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紀の国いきいきトーク
「紀の国いきいきトーク」は、私が県内各地に出向いて、県民の方々と気軽に話し合い、県政に対する理解を深めていただくとともに、各分野で活躍されている県民の方々の生の声を県政に反映させていくために開催するものです。ここでは、様々な分野でいきいきと活動されている皆さんとのざっくばらんな懇談の様子をご紹介します。
第15回 紀の国いきいきトーク対談内容
平成20年5月19日 御坊市
<仁坂知事>
皆さん、こんにちは。
今日は、自分の心の中の自慢の和歌山高専で、皆さんとお話ができるのを大変楽しみにして来ました。高専ロボコン全国大会で2年連続準優勝された後、昨年12月に県庁に来ていただいてお会いした方もいらっしゃいますし、初めての方もいらっしゃいますね。今日はどうぞよろしくお願いします。
それでは、私からお聞きして皆さんにどんどん語っていただきましょうか。今日は皆さん、テーマ別に代表選手が出てるんで、テーマ毎にお聞きしますので、苦労話などをお聞かせ願えたらと思います。
ロボコン軍団の飽くなき挑戦
<仁坂知事>
まずロボコンからいきます。全国高等専門学校ロボットコンテスト2年連続準優勝の小山さんは、昨年はロボコン部の主将でしたね。ロボコンについては優勝チームは一昨年と変わっているんだけど、準優勝チームは2年連続で和歌山高専ということで、いつも安定した成績なんですが、あれは「何でうまいこと行ったんかなあ」とか、苦労話とかありますか。
<小山さん>(機械工学科、4年)
うまくいったのはやっぱり、早めにマシーンを仕上げて実践練習を積み重ねたことです。実際に動かしてみて、対戦させて「ここがだめ」っていうふうに改良していったのが良かったと思います。
<仁坂知事>
いつコンテストがあったのでしたっけ?それで、今おっしゃったように、一応完成してから実践に入ったのはいつですか?
<小山さん>
去年は、地区大会が10月28日で、全国大会は11月25日でした。一応、8月にでき上がってから実践に入って、動かしては改良していって、結局3回ぐらい設計変更して、最後に今の形になりました。考えてみると、2か月くらいの間、作っては動かしてみて、設計変更の繰り返しでした。
<仁坂知事>
そうですか。そういうふうにして万全を期してコンテストに出たわけですね。去年の12月23日に、和歌山高専のロボットブームを言わば検証するという形で「小山さんたちに続け」という世代の小中学校の子どもさんたちの参加するコンテストを御坊市で開催したわけです。その時に、皆さんが見せてくれた模範演技ですが、あれはなかなか素晴らしいものがあったと思います。みんなそれぞれ工夫してやってましたね。ただ、その時のことなんですが、中学生のロボットを見てると、もの凄く良い設計ができていて強いかなあと思ってても、故障っていうのが結構ありましたね。だから、小山さんたちのように、作っては動かしてみて、設計変更の繰り返しという苦労話も分かりますね。現実の世界を考えると、実際にそういうことで世の中は動いているわけだから、なるほどと思いますね。今後もあのような場を通じて、小山さんみたいな人たちの後を継ぐ世代が刺激を受けて、育ってくれればいいなと思っています。小山さんは、そういう人たちの憧れの的でもあるわけだから、また今年も頑張ってください。
笑いロボット ~伝統文化と工学技術のコラボ~
<仁坂知事>
古久保さんは笑いロボットをチームで作られたんですね。これのおもしろいところや売りみたいな部分はどこですか?それと苦労話とかがあれば聞かせてください。例えば、メカにどんな動きをさせるかなどで苦労されることはないですか?
<古久保さん>(メカトロニクス工学専攻、1年)
売りといえば、日高川町の丹生神社の笑い祭に登場する「鈴振り」というモデルになった人に似たような動きができるというところですね。人間の動きと機械の動きは必ずしも同じではないですから、ロボットを作る場合は機械の色々違う動きを組み合わせて、人間の動きに見えるようにすることに苦労します。例えば、関節とかでも人間と全く同じように動くわけではないですが、どのような動きをどのように組み合わせて、人間の動きに見せるかということが一番苦労するところです。
<仁坂知事>
ああ、そうか。人間の動きそのものをまねするのはなかなか難しいから、複合した動きで人間の動きの様に見せるわけですね。なかなか、深いものがありますね。さっきの小山さんの話のように、このロボットは故障しませんか。人間だから、この方はですね。この方はご病気になられませんか?
<古久保さん>
作っている時は、しょっちゅう故障があったのですが、最近はそんなに頻繁にはありません。ただ、あまり動かしてないですが。
<仁坂知事>
この方(笑いロボット)は、本番としてはどういう時に出て行ったのですか?
<古久保さん>
今年の正月の三日から十三日まで、日高川町の丹生神社で「初詣初笑い」というイベントがあったのですが、そこでデモンストレーションを行いました。
<仁坂知事>
そこでは「わっはっは」と笑うこの方(笑いロボット)によく似た方(鈴振り)が本番で出られましたよね。その鈴振りさんの横で、このロボットも「わっはっは」とやったわけですか。二人で同じような動きで「わっはっは」とやったんですね。おもしろいですね。それで、次のバージョンなんかも考えているんですか。例えば、笑いロボットの次は、貴志川線の人気の「たま駅長」のまねっこをするロボットだとかどうですか。また、色々、どんどんオリジナリティを発揮してやっていってください。
ソイルタワーを和高専の十八番に
<仁坂知事>
大橋さんは昨年のソイルタワーコンテストで、東京大学など天下の有名大学を撃破して優勝した先輩グループの後継者ですね。大変ですね、先輩が凄いから。期待が大きいと大変だけど、今度また、撃破せなあかんね。ここで、ソイルタワーコンテストっていうのを、皆さんは知らないと思うので、ちょっと説明してあげてください。
<大橋さん>(環境都市工学科、5年)
はい。ソイルタワーコンテストは、粘土、砂、れき等の与えられた4つの材料を組み合わせてタワーを作成し、美しさ、高さ、どれくらいの荷重の強さに耐えられるか、プレゼンテーション能力というものを審査して、順位を決める大会です。
<仁坂知事>
ソイルタワーっていうのは土の塔ですよね。それで、土の塔で何を見るかというと、土木工学の基礎の力量がどのくらいあるかを見るわけですね。材料として、粘土とか砂とかが与えられて、タワーを造るんですね。それで、美しさと高さと強さを競いあうということですね。大橋さんも先輩たちの横で研究を見てたとか、アシスタントとして参加してたとかそんなことはないの?
<大橋さん>
いえ、特に近くで見ていたということではないです。昨年優勝した先輩方は卒業研究という形でやっていましたので、コンテストには5年生だけしか出ていません。別に5年生しか出られないというルールではないのですが、和高専からは研究室単位(環境都市工学科の地盤耐震研究室)で出場し、5年生ばかり3人というチームでした。
<仁坂知事>
そうしたら、初めは「ソイルタワーって、何のこっちゃ」っていう感じだったんですね。それで、だんだん分かってきたところで、今度は、コンテストに向けて「よーし、頑張らないかんぞ」っていうことになったんですね。ソイルタワーコンテストの課題とかは事前に知らせてくれるんですか。それとも、コンテストのその場で与えられるんですか?
<大橋さん>
正式には、コンテストの一週間前にどの材料を使うというのは知らされます。高さなども事前に分かっているんですが、量はコンテスト当日にならないと知らされないです。それでも、もっと前から「大体こういうのだろうな」と予想しながら研究を重ねています。
<仁坂知事>
コンテストの一週間前になって、高さが分かり、材料が分かるから、それで考えるんですね。与えられた条件でどうやっていったらいいかを。一週間で勉強しないといけないんですね。一週間で、造っては壊し、造っては壊しとやるわけですね。ほとんど徹夜みたいなことになるね。頭も使わないといかんしなあ。これは、しかし、ちょっとおもしろいですね。あんまりプレッシャーかけたらいかんけどね。身体をこわさないように頑張ってください。
文武両道を可能にする和高専の校風
<仁坂知事>
出口さんは入学以来首席だそうですが、凄いなあ。首席をずっと続けているというのはもの凄いね。大体、普通、順位が上がったり下がったりするけどね。みんな賢い子ばっかりいっぱいいるから大変でしょうね。これは、学科試験みたいなもので順位が付けられるんですね。
<出口さん>(電気情報工学科、5年)
そうですね。みんな偉いですから大変です。順位は定期試験として実施される、中間テスト、学期末テストの成績で決まっています。
<仁坂知事>
だけど、ちょっと辛いね、入学以来首席なんて言われてしまうと「次回の試験で首席と違えばどうしようか」なんて思ったりして。まあ、その時はその時で「別にええわ」と思えばいいよね。でも、勉強ばっかりしてるわけじゃないんでしょ。他にも色んなことやっているんでしょう。ロボット作ったりなんかはしてないんですか?
<出口さん>
はい。僕は1年生から野球部に所属してまして、毎日の練習が終わった後に予習、復習をずっとしていましたね。
<仁坂知事>
だけど、野球部で活動しながら勉強をしっかりやるって結構大変やね。私は桐蔭高校だったんですけど、その当時も野球部はもの凄く熱心に練習をやってましたね。
<藤本先生>(電気情報工学科教授、教務主事)
和歌山高専の野球部も強くなってきまして、春季大会でもベスト8までいきました。でも、彼はオーバーエイジ(年齢制限超)だったんで出られなかったんです。高校生の大会ですから、5年生の彼は年齢制限によって出られないんです。
<仁坂知事>
あーそうか。もう出られないんだ。それでも、今でも練習を見に行ったりするんですか。「こら、後輩、やらんかい」とか言ってノックしたりするんですか?
<出口さん>
たまに遊びに行って、ノックの手伝いぐらいはします。
<仁坂知事>
野球もしながら、色んなことやりながら、首席を通すというのは偉いね。だって他の学生も賢いものね。順番が入れ替わることなんか当たり前のことだよね。これは偉いな。分かりました。頑張ってください。ここで、出口さんから、この学校の良さをPRをしてみてください。
<出口さん>
和歌山高専には学生寮があって、服装や髪型は自由です。その自由な環境の中で、クラブ活動や遊びなどから自分自身にけじめをつける力、親に言われるのではなく自分で勉強に切りかえていく力を身につけていけるというのは、この学校の素晴らしいところです。
<仁坂知事>
なるほど。そう言えば、茶髪もいるし、黒髪もいるし、長髪もいるし、丸坊主はいないけど、色んなスタイルがあってなかなかいいですね。私は、やっぱりそういうセンスは大事だと思っていますし、何も「茶髪にしろと」言ってるわけではないですが。大勢の中で、人に言われるのではなく自分で自分を律するという訓練をするということは、もの凄く大事なことだと思うわけです。大学でも、高校でも、あるいは社会に出ても、色んな支配的なモードというのがあるわけですが、そうした支配的なモードの中でしか自分は生きていけないと思ったら、その人の人生はおもしろくなくなるわけです。支配的なモードの中でも自分で自分の位置付けがきちんとできて、それぞれが思うように活動することができればいいと思います。皆さんの様な学生生活を送っていると、実社会に出てもきっとスムーズに入って行けるんじゃないかな、そんな気がします。
県立工業高校から和高専へ
<仁坂知事>
福本さんは田辺工業高校から編入生だそうで、田辺工業高校を卒業して、こちらで4年生から編入するというスタイルですね。編入生の方は何人いらっしゃるんですか。
<福本さん>(電気情報工学科、4年)
はい。僕を含めて13名です。その中には留学生の方もいます。
<仁坂知事>
高校時代と比べてこの学校の勉強のレベルは高いと思いますか?まあ、編入してくる前は高校生だったけど、ここでは高校を卒業してからの4、5年だから比較しにくいと思うけど。1年生からというか、中学校を卒業してこの学校に入学してこられた人は、結構勉強は進んでいると感じることはありますか?
<福本さん>
今はまだ、ここに来たばっかりで1年生と一緒だと思っているんですが、勉強のレベルは高いと感じますよね。ここへ来てからは色んなことを勉強しているんで、今は勉強について行くのが必死です。ここでは高校で学んでいないこともいくつかあったので、中学校を卒業してこの学校に来た人は、結構勉強は進んでいると思います。今は、その分の遅れを取り返さないといけないと思っています。
<仁坂知事>
だけどまあ、そうやってキャッチアップ(追いつこうと)しようというのは立派だね。目つきを見てても立派ですよ。何か「こりゃもうついて行けんわあ」っていう元気のない顔してませんよね。やってやるぞって顔してます。是非、頑張ってください。
AO(体験実習選抜)入試合格第1号は800人をまとめる学生会長
<仁坂知事>
芝野さんはAO入試で入学されたそうですが、AO入試って、学科試験それ自体はやらないで、別の方法で能力を評価して合否を決めるという制度ですね。これは、やはり高校を卒業してから編入という制度ですか?
<芝野さん>(電気情報工学科、4年)
いいえ。僕は中学校を卒業してからの正規入学です。僕が受けたAO入試の制度は僕らの学年から始まったものです。
<藤本先生>
普通、入学試験は筆記試験で学力を見ますよね。本校のAO入試っていうのは、筆記試験をする代わりに実験実習で力を見て、それで合否を決めようという入試制度で、ちょうどそれが芝野君の時から始まって、彼がその制度による合格第1号です。入試の際には、こちらでテーマを設定して、それをたくさんの受験生が実験するわけです。それを何人かの教員で採点させていただきます。評価は、工夫とか、もの凄く手際よく実験するとか、めざましく習熟しているとか、そういうことを満たしているかどうかを見ていきます。
<仁坂知事>
なるほど。中学校からAO入試って受検できるんですね。私は桐蔭高校だったんですが、私たちの頃は1学年に12クラスもありましたから、こことは比べものにならないくらいマンモス校です。ここは、全学で800人でしょう。ということは、1学年160人くらいでしょう。私たちは1クラス50人で、1学年で600人ですからね。それでも、卒業までに全部の学友の顔ぐらいは覚えてやろうと思ったんですけど、何人かは分からないでそのまま卒業しちゃったという感じですね。それと、顔は分かってたはずなのに「何でおまえこんな顔になってるんや」というぐらい顔が変わっている場合もありますね。「俺の顔分かるか」と聞かれても分からなくて、名前を聞いて、ちょっとひどい感想を言って怒られたりしましたけどね。何十年も経つと懐かしいですよ。特に、こういう色々な特色を持ちながら、それぞれ、自己実現をしようとしている学校というのは、諸君の人生の中では最も印象深いんではないかな。
芝野さんは学生会長だそうですが、学生会長というと生徒会長みたいな役職ですね。学生会ではどんな活動をしているんですか?
<芝野さん>
特に、体育大会とか高専祭のイベントの準備、運営を中心にやってまして、最近、特に力入れているのは、イベントも大体学生会が全部やっていたんですけれども、もっと色んな人も一緒に準備からやっていって、チームワークのようなものができるように、信頼感を高めていけたらいいなあと思っています。
<仁坂知事>
色んな人というのは、学生会の幹部グループだけじゃなくて、一般の生徒さんもみんな参加せーよ、ということですな。
<芝野さん>
はい。それを運営するための委員会もあるので、学年の壁やクラスの壁を超えて、一緒に運営をしていく環境を作れたらなあって考えています。
<仁坂知事>
学生会長になる時はやはり選挙で決めると思いますが、芝野さんはそこに立候補したわけですね。恥ずかしくなかったですか?演説とかもやらないかんと思いますが、演説に苦労したとかいうことはないですか?
<芝野さん>
選挙で選ばれるんですが、恥ずかしいというよりも「もし落ちたらなあ」っていう不安の方がありました。演説もやるんですが、初めの頃は全然だめでしたけど、何回かやっていくうちに前に出る機会が増えると少しずつ慣れてきたと思います。
<仁坂知事>
知事選の時のことですが、私も最初のうちは演説にはえらい抵抗があってね。なかなか簡単じゃないんですよね。やはり、こういう場でじっくり話をしていると皆さんも聞いてくださるし、それから、自分のことも分かってもらいやすいと思うんです。しかし、相手は100万人いますからね、有権者はもっと少ないんですが、それだけ大勢の人にどうやって「自分は頑張ります」ということを伝えようかと考えると、本当に難しいと思いましたね。そういう意味で、学生会長としての苦労の一部でもあるのかなとちょっと思ったわけです。一歩前に出てプレゼンするというのは大事なことだと私は思うんですが、県庁の人もそうだし、県民の人もそうだし、あるいは学生さんなどはもっとそうで、プレゼンが下手ですね。私も下手だと思います。今みたいなお喋りはなかなかできなかったですよ。やっぱり、ちょっとビビるんですよね。ビビって恥ずかしくなるんですよね。
<藤本先生>
彼は演説がうまいんですよ。卒業式や入学式で演説すると、僕らよりずっとうまいです。
<仁坂知事>
うまい。天性の才能があるんですね。私はプレゼンはもの凄く大事だと思うんです。私がイタリアに居た時のことですが、日本についてもの凄くよく知ってる友だちで、イタリア人の大学の先生から言われたことがあります。「仁坂さん、日本の子どもたちはもの凄くいいし、日本の教育も素晴らしい。でも、一つだけ欠けているものがあると思う。それは雄弁術だ」ということでした。つまり、自分を表現する、それで相手の人たちに自分を分かってもらうという技術のことです。そういう技術については「日本人は大変下手くそな割に学校でも教えないね」とも言ってましたね。芝野学生会長さんは別に教えられたかどうか分かりませんが、訓練して凄く上手になる可能性があるということです。ご苦労さまです。
学生寮(柑紀寮)リーダーの心得
<仁坂知事>
坂口さんは、指導寮生委員長。指導寮生委員に長がついているわけですが、指導寮生委員は何人ぐらいいるんですか?坂口さんはそのトップにいるわけですね。寮で一番偉い人ということですね。
<坂口さん>(物質工学科、5年)
この学校には柑紀寮っていう寮があって、そこに住んでいる3年生以上の高学年の学生内に、指導寮生という下級生や同学年の子を指導する立場の寮生が70人くらいいます。僕は、一応、指導寮生70人の中で一番上にいます。
<仁坂知事>
さっき、韮澤校長先生から「あそこが寮なんですよ」と教えていただいたんですが、寮生活は楽しいですか?
<坂口さん>
そうですね。僕は3年生の時から指導寮生をしていて、今は1年生の指導をしているので一人部屋を与えられて生活しているんですが、1年生と2年生の時は二人部屋だったんです。今の1年生はみんな三人部屋なんですが、やはり、家だと友だちがこんなに近くにいるということがまずないと思うんです。夜でも、ドアを開けるとすぐ隣に友だちがいて、夜遅くまで話をしたり勉強を教えあったりできるんで、かなり有意義な時間を過ごせます。
<仁坂知事>
本当の人間相手のコミュニケーションができますね。いいことか悪いことかは分からないが、私がちょっとどうかなと思っているのが、コンピュータを使っての会話です。もちろん、それをやらないと不便だからどうしようもないと思うんですが、相手の表情を見たり、目を見たり、声を聞いたり、つまり生きた人間を相手にするのと、自分でコンピュータに言葉を入れてしまって、何秒か、何分かしたら返事がパッと返ってくるというのでは違うよね。どうも、さっきの恥ずかしがりの日本人の部分がこういうところで表れていると思うんです。コンピュータで会話する方が楽なので、人間と人間の会話ができなくなっているような人が、随分増えているような気がするんです。私は、コンピュータでの会話もやったらいいと思うんですけど、今のお話のような寮の生活みたいなのがあれば、そういう弊害も無くなりますね。ところで、寮生活していると、何か色々もめ事なんかも起こるでしょう?そんな時は、出て行って解決してあげるの?指導寮生委員長としては。
<坂口さん>
そうですね。僕らに「どうにかしてくれ」と言ってきたりとか、もめ事の現場を見つけたら「何やってんねん」と注意します。まあ、分かる範囲でやっています。
<仁坂知事>
中には深刻な話とかはありますか?「いや、困ったなあ」とか、「これはあかんわ」というような話はないですか?坂口君が出て行って、何とか話をしたら皆が分かってくれたと言う感じになりますか?
<坂口さん>
今のところは、そんなに深刻な話はないですね。ちょっと厳しめに注意したら分かってくれますね。僕は、今、1年生の担当なので、最初が肝心だと思っています。初めちょっと楽させたら、そこからずるずるいっちゃうので、ちょっとここは心を鬼にして注意してやらんといかんと心がけています。
<仁坂知事>
偉い。是非、そういう伝統を引き継いでもらうといいですね。
「梅」の力に「化学」の力で挑戦
<仁坂知事>
杉野さんは前学生会長だそうですね。前学生会長ということは、芝野さんの前の会長さんということですね。ご苦労様でした。専攻科に入ってみて、それまでの高専の本科の時とは随分違いますか?
<杉野さん>(エコシステム工学専攻、2年)
5年生の時から卒業研究というのが始まるのですが、5年生の時からはあまり変わらないですけれど、一番変わったのは特別研究という5年生からずっと続けている研究の時間が大幅に広がって、研究に専念できる時間が多くなったと思います。5年生の時は、先生にアドバイスをいただいてやっていくという感じだったのですが、今はもう、自分から先生に「こういう研究がしたいです」と言って行けるようになってきています。やはり、これは専攻科に入ってから変わったと思います。
<仁坂知事>
先生に教えてもらうよりは、自分で深く研究しないといかん、そういうところが多くなったということですね。それは大したものだね。それで、杉野さん自身は何を研究しているんですか?
<杉野さん>
私は、化学系の研究をしていまして、県内の日本酒メーカーさんから出された、血流を改善できると言われている成分の研究をしています。
<仁坂知事>
ムメフラールですね。この間、そのメーカーさんに話を聞きに行ってね、洗脳されてね。
<杉野さん>
そのメーカーさんは、梅から直接抽出しているんですが、私がやっている研究は、それを化学合成して自然から得るよりも安くやろうという目論見です。そうすることで、もっと全国に「こういうのあるよ」というのを広められるんじゃないかと思っています。
<仁坂知事>
おお、これは大変だ。その研究成果が確立すると、梅の値段がガタ落ちになって、知事としては別の心配をしなくてはいけませんね。(笑)でも、ありとあらゆることに、知事の思惑に関係なく挑戦してみてください。何でもそうだもんね。例えば、染料もそうだし、お薬なんかもみんなそうですね。それによって世の中が変わっていくんですよね。科学の発展を止めちゃいかんよね。その発展にしたがって、それを所与条件として農業の人だって、企業の人だって、今後は自分たちで経営改善していかないとしょうがないもんね。杉野さんのその研究がうまくいって、人工合成できればおもしろいね。
プログラミングがもたらす和歌山のビジネスチャンス
<仁坂知事>
川口さんには前にもお会いしましたね、去年の12月に。プログラミングコンテストの敢闘賞をとられた時。おめでとうございます。高専というと工業というイメージがあるんですが、和高専には電気情報工学科という学科があって、今、ちょっとずつ全体の中で増えつつある。そういう感じですね。川口さんはどんなプログラムを作ったんでしたか?
<川口さん>(電気情報工学科、4年)
そちらにパネルがあるんです。(パネル提示)「子どもとお年寄りをつなぐ」というコンセプトで、子どもでもお年寄りでも分かりやすいというネットワークを使ったすごろくを作ったんです。なかなか、子どもとお年寄りって、今、離れて暮らしている場合が多いと思うんです。それでも、簡単にコミュニケーションがとれるように、タッチパネルにタッチしてコマを進めていく、普通のすごろくに近いような形です。実際にやっているような形ということで、ビデオチャットを使ってみたり、それから、あとはボイスという形で、なるべくキーボードとかマウスをさわらないように、子どもでもお年寄りでもできるように考えています。
<仁坂知事>
遠隔地で子どもとお年寄りがすごろくで遊べるわけですね。画面だけではなくて、こっち側での色々話している会話とかも出るわけですね。おもしろいね。ところで、将来はどんな人生設計をしてるんですか?
<川口さん>
ゲームのプログラミングが好きなので、ゲームの会社に入ってプログラムの仕事を続けていけたらなあと思っています。
<仁坂知事>
日本は今や、こういう技術では世界の冠たる位置にいますからね。だんだん、機械、メカニズムでなく、こういうコンテンツで売っていく方向になると思いますよね。いわゆるコンテンツ商売みたいな形ができてくると思うんです。本来ならば、川口さんが和歌山で創業でもしていただいて「川口すごろくカンパニー」かなんかを創って「全国で何億円も売れちゃいました」っていうのが一番いいけど、川口さんが全国どこに行っても、自分の人生を最大限使ってもらったらいいと思っています。実は私は、コンテンツとかパッケージあるいはツールというようなものであれば、何も大都会に行かなくても和歌山でも作れるなと思うんです。
<川口さん>
はい。ソフトウエアの会社もそっちを見たと思います。田舎と言うと悪いのですが都会でなくても作れると思います。
<仁坂知事>
その昔むかしはハードウエアがあって、それを動かすためのアプリケーションは、お客さんの言うニーズにしたがって一人ひとり全部違うものを作っていたんですね。しかも、力任せにね。そうすると、お客さんがたくさんいる所でないとソフトウエア技術者などは生きていけなかったわけだけれど、だんだん、ブロードバンドが普及してくるとどこでも作れますよね。だから、本当は川口さんが就職したらいいなと思うような会社がね、和歌山にたくさんできるといいなと思って、ちょっと努力をしているんですが、なかなか、川口就職まで間に合うかどうかは分かりません。(笑)頑張ってやってください。
留学生がデザインで全国をリード
<仁坂知事>
マレーシアから留学されてるティオさんですね。デザインコンペンションの優秀賞をとられたということで、昨年12月に県庁でお会いしましたよね。私は、ついこの間までマレーシアに囲まれているブルネイにいたんですが、ティオさんはマレーシアの半島の方ですか?何州ですか?
<ティオさん>(機械工学科、5年)
西マレーシアのマラッカ州です。
<仁坂知事>
西マレーシアだから半島だね。マラッカ州は伝統と歴史ある所ですね。ティオさんは、3年生に編入して、今5年生なんですね。さっき話した福本君は4年生に編入ですよね。そうすると、外国からの留学生はみんな3年生に編入するんですか?
<韮澤校長先生>
教育年限が日本とマレーシアでは違いますので、マレーシアの学校を出てこちらに来た場合、教育期間が足りないので、3年生に編入するという仕組みになっています。
<仁坂知事>
ああ、そういう感じですか。日本に行ってやろうと思ったのは、どういうきっかけですか?
<ティオさん>
僕はロボットが好きなので、日本ではロボット工業が進んでいると聞いたことがあるので、憧れて来ました。マレーシアにいた時も、あまりやっていたわけではありませんがプログラムとかソフトウエアとかにも興味がありました。
<仁坂知事>
そうですか。日本語の勉強もしないといけないしね。これは大変でしたね。私はブルネイに3年間も居たけど、マレー語も中国語も全く覚えずに帰ってきたので、これが逆だと大変だろうなと思いますよね。ティオ君はマレーシアの中で、名前からすると中国系のご家庭ですね。ご先祖はずっとマラッカに住んでおられるんですか?
<ティオさん>
おじいちゃんは1940年頃、マレーシアに来てそこに住みました。中国では、チャオツォン、と言う所です。東の方です。漢字で書いてみます。
<仁坂知事>
東の方?これがね、中国語のきれいな発音が分からないんですよね。(紙に書かれた漢字を見て)ああ、潮州ですね。勝手に日本語で発音してごめんなさい。なるほど、分かりました。それで、日本に来てみて、あるいは和歌山に来てみてどうですか?
<ティオさん>
ここは、結構マラッカの雰囲気と同じで住みやすい所ですね。
<仁坂知事>
ああ、確かにね。暖かいしね。目の前を船がばんばん通るしね。もうちょっとマラッカ海峡の方が狭いですかね。それから、昔はこの辺にもちゃんと海軍ないしは海賊がおりまして、マラッカにもちゃんと海賊がおりますね。私は東南アジアの歴史とか産物とかを、ブルネイに居て結構勉強しましたから、何となく懐かしいなあという気がしますね。だけど、日本語の勉強を必死でやりながら、デザインコンペティションで優秀賞をとられて、なかなか立派じゃないですか。単にみんなについて行くだけじゃなくて、全国でも認められたわけだからね。ティオさんは、デザインコンペティションには橋の設計で出られたんですね。
<ティオさん>
はい。そこに置いてあるのですが、橋を設計しました。
<仁坂知事>
橋の設計。あれは、何が決め手ですか?評価されるのはどのようなところですか?
<ティオさん>
荷重と構造美で評価されます。ステンレス板で造らなければならなかったので、結構大変でした。
<仁坂知事>
ステンレス板は、自分で加工していくんですね。それは大変ですね。確かに美しいですねえ。
「しつこさ」が生み出すデザインコンペティション優秀賞
<仁坂知事>
平野さんもデザインコンペティションで優秀賞とられましたね。平野さんも橋を造ったんでしたっけ?パスタ。パスタで橋を造ったんでしたね。これもやはり、荷重と構造美を競うんですか?
<平野さん>(環境都市工学科、4年)
はい、ティオ君と同じ橋梁なんですが、この下に置いてあるパスタの方の橋です。これも、いかに過重に耐えられるかと、あとは見た目の問題です。
<仁坂知事>
これをパスタで造るっていうのは、どんな意味があるんですか?
<平野さん>
何を使って造るのかはその年によって違うんですが、引っ張りに強くて圧縮に弱いという特性を持っているパスタが、去年は材質に選ばれています。その中で、重さの規定、大きさの規定を守って、いかに強くて見た目の良い橋を造れるかということを競うものです。
<仁坂知事>
それで、これは自分で全部考えないといけないわけですね。例えば荷重をかけたりしてテストするんですね。うまく設計できていないと、パリッと壊れたりして、そして、さっきのロボットと同じように、少し変更したりもするんですか?これは造るのにどれくらいかかりましたか?
<平野さん>
そうですね。テストはおもりを載せたりします。だから、何回も造っては壊し、造っては壊しの繰り返しですね。その度に、どこで壊れたかによって、壊れた箇所を次は強くしようとかします。去年の5月中旬ぐらいの時期から造り始めていて、11月に大会があったのですが、その間に何十回も造っては壊しでしたから、5か月はかかったことになります。入選した作品そのものも、本番の会場で壊れてしまったので、ここに置いてあるのは、また同じものを新しく造ったものです。
<仁坂知事>
それは大変でしたね。やっぱり、繰り返しとかしつこさとかは大事ですね。しつこさって言葉は悪いですけど。何事もそうですよね。なかなか、一発で簡単にうまいこといかないですもんね。頑張って何度か挑戦していく。これは、スポーツでもそうですし、何でもそうですね。いい勉強されましたね。
結果が証明する指導者たちの力
<仁坂知事>
そういうご指導をしておられる先生方がいらっしゃいますが、山口先生は、先ほどお聞きしたら太陽電池の専門家でいらっしゃるのに、何かロボットの山口になってしまったらしいですね。
<山口先生>(電気情報工学科教授、専攻科長)
そうですね。ロボコン部の顧問をやってましたので、私はそんなに知識はないのですが学生さんがしっかりしていたものですから、ロボコンの方ですっかり有名になりました。
<仁坂知事>
スポーツの世界などでは顕著だと思うんですが、やっぱりいい指導者がいると伸びますよね。別に、山口先生のどこがどうかと私に評価できませんが、少なくとも結果で見た時に「運だけですよ」というものではないと思います。
<山口先生>
学生さんが毎日遅くまでよく頑張っていましたので、やっぱり学生さんの頑張りだと思います。
<仁坂知事>
小山選手、選手から見ると山口先生はどうですか?凄く頼りにしているんでしょう。
<小山さん>
はい、凄く頼りがいがあります。「こういう部品を買いたいんですけど」って言ったら、すぐに注文してくれたりするんです。(会場全体に笑い)あと、たまに「ここをこうやったらいいんちゃうか」と言って、アドバイスをくれたりします。ちゃんと、行動とかも判断してくれたりします。
<仁坂知事>
ああ、そうですか。単にお財布だけではなくて、学問的意味でも指導してくれるわけですね。よく分からないんですけど、役所に入りますと法学部出身の人が多いんです。私は法学部出身じゃないんですが。それで、一緒に仕事をしている人で法学部出身の人がいたんですが、法律知識がきれいに棚に入っている人と、ただ法学部を出ましたというだけ人の二通りいるわけです。それで、きれいに棚に入っている人というのは、私なんかが新入生で役人の一年坊主みたいな頃に尋ねますと、棚からすっと出してくれて「こういうことかな。勉強してみたら」と言ってくれるわけです。立派だなと思いましたよ。先生がどんな棚を持っているのか分かりませんが。
<山口先生>
私たちよりも、学生さんの経験とかが非常に重要になります。さっき、杉野さんも言ってましたけど、結構、本科のうちに専門的な知識をたくさん勉強するんですね。だけど、その知識を本当に使えるかというと、いかんせん難しいわけです。そこで、そういう知識を使えるようなトレーニングをしています。専攻科になりますと研究が非常に多くありますので、知識を知恵に変えるというか応用できるように重点的にやっています。特に、ロボコンの学生たちは直にロボットを造りますから、普段勉強したことをどうやったらよりいいロボットに実現できるかを考えていて、そういう経験が非常に重要だと思いますね。
<仁坂知事>
今日は、そう言えば皆さんそれぞれ(知識を)使った人、そういう人が集まっていますね。何もロボットコンテストだけじゃなくて、学生会長ってのはそれこそ現実のイベントを通じて人を動かしているわけですよ。簡単に動かないものね。人間ってね、ぶつくさ言うし、けっ飛ばしても動かないもんね。それを、どうやって動かしていくかというのは、一番難しいことかもしれませんね。
藤本先生は教務主事さんとして、カリキュラム編成や入試などの部分で学校を運営する裏方の役目をしているんですね。私はもの凄くこの学校を尊敬しているんです。高専というシステム全体がそうかもしれませんが、比較的少人数でちゃんとレベルの高いことを教えて、かつ、こういうふうにして実践もしている。寮に入ってもらって、人間関係もきちんとして、本当に立派な理想的な教育だなと思うんですね。だけど、まあそれも細部を色々直していかないと、時代から取り残されたりしたら学生ががっくりきてしまいますからね。藤本先生たちの立派な日頃の業績が大きいと思いますね。
<藤本先生>
この学校というのは普通の学校に比べて方向がはっきりしていますから、やりやすい面はあるんです。。将来の職業もある程度絞られてしまっています。その分、皆さんもどこに努力したらいいのかっていうのがはっきりしています。学生さんも色々元気にしてくれてます。知事さんも、和歌山県を元気にしようと思われていると思うんですけれども、僕自身は学校というか組織自体を元気にできたらなあと思っています。僕自身、前は民間会社にいたんですけれども、その会社というのは、やたら組織が変わるんです。ひどい時は年に2回くらい組織を変えるんです。「何でそんなに変えるのかな」と当時は思っていたんですが、その時の社長は「組織を澱ませないないようにしよう。活性化しよう」としていたそうです。だから、この学校を元気にするために、一つは、色々な特徴を出して特徴ある学校にしたい。もう一つは、組織を澱ませない。常に新しいことを取り入れて変えていこうと。前にいた会社では「変わること自身にも意味がある」と言われたんですが、ここへ来てその意味が実感としてよく分かりました。どうやったら活性化するかということだと思うんです。
<仁坂知事>
だけど、変わると、結果、失敗だったというのもあるでしょう。それは、前の会社の時、及び、この現在、それはどういうふうにして対処するんですか?
<藤本先生>
少し変えるにしても凄くエネルギーが要ります。今、おっしゃられた様に、必ずミスが起こります。それをどうやって組織としてバックアップしていくかです。変わらないのが一番楽かもしれない。ただ、変えることによって色々いいことが出てくる。もし、それに不具合があればそのことを非難するのではなく、どうやればその不具合を克服できるかというふうな考えになれるかどうかだと思うんです。それが、元気かどうか、前向きかどうかだと僕は思っています。そんな方向で頑張っていきたいと思っています。研究の方はこれから出口君がやってくれると思いますので。頼ってます。
<仁坂知事>
最後に韮澤校長先生。実は、私は韮澤先生にお会いする前から評判をお聞きしていまして「和歌山には韮澤さんというもの凄い校長先生がいるぞ」と、何人かの政治家の方から聞いておりました。確かに韮澤先生みたいな立派な人は霞ヶ関を歩いていてもあんまりいませんね。韮澤先生に来ていただいて「和歌山は大変幸せだったなあ」と私は思っています。韮澤校長先生、代表者として。
<韮澤校長先生>
この学校は基本的に技術者の育成という目的がはっきりしていますので、学生さんにはその目的に添って、自らどんな勉強をしてもらったらいいか教えてもらい、我々は、いかにそれを引き出すかというのが役割であると思っています。本校の教員たちは民間経験がある人も多いので、色々な経験を踏まえて指導していただく。そういった中で、学校も時代とともに変わっていく必要がありますから、必要な改革をしていく。この学校が、いい伝統を踏まえながら新しい時代に適応している、そういった学校にしていきたいと思っています。
<仁坂知事>
どうもありがとうございました。ますます感銘を深めたところです。私の仕事は、皆さんが学校を卒業しても楽しく和歌山で過ごせるようにすることかもしれないなあって思います。非常に端的に言うと、例えば、就職する時にどこに行こうかという議論になって「どうも和歌山にはいいところがないなあ」ということで、県外に行かざるを得ないこともあるかもしれない。私は、学生さんに無理に「和歌山に就職しろ」というつもりはあまりないんです。自分の人生なんだから一番いいところに行ったらいい、自分の一番やりたいことやったらいいと思っています。私は、そういうことを実現できる和歌山県、これが一番だと思うんです。だから、無理矢理「そんなことを言わないで、和歌山県に来てよ」とは言わない。それじゃどうするんだというと、和歌山県で立派な企業をいっぱい育てておいて「どうだ。和歌山県が一番ええやろ」、「なかなか和歌山県の学校を出ても就職できんくらいええぞ」と言うぐらい、よそからいっぱい入ってくるくらいの企業風土ができていくと、また皆さんも色んな選択肢が広がってくるんじゃないかと思っています。それとともにね、知られていないことによって意外と和歌山県の企業がネグレクトされてる場合があるなあと、私は最近ちょっと思い始めたんですね。どういうことかというと、たまに企業に行かせてもらうんですね。すると、私が予備知識で持っている話と全然違うような、もの凄い力を持っている企業があるわけです。どこの会社かというのはここではちょっと言えませんけど、そういうことが大きい企業にも、小さい企業にもいっぱいあるんです。今後は、その情報を皆さんにちゃんとお示しして、それで経営者の方ともよく話していただいて、その結果「自分の働く場所としては、ここもいいなあ」っていうことを考えてもらったらと思います。私は、もうちょっとで「県内企業でもいいかもしれないなあ」と、皆さんに思ってもらえるところまで来ているかなという感じもしているんです。だから、そういう意味で皆さんと企業がよく話をする機会ができるといいなあと思います。本日は大変ありがとうございました。







