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紀の国いきいきトーク
「紀の国いきいきトーク」は、私が県内各地に出向いて、県民の方々と気軽に話し合い、県政に対する理解を深めていただくとともに、各分野で活躍されている県民の方々の生の声を県政に反映させていくために開催するものです。ここでは、様々な分野でいきいきと活動されている皆さんとのざっくばらんな懇談の様子をご紹介します。
第12回 紀の国いきいきトーク対談内容
平成19年11月8日 かつらぎ町
<仁坂知事>
皆さん、こんにちは。いきいきトークというのは県庁のホームページに載っているんですが、見られたことはありますか?
これは、各地で頑張っておられる方々のところを訪問しまして、お話をして、そのエッセンスをホームページに載せさせてもらって、「和歌山でこうやって頑張っている人もいるんだな」ということで、見ていただいた人の励みにもなるんじゃないかという思いでやっています。
それでは、まず皆さんの方から自己紹介していただけければと思います。
<辻本さん>
代表をしています辻本です。千両太鼓はもともと千両踊りというのがありまして、それを復元しようということで、昭和57年頃に始めました。その中で、若い人を中心ににぎやかな太鼓をやろうということで、初めて披露できたのは平成元年なんですが、それから19年目に入ります。
昔風に言うと青年団の代わりみたいに、青少年の育成や地域の活性化を目的に、死ぬまで続けていこうやないかということで始めさせてもらったのがきっかけです。
<ハタケヤマさん>
私は、ベネッサ・ハタケヤマです。アメリカのカリフォルニアから来ました。サンフランシスコの近くに住んでいました。現在は、那賀中学校、麻生津、上名手、名手小学校で英語を教えています。
<ナタレさん>
ラーラ・ナタレです。イギリスのロンドンからやって来て、現在、打田に住んでいて、打田中学校、田中小学校、池田小学校で英語を教えています。
<小森さん>
小森圭祐と申します。現在、仕事はしていないんですが、太鼓は小さい頃からやっていて、ものすごく楽しいんでこれからも頑張ってやっていきたいと思っています。
<窪田さん>
窪田浩史っていいます。僕は高校に入った時に太鼓を始めたんで、もう12年になります。太鼓を通して、色んな人と出会ったり話したり繋がりをもてるということが魅力です。
<岡さん>
岡泰広です。僕は高校1年生の時から、太鼓の魅力に取り付かれました。仕事より太鼓といった感じです。こういった地域のみんなとの集まりが楽しくて演奏などにも参加させてもらってます。今日はよろしくお願いします。
<福本(達)さん>
福本達也っていいます。今日はよろしくお願いします。太鼓を始めて結構長いんですけど、そのおかげで色んな所へ行って、人と話したりする機会が多くて、もし太鼓をやってなかったらそんな機会もなかったと思うんですけど、そういうことが、一番自分にとってプラスになったところかなと太鼓に感謝してます。
<岡崎さん>
はじめまして。岡崎好彦と申します。今日はご苦労様です。私は、創設時代からやらせてもらってますんで、19年目になります。こういう若い連中が出てきてくれたんで、後進に道を譲らなあかんかなということで、ここ2~3年は休憩気味です。
太鼓というのは、できた当時すごいブームになる前でしたので、各地域から引っ張りだこに呼んでいただきまして、ここまで出来たかなと思ってます。
私は、串柿の生産者なんですが、現在、串柿づくりの真っ最中ということで、若干体力的には疲れ気味なんですが、せっかくの機会なので一所懸命頑張りたいなと思ってます。今日はよろしくお願いします。
<山本(重)さん>
僕は、四郷へ来て23年になるんですが、もともとは和歌山市出身です。こちらへ来て太鼓へ入れてもらったんでたいへん良かったなと喜んでいます。
太鼓の方では、晩年を迎えつつあるんですが、この会でおったという証を残せたらと思ってます。(体が大きいので)通称はジャンボっていいます(笑い)。よろしくお願いします。
<福本(宗)さん>
福本宗治です。地元で、飲食店並びに仕出し料理一般など諸々やってます。太鼓に入ったきっかけは、旅行に連れったろうという誘いからでした。それも遠く色んな場所へ行けるということでした。
最初は、たった一つの太鼓からスタートして、自分たちで太鼓を叩くんで、ちょっとご祝儀をと近所を回った時代からやってます。こんなふうに最初から太鼓に関わっているんですが、もうすることもないくらいなので、若い人に頑張ってもらえればなと。叩いてるだけみたいなところもないことはないんですが(笑い)、まだまだ若い人たちと一緒に楽しみたいなと思ってやってます。
<西風さん>
僕も一番最初の頃からの付き合いなんですが、みんなにお披露目する前の千両踊りのあたりからやってたことが続いている状態です。僕の場合は太鼓も叩きますが、どちらかというと舞台の時の特殊効果とかそういう部分でサポートしていきたいなと思ってます。
僕も串柿を作ってまして・・・
<知事>
今、忙しいんですか?
<西風さん>
忙しいですね。
<知事>
すみませんね。こんな一番忙しい時におじゃまして。
<西風さん>
こんな機会はめったにないんで(笑い)。
<和田さん>
和田正史といいます。仕事は、この近くに四郷小学校という全校児童が15人の小さな学校があるんですけど、そこで教諭をやっています。現在は四郷小学校に勤めているんですけど、20年前にも1回来させてもらいまして、その後あちこち回って、また去年から四郷小学校へ戻ってきました。
太鼓のチームができて19年目なんですが、最初は僕は入っていなかったんですが、前に置いてあるその太鼓一個だけで、創設時のメンバー7~8人が始められたんです。そのうち、会長の辻本さんがたまたま旅行に行くんで、「俺の代わりに叩いといてくれへんか」という申し出がありまして、「えっ?」という感じで入って、抜けられないまま現在に至っています。
それと、四郷小学校の子ども達がこの太鼓を使って、ここで練習をさせてもらってます。その指導もさせてもらってます。
中学校へ進みましたら、クラブ活動や塾やらで子ども達はほとんど太鼓に関わりを持たなくなるんですけれど、しばらくして高校生になったり勤めだしたりすると、(ここにいるように)若い子ども達が再び入ってくれます。少し間が空いても続けていってくれる、そんな恰好になっています。
<中辻さん>
こんにちは。中辻秀敏といいます。仕事は木材加工の方をしています。私が入ったきっかけというのは、先程からの話にも出ていましたように、千両踊りの復元の方から関わらせてもらいました。そのうちはまってしまって抜けられずにここまできてます。太鼓はへたなんですが、何かすることはないかなという中で、芝居の方もさせてもらってます。
毎年、地元でコンサートもさせてもらってるんですが、そこで、芝居の方も水戸黄門なんかを演じてます。
それから、太鼓以外では、この太鼓を支える台を作らせてもらってます。趣味半分、仕事半分でやらせてもらってます。
<知事>
大工さんですか?
<中辻さん>
大工ではないんですが、木材加工の仕事なんで関連があるといえばあります。
<中峯さん>
こんにちは。中峯清行といいます。僕自身は、ここで生まれて育ち、ここで生活をしてるんですけど、そういうことで太鼓のクラブに入れさせてもらってます。ただ、正直、僕自身は太鼓はそんなに好きではないんですが(笑い)、僕も仕事柄、昼間は(地域の)外で生活をしているという中で、やっぱり地元のみんなと協同で生活して初めて生活やろと思うんです。
たまたま、そういう中で、ご覧のようにメンバーの中には若いもんも歳いったもんもいてるんですけど、こういう色んな層や職業のメンバーが、四郷の中で唯一一緒に活動している、ここに入れてもらったら、昼間に外で生活している部分のカバーができるんと違うかということで入れさせてもらってます。
自分としては、太鼓のメンバーは四郷の財産やと思っています。この地域で、これだけ外から評価されるものはそんなになかったと思うんです。この人達やこの子らが、連綿とやってきた蓄積が高い評価につながって、地域の力にもなっていると思っています。
地域の30年来の悲願である(大阪方面へ通じる)トンネルの開通を早くして、千両太鼓の力も合わせて、限界集落じゃなくてここで踏ん張って、小さな集落であっても我々が育った集落ですから、なんとか地域の力で頑張っていけたらなと思ってます。その中心になるのがこの子らやと思ってます。また、今日の意見交換の中で、知事からも意見をいただけたらなと思ってます。
<脇田さん>
脇田です。立派な自己紹介の後で、余計緊張してきました(笑い)。太鼓は高校から始めて5年位になります。先輩方やおっちゃん(笑い)がみんな仲良くしてくれて、良い感じの環境です。
プライベートでも仲良くしてくれて、社会勉強とか色々教えてくれたりと、この点でも良い雰囲気なので、これからも頑張ります。
<勝岡さん>
こんにちは。勝岡成悟です。私は代表の辻本さん達と一緒に千両踊りの復元ということから始めました。その中で、若い人も入れるようにということで千両太鼓の方に進んでいきました。
私も、太鼓が好きでしたので、そのまま頑張ろうということでやってきました。今では、古株になってきましたので、練習もそこそこといったところですが、もう少しみんなと一緒にやっていけたらなと思ってます。
<知事>
ありがとうございました。皆さん楽しそうにやっておられるようですが、一番初めにこの太鼓がどうやってできたのかを聞こうかなと思ったんですが、それを聞くためには、皆さんのお話を聞いていると、この四郷の地域と千両踊りの話を初めにお聞きしないとと思いました。
それで今、中辻さんが踊りの復元から始めたんだと言っておられましたけど、四郷と千両踊りのいわれについてお話しいただけませんか。
<中辻さん>
千両踊りは江戸時代から行われていたようですが、はっきりした時期は定かではありません。
大阪府の和泉市の方から伝わってきたと言われており、色んな古文書などにもそのことは載っています。お隣の和泉市の父鬼町で、千両踊りとよく似た踊りを今もやっています。中の踊りの謡の文句にしてもほとんど同じような感じで、太鼓の叩き方もよく似ています。
<知事>
どんな踊りなんですか?
<中辻さん>
軽く持てるような小さな太鼓が3種類くらいあるんですが、自分で持つのもありますし、太鼓持ちが太鼓を打つ人の前へいって叩くというのもあります。そういうふうに太鼓を使うんですけど、踊りの要素も入っているんです。
<知事>
踊りながら太鼓を打つような感じですね。それは、例えば柿の収穫を祝うとか豊作を祝うとかいったいわれはあるんですか?
<中辻さん>
そういうことですね。五穀豊穣とか。
<知事>
一年中やっているんですか?
<中辻さん>
地元に大宮神社があるんですが、そこの神社の大祭に奉納するんです。
<知事>
それは秋ですか?
<中辻さん>
そうです。少し前まで10月の18日と決まってたんですが、3~4年前から小学校の運動会と一緒にしようかということで同じ日にしています。午後2時頃まで運動会をやって、それから祭りに移ります。子どもが中心でやってます。
<知事>
なるほど。それを「復元」ということですから、一時廃れていたということですか?
<中辻さん>
はい。明治時代から昭和の戦後すぐの頃まで途切れていたんです。一度復活したんですが、そこからまた昭和55年頃まで途切れてたんです。昭和56年頃から復元の兆しが出てきまして、昭和58年に正式に復活したんです。
<知事>
それで祭りを復元して従来のように小さな太鼓を持って踊るのと、(目の前に置いている)ものすごく大きな太鼓をドカーンと叩くのとでは元のイメージから随分違うんですが、これはどういったことですか?
<辻本さん>
千両踊りというのは、踊りながら(手に持った)太鼓を叩くというように、元々は非常にゆっくりした踊りなんです。若い人から見ると、もう少しリズムとパンチがある方が良いんじゃないかということで、たまたま大きい太鼓が1つあったのでそれを利用して何かできないかという話になったんです。
<知事>
それは辻本さんから?
<辻本さん>
別の年配の方から「何か考えてやっていけ」という話があったものですから、みんなで視察にいって他所を見てこようかということになって、マイクロバスに乗ってみんなで出かけました。それがきっかけです。
<知事>
そういうことですか。でも太鼓といっても簡単じゃないし、曲も要りますし、先生も要りますよね。この点はどうしたんですか?
<辻本さん>
当初は先生にも来てもらって、オリジナルの曲なんかも指導してもらってたんです。そこからは自分たちでやっています。
一度、4~5人で演奏をしてみますが、知事さんどうですか?
<知事>
お願いします。
~千両太鼓の若手メンバーによる「三宅太鼓」の演奏が行われました。~
<知事>
足の運び方がかっこいいですね、ありがとうございました。
<辻本さん>
年に1回コンサートでもやっています。
<知事>
そうですか。それで、これは三宅島の曲ですが、皆さんの中に太鼓の曲の作曲家というのはいるわけですか?
<辻本さん>
後でまた披露できたらと思うんですけど、オリジナルは一つ作ってもらったやつはあるんです。作ってもらったんですけど原曲があって、そこから色々みんなで手を加えて、ここはこういうふうにやっていこうということで原曲から大分変わってきたところもあります。他所の曲でもやり方を変えてというか。
<知事>
みんなで工夫しながら少しずつ直していくということですか。それでこう長年やっておられるから、他所から先生呼んできたりということは今はないんですね。
<辻本さん>
今はないですね。
<知事>
むしろベテランの方なんかが先生になっておられるんですね。
<福本(宗)さん>
口だけですよ(笑い)。
<知事>
お前らにはまだ負けへんわいという、そういう口だけですか?(和太鼓を演奏するような)催しに行きますと、大体20代が1人ぐらい入っていて、30代が2人ぐらいで、40代が3人くらいいて、60代とか70代があと全部というのが多いんですけど、こちらに来ると40代になると、わしはもう老年だから引退だと。
これはやっぱり後継者が育ってきたからいいやということですか、それとも、(今の演奏のように)ああいう激しいやつはちょっと体力的に無理なんですか?。岡崎さんどうですか?。
<岡崎さん>
ほんとそうですよ。(隣の若い方との間を指して)やっぱりここで線が入っちゃうんですよ。
<知事>
ちょっと入ってますね(笑い)。
<岡崎さん>
僕も48歳になるんですが、厄年前まではああいう動きと同じように出来てましたけど、そこからは先はおとなしい曲でする方が・・・。
<知事>
おとなしい曲もあるんですか?
<岡崎さん>
あります、やっぱり色々です。篠笛が入ったり、今日は篠笛のメンバーが来ていないんで残念なんですが・・・。
<知事>
和歌山市にもね躍虎太鼓があって、あの方々を見ていると私より年上みたいな人で、髭のおじさんとか、なかなか頑張ってますよね。
<岡崎さん>
自分も頑張ってるんですよ(笑い)。やはり人から見てもらえるというのはすごいことじゃないですか。
<知事>
それはそうですね。
<岡崎さん>
年寄りが頑張りすぎると、ちょっとそこまで頑張らんでもええよという感じもあります。その時は少し控えて出番を少なくしたりします。
<知事>
あまりしがまえこまないで、譲ってあげて。
<岡崎さん>
そうです。
<知事>
それは立派な心がけですね。
<岡崎さん>
いえいえ、そうやって言うと聞こえがいいじゃないですか(笑い)。
<知事>
じゃあ若い方からすると、入り易いんですかね。一番若い方は脇田さん?そういう譲ってくれる先輩がいるとやり易いですか?
<脇田さん>
譲ってくれます。空いているところへ。
<知事>
お前は十年早いとか、嘴が黄色いとか、そういうことは言わないわけですね、先輩方は。
<脇田さん>
そうですね。
<知事>
でも先輩方は長年やっておられるから上手でしょう。それで私はまだへたやなあとか思うことはありませんか?
<脇田さん>
やっぱりオーラが違いますね(笑い)。
<知事>
そのオーラを盗まないといかんですね。どうするんですか?
<脇田さん>
たぶん経験だと思います。
<知事>
そのうち勝手にオーラが出てくる?
<脇田さん>
わからないですけど、やっぱり違うと思いますね。
<知事>
どこかオーラが漂う西風さんはどうですか。オーラが違うと言ってますけど。
<西風さん>
オーラですか、ただただ年数やってただけですから、それだけだと思います。
<知事>
割と謙虚な先輩が多いですね(笑い)。
<西風さん>
実際のところあまり思ったこともないですけど。
<知事>
そうですか。でもやっぱり何となく分かりますよね。
<脇田さん>
そうですね。
<知事>
だけど初めは脇田さんぐらいだったんですよ。先輩だって。
<脇田さん>
そうですね。
<知事>
だまされて始めた方もいるし(笑い)。それから、全国に結構活躍して打って出ておられますよね。
ここで公演会をやるだけじゃなくて、色んな所に出ておられるたりするんですか?
<辻本さん>
はい。
<知事>
これはどういうきっかけでそんなふうになったんですか?
<辻本さん>
皆さん顔の広い人ばっかりで、色んな繋がりがあって、そういうところから要請があってということです。僕らは本当に地元で活動しているものですから、自分らであっち行って、こっち行ってという感じで営業活動もしてないものですから、皆さんの顔で。
<知事>
皆さん一人ひとりにそれぞれの人脈があって、例えば友達からあそこで叩いてくれないかって頼まれたらみんなに諮って、行くかとなったらそれで行くわけですね。最近はどんな所へ行かれましたか?福本さんどうですか?
<福本(達)さん>
今日は、紀の川高校の文化祭へ行きました。
<知事>
紀の川高校の文化祭、高校生に呼ばれて?
<福本(達)さん>
今日はここに来ていないですけど、他のメンバーが高校へ行ってます。
<知事>
紀の川高校にもメンバーがいるんですか?
<福本(達)さん>
そうです。生徒が一人いるんです。その文化祭に呼ばれて。
<知事>
そうするとその生徒さんも叩くんですか。それでお兄さん方も一緒に応援して叩くんですね。
<福本(達)さん>
はい、そうです。
<知事>
そんな感じで来てくれへんかという話があるわけですね。
(部屋に置いてある太鼓を見て)だけどものすごいフル装備ですね。
<辻本さん>
これが一番大きいんですけど。
<知事>
一番大がかりで叩く時は何人ぐらいのチームで叩くんですか?
<辻本さん>
いつもコンサートの場合は子どもを除いて20人弱なんですけど。ここにある太鼓を全部出してやります。
<知事>
(大きな太鼓を指して)こんなのは運ぶだけでも大変な感じですね。
<辻本さん>
これはちょっと重いですね。7~8人くらいで運びます。
<知事>
一番遠い所というとどこまで行かれたのですか?
<辻本さん>
外国でもやりましたが、これはALT(中・高校等での外国語の指導助手)の方に昔から入っていただいて、その関係で以前アイルランドへ行きました。
<知事>
アイルランドへ行った?
<辻本さん>
はい、4人で行きました。
<知事>
旅行大好き人間が一人おられましたよね。誰でしたっけ。福本さんだ。
<福本(宗)さん>
旅行は大好きです。
<知事>
アイルランド行くかとなったら、パッと手を挙げたりして(笑い)。
<福本(宗)さん>
アイルランドは仕事の都合上ちょっと行けなかったんですけど・・・
<知事>
アイルランドへは行けなかったんですか。
<福本(宗)さん>
最近、台湾へは行ってきました。仕事は地元で料理屋もやっているんですが、私と家内とで二人家内工業でやってますので、母も父もいてないということで、(アイルランド行きは)仕事を放ってまではちょっとということだったんですけど、台湾は4日間だったので・・・
<知事>
短期間なら行けるからということですか?
<福本(宗)さん>
はい、それは頑張って行ってきました。
<知事>
それもALTの誰かから呼ばれたからですか。
<辻本さん>
そうです。お祭りがあるんでということでした。
<知事>
ここでもALTが出てくるんですけど、今日はベネッサ(・ハタケヤマ)さんとラーラ(・ナタレ)さんがいらっしゃいますよね。普通は太鼓叩くというのは男性方がいらっしゃって、わりといなせな女性の方がいらっしゃってと思うんですけど、(名簿を見ながら)男性ばかりいらっしゃって急にALTのカタカナの女性のお名前の方が登場される、これはどういうことですかね。
<辻本さん>
毎年、外国から和歌山へALTとして来た人の歓迎会をやるんですよ。地域で英語教室をやっている方とか、そういうボランティアの方と一緒に、歓迎会に参加させていただいて、その時知り合って、「やりませんか」ということでお誘いします。もう十何名かに来てもらっていて、今年はお二人ということです。
<知事>
ベネッサさんにとって太鼓の魅力は何ですか。なぜ太鼓に惹かれますか。どうして太鼓が好きなのですか?
<ハタケヤマさん>
かっこいいでしょう。カリフォルニアにも日系人がいっぱいいますから、太鼓グループもあります。高校生と大学生の時、太鼓がしたかったですが、あまり時間がなかった。今は時間もできたので太鼓をやっています。
<知事>
ベネッサさんも叩いてますか?
<ハタケヤマさん>
2か月だけ太鼓をやっていますから、まだまだです。
<知事>
練習だけではなくて実際の公演にも出るんですか?
<辻本さん>
また出てもらう予定です。
<知事>
これからということですね?
<辻本さん>
うちはデビューが早いんです(笑い)。
<知事>
そうですか。ラーラさんはどうですか?
<ナタレさん>
ロンドンでは私はいつも音楽をしていました。ピアノとバイオリンとビオラを弾くことができます。学校と大学ではずっとオーケストラに参加していました。ピアノなど様々な楽器を演奏するのが好きです。それで、私は日本でも何か音楽を習いたかったのです。
和太鼓は日本の伝統的なものです。ロンドンには和太鼓のグループがありません。だから和太鼓を習う機会はここでしかありません。私は和太鼓が好きですし、やっていて楽しいです。
<知事>
こちらにいる間に、できるだけ日本の伝統音楽を楽しんでください。
ところで、岡さんにとって太鼓の魅力って何ですか?
<岡さん>
魅力ですか。人前で演奏していて、お客さんがすごいなあという目で見てくれるというのが気持ちいいです。まあ自己満足かもしれませんが・・・
<知事>
だけど自己満足でも色々あるじゃないですか。例えば人前で踊ってみるとか、そういうのもあるでしょう。なぜ太鼓なんでしょう?
<岡さん>
グループで演奏するのでみんなでパッと揃うと、みんなの心が一つになって演奏できたという気持ち良さというのはあります。
<知事>
なるほど。窪田さんはどうですか?
<窪田さん>
太鼓の魅力ということでは自己満足が一番ですかね、叩いて楽しいという。やっぱりあちこち叩きに行った時に、多分僕らが楽しくない太鼓を叩いていたら、見ている人も楽しくないと思います。でも楽しく叩けてるから、見ている人も楽しく聞いていただけるし、「すごいな」という言葉も聞くことが出来るので、それが魅力です。
<知事>
私なんか見てますとね、和歌山弁じゃないですけど、太鼓を叩いている人は、いなせとかきっぷがいいとか、かっこいいとか、そういう感じがしますね、実際にもそういうのを感じながらやっているだろうなというような感じもしますね。それがまたいいわけで、「よっ」とか何とか言いながらやっているでしょう、あの感じが見ていても快いし、やっておられる人もきっと快いんだろうなと思って見ているんですけどね。
長年やっておられたジャンボ山本さんは、太鼓の魅力はどういうところですか?
<山本(重)さん>
太鼓の経験はそんなにないんですよ。
入っている期間は長いんですけど。最初は一本しかバチがなかったんで。
<知事>
あんまりやらせてもらえない?
<山本(重)さん>
やらせてもらえないんじゃなくて、初めはそんなに出来なかったんです。最近はちょっと2本でやってるんですけど・・・
<知事>
身体がでかいからバーンといくんですかね。大きいやつを。
<山本(重)さん>
ああ、これはメタボリック(笑い)。
<知事>
腹ごとバーンといったら(笑い)。
<山本(重)さん>
魅力という点では、僕はみんなと一緒に何でもするのが好きなので、その手段としての太鼓かな。この地域でこの年代が皆おる所はそんなにないですから。
<知事>
さっきからお話を聞いていても、太鼓そのものも楽しいけれども、太鼓を通じて地域の皆さんと一緒に集うというか、そういうのがものすごくいいなあと、皆さんが思っておられるなという感じがありありに分かりました。多分こんな講釈を私が付ける必要もないんですが、学生さんでもやっぱりクラブ活動とかサークル活動なんてすごく熱心にされますよね。やっぱりみんな仲間がいると楽しいのかな、そんな感じがしますよね。小森さんは、今は仕事が無くて太鼓だけやっているということですけど、太鼓があるから全然寂しくないんですよね。
<小森さん>
そうですね。週一回練習するんですけど、その時ここにいるメンバーがほぼ集まって、2時間ほど練習するんですけど、それが楽しいです。
<知事>
そのあと酒盛か何かになるんですか?
なってもいいんですけど、飲酒運転はダメですよ。ちょっと道も難しいですからね、ボコンと落ちたりしたら大変ですから。
でも、そういう地域の人間的な繋がりというのかな、そういうのが太鼓によって満たされている点が四郷の素晴らしいところじゃないかなと思いますね。
それから、今日は、女性のALTの方がいらっしゃるんだけど、日本人の女性の方はいないんですか?
<辻本さん>
います。
<知事>
今日はたまたま来られないということですか?柿作りに忙しいということですか?
<辻本さん>
柿を作っている人もいますし、今日は平日なので。
<知事>
大体、構成としては何対何ぐらいになっているんですか、男性と女性は?
<辻本さん>
最近は多くなったですね。今日は2人来ていただいていますし、他に4人ぐらいですかね。
<知事>
割合少ない方ですね、他所の太鼓チームなんかだと3:2ぐらいいて、サラシか何か巻いて格好いいですよね、ああいう感じじゃないんですか?
<辻本さん>
うちは入り易いし、休み易いんです。一服もし易いしということで。元々のメンバーを全部合わせますとかなりいてるんですけど、仕事の関係とかで休んでいる方もいますので。
<知事>
練習に参加するかしないのかというのも、その人の自由なんですね。
<辻本さん>
はい。
<知事>
一番いいタイプですよね。
<辻本さん>
そうですね。うちの太鼓はなにせ自由というか、曲もそうなんですけど、「こんなにやりたい」と言ったら、「好きにやってくださいよ」とか、先ほども笛とかって言いましたけど三味線やったりとか。去年はバイオリンも一緒にやりました。
<知事>
バイオリンと太鼓の競演ですか。
<辻本さん>
劇の方ですけど。
<知事>
劇で何役をやったんですか、劇のBGMですか?
<辻本さん>
はい。
<知事>
そういうことですか。水戸黄門の女忍者か何かになったわけではないんですね(笑い)。
<辻本さん>
みんなそれぞれ特技を持っている方がいてるんで。出来るだけそういうのをやってもらうようにしています。
<知事>
ところで、和田さんは先生でいらっしゃって、子ども達にも叩かしてあげるわけですね。
<和田さん>
そうです。子どもの部があります。
<知事>
子ども達はみんな自発的に入ってくるんですか、それとも教科として取り入れておられるんですか?
<和田さん>
自由参加なんですけども、ほとんどの子ども達が入ってくれています。
<知事>
子ども達は喜んでやりますか?
<和田さん>
はい。いっぱい道具があるんで。
<知事>
片っ端から叩いているという感じですか?
<和田さん>
一人1台以上はありますから、三ついっぺんに叩く子もいますし、ドラムみたいに叩く子もいます。
<知事>
それでその子達が中学校へ行くと一回中断になるんですか?
<和田さん>
そうです。笠田中学校へみんな進学するんですけど、家も遠いですのでクラブ活動やりながら、塾でも勉強しないといけないので。そうすると大人は夜8時くらいから練習に来るんですが、そこには付き合えないということです。
ですので自分が勤め出してからとか、高校に行ってクラブはそこそこにして、太鼓がしたいよという子がやって来ます。
<知事>
その子達は夜に集まってくるわけですか?
<和田さん>
そうです。
<知事>
子ども達もこれだけの太鼓を思いっきり叩かせてもらえたら楽しいでしょうね。
<和田さん>
そうですね。汗をだらだらかきながら、練習してます。
<知事>
予備軍みたいな感じで、その時の思い出がいいなあと思ったらまた入ってくるでしょうし、ちょうど先生もいらっしゃって、皆さんのためにもいいですね。
<和田さん>
今、前で叩いてくれた子ども達は、僕が以前に四郷小学校にいた時の子ども達です。
<知事>
教え子さんでいらっしゃるんだ。
<和田さん>
私は途中で空いてますけど、去年からまたこっちに赴任したものですから。
<知事>
和田先生がいらっしゃらない時も、ずっと子ども達はやっていたんですか。
<和田さん>
継続してやってました。僕がいてた時はここで教えていたんですけど、他所の学校に移った時には、今度は大学生ぐらいになった者が代わって教えてくれていました。
<知事>
昔で言うと青年団に代表されるような求心力のある地域の組織がありました。ところが、今はそういった青年団の最小構成員が壮年になっているといった話が全国的にも結構ありますよね。それは別に誰が悪いというわけではないと思うんですが、若者を引きつけることが不十分であったというところもあると思うんですよね。
だけど、こういう太鼓みたいな一つの道具があって、みんなに求心力があって、それは別に太鼓でなくてもスポーツでも他のものでもいいわけですけど、共通の目標があって普通のおじさんからちょいワルのおじさん、それに若者までみんなが集まって、世代を超えて伝統を継承していけているというのは、ものすごいいいことですね。
話は変わりますが、この間から柿の売り込みに行っておりましてね、和歌山の柿はめちゃくちゃおいしいんですよね。これは東京の場立ちで言ったんだけど、私は家が東京にもありますから、深夜そこにたどり着いて泊まって朝から出撃するんですよね。それで夜でもスーパーマーケットが開いているんで、近くへ買いに行きましてね、それで柿を見に行ったらいつもは少ないんだけれど、珍しく和歌山の柿が積んであったんですよ。それで、しめしめと思ってそれを買いました。隣には岐阜の柿とか福島の柿とか福岡の柿とかがありました。
これを一個ずつ買って行って、全部剥き比べて食べたら、もうダントツで和歌山の柿がナンバーワン。大きさといい色といい味といいですね、もう完璧に勝ちですよ。ところが同じ値段で売っているわけです。それで良い値を付けてくださいよって、場立ちで言ってきたんですけどね。
<勝岡さん>
それはどうもありがとうございました。
<知事>
この中の柿農家の皆さんも自信をもってやって下さい。売るのは一生懸命県も協力して頑張りますので。それから串柿も関西の大事な文化ですから、これも是非頑張っていただいて、販売にも出来るだけ協力してやっていきたいと思います。それで皆さんが売れるチャンスが出てきた時に、今度は作る方の人みんながくたびれていたら話にならんわけですから、四郷みたいに元気に太鼓を叩きながら頑張っていただいて、それでもうちょっと儲かるようにみんなで努力していただくと、もう一個太鼓のいいのが買えるかなと(笑い)。
それで、みんなでカリフォルニアかどこかにも演奏に行けるかなということになると思いますのでよろしくお願いします。
それから最後になりますが、今後、太鼓を通じてこんなことをやってやろうとか、頑張るぞとか、何か皆さんの抱負みたいのはありますか?
<勝岡さん>
こんなことをやろうというより、出来るだけ継続してやっていければいいなと思っているんです。そうしてやっていく中で、みんなが固まってやっていけてる中で、我々千両太鼓がどこか大きな所でコンサートができたらなという夢はあります。
<知事>
地域のため、子ども達のために皆さんが一致団結して千両太鼓を盛り上げていってください。 本日はどうもありがとうございました。







