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ホーム > ようこそ知事室へ > 紀の国いきいきトーク > 第14回 紀の国いきいきトーク対談内容

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紀の国いきいきトーク

「紀の国いきいきトーク」は、私が県内各地に出向いて、県民の方々と気軽に話し合い、県政に対する理解を深めていただくとともに、各分野で活躍されている県民の方々の生の声を県政に反映させていくために開催するものです。ここでは、様々な分野でいきいきと活動されている皆さんとのざっくばらんな懇談の様子をご紹介します。

第14回 紀の国いきいきトーク対談内容

平成20年3月15日 有田市

<仁坂知事>
 皆さん、こんにちは。今日はお休みのところお集まりいただきましてありがとうございます。
 以前にも、木村さんはじめ皆さんに知事室まで来ていただいて、その後も新聞などで度々皆さんのご活躍を拝見しています。前にお会いした時は、時間も短かったものですから一度じっくりお話をしたいなと思っておりまして、来させていただいた次第です。
 今日は、何でもお話いただいて、和歌山の元気な方々のモデルをホームページなどを通じて県内外に広報したいと思っています。今日はよろしくお願いします。

<木村さん>
 NPO法人和歌山野球振興協会・夢クラブの理事長をさせていただいています木村です。私もプロ野球を終わって、和歌山へ帰ってきて20年になります。この間、自分は本当に和歌山が好きだったんだなと実感してます。それで、野球を通じて和歌山を活性化したいな、元気にしたいなという中で、夢クラブの事業の中でも色んな活動をさせていただいています。ここにいるメンバーの皆さんのご協力によるところも大きいんですが、今日は、知事さんと色んな話が出来たらなと思っています。よろしくお願いします。

<谷所さん>
 夢クラブの幹事をしています谷所です。元々(少年野球の)和歌山ライオンズの役員をしていまして、発足当時よりお手伝いをさせてもらっています。ヤングリーグの和歌山県支部の役員もしていまして、そういう関係で野球の方でずっと関わらせてもらっています。

<石井さん>
 学童保育の方を担当させてもらっています石井です。実は理事長の木村の兄で、そんな関係で色々な面でクラブには関わらせてもらってます。今日はよろしくお願いします。

<餅越さん>
 学童保育の方に携わっています持越です。20数年幼稚園で勤めまして、その後声がかかって1年前からこちらの方で指導させていただいているんですが、なかなか(園児に比べると)小学生は手ごわいですね(笑い)。
 子育て支援の面では知事さんも色々と工夫されていますが、その点でこれからもよろしくお願いします。

<東海さん>
 和歌山ライオンズのマネージャーをさせていただいています東海です。息子が卒団してから10数年になるんですが、木村総監督とはくされ縁と申しますか、今日まで一緒にやらせてもらっています。マネージャーといいましても、スコアをつけるくらいのことしか出来ていないんですが、皆さんの協力で楽しくやらせてもらっています。

<境さん>
 境といいます。私は今、有田市役所の方に勤めておりまして、10年くらい前から仕事を通じて木村君と知り合いになり、その後ずっと深くお付き合いをさせていただいています。
 夢クラブの関係では、国際交流ということで、和歌山ライオンズと台湾の子ども達との交流を深めたり、この地域に在住の外国人の方と交流会を開催したりしています。

<岩渕さん>
 夢クラブの幹事と、和歌山ライオンズ中学部の代表をしています。先程から皆さんおっしゃられているように、木村竹志さんが西武ライオンズから帰ってこられて、野球に対する情熱とこの有田市の振興、和歌山の活性化を図りたいという気持ちに賛同しまして、代表も10年させてもらっています。そんな中でこのNPO法人を立ち上げた時も、名前も「夢クラブ」と名付けたように、理事長が熱き夢を持って進んでおりますので、私も手助けできればと思っています。
 今後、まだまだ夢もございます。知事にも色々ご協力いただいて、夢クラブの活動が県下の野球振興に繋がっていけばと思っています。
 知事には、今日は初めてお目にかかったんですが、話のしやすい方だなという印象です。今日はよろしくお願いします。

<上野山さん>
 上野山です。自分は(旧)花園村でバットの木の植樹をする担当と、和歌山ライオンズの中学部で、東海さんとは違った形でマネージャーをさせていただいています。バットの木の植樹ではもう一人、川出さんという方もいらっしゃるんですが、今日は都合で来られなかったものですから、代表で来させてもらいました。

<川口さん>
 夢クラブで通訳の仕事をさせてもらっています。26年前に有田市の方に来まして、和歌山の山と川の景色がすごく良くて、また水もおいしくて「良い所だな」と思いました。そのことを大勢の人に分かってもらいたくて、微力ですけど通訳の仕事を通して外国の人に伝えることが出来て良かったなと感じています。

<金川さん>
 おはようございます。現在、たちばな養護学校で勤務させていただいています。夢クラブの方では、国際交流、地域交流の担当をさせてもらっています。特に台湾とか野球の交流の時に、土日などを中心に参加させてもらっています。また、境さんが先程言われましたように、海外からこちらに来られている方とのレセプション的な交流会の運営なども担当させてもらっています。
 夢クラブの前から理事長とは懇意にさせてもらってまして、養護学校の生徒達への活動の支援といいますか、特にうちの子ども達はソフトボールもやっていまして、木村理事長には外部講師ということでずっと指導いただいています。
 夢クラブは野球振興という形ですが、木村理事長の理念は、障害のある、ないにかかわらず一緒になって子ども達を育てていこう、出来る範囲で協力させてもらうということで、今もこういう形でお付き合いをさせてもらっています。今日はよろしくお願いします。

<熊井さん>
 おはようございます。紀州レンジャーズの選手会長をさせてもらっています熊井です。地元和歌山出身で、今年紀州レンジャーズという県民球団ができまして、「和歌山を盛り上げていきたいな」ということで毎日頑張っています。(この会場に)ポスターも貼っていますが、3月29日に初めての練習試合(対富山サンダーバーズ)ということで、それに向けて毎日頑張っています。よろしくお願いします。

<丸尾さん>
 丸尾です。夢クラブの理事と和歌山ライオンズ小学部の代表をさせてもらっています。木村理事長とは、息子が少年野球を始めた時からの付き合いで、もう10年になります。国際交流の一環として、台湾遠征へも何回か参加させてもらっています。これからも木村理事長が中心になってもっと大きな組織化を図って、野球を広めていきたいなと考えています。
 知事の方もその点ご協力よろしくお願いします。

<知事>
 どうもありがとうございました。話をお聞きしていると夢クラブの活動は非常に多岐にわたるようで、実はあんまりよく分かっていません。野球しか分かっていないのですが、その野球も小学校の時に仲間とやったくらいで、後は見る方が専門です。昭和54年でしたか、箕島高校が春夏連覇をされたのは。当時、私は若手の役人でしたけれども、あの場面(箕島対星陵)を見ると故郷を思い出して熱狂するわけです。あれはものすごかったですね。筋書きのないドラマというのはよく言いますけれども、筋書きのあったようなドラマという気もしますね。
 この間、あの時のメンバーが集まって、練習試合をされたそうですね。

<木村さん>
 はい。ちょうど箕島高校が100周年を迎えまして、その事業の一環として、星陵からもメンバーが来ていただいて交流戦をやりました。

<知事>
 皆さんのお話を聞いていると、木村さんの理念というか、野球にかける情熱が活動の基になっている気がしますね。西武ライオンズから帰ってこられて、スポーツ関係の事業を興されましたね。さらに、それに加え夢クラブを立ち上げられたというあたりのお考えをまずはお聞かせください。

<木村さん>
 私もプロ野球の終わり方というのが腰を痛めて治療を重ねたんですが、最終的には野球が出来なくなって帰ってきたんです。そういう経験もあって、こういうスポーツ関係の仕事をやるにあたって、今の子ども達に怪我の無いような形でトレーニングできないかなと思ったんです。それで、整形外科の先生と相談させていただいて、その中でトレーニング教室をまず始めたんです。プールをしたりスタジオでマット運動をしたりとか野球の選手が野球をするだけじゃなくて、色んなスポーツをやりながら体を鍛えていくことが大事かなと考えたんです。
 そのうち野球をしている中学生との出会いがありまして、指導を重ねている中で、やはり野球だけじゃなくて他のスポーツや文化的なことも体験させたいなと感じたものですから、ご父兄の皆さんや他の方のご協力をいただいて、こういう面の活動が始まったんです。実質的にNPO的な活動になっていったんです。法人化というのも考えたんですが、書類的な面とかで難しいこともあったもんですから、そのままの形で数年過ごしたんです。
 やっていくうちに、行政との連携なんかも法人になった方がやりやすいかなということもあって、平成15年にNPOの法人化を図ったんです。その法人化を機に県がやっていた「企業の森」に参画することにしたんです。我々は野球をしているもんですから、どうせならバットになる木を植えようということになったんです。最初は、「木を植えたらええんや」ぐらいの簡単な感覚で始めたんですが、実際に取り組むとなると苗木の確保や下草狩り、シカよけなど色々な課題がどんどん出てきました。その中でも、バットの木であるアオダモを植えるといった時に、全国に「アオダモ育成会」っていうのがあるんですね。全ての野球選手が関与しているような団体なんですが、その団体が北海道にアオダモを植えてるんです。その団体から「我々は北海道に植えてるのに、わざわざ何で和歌山に植える必要があるんだ」と抗議されました。びっくりしました。そんなつもりも何もないです。子ども達と一緒に木を植えて、その木が40年先にバットになるという夢を持ってもらうこと、そういうふうに子どもを育てることが僕らの一番の目標なんですと説明させてもらいました。向こうも「その思いは分かった」と納得していただいて始まったんです。
 ただ、アオダモっていうのは全国的に苗木が少ないんです。「アオダモなんて和歌山で手に入らないよ」って言われたんです。当初1,000本植える予定が、どんなに探しても200本しか苗木がないんです。困っていた時に県の林業試験場のある方が、アオダモの苗木をわざわざ5,000本作ってくれたんです。他の県にはなくても和歌山にはあるというくらいに苗木ができたんです。僕らの思いが県の方にも伝わって、その後の植樹が順調に進むようになりました。

<知事>
 県の職員も人生意気に感じていいことをやっていますね。(笑い)

<岩渕さん>
 その県の方も別のチームなんですけど野球の関係者です。その人達も木村竹志が箕島高校で成し遂げた星陵高校との延長18回の熱投、春夏連続制覇に感激した世代なんです。その時の石井毅のサイドスローの姿に感激した人が本当に多いんですね。今日はここに代表で集まっていますけれど、活動を始めて10何年間、毎年子どもが野球チームを卒業しても父兄が何人か残ってくれるんです。
 常日頃から僕は言うんですが、我々の中で木村竹志は宗教の教祖様っていうんですか(笑い)、子どもさんが卒業してそれで終わりじゃなしに、子どもさんが大人になってもご父兄が引き続き活動に協力してくれているんです。
 この木村竹志はすごく夢が多いんですね。次から次へと夢を見るんで、最初はどうなることかと思ったんですけど(笑い)。
 今回の紀州レンジャーズなんかも、昔から理想は言ってたんですが、まさかここまで来るとは思ってませんでした。

<知事>
 夢がどんどんというのはよく分かりますね。本当に色々な活動をされてますからね。
 今、教祖様という発言がありましたけど、これはいいことだと思うんですね。教祖様の中に時々変なことをやる人がいるのはダメですが、教祖様っていうのはリーダーであってカリスマ性があって、だいたいは良いことをみんなでやろうやないかということを提唱されて、それが成功するというのは尊敬の証ですね。そういう意味では木村さんに、昔だけじゃなくて今も感謝したいですね。

<岩渕さん>
 去年の11月に新宮にも夢クラブの野球チームができたんです。丁度11月に田辺市まで高速道路が開通して、その時にヤングリーグの全国大会を那智勝浦町を中心に、新宮方面で開催したんです。今までは紀三井寺球場とか和歌山市周辺だったんですけど、もっと和歌山を知ってもらわないということで、木村竹志が進めたんです。全国から450人が参加して、那智勝浦町に泊まって、開会式もホテルでやったんです。和歌山にこんな所があるというのもだいぶわかってもらえたと思います。

<知事>
 それは随分和歌山の観光PRになってますね。それと、若い頃に来るとすり込まれますからね。「あそこ綺麗だったな」とか子どもの頃の思いというのはいつまでも残りますからね。

<木村さん>
 そうですね。ところで、野球を通じた国際交流というのも10何年来やってるんです。僕自身が高校時代、社会人、プロ野球と海外との交流をした経験があります。プロの時に3ヶ月間アメリカの方に行って独立リーグに入ってプレイしたことがあります。現在横浜(ベイスターズ)の工藤公康なんかと一緒に西武時代に行ったんです。
 そういう経験もあって、今の子ども達に交流をさせてあげないといかんという考えもありまして、僕自身が知っている所からスタートしようと台湾とグァムの2カ所に交流の話を持ちかけたんです。
 台湾の方は、西武時代の同僚だった郭泰源を通じて進めたところ、「来てください」ということで行き、グァムからも「来てください」ということで行きました。その時に「和歌山にも来てください」ということで、相互交流に繋がっていきました。国際大会も何回か開きました。
 台湾とはずーっと続いていまして、毎年夏には60人から70人が和歌山にやって来て、子ども達はホームステイをするんです。大人はホテルに泊まってもらうんですが、そこからみんなで、勝浦まで行って試合をするというようなこともしています。
 有田川は鮎釣りでも有名ですが、台湾にも鮎釣り協会がありまして、そこの会長がご父兄で来られたことがあるんです。有田川で鮎を釣ったんですが、そのことが楽しみになりまして、向こうのマスコミが有田川を取材をしてくれて、台湾でのPRになったことがありました。野球での繋がりが色んな形で広がっていった事例ですが、その時に、今日来てくれている川口さんが通訳で活躍してくれたんです。それ以来川口さんにはずーっとお世話になっていて、去年、和歌山ライオンズの子が台湾の高校に野球留学をすることになったんですが、その時も色々とお世話になりました。

<知事>
 実は、今、木村竹志さんがおやりになっているような交流を和歌山県の色んなレベルでやっていきたいなと考えているんです。特に中学生くらいの子どもを海外にどんどん送り出して、また、一方で海外からも迎えて、ホームステイみたいなことをどんどんできればいいかなと思ってるんです。
 その際には、やはり安全ということがまず第一ですね。それと心から受け入れてもらえる組織が両方に要るんですよね。子どもの頃に出来るだけ色んな経験をさせてあげたいなと思って、そういう方向で進めてるんですが、木村教が既に先行していますね(笑い)。このノウハウをまねしてどんどん広めたら良いですね。

<木村さん>
 あとはですね、僕は有田市の方で、社会教育指導員を3年間させていただいたんです。子ども会などと親しく接しているうちに、学童保育というものが必要やということを有田市の方に言わせてもらいました。実現の段階になった時に、「お前が最初に言うてたんやから、お前せえ」ということになりました。それで、有田市の方から委託を受けて、ここと宮原小学校の2カ所で学童保育をさせてもらってます。

<知事>
 このことについては、木村さんのお兄さん(石井さん)が担当されているということなので、お兄さんにお聞きしましょうか。これは具体的にはどういうような形でされているんですか?

<石井さん>
 はい。両親が共働きの家庭などでは、保育所などに子どもを預けて、父兄の方が仕事を終えられてから迎えにいくと思うんですが、小学校に入った途端に家に帰っても誰もいないという状況になるわけです。そういう子ども達を、お母さんなどが迎えに来るまでここで預かっています。

<知事>
 そういう形ですか。実際に石井さんや持越さんが預かっていただいているわけですね。
 子ども達を預かっている時にどんなことをさせてますか?

<石井さん>
 私の方は、宮原小学校の方でさせてもらってるんですが、今、少子化で空いた教室があるものですから、そこを借りて使わせてもらっています。
 子ども達にはまず、宿題をさせます。宿題が終わったら遊ばせるようにしています。宮原小学校の場合は、グラウンドもあって野球なんかも出来るんですけど、ここは狭いのでそういうことは出来ないですね。
 私は、自営(酒屋)なんで、子ども達が帰る3時頃から商売を他の人に任せて、学童保育の方を受け持っています。

<知事>
 そうすると家業を少し犠牲にしてやっていただいているんですね。実は、そういうことも心の中で考えていましてね、全部木村教に先にやられているんですけれども(笑い)、お父さん、お母さんが仕事のある子どもさんは、家に帰ってもおもしろくないですよね。昔のように家に帰ってから野球しようかといっても道路なんかでは危ないですからね。どこかに子ども達の場があるといいんですよね。それで、学校なんかで少し預かって、定年退職したような人がその役割を担っていただけないかなと思っているんです。立派で元気いっぱいの人がたくさんいますからね。そのうちに関係部局に言ってみようかなと思ってたんですが、この点でもこちらの取組を大いに勉強させていただきます。
 餅越さんも昔は幼稚園で勤められて、小学生はてこずるなと言っておられましたが、どうですか?

<餅越さん>
 日常子どもたちはここに帰ってくるとほっとするのでしょうね。どうしても自分を奔放にさらけ出だすというか、それはそれでいいんですけど、やはり集団生活ですから、帰ったら宿題をやることにしているんですが、その時に和を乱す子もいます。それぞれ学年も違うので先に終わった子はおやつの時間まで待っているんですけど。

<知事>
 ご苦労様です。子どもさんは何人ぐらい預かっているんですか。本なども置いているんですか?

<餅越さん>
 定員が30名ですけど平均するとそんなにないと思います。それと本もあるんですけど、なかなかそれだけでは・・・(笑)。来年も入ってくる子がいるので、お母さんと一緒に子どもと約束事を決めて預かっていきたいなって思っています。

<知事>
 ところで、上野山さんはアオダモの世話をされていますね。先程、意外と大変だというお話がありました。そうだろうと私も思います。企業の森でも、企業の人が植えた後は森林組合の人なんかが企業からお金をもらって、それを有料で管理しているわけですね。
 しかしNPO法人はそんなにお金がないですから、上野山さんみたいな人が献身的にやっておられるのではないかなと思います。特にどんな点が大変ですか?

<上野山さん>
 とにかく大変です(笑)。麓に着くまでが大変で、そこから上へ上がるのがまた大変です。上がる途中に崖崩れがあったりして、道の手入れをしながら登ることもありました。到着して上をみたら果てしないので、最初は口をあけてどうしたものかと見ていました。
 下草刈りも毎年背丈くらいの高さになるので大変です。2~3年たつとそれなりの木になるので、放っといてもいいんですけど、1~2年目はどうしても木よりも草の方が先に大きくなってしまいます。その間に下草を年1回、2回刈りにいったりします。その時に植樹した木が草と同じ背丈なので植えた木と草の見分けが大変で、子どもが植えた木を切ってしまう訳にもいかないし・・・。

<知事>
 子どもさんは下草刈りはやらないんですか?

<上野山さん>
 子どもにもさせます。急斜面の所もあるので、そういう所は子どもが植える前に下草刈りなんかをしておきます。

<知事>
 段取りをつけておいて、子どもさんに来てもらって植えるわけですね。確かに草と苗木は区別がつきにくいですね。アオダモまで刈ってしまったらね。

<上野山さん>
 実際何本かとばしてしまいました。内緒ですけど(笑い)。

<知事>
 県職員の中には、杉と檜の区別がつかない職員もいますから(笑い)。アオダモの木って分からないですよね。でもどんどん育ってくるのが楽しみですね。

<上野山さん>
 植えているのはアオダモだけではないんですよ。ケヤキとかも植えています。一昨年だったか、実のならない木だけでなくて、行った時に食べられるモモとか、楽しみができるようにしてくださいよって言っています(笑い)
 知事が言われるように、毎年植えた木が大きくなっているのを見るとかわいいもんです。

<木村さん>
 今年は4月20日に植樹する予定です。

<知事>
 川口さんは台湾からこちらにお嫁に来られたそうですが、きっかけは何でしたか?

<川口さん>
 自分の親は日本の教育を受けていて、親もおじさん、おばさんもみんな日本語が話せます。小さい時も日本の映画とか音楽とか見たり聞いたりしていました。その後、親の商売の関係で大阪に来ました。
 ある時、地下鉄に乗り間違えて、道を教えてくれたのが主人です。それから人生の道も教えてもらいました(笑い)。

<知事>
 地下鉄を乗り間違えて良かったですね(笑い)。

<川口さん>
 間違えてなかったらもっと良かったかも(笑い)。
 日本に来て生活習慣で違うところはたくさんありますが、一度嫁に来たら、帰るわけにもいかないし、慣れていく必要もありますし、また、住んでいたらいいところもたくさんあります。私は都会育ちなので、田舎の山や空気や水の綺麗なところが気に入りました。

<知事>
 出身はどちらですか。台北(タイペイ)ですか?

<川口さん>
 そうです。ここは水がとてもおいしいです。台湾では生水は飲めません。一回沸かしてから飲みます。ここでは蛇口をひねったらそのまま飲めます。とにかく有田市の水は甘くておいしいです。

<知事>
 水の話をしますと、あちこちでおいしい水が出ていますね。その割に「水」で多くの雇用が生まれるということになっていない、和歌山は水資源を必ずしも有効に活かしてないと思います。また、農協なんかがどこかの下請けをして水を詰めている例も結構あります。でもそれだけではちょっと実入りが少ないわけですよ。それだったらもっとブランドをきちっと確立して、おいしい有田の水を大々的に全国に売り出して、雇用に繋がるといいなぁと思っています。
 それと特産物を活かした食品加工業、これらもどんどんできればと考えています。
 次は野球の話をしたいのですが、和歌山ライオンズは木村さんが帰ってこられてから作られたのですか。

<木村さん>
 以前に作った人がいて、それを引き継いできました。中学生の硬式野球と小学校の部もありますが、これも硬式です。小学校の部は軟式野球が終わった子達が中学校へ行くまでの間にするものです。

<知事>
 小学校は軟式なんですか。メンバーは地元有田市の方ですか?

<木村さん>
 小学校は軟式です。全県に学童野球という組織がありますが、それを終えた子たちで、中学校で硬式野球をやりたいという子たちが集まったものです。あくまで現在は小学生ですので、1年1年メンバーは替わっていきます。和歌山市内からの子もありますし、岩渕さんは御坊市から来てくれています。色々な所から来てチームを編成しています。

<知事>
 硬式のチームは県下には他にあるんですか。

<木村さん>
 私たちはヤングリーグという連盟に属していますが、ほかにボーイズリーグとかシニアリーグとかあります。硬式の中学生のチームで約25チームから30チームあります。
 全国レベルではジャイアンツカップとかタイガースカップとかいうのがあります。3月29日、30日にも倉敷市で全国大会があります。これに小学生の部と中学生の部の両方が出場します。

<知事>
 そうすると今年は和歌山県のチャンピオンがライオンズだったわけですか。断トツに強そうですが、今年の全国大会はどうですか。

<丸尾さん>
 「当たって砕けろ」です。年回りとかもあるし・・・。中学生の部は優勝を狙えると思います。

<知事>
 そうですか。和歌山県はここだけではなくてレベルが高いですからね。土日には、時々車であっちこっちへ行きます。紀南の方とか、紀の川筋とかよく行きますけど、河川敷とかで皆さんとても熱心に野球をしてますね、小さい子から大人までね。

<木村さん>
 紀南の方へ行けば球場も確保されているんですけど、有田市から和歌山市にかけては野球場、特に硬式野球ができる野球場が少ないですね。ここでは有田市民球場、あとは和歌山市内の紀三井寺球場しかないんです。
 少年野球なんかは河川敷でもやっているんですが、危ないですから規制されている所もあります。私たちのヤングリーグは8月にいつも大会をしています。全国から100チームくらい来てもらうんですが、初日に16会場必要なので、橋本市から田辺市くらいの間のグラウンドを使います。
 あちこちに球場がありますが、軟式専用になっています。こういった場所づくりといったことを考えてもらえたらと思います。

<知事>
 なかなか苦しいですね。国体を目指して色々と造っていかなければいけませんね。技術的に硬式にできないのですか?

<木村さん>
 周りの環境とか家があっとりとかです。フェンスを高くしてということは可能でしょうが。海南市の市民球場なんかは高速道路があるため、硬式はできません。
 軟式だと仮に飛んでも被害が少ないということだと思います。

<知事>
 ライオンズのマネージャーさんにお聞きしますが、マネージャーってどんな仕事をしているのですか?

<東海さん>
 主に試合のスコアを書くことです。あとは挨拶です。強い弱いは相手あっての事なんですけど、大きな声を出すこと、挨拶は弱いチームでもできます。

<知事>
 それは素晴らしいことですよね。今、挨拶とかお年寄りに対する態度とかといったことをきちんと教えると少しおかしいんではないかという感じがあるように思いますね。私が子どもの頃にはそういう雰囲気ではありませんでした。先生がそういうことを教えてくれましたし、親も教えてくれました。一方でそういうことはいかんという人も先生の中にいました。何となく変やなと思いながら育ったんですけど、こういったことはちゃんと教えたほうがいいと思いますね。

<東海さん>
 それとここでもう1点とりたいという時にレギュラーの選手、控えの選手全員で点を取りに行かないと絶対点は取れない。失敗して下を向いている子には、もっと上を向けと言います。

<知事>
 お聞きしていると、マネージャーはチームの精神的支柱の役割を果たしているんですね。

<東海さん>
 うるさいおっさんということです(笑い)。

<知事>
 谷所さんも野球の関係ですか?

<谷所さん>
 そうです。息子が中学1年からお世話になっていてそれからずっとです。会計を担当しています。

<知事>
 精神的支柱と会計がそろっているわけですね。でも教祖はどんどんやろうとするから会計は大変でしょうね(笑い)。

<谷所さん>
 そうですね。ついていくのが大変です(笑い)。
 今は県支部の会計と和歌山大会の会計を15年くらいやっています。

<知事>
 ご苦労様です。そういう方がいらっしゃらないとね。境さんは国際交流の担当ですね。

<境さん>
 私は市役所に勤めておりまして、彼(木村氏)がプロから帰ってきた頃、市役所で社会教育主事が必要だということで推薦したらふたつ返事で来てくれました。それで子どもに関わることを担当してもらっているうちに、彼の野球もすごいんですけど地域を起こそうという想いもすごくて、僕の方が彼よりはるかに年上なんですけど、だんだん彼に引き込まれていき、夢クラブに入らせてもらっています。
 私自身、市役所に行きながらそれまでは淡々と仕事をすればいいと思っていたんですが、彼のおかげで公務員がもっと地域に関わることの必要性を感じるようになりました。今僕が思っているのは県職員も市役所の職員ももっと地元に関わっていくことの大切さ、川口先生もそうなんですけど、教師をしながら地元に関わっている。そういう意味で国際交流なんかも地域の人、地域の外国人が集まってもらえるようなことが必要なのかなと考えて、以前にかなり大きな規模でやったことがあります。毎年実施するのは非常にエネルギーが必要で難しいですけど、まだまだこれからそういうことをやりたいなと考えています。

<知事>
 公務員って本来そういうものですよね。

<境さん>
 そうなんですけど、どうしても退いて見てしまうんですね。もっと公務員は地域に入っていかないと。彼(木村氏)が色んなことをしようしようと前を走っていくのでついていくのは大変なんですけど、ついていったらおもしろいことがあるんです。

<知事>
 金川先生は、身体障害者の方のスポーツに関わっていらっしゃるのですか?

<金川さん>
 たちばな養護学校は知的障害と肢体不自由の子どもたちが通う学校なんですけど、県下の養護学校の中に養護学校体育連盟という組織があって、その中で年3回大会があるんです。一つはソフトボールの大会、それから秋に陸上大会、それとサッカー大会の3つがあるんですけど、本来小、中、高校でありますと部活動として専門的にやるんですけど、養護学校は人数も少ないし、自分で学校へ通ってこれるような自立している子どもは少ないので、こういう子どもたちを対象にスポーツクラブを作って活動しています。
 ちょうど県の事業で外部の方を指導者で招くというで、最初に木村理事長にソフトボールの指導に来てもらいました。巨人へ行かれた島本兄弟の弟さんの島本啓次郎さんと木村さんと二人来ていただいて、おかげで2年連続優勝させてもらいました。うちの子ども達にとっては自信にもなったし、元プロ野球の選手に教えてもらったという強みとそれとスポーツの技術だけでなく体力もついてきて、また実生活の上で自信をもって社会に出て行くことにもなり、子ども達にプラスになったと思います。
 また教師にとっても、餅は餅屋で、教え方や子どもの心のつかみ方など、教師はプロなんですけど、やはりスポーツ面の教育については、見習うところがありました。木村さんが有田市役所へ社会体育指導員で行って十何年かになるんですけど、その当時からずっと繋がりがあって、今も離さずにうちの学校の宝です。
 そのお返しというわけではないんですけど、自分も教師として、特に障害のある子どもは自分の学校の生徒とか保護者について土日の行事があるごとに出かけるんですが、本来教師は地元で何かをする。うちの職員も和歌山市や田辺市など色々な所から通勤しています。校区の有田で土日の活動はしなくてもいい、自分の居住地で障害のある子どものために力を発揮することが我々教師の使命だと思います。わざわざ日曜日に学校へ来なくても身近でそういう会などあれば参加して欲しい。県内にははまゆう、南紀養護学校があります。和歌山市にも養護学校はあります。自分の居住地の中で保護者なりそういった団体へ参加して活動するのが我々の使命でないのかなと感じて、そういう気持ちでこの活動に参加しています。
 子どもの心のつかみ方とかいった面でも我々にとってプラスになります。そういう意味で土日とか、自分のできる範囲で必ず参加させてもらっています。今は担当は国際交流ということなんですけど、台湾やグァムにも行かしてもらいました。イベントを行う時は市役所の境さんと連絡をとったり、役所と連絡をとりながらやっています。設立当時から楽しく協力できるところはさせてもらっています。

<知事>
 障害者のスポーツ大会なんですけど、5月にあります。和歌山県は全体のスポーツ大会はやめてしまったんですけど障害者の大会は残しているんです。これは通常の大会に比べて運営が大変なんです。いろんな障害があるからこの障害の人とこの障害の人を競わすとアンフェアだとかなって色々趣向をこらして運営しないといけない、運営をしていく人はものすごく大変なんだなと思います。障害者の方もどんどん世の中に出ないといけないですからね。

<金川さん>
 昔は保護者が障害者を家の中に閉じこめて外へ出さないという家庭もありました。最近はそういうこともなくなって、どんどん前へ出て行く、自ら出て行ってアピールする、そして一緒に生活をすることになっています。ですから障害者の中だけ、障害者のグループだけで活動するのではなく、外へ出られるような手だてを講じる、地域での方々との連携をとりながら公民館とか地域の色々な活動に参加できるような橋渡しのきっかけを作っていきたいなあと思います。

<木村さん>
 ライオンズの子ども達も養護学校の生徒さんとソフトボールの試合を一緒にするんですよ。

<知事>
 そうですか。素晴らしいことですね。続いて、昨年開校された「スポーツアカデミー」についてお聞きします。

<木村さん>
 ここにパンフレットがあるんですけど、目的は野球のピラミッドをつくりたいということです。中学、高校、大学、社会人と野球をする中で高校で挫折する子が目立ってきた。高校へ野球が目的でいく子は結構あります。中には私学へいって県外に出て行ってそこで挫折をして、学校をやめるケースが意外とあるんですね。そうしたらその子たちが帰ってくる場所がない。もう一度野球をやろうとしてもその場所が少ないんです。
 例えば箕島高校で野球をしていました。それを途中でやめて耐久高校へ行って、野球部に入ります。こうなった時に1年間公式戦に出られないです。結局試合に出られないからやめてしまうケースも結構あります。こういった子を受け入れられる場所づくりができたらなと考えています。また指導者を目指す子ども達もトレーナーの勉強であるとか様々な勉強をして指導者を目指してもらえたらと思います。

<知事>
 野球をやめてしまうと、他校には移りにくくなるんですね。
 ところで、この学校は365日開校しているんですか。どれくらいのタイムスパンでやってるのですか?

<木村さん>
 毎週、週6日です。日高川町の旧子十浦小学校をお借りしてやってるんですが、今はまだ人数が7名と少ないので、私が常に向こうに行ってというのではなく、ここでとかいうこともできます。
 高校卒業の資格をとるということも必要ですので、通信制の高校に通いながら勉強しています。自分としては一つには高校を最後まで卒業して欲しいという思いがあります。途中で野球をやめたことによって、高校もやめてしまうという例もあるわけです。私学とか行って問題になった特待生制度であるとかの問題の中でこういった子たちがいるんですね。こういった子たちの居場所づくりということで考えたわけです。

<知事>
 野球をもう一回頑張ろうということですね。これは箕島高校とか有田とかに関係ない県外の人でもいいんですか。

<木村さん>
 そういう人もいます。問い合わせも北海道をはじめ色々な所から相談を受けます。僕は地元でできるのであれば地元の方がよいという返事はしますが、どうしてもだめであればいつでも来てもらって話をしましょうと言っています。

<知事>
 それは立派なことですね。それで最後になりますが、紀州レンジャーズの話をお聞きしたいなと思います。

<木村さん>
 私は、野球のピラミッドの中で、紀州レンジャーズをトップに位置づけているわけです。

<知事>
 木村教祖は極めて体系的ですね。それで熊井さんが選手会長ですか。熊井さんは今まで野球人としてどういうふうに育ってこられたんですか。

<熊井さん>
 野球を始めたのが小学校で小・中・高・大学まで野球をやっていて、和歌山に帰ってきて3年間ぐらい草野球で高校の先輩達とやっていたんですが、去年の暮れに紀州レンジャーズ発足の話があって、自分も参加できるんだったら参加したいと思いました。
 仕事の方もこれまで営業の仕事をしていましたけれど、今は、これ専門です。

<知事>
 そうすると、まさしくプロの世界で、入場料とかで稼いでいかないといけないですね、その辺の備えは今のところ何にもないんですね。

<木村さん>
 そうです。今年はまだどこのリーグにも所属していませんので選手には球団から給料は出さないんです。彼も練習が終わった後、アルバイトをして稼いでいます。

<知事>
 アルバイトというのは野球とは関係のないアルバイトですね。自分で食べていきながら野球で頑張るということですが、これは大変ですね。

<木村さん>
 そういう夢を追う子達がたくさんいて、2回セレクションをしまして、120名ぐらいの応募があり、そのうち20名のメンバーを選びました。

<知事>
 木村さんがレンジャーズの監督なんですか。近く初試合をされるそうですね。

<木村さん>
 そうです。富山サンダーバーズといいまして北信越で活動している独立リーグのチームなんです。今回、関西で合宿をするということで試合をすることになりました。ここの監督も西武ライオンズで一緒だった鈴木康友さんという方で、ジャイアンツにもおられましたが、そういう関係で練習試合をお願いしたわけです。
 監督は僕がやりますが、将来は若い人がプロから帰ってきて後を嗣いでいって欲しいと思います。和歌山は野球王国ということもあり、プロ野球選手もたくさん出ているんですが、実際に和歌山県内に元プロ野球選手が何人住んでいるかといえば、本当にわずかなんです。大学を卒業してもそのまま出て行ってしまうというのがほとんどのケースです。その人達に和歌山に帰ってきてもらい人材を作っていきたい。そして、その子達にどんどん少年野球の指導に関わってもらおうと思ってるんです。
 そうするとピラミッドがうまく機能していくのかなと思っています。

<知事>
 非常によく分かりますね。聞けば聞くほど緻密に計算された大作戦という感じがします。和歌山県庁にスカウトして県庁の行政を立て直してもらいたいという感じもありますね(笑い)。皆さん今後とも頑張っていただくようよろしくお願いします。県としてもできるだけ応援をしていきたいと思います。本日はどうもありがとうございました。

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