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紀の国いきいきトーク
「紀の国いきいきトーク」は、私が県内各地に出向いて、県民の方々と気軽に話し合い、県政に対する理解を深めていただくとともに、各分野で活躍されている県民の方々の生の声を県政に反映させていくために開催するものです。ここでは、様々な分野でいきいきと活動されている皆さんとのざっくばらんな懇談の様子をご紹介します。
第7回 紀の国いきいきトーク対談内容
平成19年6月24日 日高川町
~会場には、ゆめ倶楽部21のメンバーの皆さんが、体験観光で作り方を教えている「竹細工」や「こけ玉」、「押し花の絵画」などの作品が展示されており、その説明を受けた後、トークに入りました~
<仁坂知事>
どうも皆さんお忙しいところ、ありがとうございます。今日は、隣(ふれあいドーム)でJCの記念式典がありました。その前から、ゆめ倶楽部のお話しをお聞きしてたものですから、「丁度いい機会だから、お話できませんか」とご無理を申し上げまして、お集まり頂きました。
このトークの趣旨というのは、色んな方が色んな領域で活動されているんで、グループで活動されていて、「非常に頑張っておられるな」という方々と、時々各地へ行ってお話しをさせてもらっています。
せっかく、お話ししたら記録にとって、ホームページで紹介するようにしています。これが、「いきいきトーク」で、もう一つは個人の方を対象にした「名人対談」というのをやっています。今日は、グループで皆さんとお話しできて、大変うれしく思っています。何でも好きなことを言って頂いて、私もそうさせてもらいますので、もし失礼があればお許し下さい。
それでは、皆さん、自己紹介の方をお願いします。
<原見さん>
副会長をさせてもらってます。私は28年前に日高町からこちらに嫁いできました。ずっと主婦をしてたんですが、このゆめ倶楽部に入らしてもらって本当に楽しいんです。その楽しいというのを少しでも今日は知事さんに分かっていただけたらと思って、先ほどから「いつもの調子でやろう」って会員の人に言ってますので、その雰囲気を感じ取って頂けたらと思ってますので、今日はよろしくお願いします。
<柳瀬さん>
今年で、中津に来て4年目になります。元々は有田市の出身で、主人は非農家なんですが、「農業をしたい」ということで、三重県に1年間研修にまいりまして、その後、県の方から中津を紹介していただきまして、こちらへ来て農業をしています。
ゆめ倶楽部では、企画部長ということで、前任の方の退任を受けて、跡を引き継ぐような形でさせていただいています。
<瀧川さん>
今日はご苦労様です。私は8年前に、(旧)中津村にIターンしてきました。丁度、定年を迎えまして、第二の人生をのんびりゆっくりという形でこちらに参りました。
ただ、今は逆に会社にいた時よりも、忙しく引っ張り回されています。趣味で文楽の頭を作ってました関係上、色々道具を持ってますので、活用できないかということで、今(前方に)作品を展示させてもらってます。
あと、お米を作らしていただきまして、すっかりはまってしまいまして、顔を見て頂いても分かるように完全に農夫です。おいしいお米ができた感激は一生忘れられないものがあります。
<長瀬さん>
岡山県出身で、サラリーマン時代は、大阪とか東京とか都会にずっとおりました。定年後は、出身地に帰るつもりだったのですが、そこも段々と都会化しまして、僕のイメージにあわなくなりまして、定年数年前から色々探しました。淡路島で土地を買って、そこにしようとほとんど決まってたんですが、少しトラブルもあって一から出直して探しました。岡山周辺を探してたんですが、ちょっとエリアを広げようと思っていたところ、中津分校の関係とか、Iターンが多いとか、菜園付き住宅を売り出すとかの情報を得まして、見に来たところ気に入りました。
Iターンの人の話を聞くとものすごく感じがいいんですよ。「来い、来い」という感じで。
「よし」ということで決まりまして、家を建てるための土地を借りる話も住民の方からいただきまして、「来てよかったな」というのが実感です。
<松本さん>
7年前に大阪の北部からIターンでやってきました。私が田舎暮らしをどうしてもしたくて、5~6年かけて主人を説得しました。自営業でデザインをやってまして、インターネットで仕事が出来るということで、主人も踏み切って。縁もゆかりもない中津村なんですが、新聞の広告のチラシ1枚でこちらにやってきました。
でも、こちらで道を案内してくれた方なんかがとっても感じがよかったので、「ここにしよう」と決めました。東京で住んでいた息子も、若いですけど、こっちへやって来て「定住しようかな」と言ってます。
<西さん>
財団法人日高川町ふるさと振興公社の職員で、普段は「道の駅SanPin中津」と「産品販売所」の方を両方みております。
ゆめ倶楽部の中では広報を担当しておりまして、ゆめ倶楽部や日高川町の宣伝をしたりしています。14年前にUターンでこちらに来ました。それまでは、15~20年近く兵庫県で暮らしておりまして、若い頃は都会に憧れて出て行ったんですが、40歳前にこちらに帰ってきました。歳を重ねるごとに田舎の良さが分かってきまして、これからもそういう田舎の良さを伝えていけたらなと思ってます。
<大前さん>
旧中津村へ来てから、書道と押し花の講師を務めているんですが、田舎ならでは務まるんだなと感じながら、日々暮らしてます。
子ども達が少ない中でも、回りの人たちがとても友好的で、手を引っ張って頂いて勉強させて頂いている毎日です。自然の中で毎日過ごしているので、目が(草花を見ても)色んな緑に見えるというか、その意味でも勉強させて頂いているなと思ってます。
<知事>
こちらのお生まれですか。
<大前さん>
嫁に来たんです。主人が定年を過ぎるまでは、転勤族だったので帰って来ないだろうと思ってたんですが、家庭の事情で帰って来て、初めは回りのことを何も知らない状態だったんです。
でも、回りの人が親切で、何でも門を開いて下さるので、こうやって大きな顔をしてます。来てよかったです。
<安大さん>
私は、13年前に中津の自然に惚れまして、大阪からIターンでやって来ました。10年程大阪まで通っていたんですが、3年前に思い切って教職からパン職人の方に転職しました。
ゆめ倶楽部のメンバーとしては、幽霊会員に近いのですが、今日は知事さんに会えるということで、昼寝もなしで(笑い)やって来ました。どうぞよろしくお願いします。
<各務さん>
私は、平成6年に「ほろほろ鳥」の料理番組をテレビで見まして、「空気のいい綺麗そうな所やな」ということで、すぐ地図帳を調べまして、(旧)中津村に電話したんです。
そしたら業者の方を紹介していただきまして、主人には「いい所あるからすぐ見に行こう」とだまして連れてきました。業者の方に案内して頂いて、その日のうちに契約しました。
現在は、蕎麦打ち体験の方をやっています。
<知事>
ご主人の方はずっとだまされっぱなしで(笑い)?
<各務さん>
この間も、あるテレビの番組に出たんですが、アナウンサーの方から主人に「だまされっぱなしでよろしいですか」と聞かれて。「大満足しています」と答えてました。
<大前さん>
私は、椿山ダムの近くから45年程前にこちらに嫁いでまいりました。ささやかですが、はっさくづくりと農業をやってます。(旧)中津村の時に村史編纂の事務局として携わらせていただいて、その関係からゆめ倶楽部の方では、文化の方の分野に参加させていただいてます。
ただ、私も幽霊会員に近い感じです。
<玉置さん>
私は、この土地で生まれて育った者です。父が戦争で亡くなったものですから、祖父母に育てられて、何でも「成せばなる、成さねばならぬ何事も」をモットーに今日までやってます。
平成3年から「生活改善友の会」の役員をさせていただいて、県の方にも色々とお世話になりましてありがとうございます。
今、現在は、昭和56年から「ほろほろ鳥」を飼育させていただいて、来て頂く学生の方にスープを出させてもらったり焼き鳥にしたり、自分たちで生産して調理をしたり、商品として出させてもらってます。
<矢追さん>
私も14年前に大阪の八尾市から家内と二人で、こちらにIターンして来ました。何かの役に立つかもしれないとこちらへ来る前に森林インストラクターの資格を取りました。
むしろ、それよりも孫の田舎づくりという気持ちからこちらを選んでやって来ました。
こちらは、Iターン者に対する受け入れが親切で、こだわりなく迎えてくれますので非常に居心地のいい毎日を過ごさせていただいてます。
私自身は、インストラクターという関係で、「自然観察会」とか「子どもに対する環境教育」や「親子環境教室」なんかを時々やらせてもらってます。今後とも、そういう形で、子どもと関わっていきたいなと思ってます。
<知事>
どうもありがとうございました。こちらに来られた方も地元の方も大変仲良くされて、楽しく暮らされているということですが、このゆめ倶楽部が誕生したきっかけは何なのでしょうか。
<矢追さん>
最初はですね、役場の産業振興課が中心になって「中津ファンクラブ」というのを作ったんです。それを後押ししてくれたのが、各地で活躍されている村人会の方です。この方達が村のPRや、農業体験みたいなことを平成13年頃から始めたんです。
これが、ある程度手応えがあって、体験観光に取り組んでみようということで色々話し合っていたところ、県の主催でツーリズム大学というのが開催され出席させてもらったところ、ますます「こういうものをやってみようか」ということになりました。平成14年の2月に発足することになりました。
<知事>
そうすると、体験観光の振興受入機関みたいな感じでできたわけですか。
<矢追さん>
そうですね。当時の村長さん達が、(候補者を)何人かピックアップされまして、村長から 7~8名の方に委任状をいただいて、全く素人ばっかりが集まって「体験観光とは何ぞや」か ら始めました。「どういう風にやっていこうか」という中で、地元の自然とか食材とか、あるいは既存の施設であまり使われてないものを、有効活用できないかということを体験観光に結びつけていこうということでスタートしました。
要は、目的は都市住民との交流であり、それ以外にIターンしてきて農業や林業を始めたい人の支援をできないかということも目的として始めたわけです。
<知事>
体験観光で「皆さんいらっしゃいよ」という方が、(都会から)いらっしゃた方なんですね。
<矢追さん>
そうですね、全体で28名のうち4分の1くらいがIターン者です。
<知事>
そうすると、ゆめ倶楽部ができる前からこの地域は、来やすい所、居着きやすい所であったわけですか。
<矢追さん>
そうですね。まず一つは、交通のアクセス面で大阪から来やすいという点です。14年前は高速(道路)が川辺までは来てなかったですが、まもなく来ましたし、そうすると大阪から1時間半から2時間圏内で、丁度いい距離だと思います。
それから、(都会に)近い割に自然が残っている、また地元の方々の温かい心、この辺がポイントになると思います。
<知事>
和歌山もそういう所であって欲しいと思うんですよね。だけど「よその人はちょっと・・」というのも地域によってはありますよね。それは、妙に自信があり過ぎるという点もあると思うんですけど、この地域は何でまたうまくいったんですかね。
<矢追さん>
一つは、10数年前から始められた地元の「移住者推進協議会」を通じて、人口の5%ぐらいの人がIターンで来てるんですね。そういう意味で、素地があったということもあると思います。
<玉置さん>
Iターンの人が来てくれたおかげで、自分たちでは分からない土地の良さを引き出してくれて、こういう倶楽部を通じて活用してくれて、ここまできたと私たちは感謝してます。
<長瀬さん>
県内でも中津の受け入れ体制はものすごくいいと思います。「有機の里づくり協議会」もあるし、役場も一生懸命です。なかなかよそから来る人に農地を貸してくれない所もあるんですが、中津はある意味(農地として)条件がよくない部分がかえっていい面になっていると思います。
<知事>
かもしれませんね。私もどちらかというとUターンですね。以前は、「別によそから企業が 来てくれなくてもいいよな」といった雰囲気がなきにしもあらずだったんですが、久しぶりに 和歌山に帰って来て、「ずいぶん和歌山も変わったな」というところがありますね。
やっぱり、自分の子ども達やお孫さんのために「もっと働き場所を作ってくれ」という感じになって。そういう意味では、少し自信がなくなったのかな、逆にいうとそんな気持ちをずっと持っているとIターンの人が来てくれやすくなるのかなという感じもしますね。
<長瀬さん>
言葉が適切ではないかもしれませんが、地域を洗脳した面がありますね。一番初めに来られた方が「地域をよくしよう」と。
<知事>
初めに来られた方が立派で、地元の人も「あんな人だったらいいな」ということになったんですかね。当時は、まだ、そんなに来ていなかったんですか。
<各務さん>
50世帯くらいですか。
<知事>
その人のなかで、なじめないなという人はいなかったですか。
<各務さん>
Iターン同士はそんなことはなかったんですが、村の人とは遠目で遠慮しておこうかなという部分はありました。というのは、私が入り込みすぎて、世話を焼きすぎて大失敗したことがあったんです。
<知事>
どんなことをやりました?
<各務さん>
来た時に俳句を教えたんですが、「よそ者が」という感じで、やっぱり泣いたこともあります。 それでよく分かるのに10年かかりました。今は少し離れて、入り込み過ぎないようにしています。
<知事>
「君子の交わりは淡きこと水がごとし」という感じですか。「よし来たぞ」というので、張り切りすぎたんですね。和歌山の人って割合、表裏がなくてという感じですけど、みんな色々な気持ちがありますからね。
安大さんはどうですか。
<安大さん>
私は、子どもが小さい時にアトピーということで、大阪からこちらの環境のいい所に移ってきたんです。
<知事>
さっきのお話しだと、大阪の先生にここから通っておられたということですか。
<安大さん>
10年程通ってました。最初はJRを使ってたんですが、高速(道路)ができたので、1時間半程かけて、通うようにしました。年に高速代金に100万円程かけて。もう少し早くETC割引があれば良かったんですけど(笑い)。
<知事>
そういうことで仕事も変わられたんですね。
<安大さん>
嫁さんがパンづくりを趣味でやっていたので、それを店として3年間やらしてもらってます。
<知事>
Iターンで来られた方が多いんですが、どういう点が地元の方と仲良くできるコツですか。
<安大さん>
僕らは30代で来たんですが、祭りを中心とした「青年会」というのがあるんです。それに入らしてもらって、(地元の人と)同じように太鼓、笛、獅子舞などを自分も覚え、子どもにも教えるという形で参加させてもらいました。それが、一番強い繋がりになって、地元の仕事もさせてもらうという感じです。
<知事>
やっぱり(色んなことに)参加していくということかな。参加しすぎると少し暑苦しくなる部分も出てくるけど、うまく参加するということでしょうね。
<安大さん>
今、住んでいる場所は田尻という所なんですが、そこは、僕らと同じような年代の人が多いものですから。地域によっても違うと思います。
<知事>
(地域といえば日高川の)上流からこちらに来られた大前さん、その点どうですか。
<大前さん>
私が育った頃は、(椿山)ダムができる前でしたので、大変不便で、今の感覚でいうとこの辺は和歌山市ぐらいの(街という)感覚だったですね。
<知事>
私なんか東京でしばらくおったわけですが、そこで見聞した話では、例えばある大学なんかは田舎から来た人が、附属の高校から上がってきた人から、こっそりいじめられるなんてことも聞きますが、山奥から来られてここの方々はどうでしたか。
<大前さん>
あまり抵抗はなかったです。その当時は、婦人会活動が活発でしたので「参加しませんか」とか声をかけていただいたり。私の家は両親が健在でしたので(出かけにくいこともあったんですが)「婦人会で出かけるよ」といえば「OK」なんです。
<知事>
コミュニティの中のつきあいが元々地域の中にあるんですね。
<大前さん>
そうですね。その中で色んな方とおつきあいをして、自分を深めることもできたと思います。
<知事>
先程、文化、歴史担当と言われましたが、そちらの方の勉強をされていたんですか。
<大前さん>
そんなにしていたわけではないんですが、初めのきっかけは、古文状の解読に人手が欲しいということで。十分読めている訳ではないんですが。
<知事>
例えば、この辺の歴史的特徴とか、分かったことでおもしろいことはあるんですか。
<大前さん>
あまり資料としては出てきていなかったんですが、江戸時代の農業の方々の生活の状況とか、そういうものは、資料からうかがうことは出来ました。
<知事>
そういうことを知っている人がちゃんといたり、芸術関係の人が熱心に活動したりすることは、地域に厚みができますよね。例えば観光にいらっしゃいといったって、単に自然がいっぱいあるよとか、田んぼがあるよというだけじゃなくて、おもしろいですよね。
<大前さん>
(文化面では)まだ十分体験観光に活かされてないところがあって、その辺が課題としてはあると思います。
<知事>
(メンバーが押し花等で創った絵を指しながら)先程、見せて頂いた絵もすばらしいんですが、師匠とかはいるんですか。ああいうもののレベルを上げていくとなると、師匠と弟子とか、仲間内のちょっとした競争であるとかが必要ですよね。人間がたくさんいる大都会であれば、分業しているから探しやすいんだけれど、こちらはそんな状況でもないし。
どういう風にして、ああいうレベルになったのですか。
<大前さん>
それ程でもないんですけど。今、母と主人の3人暮らしなんですが、人生って時間がありそうでないものですから、ここへ来たおかげで書道や押し花の先生をしたりしているので、時間のあるうちに、師匠について習っています。また、この辺ではなかなか難しいので、講習とか展覧会とかに行ったりして、見聞を広めるようにしています。
それ以外でも、子どもとかゆめ倶楽部で出会った人とのちょっとしたことであっても、ヒントにしたりしています。
<知事>
何もここだけで孤立して、完結する必要はないですからね。
先程、交通アクセスが意外と便利だとかのお話しもありましたが、そうであれば出撃して 色々な刺激を受けたり、一勝負したり出来ますよね。そうすると、何も勝負の場にずっと住んでいる必要はないということですかね。
瀧川さんは、自分で技術をさげて来られたんですよね。師匠として色んな人に教えたりしているんですか。
<瀧川さん>
今は、倶楽部だけです。
<知事>
そうすると、文楽面とか細工とかはお一人だけですか。
<瀧川さん>
まだ、会社勤めをしていた時に、定年が間近になってくると何もすることがない、「あなた何するのよ」と聞かれた時に、「ゴルフしたり釣りに行ったり」とか趣味の分野を答えていたんですが、「毎日出来へんやろ」と言われて、「これは、自分で趣味を持たないかんな」と思いまして、龍谷大学の文楽教室に入りまして、淡路浄瑠璃人形を10年間習いました。
<知事>
この辺で、弟子さんになりたいという人はいませんか?。
<瀧川さん>
来られるんですが、三日坊主ですね。根気のいる仕事ですから。
<知事>
まだ、いい弟子は現れずですね。
<瀧川さん>
それよりも竹細工の方がてっとり早くて、来られたら2時間くらいで作れますから。
<知事>
竹細工はお弟子さんもいらっしゃる?。
<瀧川さん>
たくさんいます。
<知事>
ところで、さっきのお話で、インターネットもあるし仕事はできるんだとおっしゃってましたけど、まさにそのとおりだと思うんですよね。色々人と交渉したりするっていうのはなかなか人のいる所へ行って営業なんかせんといかんかもしれませんが。創造的な仕事をしておられるんなら、まあどこでもええですよね。
<松本さん>
ゼロからものを生み出すっていう仕事ですから、やっぱり自分を素晴らしい環境の中においてクリアになってものを考えたいっていう部分がありますので。その点、とっても中津は素晴らしいところです。
また営業に行くにしても、交通が本当にいい。1時間半足らずで本町(大阪市)まで行きますでしょ。高速道路で。ほんとに良い時期に来さしてもらったと思っています。
<知事>
例えばですね。デザインでしたっけ。自然の中にいてインスピレーションがおきて良い仕事が出来る場合と、それから同じような創造的な仕事でもちょっとこう人がもじゃもじゃいてたり、時間がばあーと流れてたりですね、激しいコンクリートがこう四角になっていたり、イメージみたいなことを言って申し訳ないですが、色々あると思うんですけどもね。
こういう所で一番やりやすいようなお仕事なんですか。
<松本さん>
色々やっているんですよね。ビジュアル関係から看板のデザインからディスプレイから色々やってまして。ずうっと大阪でやっていましたもんですから、都会の感覚というのが染みついちゃっている。
<知事>
都会の感覚が元々あって、それでこっちもあって、両方融合してんのかな。
<松本さん>
私個人としては、阪神大震災を見て、家が崩れていくのを見て、その時に私、家買ったばっかりだったのですけどね。高い値段でね。それが家が崩れていって、残るのがローンだけ。
その時に自分がいかに今まで町の中で消費ばっかりしていく生活をしていたなと考えて。何か怖くなった。やっぱり子ども達に、いずれできるであろう孫達に故郷をつくってやりたいと思って。やっぱり都会に住んでいて狭くて苦しい所に「おじいちゃん、おばあちゃん」って帰って来ないでしょ。芋掘りできる、鮎釣りできるでっていう所へ帰って来させてやりたい。
本当に中津の自然というのはすごく良くって。今、息子も2年前から、ずっと東京でCGデザイナーやってたんですけども、帰ってきてくれまして。東京で体調崩しちゃったんです。
CGの作業は夜中までで、2日3日徹夜とか、食べるものはコンビニか外食かで体重が30kg近く増えちゃって。
<知事>
え、そんな増えちゃったんですか?
<松本さん>
パソコンばっかりですもん。それで食べるでしょ。心臓麻痺とか若い人で流行っているといえばおかしいですけど、すごく心配してました。
それが帰ってきてくれて元の体重に戻りました。1年半かけて健康になりました。なおかつ東京でのノウハウを持って帰って、ZTVが来たものですから。丁度良かったんです。
<知事>
インターネット環境も大変いいんですね。
<松本さん>
それまで、来てしばらく半年間はお手上げ状態だったんです。
<知事>
遅い?
<松本さん>
遅い。電話回線ですから。データ送るのに8時間かかるとか。もうお手上げ状態でふてくされてたんですけど。ZTVが来たおかげで東京とできるって。
<知事>
県庁で光ファイバー網とか絶対やってやるぞと頑張っている人がいるんですが、聞いたら涙流して喜びますよ。
<松本さん>
是非。息子の友達も東京から大阪の大手広告代理店に勤めることになったんですが、でも大阪、関西でのCGのレベルは東京の半分だって言うんですよね。「東京の技術力を関西で広げるように頑張っていけ」っていうように励まし合ってます。夢だけ膨らんでますけどね。
息子の話を聞きますと、友達なんかはこの自然をうらやましがるそうです。「そういう所へ行けるんだったら行きたいな。仕事できるんだったらやりたいな」って。
アメリカなんかでもトップのCGデザイナーはトウモロコシ畑のど真ん中でやっている。
<知事>
日本だけですよね、みんな大都会にキュッと集まってきていないと仕事しないと言っているのは。どこでなきゃいかんという話は、それぞれによってみんな違うんじゃないかなと思うんですよね。
<松本さん>
これからは田舎の時代だと思います。
<知事>
是非がんばりましょう。
ご夫婦で農業をしに来られた方もいらっしゃいました。農業というとこの辺はやりやすいんですか。
<柳瀬さん>
農業っていうのは、たぶん農業をしたいって思う人達が100人いたら100通りの理想っていうのがあると思うんですよ。私たちは三重県の方で農業研修しましたけど、三重の方はパイロットで国営のすごい拓けた所で、一見したら北海道かなって思うような所で。全部畑にバルブが付いていて、水もダムから来て、安い金額で借りれたりするんですよ。名阪とかが通ってて流通にも結構便利だし。
<知事>
なかなかよさそうですね。
<柳瀬さん>
でも、私達がしたかったのは、山間部でどっちかっていうと自給自足的であり、また有機農業してますんで、そういうスタイルもしたかったんで、(こちらでの農業が)私たちには合っています。
<知事>
でも、採算は合わしていかないといけないでしょう。そうするとさっき言われた三重県のある所って何となく合いやすいような気がする。消費者は同じ値段でしか買ってくれないし、こっちは、なかなかつらそうな気がするんですが、その点は大丈夫なんですか。
<柳瀬さん>
三重でも土地は借りれたりもしたんですが。元々和歌山出身なんで和歌山県内で探そうということで。採算は未だとれていません。
<知事>
是非頑張っていただいて。採算が合わないとちょっと辛いけど。大もうけする必要は別にないですからね。
<柳瀬さん>
多分、農業で一攫千金ていうような夢を持ってする人もいるかと思うんですけど、今若い人達が結構私たちの友達にも多いんですが、農業したいっていう人は、どちらかいうと自然の中で暮らしたいとかそういう思考だと思います。先程のお話の中からたくさんあったんですけど、ちょっと前に優しい県別ランキングみたいな、親切な県別ランキングみたいなやってて、私は和歌山が結構上位かなと思ってたんですけど最下位だったんですよ。多分、親切なんかじゃなくって、私が思うのは、陸の孤島とか言われてましたけど、ちょっと閉鎖的な昔ながらのとこがあって、本当は親切な人達なんですけど、結構シャイで、あんまりよその家庭に入っていったら悪いんじゃないかって思っている方が多いみたいで。でもすごい親切にはしてくれます。
<知事>
じゃ、ちょっと、親切だ親切だと言いまくってランキングを上げないかんね。
採算という点では、(プロフィールには林家とある)原見さんも“りんか”と書いて“はやしや”じゃなくて。これもまた大変でしょうね。
<原見さん>
大変ですけども。林業も昔は木材の生産ということだったですけども、今は、林業は環境っていうか、山は環境っていう方向に向いているので、随分、間伐とかそういうものをしていて、山を良くしようという方向になりつつはあります。
<知事>
そうなんですよね。
<原見さん>
間伐しても、補助金いただいてものすごく助かるんですけども。多分、補助金だけで間伐できるなら皆さんされるんでしょうけども。
<知事>
差し上げても合わない?
<原見さん>
主人の考えは、林業というのは農業とかの1年とか短いスパンじゃなくって、2代、3代で回っていくものだから、自分が景気が悪いから山の手入れしないとなると、やっぱり次の代とか孫の代に迷惑かけるから、たとえ赤字でもやっぱりやっていかねばいけないっていう考えの下で、ほんとに苦しいですけども。
<知事>
本質と離れるんですけど、多分ね、もうちっとの辛抱じゃないかなって気がするんですよね。私はボルネオから帰って来たでしょ。ボルネオの中でブルネイって小さい国なんですね。でも石油で儲けてるんでお金持ちなんです。それこそ林が残ってるんですよね。このテーブルぐらいあるような木だけスパンと切って、それは材木にして国内で使うんですね。贅沢な使い方してますけどね。それだけをブルドーザーで引いていって、残りの所は全部置いてあるんです。そのうち大きくなったらまた切ろうかっていう考え方ですね。
ところが、マレーシアとかインドネシアとかの領域は貧しいですからね。人間いっぱいいるしね。だから日本が買っちゃったんですけど、皆伐ですよね。皆伐するとね、どうなるかというと、熱帯だからまた生えてくるじゃないかと思うんですよね。雨はバンバン降るしね。
ところが、土壌は流れてしまうは、灼熱の太陽があたるはで、土壌が砂浜みたいに真っ白けになるんですよね。それでほとんど木が生えないですよ。回復しないんですよね。何百年たったらそのうちじわじわといくんだろうと思うんですけど。そういう状況なんです。
だから日本の山はすごいなって、帰ってきて思いましたね。それから北洋材はもうそろそろ簡単には切らさないっていうことになるでしょう。その時に間伐材がもうちょっと利用できて、コストがもうちょっと下がって、こちらから努力して条件上げていったところへ世界的な木材需要が増えて、材木の値段が上がってきたら、ある所で日本の林業もまた儲かるんじゃなかろうかと思っているんですけど。
だからそういう林業対策を早くやらないとね。県も頑張っています。
<原見さん>
採算のことももちろん私は心配っていうか気になるんですけども。やっぱり、外国で日本の業者とか企業が皆伐したために日本人の中にも山の木を切ることは自然破壊だと思っている人がすごく多いんですよ。
そうじゃなくって、うちらはほとんど間伐ですけども間伐しなければ山っていうのはほんとにもう荒れ果ててしまいますので。外国の例が浸透しているので、その辺の理解が皆さんにされていないのが、ちょっと私は辛いです。
<知事>
ただ、50年前から40年前ぐらいにかけて和歌山もだいぶやりましたね、皆伐を。この辺はどうか知りませんけど。
だから私の子供の頃は、趣味の関係で広葉樹林が残っている所を探すのですが、バサバサと全部いかれてですね。ほとんどの山は、はげ山みたいなのに杉、桧の苗があって。丸坊主の頭みたいな感じに、ちっちゃい産毛が生えているっていうのが和歌山の山のイメージだったんですよ。全然違いますけどね、最近は。今は木が成長している。ただ、中へ入ってみると間伐なんか進まないから、ちっちゃい木、細い木が多くて、真っ黒けでね。これはもっと良くしないと。色んな意味で、環境の点でも保水の点でも、いかんと思いますね。
そうやって、皆さん頑張っておられて、さらに皆さんの外側に、いわば体験観光ですかね、もっと色んな人に来てもらうと。こういうことをやっておられるわけですね。
体験観光に力を入れておられる理由は何ですかね。皆さん自身がここで、仲良く幸せに暮らしている。というのに、もっといっぱい入れてくる。それはどういう考え方になるんですかね。
<矢追さん>
やはり都市住民との交流によって、当時の過疎の中津村がさらに元気になるっていうのが一つにはあります。
<知事>
移住じゃなくて観光ですよね。体験観光ですよね。
<矢追さん>
流入人口っていうんですか。
<知事>
交流人口ですね。
<矢追さん>
そういうこともありますし。その中からIターンしたいという方が出てこられたり、それから、新しく農業をやってみたいという方が出てきたり。
以前は遊休農地がたくさんあったのが、農業をやりたい方が、地主から役場を介して借りて、そして遊休地がほとんど無くなってきた。特に、私が住んでいる佐井地区なんかは、私が来た頃はいっぱい遊休地があって、草がいっぱいあったんです。それが今は、ほとんど無くなっていますね。
<知事>
あー、そうですか。栄えてる地域ですね。
<矢追さん>
これには役場もいろいろ努力してくれています。
<知事>
それは立派なもんですね。
<矢追さん>
地元の方が、特にご年配の方が、こういうことを通じてものすごく、生き甲斐を感じておられます。(体験観光の)インストラクターとして、生き生きといつまでもやっておられる。
また、伝統技っていうんですか、草履づくりとか、かごを編むとかそういう伝統技を若い方々に引き継いでいかないかんなと、いうように考えています。
<知事>
第1世代の皆さんが頑張られて、それで定着されて。それに加えて、各務さんが、さっき言われたように新しい人が、テレビを見られて、体験観光で来られて「おー」と言って感動したら、もっとご主人を引っぱってくるかもしれませんよね。騙してね(笑い)。
<各務さん>
この前も見に来られて、決められた方がたくさんいらっしゃいます。
<知事>
いきなり行こうと思って来るばかりでもないでしょうからね。(ある程度)覚悟を決めて来る人もいるかもしれないけど。
<各務さん>
「こんな生き方してますよ。楽しいですよ」ってこちらから言ってあげて、その結果、「やっぱり決めた」って訪ねてこられる方もたくさんいます。私も3反ほど畑をやっています。
<知事>
それで、西さんのような広報マンもおられるんですね。
<西さん>
お客様がお店にたくさん来られるんで。今、よく似たお店が、あちらこちらにできてきましたので、以前に比べお客様の数が若干減り気味なんですけど。ただ、去年の12月ぐらいから戻りつつあります。
年間、道の駅で11万の方が来られているんで、家族連れの方を含めたら15万から16万人の方はあのお店に来られているということは、こういう田舎もご覧になられているかなと思うんです。お店に来られて、Iターンをするのに、借家がないかとか土地がないかとかそういうことを聞かれるお客さんも年間にしたら結構な数おられるんですよ。
そういう時は、役場の方をご紹介させていただくんですけども。そういう風に田舎暮らしをしたいという方は結構おられるんかなと。
その場合でも、やはり交通の便ですとか、病院のこととかを聞かれる方も多いのは事実なんです。
<知事>
この辺はどうですか、病院は。
<西さん>
病院は、(御坊)市内まで車でだいたい20分から30分ぐらいで。信号もほとんど無いですから(笑い)。そういう面で言えば、案外、住みやすいところかな。診療所もすぐ近くにありますし。
<知事>
県の方も、「わかやま田舎暮らし支援事業」というのやってまして。パンフレット作ってPRに努めています。
それで見ると、那智勝浦町の色川と並んでこの辺が一番うまくいっているっていうか、流行っている地域ですね。皆さんのお顔を拝見してて、何で流行っているかっていうのが、何となく説明できないけど感覚的には分かるような気がします。
もっと県も色んな生き方をPRして。一つだけじゃないと思うんですよね。インターネット使って商売されるとか、農業されるとか色んなやり方があるから、それぞれの人達の気持ちに応じて、「どうですか」っていう情報提供をどんどんやっていったらいいんじゃないかなと思います。
<安大さん>
先ほど、不親切な県で和歌山県最下位やという話がありましたけど、僕の中でそんなイメージ無かったんですけど。結局、その理由は何かなといろいろ考えたんですけど、今、やったら宮崎県が、全国に情報発信するような形で動いている。
知事さんも、この間、コムスンの問題で発言され、僕は拍手を送らしてもらったんですけど、ああいうこととか、今、知事が考えているようなことをもっと県民の方にもお伝えし、全国にもアピールしていただけたらと思います。
<知事>
本当にアピールしなきゃいかんですね。和歌山県も、ものすごく良いところがあって、例えば果樹生産日本一でしょ。それから観光面でも、素晴らしい観光資源がものすごくたくさんあると思うんですよ。来て見てびっくり玉手箱みたいなことを言う人がいっぱいいるんですよ。「南部のホテルから海を見て涙が出た」とか、「こんなとこは日本にないぞ」とか、色んなこと言うんですけど。はっと気がついてそうだって言うんですね。初めからそのイメージを売ってないわけですよ。
白浜にパンダが8匹もいるんですけど、東京の連中は世界で、中国除いてね、30匹いるパンダのうち8匹が白浜にいるというのは、ほとんど1%ぐらいしか知らないでしょ。それは県の責任でもあるわけですよね。大いにそういう宣伝をしないといかん。
ただし、なかなか全国メディアをつかまえるのはものすごく難しいんですよね。この間のコムスンの時は、「えぃ」って言ってしまったのが取り上げられたので良かったんですけど。
宣伝というのは元があって初めて宣伝ができるんで、例えば、田舎暮らしにしても皆さんのように、ちゃんと楽しく過ごしておられる人がね。苦労しながらだと思いますけど。それがあって初めて宣伝が出来るということだと思いますね。そういう意味で頑張りますが、皆さんもいきいきと生きて下さいという感じがいたします。
観光体験の他にですね、皆さん、それぞれ今後の夢みたいなものが、ゆめ倶楽部の夢ですね、そういうのがおありになったらちょっとお話しいただきたいと思います。ゆめ倶楽部の夢とか和歌山県の夢でも良いかもしれませんね。あるいは日高川町とか中津の夢でも良いのかもしれませんが。何かの夢があったら皆さんどうでしょう。
<長瀬さん>
地区全体を美しくしようという気持ちが、僕らの地区は強いんです。
温泉があり、芦谷公園があり、キャンプ場があって、吊り橋ができて、中津の中心的な地区だと思っているんです。それが私の地区なんです。元々、僕達の地区は紫陽花がいい。紫陽花もあるんですけど、もう一つは県の薬草・ハーブ園が私の所に来ていただいているんですよ。地域の振興とかいろんな面で。これも地区の人が、きれいにしようということからみんなで揃ってやっているんです。
トムソーヤの件も山はあるんですけど、実際に地主さんがいるんで、入るにしても整備するにしても勝手に出来ません。地区の人は若い頃、山の中に入ってたくさん色々な遊びをする。今の子供はそれが出来ないんで、提供したら喜ぶんじゃないかという話から山を開放しようなど色んなことが出てくる。それをまとめると「中津自然美観地区」となる。僕が勝手に付けたんですが、事務局と僕がやっています。
地区とゆめ倶楽部が合体しないと僕らだけでは出来ませんので、事務局も乗ってくれている。そこで、まず、県が作っている薬草・ハーブ園。県の人に申し訳ないが、県は野菜植えるのに筋にずうっと植える。「ちょっと待ってくれ」と。これはおかしい。ちょうどハーブの先生がいて、デザインをしてもらいました。予算はないですけど、菩提樹と柏の木を植えると物語になる。中に木を張って車イスが入れる。お金はないんですけど、紀州農園の廃材を、間伐材をもらってきて、また、製材が高いので、不要なパレットをもらってきて、ボランティアで組み合わせてやる予定もある。県でやっていただいたハーブ園を半永久的に、恒久的に中津の名所にしようと思っています。
それ以外にも、ハーブ園を取り巻く遊休農地に、地主さんがコスモスを植えてくれた。それから、ビオトープをやろうということで、皆さんで作っている。ハーブ園の横の遊休農地に蓮も植えたり。それも候補地が決まっています。睡蓮を植えることも決まっています。あと、クローバーとか、ハーブもありますが、ハーブを遊休農地に植えてですね、うちの地区から遊休農地をなくそうと考えています。
それから紫陽花ですけど、立派なところは1万本の大きな所がありますが、あと千本単位ぐらいのところもあります。僕は150本植えるところを作っておりますが、150本ではあきませんので、この梅雨に千本を目標にしています。1年目に千本、2年目に千本と中津地区全体にだんだん広げていくことも考えています。
もう一つはトムソーヤ、山も整備していますけども、色々まとめて美観地区と。早い者勝ちで、中津全部では出来ないので、地区の人が一生懸命してくれますので、ここを中心にやりながら、皆さんのパワーをもらってと考えています。この考えを、正式に発表するのは今日初めてです。
<知事>
ゆめ倶楽部の新規開発部長ですね。
<長瀬さん>
僕も、ゆめ倶楽部は途中から入らせてもらったんですが、これを一生懸命やっていこうと思っています。
それから(私の夢は)もう一つあるんです。知事はじめ県の人もおられるんで聞いていただければ。今、観光吊り橋が出来かかっているんですが、その下が日高川なんですけど、湾とかがあるんです。地区の人が、そこの湾に錦鯉を飼ったらっていうことになって。餌付けした鯉は習性があってそこに留まるらしいんですね。観光に来た人が、温泉なんかで餌とかを買ってもらって、橋の上から餌をあげる。「これいいなぁ」って話があるんですよ。錦鯉の勉強もしました。あげるっていう人も多いんです。どこで買ってきて、餌付けをして慣らすか、その場所も決まって、役場を経由して日高川漁協に相談してほしいという話をしますとね。「コイヘルペスがあるということで放流は県の指導でやめてる」と。確かにコイヘルペスは聞いたことがあるなって話になっているんですけど、飼うのは5匹から6匹くらいなんです。放流じゃなく湾で飼うとなれば、なんとか特区的な形ができないかなぁって、誰にも言えないんで、一回検討していただいてと思うんです。
<知事>
分かりました。
<長瀬さん>
住民も喜ぶなぁって。コイヘルペスいうのは分かります。道路特区もあることですから、そういうことも考えていただけたら。
<知事>
コイヘルペス特区かなんかですか。ちょっと忘れてたんですが、さっきのPRの話で、トムソーヤクラブになりましたね。これは、なかなかおもしろいなぁと思ったんですけど。日本旅行がね、お客さんにバンバン宣伝してくれて連れて来てくれますね。
こちらみたいに、ものすごく心暖まる良い所なのに、ちょっと難しいのは、先程の話みたいに「全国区にPR」というところがすごい難しいんですけど。日本旅行みたいな会社が、そうやって宣伝してくれると助かるなぁって感じしますね。私はそんな風に思ったんですが、皆さんどうやってあんな風になっちゃたんですか。
<原見さん>
あれは最初、日本旅行の教育旅行の担当の方がいらっしゃって、その方が中津地域っていうのをすごく好んで来て下さってたんです。その中で、こういうものがあるってことで指定を受けました。
去年から始めて、色んな体験を子ども達にしてもらってるんですけど、今年ももう一回終わってるんです。去年一度来て、今年、また同じ子が来てくれたらしいんです。息子が子供達と一緒に行動するリーダーっていう役で子ども達と接しているんですけど、去年来た人がまた来てるってことで、声をかけたら「うち、お父さんが日本旅行に勤めてる関係でまた行けって言われた」って言うんです。
私はそこで息子に聞いたんですよ。「じゃその子は2回目だからつまらなそうにしてたか」って聞いたら「いやいや、楽しそうにしてた」って。やっぱりリピーターがこれから何回も来てくれる中で、私たちが色々なメニューを提供していく努力が必要だなって感じたんです。
それと今年、この間来てくれた中に4名の知的障害の子どもさんがいらっしゃったらしいんです。ゆめ倶楽部をずうっとやっていく中で、障害者の方も何回か受け入れていることもありまして、今回も、トムソーヤの中にそうでない子とその人達と一緒に来られてました。息子の話を聞いたんですけども、お父さん達も一緒に付いて来て、すごく楽しそうにしてるし、夜はキャンプファイヤーをするんですけど、火は危ないってことで、その子達とお父さんだけは夜の探索、ナイトドライブをされたんですけど、狸とウサギを見られて、すごく喜んでくれたんです。やっぱりそういう柔軟な対応っていうのは、これからももっと心がけていかなきゃいけないなって感じています。
<知事>
そうですか。ナイトドライブしてると、(動物の)目が光りますよね。
<原見さん>
狸は常に見られるんですけど。
<知事>
狸はいっぱい?。
<原見さん>
ウサギとか猪とか鹿とか。家の近くまで現れます。
<知事>
感激しますよ。都会に住んでいる子が野生動物見たらね。狂喜乱舞の世界になりますよね。
<原見さん>
それと今年はホタルが丁度時期だったんで、ホタルを見て喜んでいました。
<知事>
この辺はホタルもたくさんいるんですか?。
<原見さん>
今のところ2箇所くらいです。
<知事>
そんなに局地的ですか。
<長瀬さん>
というのは、大雨が降るとずばぁーって流れるからそれがだめなんですよ。
<知事>
急流はかえって難しいんですね。里山ですよね、ホタルの主流は。私は蝶々捕りなので、自然の中で遊ぶのは大好きなんですけどね。だんだんと初めは種類を追って、物狂おしくやるわけですね。それが捕ってしまうとちょっと余裕が出てきて、なんか「まぁ捕らんでもいいけどね」「飛んでると楽しいな」と。そういう風になりますね。和歌山県の蝶はだいたいそのぐらいになっているんですけどね。残念ながら土日が非常に忙しいんで、フィールドにあまり出られないんですね。だけど、だんだん楽になるだろうと思っておりまして、その節はまた来さしていただきたいと思っております。
本日はどうも本当にありがとうございました。







