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紀の国いきいきトーク
「紀の国いきいきトーク」は、私が県内各地に出向いて、県民の方々と気軽に話し合い、県政に対する理解を深めていただくとともに、各分野で活躍されている県民の方々の生の声を県政に反映させていくために開催するものです。ここでは、様々な分野でいきいきと活動されている皆さんとのざっくばらんな懇談の様子をご紹介します。
第9回 紀の国いきいきトーク対談内容
平成19年8月20日 和歌山市
<仁坂知事>
皆さん、こんにちわ。今日は、非常に若い方からお年をめした方までたくさんいらっしゃって、本当にありがとうございます。
本件は、いきいきトークということで、グループで活躍されている方に集まっていただいて、それぞれの活動に際する思いなどをお話ししていただいています。
今まではボランティアのような集まりの人が多かったんですが、仕事そのものが人生だというふうにも思いますので、住金という組織を支えておられる代表的な皆さんにお集まりいただいて、これまでのご苦労とか思いとかを語っていただければいいなと思っています。
何回かやっておりますので段々とやり方が定着してまいりまして、私が司会兼しゃべりを担当させていただいてます。それで、一番初めに皆さんに自己紹介をしていただきまして、その上でテーマ別に議論してまいりたいなと思っていますが、それでよろしいでしょうか?
それでは、お願いします。
<田中丸所長さん>
いつもお世話になりありがとうございます。私以外は知事と話をするのが初めてですが、今日はいきいきトークということで、本日のメンバーで我々が何を考えて仕事をしているかを、知事に忌憚なく申し上げたいと思います。
さて、私共住友金属、とりわけ和歌山製鉄所は、今でこそ非常に業績がよくなりましたが、これまで幾多の困難を乗り越えてきた歴史があります。苦しい時には従業員の頑張りはもちろん、関係協力会社の人たち、それから県や市、また地元の方々にいろいろな面で支えていただきました。我々の今があるのも、これら皆様方の支えの賜物であると感じています。
したがって今日は、特にこれまでどういう苦労をしてきたかということと、今後の課題である技能伝承などについてお話ししたいと考えていますのでよろしくお願いします。
<栢谷さん>
効率化推進室に所属しています。セクションの名前が示すように効率化に関することが業務です。その中でも、今日、テーマにあがっていますように、技能伝承やJK(自主管理)活動の事務局をやらせてもらっています。
JK活動の方は長い歴史がありまして、既に定着した状態なんですが、沈滞しないようにいかに活性化させていくかが仕事です。
もう一点の技能伝承の方は、皆さんの方も私自身も初めてということで、どうやったらうまくいくのかなと結構悩みながら進んでいる状態です。技能を伝えていただくのは現業の方ですが、我々事務局としていかにやっていくかということです。効率化とどう繋がるのかということも悩んでいることではあるのですが、いかに効率よく伝承していくかということなのだろうなと思っています。歴史的なこういう仕事に携われることは二度とないと思いますので、意気に感じてこれからも頑張っていきたいと思っています。
<江頭さん>
鋼片工場に勤めています。出身は佐賀県で、現在55歳です。4~5年前までは所内では平均年齢より若かったんですけど、平成17年からどっと新人が入ってきて、今では長老になっています。よろしくお願いします。
<藤田さん>
この話があったので、知事が何を考えておられるかを勉強しようと思って県民の友を探したんですが、なかなか全部集まらなかったんですが、予算から始まって常に「元気づくり」ということを考えてられるなと感じた次第です。
ここに上司もおりますが、我々住金も将来にわたって元気に活動できるかな、同じものの考え方をされているんだなと、今回初めて気がついたところです。
後ほど、質問もさせて欲しいんでですが・・。(上司からこのトークに参加しろと言われ)こんなチャンスもそうないだろうと思ってやって来ました。よろしくお願いします。
<中尾さん>
鋼片工場に勤めています。和歌山県出身で21歳です。住金に入社して1年10カ月になります。これから先輩方の良いところを見習って、一生懸命覚えていきたいと思っています。よろしくお願いします。
<山下さん>
私は、中径管工場で工具管理、資材とか生産工具の関係の購入と予算管理をやらせてもらっています。その傍ら先ほどから話題になっていますJK活動の代表コーチとしてやらせてもらっています。
もともと和歌山生まれの和歌山育ちで、海南(鋼管)で25年勤務していたんですが、こちらに新ミルができるということでこちらの方に替わってきました。とにかく新しいミルを立ち上げるのはかなり難しくて苦労も多く、一時期は24時間の勤務態勢というような状態もありました。
なんとか軌道に乗りまして、今、ほっとしているところです。
<岡田さん>
同じく中径管工場で勤務しています。僕は平成10年に住友金属の学園に入り、高校の3年間を過ごして、現場に配属されました。高校生活も一般の高校に比べて厳しいものがあったんですが、その経験があったから、今こうやって頑張れてるかなと思います。
今も新人の指導員として務めさせてもらっているので、その責任を胸にこれからも頑張っていきたいと思います。
<山之内さん>
安全健康室所属です。もともとは電気屋でして、電気設備の保守、設計をずっとやってきていました。2年半まえから安全関係の仕事をやらせてもらっています。
今のところ製鉄所の構内で、社員も協力会社の人も含めて痛い思いをする人を絶対出さないようにという思いでなんとか頑張っていますが、なかなかその思いが通じきれない部分があって、必ずしも良い成績というところまで至っていないのが現状です。
とにかく元気に出勤していただいたら全員が元気に帰宅していただくということを徹底できるように今後とも頑張りたいという一念です。
<加藤さん>
同じく安全健康室に勤務しています。石川県の出身で15歳で訓練生として入社しました。
昭和42年の入社ですが、それから40年が経過しました。
今、安全の仕事をしているんですが、災害が起きる度、心を痛めています。できるだけ一人でも災害を起こさないように、活気のある明るい製鉄所を作りたいなと思っているんですけれども非常に難しくて、年間10数件の災害が起きています。これを1件でも少なくするようにしていきたいと思っています。今日はよろしくお願いします。
<大塚さん>
環境管理室所属です。私は出身は神奈川でそれまでずっと関東にいたのですが、昭和57年に和歌山に来ました。入社時最初はエネルギー関係を担当し、途中から環境をやらせてもらっています。
製鉄所の環境は歴史が色々あります。鉄を作るにはものすごい量の鉄鉱石や石炭などを使っています。これらはその多くが粉体なので、風が吹けば飛ぶというところがあり、過去からものすごく苦労してきました。
今はかなり良くなっていますが、夏の暑い時などは海から陸の方に風が吹きますので、すごく苦労します。地元には迷惑をかけられないので、日夜駆けずり回って設備対策はもとより散水などの対策を実施しています。
あと、環境管理室では膨大な環境データを扱っています。煤煙や水質などの管理もきちんとしなければいけないということでこの面でも色々と苦労があります。今、製鉄所が元気になって、どんどん生産していく状況で、環境面で地元の方々にご迷惑をお掛けしないように頑張りたいと思っています。
<尾崎さん>
旧日置川町の出身です。(学校は)工業化学を出たんですが、最初に入ったのがコークス工場でした。そこで16年間3交代で勤務していました。
今、環境の方に配属されていますが、これが一番僕に合っているのかなと思っています。何故かと言いますと、所内で最も環境が過酷と言われるコークス工場から現在の環境管理部門に来て、環境面で現場を指導していくという立場をまかされているからです。
僕自身は口が悪いんですが、現在、現場の人と一体になって所内の環境整備をやっています。特別環境整備チームということで、6名編成で、特に上工程、製銑工場とか、コークス工場とかそういう職場の人と一体になって環境改善に取り組んでいます。
生きがいを感じてやっているところなのですが、僕自身、来年が定年なんです。僕と同じように、現場にとけ込んでいき、時としてきびしく指導できるような後輩を育てることが一番の関心であり課題です。今日はよろしくお願いします。
<知事>
私も少し自己紹介させていただきます。私は経済産業省の出身で、実は今まで鉄は2回担当しました。
1回目は昭和60年~61年くらいですかね、鉄鋼業務課というところの課長補佐をしていました。色んなことがあったんですが、特に対米輸出規制が大きな仕事でした。日本の鉄鋼業は回りのことも考えて、世界秩序を乱さないように色々やってきたはずなんですが、当時のレーガン政権からアメリカの鉄鋼業を守ってくれよという話がありました。それに対して、「まあいいか、少し数量規制をしてあげよう」と思ってそれを実行したわけです。
こちらとしては「まあいいか」という感じなんですが、向こうは生意気なんですね、怒鳴り合いをしたり色々ありましたけど、鉄鋼の貿易秩序というテーブルをひっくり返されないようにぐっと我慢をして自主規制方法をまとめました。それが大きな話です。
そうこうしているうちに、鉄鋼が大不況に突入したわけです。それまで色んな会社の方とつきあってましたけど、その会社の方がどんどんとある意味でのリストラをされていくわけですね。「関係会社に行きます」とか「辞めます」とか「別の業種に転じます」とかそんなようなことがどんどんでてきたわけです。それでも不況が止まらないなという時に異動してしまったんですが。
2回目は住友金属が一番辛かった時代かもしれません。2002年の夏くらいから2003年の春までですが製造産業局の次長をやっていました。製造産業局というのは製造業全部を所管しているんですが、次長が2人いて半分が私の所管ということです。基礎素材産業を担当していたんで鉄も担当ということになります。
一番心配したのは住金のことと言ったらおかしいですが、私は経験がありますからマスコミやその他で言われている程鉄は弱くない、全然弱くないと思ってたんですが、ただ流れとかちょっとしたことで本当は力のある会社がひっくり返ることもあるわけです。そういうことに鉄鋼会社がなったら大変だと思ってましたし、このことは鉄だけじゃなくて日本の素材産業にかなり当てはまるところがありました。いったんひっくり返ってしまうと技術の体験と蓄積なんて吹っ飛んでしまいますから、これはなんとか守りたいなと駆けずり回っているうちに、それがほぼ成功してやれやれと思っていたら、ブルネイ大使になってしまったということです。
大使になった頃は心の中ではもう大丈夫と思ってました。ブルネイに行っている間に、皆さんのご努力のおかげだと思うんですが、住金さんがどんどん元気になられて、それで和歌山に帰ってきた時に、今、和歌山県である意味では一番稼いでくれている、それも単に操業で稼いでくれているだけではなくて、色んな投資需要でも地元に貢献いただいているという住金さんを見て大変うれしかったということです。これが私の鉄に関する自己紹介です。
こうした経験の中で私が大変印象深かったのは、鉄の技術というのは単に大学の先生が教えるだけではなくて、もちろんこれも大事ですが、皆さんのような現場の人が支えている部分というのがものすごくあって、そういう人に聞かないと実は分からない。名前はあげませんが、ちょっと小さめの企業の出来たばかりの高炉があって突如として止まってしまった。それで、関連会社も含め、みんながわーっと行って、「この状態をどうしたらいいか」と考えるんですけど、例えば電気の世界みたいに「こっちがこうだからこうなってるんだ」ということが分からないらしいんですね。それを試行錯誤でみんなが協力して立ち上がらしたということがあって大変印象深かった。鉄の世界ってこういうふうになってるんだと、これは鉄だけじゃないかもしれませんが、そういう意味では今日は「技術の伝承」を初めに皆さんとご議論できてうれしいなと思っています。
そうは言っても私は少しは分かっていますが、会社と関係のない人はほとんど分からないんじゃないかという感じがします。それで、鉄鋼における技術の伝承ってどんなもんだろうということを、ホームページを見てくださる方のことを想定しながら、どなたか説明していただけませんか。
<藤田さん>
難しい質問ですが大きく考えれば、これから住金が永遠に続いていくためには、現場の品質管理や安全も含めて今やられている技能をいかにきちんと伝えるかということだと思うんです。
我々の職場ではどうしているかというと、マンツーマンで私生活も含めて張り付いた状態で教えているんです。なおかつ色んな訓練があるんですが、そういう場に新人さんを出して、よくできた場合はほめてあげて、ベテランの人はもう少しこの部分こうしたらどうですかという感じのことを1年半から2年くらい繰り返し繰り返し教えるわけです。もちろん、個人に対する上司の面談もやりますし、ありとあらゆる機会を通じてマンツーマンで、本人から日報を提出させて理解度も把握しながら徹底的に教えていきます。
<知事>
藤田さん自身操業にものすごく責任をもっておられるわけですね。そうすると必死になって何か造らなあかん、そんな時に隣りに若い人がいても「そんなん知るか」と掛かり切りになれなくないですか?
<藤田さん>
考え方だと思うんですけど、僕は定年を終えて3年になるんですが、自分の弟子っていうか、後輩をつくって辞めるというのが、工場で働く者の責務だと思うんです。自分の後輩がほぼできたなと思う時点で定年を迎える、定年2~3年前の人たちが自分のコピーに等しい人をつくって引退していくという考え方で、現場で徹底的にやっています。
<知事>
それは会社の組織としても「必ずそういうことをやって下さいよ」とか「そんな非効率なことをやったらいけません」ということを言わないような制度になってないとなかなかできませんよね。この点はどうですか?
<栢谷さん>
先程の話に少し戻るんですが、ものを造る場合には当然スタッフがおって、この作業の場合には、温度を何度に設定するとか数字は決まっているんですが、この数字だけでは目ざすものが出来ないというのが鉄の世界なんです。もっと数字以外のものを見てどういうふうにハンドルを使ったらいいんだというところを伝えていかないといいものが出来ない。そうしようと思うと今日までは○○さん、明日から△△さん、事前にマニュアルを渡したからねということではやっていけないということですから、ある時期マンツーマンでちゃんと技術技能を伝えていかないと次の世代に伝わっていかない。制度云々と言うよりそういうやり方をしないと物づくりができないということなんです。
<知事>
江頭さんはかなりベテランなんですがどんな感じなんですかね?今おっしゃられたことは。
<江頭さん>
私がおるところは鋼片工場のある職場なのですが、流れ作業になっていますので、その一部を覚えるのでも1年半から2年くらいかかります。細かなことまで教えるマニュアルがないので手取り足取りという感じで教えます。
私も36年前にそうやって教えられました。
<知事>
それは1年半から2年くらいで自立はできるんですか?
<江頭さん>
そうですね。職場のワンポジションですが。ひとつの職場には4つほどのポジションがあるので、1年半だと全体で6年から7年くらいかかります。ワンポジションで1年半かかるということです。
<知事>
6、7年で1人前になるということですが、日々さらに発見ということはありますか?
20年から25年前に1人前になられて、その後ずーと上がっていくわけですか?
<江頭さん>
6年か7年でその職場は覚えますが、一番最初に習ったところは忘れているところがあります。ですから入社して36年になるけど一つの職場を完全には覚えていないですね。そのくらい時間がかかると思います。
<知事>
そういうふうに繰り返していくと段々忘れなくなる?
<江頭さん>
段々忘れなくなっていきますね。それでも十分じゃないと思っています。
<知事>
その時に、「忘れるんだからここだけやりなさい」ということを会社としてはやらないんですか?それは何故ですか?
<江頭さん>
色々なラインがあるので、一箇所だけやられると人が回らなくなるんです。あっちこっち覚えてもらわないと。
<知事>
その人はそこの覚えが早いからそこだけやりなさい、隣の人はここ専門でずーっとこれをやりなさいということはしないんですか?多能化するとやっぱりいいんですか?
<江頭さん>
多能化する方が人が少なくて済むと思います。いろんな知識も覚えますし。
<藤田さん>
それとトラブルが起こった時には、自分が運転している前のことも後ろのことも知らないといけないということです。ある程度前後左右の職場(の状況)をマスターしておかないと、トラブルというのはいつ起こるかわからないし、何年に1回起こるかもわからないので・・・
少なくとも前後左右を分かっておくためには、それらを教え込む必要があるんです。
<知事>
なるほどね。先程の鉄鋼業務課の時のことなんですが、アメリカと日本の違いというのは、皆さんのような技能をきっちりと伝承された人をどれだけ大事にするかという点だと思いました。随分違いますね。例えば、アメリカの鉄鋼企業にも大学を卒業して工学を修められた人も混じっておると思うんですが、そういう人は現場にほとんど出ない。多分、前後を分かっていないで上から設計してくる。随分、日本と違うなと感じました。その時は、日本の鉄鋼業がアメリカに対して調子が良くて、その後為替の関係でぐちゃぐちゃになって辛いことになったんですが、そういう感慨を持ったことを思い出しました。
<田中丸所長さん>
今の話の関連ですが、当社は会社の業績が非常に悪い時に人の採用を控えたため、従業員の年令構成がいびつで平行な分布ではありません。そこへもってきて、技能伝承がきちんと出来ていない。また回りの工程を理解し、色々なポジションで仕事ができる50歳以上のベテラン層の人がこれからどんどん退職していく。その人たちがいなくなってしまうので、今、あわてて技能伝承に取り組んでいるところなんです。
そのやり方としては、まず、一つのポジションしかこなせない人、二つ三つのポジションをこなせる人というように、仕事の熟練度を4段階から5段階に分け、各職場にどういう段階の人が何人いるのかを把握し、レベルを数値化しています。ここの職場は点数が何点で、何年後かにこの人が辞めてしまったら何点になるので、点数を上げるためには、この人にはこれを覚えてもらうというようなことをやっているわけです。
<知事>
なるほど。それで今技能伝承の事務局のようなものがあって、それを組織的にやっているというのはすごいですね。
<田中丸所長さん>
それで、旗振り役として効率化推進室を作り、それぞれの工場と話をし、工場には技能伝道師というものを任命し後輩に教えていこうということです。そして、各工場の技能伝承のレベルを見ながら、どこに人を配置していくかというようなことを考えているわけです。
<知事>
これは住金だけですか?
<栢谷さん>
いわゆる2007年問題があるので世間一般でもされていると思います。ただ、やり方は色々だと思います。
<知事>
私がいた経済産業省なんかも完璧にオン・ザ・ジョブトレーニングでしたね。私は研修班長というのもやってたんですが、これはオン・ザ・ジョブトレーニングだけに任していたらダメだから、オフ・ジョブも使って職員の能力を高めようという試みもしました。しかし、自分で採点するとそのウエイトは非常に低くて、オン・ザ・ジョブトレーニングばっかりでしたね。
だけど、通産省の場合は行き当たりばったりでしたから、オン・ザ・ジョブトレーニングを組織的にきちんとやるというのは偉いなと改めて感動しますね。
<田中丸所長さん>
工場ごとにはそういうことをやっていましたが、それを製鉄所全体に拡げて、同じような評価の仕方も取り入れながら、今やり始めています。
<知事>
その中で、一番若い中尾さんなんかはどんな思いで取り組んでいるんですか?
<中尾さん>
私を教えてくださっている方は団塊の世代の方で、年齢も結構いかれているので、自分の中で「早く覚えていかないと定年されてしまう」という気持ちから、なるべくメモを取って必死で勉強しています。
3、4年くらいを目途にと見られていると思いますが、なかなか一つのポジションを覚えることが出来ないので、まず今のポジションをしっかり覚えてから次のポジションにいく形になると思います。
日頃の操業についてはある程度出来てきているんですけど、トラブルとか普段あまりない作業についてはまだまだ対応出来ないので、先輩とかに教えてもらいながら貴重な体験をさせてもらっています。
<知事>
若いのに偉いですね。ただ、そういうのを組織的にやってくれないところで、技能の伝承をしていたのが、割合、世間では多いですね。その点中尾さんはある意味では恵まれているなとも思いますね。必死になって見よう見まねで覚えたというのはいっぱいありますよね。しかし、それでは世の中もたないかもしれませんから、やっぱり組織を維持するためには、中尾さんみたいな立派な若者を集めて、かつ組織的にきちんと教えていくというのが大事かもしれませんね。それで、岡田さんはその教官?
<岡田さん>
はい、いちおう指導員をしています。一番初めは2年前で、その時教えていた人は僕より5つくらい年上でした。次は19歳で高校を卒業したての全く性格の違う人でした。今は、一つ年上の人の指導員を務めさせてもらっています。
その中で大事にしていることは、「相手にとけ込んで、お互いが本音を言える」関係を築くことです。何故かというと、今、世間では新人がけがをするなどの災害も起こっていますが、原因として技能不足もあると思うんですけど、その中で心理的なものが影響していると思っているんですよ。それというのは、いつも通りの作業を新人がしている時に、違うパターンになった場合、先輩に異常を報告できるかということなんですよ。先輩によう言わんとそのままいってしまうというのは絶対なくしたいと思ってます。本音を言い合える関係が大事です。
<知事>
そうですね、でもそれはなかなか難しいでしょう。私もそういうふうになるといいなと思っているんですけど、言ってくれない場合もあるし、すぐ自分が怒っちゃってダメな時もあるし。どうですか、我慢するんですか?
<岡田さん>
いや、怒る時は怒りますよ。でも、自分が忙しい時でも「ここを教えてください」と言われたらすぐ教えます。そこで「忙しいからあかん」と言ってしまってはダメですね。
<知事>
そうすると指導者の人格も大事ですね。岡田さんに教えられた人は指導教官になって次の人を教えていくんですね。
<岡田さん>
そういうふうになってくれたら嬉しいんですけど。
<知事>
必ずしも教官になるとは限らないんですか。教官向きじゃないなという人もいるわけですね。
<岡田さん>
中にはいます。
<知事>
それから、次にJK活動のことをお聞きしたいと思うんですが。
<山下さん>
自主管理活動のことなんですが、立ち上げから苦労しまして、今も取り組む項目は多々あるんですが、生産と安全を両立させて、若手中心に頑張ってくれています。
<知事>
これは単なる技能伝承だけではなくて、さらに良くしていこうという運動なんですね。これのポイントは何ですか?
<山下さん>
そうですね、とにかく安全に作業ができて、なおかつ能率が上がって収益に一歩でも貢献しようというのが趣旨です。
<知事>
効率とか、どうやったら収益が上がるかなというのはすごく難しくないですか?
<山下さん>
いや、数字は常に見えますから。現場の方は常に熱心に取り組んでいます。
<知事>
例えば、どういう工夫が今までうまくいった例でありましたか?
<山下さん>
工夫ですか、目に見える改善、例えばこういう寝ているものを立てたらやり易いですよといったような改善はほぼ終わっているんです。ただ、今、技能伝承を含めて人に頼る面、設備に頼る面など多々残っているので、そこら辺を攻めていく必要があります。
<知事>
それじゃ段々難しくなってきてますね。
<田中丸所長さん>
自主管理活動は、「僕ら、これを改善したい」と10人、20人がチームを作ります。チーム員は同じ職場の場合もあるし、横断的なものもある。その数は年間800にも1,000にもなります。
<知事>
遠くのほうの工程の人が関連で入るということもあるんですね。
<田中丸所長さん>
協力会社の人が入ることもあります。みんなでターゲットを決めて、わあわあ言いながらやっていくというのがポイントですね。目標に向かってみんなを引っ張っていくのがチーム長で、それをサポートしていくのがチーム員です。
<知事>
その時にね、これはむしろ栢谷さんに聞かないといけないと思うんですが、山下さんがこう変えた方が良くなると言うと、それをちゃんと取り上げてあげないとやった甲斐がない。
でも、工場にはラインがあり、取り入れるのも結構難しいでしょ。そう言われても、そこだけ変えても影響が出るよねえとか。
<田中丸所長さん>
そういう影響が出ないようにチームを作り、関係のある人がチーム員となって、皆で考えるわけです。
<知事>
考えてくれるんですか?
<田中丸所長さん>
影響回避にお金がかかるのなら、お金も出してバックアップしています。また、表彰制度もあり、JKで特に優れたものには社長賞、年間に和歌山製鉄所では十数件表彰してもらいます。ほかにカンパニー長賞とか部長賞とか工場長賞とかもあります。
<知事>
そういう形で支えるようにしないとやる気がでなくなっちゃいますね。
<栢谷さん>
現場で実際ものを作っている人でないと改善案が出てこない。色んな細かいところまで日々操業で見ているからこそ、こうしたらいいはずだというアイデアが出てくるんです。
<知事>
実は県庁でもプロジェクトチームというのがあるんですよ。それは若手中心でできてまして一種の改善、今のJK運動みたいな形ですが、ちょっとまだそれは私たちが悪いのかもしれないけど、それを実行するところまでいっていない。勉強して終わりという感じなんで、それでもうちょっと実行までいくようにしようねと言うと今度はプロジェクトの志望数が減ったりして、なんか難しいんですよ。
だから、むしろ住金さんを見習わないかんなあと思いますけどね。なかなかおもしろいことをみんなで考えてやるんですけどね、行政としては、じゃあそれを実行してなんぼの世界なんで、そこまで行かないでちょっと手を抜くなあという感じです。
<田中丸所長さん>
改善提案というのは、アイデアだけでも構いませんし、それを実行に移すと実施賞というものがもらえます。それを組織的に大きくしたのがJK(自主管理活動)、アイデアだけでもその内容については認めて、実際に形になったときには更に認めてあげるということではないのかなあと思います。
<知事>
2段階にちゃんとほめてあげるようにしているのですね。
<田中丸所長さん>
まず改善を考える習慣を持つことが大事ですから、そうしないと意味がないと思いますけど。
<知事>
色々勉強することが多くなります。それから、次に安全ですよねえ。さっき言われたのですが、非常に心がこもっているご発言のような気がしましたけれども、やっぱり事故は起こりますよねえ、私も鉄鋼やっている時にいくつか事故が起こって、自分も例えば見学をさせてもらいに行く、この前住金さんにお邪魔しましたけれども、「どうして事故が起こるのか、こんなに立派にやっているのに、何でやろう」というような感じなんだけれども、やっぱり事故って起こるんですよねえ。起こったときに、相手が重くてでかい機械だから非常に打撃が大きい事故が起こっちゃいますねえ。何人か亡くなった人もいるんですが、当時私が担当している時にもいまして、「何でやろう」ということが大変多いんですけどねえ。こんな立派なところで。そんなことを思われませんか。
<山之内さん>
おっしゃるとおりだと思います。私が安全を見始めてからもそういう事例が現実にありました。「こういうルールで運転して下さい」と決めているのに、その日その時に限ってルールをちょっと逸脱した。それまで誰も見ていなくても、何も言わなくてもきちんとやっていたのに、ということが現実にありますので、そういうことを痛感します。
<知事>
私が今でも覚えているのが、クレーンみたいなやつがあって、それが具合が悪くなって本当は止めて直さないといけないんだけど、もの凄く立派な技術者の人だったんで、動きながら直していたんですね。そしたら熱中したんですかねえ、こちらに行っちゃってゴンと当たっちゃって、当たったっていってももの凄いやつにあたりますから、亡くなられたというのがありますねえ。「なんであの人があんなことをしたんやろ」と会社の人が言っていました。「そんなはずがないんだけれど」と。たぶん、やっぱり、自信というか、過信というか、ちょっと油断というか、本当はそんなことしたらいけないことになっているのですが、今の話を聞いて思い出しました。
<田中丸所長さん>
昔は会社のためだと思って若干危ないこともやっていたかもわかりません。しかし会社の思いは、みんなが毎日元気に出勤して元気に帰り、けがをしないで定年退職を迎えること。みんなにもそういう思いでやってもらいたいのです。昔の考えで機械を止めずに不具合を直そうとしたりするのを止めようと取り組んでいます。そのなかで、あとはケアレスミスをどう防ぐかが問題ですね。自動車や電化製品などのオートメーション工場ではラインを柵で囲ってしまって、人が入ろうとすると機械が止まってしまう。
ところが鉄をつくる工場は全てを柵で囲うことはできない。みんなの安全を守るために設備を改善することとルールを守るという二本立てが必要です。
そこで、先程のJKや改善提案です。JKにも安全を取り上げて設備的にこう変えたい、また安全に作業をするにはこうしたらいいというアイデアを、どんどん出してもらいたいと考えている。今、私が一番力を入れているのは安全です。みんなは今それに対応してくれています。
<知事>
山之内さんや加藤さんは旗振り役なんですね。みんな協力しないとなかなかできないと。ただ、たまには現場の人とけんかになったりもしませんか?
<山之内さん>
やっぱりまだ、そうしてしまうと仕事がやりにくくなるという返事が返ってくることがあります。そうではなくて、まず体を守ること、仕事の能率が落ちるのは二の次にしましょうよと言った時などいろいろ言い合いになることもあります。みんな一生懸命生産のことを考えてくれているので、そういうことになっているのだと思うのですが、考えを変えてもらうというのが私たちの仕事です。
<知事>
加藤さんいかがですか?
<加藤さん>
同じですね。平成13年に私来たのですが、そのときに所長が労働災害防止ということで労災防止指導員という制度を作ったんです。その頃、今はもう定年で辞められた人たちと一緒に現場に行ったら、やっぱりけんかはありました。「そんなもん止めてできるか」と協力会社の人が言って、けんかを止めに入ったこともあります。今はそういうことはありません。
また、諭すように言っている部分もありますし、皆さんも色んな勉強してくれて、去年KY(危険予知)の教育をライン全員、協力会社も含めて、社内全部やったんです。皆さんいうことについてはわかってくれますし、逆につかまえられてこれどうなっているんやと聞かれることもありますので、そういう意味ではみんなの意識は高まってきているかなと思います。
危険予知、KYをするのに、どこが危ないかというのを事前にみんな自分の手で書いてやるようにしていますので、それだけはきちんとやって欲しいなと思っています。まず事前にそれをやっておけば少しでも防げると思いますので。
<知事>
自分で考えるわけですね、あそこで僕はけがするかもしれないなということを先に考えるということですか。そういう義務づけもあるんですか。
<加藤さん>
皆さん、意識は高まってきていると思います。
<知事>
それでも、なんか起こらないかなあと心配だと。
<加藤さん>
心配です。
<知事>
知事になるまで、防災というのはもの凄く大きな仕事だということを実は知りませんでした。県庁もものすごい勢いで頑張っているんです。
この前の台風がありましたでしょ、あれでねえ、県庁職員4,000人ぐらいのうち、何かしらの担当の400人ぐらいはほとんど徹夜なんですね。7月の4日ですね。実はうまいこと台風は逸れてくれたんですけど。「これは大変だ」っていって総動員という感じで、私は自宅で連絡を待つぐらいで役所に泊まり込んだ訳ではないんですが、翌朝、感謝と激励を兼ねて見に行くとみんな大変なんですね。それで、安全を守るというのはこんなに大変なのかと、そこまでとは知らなかったなあと思っています。
同じく、公害、環境、さっき粉塵が大変だとおっしゃいましたが、やっぱりターゲットというのはそちらが中心ですか。いろんなのがありますよね。
<大塚さん>
大気、水質、騒音などいろいろありますが、実際に製鉄所として一番、地元の方から改善も含めて要望があるのは粉塵だと思います。お金も一番粉塵対策に投資しています。
<知事>
具体的にはどんなふうにしてやるんですか?
<大塚さん>
例えば、新しい設備が建つ時には当然、必要に応じて集塵設備といって粉塵を吸い取る機械をつけるんですけれども、古い設備だと能力がどうしても弱い場合もあるので、大きくしたりとか密閉度を上げるとか、そうした改善をずっとやってきてます。
また、一番頑張らないといけないのは水まきです。屋外に堆積している粉塵は風が吹くと飛ぶので、それを抑えようと思えば水をまく。これが一番効果的なんです。
<知事>
鉄鉱石ヤードとかコークスヤード、石炭ヤードなど、あれは屋根ないですよね、今でも。それに水をまいているのですか?
<大塚さん>
スプリンクラーがあって、定期的に水をまいています。他には薬注といって表面を固めるような薬剤を混ぜて表面をコーティングするといったことも行っています。
<知事>
鉄鉱石の上から?
<大塚さん>
はい。あとは最近つけたのは防風ネットといって、高さ18メートル長さ790メートルのネットなんですけれども、海から強い風が吹いても粉塵が飛ばないようにしようとヤードの海側につけました。
<知事>
つまり、風よけですか?
<大塚さん>
風よけです。効果をきっちり出さないといけないのですけれども、なかなかどれぐらい粉塵を防風ネットで抑えられるのかというのを測定するのは難しくて、これから本格的に調べようという状況です。
<知事>
近隣の方々からやっぱり飛んでくるぞとか、いうような話はありませんか?
<大塚さん>
ないことはないです。
<知事>
ないことはないですか。昔そういう話で住金はいややなあと言う人がものすごく大勢いたように思います。大変申し訳ないけど、私も子どもの頃に和歌山にいまして、ぶつぶつ文句言っている人が回りに沢山いたような気がするのですけれども。今でもやっぱりそれは。
<大塚さん>
やっぱりゼロではないです。
<知事>
でもなんか随分空もきれいになっているような気がします。遠くから見ても住金のあたりが霞んでいるなあということが全くありません。鮮明にくっきり建物が見えます。
<大塚さん>
今ではかなり改善し、他の製鉄所と比べても十分胸を張れるレベルにはあります。いかんせん、住民の方々はどんどんどんどんアメニティを追いかけるというか、要求が高くなってきますので、それとの追いかけっこというところもあるんですが。
<知事>
それで、ちょっとでもやっぱりなんか症状が出たら不満に思うし、住民の人の安全ももの凄く大切だし。
<大塚さん>
当然そうで、迷惑かけてはいけないですから。
<知事>
空気とか、粉塵も空気ですけれども、水とか騒音とかは今はどうなんでしょうか。
<大塚さん>
水質は水質汚濁防止法とかで基準が決まっていますので、基本的には普通に操業していれば問題はありません。あとは、トラブルがあるかないか。そのトラブルを早く検知して処置ができるかどうかです。
<知事>
トラブルというのは、どこかで故障しているんじゃないかなどですか?
<大塚さん>
例えば、オイルが漏れたとか、pHのコントロール装置が壊れたとか。もう一つは、大雨。製鉄所の水もヤードとかいろいろありますから、そういうところから汚い水が出ないかとか。
<知事>
あふれちゃうと、そういう感じですか。そうすると、大雨が降ったらこれは大変だと、大塚さんや尾崎さんは焦って点検に行ったりするのですか?
<大塚さん>
雨が降ったら、大雨の最中は行かれないですけれども、大雨の後は見て回ります。
<知事>
最近の雨は厳しいですからね。
<大塚さん>
そうですね、瞬間的にざあーと降ることがありますからね。その他騒音にも注意しています。製鉄所は大きいですから、安全弁が吹いたりすると大きな音がします。
<知事>
ドーンというような音ですか?
<大塚さん>
ゴオーというなんか吹いたような音です。
<知事>
そうすると、なんじゃなんじゃという話になるわけですか?
<大塚さん>
製鉄所の周辺にモニタリングシステムといって、常時状況を監視できるようになっていまして、音なんかはそれを見れば何時から何時何分までどれくらいのレベルのものがでているというのが分かるので、だいたい発生源を特定でき、再発防止しようということでやっています。
<知事>
尾崎さんはコークス炉から来られてますが、コークス炉というのはコントロールが難しいものですか?
<尾崎さん>
難しいですねえ、炉の温度一つ、入ってくる原料一つで変わります。
<知事>
操業が変わるだけではなくて、環境放出のようなものも変わるのですか。
<尾崎さん>
一定の時間で乾留しますので、その時間に併せて出していかないといけませんし、雨をまともに受けますので、炉のコントロールが難しいです。炉自体がひずんだり、鉄と煉瓦、ほとんどが煉瓦ですが、煉瓦を鉄で締め付けていますので、それが雨で急に温度が下がって縮んだり伸びたりすることがあります。
<知事>
素人が言うのですが、熱が外に出ますよね、それを覆ってその熱を取るということはしないのですか。改善みたいなことですが。
<田中丸所長さん>
炉自体を覆うことはしませんが、コークスは赤熱していますから、コークスの熱はCDQという設備で回収しています。
<知事>
煉瓦からは無理ではないですかね。
<田中丸所長さん>
熱を外に伝えないために耐火物があるので、熱の放出はたいした問題ではありません。釜であることに違いはないので、そばに行くと熱いですが、人間がいても大丈夫なぐらいですから熱回収というのは難しい。
<知事>
環境の問題としてね、Co2の話は尾崎さんたちのお仕事でもあるのですか?
<大塚さん>
CO2の管理について、データの管理はうちのところでしますが、実際は省エネがメインになりますので、製鉄所のエネルギー部門で実際の管理をやってます。
<知事>
そうすると、昔からの典型公害の防止というのが今の環境のお仕事になるわけですね。Co2というのは本当に難しくて、私はいつも半分冗談半分まじめに言っているのですが、地球環境問題を解決したいと思ったら、世界中の鉄は全部住金で作ればよいと。住金和歌山が鉄1tを作る熱効率は世界一で、一方途上国で熱効率のすごく悪いのとかがいっぱいありますから、同じ量の鉄を作るのであれば全部住金で作ればいいわけです。これは理論的には正しいと思うんですけれども、途上国の発展の機会を奪うとか、なかなか簡単ではないんですよね。
そういうことの原単位の圧倒的な違いとかを理解しない人がいて、途上国がかわいそうだということだけで世の中を考えてしまう。貧困の問題から途上国はかわいそうだと考え、我々はお金持ちだから、その所得のいくらかは分けてあげなきゃとかいうのは、合目的的だったんだけれども。地球環境をなんとかするためには、かわいそうだというだけで、日本の製鉄業だけが生産量を落とすというのは、落とすだけですむのであれば地球環境に少しはいいのかもしれないけれど、よそで同じだけ作ればそのぶんだけ増えちゃうんですよね。しかも、原単位の悪い所で作ったら、もっと地球にダメージを与えます。今、皆さんがご苦労されている典型公害以外のもう一つ難しい問題がありますよね。でもそれもみんなでやっていかないといけないのであって、開き直ってどうでもいいやという話にはならないと思いますけど。
ところで、所長にお伺いしますが、大河内生産特賞をお受けになりましたねえ。受けるだけでも大変なことだと思うんですか、私は一番凄いことだなあと思うのは受けた原因、すなわち製鋼工程の技術革新をなされたのは、住金が一番苦しかった時期なのです。設備投資なんか簡単にできなかった時期に、あれを考えて実行して賞を受けられた。これはすごいことです。なんであんなことが可能であったのかと思います。
<田中丸所長さん>
一番ハッキリ言えることは当時の経営者の判断がよかったということです。我々はこういうプロセスにすればコストダウンにもなるし、苦しい会社の立て直しにもなると提案する。たとえば製鋼工場であれば500億円をかければ百数十億円儲けられるという目論見で。ただしこの500億円を出してくれるかどうか、あの苦しい時に我々の思いをきちんと聞いてくれてお金を出してくれた経営者が偉いと思います。我々は成功すると思い提案したのですが、当時の500億円というのはやはり凄い額です。その前には800億円で新シームレスミルの建設もやっていたわけですから。
<知事>
ただ、その前提としては製鋼工場全体の提案ですよね、それをやるにあたっては皆さんのようなJK活動の積み上げたのがそこに入ってくるのですか。
<田中丸所長さん>
おっしゃるとおりJK活動での積み上げが入っています。製鋼では古い工場をそれまでいろいろと改善してきたわけですが、古すぎてもうそれ以上の改善ができなくなっていた。そういう工場を2つ持っていたので、2つを止めて、この2つの技術とノウハウを1つの工場にまとめましたので、一番効率的にできたと思います。またできた工場を目論見以上に現場の人たちがうまく活用してくれて、今表彰を受けるような部署になった。とにかく現場の技術力というものが非常に大きいです。
<知事>
今、高炉の設備投資もしておられるけれども、瞬時にパッとできるのなら技術の勝利というだけなのですが、この間からふと考えていると技術の勝利にはいろいろな積み重ねがあるし、よくあんな調子の悪いときにできましたよねえという、もの凄く奇跡に近いような話がたくさんあるなあというふうに思いまして、今度、所長にお聞きしようと思っていたんです。
<田中丸所長さん>
みんなの思いを取り入れて、いろいろ考えて新しいプロセスを作った。それを立ち上げて、能力をきちんと出すまでには、大変苦労もしたし、時間もかかりました。
<知事>
頑張らないといけないですね。宣伝もしないといけない。
<田中丸所長さん>
私たちは鉄を一所懸命作って、社会に貢献したいと思っています。
<知事>
私が聞いてばっかりで、さっき何か聞いてやろうと言われていましたが。
<藤田さん>
地球の温暖化待ったなしと言われていますが、我々の職場ではコスト低減にも繋がるということもあって、ずっと省エネというテーマでやってきているのですけれども、所長賞もいただいたし、社長賞もいただいた。いっぺん知事賞ほしいなあと思っているのですが、そういう制度はありますか。
<知事>
なきゃ、あっという間につくればいいんで・・・
<藤田さん>
Co2対策で、それ欲しいなあ、かっこいいなあ、写真取って欲しいなあと思ったんで言ったんです。
<知事>
CO2対策はねえ、今年から報告をしてもらうことにしましたね、その報告をしてもらう結 果、その原単位がどんどんどんどんよくなっているようなことがあったら、また、そういうことを考えないといけませんね。次のアクションに繋がる、世界のためにもなるし。ただ、さっきもちょっと言いましたけど、私も地球環境問題をちょっとやっていたことがあるんですけど、皆さんのような現場にいるような人たちの知見を入れないで、観念的な議論をする人が如何に多いかと思いましたね。実は、私は地球環境問題にも、京都議定書の時、参画していたのです。その時、これは鉄の話ではないんですけど、セメントの話で原単位がさらに何倍も改善できるはずだという人がいるんですね、それで「あれれ」と思いましてね、よく調べてみました。今はそれほどではないんですけど、当時は、中国のセメントの原単位と日本の原単位とに数倍の違いがあるんですね、それで、さっき言ったみたいに全部こちらで造れば、Co2排出は3分の1になる、4分の1になるという、そんなむちゃくちゃな世界なんですよ。それではこういう日本の原単位ってどうやってできたかというと、技術開発に次ぐ技術開発、そしてそれを具体化する設備投資に次ぐ設備投資で頑張りに頑張って、そういうことになったんです。だから、雑巾を絞りにくくなっているのですね。それを「さらに何分の1にもすぐ出来るはずだ」と当時の環境庁の研究所の人が言うものだから、調べてみると、それはポルトラントセメントじゃないんですよ。高炉セメントなんですよ。あれ砕くだけでしょう。高炉セメントを使える領域とポルトラントを使うところとでは違うんです。だから代替はできないはずなのに、頭だけで考えて勝手なことを言っている。
こういうのはけしからんなあと思ったのですが、そういうのは日本のなかでは受ける。地道にずうっと製造工程までちゃんと勉強してそれで議論した話というのは、派手さがないからなんとなくうるさいことばっかり言ってということで受けない。この環境庁の研究員のような人が時流に乗って、マスコミ受けするようなことを言うと受けます。そういうことってたくさんあります。私は、受けなくても正しいことを言ってやろうといつも思っています。いずれにしても藤田さん、知事表彰考えます。
<藤田さん>
Co2対策は、我々にとっては最終的には省エネになると思います。省エネをやれば結果的にはCo2削減に繋がる。
<知事>
特に、製造工程ではほとんど同値かもしれませんね。もちろん生産量をカットするというのは一つのやり方なんだけど、それはさっき言ったように本当は地球環境のためにならない。それで生産を止めてしまうのなら、需要も止めてしまうのならいいが、他の国で非効率な方法で作ると地球環境にはむしろマイナスになる。そういうことについてもよく考えながらやらないといけないのでもの凄く難しいですよね。
<田中丸所長さん>
鉄1tを作るのに2tのCO2を出していますが、お金をかけて省エネを推進しています。一方、家庭でも電気やガスを使って、一人当たり2tから3tのCO2を排出しているわけですから、こちらの対策も必要となります。
<知事>
特に、運輸部門と家庭部門があってここのCo2発生量が大きい。日本はちょっと不況でしたから生産部門が随分減ったんですけど、最近立ち直ってきましたので、これは生産とともにいくら省エネしてもCO2増えるんですね。だけど、地球環境からするとこのままじゃいかんというのはみんな分かるんです。なかなか難しい問題ですよね。
<田中丸所長さん>
僕ら頑張りますけど、やっぱり中国とアメリカも頑張らないとだめですね。
<知事>
そういうことですね。ほんとうにそうだと思います。特にアメリカにはみんなでけしからんと言っているんですが、中国に関しては途上国だから気の毒だ、もっと伸ばしてあげたいという、そういう気持ちがあるんですよね。途上国だけは例外。ところがその途上国がアメリカに追いつくようなもの凄い生産をやっている。しかも、一部は日本のずっと昔の製法で、明治時代の製法で今でも鉄を作っている。そういうところをどうするかという難しい問題があるんですね。
最後になりますが、私から質問させてください。住金さんには他府県から和歌山に来られて、頑張っていただいている方がたくさんいらっしゃいます。加藤さんも石川県から来られて40年になるということですが、長年住んでいる和歌山の印象、思いのようなことをお聞かせいただければと思います。
<加藤さん>
15歳でこちらに来て40年になります。出身の石川には時々帰省する程度なので、今では、完全な和歌山県人です。最初は、「おまんら(あなた達)」、「いこら(行こう)」という言葉にびっくりして、特に若い女性からは叱られているような感じがしました。
でも、長年住んでいて、情が深く親切な方が多い感じがします。また、紀南の山村で子ども達に出会うと、見知らぬ人にも挨拶をしてくれて心が温まります。
和歌山は温暖な気候や歴史的遺産の素晴らしい県であるのに、大企業が少なく近畿では目立たない存在です。なんと言っても交通の便が弱点になっています。
私には、子どもや孫もおりますが、彼らにとってはここが故郷なんです。知事には素晴らしい歴史遺産や豊かな物産品、穏やかな県民性を大切に、未来の和歌山を育てていただけたらと思います。
<知事>
今の加藤さんがおっしゃられたことには、まったく同感です。私の家系はずっと和歌山土着ですが、加藤さんのように生まれは違っても、ずっと和歌山で人生を送られた方と、前からいた人々は何ら違わない和歌山県民だと思います。自分の夢を追って和歌山から出て行く人がいても良いし、その代わり和歌山に来てやろうという人をもっとたくさん引きつけるものがある和歌山でありたいと思います。
和歌山県民の一部には、ちょっと排他的な所もあったかもしれないと思う所もあるのですが、それは間違いで、今、和歌山で働いていて住んでいる人は、等しく皆和歌山県民です。最近は、昔よりもっとそれを分かってくれる人が増えてきたと思います。そして、そういう雰囲気を持つ地域には他所から人も移り住んでくれる。一番大事なのは県民の暖かい親切な心だと思います。地域の発展のためには、この気持ちをもっともっと育てていかねばいけないと思います。 企業に対する思いも同じです。和歌山は戦前からの企業家も結構いるところでしたが、新しく参入してくれる企業も立派な和歌山企業です。住金がその典型だと思います。もはや60年、和歌山でずっと操業していただき、多くの住金マンがそこで入社し、一人前に育てられ、額に汗し、家庭を持ち、子どもを育て、そして今日のお話のように後継者を育てて去っていかれた。大事な和歌山企業であり、大事な和歌山県民です。
私が小中学校の頃、クラスに何人か住金のサラリーマンのお嬢さんがいました。お父さんが住金和歌山に勤務を命じられたので赴任して来られた。そして、その方が住金のサラリーマンと結婚して、子どもを育てられて、今やその子どもが住金で働いておられるらしい。親子三代にわたって住金和歌山マン、そういう人々を育んできたのが住金です。これぞまさに和歌山の企業だと思うのです。
住金が今後ともますます和歌山で栄えて下さることを願って、本日のお話を終わりたいと思います。どうもありがとうございました。







