトーク」は、私が県内各地に出向いて、県民の方々と気軽に話し合い、県政に対する理解を深めていただくとともに、各分野で活躍されている県民の方々の生の声を県政に反映させていくために開催するものです。ここでは、様々な分野でいきいきと活動されている皆さんとのざっくばらんな懇談の様子をご紹介します。

第16回 紀の国いきいきトーク対談内容

平成20年7月15日 白浜町

<仁坂知事>
 皆さんお忙しいところお集まりいただいて、本当にありがとうございます。この紀の国いきいきトークでは、今まで各地で元気のある方々とお話をしておりまして、今日も皆さんの元気なお話を伺えればいいなと思っています。どうぞよろしくお願いします。
 まずは、この会の発足から現在に至るまでの歴史を教えてください。

「ありのまま」が宝物
 <奥山会長さん>
 「大好き日置川の会」の奥山です。いつも私たちの活動のために、県庁の皆さんや西牟婁振興局の皆さんから、大変ご支援いただいておりまして厚く御礼申し上げます。
 今日は、海輝き山響く清流日置川の里へ知事さんをお迎えして、会員のみんなで懇談会をさせていただきますことを、大変嬉しく光栄に思っております。和歌山県では、平成11年に南紀熊野体験博が開催されまして、その時から、ほんまもん体験ということでいろんな体験が県内で始まっていました。「大好き日置川の会」が会として発足したのは平成16年の10月なのですが、南紀熊野体験博の開催当時から日置川の中でも、今日、参加してもらっている皆さんで、ほんまもん体験に取り組んでおりまして、それがこの会の取組としてずっと続いているわけです。
 平成16年に「大好き日置川の会」ができて、平成17年から修学旅行や教育旅行の誘致を始めておりまして、平成20年からは、学校の方からの要望が多かったものですから、民泊も始めることにいたしました。それで、この夏には農林水産省をはじめ国が取り組んでいる「子ども農山漁村交流プロジェクト」で、県内で紀北地方の6校の小学校の皆さんが、こちらの方に泊まりに来て、田舎暮らしを体験していただくことになっております。
 それで、その小学校の先生方がこちらに下見にお出でた時に「今まで、日置川という地域がこういう川沿いにあるということを本当に知らなかった」と話しておられました。以前も、県内の方が来られた時には「同じ県民でありながら、全然気付かなかった」と皆さん言われるんです。全く知らない所に来ていただいて「こんなにいい地域があったんですか」って言われるものですから、私たちも「ああそうか。我々の地域って皆さんに気に入ってもらえる地域なんだなあ」、「自分たちも誇りを持っていいんだなあ」と思ったところです。他所からのお客様をお迎えした時に、初めてそういうことがわかってくるものだと思いました。
 全国的に人口が減少し高齢化が進んでいる中で、この地域も木材産業が隆盛の頃に比べましたら人口が半減しておりまして、何とかまちづくり、地域振興をして都会に出ている子どもたちが田舎に戻って来られるようなふるさとにしたいと思いまして「大好き日置川の会」は活動を続けております。この会は、行政と民間が一緒になってまちづくりをしようということで、白浜町にも協力していただいて取り組んでおります。特に、平成19年度までの取組に対して県の推薦をいただきまして、農林水産省所管の「立ち上がる農山漁村」に選定していただき、本当にありがとうございました。それから、今年度は「子ども農山漁村交流プロジェクト受入モデル地域」の体制整備型地域として「大好き日置川の会」が国の指定を受けております。おかげさまで、ありがとうございます。県内でも推進協議会が開催されて取組が始まったところですけれども、私たちもこの夏から取組を始めますので、何とか成功させてずっと続けていけるようにと努力しております。

<仁坂知事>
 私はこの会のことを外から見させていただいて、立派な組織だなと思うわけですが「大好き日置川の会」のコンセプトというか考え方、あるいは約束事というべきかもしれませんが、そういうものがあるんですか。日置川にいる人が集まってきて、話し合いをして何かを決めていく際に、何か「こういう共通の約束事があるんですよ」というものは何かあるんですか。

<奥山会長さん>
 約束事というのではないのですが、設立の理念というのがあります。この山、川、海の自然に恵まれた中では、そのままの自然やそこに住んでいる人たちのありのままがすべて宝物であるので、そこに来てくれた人が地元の人たちと交流する時に何かを感じてもらえればと思っています。それが生きる力であったり、子どもさんたちにとっては「こういう世界もあるんだな。これから僕もここのおじいちゃんみたいに頑張って生きよう」というような教育的な効果であったりすると思います。そういう意味で「ありのままの素材を活かして地域振興を図る」ということが一番の理念なんです。
 「大好き日置川の会」の目的が地域振興であって、今、特化して取り組んでいるのが交流人口拡大ということで、教育旅行の誘致に力を入れているわけです。本来は、そればかりではなくて、もっといろいろしなくてはならないことがこの町にはあると思うんですが、一つのことを完成させないで「次のこと」、「さらに次のこと」というふうに中途半端なことをやっていっても何もできないとも思うので、今はとにかくこの事業を成功させたいと思っています。究極は、地域をコーディネイトするコーディネイト組織として一人前になりたいということです。今、役場に事務局を持ってもらっているんですが、これが旅行会社から信頼されるような地域のコーディネイトができる組織として、一人前になっていきたいというのが、今の一番の目標なんです。

体験メニューをコーディネイト
<仁坂知事>
 今、言われたコーディネイトというのは、日置川にあるたくさんの体験メニュー一つひとつを個別に売り出そうというのではなくて、これらをいろいろ組み合わせたり、旅行プランに合わせてアレンジしてあげたりということですか?

<奥山会長さん>
 はい、そうです。今度、夏休みに来てくださる小学校があるのですが、体験メニューを組み合わせて予定表を作成しているわけです。

<仁坂知事>
 ああ、それぞれの予定に応じて体験メニューを組み合わせてあげるわけですね。それを、「大好き日置川の会」の皆さんで集まって、組み合わせについて議論するだけではなくて、例えば、旅行会社みたいな機能が果たせるようにもなっているんですか?つまり、オーダーを受けたら旅行会社のように答えを返してあげられるようなサービス機能はあるんですか?それと、今度、夏休みに来てくれる小学校の体験メニューのプランニングは、具体的には誰がやっているんですか? 

<奥山会長さん>
 完璧なサービスを目指しているんですが、まだまだ、旅行会社のようにできるまでには至っていません。現在のところは、事務局を務めてくれている役場の前田信夫さんが、素人から始めてプランを作ってくれています。体験プログラムの企画商品化ということを目指して、体験教育企画代表の藤澤安良先生にきちんとした指導を受けてスタートしたところです。その先生は「本筋から離れてはいけない」ということを強くおっしゃっていました。

<仁坂知事>
 私もその先生にはお目にかかったことがありますよ。その際に、言っておられたことはまさにそういうことで「受入をする現地の側できちんとコーディネイトできないと困る」というようなことを言っておられるのを聞いて、私も「ああ、そうなんだな」と思ったわけです。でも、日置川ではもうそれをやり始めているわけですね。全県的に言うと、こういう「大好き日置川の会」のような組織がなかなか無いので、今、県では地元の旅行業者に体験プログラムを組み合わせて商品化する働きかけをしているところなんです。今までは、地元の旅行業者というのは住民の方々に旅行商品を売ったり、クーポン券や航空券、乗車券などを手配したりしていたわけですが、法律が変わったことで、小さい旅行業者に今まで認められていなかった着地型のプランニング、いわゆるお客様のご案内ができるようになったわけです。したがって、たくさんある「ほんまもん体験」のメニューを組み合わせて、「大好き日置川の会」でやっているようなコーディネイトを地元の旅行業者にビジネスとしてできないかということを、他の地域で働きかけをしようとしているわけです。ただ、もうここにはモデルがあるから、日置川では「大好き日置川の会」の事務局の前田さんに言ってくれれば、会の皆さんが集まってぴしっとコーディネイトできるわけで、他の地域でもそういうシステムができるといいと思っています。
 県の「ほんまもん体験」について藤澤安良先生に言わせると、問題点はコーディネイトがなかなか難しいところだそうで、それができるようになったらもっと凄いものになるということです。そうは言っても、和歌山県のほんまもん体験は総体としてもの凄く流行っていまして、皆さんのような努力が総和になってもっと大きくなって、29万人ぐらい来てくれているんですね。これは大変な数字で、他県と比較したらびっくりしますよ。この結果は、こちらの皆さんのような方々がそれぞれの地域で努力していますから、こうなったんだろうと思うんです。けれど、まだまだ、藤澤安良先生によればさっき言いましたように、究極の姿は「日置川のようにきちんと地元でコーディネイトできる」ことらしいです。これが、他の地域にはまだ無いということだそうです。 

<奥山会長さん>
 私たちもインバウンド型のコーディネイト組織を目指しているんですが、将来的には紀南という広域的なものになっていくとは思うんですが、とりあえずは自分たちの地域の地域振興がまず第一ですので、この地域全体をもうちょっと掘り起こしながら、きちっと指導を受けて、民泊も皆さんから認められるような地域にしていかなければならないと思っているところです。

<仁坂知事>
 まあ、たぶん来られる人はそんなに場所を移動したいと思っているわけではないと思います。むしろ、どんなプランがあるかということの方がポイントになるだろうから、たくさんプランがある中で組み合わせて、うまくアレンジして、時間なども考慮に入れながら推薦してあげれば、それで十分なんじゃないかと思いますよ。

衝撃と感動「他所に無いものがここにはいっぱい」
<仁坂知事>
 今日のメンバーの中にも、他の地域から来られた方もおられますが、最初に日置川に来た時の印象はどのようなものでしたか?

<林裕子さん>
 安居地域で藍染めのインストラクターをしています林です。私は、結婚して大阪からこの地域に来たのですが、その時にここの自然の凄さというものに驚いたわけです。この何にも無い凄さというものは、都会から来た人間にとったらもの凄い感動もんでした。地元の人たちと話をしたら「ここは元々こんなんや」という感じだったので、何でもっとここの魅力を外に発信せえへんのかなという気が凄く強かったんです。都会にいる私の友だちなんかをここへ呼んだら「やっぱりあんたは偉いね。こんなええところに嫁いできて」と言って褒めてもらえるくらい、都会の人にとってはこの地域には凄い魅力があると思うんです。私は藍染めを通じて、先人たちの知恵とこの自然からの恵みをどんな形でお伝えすることで、どれだけたくさんの人たちに来てもらえるかということを考えながら仕事させてもらっていまして、ここに住まわせてもらっていることがもの凄く幸せやなと感じています。

<愛須幾代さん>
 「大好き日置川の会」の広報を担当させていただいています。私も、林さんと同じようにここに嫁いで来て25年になります。当初は、私自身が若かったんで自然の良さにそんなに感動しなかったんです。でも、子どもを育て上げた今になって、ここで子どもを育てられてよかったなと思っています。今、教育の現場で求められていることは、生きる力を育むということが一番だということで、たぶん、子ども農山漁村交流プロジェクトができたと思うんです。今、この日置川地域では、だんだん子どもが減り、若者が都会に出て行き、老人が増えています。これではいけないと思いながら、でも、何をしていいかわからないという感じだったんですけど、私は、今ここにあるのは自然しかない、自然を活かすしかないと思うんです。よく考えてみたら、自然であれば、ただ、ここへ来てくれるだけでその良さがわかってもらえると思うんです。都会の方々にとっては、夜に空を見るだけで星がいっぱい、都会ではできないようなことがあるし、川へ来て水につかったらその川の良さもわかるし、本当にここには何もかもあるんです。だから、本当にこの良さをわかってもらうために来ていただきたいんです。とにかく、ここへ来ていただきたいということです。そういう意味で「大好き日置川の会」の広報担当としまして、知事さんにお願いがあります。知事さんは、よくテレビにお出になりますよね。先日もNHKの特別番組に出られていましたが、ここをテレビで紹介していただけたら、もの凄いコマーシャルというか、ここの良さがわかっていただけるんではないかなと思ったんです。知事さんにもどんどんテレビ出ていただきまして、和歌山の良さをPRしていただきたいと思います。

<中村和代さん>
 私は、夫の定年退職後こちらに住むようになって16年くらいになります。夫が定年退職するまでは、2、3年に一回は転勤があり、国内海外を問わずいろいろな土地を歩いてきましたけれど、ここの自然がもの凄く好きなんです。今は一人住まいをしているので、息子たちがもう都会の方で一緒に住まないかと言ってくれていますが、ここには離れがたい良さがあるんです。
 過疎の地域と言われていますが、それがかえっていいというか、自然の豊かさが凄く残されていて、しみじみと癒される場所なので、都会生活で癒されたいと思う人にとってはここは最高の場所だと思います。ここで民泊した人が「ああ、こういうとこっていいな。癒されるな」という感じになっていただければと思って、皆さんと一緒に一つの目標に向かって頑張っています。

<仁坂知事>
 先ほどからのお話をお聞きしていたら「こんなにきれいな所は無い」というようなお話が、林さん、愛須さん、中村さんからありましたね。皆さんは嫁いでこられた方、ご主人の実家に戻ってこられた方ですが、共通に思われるのは、これは、私もそう思うんですが「他所に無いものがここにはいっぱいある」ということだと思うんです。それは、自然であったり、のどかな雰囲気であったり、人情味であったりするわけで、これらはずっとここに暮らしていて、あまりそういうことを考えてこなかった人たちにとっては、当たり前のことなんですよね。しかし、この当たり前のことでも、他所から見るともの凄く魅力であるということを、この時代になって日本の人たちがだんだんとわかり始めてきたのではないかと思うんです。そういう意味で「大好き日置川の会」が、ひょっとすると大ヒットするかもしれないというふうに思います。
 逆の方から考えると、こうした魅力も今まではちょっと流行らなかったので人口も減ってきて、かえって残ったのかもしれないですね。今後、これが流行ってきても失わないようにするというのが、贅沢な悩みではあるけれど次の悩みだと思うんです。特に、熊野古道もそういうところがあって、戦前は元気だったんですが、戦後しばらく長い間は廃れていたわけです。ところが、廃れていた結果いろいろなものが残って、景色が落ち着いてきて、あんまり商業主義がはびこらなくて、かえって魅力が高まったということがあると思うんです。だから、そういうところを守りながらやっていかないといけないと私は思うんです。
 県では、今年4月に和歌山県景観条例を制定して、現在、和歌山県景観計画というものを策定しようとしているところです。この計画の中で特定景観形成地域というものを定めて、これを熊野古道沿いを第1号として指定して、看板などの設置は制限させてもらいますし、建物などは周囲の景観と調和のとれた色あいにしてもらいますというような規制をしていこうと考えています。自分の建物であっても、好き勝手に派手な赤や黄色に塗らないでというような規制をしていかないと、地域の人がよかれと思ってやったことでも、都会から来た人が見て、自分の住んでいる都会にあるものと同じだなと思ってしまうと、次は来なくなってしまうかもしれないということもありますからね。そういうことを考えなければいけないと思っているわけです。今日、私はここに来るまでずっと見てきましたが、この地域は見事に皆さんがそういうことに神経を行き届かせてコントロールしておられるような気がしますね。

豊富な体験メニューを支えるインストラクター
<仁坂知事>
 「大好き日置川の会」の売りは、豊富な体験メニューでもあると思うんです。佐本さんは、カヌー体験のインストラクターをしておられるそうですが、どれくらいになりますか?

<佐本真志さん>
 佐本と申します。私は、カヌー体験メニューのイストラクターとして、この向平キャンプ場をベースに活動しています。私も安居地域に生まれて、18才までここで育ったんですけど、そこから、ちょっと外に出て神奈川県の横浜の方でずっと住んでいました。30才を機にUターンという形で帰ってきて2年目で、カヌーのインストラクターも2年目です。まだ、このメニューは集客は少ないですけれども、本業としてやっていこうと思っています。これで生活していけるようになれば、他の若い人も帰ってきて川の体験とかやって生活していけないかなあと思ってやっています。

<仁坂知事>
 カヌー体験メニューについて教えてください。

<佐本真志さん>
 カヌー体験メニューは、このキャンプ場に艇庫があって、スタート地点はここから4㎞ぐらい上流で、ここがゴールになっています。ですから、カヌーはスタート地点まで運搬して、そこから下ってくるわけです。初心者の方でも安全に体験できるようなコースです。

<仁坂知事>
 カヌー体験のお客さんとしては、この日置川に来られた方が何となくメニューとして選んでくれる方ですか、それとも、日置川のカヌー体験を目指してこられる方ですか?

<佐本真志さん>
 個人で来られるお客さんの場合は事前に予約していただいて、カヌー体験を目当てにここに泊まっている場合が多いです。それ以外のお客さんは「大好き日置川の会」の事務局からの紹介で来られる団体のお客さんとかがいます。本当は、知事さんにも日置川をよりわかってもらうために、カヌー体験をしてもらいたかったんです。(笑)今日は無理だということですので、次の機会には是非お願いします。

<仁坂知事>
 私はカヌーをやったことは無いんですが、古座川に行った時のことですが、川がよく見える丘の上の方から見ていると、何となく自分にもできそうだなというふうに思ったわけです。それで、そんなことを言っていますと「そんなに簡単なもんじゃないぞ!」と、以前、周りから言われたことがあります。(笑)ともあれ、まさにこのエリアはカヌーの適地そのものですね。佐本さんの他にも、カヌーのインストラクターとして活動されている方は大勢おられるんですか?

<佐本真志さん>
 現在のところ、カヌー体験のインストラクターは私一人でやっています。私は、インストラクターとしてはまだ2年なんですが、カヌー歴全体では16年になります。その内、7年間は競技者としてやっていましたので、団体のお客さんが来た時などには、自分の出身高校のカヌー部のOBなどに声をかけて来てもらったりしています。また、地元でもインストラクターになってもらいたいということで、養成しようとしているんですがなかなか難しい状況です。
 
<仁坂知事>
 古座川とか串本のあたりでは、結構、大産業とは言えないまでも小産業ぐらいにはなっていますよね。この川も同じように位置づけられるわけですから、可能性は十分あるんじゃないでしょうか。別の体験観光で来られた方に「カヌー体験もやってみませんか」と言って体験メニューをアレンジすることで、特に、若い人なんかを集めていくと楽しさがわかってもらえますよね。
 それから、一つ日置川にとってメリットのある県の施策をご紹介します。今、自然公園区域の見直しをしているんですが、現在のところ日置川は、この川と周辺をかなり分厚く自然公園の区域に指定しています。ところが、この川の周辺の山にはスギやヒノキなどの針葉樹林がもの凄く多くて、いわゆる人の手が加えられた山でありますので、自然公園区域たり得ないのではないかという議論があったわけです。そのため、見直しの原案では、日置川とその流域の山林部分は、全部自然公園区域から除外することになっていたんですが、私は、その原案の説明を受けた際に「ちょっと待った」をかけたわけです。やっぱり、日置川は川自体をみんなが大事にしているのだから、川の周り、川から景色の見える区域は自然公園区域のまま残すべきではないかと私は言ったんです。木材産業が盛んであったことの裏返しでもあるんですが、日置川の周辺の山林の多くは植林されてしまっているので、従前のように日置川流域として分厚く自然公園区域に残すことはできないかもしれませんが、川と川から見える区域は自然公園の区域として残したらいいじゃないかという意見を言ってありますので、そうした区域は自然公園区域として、たぶん残ることになると思います。せっかく自然で売り出そうとしているのに、日置川は自然公園でなくなりましたということになれば「自然公園の中でカヌー体験を」というようなアピールはできませんよね。そういうことで、日置川にとって一ついいことができたということを、ここで宣伝させていただきました。
 それから、鈴木さんは陶芸インストラクターだそうですね。

<鈴木京子さん>
 鈴木京子と申します。今、陶芸教室をしながら、希望があった時には修学旅行などでほんまもん体験を受け入れております。もともと、旅行が好きで日本中を旅行をしていたんですけれど、13年前に、たまたまここに旅行に来たことで、海と山と川の全部が美しいことに惹かれてしまって、それから5年間こちらへ通って、それでとうとう移り住んでもう8年目になります。

<仁坂知事>
 体験としては創る方になると思いますが、鈴木さん自身は陶芸の創作品そのものを売ったりもするんですか?また、鈴木さんの他にも陶芸をやっている方はいらっしゃるんですか?

<鈴木京子さん>
 この地域では、陶芸をやっているのは私だけです。私自身は、自分の創作品を販売したりもしていますが、体験に来られる方は創る方が主で、体験に来られた方にお買いあげいただくことはほとんど無いです。

<仁坂知事>
 玉井さんは、紀州備長炭インストラクターをされておるそうですね。

<玉井満さん>
 はい。私は、ここの下流にある安居橋を渡った所で紀州備長炭を作っていて、体験メニューとしていろいろな方に来てもらったりしています。やっぱり夏場のこの暑い季節には、なかなかうちのような炭焼き体験を選んでくれにくいんですが、県庁の人たちには、紀州備長炭に対していろいろ力を貸してもらっています。また、補助金いただいたりもしております。紀州備長炭の伝統を守るためにも、これからも頑張っていきたいと思っています。

<仁坂知事>
 南さんは、農業インストラクターだそうですが、「大好き日置川の会」に参加したきっかけはどんなことですか?

<南喜久治さん>
 南と申します。農業では米作りと花作りをしています。その他に、趣味で海釣りをしていましたので、それが高じて去年、海の漁協の組合員にもなってしまい、ケンケン漁(船を走らせ、疑似餌をおどらせ、魚を誘惑して釣り上げる漁法)だけですけれどカツオ漁師もやっています。農業、漁業の他に一時は狩猟もやっていたんです。殺生をやめようと思いましたので、今は狩猟はやっていません。農業、漁業だけで十分です。
 僕は、大阪で3年ほど勤めていたので、最初の内は、自分では農業をするつもりは無かったんですが、父親がブロイラーを飼っていましたので、田舎へ帰って来てから、それをある程度引き継いで、それに加えて花作りをいろいろやってました。ブロイラーはもうやめたんですけど、何でこんなに農業にのめり込んできたんやろと不思議に思うこともあるんです。
 「大好き日置川の会」には、3年ほど前に役場の前田さんの方から「こういう会があるので、一回、なっとう(参加してみません)ですか」と誘われました。農業ばっかりしていて、他のことを聞いても取り入れられんとあかんと思うし、いろいろなことを取り入れていけたら、逆にまた、おもしろい農業ができるかなあと思って、この会に参加したような次第です。正直、子どもに農業を継げというのは果たしてどうかなというところもありますけど、「大好き日置川の会」を通じていろんな農業の楽しさ、都会の子どもに野菜がどんなにしてできてるんやろか、こんなにしてできてるんやということをわかってもらえれば、それも一つの農業の道かなあと思っています。

<仁坂知事>
 南さんは、鉄砲はやめてしまったんだけれど、農業をやっておられる。ブロイラーから米作り、花作りに変わってますよね。これは、何故、変わっていったんですか。これは、花の栽培の方が好調だからですか?

<南喜久治さん>
 ブロイラーを山奥の方で飼っていたんですけど、山奥でも時代とともに拓けてきたら民家が増えてきますよね。そうすると、どうしてもブロイラーを飼い続けることができない事情もできてきまして、それまでも花の栽培はしていたんですが、その時にメインを花に切り替えたわけです。今は、花の方もそれほど好調ではないです。というのも、燃料費がかさむので、冬場の暖房をなかなかできない状況です。

<仁坂知事>
 そうですね。それを聞くと自分のことのように、申し訳ないなと思ってしまいますよ。石油の値段が極端に高騰していますからね。何か、有機の材料、例えば間伐材か何かをうまいこと出してきてやれないもんですかね。そういうのが、この地域の雰囲気にも合った形だと思うんですがね。

<南喜久治さん>
 今、雑木をチップにして、それをペレットにして暖房用に使えないかと、試験場の方でも研究をやっているんです。これも、コスト的な問題がクリアできるのであれば、そういうものをどんどん取り入れていけばいいとは思うんですけれど。田辺・西牟婁の花の部会の方でも、ボイラーの温風を電気の温風に変えてやったらどうだろうというような勉強会もやっているんですが、なかなか採算がとれるまで持っていけるかどうかが問題で、あまり進んでいないと思います。

多彩な構成メンバーが互いに盛り立て合う関係
<仁坂知事>
 「大好き日置川の会」には、豊富な体験メニュー操るインストラクターの他にも、多彩なメンバーが会の運営を支えているようですね。河野さんは日置川観光協会の会長さんですね。

<河野雄二さん>
 河野と申します。私は、日置地域の学校のテニスコートの横で民宿をさせてもらいながら、今は日置川観光協会の会長もさせてもらってるんです。知事さんもご承知だと思いますが、日置川地域は前から「鮎とテニスの里」ということで売り出していて、ちょっと前に「ほんまもん体験」で売り出して、それで、今はもう会長さんが言ってましたように「民泊」でやろうということになってきています。
 最初はほんまもん体験をやってお客さんが来てくれて、今は奥山会長さんが率先して民泊の受入に取り組んでいるように、全国的にも修学旅行とか民泊ということでやっています。世間のニーズはとても回転が早いので、こちらも何とか頑張って世間に遅れないようにしていますが、あまり早過ぎてもいかんし、こういう田舎ですのでやはり田舎らしさを残していきたいという考えもあるんです。
 今後、高速道路も通ってきますが、高速道路が開通した地域を見れば、それまでに通行量が多かった国道42号線の沿線、その辺は寂れているような気がするんです。たまたま、日置にインターチェンジ、サービスエリアもできる計画ですので、やっぱり、日置川で高速道路を降りて来てもらわなだめです。そのためにどうしたらいいかということで、テニスと鮎とほんまもん体験、民泊を含めたパック的なもので、やっぱりこの地域へ来てもらうようにしていきたいわけです。今は合併して同じ白浜町ですが、白浜地域には年間300万人くらい観光客が来ますが、そのおこぼれだけでも結構やからこちらで受け入れ、何とか日置川地域が活性化していけるようにしていきたい、このように考えています。

<仁坂知事>
 それから、吉田さんは関西電力㈱に勤務されておられるそうですが、「大好き日置川の会」に参加するきっかけなどを教えてください。

<吉田育広さん>
 吉田と申します。私は、本日参加しているメンバーの中で唯一町民ではありません。関西電力㈱日置川事務所に勤務しておりまして、自宅は海南市にあるんです。この地に赴任して8年を経過しましたが、県の職員さんの中には私のことを指して「関西電力㈱の人で日置川に居着いている人」と言われるくらい長くお世話になっています。
 日置川の上流には、関西電力㈱の殿山ダムがあります。昭和33年でしたか大水害がありました。もうひとつは、昭和50年代にこの町が原子力発電所の候補地点として、住民の皆さんの賛成、反対で地域が二分してしまった経緯があります。私は、そうした関係に対処する立地というセクションにいるんですが、赴任した当時は、原子力賛成、反対ということで、町内では何をするにしても違和感がありギクシャクくしていました。そのような状況の中で、町内のいろんな方にお会いすると、皆さんそれぞれが「この町を何とかしたい・・。しかし、一致団結するのは至難の業や」との声を耳にしました。「この地域の皆さんが一つになって取り組み、地域振興が図れればいいなあ」と思い、奥山会長さんに相談したのが始まりでした。当初は、関西電力㈱の私が駆け回るものですから「関西電力㈱がまた、何か考えてるんと違うか」という不信感を皆さんに持たれたのも事実です。
 私自身が地域の皆さんと一緒に汗をかき、地域振興に取り組む姿を見ていただき、その中で組織(会社)に対する信頼感を持っていただこうと考えてきました。それが、地域にとっても組織にとっても大きなメリットに繋がるとの思いでした。
 おかげさまで、会員の皆さんはもちろんですが、住民の皆さんからもそれなりに信頼していただき、地域の一員として、企業として評価していただけるようになってきましたことは、企業として大きな喜びであります。関西電力㈱にとりましては、日置川地域は伝統と歴史があり非常に大事な地域であると思います。我々が、もっともっと汗をかいて、地域の皆さんに信頼される企業として頑張っていきたいと考えています。

<仁坂知事>
 中原さんは、普段は自動車修理工場の仕事をしながら、商工会青年部の代表として参画しているんですね。

<中原啓晶さん>
 はい。この「大好き日置川の会」は、町の商工会青年部を通じて紹介してもらって、そのまま副会長をさせてもらっていますけれど、普段は仕事をしているんで、なかなか皆さんと一緒に活動できるということが少ないんです。そんな中でも役員ということなので、夜に行われる役員会などには参加してみんなと話すんですが、自分としては日置川の元気を発信できたらいいなと思っているんですけど、会議する毎に自分自身が周りの人たちから元気をいただいているような感じがしています。「大好き日置川の会」に入って、今まで自分自身もやったことの無いような体験メニューをいくつか体験させてもらいました。そういう意味では、自分が一番勉強になっていると思っています。また、機会があれば知事さんも、この中のメニューを一つでも二つでも一緒に体験していただきますようにお願いします。

<仁坂知事>
 さきほど、奥山会長さんからお話がありましたが、前田さんは、地域のコーディネイトをやったり、事務局として「大好き日置川の会」の縁の下の力持ち的な仕事をされているんですね。

<前田信生さん>
 はい。私は役場の職員ですが、当初、この事務局を仰せつかった時は「役場の職員だったらやってられへんな」という気持ちになりました。本来ならば、皆さんの熱い思い、何とかせなあかんという思いを受け止めないといかんのですが、そんな器でもないのに何でこんなことになったんかなという戸惑いもあって、頭が真っ白くなるくらい悩んだこともありました。だけど、役場の職員としては地域の人がみんなやろうという気になってくれて、皆さんがすべて持ち上げてくれるという中でやっていけたら、これほど楽しい仕事は無いと思ったわけです。地域の皆さんが力いっぱい帆を広げているところに、我々がフォローできたらいいんじゃないか、あるいは、フォローまでいかなくても、そこにそっと軽く手助けをしてあげたら100倍の力になるんだということを思い、そいう状況を皆さんに作ってもらえるというのは、一番幸せなことだと感じているわけなんです。そういう思いでやって4年目になるんですけど、後どれだけのことができるかわかりませんが、頑張っていきたいと思います。

<朝本政幸さん>
 朝本と申します。町の商工会に勤めております。私は、学生の4年間以外の50年間はずっとここで暮らしているんですが、いろいろと地域の中で話をしていて「おらが村にはこれしか無い」という、事務局の前田君の合い言葉に乗せられまして、この「大好き日置川の会」に参加したわけです。それで、話をしていますと、この地域にも光るものがあるわけです。例えば、奥山会長さんのところなどは梅干しの製造をやっていて、奥山会長さんはなかなか言わないんですが、宮内庁御用達の梅干しを作っているんです。でも、奥山さんは自分ではそのことを言わないんです。ご主人から言ったらだめだと止められているそうなんです。他人の私が言うのはいいんです。そういう光るものがあるので、そういう光るものを本人が言わなくても、とにかく周りが盛り立てていこうと話しているんです。

<仁坂知事>
 そりゃそうですね。奥ゆかしいのは本当はいいんだけれど、それだけだとちょっと損するところもありますからね。

シシ肉・シカ肉で一石二鳥
<仁坂知事>
 前田副会長さんは、この地域で民宿を経営されているんですね。

<前田孝さん>
 はい。副会長を務めさせていただいています。会長さんは「大好き日置川の会」をもの凄く細やかに会に育てられていまして、私たちは何もすることは無いんですけど、事務局の前田信生さんと私の両前田で一生懸命、会長の僕となりながら(笑)この会を盛り上げて、「大好き日置川の会」の目的である地域から活力を求めていきたいと思っています。 民宿の方は、ここから見えております川の向こうにある民宿を営んでいますが、最近はちょっと沈みかけてきているんです。自然が壊されかけてきて、鮎が全然釣れなくなってきているし、これは山が荒れてきていることが原因しているわけで、山が荒れるのは鳥獣害が原因でイノシシやシカが山に入って苗木をみんな食い荒らしてしまうからなんです。先ほど南さんが狩猟をやめたとおっしゃっていましたが、私としては続けてもらいたいと思っているんです。そういうことで、できましたら県の方で、有害捕獲に対する助成金の金額を増額していただければ、携わる人も意欲的にやってくれると思うのですが。

<仁坂知事>
 助成金の増額ですか。それよりも、私は食べなければ損だと思うんです。イノシシやシカの大切な命を奪ったのだから、その命を粗末に扱ってはいけません。ところで、和歌山市は一人当たりの牛肉消費量が日本一なんです。私は和歌山市生まれですから、何となくそういう周りの雰囲気がわかるんです。つまり「イノシシの肉やシカの肉なんかをお客さんにお出しすると失礼。高級牛肉を出さないとあかん」という雰囲気なんです。でも、東京や大阪、京都などの和歌山市に比べてもっと都会の人からすると「せっかく和歌山に来たのに、牛肉を出さなくてもいいだろう」という考え方があると思うんです。和歌山ではそういう考え方に反することをやっているところがあると思うんです。したがって、前田民宿におかれては「シカのうまい前田民宿」、「イノシシ最高前田民宿」、「シカ肉食いたければ前田民宿に」とか、そんな売り方もできますよね。

<前田孝さん>
 シカは、狩猟免許が無ければなかなか獲らせてくれないんです。シカはよく道路を横断しているので、見かけた時にその人が捕獲できればいいんですが、そうもいきませんので。

<仁坂知事>
 シカの捕獲については、狩猟と有害捕獲という二通りあって、何れも免許は必要になります。狩猟についてはいろいろな所へ行って撃つので、いつでも撃っていいわけではないですが、これは一か月間くらい従前より狩猟期間を長くしようとしています。それから、有害捕獲の方は町の許可があれば、365日いつでも捕獲できるわけですよ。ただし、どこで獲ってもいいというわけではなくて「自分の農地を守るための装置です」ということを見てわかるようにして、わなを仕掛ければいいわけです。ということで、シカがよく通る所にわなを仕掛けておいて、大いに捕獲して、肉を大いに売り出してください。
 ただですね、シカを捕獲しますと、それを前田民宿でお客さんに提供するまでの間に、食肉の衛生的な取扱いのシステム、流通システム、PRなどいろいろなプロセスが必要になるでしょう。それを、何か組織化してやらないとうまくいかないと思うんです。これを誰かやらないかなあと思っているんですが、あんまりやる人はいないのが現状なんです。

<清水京子さん>
 私の夫も有害捕獲のためのくくりわなの仕掛けをしているんです。私のところでは、シカの肉は他の人に全部譲ってあげているんですが、今後、小学生の体験民泊を受け入れることになったら、シカ肉を子どもに出していいものかどうか思案しているところなんです。

<仁坂知事>
 それは、絶対に食べてもらうといいと思います。もちろん、生食ではなくてちゃんと焼いて出すといいです。もの凄くおいしいですから、都会の子どもたちにとっては「なんじゃこれは!」と言うくらいおいしいんですよ。絶対に食べてもらうべきです。

体験民泊への挑戦
<仁坂知事>
 それと、これから子どもさんに大いに集まってきてもらおうというお話が、先ほどから皆さんのテーマにありましたね。「子どもたちと触れあうことで、生きる力が育まれる」と愛須さんが言っておられたわけですが、高齢化が進む中で自分の家庭の子どもさんや、地域の子どもさんだけでなく、他所から来てくれたお子さんも大事にしていると、それ自体として何か楽しい感じがするでしょう。地域のお子さんが減ってきているとお聞きしていますが「地域に子どもさんがおらんなあ」と言っているだけではおもしろくないので、どんどん、入れ替わり立ち替わり他所の子どもさんたちが来てくれればいいんですよね。私は、和歌山市生まれで都会のような田舎のような、そういう境界付近でずーっと大きくなったような気がします。子どもの頃はザリガニとかギンヤンマとかたくさんあったんですが、私は昆虫少年でしたから、それらがどんどん減ってきているのを感じていましたね。もっと都会の方に行くと、自然の中で遊んだことが無いような子どももいっぱいいるわけです。そういう子どもたちにとっては、ここの自然の中に入るとショックを受けるでしょうね。楽しくてしょうがなくなるんじゃないかな。そうは言っても、いきなり大自然の中に放り出されると怖いだけかもしれないので、皆さんのような方が手ほどきして、優しくしてあげたら、どんどん馴染んでくるんではないかなと思います。
 清水さんは「小学生の民泊でどんなふうにしようか」とおっしゃっていましたね。

<清水京子さん>
 はい。私の生まれは、海岸線に近い日置という地域で、その日置から川を遡ること25㎞、市鹿野の川添という所に嫁いでもう52年になります。今では、川添の主と言われるまでになったわけですが、それというのも、やっぱり川添という所はもの凄く自分にあってるなということだと思います。子どもが2人いて大阪の方で教員をしているので、民泊の受入について子どもに聞いたんです。「もう子育てを終えて50年あまり過ぎるけど、民泊ようできるかな?」って。そしたら「お母さん、しよし!しよし!」ということで子どもに応援されたんです。そうやったら、この機会に今の子どもの考え方とかをわかってみたいと思いました。テレビで見ていると、今の子どもたちは悪いことばっかりしているようやけれど、そういうことじゃなしにええところもあるやろと思うんです。そういう子どもの考え方やとか将来どんなにしたいんやとか聞いたり、農家のええとこやとかを教えたり、一回話してみたいなあということです。第一、私は子どもが好きなんです。ですから、今後、民泊の受入をやってようかなと思ったわけです。なっとう(どのうように)なるかわかりませんけど、皆さんと一緒にやってみたいと思っています。
 それから、この地域には今、休耕田を利用して昆虫を増やそうという構想はあるようで、学校が統合されて廃校になっている建物があるので、これを利用して宿泊できる施設を作って、子どもの体験民泊できるようになればいいなとも思っています。

<仁坂知事>
 全国的に子どもに民泊をさせよう、田舎で子どもにいろんな体験させようというのが、今、まさに政策になりかけているんです。全国的にもモデル地区、モデルプロジェクトができ始めているんですが、国のモデルが全部でき上がる前から和歌山県は独自でそういう取組をしていまして、例えば、和歌山市に住んでいる子どもたちに、紀南の方で体験学習させようじゃないかということで取り組んでいたわけです。来月(8月)県内の小学生の体験民泊を国のモデル事業で受入すると先ほどお聞きして、こういう取組は、県独自でもやっていたなとちょっと思ったところです。いずれにしても、こういうスタイルを是非増やしていきたいと思っているところです。そういうことによって、子どもも少しぐらいどろんこになって遊んでみないと、おもしろさもわからないと思いますよね。そんなことを、頑張って皆さんと一緒にやっていきたいなと思っているところです。
 金子さんは、農業インストラクターであって、体験民泊の受入にも取り組んでいるそうですね。

<金子博子さん>
 はい。私は、もともと日置川地域に生まれ育って、高校卒業して4年間ほど神戸の方に出ておりましたが、家を継がなくてはいけなかったので、帰って来て両親と農業にいそしんできました。今は県の指導農業士で、昨年は平成19年度の農林水産業の地域づくり部門の賞をいただくことができました。「大好き日置川の会」が立ち上がるまでのことですが、私たちには「本当にこのままでは日置川どうなっていくんだろうか」という不安がありました。そして「何か自分たちでできることはないか。まず、自分たちでできることから始めよう」ということで、平成11年度の南紀熊野体験博のほんまもん体験を機会に、各地域が廃れていってる中でも、私たちはずっと続けて来ました。その続けてきたおかげで「大好き日置川の会」という大きな組織を作ることができたことは、本当に嬉しく思っております。
 でも、「大好き日置川の会」も一つの山を越えれば次の山が高くて、その山を越えればまた次の山がさらに高くて、とうとう富士山まで来たけど今何合目かというような思いでで、日々努力しているところです。そんな中でも、いろんな賞をいただいたり、指定を受けたりして、それを励みに頑張っております。
 私自身は、平成15年から農業体験メニューとして田植え、稲刈り、梅もぎ、梅の剪定、その他の関連メニューとして梅酒作りとか、その時々に合わせて体験を実施してます。そんな中で、私自身がそれを通して思うことは、子どもたちと関わっていくことで、自分自身が子どもたちから元気をもらっているということです。私は今、次男とおばあさんの3人暮らしなんですけれども、従前は、ずっと、じいちゃん、ばあちゃん、私(母ちゃん)のいわゆる三ちゃん農業だったわけです。それが、じいちゃんが亡くなって、ばあちゃんは介護が必要になり、今はいっちゃん農業で頑張っていますが、口ヶ谷と中という地域は高齢化率が52%を超え限界集落になりつつあります。この状況で、子どもたちにここに残って農業を継げというのはとても無理なことだと思うので、やっぱり今、今ここで何かをしておかんと、日置川は本当にもう寂れてしまうという思いで頑張っています。息子は私には言いませんが、陰では奥山会長さんには言ったらしいです。「お母さんは、ここの仕事を始めてからいきいきしてきた」と。
 平成15年度から白浜中学校は毎年民泊に来てくれているんですけれど、受け入れる私自身も去年よりも今年、今年よりも来年というように、アイデアをこらしたりいろんなことを工夫していかんとあかんですね。やっぱり、1回目、2回目、3回目と頭を使わないといけない。そしてまた、地域の人にも協力してもらわんとできんことなので、地域のおじいちゃんとかに田植えだったら綱を引っぱってもらったり、そんなことをしております。日置川地域は民泊の里が最後の生き残りかなと思って、家に修繕を加えて受け入れていこうと思っているところです。民泊をすることによって、みんながこうやって一堂に会して意見を交わすことができ、もう既に活性化に繋がるっていると思いますし、そこからまた新しい産業も生まれてくると思うんです。知事さんは、和歌山県は宝石に例えたら(磨けば輝くということで)原石やと言われているそうですので、ここで、みんなが力を合わせてその原石を磨いて、まるっと光が出るようになっていければと思っています。そのためには、やっぱり西牟婁振興局や県庁の皆さんのお力をいただかんといけないことですので、今後ともよろしくお願いします。

日置川の清流と技が創る ~紀州本藍染め~
<仁坂知事>
 それから、藍染めについて教えてください。藍染めインストラクターの方もおられるんですが、これはこの地域の伝統的な技法なんですか。これは、どういういきさつがあって藍染めが体験メニューとして始まったんですか。

<朝本政幸さん>
 この地域に日置川藍友会という藍染めの会があるのですが、私は父親から引き継いで2代目なんですが、日置川藍友会の事務局もさせていただいています。その中で、今やっているのは伝統的な技法というわけではありません。もともと、この日置川と藍染めの関係は、先ほど申し上げた藍友会の前身で地域の団体があったわけです。そこで、何とか地域興しにならないかと私の父親などが取り組んでいた時にですね、この地域が徳島の吉野地方によく似ていて、休耕田も多いということで四国の方から藍を植えないかという話がありまして、今、藍草を栽培して、収穫して四国へ売っているんです。昔、徳川吉宗公の頃にこの地域が紀州藍を育てていた時代がありまして、そういうことから、今、紀州本藍ということで売り出そうとしているんです。もともと、藍友会は染めることが目的ではなくて、休耕田を利用して藍草を栽培して四国へ売ろうということから始まったものです。
 しかし、四国では今、職人が減ってきているようです。昔ながらの伝統工法で、藍の原料である「すくも」というものを作る職人さんが少なく、5人ほどしかいなくなって、その内の2人はご高齢でダウンしそうな状況だそうです。化学的な現代の製法でやっている業者さんは他にもたくさんありますけれど、昔ながらの伝統工法でというと難しいようです。

<仁坂知事>
 和歌山県の日置川には、その職人さんはいらっしゃるんですか?

<朝本政幸さん>
 いないんです。ですから、藍を栽培して四国に売っているんです。そして、自分たちがここで使う分だけを藍染めの原料に加工して戻してもらっているんです。今はそういう状況です。

<仁坂知事>
 そうすると、四国の方でそういう職人さんがいなくなってしまうと、こちら日置川での藍染めもできなくなってしまうわけですか?

<朝本政幸さん>
 藍染めについては、まだまだ、やり方はいろいろあるので大丈夫ですが、先ほどからもシカの話がありましたけれど、藍草を植えても芽が出るとシカに食べられてしまうのが、頭の痛いところなんです。今のところは、お米を作るよりも藍草を栽培する方が売り上げに繋がるるので。

<仁坂知事>
 ああ、それは頷けますね。基本的には、主流は藍を栽培して売るということで、一部を自分たちの藍染めに使うというところだったんですね。

<朝本政幸さん>
 そうです。最初の内はそういうことでやっていたんですが、南紀熊野体験博の時に初めて体験ということになりまして、体験で受け入れた中で藍友会でずーっとやっていた部分だけが、南紀熊野体験博の後でも藍染め体験として残ったわけです。体験博では2000人ぐらいの人が来てくれまして、その指導をしている内に皆さんの技術がどんどん上達してきましたので、自分たちのブランドを作ろうということで、今、いろんな取組をやっています。今日、私が着ているシャツもできたてのほやほやで、妻に染めてもらって、隣のおばちゃんに縫製してもらってできました。今までだったら、藍染めは体験だけの世界だったんですが、いろんな仲間の人たちと製品化をして、いろんな所へ売りに行ってる状態です。

<仁坂知事>
 日置川の紀州本藍染めは四国の吉野の藍染めと比較すると、でき上がりに何か特色はありますか?例えば、色あいが違うとか、模様が違うとか。

<朝本政幸さん>
 まず、水が違いますので、日置川の藍染めのでき上がりの方が色が鮮やかです。こちらでは、日置川の水も上流に行けば行くほどいい水がありますので、きれいな水にさらすと鮮やかなブルーが出ます。

<仁坂知事>
 そうすると、四国の吉野の完成品に比べると、鮮やかさでは勝っているということですね。

<朝本政幸さん>
 はい、そうです。色あいでは勝っているつもりです。技術では、まだ負けていますけれども。染める技法については、まだまだ、四国の吉野の方が歴史がありますから。こちらも、だんだんと自信が生まれてきてはいるんですが。

<仁坂知事>
 その内、四国の吉野の技術に並ぶように頑張ってください。

高速降りたら「おとぎの国」
<仁坂知事>
 鈴木さんは旅行好きで、全国各地を巡っておられたと先ほどおっしゃっておられましたが、日置川に初めて来た時、何が一番良かったんですか。

<鈴木京子さん>
 はい。東京で育って、結婚して家を持つ時に埼玉に移って、その埼玉にいる期間に日本全国を、暇さえあれば旅行で巡っていたんです。それで、ほとんど知れ渡った所は行き尽くしてたので、最後には地図を広げて何にも無い所、有名でない所、特に、名所旧跡の記号が何にも無い所ということで選んだのが、この日置川だったんです。それで、来てみたら一目で気に入ってしまって、それから5年間は他には全然行かないで、日置川ばかり通いづめて、とうとう住み着いてしまったんです。
 日置川に初めて来た時、海、川、山の三つとも、何とも言えない穏やかな感じに見えたんです。日本国中巡っても、山が迫ってくるような感じがあったり、川もこんなに幅広くなかったりするわけで、何かここは海、川、山の三拍子が揃っているんです。

<仁坂知事>
 私は、時々、ちょっと格好付けて和歌山を紹介する時に「『優しい混沌』です」と言っているんです。鈴木さんの最初に抱いた印象とちょっと同じような感じがしますね。「和歌山県は何がいいんですか?」と問われると「『優しい混沌』です」と言ってるんですが、それで「和歌山県の一般的な観光PRになっているのかな」と少し反省しながらいつも言っているんですけれど。世の中には、鈴木さんみたいな人ばっかりとは限らないですからね。

<鈴木京子さん>
 前に雑誌の取材を受けた時に、その方は「『おとぎの国の世界』みたい」と言っておられました。海と山と川の優しい感じを見て。

<金子博子さん>
 この前、来月(8月)体験民泊で来てくれることになっている紀の川市の調月小学校の先生が、私のところに下見に来られた時のことです。私の地区には天狗伝説という伝説がありまして、安居地区にも三舞山という伝説の山があるんです。来られた先生が「ここに変わった山がありますね」とおっしゃるので、私が「あれは三舞富士です」と富士山にちなんで自分で付けた名前を言ったんですが、そこは昔から男子禁制なんです。一方、私の地区の天狗伝説の山は女子禁制なんです。そういうお話をしましたところ、来られた先生は「おとぎの国に来たみたい」とおっしゃったんです。全くの偶然ですが、やはり、他所から来た人にはそういうふうな感じになるんじゃないですかね。

<仁坂知事>
 ああ、それは何かおもしろいですね。テレビのコミカルなミステリー番組がありましたが、そういうのに出てきそうですね。
 朝本さんは商工会にお勤めとのことですが、今日、参加されている皆さんのようなお仕事に加えて、商工会では他の産業の経営指導などもされているわけですね。

<朝本政幸さん>
 はい。商工会の方では「大好き日置川の会」をベースに、四季折々に日置川を楽しめる民泊の里というテーマで中小機構(独立行政法人中小企業基盤整備機構)から、地域資源活動コーディネイト助成金をいただいて、将来このまちで民泊ができるかどうか、成功するかどうかという勉強会を今やっている最中です。
 その他、商工会の業務に携わっている中で感じることを申しますと、もともと、この町は何故か他の企業さんに人気がありまして、製材が盛んであった時に従業員として働いていた方々は時間に正確なんです。他の地域に行くと、遅れて来たり、早く帰ったり、農繁期で休むとかあったんですが、うちの地域だけは時間に正確だということで、縫製業さんとかいろんな製造業さんがたくさん来られました。バブルがはじけてからはそれも無くなりましたが、まだ、その頃は土木建設業の仕事がたくさんありました。今はもう仕事も減ってしまっているんですが、私の関係では町の一番の基幹産業、一番多く従業員を抱えている産業は何かというと、土木建設業しか無いと思うんです。

<仁坂知事>
 土木建設業という業種は、自己目的ということはあり得ないですよね。すべて、何か目的があって土木工事をするということで、土木工事のために土木工事をするということは無いですよね。だから、他のものが何かあったり、たまたま、道路ネットワークの計画の中に入っていれば需要が発生するわけで、土木工事をやってくださいというのは何となく変な話だと思うんです。例えば、この日置川はおとぎの国みたいでもの凄くいいところで、みんながいきいきとして暮らしていて、お客さんがもっと来易いように、近くまではもの凄くいい道路ネットワークで結ばれている。簡単に近くまで高速道路で来れて、そこからあとは少し一般の道路を走って、足を踏み入れたらおとぎの国なんです。そういうのが、私は一番いいと思うんです。

 いろいろと皆さんにお話をお伺いしましたけれど、さすが「大好き日置川の会」ですね。冷やかしているわけじゃなくて、皆さんようしゃべるなあと思うんですね。それだけ皆さんが熱い思いを持っているということではないかなと推測できます。
 皆さんの話を聞いていて共通に感じるのは、この会自体が自分たちを元気にするというところがありますね。こういうことは、都会に住んでいるとなかなか難しくて、都会ではみんな帰属感が無くなった世界にいるんですね。この「大好き日置川の会」におられるような人も、みんなが個別ばらばらであったら、ひょっとしたら帰属感が無くなっていたかもしれませんね。それで、地域には子どももおらない、年寄りばっかりになって、元気が無くなっていたかもしれませんけれど、この「大好き日置川の会」ができて、みんなと話しているだけで何となく楽しく、刺激にもなって、帰属感ができていい感じがもの凄くよくわかるなあと、私は感じました。
 それから、中原さんや佐本さん、玉井さんみたいに若い方も結構いらっしゃって、いろんな方が一緒になって力を合わせてやっているのはすばらしいことだと思います。しかも、ほんまもん体験観光のアレンジまでできるようになっているということですから、大変すばらしいと思います。是非、今後とも頑張っていただいて、世界のモデルになるような日置川になってください。高齢化の問題、都会以外の地域の衰退、エネルギーの問題、農業の停滞などどこにでもある課題なんですが、ここ日置川は、その課題を解決するモデルを提起できる地域であるように思います。是非、頑張っていただきますように。私たちも応援させていただきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

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